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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
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第七話

本日二話目です。

「では、ジークの入学祝いと、学園生活の充実を祈って……乾杯!」

「「「「「乾杯っ!」」」」」

 

 入学の前日、サマンサさん主導の入学祝いの宴が開催された。カラードさんではなくサマンサさんが主催になっているわけは、ヴァレンシュタイン家内部のことはサマンサさんのほうが主導権を握っていることと、カラードさんがこういった催し物の段取りや準備が苦手だからだ。

 参加者は俺とカラードさんにサマンサさん、ヴァレンシュタイン騎士団の面々にヴァレンシュタイン家の使用人たち。それとウーゼルさんにアーサーだ。

 ウーゼルさんたちには伝えていなかったはずなのに、どこから情報を仕入れたのか二人は開始予定時間ぴったりにやってきた。まあ、二人が食事会などにやってくるのは珍しいことではないので、誰も何も言わなかったのだが、急にやってきたことに引け目を感じているのか、ウーゼルさんは差し入れとして酒樽を三個も持ってきていた。そのせいで、俺の入学祝いだったはずの会は中盤以降、ウーゼルさんとカラードさんを中心とした酒盛りへと変貌していった。


「それにしても、ジークが私の後輩になるとはなぁ」


 少し酔った感じのアーサーは、何故かしみじみと呟いていた……というか、アーサーが学園生というのは初めて聞いた気がする。


「へ~そうなんだ……でも、聞いた話だと中等部と高等部の学舎は別らしいから、ほとんど会うことはないだろうけどな」


 先輩と判明しても、俺はアーサーへの言葉遣いを改める気はない。これでも最初の頃は敬語を使おうと努力したが、一緒に訓練している最中に、アーサーには数え切れないくらいの迷惑をかけられたため、俺の中からアーサーを敬うという気持ちが消えてしまったからだ。そのことについては、本人もその父親(ウーゼルさん)も別に構わないとのことだった。 


「ま、そうなんだけどな。しかも私は、もう少ししたら隣国の学園に留学することが決まっている。それも、最低でも二年だ。もしかするともう少し長くなるかもしれないが……」


 それも初耳だった。しかも、明日からは学園での手続きや最終的な留学の準備があるため、俺と会うことができるのは今日が最後になるらしい。


「まあ、そんなわけで、今日は騒ぐぞ!」


 やたらテンションの高いアーサーにつられて、俺も酒を飲んでしまったのだが……気がついた時には、俺の周りに屍……ではなく、酔いつぶれたヴァレンシュタイン騎士団とカラードさんとウーゼルさんにアーサーの姿があった。


「ジーク……あなたはお酒禁止ね」


 サマンサさんの話によると、俺の周りに転がっている面々は、俺に飲み比べを挑んで散っていったのだそうだ。その中には、自らを酒豪と豪語していたガウェインと、周囲からウワバミと呼ばれるディンドランさんもいた。二人は最後まで粘っていたそうだが、最後には俺の返杯を飲みきることができずにぶっ倒れたそうだ。使用人たちが様子を見た限りでは命に別状がないそうなので、自業自得だとほったらかしにしているらしい。


「黒魔法や水魔法の適性が高いと、アルコールに強い傾向があるとは言うけれど……あなたは桁違いね。それに、時々忘れそうになるけど未成年だしね」


 一応この国において成年は十八歳からとされているので、それ以下の年齢での飲酒は推奨されていない。もっとも、飲んだからといって罪を犯さなければ捕まるようなことはない。せいぜい、大人からお説教を食らうくらいだ。なので未成年であるはずのアーサーも、うちで食事を食べる時に酒を飲むことがある。

 ちなみに何故かしらないが、黒魔法の適性があるものはアルコールに強い傾向があり、サマンサさんも黒魔法の適性が高いので、俺ほどではないがアルコールには強いそうだ。


「それにしても、団長は自分の立場をわかっているのでしょうか?」


 ガウェインを冷たい目で見下ろしているのは、騎士団の副団長であるランスローさんだ。暑苦しい印象を受けるガウェインとは違って、彼は爽やかな印象を受ける美青年だが、実は二人共三十代半ばで同い年だったりする。それにガウェインと比べると、ランスローさんは細身の印象を受けるが、二人の実力は伯仲しているのだ。そんな二人にディンドランさんを加えた三名が、自他ともに認めるヴァレンシュタイン騎士団の三枚看板だ。戦いについては、この三人が居れば大抵のことはなんとかなるらしい。


