第六話
「見つけた……」
ディンドランさんたちから逃走して三十分もしない内に、俺は親衛隊の馬車が置いているところの近くで二人に発見されたが、二人は俺を追いかけてここまで走って来たせいで疲れているらしく、即座に飛び掛かってくる気はないようだった。
「とりあえず、これで俺の話を聞くくらいの余裕が出来たかな?」
「出来たどころか、話を聞く体力しかないわよ……」
エリカは慣れない森の中を走ったせいでかなり疲れているらしく、息を切らせながら近くの岩に腰かけている。
ディンドランさんの方は体力的にかなりの余裕がありそうだったが、途中でガウェインに一撃入れたおかげか気持ちは大分落ち着いているようだ。
二人が知りたがっているのは、俺とクレアの関係……特に、クレアが言った『互いに大事な秘密』の部分だろう。
俺としてはクレアのことはうっとうしい顔見知り……よくて友人といった感じに思っているが、昔から同い年の知り合いが少ないクレアからすれば、ほぼ同い年で『今代』である俺を特別に思っているのだろう。ただしその中に、恋愛感情は含まれていないようだ。
それを教えれば割と簡単に納得させることが出来そうだが、俺の口からクレアが今代の白だというのは多少抵抗がある。
少なくとも、クレアの方は俺の言葉っを守って今代の黒のことを……少なくとも、クーゲルたちの前では言っていないようなので、俺が勝手に言うのは違う気がする。
そう思って、どうやって説明すればいいのか迷っていると、二人は俺が確実に人には言えないことを隠していると理解したようで、無理にでも聞き出すつもりなのか距離を詰め始めたが……
「あっ! 見つけました!」
そこにクレアが登場したので、二人は標的を俺からクレアへと変更したようで、すぐにクレアに詰め寄っていた。
「あんた、クレアって言ったわよね? ジークとはどういう関係なの?」
「関係ですか? 大親友ですけど?」
「ジークは少し特殊な立場だから、隠していることがあるなら正直に言った方がいい。でないと最悪の場合、国際問題になりかねない」
エリカの質問に、クレアは先程と同じことを答えたが二人は納得せずに、ディンドランさんが訳の分からないことを言い出して、クレアに無理にでも応えさそうとしていた。
「隠していること……ですか? ……ジークさん、このお二人は、ジークさんのことをよく知っているんですか?」
「昔からの知り合いだ。身元はしっかりしている」
二人に詰められたクレアは少し首を傾げて考え込み、俺のところまで来て小声で確認して来た。なので、とりあえず知り合いで怪しい人ではないと教えると、
「そうですか、それなら大丈夫ですね!」
などといって二人のところへ戻って行った。そして、
「私、実は今代の白なんです。だから、今代の黒のジークさんとは大親友なんです!」
速攻でとんでもないことを暴露した。いやまあ、クレアならしてもおかしくないと思っていながら何も言わなかった俺が悪いが、普通はもっと隠すもの……少なくとも、扱いは少々悪いがクレアは聖国にとって切り札のようなものなのだから、少しは誤魔化すくらいのことをするんじゃないかと期待したのは間違いだった。
案の定、ディンドランさんとエリカは、想定外すぎる答えに思考が追いつかなかったようで、クレアと俺を何度も交互に見比べていた。
「二人共、信じられないかもしれないが、クレアの言っていることは事実だ。それと、このことをむやみに口外すると、聖国とのトラブルに発展する可能性があるから、出来るだけ内密にな」
バラしてしまったものは仕方がないということで二人に口止めすると、
「それは当然よね。普通はレベル10なんて秘匿するか大々的に宣伝するかのどちらかだわ。隠しているということは、聖国にとってその方が利があるということだから、そのことを知っている人を始末するくらいのことはあの国ならやりかねないわ」
エリカがそう言うと、ディンドランさんも頷いていた。
そんなことをクレアの前で言うのはどうかとも思うが、当のクレアは気にした様子はないし、あまり他国のことに詳しくない俺でも、聖国が純粋に人を救うことを目的とした国ではないということくらいは簡単に想像できる。
まあ、全員が全員そうではないだろうが、少なくともクレアの親衛隊に腐った連中を送りこめるだけの権力者が聖人であるはずがないし、そんなのが上の方に居れば、同じような性根の奴らが鼠算式に増えていくはずだ。面倒事を避けるなら、黙っておくに越したことは無い
