第三話
「いや~……帰りの小遣い稼ぎとは思えないくらいの金額だったな! ……クソ面倒だったけど」
おっさんの愚痴に、俺たちは完全に同意した。
山賊の規模に対して人数が足りないせいで色々と大変だったが、それでも俺が得意とする状況だったおかげで俺たちどころか村人に怪我はなかったし、拠点の制圧も苦労はしなかった。ただ、その後の後処理が面倒だったくらいだ。
しかし、そこで全てが終わっていたなら、『後処理が面倒だった』……で終わる話だったのに、山賊を壊滅させた日の昼過ぎくらいにフリックが連れてきた警備隊が、はっきり言ってクソだった。
その警備隊曰く、自分たちが捕らえることが出来なかった山賊を、たった数人で壊滅させたばかりか、親玉を始めとした幹部を活かした状態で捕まえたのはおかし過ぎるとのことで、実は俺たちが山賊の仲間であり、仲間割れしたので不意打ちしたからこその成果だろうと決めつけてきたのだ。
こちらとしては、完全に善意からの行動(ただし、山賊から貰えるものは貰った)であり、しかも非常に疲れていたということもあり……少しばかりやらかしてしまった。
簡単に言えば、フリックが連れてきた警備隊(十人)を、全てぶん殴って戦闘不能にしてしまったのだ……俺が。
ただ、こちらの言い分としては、フリックが直接連れてきたと言っても、相手側は自分たちの身分を証明するものを提示しなかった上に、他国の冒険者だと聞かされて冒険者の証を見せられても態度を変えなかったので、俺としてはあいつらこそ山賊の仲間ではないのか? 判断しての行動……ということにしている。ついでに、先に手を出してきた(チーを捕まえようとした)のは向こうだったし。
そのせいで俺たちは、気絶している警備隊の連中の身柄を拘束した上で、山賊と一緒の馬車(警備隊が持ってきたもの)に載せて街まで移動し、一口にいた警備兵を強引に突破(荷台の中身を改められる前に金を握らせた。なお、その金の出所は捕まえた警備隊の奴らからくすねたもの)して、街のど真ん中で警備隊に扮した山賊を捕縛したと叫んでやった。
普段なら絶対にしない行動だったが、これまでの疲れと徹夜明けのせいで変にテンションが上がっていたせいだろう。
叫びながら移動していると、だんだんと街の人々が集まって来て状況を聞いてきたので、俺たちはそれまでの経緯を話した。その時に一緒に来てもらった村長と他数人の村人の証言(山賊の被害と警備隊の横暴さ)もあった為、その時の周りの反応としては俺たちの言っていることを信じている人の方が多かったように見えた。
そのせいで異変に気付いた別の警備兵たちが俺たちの捕縛に来たものの、捕らえた山賊が人相書きが出ているくらい有名な奴だったことと、一緒に荷台に乗せていた警備兵がかなり評判の悪い奴らだったそうで、どちらかと言うと俺たち側に立っていた街の人々により、捕縛ではなく事情聴取という形に変更されて詰め所まで連行されることになった。
そこから村長たちの話と俺たちの話に齟齬がなく、おまけにフリックが連れてきた警備隊の連中は上に報告せずに持ち場を離れていたことが発覚したことで、非は警備たちの方にあると判断したようだ……と言うか、村に来た警備兵は全員がかなり問題のある奴らだったので、これ以上警備隊の評判を落とさないように、あえて損切りすることにしたようだ。
ちなみに、フリックの連れてきた警備兵たちは初めから俺たちの手柄を奪う気だったようで、捕縛された山賊はせいぜい数人だろうと思い込んで報告もせずに抜け出したものの、行ってみれば思った以上の大物でしかも幹部たちも揃っていたので、金に目がくらんでしまい強引な手段に出たのだろうというのが、警備隊のお偉いさんの見解だった。
そう言った感じで、俺たちはお咎めなし……とまではいかなかったものの、街中で騒いだことに関する罰金は元警備兵が起こしたことへの迷惑料との相殺ということになり、山賊に関する褒賞金はほぼ満額もらえることになった。なお、ほぼと言うのは、生きて捕らえた山賊以外は討伐したという保証がなかったので、それらを得る為には詳しい調査の後に支払われることになると言われたので辞退したのだ。ただ、辞退したものの、もし褒賞金が出ることになるようなら、俺たちの代わりに村の人たちに与えて貰えるように交渉して承諾された。
そう言った経緯があり、街で二日拘束されることになったのだ。
