第六話
本日二話投稿予定です。
二話目は夜に投稿します。
「そらどうした、どうした! 腕が下がってきているぞ!」
目の前の男が繰り出す連撃を、俺は手に持つ木剣で防ぎ続けていた。しかし体格差や体力差、そしてなによりも技術の差は埋めようがなく、次第に防御が後手に回り始め、だんだんと追い詰められていた。
「どりゃぁあ! と、見せかけて、ほいっと!」
「あっ!?」
男の気合の入った声に騙されて、俺は思わず上段からの攻撃を防ごうと木剣を頭の上まで上げてしまった。しかし、男は実際には声を出しただけで木剣を振り上げておらず、隙だらけの俺の喉めがけて突きを放ってきた。幸いこれは訓練なので、男の木剣は喉の数cm手前で止められたが、もしこれが実戦だったとしたら、この木剣は俺の喉を突き破っていただろう。
「参りました……」
「はっはっはっ! だいぶ腕を上げたとは言え、まだまだ甘いな!」
俺が素直に降参すると、男は笑いながら木剣を喉元から外した。
この男は名前をガウェインといい、俺がお世話になっている貴族……ヴァレンシュタイン子爵家の騎士団長だ。
「ちょ、ちょっと、待って、くれ……」
俺が騎士団長殿にやられている間、すぐ隣では俺の名付け親である少年……『アーサー』もしごかれている。相手はディンドランという名の、騎士団に所属している女性騎士だ。
俺とアーサーが叩きのめされている光景は、この一年とちょっとの間でヴァレンシュタイン家の風物詩となっていた。元々俺が叩きのめされるのは、俺がこの家に来た数日後から始まった光景だったが、ある日ヴァレンシュタイン家に遊びに来た銀髪の男性……『ウーゼル』さんの命令により、たまたまついて来ていただけのアーサーの参加が強制的に決定したのだった。もっとも、アーサーは学園に通っているらしく、この訓練に参加するのは三~四日に一回程度の割合である。
しかし不幸なことにこのアーサー、この訓練についてこられるだけの戦闘の才能がなく、いつも俺より早く脱落していた。なので、今日は彼にしては珍しく大健闘したと言っていいだろう。
「ア~サ~……だらしがないぞ~……三つも年下のジークより先にばてるなんて~」
遠くで俺たちの訓練を見守っていたウーゼルさんは、紅茶を片手に笑いながらアーサーを煽っている。しかし、アーサーはウーゼルさんの言葉に反応できないくらいばてていた。彼は武闘派ではなく頭脳派なので仕方がないといえばそうなのだが、その結果としてまだ余裕のある俺の前に、リタイヤしたアーサーの担当だったディンドランさんまで木剣を構えて立っているという状況になってしまった。
「ジーク! 第二ラウンド……開始!」
容赦のないガウェインの合図で、同時に襲いかかってくる大人げない二人の騎士。いつも思うのだが、ガウェインはともかくとして、ディンドランさんは綺麗な見た目に反して、なかなか好戦的な性格をしている。
「『ダインスレイヴ』!」
腕利きを二人も同時に相手にするには、練習用の木剣では無理だ。善戦すらできずに、一方的に袋叩きにされてしまうだろう。なので、練習とは言え殺すつもりで行くことにした。でないと、逆にこちらの命が危ない。
この『ダインスレイヴ』は、俺が森で使っていた黒剣(&黒銃)の名前で、名付け親はアーサーだ。 俺の鑑定結果をカラードさんとサマンサさんがウーゼルさんに伝えたところ(本来はマナー違反なのでが、二人共興奮していてつい頭から抜け落ちていたらしい)、一度見せてくれという流れになり、その効果を見たアーサーが『ダインスレイヴ』と名付けたのだ。
『ダインスレイヴ』と言う名には『相手の霊魂(もしくは血)を喰らう者』という意味があるらしく、この元黒剣には魔力や生命力(体力)などを吸収して、持ち主の力とする能力を持っていたことが分かったので付けたのだそうだ。なんでも、アーサーが子供の頃に読んだ物語に出てきた化物の名前だそうで、相手の命を喰らって何百年も生き延びたとのことだ。もっとも、最後は勇者に殺されるんだけど……
普段の訓練ではダインスレイヴを使うことは禁止されているが、緊急時には使うことを躊躇するなとカラードさんやガウェインたちには言われている。なので遠慮せずにダインスレイヴを出したのだ。そのことにガウェインたちが文句を言わないので、今回のことは緊急事態という判断で間違いないということだ。
ちなみに、能力の一つである魔力の吸収は、ダインスレイヴで直接傷つけただけではなく、俺の周囲にある魔力も奪う効果もある。