「まあ、この女……クレアが今代の白と言うのは分かったし、ジークと親友だという理由も理解したわ。ただ……」
「何か他にあるのか? あと、別に俺はクレアと親友になった覚えはないぞ」
俺がエリカに心外だと抗議すると、エリカのそばで聞いていたクレアがさらに抗議してきたが……
「私、ジークが今代の黒って聞いたのは初めてなんだけど」
「は?」
「えっ?」
エリカの言葉に、思わず「そうだったっけ?」と返すとエリカは黙って頷いたので、エリカはすでに俺が今代の黒だと知っていると思っていたのは勘違いだったようだ。
その流れでディンドランさんを見ると、ディンドランさんは呆れた顔をしながら、
「いくらエリカがジークの友人でも、私たちがそんな重要なことを勝手に教えるはずがない」
と言われた。
続けて俺の重大な情報をバラしたクレアの方を見ると、
「何であんたは私を盾にして隠れているのよ?」
エリカの背中に隠れようとしていた。まあ、エリカの方がクレアよりも小さいせいで隠れ切れていないが、本人は気にしていないようだ。
「ちょっと、離れな……って、全然動かない!」
エリカもかなり力の強い方だが、クレアはエリカを上回る腕力の持ち主なので、いくらエリカが必死になって引きはがそうとしてもクレアはびくともせず、これ以上やり過ぎると服が破れそうになっていたのでエリカは途中であきらめていた。
「いやまあ、エリカにならバレても問題は無いし、そもそもすでに知っていると思っていたくらいだからな。クレアも秘密を暴露してしまったけど、流れ的に仕方がなかったというか、何と言うか……」
上手く言葉に出来なかったが、俺にとって隠していた方が何かと都合の良いことではあるものの、バレても特に問題のあることではないので気にするなと言おうとしたら、
「なら良かったです! お相子ですしね!」
クレアは俺が言い切るまえに、エリカの後ろから嬉しそうな顔をして出て来た。
「絶対に反省してないわね」
その様子には、盾にさせられていたエリカと、少し離れたところから様子を見ていたディンドランさんも呆れていたほどだった。
「とにかく、俺とクレアがレベル10だということはこれ以上話さない。それはどんな仲のいい知り合いであってもということで、この話は終わろう」
これ以上続けても、どうせグダグダで終わるし……とは言わずに、少し強引に話を打ち切った。
ここからなら戻るよりも親衛隊の馬車の方が速いし落ち着けるので、そちらの方に向かうことにした。ガウェインたちなら多分こっちに向かってきているだろうし、置いて行っても勝手にスタッツまで戻って来るはずだ。
「そう言えば、ディンドランさんはガウェインにきついのをお見舞いしていたみたいだけど、あいつ大丈夫だった?」
ガウェインのことだから、腹に一発貰ったくらいで死ぬようなことは無いだろうけど、度合いによっては合流するのが遅れるかもしれない。まあ、その時は本当に置いて行けばいいだけの話だが。
「あっ! それなら私が魔法で回復させておきました。ただ、万が一のことを考えて、ギリギリ動けるくらいしか回復させていませんけど」
クレアは俺とガウェインの会話から知り合いだとは理解していたみたいだけど、どれくらい親しい仲なのか分からなかったので最低限の回復しかしなかったそうだ。
「まあ、ガウェインならそれで大丈夫だろう。薬も持っているはずだし、ある意味自業自得だしな」
「団長は私に攻撃を当てようとした……かもしれないから、反撃を喰らっても仕方がない。それに、ジークに剣で仕掛けておいて、危なくなったら脚を出すをのは大人気ない」
「いや、あれは俺の油断だから仕方がないんだけど……って、ガウェインはまだ余裕がありそうだったけど?」
むしろ、俺の攻撃を完全に読んでいたからこそ、あの蹴りを繰り出してきたという感じだったが、ディンドランさんに言わせると少し違うらしい。
「戦い始めは団長とジークの間にはっきりと差があったから、団長にはかなりの余裕があったけど、途中からジークの動きが急によくなったせいで少し押される場面も増えてきていた。最後にジークが踏み込んだ時、団長はジークが踏み込んでくるところまでは読んでいて、だからそこに合わせて一撃を叩き込もうとしたけれど、最後の最後でジークの動きが上回って躱された。その後の蹴りは、あのままだとジークの剣を避けることが出来ないから、苦し紛れに後ろ蹴りを出したらたまたま当たったというだけ」
