第七話
「はぁ~……面倒くさい……」
学園の卒業がかかっているという理由で、俺はガウェインたちに連れられてその日のうちにバルムンク王国の王都へと向かうことになった。
数日はスタッツで準備をすると思っていたのだが、ガウェインたちは最初から俺が依頼から戻り次第王都に向かうつもりだったようで、ばあさんたちへの根回しは万全だったようだ。
まあ、流石のばあさんでも、他国の王家が絡んでいる案件に異を唱えることは出来なかったようで……と言うか、ガウェインたちからそれなりのお土産を貰ったらしく、にこやかに俺を送り出していた。
そんな馬車の中で俺は……
「ジーク、ここの答えが間違っているわ。やり直し」
ディンドランさんに監督されながら試験勉強をやっていた。
流石に中等部の頃と比べると難易度が跳ね上がっていたが、ディンドランさんが持ってきた問題集をやった感じではかなりの部分で前の世界での知識が通用し、実際にかなりの高得点を得ることが出来ていた。それこそ、点数だけなら現時点でのエリカとほぼ変わらないくらいだったが、ディンドランさんが言うには、学園に通っていなかった俺が試験だけで卒業することを他の貴族たちに認めさせるには、テストの平均点を大きく上回る必要があるとのことだそうで、全問正解が出るまで勉強が続くとのことだった。
ちなみに、三年間しっかりと勉強をしてきたにもかかわらず俺とあまり変わらない点数だったエリカは、俺に対抗心を燃やしながら自主的にディンドランさんに勉強を教えて貰っていた。
ただでさえ戻ることに対して心の準備が出来ていないのに、監視付きで馬車で揺られながらの勉強は辛過ぎて、何度馬車から逃げ出そうとしたことか……まあ、行動を起こそうとするたびに、ディンドランさんとガウェインに阻止され、今では馬車のドアから一番遠いところに指摘席を作られた上で、ガウェインまでさり気なく監視に加わっているのだ。逃げることは非常に難しい。
「ディンドランさん、やり直すのは分かったけど、少し休憩にしよう。集中力も落ちてきているから、今の状態でやっても同じ間違いをするかもしれないし」
「確かにその通りだけど……まあ、仕方がないか」
俺だけならもう少し行けそうな気がするが、エリカの方はそろそろ限界が近い……と言うか、俺の一言で集中が切れてしまったようだ。
それに気が付いたディンドランさんが渋々と言った感じで許可を出したが、あの様子だと俺が休憩を取りたいがためにわざとエリカの集中を切らせたと考えていそうだ。まあ、確かに狙ってはいたので、その読みは間違いではないけど。
「ガウェイン、そろそろ今日の宿泊地に着くんじゃないか?」
「おう、あと少しだな。一時間もしない内に着くと思うぞ。それにしても……ジーク、さぼる時はもう少し上手くやらないとな! さっきのような状況だと、やべぇ、漏れる! ……みたいな感じで、何か言われる前に飛び出るのが正解だ」
などと、頼んでもいないのに役に立ちそうにないことを教えてくるガウェインだったが、
「その時はジークが迷子にならないように、私もついて行くから大丈夫」
と、真面目な顔で更に訳の分からない返答をするディンドランさんに対し、
「それは本当に勘弁してくれ……」
俺はそう言うのがやっとだった。だって、ディンドランさんなら本当にやりかねないし……
そうこうしている内に目的の街に到着し、すぐに宿も確保出来た俺たちは、夕食をどうするかという話になったのだが……
「酒の美味い店!」
「食事の美味しいところ!」
と、ガウェインとディンドランさんで意見が分かれた。ちなみに、俺とエリカはどちらかと言うとディンドランさん派で、他の騎士はガウェイン派だ。
一応、まだ他国なので酒は控えるべきだと、酒好きのディンドランさんが珍しいこと言ったものの、ここまでくればファブール国への警戒を緩めても大丈夫だとガウェインは譲らなかった為、それならここからは別行動で食事をしようということになった。
「それで、どこか目を付けている場所はあるの?」
ディンドランさんと一緒に行動することにした俺は、浮かれるガウェインたちを見送って何故か上機嫌のディンドランさんに質問すると、
「ええ、いいところがあるわ。少なくとも、食材は超一級品よ」
と言って、俺とエリカを連れて……何故か宿に入って行った。
それほどこの宿に併設されている食堂が美味い料理を出すのかと思ったのだが……ディンドランさんは食堂ではなく受付へと向かい、受付で何か手続きをした後でお金を払っていた。そして、
「ジーク、ドラゴンのお肉で何か作ってちょうだい」
などと言い出した。
「えっ? ……もしかして、俺に作らせるつもりでガウェインたちと別行動したの?」
今思えば、あの時のディンドランさんは少し様子がおかしかった。