街に二日も留まることになってしまったが、元々疲れも溜まっていたのでそれ自体は予定外ではあるが構わないと言った感じだったが、騒ぎを起こしてしまったせいでちょっとした時の人となってしまい、自由に歩き回ることが出来なかったのは辛かった、おまけに、その話を聞きつけた街の有力者が俺たちに指名依頼を出そうとしたり自分たちの陣営に取り込もうとしたりということも面倒だったが、それらは俺たちが依頼中ということで断ることが可能だったのが幸いだった。
それらを加味しての、おっさんの総評が『クソ面倒』というわけだ。
「でも、本当に良かったのか? なにも、山賊の褒賞金を等分で割らなくてもよかったんだぞ?」
おっさんの言葉にフリックも同意していた(チーは聞こえなかったふりをしている)が、俺としては警備隊から保証された書類付きのオーガ三体の討伐記録が手に入ったし、山賊がため込んでいた金や武具などを総取り出来たので満足だ。
むしろ、山賊の褒賞金をおっさんたちに渡したとしても、それを上回る程の利益が出たくらいだ。
ちなみに、山賊の褒賞金を四等分しても、一人当たりスタッツで四人家族が一年近く生活できるくらいの金額を手に入れることが出来た。
「おっさんならよくわかる話だろ? いくら働いた分が上乗せされると言っても、取り過ぎはよくないって」
いくら俺が単独で動いたのが金額に反映されていると言っても、パーティーで動いている以上は独り占め、もしくはそれに近い配分では争いのタネになる可能性がある。
そんなことになるくらいなら、分けやすくいて分かりやすい金だけでも等分にした方が文句は出にくいのだ。
「確かにそうだが……まあ、ジークがそれでいいなら構わないか」
「それにしても、やっぱり人数が少ないと移動は楽だな。護衛対象に気を使うことなく、多少無理してでも体力のギリギリのところまで進めるし、最悪夜を明かすのは野原でも構わないしな」
行きの時よりも少し遠回りになり、おまけに予定外の宿泊もあったが、この調子だと日数としては行きと同じかそれよりも早くスタッツに戻れそうだ。
「確かにそれはそうだな。何よりも、女性に対して変に気を使わなくていいのが一番楽だ」
確かにそれは俺も同感だが……口には出さなかった。何故なら、
「バルトロさん……私も女性なんですけど?」
絶対に面倒臭いことになるのが分かっていたからだ。
そんなおっさんの発言に反応したチーだったが、おっさんは特に驚いた様子は見せずに、
「だったら常日頃から色々と気を付けるんだな。少なくとも、男に交じって堂々と寝るし、腹を出していびきをかきながら寝返りを打っている奴を、今更女性だと意識しろと言うのは俺には無理だ。むしろ逆に、チーに失礼とすら思っていたわ!」
逆にチーに怒鳴っていた。まあ、色々と問題発言ではあるだろうが、その大半は俺も同意見だ。
おっさんのその言葉を聞いたチーは、すぐさま俺とフリックに視線を向けたが……分かりやすく目を逸らしてやった。
その後、チーはおっさんにグチグチと文句を言っていたが、おっさんはそれら全てを聞き流していた。
それが山賊を壊滅させてからスタッツに到着するまでの間に起こった出来事の中で、唯一と言っていいくらいの面倒事だった。
「あ~……ようやくスタッツに戻って来れたな。色々なことがあったが、たまには他の国に遠征するのも悪くないな」
「そうですね。国を跨ぐような依頼は大変ですが、たまには受けないと色々な感覚が鈍りそうです」
おっさんとフリックはそう言って笑っているが、チーはかなり疲れが溜まっているようで、荷台でボケっとしていた。
「まずはギルドに戻ってジュノーに報告しなければならないが……ジークは先にベラドンナに報告した方がいいかもな。オーガの腕に嵌められていた首輪をジュノーに言えば、しばらくの間解放されないかもしれないからな」
確かにギルド長ならそうするかもしれないし、どの道ばあさんに依頼終了の報告はしなければならないので、順序が少し違っても特に問題は無いだろう。
そう思っておっさんの提案に乗り、俺だけ馬車を途中で降りた。
そしてばあさんの店に戻り、依頼完了の報告をすると……
「ジーク、いいところに戻って来たね。帰ってきて早々で悪いが、いつもの薬が切れているんだよ。材料のほとんどは確保したが、最後の一つの数が足りない。すぐに取りに行ってくれないか?」
そんなことよりも、いつもの薬草の調達に向かってくれと言われたのだった。
まあ、確かにあれらの薬がないとばあさんたちの仕事は回らないし、不幸な従業員が現れるかもしれないので気持ちは分かるが……今日くらいはゆっくりさせて欲しかったというのが本音だ。
まあ、いいように考えれば、ギルド長のことは後回しに出来そうなことくらいか?