なんだそれ? と思ったが、あの場面で後ろ蹴りを出せるということは、運でも勘でも経験でも負けていたということだろう。ただまあ、そこまでガウェインを追い込んだのは上出来だろう。
「多分だけど、今のジークは私となら昔よりもいい勝負が出来ると思う。まあ、かなり汚い手を覚えたみたいだから、魔法を使われると危ないかもしれないけれど」
ディンドランさんは、一応俺を褒めているみたいだけど、視界を奪った上に魔法で造りだした偽物でハメたことを根に持っているようだ。
「それはそうと、ジーク……何であなたは娼館で寝泊まりしているの?」
ディンドランさんとの話が終わったところで、エリカが冷ややかな声で質問して来た。いや、質問というよりも、声を荒げていないだけで詰問に近いかもしれない。
やはり娼館で寝泊まりしているというのは、女性からすると嫌悪感があるのかもしれない。
俺としてはやましい気持ちがあってばあさんの店で寝泊まりしているわけではないので、誤解を解く為に説明したのだが……
「「ふ~ん……」」
エリカと、途中から一緒に話を聞いていたディンドランさんは納得しなかったようだ。
まあ、店の女性とそう言った男女の仲になったことは無いが、面白がって肌を見せてくる人はいたし、事故で見てしまうこともあったので、全く役得が無かったというわけではないのが痛いところで……それに二人は気が付いているというのが怖いところだ。別に俺が悪いというわけではないのに……
「でも、あそこの皆さん綺麗で優しいし、ご飯は美味しいから住みたくなるのは分かります。私も一度お願いして断られたことがありますし」
俺の分が悪くなったところで、思いもしないところから援護が入った。ただ、あまり長く話させるとどこでぼろを出す……だけならまだいいが、俺の立場をもっと悪くさせる可能性があるので、クレアがさらに口を開く前に、ばあさんの店で寝泊まりする利点をまくし立て、一定の理解を得ることが出来た……と思う。
などと一安心したところに、
「ジーク! ようやく見つけたぞ!」
ようやくガウェインたちがやって来た。
「お前のせいで痛い思いをしただろうが! このやろっ!」
などと言ってガウェインが絡んできたが、
「その犯人、俺じゃなくてディンドランさんだろ?」
と、ディンドランさんに押し付けた。しかし、
「あれはどう考えても団長が悪い。ジークに騙されただけじゃなく、私に向かって攻撃をしてきたからやり返しただけ」
ディンドランさんはガウェインが悪いとはっきり言い切った。
ただ、俺からするとディンドランさんなら止めようと思えば止めることが出来たと思うし、もし仮に無理だったとしても、大邸でも威力を大幅に減らすことは出来た筈だ。
それをしなかったということは、ディンドランさんはわざとガウェインを蹴ったということだ。
「まあ、ここまで来れたたということは、特に問題がなかったということだろう。それはそうと、ガウェイン、ディンドランさん……と、エリカもか? ちょっとこっち」
三人の名前を呼んで、その場から少し離れたところに移動すると、ガウェインが「大問題だったわ!」などと言いながらも俺の後についてきた。
その際、クレアがこっそりとガウェインに隠れながらついて来ていたが、すぐにクーゲルに回収されていた。
「それで、ここまで来た本当の目的は何だ?」
「そりゃ、ジークの安否確認……って言っても誤魔化されないよな?」
クレアたちから十分に離れたことを確認してから聞くと、ガウェインは一瞬とぼけようとしてすぐに諦めた。
「安否確認だけなら、エリカは必要ないだろ? あくまでも俺のことはヴァレンシュタイン家の問題だ。仮に侯爵殺しが問題になって俺を捕らえに来たのなら、少なくとも責任者としてカラードさんが指揮を執るだろうし、戦力としてなら今代の黒に対抗できるエンドラさんが来たはずだ」
貴族の問題に他家を入れることは好ましいものではないかもしれないが、エンドラさんの場合は俺の師匠の師匠であり、公式的にはバルムンク王国で唯一のレベル10なのだから、エンドラさんなら例外として、悪名高いソウルイーターを倒した俺を捕獲、もしくは討伐する為に参加するとなれば反対意見が出ることは無いはずだ。
