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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第三章
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第十五話

「合流する前に、グランドをどうにかするか」


「おい、ジーク! 勝負は着いたんだ! それ以上は止めろ!」


 俺がグランドへと歩み寄ろうとすると、何か勘違いしたらしいおっさんが間に割って入って来た。


「止めろと言うのならこれ以上は関わらずに放っておくが……いいのか? そのままにしておくと、グランドは死ぬかもしれないぞ?」


 グランドには外見上の怪我は無いが、もしかすると頭部を強打したのが原因で気を失っているかもしれないのだ。専門的な診断は出来ないが、少しでも早く状態を確かめてここでも出来る範囲の治療をした方がいい。

 そう思ってグランドの傍に行こうとしていたのだが、おっさんがそう言うのならと背を向けようとしたら、


「すまん! 勘違いだ! すぐに診てくれ!」


 と、おっさんは慌てて俺とグランドの間から飛びのいた。

 そんなおっさんに少し呆れながらも、俺は当初の予定通りグランドの怪我の具合を診てみた。まあ、専門的な知識があるわけではないから、脳内出血とかだったらそれこそクレアの魔法くらいしか回復方法が思いつかなくなるが……下敷きになっている男のおかげなのか、頭部に目立つような傷は無かった。その代わり、


「胸の方はちょっとひどいな。胸骨かその近くの肋骨が折れているみたいだ」


 胸の怪我は思った以上に重傷だった。


「他人事みたいに言っているが、お前がやったんだろ! ……って、それどころじゃないな。急いで医者を連れてくるか?」


「いや、血も吐いていないから、折れた骨が内臓に刺さっているというわけでもなさそうだ。これなら俺でもなんとかなる。ただ、俺が治療している間に」


「組合長たちを近寄らせないようにしておくのか?」


 おっさんは俺が秘密にしている方法で治療するとでも思ったのか、後数分でここにたどり着きそうな組合長たちを遠ざけるのか聞いてきたが、


「別に秘密にするようなことじゃないから、それはいい。俺が言いたいのは、そこで転がっている男の手足を縛って動けないようにして、ついでに、舌を噛み切られないようにしておいてくれ。そいつにはまだまだ聞きたいことが沢山あるからな」


 と言って、グランドの治療に取り掛かった。

 まあ、外科的な方法ではなく、魔法での治療だけど。


「ジーク……お前、回復魔法も使えるのか?」


 治療を開始してしばらくたった頃……組合長たちの足音がかすかに聞こえ始めた時、おっさんが足音の方を気にしながら驚いた様子で聞いてきた。


「よく勘違いされるけど、回復魔法は白の専売特許と言うわけではないぞ。俺はあまり得意な方じゃないから時間がかかっているが、本来はどの属性にも怪我を回復させる魔法は存在するんだ。もっとも、存在するけど誰でも使えるというわけではないし、効率の面で言えば白の魔法が一番だけどな」


 白以外の属性での回復魔法は効率が悪く、時間に余裕のある時ならいざ知らず、実戦では役に立つくらいに使える者が少ないのであまり知られていないだけだ。それに、覚えてもまともに止血できるかすら怪しいので、余程のことがない限り覚える必要はないというのも関係している。


「ただ俺の場合は……もろもろの事情から、強引に回復させるって感じだ。まあ、それでもクレアの足元にも及ばないけどな」


 一応、俺にも白の適性はあることはあるが、何故か白属性に関してはそのレベルに見合った魔法が使えないのだ。

 その分を今代の黒の力で補うやり方……簡単に言うと、効率が悪いせいで回復量が少ないところを、魔力量と回数で補っているのだ。つまり、質より量だ。まあ、そのせいで時間がかかるのだが、今回に限っては一刻を争う緊急事態と言うわけではないので問題は無い。