魔力とは全ての生き物が生きていくために必要なもので、この世界の生き物は自分でも知らないうちに魔力を力や体力などに変換している。なので、ガウェインとディンドランさんは力の源である魔力を奪われる形になるので、二人には通常よりも身体能力の低下が起こり、逆に俺は身体能力が強化される。つまり、俺に有利な状況が生まれる……はずなのだが、
「これくらいのハンデは丁度いいな! いや、まだ足りないくらいか!」
「そうですね」
この二人は想像以上の規格外だった……というよりも、ヴァレンシュタイン騎士団とはその多くがこんな奴らの集まりなのであった。ヴァレンシュタイン騎士団は総員百名ほどしかいないのだが、そのほとんどが十人力、百人力とも言われる強者の集団であり、中でも上位三人は一騎当千とも、それ以上の存在とも言われている。わかりやすく言うと、今俺の目の前には、最低でも騎士二千人に相当すると言われる戦力が襲いかかってきていることになる。つまりは、「これ、なんて無理ゲー?」状態なのだ。
仮にも十二歳にもなっていない少年に対し、あまりにも酷い仕打ちなのだが、ここの人たちは誰一人としてそうは思っておらず、むしろ若い頃からこれだけの経験を積めるのは非常に素晴らしいことだとすら思っているようだ。
「予想より、一分は長く持ったね」
チートとも言えそうな俺のダインスレイヴをものともしない二人は、俺をボコったことで多少息を乱している程度で、あと五セットは同じことをやれそうなくらいの余裕がありそうだ。ちなみに、冷静に俺の評価を下しているのは、この状況の原因を作ったアーサーだ。いつの間にか復活して、ウーゼルさんの横で紅茶を飲んでいた。しかも、いつの間にか追加されていたお茶菓子を、遠慮なく食べている。
「アーサー、はいこれ」
「ありがと」
俺はアーサーの態度に少しイラっときたので、近くに転がっていた木剣を手渡した。アーサーは俺が自分の木剣を拾ってきてくれたと勘違いしているようだが、それを無視して自分の木剣の剣先をアーサーに突きつけるように構え、
「アーサー、第三ラウンド……開始!」
先程俺が規格外の二人に襲われたのと同じように、アーサーへと襲いかかった。
「へ? ちょ、ちょいまっ、てぇーーー!」
アーサーは突然の俺の行動に慌てながらも、なんとか木剣で俺の攻撃を防ごうとしていたが、俺とガウェインたちの間に実力の差があったように、俺とアーサーの間にも実力の差があるのだ。だから、今度は俺が蹂躙する立場となった……せいぜい、アーサーには俺の鬱憤ばらしの相手をしてもらうこととしよう。
蹂躙開始からおよそ三十分後、地べたに四つん這いになって息を荒らげているアーサーと、そんなアーサーを見下ろしている俺がいた。
アーサーは地面に四つん這いになったまま手足がブルブルと震えていて、その状態から微動だにしなかった。どうも、手足が痙攣しているようだ。少し物足りなかったが、流石にこれ以上やればアーサーが死んでしまいそうなので、このあたりでアーサーを許すことにした。まあ、それとは別に、面白そうだったので、震えるアーサーの手足を木剣で何度か突く遊びをやった。なお、その反応が面白いとか言ってウーゼルさんも参加してしまったので、しばらくの間アーサーは俺とウーゼルさんのおもちゃとして遊ばれることになった。
ちなみに、ウーゼルさんはこの国のお偉いさんである。どの地位の人かは(皆が秘密にするし、大して興味がないので)知らないが、子爵であるカラードさんが頭を下げたりしているので、ほぼ確実に子爵以上の地位であるはずだ。そんなウーゼルさんの息子であるアーサーも、当然高い地位(アーサーは嫡男だそうで、対外的にはウーゼルさんの一つ下の地位と同等くらいの権力を持っているそうだ)なのだが、ちょくちょくヴァレンシュタイン家に遊びに来るうちに仲良くなり、今では友人で兄弟とも言えるような仲になっているので、これくらいで怒られることはない。しかも、アーサーの父親であるウーゼルさんがアーサーの反応を一番面白そうに見ているし、何なら俺に向かって親指を立てているので、身分の違いはあるものの、これくらいなら親公認の仲として許されているのだ。
こんな楽しくも地獄のような生活が一年も続いたある日、唐突に予想もしていなかったことが起こった。
「ジーク、あなたの入学手続きは済ませたから、一ヶ月後の入学式までには準備を済ませておくのよ」
魔法の訓練中に、教師役であるサマンサさんがそんなことを行ってきたのだ。その言葉に、俺の頭の中は『?』マークで埋め尽くされていた。もしかしたら頭の中に入りきらずに、頭の上にまで出ていたかもしれない。それくらい急なことだったのだ。
「あの……どういうことですか?」