そう考えることにして、まずはそのことをおっさんとギルド長に伝える為に、今度はギルドへと向かったのだが……
「ジークさん、どこに行くんですか⁉」
何故かスタッツに来ていたクレアが、お供の親衛隊長とその娘を引き連れて俺にまとわりついてきたのだ。
何でも親衛隊長が言うには、今回のスタッツ訪問はクレアのわがままから始まったことらしく、本来はバルムンク王国の北部にある教会のいくつかを訪問した後、そのまま王国の北側にある国々の教会を慰問する予定だったそうだが、それを予定通りに行った場合、どんなに急いでも一年以上旅を続けることになるらしく、それを知ったクレアは不貞腐れてしまい、聖国の教会にある自室に引きこもってしまったそうだ。
それで困った教会のお偉いさんたちは妥協案として、今回はバルムンク王国の教会だけにして、次の機会に王国の北側の国々を回るということになったらしい。
おまけに、本来はこの国の北側を通って帰る予定だったのを、わざわざスタッツを経由する道を希望したそうだ。
スタッツには数日前に到着したが、俺は丁度ジモンから帰っている途中でいなかったので、遊ぶ相手が居なくてとても退屈そうにしていたとのことだった。いや、何故俺と遊ぼうと思ったのか分からないし、これまで何度かクレアがスタッツに来た時に会いはしたが、別に遊んだという記憶はない。
ちなみに他の親衛隊の連中は、親衛隊長とその娘がクレアの面倒を見ているということで今日は休日になっているそうだ。
ここまで付きまとわれていると、振り切ってギルドに行くことは不可能……ではないが、すぐに行き先はバレるだろうし、ギルドに行って速攻で用事を済ませて森に向かっても、クレアのことだからギルドにいる連中や門番、もしくはばあさんのところにまで行って俺の行き先を聞くだろう。
そしてそれらの連中は、面白がって俺の行き先を教えるに違いない。
(ギルドまで好きにさせて、報告した後は個人的な用事ということで諦めさせるか……)
それしか静かに依頼をこなすことは出来ないだろうと思い、そのままクレアたちを連れてギルドに向かうと……
「ジーク! よく来た! お前からもジュノーに言ってやってくれ!」
受付に行く前に、おっさんに捕まってしまった。
ウザいが依頼に関することだったら俺にも関係があるかもしれなかったので、一応話を聞いてみたが……
「一応スタッツの顔と言われている冒険者のおっさんが、またすぐに他の国に行きたいとか言えば、ギルド長は反対するに決まっているだろ? そもそも、ジモンに行くのも反対されていたのに、間を置かずに行きたいというのは無理があるだろ……やるならギルド長に黙ってやるんだな」
ただの兄弟げんかだった。しかも、どちらかと言えばおっさんの方に非がある感じの。
なので、適当に答えてから改めて受付の方に向かうと、背後から「その手があったか!」と「あるわけないだろ!」という声が聞こえた。
二人を無視して受付にばあさんに依頼完了を直接伝えたことを言い、ばあさんに署名してもらった依頼書を渡した。
そして預けられていた報酬を貰ったところで、受付に個人的な緊急依頼で出てくると伝えると、
「ジーク、報告に来たんじゃなかったのか?」
ギルド長と喧嘩していたおっさんが慌てて俺に近づいてきた。その後ろでは、ギルド長が何か言いたそうな目で俺を見ている。
「ばあさんからの緊急依頼だ。何でも、この依頼が遂行されないと、店が開けないらしい」
おっさんに依頼の内容を軽く教えると、おっさんではなく俺たちの会話に聞き耳を立てていた半数近くの冒険者が一斉に立ち上がった。多分今反応したのは、ばあさんの店で遊ぶ予定がある奴らなのだろう。
諸々の報告が後回しにされることにギルド長は何か言いたそうだったが、多くの冒険者から向けらた視線のせいで何も言えずにいた。
「ベラドンナの依頼は、ジークがいつも採ってきている薬草を持ってこいってことだよな? つまり、いつもの森が目的地で間違いないな?」
おっさんの質問に頷くと、
「なら俺もついて行こう。そうすれば、ジークの用事も早く終わるだろ? それはジュノーにとってもいい話のはずだ」
そう言っておっさんがギルド長を見る……いや、睨むと、ギルド長の目が少し泳いだのが見えた。どうやらギルド長は、また何か企んでいたようだ。
そのことに感付いたおっさんがけん制したというところだろう……と言うか、それだと俺はおっさんが同行するのを断ることが出来なくないか?