「お前、本当に何でもできるな」


「俺にも出来ないことはある。それに、一人で動く俺は、回復方法を持っていないと詰む場面が来るかもしれないからな」


「それは……まあ、確かにそうかもだが……」


 あと少しでグランドが動けるようになるくらいには回復しそうだという時、組合長たちが到着したのでおっさんは何かを言いかけていたが中断して出迎えに行った。

 俺としては別に回復魔法が使えることくらいならバレてもいいと思っていたが、おっさんは一応遠ざけてくれるつもりのようだ。


 少し離れたところでおっさんと組合長が何か言い合っていたが、その間にグランドの治療は終了した。

 胸全体と頭部に何度も回復魔法を使ったので、脳に大きな損傷を負っていなければ日常生活に支障が出るようなことにはならないはずだ。


「おっさん、こっちは終わったぞ。少なくとも、ここで分かる程度の大きな問題は無いはずだ」


「ああ、分かった。組合長、聞いた通りグランドの命は助かった。少なくとも、この場ではな」


「……そのことに関しては礼を言う。おい! 誰か担架を()()持ってこい! 後、運ぶ為の人手もな!」


 組合長がそう言うと、一緒に来ていた組合員が走り出そうとしたが、


「組合長、渡すのはグランドだけだ」


 おっさんが待ったをかけた。どうやらグランドだけでなく、俺を殺そうとした男も連れて行くつもりだったようだ。


「おっさん、俺はこの街……と言うか、この国の法律に詳しくないんだが、こういった犯罪者を組合に引き渡すような決まりでもあるのか?」


「いや、俺も聞いたことが無いな。ただ、スタッツだと衛兵や国や貴族の騎士団に引き渡すことはあるが、冒険者ギルドのような犯罪者を公的に裁く権利を持たない組織に引き渡すことは無いな。まあ、公的機関の代わりに拘束したり、()()()罰を与えることはあるがな。そこのトップの裁量で」


 おっさんの皮肉が効いたのか、組合長は苦い顔をしている。

 確かに組合長の裁量とやらで、俺を殺そうとしたことがうやむやにされても困る。もっとも、それ以外の罪……漁業組合への背信行為やその他の犯罪を無かったことにするのは勝手にやってくれというところだ。


 ただ、このままではどちらも引き下がることが出来ないし、最悪漁業組合との争いごとに発展しかねない。

 今後のことを考えればそれは避けたいが……落としどころが分からないし、このままの状態が続くのなら、男をどこかへ連れて行くか……と考えていたら、


「親父、気持ちは分かるが、ジロを庇うのは止めた方がいい」


 意識を取り戻したグランドが口を挟んできた。


「だがグランド、お前だって……」


 男を助けようとしただろうと、組合長が口に出そうとしたが、


「命は……な。本当なら、ジロが飛び掛かる前に取り押さえることが出来たらよかったんだが……」


 確かにそれが出来ていれば、まだ男の身柄を主張することは出来ただろうが、グランドとしても男があそこまで簡単に飛び出すとは思っていなかっただろうし、グランドよりも足の速い男の方が俺から近いところにいたのだ。

 男が飛び出す前に取り押さえなかったグランドのミスと言えばそれまでだが、予想できないくらい男が短絡的だったせいだとも言える。まあ、どちらにしろ男が一番悪いことには違いないが。


「あくまでも俺は、ジロの身柄を主張する為に庇ったわけではなく、ジークに殺させない為だ。ここでもしジークがジロを殺していたとしたら、間違いなく騒ぎになっていただろう。そうすれば、その騒ぎを聞きつけて、ジモンの利権を欲している奴らが介入してくるのは間違いない。その場合、何故ジロが殺されたか詳しく調べられるだろうし、そうなればジークの正当性が立証されるか、厳しかったとしても無理やりにでも無罪にするだろう」


 そうなれば、残るのはジロの犯罪行為と、冒険者ギルドと領主と代理の不正だ。

 騒ぎが大きくなればどう転がってもジモンがめちゃくちゃになりかねないと考えて、グランドは男を庇ったということだろう……と言うか、グランドは自分で頭がよくないとか言っていたが、少なくともここの領主や代理、それにジロとか言う男よりは物事が見えている気がする。まあ、頭の良い悪いは何を基準にするかで違って来るから、別におかしなことではないけれど。