俺が会っていない間に食生活や性格が変わったというのなら話は別だが、俺の記憶通りだとすればガウェインに真っ先に同意するか、むしろ一番に酒を条件に入れるはずだったのだ。
「せっかくドラゴンのお肉が食べられるかもしれないのに、うるさいのがいると楽しめないから……ジーク、お願い」
確かにディンドランさんは最初からドラゴンの肉を食べたいと言っていたし、俺もよく知らないところで食べるよりは自分で作った方が気が楽なのは確かだ。しかも、ディンドランさんの発言でエリカもドラゴンの料理を期待しているし……まあ、いいか。どうせ王都に戻ったら、サマンサさんたちだけでなく、エンドラさんやウーゼルさんと言った知り合いに分けるつもりだったし。
「別にいいけど、何種類も用意できないからな」
というわけで、急遽料理を開始することになったのだが……期待していなかったが、案の定ディンドランさんとエリカは戦力にならないということなので、俺一人で全て作ることになった。とは言っても、いつでも料理できるように下処理済みのものがいくつかあるので、それらと肉を焼いたものとサラダとパンで十分形になるだろう。
そうして作り始めたわけだが……
「ジーク、サラダはいらないからお肉はもっと厚く切って」
「私の分は、脂身少な目でサラダ多めでお願い」
と、料理をしないのに注文だけは細かく付けてくるのだった。
なお、そんな二人の注文は料理が出来上がるにつれて少なくなり、最終的には自分たちが言ったことを忘れたかのように何度もお代わりをしていた。
「ふう~……お腹いっぱい。厚いステーキもいいけど、薄いのを何枚も食べるものいいわね」
「ドラゴンの肉は結構硬いからね。厚いと噛み切れないこともあるし」
「湯がいたお肉とサラダを一緒に食べるのは初めてだったけど、結構おいしかったわ」
「あれだと野菜を多く食べられるから、体にもいいしな」
サラダはいらないと言ったディンドランさんは、薄めに切ったステーキを気に入って何度もお代わりし、その口直しに野菜もモリモリ食べていたし、エリカは体にいいと聞いたからか、ゆでた野菜と一緒にしゃぶしゃぶにした肉をディンドランさん並に食べていた。
そして俺はと言うと、二人に提供する合間に食べてはいたものの、二人の食べる速度が速かったので途中から作ることに専念し、二人が食べ終わってから作り置きしたものを一人で食べることになった。
これには二人共流石に悪いと思ったのか、食後の勉強は予定よりも短くすると言っていたのだが……その直後に返って来たガウェインたちからドラゴンの肉のことを誤魔化す為に必死になったせいで、勉強のことはすっかり忘れてしまったようだ。
ちなみに、ガウェインたちは大分酔っていたので、二人のことを怪しく思っていたみたいではあるもののいい気分のまま寝ることを優先したようで、途中から追及することは止めて早々に布団にもぐっていた。
そして次の日、
「なあ、ジーク……お前たち、昨日何食ったんだ? ディンドランは、いいところが見つからなかったから屋台で買ったもので済ませた……とか言っていたが、宿の奴にディンドランたちが美味そうに食べていたのは何だったんだ? とか聞かれたんだが……教えてくれるよな?」
と、今朝知った情報から昨日のお菓子なところに気が付いたようだ。そして、その情報から俺が何かを作って二人に食べさせたというところまで知っていて、その材料に俺が何を使ったかまで感付いているらしい。なので、
「ああ、ドラゴンの肉を使った料理を少しな」
と素直に白状した。すると、
「それなら、俺たちにも作ってくれるよな?」
案の定そんなことを言いだしたが……ガウェインのことだから、きっとディンドランさん以上に食べるに決まっているし、ガウェインが食べるならまたディンドランさんも食べるに決まっている。
ドラゴンの肉にはかなりの余裕があるので、別に食べさせてやってもいいのだが……素直に食べさせるのは嫌だし、ガウェインにはもったいない気がしたので、昨日のうちに考えていた作戦を実行することにした。
「残念だが、それは無理だ。むしろ、昨日ディンドランさんに言われて作ってしまったことすら後悔しているからな」
この発言には、ガウェインではなくディンドランさんとエリカの方が動揺していたが、俺は構わずに、
「だって考えてみろ。いくらディンドランさんが俺のことを姉のように面倒を見てくれたとは言え、それでもカラードさんとサマンサさんを差し置いていいはずがない。それに、迷惑をかけたという意味では、その二人と同様にウーゼルさんとエンドラさんにも謝罪をしなければならないのに、その一番分かりやすい形になりそうなドラゴンの素材を、勝手に使うのはどうかと思うんだが……違うか? まあ、そのことに気が付いたのは朝起きた時だから、サマンサさんたちに何か言われたとしても、世話になったお礼だったと言えば納得してもらえると思うが、気が付いた後でも使っていたと知ったら、もしかすると気を悪くするかもしれないだろ?」