そしておっさんがついてくるとなれば、
「それなら私もお手伝いします!」
クレアもそう言い出すに決まっていた。
「よし! そうと決まったら早く行くぞ! 今から行けば、日が暮れる前には戻って来れるはずだ! 行くぞ! ジーク、嬢ちゃん! ……とその御供たち!」
「おー!」
ノリノリのおっさんに、ノリノリで返事をするクレア。
そんな様子を見ていた俺は、このまま気配を殺してこの場を離脱し、一人で森に向かおうかと考えていたら、
「ジーク……すまないが、少し時間を稼いでくれ。親衛隊の奴らを数人引っ張って来る。街の中ならいざ知らず、流石に街の外……それも、大分離れているとはいえ、過去に事件のあった森に行くのに、護衛が二人だけというわけにはいかない。フレイヤ、今すぐに宿に戻って、待機している奴を数人引っ張ってこい。休日にしたとは言え、全員が同時に遊びに出ているということは無いはずだ。森に近い門のところで合流だ」
こういった場合、万が一に備えて休日でも交代制にしているのが普通だと思うが……ダンジョンに行った時のままの親衛隊だったら、残っていなくても不思議ではない。
そう思っている内に、娘の方……フレイヤはギルドのドアを壊さんばかりの勢いで出て行き、俺の表情から考えを読み取った親衛隊長……クーゲル(とか言う名前だった気がする)は、「前の反省から基礎的なことから改めて叩き込んだから、昔よりは成長している」と言っていた。
「それならいいんだが……おっさん、クレア、騒ぐのは迷惑だから止めろ。行くぞ」
「おう!」
「はい!」
はしゃいでいる二人に声をかけて、俺は冒険者ギルドを出た。
その際、親衛隊長が何か言いたそうに小走りで近づいてきたが、俺と親衛隊長の間に二人が割り込んできたので、声をかける機会を失っていたようだ。
まあ、時間を稼げと言っただろうみたいなことを言おうとしたのだろうが、それは俺も分かっている。むしろ、足止めはギルドの中よりも移動中の方がしやすくて自然なはずだ。
なので、ギルドを出てすぐのところにあった屋台で足を止めて、
「今焼いている串を三本貰っていいか?」
「少し待ってな」
わざとまだ焼いている最中のものを注文した。
忙しい時間帯なら拒否されることも多いが、焼きたてが一番人気があるので、余裕のある時はこういった注文が通ることもあるのだ。
そして俺が注文すれば、
「おっ! 俺も三本くれ!」
「私も!」
二人も釣られて注文するのは分かっていたので、これだけでも時間は稼げる。
まあ、一から焼いてもそこまで時間のかかるものではないし、九本くらいなら同時進行が出来るので、多くの時間は稼ぐことが出来ないが……これと同じことを何度か繰り返せば、親衛隊の応援が来る時間を稼ぐことは簡単だった。ただ、
「フレイヤたちの方が大分速かったみたいだな」
親衛隊長の言う通り、寄り道し過ぎたせいでこちらが大きく遅れてしまったのだった。
フレイヤと急遽応援に駆り出された四人の隊員は、俺たちが先に行ってしまったのではないかと心配したようで、何度も門番に俺たちのことを聞いているのが遠目からでも見て取れたのだった。
「まあ、待たせてしまったのは計算外……と言うか、向こうの来るのが早かったというのもあるし、仕方ないだろう。それに、待たせはしたがその間にクレアも腹が膨れたみたいだから、その分だけ大人しくなるだろう」
三軒目まで誘導したのは俺だが、その後の五軒はクレアが自分で突撃していったので、俺も購入はしたが遅れた責任はクレアにある……はずだ。
そう言うことにしておけば、フレイヤたちも文句は言えないだろう。
実際に俺たち……と言うか、俺を睨みつけるような目で見ていたフレイヤは、その後ろにいる屋台の食べ物が入った紙袋を抱えながら串焼きを頬張っているクレアを見つけ、何も言えなくなっていた。
「それでジーク、ここから俺たちはお前について行くことになるんだが、何か気を付けることはあるか?」
門を出たところでおっさんが皆を代表するような感じで聞いてきた。
おっさんなら言われなくても分かっているとは思うが、恐らくはクレアたちに聞かせるのと、今回の薬草採集の間は全て俺の行動にあわさせるのを改めて理解させる為だろう。
「一応、これまで取ったことのある場所を中心に回るつもりだが、それで集まらなかったら少し奥まったところまで行くことになると思う。その場合は、おっさんたちは先にスタッツに戻ってくれ」