「それで……ジーク、すまないがジロの身柄は俺に預けてくれないか? 公的な機関で裁きを受けさせることは難しいかもしれないが、軽い罰などには絶対にさせない。例えそれが、漁業組合や商業組合、領主が望んでいたとしてもだ。もし権力を使ってジロの罪を軽くするというのなら、俺が責任を持ってこの街で起こったことを公表し、ジロを含めて不正を犯そうとする者たちへ罰を与える。まあ、どこまでできるかは分からないけどな」


 今のグランドの言い方だと、罰と言うのは命を奪うということなのかもしれない。まあ、グランド一人でどこまで戦えるかは分からないが、不正に関係することを大々的にバラされれば、国としては無視できないだろうし、場合によってはこの街そのものの存在に関わってしまうかもしれない。


 出来る出来ないは別としても、そんなことを口にしたグランドは、相応の覚悟を持っているということだろう。


「分かった。グランドがそこまで言うのなら、この件は任せるが……あくまでもそれは、冒険者として先輩であるグランドがそこまでの覚悟を持って頭を下げたから、今回は顔を立てるだけだ。もしもそれが守られないようなら、俺はこの話をバルムンク王国のフランベルジュ伯爵にするかもしれない。伯爵は、俺に頭を下げてまでドラゴンの素材を売ってくれと頼んでいたからな。なのに、ジモンの冒険者ギルドは俺を騙して素材を奪い取ろうとしたり、その一味が俺を殺そうとまでした上に関係者がそれを隠そうとしたと知れば、下手に出てまで素材を手に入れた伯爵は面白くはないだろうから、この国の上層部に苦言を呈することくらいはするかもな」


 そう言って俺は、フランベルジュ伯爵家の家紋が入った契約書をグランドに見せた。

 するとグランドは息をのみ、組合長たちは顔を青くしていた。まあ、フランベルジュ伯爵とはあの時会っただけなので、会おうと思っても会えるわけなど無いし、仮に会うことが出来て俺の思った通りの動きをしたとしても、絶対にその対価を求められるだろう。

 利用価値のあるものに対しては恩を売ってその対価を求めるし、価値がないなら相手にしない……貴族とはそう言うものだ。


 ただ、グランドたちは俺と伯爵の関係など知るはずもないし、仮に知っていたとしても無視できるものではないはずだ。現に俺の話を信じているようなので、俺の出まかせは効果抜群と言ったところだ。


「おっさん、そろそろ戻るか?」


 グランドたちが悩んでいる間にこの場を離れようとおっさんに声をかけると、おっさんは「そうだな」とグランドたちを気にしながら俺の横を歩き出した。途中で組合長たちの背後で待機していたフリックも合流したのだが、何故かチーは一緒じゃなかった。

 そのことを不審に思いながら歩いていると……あと少しで舗装された道に出るという時、


「おい……さり気なく合流しているけど、居なかったのは気が付いているからな」

「いなくなったと思ったら、こんなところまで戻っていたのか」


 こっそり俺たちの後ろに紛れ込んだチーに対し、おっさんとフリックが厳しい目を向けた。まあ、肝心な時に居なくなったのだから、仕方がないだろう。


「いや、まあ……確かに居なくなったのは謝りますけど、私が転んだのに気が付かないで走り去って行った二人にも責任があると思うんですけど?」


 どうやら、緊急事態ということで遅れたチーを置いて行ったら、チーは道に迷ってしまったそうだ。そのせいで俺のところに到着することが出来ず、このまま一人で進むのは危ないと判断して戻っていたところ、俺たちを見つけて合流したということらしい。


 確かにそれなら戻っても仕方がないが……これでもチーはギルド長の手駒になるくらいには優秀だったの思っていたのだが、実際にはギルド長にとって使いやすいというだけで、そこまで優れているというわけではないのかもしれない。


「何よ?」


 そんな俺の(チーにとって)悪意のある視線を向けられたことに気が付いたのか、チーは不機嫌そうな様子で俺を睨んでいた。


 宿に戻る最中、何人かの漁業組合員と遭遇したが、流石に俺たちと組合長が険悪な状況になっていたという情報はまだ回っていなかったみたいで、親しげな様子で組合長の居場所を聞いてきた。