「たまになら文句は言わないわよ。それに、今日はベラスの兄姉たち(・・・・)が来ているからね」


 その言葉に答えるかのように、周囲で動く影が見えた。その中で、一つだけこちらに駆け寄ってくる黒い生き物がいる。


「わう!」


 ベラスだ。今日はベラスも周囲の警戒に参加していたのだが、ベラスに関しては半分遊びのようなものだったので、サマンサさんは何も言わなかった。

 ベラスはサマンサさんのところに行ったあとで、俺のところへとやってくた。なんだかいつもより尻尾が激しく振られているので、もげやしないかと少し心配になってしまう。


「はいはい、よしよし」


 俺の足元にやってきたベラスはゴロンとお腹を見せると、前足で宙をかいて俺に撫でろと催促してくる。これもいつも通りの光景だ。ただ、ベラスがこんな態度を取るのは、サマンサさんと俺に対してだけなので、ランスローさんが少し近づいただけですぐに立ち上がって警戒し始める。

 そんなベラスはランスローさんが近くにいるのを嫌がったのか、俺たちから離れていった。今度は兄姉たちのところに遊びに行ったのだろう。

 その途中で酔い潰れているカラードさんを見て、馬鹿にした顔になったように見えたが、ベラスがカラードさんに対して見下したような態度を取るのもいつも通りの光景だったりする。

 その後、酔い潰れているカラードさんたちをベッドへと運び(ディンドランさんと数人の女性団員は、サマンサさんと女性の使用人たちによって運ばれていった)、俺も明日に備えて眠ることにした。ベッドにはベラスも潜り込んできたが、兄姉たちに十分に遊んで貰ったせいか、朝までぐっすりと眠っていた。ベラスは時折寝ぼけて俺を蹴っていたが、これも学生寮に入ると味わうことが少なくなると思うと、少し寂しいものがあった。


 次の日、学園に向かう馬車に乗り込む俺の見送りにやってきたのは、二日酔いでフラフラになっているガウェインとディンドランさんを除いた騎士団の面々だ。ガウェインとディンドランさんは、カラードさんとサマンサさんの護衛として学園についてくるので、留守中に騎士団をまとめるのはランスローさんとなる。

 ものすごく不安を覚える騎士団の様子だが、ランスローさんは騎士団で唯一二日酔いになっていないので、安心して任せることが出来るとのサマンサさんの判断だった。本当はその判断はカラードさんがしなければならないのだが、カラードさんも騎士団と同じように二日酔いで頭を抱えていたため、サマンサさんが代わりに指示を出したのだ。


「では、行ってきます」


 俺の言葉に、騎士団の面々は青い顔をしながらも綺麗に揃った敬礼で見送ってくれた。屋敷での訓練の後半は、ほとんどガウェインたち騎士団トップスリーに相手をしてもらっていたので、交流を深める時間が少なくなっていたが、団員たちはそれぞれ癖者揃いではあるものの、基本的にいい人ばかりなので、俺は訓練以外でも色々と可愛がって貰った。そんな人たちに敬礼で見送ってもらっていると思うと、少し涙が出そうになってしまった。

 涙を我慢しながら馬車の中に入ると、今にも死にそうな顔をしたディンドランさんが真っ先に目に入り、溢れ出しそうになっていた涙が一瞬で引っ込んでしまった。もう一人の死にそうな男は、馬車の外で馬に乗って移動していた。少しでも顔色が悪いのをごまかすためなのか、普段は着けることがない兜をかぶり、口元は鼻のあたりまで布で隠していた。

 馬車の中では、主にサマンサさんと話したり(同乗しているカラードさんとディンドランさんが二日酔いで動けない為)、こっそりと乗り込んでいたベラスをかまったりして時間を潰した。馬車は速度を抑えながら進んだため、学園に着くまで二時間以上かかってしまった。普通はこの半分くらいの時間で着くらしい。

 ヴァレンシュタインの屋敷は、学園からだと城(王都の中心にあり、この国の王とその家族が住んでいる)をはさんで丁度反対側になるらしく、おまけに屋敷から馬車で学園まで行くとなると、城の周辺を避けるように遠回りしなければならない上に馬車が通れるような道を選ばなければならないので、余計に時間がかかるのだ。


「私たちは受付までついてはいかれないから、入り口のところで別れることになるわ。入学式には参加するけど、その後すぐに入寮式があるから、会う暇はないはずよ。それに中等部の一・ニ年生は、授業期間中だと個人的な要件では滅多なことで外出の許可が降りないし、家族も特別な理由なしでは会いに行けないから、次に会うのは夏の長期休暇に入ってからね」