それに、安否確認だけが目的なら、騎士団長であるガウェインが来るとは思えない。
王国でも名の知れたヴァレンシュタイン騎士団の団長であるガウェインは、色々と注目されていてもおかしくない存在だ。そんなガウェインが少数の部下を連れて国を離れたとなれば、何か目的があると勘繰られるだろう。
なのにスタッツにはガウェインたち以外王国から来た奴はいないようだ。もしいたら、ばあさんやギルド長が素直にガウェインに協力するとは思えない。むしろ積極的に俺とおっさんに報告し、排除させようとしたはずだ。
そうなると、ガウェインたちに協力した貴族がいるということで、エリカの実家であるフランベルジュ伯爵家は当然として、他にもかなりの権力を持った家……恐らく、王家も関わってのことだろう。
少し考えただけでもそんな可能性が出てくるのに、ただの安否確認ということはありえない。もしも本当に安否確認が目的ならサマンサさんもいるはずだし、サマンサさんなら正面切って会いに来てビンタの一つでもかましてくるに違いない。
そう言うと、
「まあ、確かにそうだよな……実際に、サマンサ様とエンドラ様も来ようとしてカラード様と陛下に止められていたし」
「それで、俺に会いに来た本当の理由は何だ? それと、エリカがここにいる理由もだ」
「私⁉」
エリカは急に自分の名前が出るとは思っていなかったのか、驚いて声を出していた。そしてその声に反応したクレアがこっちに来ようとしていたが、またもクーゲルに止められていた。
「えっと……私がいる理由よね。それは単純に、私の実家……正確にはお父様がジークの居場所に気が付いたからよ。その情報と交換に、ディンドラン様に連れて来てもらったわけよ」
ああ、あれのせいか……と、フランベルジュ伯爵とあった時のことを思い出した。ただ、仮にエリカが伯爵に俺のことを伝えていたとしても、あの時の俺は髪と目の色を変えていたので気が付かないのでゃないかと思ったが……どうやら貴族からすると、髪と目の色を変えたくらいでは変装にならないとのことだった。
「お父様に言わせれば、名前も実力も聞いた通りだったから、本当に正体を隠す気はあるのかとのことよ。まあ、冒険者が何かを隠しているというのはよくある話だし、別に敵対するような気はなかったみたいだから聞かなかったそうだけど……ジークがこの話を聞いた時にどんな反応をするのか興味があるから、居場所を教える代わりにその時の様子を詳しく教えろって言われたわ」
エリカに対して失礼かもしれないが、あの伯爵はあまり性格がよくないようだ。もしかすると、ガウェインと同じ類の人間なのかもしれない。
黙り込んだ理由を察したのかエリカも静かになり、そのせいで話の流れが止まってしまったのだが、ディンドランさんが話題を変える為か思い出したように、
「そう言えばジーク、ドラゴンを倒したそうだけど、お肉は残っているの?」
と言い出した。ディンドランさんは、確実にドラゴンの肉を期待している目をしていた……と言うか、話題を変える為ではなく、本当に思い出したので食べたくなったのかもしれない。
「残っているけど、その話は後でね。それでガウェイン、俺に会いに来た理由は……もしかして、『今代の雷』に関係しているのか?」
このままだと際限なく話が脱線していきそうだったのでこちらから話を振ると、ガウェインは驚いた顔をしたがすぐに頷いた。
「ジークも知っていたか……いや、少し前まであの国に居たから、耳に入ってもおかしくは無いか。そうだ。俺たちが来た理由の一つに、そのことが関係している。まあ早い話が、ジークがファブール国に味方しないように、様子を見て来いってカラード様に陛下から命令が下されたからだな。まあ、酒の席での話だったそうだから、半分は冗談だろうとのことだったけどな」
つまり、半分くらいは俺が敵にならないか心配していたということだろう。
「そもそも俺が向こうについたくらいじゃ、バルムンク王国との国力差はまだまだあるはずだろ?」
ただ、ファブール国が敵性国家になったとは言え、バルムンク王国とは数倍の国力差があるし、同盟国の隣国と合わせれば差は十倍以上になるはずだ。
例え俺が敵に回ったとしても、気にする程ではないと思う。少なくとも、急に俺のところに来るほど心配する程ではないはずだ。
そう考えていたが、ガウェイン……と言うか、ウーゼルさんたちは違う考えだそうだ。