 磯の方にいると教えると礼を言って走って行ったが……組合長の話を聞いて、もしかするとあいつらまで敵意を向けてくるようになるかもしれないと思うと、多少は気が滅入ってしまう。()()()、だけど……


「どうしたジーク? ああ、そうか! あいつらが敵になりそうだから、寂しいんだな?」


 おっさんにそんな言い方をされると、非常に頭に来てしまう。



 そして次の日、


「ジーク、起きているか? グランドが来たぞ」


 早朝からグランドが宿を訪ねてやって来た。


「朝早くからすまない。昨日の件で漁業組合での話がまとまった。詳しい話をしたいから、漁業組合まで来て欲しい」


「漁業組合に?」


 いきなり敵陣とも言えるところに来いと言われたので、俺よりも先におっさんが反応し、続いてフリックとチーも警戒心を露わにしていた。


「おっさん、ここはグランドを信用しよう」


「ジーク……」


「それに言い方は悪いが、グランドとそれ以下の奴らがいくら集まろうが俺の敵じゃない……だろ?」


 わざとグランドを挑発するように言ってみたが、グランドからは何の反応もなかった。むしろ、俺の発言におっさんたちの方が引いていたくらいだ。


 宿屋の待合室で不穏な雰囲気を放ちながら話していたせいで、周囲から客どころか従業員までどこかへ隠れてしまったので、急いで移動することにした。


 そうして案内された漁業組合の事務所には、


「アキノも来ていたんだな」


「ええ、身内が絡んだ不祥事ですし、何よりも直接関係していない第三者が今回の話し合いには必要だと思いましたので。それと、私は一応商業組合の所属と言う立場で参加しますので、余程のことがない限りは一方的に漁業組合に肩入れしないと誓います」


 アキノにとって漁業組合は身内と昔からの知り合いばかりではあるものの、今回の件に関して非は完全に漁業組合側にあると思っているようで、顔を合わせた瞬間に中立であると宣言して来た。まあ、確かにここで下手に漁業組合に与した場合、俺がこの街で起こった不正をばらされれば冒険者ギルドと漁業組合と共に非難されてしまう可能性がある。かと言って俺に与すれば、後々自分たちの利益の為にジモンの仲間を裏切ったという悪名を背負いかねない。

 それならいっそのこと、積極的に介入して中立と言う立場を明確にしておいた方がいいという判断もあるだろう。後は、今回の件が丸く収まれば、冒険者ギルドと漁業組合よりも優位な立場になれるとも考えているかもしれない。


「アキノが介入しているのは、漁業組合の提案か?」


「いえ、自己判断です。実は妹を介して父とグランドから相談がありまして……一応、身内も関わっていることなので、商業組合の方への報告は後回しということにしています」


 もし仮に今回の話し合いが無事に済めば、手柄の一部は自分と商業組合のものになるが、自分のせいで失敗したとしても、責任は自分一人で被るつもりなのだろう……商業組合を代表するような言い方をしたくせに。


「それで、グランド……あの男の処分はどうなった?」


 アキノに関しては敵でも味方でもないという感じみたいなので、今は無視してもいいだろう。

 なので、まずはここに来た最大の理由を終わらせようと思い、グランドに質問すると、


「あいつは……ジロは犯罪者としてこの街を追放することにした」


 と、組合長が代わりに答えた。

 正直言うと、それは軽いんじゃないかと思ったが、


「ジロの連帯責任として、ジロの母親と兄もこの街を出て行くことになった。それと、ジロとその家族の家財は、最低限を残し没収とする」


 確かにそれなら、身内も男のせいで罰を受けることになるのでかなり重い罪になる。ただ、家財没収については仕方がない面もあるだろう。

 男が漁協組合に与えた損害がいくらかは知らないが、それを償わなければならないのだから、もしかすると家財没収だけでは足りないかもしれない。


「そこで相談なのだが、ジロの罪に関しては対外的にギャンブルで作った借金を返そうとして漁協組合の金を横領した為追放されたということにしたいのだが……どうだろうか?」