と続けた。
最初こそ動揺していたディンドランさんだが、世話になった礼だったと聞いたからか機嫌がよくなっていた。それとは反対にエリカは暗い顔のままで、ガウェインは俺の話がドラゴンの肉を食べさせたくないからだと気が付いたみたいだが、強引ではあるものの嘘は言っていないし、何よりもカラードさんやウーゼルさんを差し置いてというのはガウェインもまずいと思ったらしい。
「エリカはディンドランさんのおまけでだったけど、運が良かったな。もしもあの時ガウェインたちについて行っていたらドラゴンの肉は食べられなかったし、逆にガウェインはディンドランさんの言う通りにしていたら食べることが出来たかもしれなかったのにな?」
最後にエリカへのフォローとガウェインを煽れば、俺の作戦は完了だ。
エリカは複雑そうな顔をしていたが、ディンドランさんに肩を叩かれて慰められていたから大丈夫だろう。
ガウェインの方は……悔しそうな顔で俺を睨んでいたが、急に何かを思う付いたようで、同じような顔をしていた他の騎士たちと何かを話し合っていた。そして、
「急いで帰るぞ! そうすれば、俺たちもドラゴンの肉が食える!」
と言い出し、呆れる俺たちを急かして宿を後にした。
どうやらガウェインは、この帰りの途中では食べることが出来なくても、バルムンク王国の王都に戻って俺がカラードさんたちに謝罪した後なら問題は無くなると考えが行きついたようだ。
まあ、そうなれば俺としても断る理由は無くなるし、絶対にガウェインだけには食べさせたくないというわけではないので断る理由はない。ないのだが……
「ガウェイン、流石に夜通しでの移動は止めろよ。そんなことをすれば、ドラゴンの肉は絶対に食べさせないし、何よりもエリカに無理をさせたとかでフランベルジュ伯爵家から何か言われるかもしれないからな」
と、明らかに暴走しそうなガウェインに言った瞬間に舌打ちが聞こえてきたので、ちゃんと釘を刺しておいてよかった。でなければ、移動する馬車の中で夜を過ごすことになるところだった。
これには同じことを心配していたらしいディンドランさんもよくやったと言ってくれたが……どこか残念そうな顔をしていたので、ガウェイン程ではないにしろ帰りの道中のどこかでドラゴンの肉の料理を催促するつもりだったのかもしれない。
そう言ったガウェインたちの奮闘もあり、そこからの速度がそれまでよりもかなり上がっていたのだが……そういう時に限って、問題は起こるものだ。つまり、
「ディンドラン、お前は左に突っ込んで蹴散らせ! 俺は右から行く! ジークは正面から来る連中をやれ! 残りは馬車を守れ! 無いとは思うが、抜けてきた奴がいれば容赦はするな!」
俺たちは盗賊に襲われてしまったのだ。いやこの場合、盗賊の方が俺たちを襲ってしまった……と言うべきだろう。
少し前に立ち寄った村では盗賊の話など聞かなかったので、特に気にすることなく出発したのだが、村から数十分程離れた小高い丘に囲まれた道の途中で待ち伏せされていたので、もしかするとあの村に盗賊の一味が潜んでいたのかもしれない。もしくは、こいつらとあの村に繋がりがあるかだ。
もっとも、田舎の盗賊ごときが俺たちにかなうはずもなく、一応の警告の後で交戦の意志を確認次第、ガウェインの指示の下ですぐに壊滅させたのだが……この後始末をどうするかという問題で少しもめてしまった。
この盗賊たちに関して、俺はここで生き残りを始末してさっさと先を急ぐべきと主張したのに対して、エリカはこの先にあるはずの街に引き渡し、その街の役人に少し前に立ち寄った村が怪しいと伝えるべきだと答えた。
普通なら、エリカはヴァレンシュタイン家に無理してついてきた他の貴族の娘なので、ヴァレンシュタイン家の関係者である意味今回の主役……とも言える俺の方の主張が通りそうなものなのだが、何故かガウェインたちは話に加わらずに、今後の行動について俺とエリカで決めさせようとしていた。
「今回のことであの村が怪しいというのなら、ここで引き返して様子を窺うか鎌をかけるかして判断したらどうだ?」
「それでクロだと判断したら、制裁を加えるというのかしら?」
「それは仕方がないだろ? 向こうから手を出して来たと言うのなら、その反撃に会うのは仕方のないことだし、その結果命を落としたとしても自業自得だ。それが嫌なら、この先の街で盗賊に襲われて撃退したという報告のみにとどめるべきだ。下手に村と盗賊が関係ありそうだとか言えば、こちらまで疑われて確認が取れるまで数日は拘束されることになるぞ。そして、もし間違いだった場合、俺たちの立場が危うくなる」