 これは、入学が決まった直後に送られてきた資料に書かれていたので知っている。他にも、色々と細かな決まりごとはあるが、そこまで厳しいものではなかったので、普通に生活していれば問題はない。ただ厳しくない反面、ルールを破った場合のペナルティはそこそこ重く、学園の地下にあるという反省房という名の牢屋で、年に数人はお世話になるそうである。


「そろそろね。ベラス、お座り」


 サマンサさんの言葉にベラスは渋々従っているが、それでも俺の足元から離れることはなかった。今度から、そう頻繁に俺と遊ぶことができないのを分かっているようだ。ベラスは魔物なのだそうだが、こうして見ると普通の犬と変わりがない。俺の服に毛がたくさん付いているというところまで……


 毛を取るのに少し時間がかかってしまったが、屋敷を早めに出たおかげで時間的な余裕はまだ十分にある。

 皆と別れて受付に行き自分の名前を告げた時、周囲にいた学園生や新入生が何故か驚いていたが、何に驚いているのかわからなかったので、そのままクラス割りの紙が貼っているという掲示板へと向かった。

 掲示板の周りには同級生と思われる学園生が群がっていたため楽に発見できたのだが、数十人の生徒が掲示板を囲んでおり、すぐには近づくことが出来なかった。

 仕方がなく掲示板の正面辺りにいると思われる生徒たちの後ろに並んでいると、すぐに俺の後ろにも生徒たちが集まってきたので、身動きがとれない状態になってしまった。

 しばらくその状態で待っていると、俺の後ろのほうが騒がしくなってきた。


「どけ! 俺が見えないだろうが!」


 声の主は、自分の前に居る生徒たちを力尽くでどかしているようで、段々と騒ぎの主が俺に近づいてきているようだった。

 

「おい! さっさとそこをどけ!」


 ついに俺がどかされる番になったらしく、声の主が俺の肩に手をかけて力を入れていたが、本気で力を入れているわけではないようで、俺の体を動かすことができずにいた。そもそも、俺の周りには人が密集しているので、避けるスペースはない。


「ふぬっ! ふぐぐっ!」


 次第に声の主は、思いっきり力を入れ始めたようだが、正直言って最初とあまり変わりがないように感じた。流石にこの時には、俺の回りにいた同級生たちが避難したため避けるスペースはできていたが、俺に避けて道を譲るという選択肢はなかった。


「もしかして、最初から本気でやってたのか?」


 あまりにもしつこかったので、思わず声の主にそう聞いてみてしまっが、それが相手の癇に障ったらしく、声の主は顔を真っ赤にしながら殴りかかってきた。ただ、ガウェインたちと比べると隙だらけでとても遅かったので、反射的に相手の拳を手のひらで叩き落としてしまった。


「ぐあっ!」


 俺としては軽くいなしただけのつもりだったのだが、相手は力の方向が急に変えられたせいで、地面に倒れてしまった。

 

「いきなり殴りかかるなよ。危ないだろ? おっ、丁度前が空いたな」


 相手が地面に転がる少し前から周囲の人が減っていたようで、俺の周りにはポッカリとスペースが出来ていた。そのおかげで、掲示板まで楽に到達することができた。


「え~っと……1-Aか。わかりやすくていいな」


 自分の名前が一番左の組に書かれていたので、数十秒でクラスが判明した。なので、いつまでも掲示板の前にいては悪いと思い、すぐに移動を開始したのだが、そんな俺を追いかけてくる数人の足音が聞こえてきた。しかも何を考えているのか、その数人は殺気(というには可愛らしいものだったが)を発しながら、俺を取り囲んだ。


(六人か……ベラスの相手する方がキツそうだな)


 見たところ貴族か金持ちの子息といった感じの六人だがろくな鍛え方はしていないようで、相手(おれ)との間に力の差があることに、全くと言っていいほど気がついていないようだ。


「地べたに頭をつけて謝るのなら、許すことも考えてやらんでもないぞ?」 


 六人の中でも、俺の目の前にいて一番太って身なりのいい少年が、何かふざけたことを言っているが、それを本当に実行したとしても、「考えてやると言っただけ」と言うのが目に見えている。


「なぜ勝てる相手に謝らなければならないんだ? そもそも、先に手を出してきたのはお前だろ?」


 目の前にいる少年に対し、馬鹿にするような感じで言ってみたのだが、効果は抜群のようだ。それにしても、実力の差がわからないくせに自分が馬鹿にされているということだけは敏感なところは、どう見ても小物臭がする。それも笑いが出そうになるくらいに。