「了解」
「えっ! 何でですか!?」
おっさんと親衛隊長はすぐに理解したが、クレアや隊長を除いた親衛隊の連中は分かっていないようだった。
「あのな、ジークが連れて行くと言っている場所は、ギルドや他の冒険者が把握している群生地だが、その周辺で集まらなかったら、ジークは自分のとっておきの場所に行くと言っているんだ。そんな場所を、他の奴に知られるわけにはいかないだろ?」
おっさんがクレアに説明すると、クレアたちも俺の言っている意味を理解したようだ。
確かに場所を知られないようにという意味もあることにはあるが、俺はこの依頼で食っているわけではないので、別におっさんやクレアたちに知られても構わない程度の秘密の場所ではあるし、俺に何かあった時の為に、おっさんが場所を知っているというのは依頼主の為にもなるので教えてもいいのだが……今日は速く依頼を終わらせて、帰ってゆっくりとしたいので、秘密の場所に行く時は影に潜ったりして速度を上げるつもりなのだ。
その場合、おっさんなら行き先を予測して後で合流することも出来るかもしれないが、クレアたちは絶対に無理なので森の中ではぐれてしまう可能性が高い。そうなればクレアたちの捜索などで駆り出されるのは目に見えている。
それを防ぐために、あらかじめ帰還するように説明したのだ。
親衛隊長にも説明されたクレアは一応納得したようだが、分かりやすくふくれっ面をしている。
そうして森まで一時間程かけて移動(クレアたちの馬車を使ったので、いつもより短縮できた)し、森の入り口で馬車の見張りとして親衛隊の二人を残して、俺たちは森の中に入って行った。
森の中で比較的進みやすい道を通って三十分程で最初の群生地に到着し、採集を始めようとしたのだが……
「ジーク、すでにここは持っていかれた後みたいだな」
「みたいだな。根こそぎとまではいかないが、ほとんど持っていかれているから、ここでこれ以上採るのはよくないな」
最初の目的地ではすでに先客が来ていたようで、俺はここで集めるのを諦めた。
「次の場所は、ここから一時間くらいだな。そこで駄目なら、おっさんたちは先に戻ってくれ」
予定としては、この場所で目標の半分くらいを確保し、次で残りを……と言う感じだったのだが、ここで全く取れないとは思っていなかったので、この調子だと秘密の場所に行かなければならないだろう。
そうしてさらに一時間程森の中を歩き、少し開けた目的地の手前まで来た時に、俺とおっさん、それに親衛隊長は、周囲の異変に気が付き警戒を強めた。
「何人か、気配を殺して隠れているな……ジーク、数は分かるか?」
「五……いや、六だな。しかも、それぞれかなりの実力を持っていそうだ」
もちろん、相手は隠れているので正確な強さなど分からないが、それでも注意しなければ分からない程に気配を殺せる相手が弱いとは考えにくい。
「すぐに引き返すか?」
「いや、向こうも俺たちに気が付いている……と言うか、これは待ち構えられていたみたいだな。すでに向こうはこちらを囲むように動き始めている」
親衛隊長の言葉を、おっさんはすぐに否定した。
相手の動き方と予想される強さを考慮すると、俺とおっさんと親衛隊長以外は、逃げている最中に背後からの攻撃を受ける可能性が高い。
「逃げるのが無理なら、こちらから打って出る! 俺とおっさんが先頭、クレアとフレイヤがその後ろに続き、残りの親衛隊はさらにその後ろだ! あの開けたところまで走るぞ!」
俺とおっさん以外は、こんな森のど真ん中で戦うことに慣れてはいないだろう。それくらいなら、リスクを負ってでも戦いやすいところまで出た方がいい。
親衛隊に殿を任せてしまったが、あの開けたところに出ることが出来れば、俺の魔法で援護することが出来る。
幸い、開けたところにも敵は潜んでいるようだが相手は一人なので、おっさんが対処してくれるだろう。
そう考えての隊列だったが……
「さらに二人だと!」
敵方には、俺でも近づかないと気が付けないくらい、気配を完璧に殺して隠れていた奴が二人もいた。
「おっさん! 二人追加だ! しかもどちらも後ろの奴らよりもはるかに強い!」
これは完全に俺の慢心から来た失敗だった。
敵の接近に気が付いた時に、打って出るのではなく逃げるのが正解だったようだ。
(くそっ! 調子に乗り過ぎた!)