「まず、ジークが考えているほど、レベル10という存在の影響力は小さいものではない。バルムンク王国はこの大陸でも有数の戦力を保持しているが、それでも王国の主戦力はと聞かれれば、他国どころか自国民ですら『今代の緑』と答えるくらいだ。エンドラ様が軍に属しているわけではないというのにだぞ」
確かにそう聞くと、異常なことではある。エンドラさんはバルムンク王国の住人ではあるものの軍属ではなく、軍の協力者のようなものだ。そんな人がヴァレンシュタイン騎士団や他の騎士団を差し置いて真っ先に名が上がるというのは、よくよく考えればありえない。何せエンドラさんは、その気になれば他の国に鞍替えすることが可能なのだから。
「それで保ってきた優位性が、今代の雷のせいで揺らいでいる。そこにソウルイーターを単独で倒したという奴が向こうについてみろ、少なくともソウルイーターの怖さを知っている国民からすれば、絶対的だった信頼感と言うものが信用できなくなる。あとこれは俺の勝手な想像だが、もしもジークと今代の雷が手を組めば、国の一つや二つ、簡単に大混乱に陥らせることが可能なはずだ」
自分ではガウェインの言うことが信じられないが、ガウェインどころかディンドランさんやエリカ、他の騎士団員も同じように頷いていた。
「これはジークの知らないことかもしれないが、すでにバルムンク王国とファブール国で小競り合いが勃発している。まあ、死者も全体で百も出ないようなものだったが、それでも双方合わせて千人規模の戦闘だ。その結果、バルムンク王国側が敗走している。もっとも、双方に行き違いがあったとして、対外的には引き分けで無かったことにされているがな」
なんだそれは? と思ったが、国家間の問題で色々とあったらしい。
ただ、そんな細かなことよりも大切なのは、その小競り合いに今代の雷が参加していたというところだそうだ。
今代の雷は、当初バルムンク王国有利で進んでいた争いを一度の魔法でひっくり返したそうだ。もしその時に続けて数発同じ魔法を放っていれば、間違いなく王国側は壊滅しただろうとのことだったが、何故か今代の雷は魔法を一度使っただけで引き返したおかげで被害は最小限に抑えられたそうだ。
それで何故対外的にとはいえ引き分けとなったかと言うと、その小競り合いの原因がファブール国の領土侵犯に端を発しているからだそうだ。もっとも、あちらは侵入は大雨が原因の視界不良が起こした事故だったと主張したがそんな話が通用するわけはなく、王国はそれについて追及しようとしたものの、王国側は明確に今代の雷を敵に回したくないのと、死者を出した今代の雷の魔法はファブール国の領土内で使用された為、互いに無かったことにしたということらしい。
「つまり、王国側も攻めるのに夢中で領土侵犯をやってしまったというわけか……追い返すだけにしておけば、上の立場で交渉できただろうにな」
「全くだ。そのせいで、ジークの家出が終わることになったわけだしな……まあ、そんな理由で、陛下は今代の黒であるジークとの繋がりを求めているわけだ。もっとも、ジークのことは公表せずに、隠し玉のようにしたいそうだがな」
まあ、その方がギリギリまで面倒臭いことに巻き込まれないだろうが……巻き込まれるのは仕方がないか。すでにファブール国に目をつけられているみたいだし、それくらいならバルムンク王国に使われた方がマシだろう。
いざという時が来るまで、これまで通り平和に暮らすか……などと、自分の中でこれからのことを決めていると、
「それじゃあ、速く街に戻ってバルムンク王国に戻る準備をするぞ」
「え?」
「いや、何驚いた顔をしてるんだ? どの道、ジークの家出は終わったんだから、一度ヴァレンシュタイン家に顔を出すのは当然だろ? それと、陛下にも報告しないといけないし、ジークに会いたがっている人は大勢いるからな」
と、呆れた顔をしたガウェインに言われてしまった。
確かにその通りだとは思うが、出来るなら心の準備をする期間を長めにとって欲しいと思ったが……
「ジーク、早く帰らないと卒業式に間に合わなくなるわ。一応、あなたはまだ学園に在籍していることになっているし、陛下と学園長の計らいで試験を受けて合格すれば卒業資格が与えられるそうよ。その勉強もあるのだから、少しでも早く戻る必要があるわ」
などと、またも想定外のことをエリカに教えられたのだった。