 確かにそれなら、殺人未遂を犯したというよりはましに聞こえるだろう。これは男の名誉と言うよりは、その家族に対するものだろう。


「母親と兄の方は自主的にジロについて行くので何もしないが、ジロ本人に関しては追放されてジモンの漁協組合とは無関係になったと周辺の町に通達を出す。なので、少なくともこの国で漁師どころか港町で住むことも難しくなるだろう。それと、ジークには家財を売り払った一部と漁協からいくらかの慰謝料を出すつもりだ」


「ジーク様、その条件で手打ちということでどうでしょうか? これ以上は、その……ジーク様の評判にも傷が入りかねませんので……」


 アキノは言いづらそうにしていたが、確かに俺が思っていたよりも重い罰にはなっている。例えそれが、俺の事件とは無関係なことが影響していたとしても。


「確かにそれがいいか……ただ、家財を売った分からの慰謝料は必要ない。その分は出来るなら、母親と兄に渡してくれ。俺とは関係のないことで街を去るんだからな」


 男の母親と兄が一緒にこの街を出るというのは、単に男が漁協組合の金を横領したことで、周囲の視線が厳しくなる、もしくは二人も横領に関わっていたのではないかと言う疑いが欠けられるからだろう。

 そうだとすれば男が俺にしたことに対する罪に付属するものとは言い難いし、何よりもその金を受け取ってしまうと、俺に原因があるように思われるかもしれない。

 そうアキノに伝えると、アキノは一瞬だけ目が泳いだが、すぐに組合長の了解を得てから手元の書類に何かを書き込んでいた。


「それじゃあ、この話はこれでおしまいでいいかな? それでアキノ、この件とは別に話したいことがあるんだが時間はあるか?」


「え、ええ、大丈夫です。私はこの後すぐに商業組合に戻ってこの件を報告しないといけないので、今すぐは無理だと思いますが、昼からなら時間は取れると思います……いえ、必ず空けておきます。場所はどこにしましょう? 私の方からジーク様の宿に出向いてもいいのですが?」


「いや、出来るなら商業組合の一室を借りることは出来ないか? その方が色々と話しやすいだろうからな?」


「はい……分かりました……」


 アキノは俺の提案を断ることが出来ず、若干顔を引きつらせていたが、別に取って食おうというわけではないのでそこは安心して欲しい。まあ、今ここでそれを言って、少しでも安心させるようなことはしないが。


「それじゃあ、グランド、組合長。これで俺と漁協組合のいざこざは全て終わったということでいいな? 俺はこの件で漁協を責めることはしないし、漁協も文句を言わない。ただ、この話が巷に漏れて、それが事実と大きく乖離していた場合……もしかすると自衛のために本当の話を各方面に流すかもしれないというのは覚えておいてくれ」


「ああ、分かった。そんなことが無いように、俺の方からも十分目を光らせておこう」

「ジロの母親と兄の件、助かる」


 グランドと違い、組合長の方はまだ吹っ切れていないようだが、それを指摘しても仕方がないので気が付かなかったふりをして、おっさんたちやアキノと共に漁協組合の事務所を出た。


「それでアキノ……いや、急いで戻らないといけないんだったな。それじゃあ、後でな」


「え? ……はい、失礼します……」


 少し思わせぶりは感じで話しかけておきながら、自分から中断してアキノに商業組合に戻るように促すと、アキノはびくびくしながら歩いていった。


「ジーク……あの姉ちゃんをどうするつもりだ?」


 おっさんがまるで悪人を見る目つきで問い質してくるが、


「いや、別にどうするつもりもないぞ。ただ、アキノ自身がすぐに戻らないといけないと言ったから、後でも出来る話をここでする必要がないと思っただけだ。ついでに言うと、商業組合の一室を指定したのは、今後送ってもらう品物の中に、醬油や味噌を忘れずに入れて貰うようにする為だ。そういったことは、出向いてもらうよりもこちらから行った方がやりやすいだろ?」


 と答えると、おっさんが思っていた答えと違ったのか、目を丸くして驚いていた。まあ、目を丸くしていたのはフリックとチーも一緒だったけど。

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