「この間、私の知り合いがあなたの勉強を見てくれたでしょう。実はその人、この王都の学園で学園長をしている人で、あれはテストだったのよ。その時に出された問題集の結果を見て、推薦枠を一つ用意してくれたの」
とのことだった。いきなりそんなことを言われても困るのだが、サマンサさんの一言で反論することができなくなってしまった。
「だってあなた、アーサー様以外の友人がいないでしょ? 学生時代の友人は大事よ。それとも何? あなたはこれからの人生、たった一人の友人としか交流を持たないつもりなの? アーサー様は将来ウーゼル様の跡を継いで忙しくなるから、あなたの相手をする時間は限られることになるのよ? そもそも、アーサー様には、ジーク以外にも友人と呼べる人はいるのだし……仮にボッチで生きていけたとしても、それはとても寂しい人生よ?」
などと畳み掛けられた俺は、次の日から入学の準備に追われることになった。準備と言っても、そんなに多くの物を持っているわけではないので、荷物の整理自体は直ぐに終わったのだが、少しでも学園生活に馴染めるようにと、サマンサさんの常識を教える授業の回数が増えた。
他には、サマンサさんとの魔法の授業のおかげでいろいろな魔法を使えるようになり、念願のマジックボックスも使えるようになった。魔法に関してはゲームの知識が役に立ったので、サマンサさんが驚く程の上達速度だった。
現在のレベルはと言うと、
『ジーク・ヴァレンシュタイン(12) L10
黒 L10
白 L6
水 L6
火 L3
土 L3
風 L3 』
カンストしていると思われる黒以外の魔法のレベルは上がったが、俺自身のレベルは上がっていなかった。なお、レベルとは熟練度と才能の目安らしく、0で適性なし、1~2で初級者、3~4で中級者、5~6で上級者、7~9で達人レベルとなる。そして、属性のレベル10に関しては特殊な領域で、その属性の神に愛された者のみが到達するレベルと言われており、不思議なことにそれぞれの魔法レベル10に到達した者は、同時期に一人しか現れないと言われているらしい。それは例え、世界一の質と量の鍛錬をしてきたとしてもなれないレベルだそうで、俺のような例はかなり特殊なのだそうだ。
ただサマンサさんたちは、俺が異界人ということで、それがレベルに関係していると結論を出した。ちなみに、名前の後ろについているヴァレンシュタインは、家名があると便利だからとカラードさんとサマンサさんが貸してくれたものだ。普通の貴族では名前の貸し借りなどすると、複雑な契約や親戚が色々と口出ししてくるなど万道なことが多いそうだが、ヴァレンシュタイン家はカラードさんが興した家なので当主の承認のみで済むとのことだった。
この世界での効率的なレベル上げは、自分の力で魔物や人(厳密に言うと、一定以上の魔力を持っている生き物)を殺すことだそうで、訓練だけではそう簡単に上がらないそうだ。しかし、普通は俺のように格上相手に実践を繰り返していると、レベルはそれなりに上がっているはずなのだそうだが、何故か俺のレベルの上りは遅かった。
もっとも、希にこういう体質の人はいるらしいので、そこまで気にすることはないそうだ。それにカラードさんやガウェインに言わせると、レベルは人の強さの目安ではあるが、低いからといって弱いわけではないとのことだ。
現に、最近の俺はカラードさんやガウェインとの本気の訓練で、五分五分とまではいかないがかなり善戦できているし、少し前には本気のガウェインに勝つことができた。あの時の皆の顔は本当に見ものだった。何せ、カラードさんにサマンサさん、ディンドランさんに騎士団の副隊長をしているランスローさんや、いつものように遊びに来ていたウーゼルさんとアーサーの六人が同じような顔(目を丸くして口を開けていた)で驚いていたのだ。携帯があったら、間違いなく即座にシャッターを切っていただろうという光景だった。ちなみに、皆がなぜここまで驚いているかというと、俺とガウェインのレベル差に関係していた。
そのときの俺のレベルは10(今もだが)で十二歳にしては少し低いくらいなのに対し、ガウェインはレベル85なのだ。これはこの国では上から数えたほうが早いくらいのレベルの高さであり、間違ってもレベル10の子供が倒せるものではないのだ。まあ、ガウェインが本気だったと言っても、命のやり取りでの本気ではないので割り引いて考える必要はあるが、皆にしてみれば起こりえないと思っていた光景が目の前で起こってしまったゆえの反応だったに違いない。
なお、そのあとすぐにやった再戦では、俺はガウェインに完敗している。ガウェインは満足そうだったが、皆からは大人げないと叩かれていた。