敵が迫っているこの状況で、悔やむ時間など無いのは分かっているが、自分のせいでおっさんたちの命を危険にさらしてしまっている以上、俺にはどうにかする責任がある。
「ダイン……な!? くそっ!」
森から出た瞬間に潜んでいる敵を攻撃しようと剣を抜いていたものの、それでは逆こちらが危ないと判断して、俺の最高火力を持つ銃形態のダインスレイヴで奇襲を仕掛けようとしたが、敵は俺の動きを読んでいたかのように剣を投げつけて来た。
しかも、けん制の為の投擲というわけではなく、投げつけられた剣は数人まとめて貫通できそうなくらいの威力を持っていた。
そんな一撃が俺の顔面付近に飛んできたのだ。掠っただけでも致命傷になりかねない。
何とか自分の剣の腹を左腕で押し上げるようにして軌道を逸らすことが出来たおかげで、後ろから来るクレアたちが犠牲になることは無かったものの、その衝撃で剣と俺の左腕の骨がいかれた。
骨は完全に折れてはいないようだが、最低でもひびは入っているみたいだし、おまけに痺れて感覚が鈍っている。
「ジークさん!」
「クレア、助かる!」
しかしそんな俺の怪我も、今代の白であるクレアにはかすり傷と同じようなものらしく、俺の足が止まったことで追いついたクレアが、一瞬で治してしまった。
(敵は……俺たちを待ち構えているみたいだな)
あの投擲を連発すれば、こちらの戦力を大きく削ることも可能だったはずだが、それをしないということは、俺たちが相手なら必要はないと判断したのかもしれない。
「隊長たちは、敵と接触したみたいだな」
俺たちの後をついて来ていたはずの隊長たちは、いつの間にか敵に追いつかれてしまったようで、すでに戦闘が始まっているようだった。
「相手が三でこちらは四だが……数は当てにならない」
森から出るまであと数十mしかないが、敵はまだ待ってくれるみたいなのでここは甘えさせてもらおう。
「逃げるなら今しかないが……それも無理だろうな」
正直言えば、俺だけなら逃げ切れるかもしれない。
だがその代わり、おっさんたちは殺される可能性が高い。いやむしろ、ここまでされて見逃されるとは考えにくい。まあ、クレアとフレイヤだけなら殺されないかもしれないが……ここまで来て、そんな選択肢は選べるわけがない。
「俺は剣を投げて来た奴とやる。おっさんはそいつと同時に現れた、右にいる奴を頼む。クレアとフレイヤは、左にいる奴だ」
気配だけで判断するなら、クレアとフレイヤが一番勝率が高い。ただ、クレアは戦闘技術が高いというわけではないので、どうなるかはフレイヤにかかっているだろう。
そして俺とおっさんだが……正直言うと、かなりきつい。
俺の方は、ダインスレイヴを全開で使えばそう簡単に負けることは無いと思うが、それをするとおっさんたちまで弱体化してしまう。
敵も同じように弱くなるなら使うのもありだが、どう転ぶか分からない以上、ギリギリまで控えた方がいいはずだ。
「それと……最悪の場合、勝てないと判断したら逃げろ。スタッツまで逃げることが出来たら、何とかなるはずだ」
俺の言葉におっさんたちは眉をひそめたものの、特に反論することなく頷いた。
クレアはどう思ってのことなのかは分からないが、敵の目的がはっきりしない以上、おっさんはスタッツの安全確保の為に動かなければならないし、フレイヤは俺やおっさんよりもクレアのことを最優先しなければならない。
そう考えると、二人が今ここで俺を囮にして逃げないだけありがたいと思わないといけないのかもしれない。
「さて、あまり待たせるのは悪いから、そろそろ行くか」
後になって気が付いたことだが、この戦いは俺にとって初めて逃走という選択肢を考えずに挑むものだった。