「馬鹿にしやがって! やれ!」


「そこは自分で来いよ……情けない奴だな」


 わざと火に油を注いでみたが、これも効果が高かったようで、目の前の少年は懐に入れていた小さな杖を取り出した。つまり、魔法を行使しようとしているということだ。魔法の補助に使う杖は、大きさや素材によって効果が変わってくるが、目の前の少年が持っているのはかなりいい素材を使っているようで、見た目の割に魔法の効果を高めそうだ。


「死んでも文句を言うなよ!」


「じゃあ、逆に殺される覚悟があるんだな」


 俺は魔法を使われる前に少年の懐に潜り込み、そのまま顎に掌底を下から叩き込んだ。一応手加減はしたのだがタイミングがかなり良かったようで、少年の頭が勢いよく後ろにのけぞったあと、そのまま地面に崩れ落ちた。


「貴様っ!」


 今度は、倒した少年の取り巻きと思われるやつらが一斉に向かってきた。この五人は少年よりも腕が立つみたいだが、俺にとってその差はないに等しいものだった。

 威勢良くかかってきた五人だったが、その全てをそれぞれ一発の腹パンで沈めると、周囲で俺たちのことを見ていた学園生から歓声が上がった。どうやら皆も、この六人のことはよく思っていなかったようだ。


「この騒ぎは何事だ!」


 ここでようやく教師の一人が走ってきたが、運動不足なのか息も切れ切れだった。それでも、俺たちを怒鳴りつけるだけの気力は残っていたようだ。

 その教師は俺や周囲で感性を上げていた生徒たちを睨むと、今度は倒れている六人に目をやって絶句した。そして、最初に倒した少年を起こし、何か話を聞いたかと思うと、


「貴様は退学だ!」


 と俺に向かって指を差し、学園の外へ出ていくようにいった。


「俺が退学なら、その六人は投獄でもされるんですかね?」


 俺が教師の言葉にそう返すと、周囲からは失笑とも取れるような笑い声が聞こえてきた。

 そのことに腹を立てたらしい教師が俺に向かって何か喚いていたが、正直あまり聞き取ることができなかった。その中で多少わかったことといえば、「この少年は高貴な身分であり、手を出すなど考えられない」、「注意をしようとしただけの六人に対し、暴力を振るうとは何事か」、「無抵抗の人間を叩きのめすなど、人として信じられない」といったものだった。

 そのことに対して俺も反論したのだが、教師は聞く耳を持たなかった。そもそも、ここには証人が沢山いるため、少し調べれば本当のことがわかると思うのだが、周囲の生徒は、この『高貴な少年』と教師に睨まれるのが嫌なのか、少しづつ俺たちから距離を取り始めていた。

 最悪、カラードさんやサマンサさんを頼ってみるかと思ったが、そんな必要はなかったようだ。何故なら、


「その『無様に倒されていた少年たち』は嘘を言っていますよ、教頭先生。被害者はそちらの少年で、倒れていた六人は多勢で暴力を振るおうとして、たった一人に返り討ちにあっただけです。ちなみに、先生の仰る『高貴な身分の少年』は、あろうことか無許可で学園内、しかも人が大勢いる場所で攻撃魔法を行使しようとしていました。魔力の流れからして、そこそこ威力がある魔法のようでしたから、出るところに出れば、そこの『高貴な身分の少年』は『罪人の少年』に早変わりするでしょうね」


 ざわついているこの場で、不思議とよく通る声で俺の無実を証明したのは、上級生と思われる女生徒だった。女生徒の登場に、教頭と呼ばれた男は明らかに動揺している。


「信じられないというなら、カレトヴルッフ家の名で王国騎士団に調査を依頼しましょうか?」


「そ、それは少し大げさではないかね? カレトヴルッフ君」 


「大げさではありませんよ。この場には、数多くの貴族の子女が集まっております。それに、少し離れたところには、貴族のご当主の方々もいらしております。そんな特別な場で、殺傷能力のある魔法を使おうとしたのですよ?」 


 王国騎士団とは、国王を頂点に置く騎士団のことだが、同時に衛兵などの上位組織でもあるため、下部組織の手に負えない案件などを調べることもある。さらに言うと、組織のトップが国王であるため、非協力的な態度をとったり調査の邪魔をすると反逆罪などが適用される可能性もあり、場合によっては投獄や死罪もあり得るのだ。