まあ、そんな理由があるので、俺自身はレベルにはそこまでこだわっていない。
学園への入学が一週間後に控えた日、俺はカラードさんに連れられて、街へと繰り出していた。どこに行くのかは教えてくれなかったが、歩いている方向的に、どうやら職人街に向かっているようだった。
職人街とは、いろいろな職人たちが住んでいる区画で、その関係から職人たちの店も多くある。
「ここだ。前にジークも来たことがあるよな?」
連れてこられたのは、ヴァレンシュタイン家が懇意にしている武器屋で、カラードさんとサマンサさんの昔馴染みが経営しているのだ。
「よう、ボルス。頼んでいたものを取りに来たぞ」
「いよう、子爵様。出来てるぜ!」
店の中で俺たちを待ち構えていたのは、髪がボサボサで髭モジャな男性だ。見た目はドワーフのようだが、この世界にはドワーフやエルフをはじめとするファンタジーの人種は存在しない。なので、彼は普通の人間だ。自分の身なりにかなり無頓着なだけの……
なお、エルフやドワーフはいないのに、ドラゴンやゴブリンといった生き物は存在している。それらの生き物は俺の持っている知識とあまり違いはなく、ドラゴンは生物の頂点とも言える生き物で、ゴブリンは想像通りの嫌われ者だ。特に女性からの。
そんなことを考えていると、ボルスさんが一本の剣を持ってきた。鞘に収まっているので刀身は見えないが、鞘や柄の造りや雰囲気からかなりの業物だと分かる。
「ほぉ、坊主は見る目があるな。ほれ、抜いてみろ」
その鞘に収まったままの剣に見入っていると、ボルスさんはカラードさんではなく俺に剣を渡してきた。咄嗟に受け取って、そのまま剣を抜いてしまいそうになったが、流石にそれはカラードさんに失礼だと思い剣を渡そうとすると、カラードさんは顔を横に振って俺に剣を抜いてみろと言った。
「うわぁ……」
言われた瞬間に俺は剣の柄に手をかけて、半分抜いた時点で驚いてしまい手が止まった。何故なら、これまで見た剣とは比べ物にならないほどの雰囲気を纏っていたからだ。
「その剣は、昔ウーゼル閣下に頂いたものでな。ただ、俺の手には馴染まない上に、黒と白魔法の才能がないと真価を発揮しないマジックアイテムなのだそうだ。使わずに飾っておくにはもったいない代物なのでな、入学祝いにジークにやろう」
「あ、ありがとうございます」
本来なら断ったほうがいいくらいの価値のあるものだと、素人の俺でも一目見ただけで分かる程の剣だったが、剣を抜いた瞬間に手放したくないという思いが心を支配していた。
その他にもカラードさんは、屋敷にあった防具も預けていたようで、いつも訓練に使っていたものと同じ形のものが、俺の体に合うように調整されていた。
「うむ。坊主と剣の相性もいいようだし、簡単な手入れの仕方を教えておいてやろう。ただし、あくまでも素人でも出来る範囲の手入れだから、おかしいと感じたら直ぐに俺のところに持ってくるんだぞ」
そう言うとボルスさんは、店の奥からボロ切れと油を持ってきた。それらを使って手入れの基本的なやり方を二時間程度教わったのだが、終了時にボルスさんは、
「まあ、こいつは多少の傷なら自力で修復するマジックアイテムだから、手入れなどほとんど必要ないがなっ!」
とか言って笑い声を上げていた。かなり腹が立つが、どうせ武器の手入れは覚える必要があるのだから、この機会に勉強したのだと思えばいいと自分に言い聞かせたが……やはりボルスさんの笑い声は癇に障るのだった。
「まあ、許せって。お詫びにこれをやるからよ」
そう言ってボルスさんは、商品棚から手入れに必要なものをセットにした商品と、獲物の解体用のナイフをくれた。一応騙した形になったことは悪いと思っているようだ。
「学園では魔物を相手にした実習も行われるからな。それも忘れずに持っていくんだぞ」
貰った物をマジックボックスに入れていると、カラードさんがそう忠告してきた。まあ、マジックボックスに入れっぱなしにしていれば、そうそう忘れたとかいうことにはならないので、そこまで心配することはないだろう。
「よし、これで俺の予定は終わったな。次は、サマンサに頼まれた物を買いに行くぞ」
そう言ってカラードさんは、懐からメモ用紙を取り出した。どうやら、サマンサさんにお使いを頼まれていたようだ。
その後、サマンサさんに頼まれたというものを買いに行ったのだが、サマンサさんは俺も戦力と数えていたようで、カラードさんが頼まれたものはお使いというよりも、爆買というレベルの買い物だった。もし俺がマジックボックスを使えなかったとしたら、馬車を借りるなりしないと運べないくらいの量だった……