だからここは、俺たちはたまたま盗賊に襲われただけだとして処理するのが一番なはずだ。もしもあの村が盗賊と関係があったとしても、それは他国の問題なので俺たちには関わらない方がいい。
「それはそうだけど……」
それに関しては、俺よりもエリカの方が分かっていそうなものだが……どうもエリカは納得できないらしい。
「エリカ、正直に話せ。何が引っ掛かっているんだ?」
引っ掛かっているというよりは、隠していると言った感じがするので問い詰めたところ、
「ここから二日も行けばバルムンク王国との国境で、そのすぐ先にはフランベルジュ伯爵領があるわ。つまり、伯爵領の領民がこの国に来た場合、あの村の周辺を通る可能性があるわ。それに……」
「すでに犠牲になった可能性もあるというわけか……」
そう言う理由なら、エリカが食い下がるのも分かるが……それでもそれは伯爵家の問題であって、気になるのなら伯爵にエリカが直接伝えて動いてもらう方が解決は速いはずだし、問題もないだろう。
まあ、他国のことに口出すなと言われるかもしれないが、伯爵家の娘が襲われたのだからと言えば、困るのはこの国の方だ。国際問題にならない為にも、伯爵が働きかければこの国は動かないという選択肢は選べないはずだ。
それが分かっていても、エリカは見過ごすことは出来ないらしい。
「……ガウェイン、こいつらの見張りと街への報告を頼む。街へは村を出て割と近いところで盗賊に襲われた。もしかすると村に入る辺りから目を付けられていたのかもしれないとでも言って、軽く匂わせてくれ」
「おう。エリカ、悪いがお前の家の名前も出させてもらうぞ。ディンドラン、俺がいない間の指揮は任せる」
「了解。私たちはこれより、不測の事態からこの場で警戒の為に守りを固める……と言った体で、あの丘の上で待機。生き残りは自害出来ないようにしてから丘の下にそれぞれを少し離して放置。その後で死体の処理。こっちは一か所に集めるだけでいいわ。ジーク、村への偵察は一人で大丈夫ね?」
「ああ」
「私も行くわ!」
指揮を任されたディンドランさんが指示を出した後で俺に確認してきたが、その偵察にエリカもついてくると言い出した。
「エリカはここで待機よ」
しかしエリカは、自分が言い出したことなのだからと、珍しくディンドランさんに食い下がっている。
そこで、最終的に俺の判断に任せるとディンドランさんが言ってエリカも納得したが、俺の判断は当然、
「反対だ」
である。
「一応言ってくが、もし仮に連れいけと言ったのがディンドランさんであろうがガウェインであろうが、俺は同じように反対する。何故なら、その二人でも足手まといになるのは分かっているからだ」
厳しい言い方だが、それは紛れもなく事実だ。
二人は騎士とはいえそう言った経験も十分にあるだろうが、それでも専門ではないので技術はそこまで高くはないだろうし、何よりも二人の能力的にも性格的にそう言った大人しく静かに行動するというのは向いていない。
そしてエリカは、そんな二人に近い部類の人間だ。そして、二人よりも経験も能力も劣る。そう言った理由もあって、連れて行くことは出来ない。
二人を引き合いに出したからか、エリカは渋々ながら納得したように見えたが……逆にディンドランさんは、例えとは言え足手まといと言われたことに納得できていないようだ。
「とにかく、そう言うわけだから、俺はすぐに行動を開始する。実際に村に侵入するのは当たりが暗くなってからになるだろうから、戻って来るのは早くても日が変わるくらいになると思う」
そう言って俺は、ディンドランさんに何か言われる前に村へと向かった。いつも通りの感じで移動すれば、一時間もしない内に到着できるだろう。まあ、周囲に気が付かれないように移動しなければいけないのでもっと時間がかかるかもしれないが、襲われた場所に行くまでに人の気配はなかったので、盗賊たちは道中に仲間を配置するなどのことをしていないはずだ。なので、そこまで警戒する必要はないと思う。
もっとも、配置はしていなかったみたいだが、成果を確かめる為なのか村の方から数人の盗賊と思われる奴らを見つけたので試しに偶然遭遇したふりをしてみたところ、思った通りクロだったのでちゃんと処理しておいた。
「これはもうほぼ確定だな。一応、この目で確かめないと報告は出来ないけど……短期間に二度も賊に支配された村に遭遇するということは、この世界では珍しいことではないのかもしれないな」
そんなことは無いだろと自分で自分に突っ込みを入れてから村の近くまで移動し、他に様子を見に行こうとする賊を発見次第処理しながら、俺は日が暮れるのを待って村に侵入した。