 そんな組織の名を出したということは、この女生徒はそれだけの力を持つ貴族であるということだ。


 ぐうの音も出ないとはこのことを言うのだろう。教頭と少年たちは、真っ青な顔で口を閉ざしている。

 俺はこの場の空気を完全に支配している女生徒を、すごいなぁといった感じで見ていた。当事者のはずなのに、完全に蚊帳の外となってしまったので少し手持ち無沙汰だ。

 そんな俺の気配に気がついたのか、女生徒が俺の方をチラチラと見ていることに気がついた。最初は俺の態度が癇に障るのかと思ったが、どうもそんな感じではない。そのうち女生徒は、俺に視線を送ったあとで続けて少年たちと教頭に視線を向けていた。それを何度も続けていたので、もしかしたらと思い、


「あの、そのへんでいいんじゃないですか? そこの『高貴な少年』と取り巻きたちは、俺に傷一つ負わせることもできなかったわけですし」


 と、声をかけてみた。この言葉を女生徒が待っていたのかはわからないが、もしハズレていたとしても、「これ以上は入学式に遅れますので」とか言って逃げるつもりだ。


「そう? 被害者であるあなたがそう言うのなら、父を通して彼らの家に注意するように言ってもらうだけにしておきましょうか」


 女生徒はそう言っているが、格上の家から直接注意されるというのは、貴族としてはかなり恥ずかしいことなのではないだろうか? しかも子供のことなんかで。

 それよりも、女生徒が俺の言葉にすぐに反応したということは、女生徒もこの場をどうやって収めようかと思っていた可能性がある。仮にも教頭が贔屓するくらいには家柄のいい少年なのだから、彼の家もそれなりの権力を持っているのだろう。女生徒の家に及ばないのだとしても、そう簡単に裁くことはできないのかもしれない。

 この女生徒の言葉を聞いた教頭と少年たちは、明らかにホッとした顔をしている。しかし、肝心の高貴な少年だけは俺のことを睨んでいるので、今後も注意が必要だろう。ただ、俺を睨んでいることに気がついた女生徒が自称高貴な少年をひと睨みすると、情けないくらいに目をそらしていたので、大したことはないかもしれない。


「お前たち、行くぞ!」

 

 高貴な少年は、取り巻きの少年たちを引き連れて入学式の会場の方向へと去っていったが、教頭だけは逃げる機会を失ってしまい、その場に残っていた。


「教頭先生も、先ほどのことは学園長に報告しますので楽しみにしてください」


 女生徒の言葉に顔をさらに青くした教頭は、俺を睨みながらどこかへ去っていった。少年たちより、こいつの方が学園での権力を持っているだけ厄介かも知れない。


「えっと……ありがとうございました?」


 この女生徒に助けられたのは確かだが、その分恨みを買ったような気もするので、どう判断していいかわからなかったが、一応お礼は言ったほうがいいかなと思い、中途半端になってしまった。


「別に構いませんよ。あの生徒たちに関して言えば、あなたは被害者ですし、あの教頭は前々から少し問題がありますから、こちらは関係者の責任です。それに、あなたのことはアーサー様に頼まれていましたから」


「アーサーに?」


 聞くとこの女生徒は、アーサーのいとこらしい。ちなみに、ウーゼルさんの妹の子()で、実家は公爵家なのだそうだ。一応、口調を正したほうがいいか聞くと、公式の場以外では、アーサーと同じ扱いでいいと言われた。ただ、いつもアーサーにしていることを話すと、流石にそれはやめてくれとも言われた。


「取り敢えず自己紹介をしないとね。私はエレイン・カレトヴルッフ。ミドルネームはないけれど、これでもれっきとした公爵家の長女よ」


 ミドルネームを名乗れるのは、当主と跡取り(予定の者)のみが名乗れるそうだ。ちなみに、エレイン先輩と呼ぶことにした。流石に恩人を、アーサーと同列に扱うことはできない。

 

「問題を起こしているのはあなたね! エレイン先輩から離れなさい!」


 互いに自己紹介を終えて、世間話(主にアーサーの悪口)をしていると、いきなり俺とエレイン先輩の間に割り込んできた奴がいた。

 割り込んできたのは、赤く緩やかなくせ毛をした、猫を思わせるような釣り目の小柄な女の子だった。女の子とエレイン先輩は知り合いのようで、俺がエレイン先輩に突っかかっていると勘違いでもしたのだろう。

 エレイン先輩も俺と同じ考えなのか、割り込んできた女の子に事情を説明しているが、女の子は興奮しているのか、聞く耳をもっていない。エレイン先輩の知り合いと戦う気はないのだが、女の子の出方次第では無力化しないといけないかもしれない。

 そんな一触即発の状況を打破したのは、意外にもあの人だった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 文章の中の()が多すぎて、テンポが悪いと思いました。 必要のない説明がくどく感じる時もあるし、必要な説明だったとしても()を使わずに描写することも読みやすさに繋がるのかなと、、、 […
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