第十三話
ここだと、俺はそんな認識をされているのかと思っていると、背後でおっさんが噴き出す音が聞こえた。一発蹴りでも食らわそうかと振り返ると、おっさんは俺からかなり距離を取っていたので、流石に学習したということだろう。
まあ、おっさんのことは後回しにして女性たちへと向き直すと、
「こちらで案内することは可能ですが、販売はしておりませんのでご了承ください」
と、ダイカイギュウの騒動の時に組合長に圧をかけていた女性が俺の方へとやって来た。
そのことは組合長から聞いているというと、女性はここで作られている商品の名前が書かれた一覧といくつか現物を持ってきてくれた。
その段階になると、おっさんが品物に興味を引かれて近寄ってきたので、とりあえずわき腹に一撃を食らわせておいた。
「え~っと……これらは昔からこの辺りで食べられているものがほとんどですが、中にはくせが強くてこの辺りの人でも苦手と言う人がいるので、先に味見だけでもしてみますか?」
「ええ、ぜひお願いします……そこのおっさんもいいですか?」
脇を押さえてしゃがみこんでいるおっさんを指差すと、女性は苦笑いを浮かべながら頷いたが、すぐに気にならなくなったようだった。まあ、組合長を始めとした組合員たちで慣れているのだろう。
女性が持ってきてくれたのは魚や貝の塩漬けやアルコール漬け、そして……
「これは何と言うか……独特な味だな……」
「まあ、くせはかなり強いな」
イカやエビの塩辛だった。
塩漬けやアルコール漬けは大丈夫だったおっさんは、塩辛に関しては独特な発酵臭が苦手なようで、口に入れてすぐに水を飲んでいた。
俺の方はと言うと、くせはかなり強いと感じたもののそこまで気にならなかった。
「ジークはよく食べられるな……」
「俺にしてみたら、チーズの方がくせの強いのが多いと思うぞ。それと、旅をしているともっとすごい食べ物を口にすることもあるしな」
「まあ、確かにそうだが……それでも躊躇なく口に入れるのは、ある意味すごいと思うぞ」
そんなものかと思いながら、もう一度塩辛を口に入れて咀嚼していると、
「ここに持ってきたのは比較的常温でも日持ちするのですが、保管はなるべく涼しいところで早めに食べてください。それと、もっと日持ちする乾物もありますが、ここには無いのでご案内しましょうか?」
女性がそう提案してくれたので案内してもらうことにした。
案内された店では色々な種類の干物が売っていたので、商売に支障が出ない範囲で買おうとしたら……買いつくしてもいいから買ってくれと頼まれた。
何でも、ここ最近の雨で予定していた船がジモンに来なかったせいで、在庫がかなり残っているそうだ。
そう言った事情もあり、かなりの量を安く買わせてもらえたのだが……ただ一つだけ、買取りを拒否してしまったものがあった。それは、
「ジークでも駄目なのがあったんだな」
「俺でもこれは駄目だ」
「まあ、くさやは好き嫌いがはっきりしますから……私も苦手ですし」
干物でもあり発酵食品でもあるくさやだった。
これだけは箱から出された瞬間に拒否してしまい、思わず距離を取ったほどだった。
ちなみに、箱を開けたのはおっさんで、持ってきた女性はおっさんが箱を開ける瞬間にさり気なく離れ、それを見ていた俺は何となく嫌な予感がして身構えていたから臭いの直撃は避けられたのだった。
なお、箱を開けて間近……と言うか、自ら顔を近づけていたおっさんは、鼻どころか目までやられて苦しんでいた。
「それと、これも少しくせがあるものだけど、魚との相性がいい調味料ですよ」
苦しむおっさんを無視して、くさやの入った箱のふたを閉めてその上から布を巻いて厳重に封印した女性は、今度は奥から二つの壺を抱えてやって来た。
「これは味噌と醤油と言って、この街の取引先の調味料です」
女性の持ってきた調味料は俺の期待していたものだったので早速味見させてもらったが……まあ、ちょっと好みからは外れる味だった。だが、それでも許容範囲内だったし、これに少し手を加えれば好きな味に近づきそうだったので、これらも買うことにした。もっとも、味噌と醤油は一応ジモンでも作られてはいるものの、量はあまり多くないとのことで、それぞれ壺に入っている物を一つずつしか買えなかったが……後でアキノに味噌と醤油を最優先で届けてもらえるように頼めば、普段使う分くらいは確保できるだろう。
「他にも、この辺りでは作られていませんが、取引先の方でよく作られている穀物に米と言うものがあるのですが、それで作られたお酒やお酢といった調味料などもお勧めです」
といった具合に、女性は俺がその取引先の物に強い興味を持ったとみると、立て続けにお勧めして来た。まあ、実際に好きだし探していたものだったので全部買ったけど……ただ、肝心な米は食用に適したものが残っていないとのことだったので、残念ながら買うことは出来なかった。
その後、すすめられたものを片っ端から買っていくと、うわさを聞き付けた女性の友人と言う人たちが集まってきて、その人たちが売っているものも買っていたら、信じられないくらいの量になってしまった。まあ、全て問題なくマジックボックスに入ったので、マジックボックスを知っていた人たちからはかなり驚かれていた。そのついでにおっさんも驚いていたが……ドラゴンがほぼ丸々一頭入っている時点で、今更ではないかと思って驚いているおっさんを見ていた。
そう言った感じで買い物を終えた俺は、人が集まったついでに今朝の騒ぎのことや、最近のこの街やこの国のことを聞いてみることにした。
そうすると、集まった女性たちからは様々な話を聞くことが出来た。もっとも、途中からそれぞれの旦那や息子など、家族に対する愚痴ばかりになってしまい、話の場から抜け出すのに苦労してしまったが……それなりに情報を得ることが出来たので、まあ良しとしよう。
「しっかし、ジークは内陸の出身だと思っていたのに、よく海側の食べ物を知っていたな?」
海産物の買い物を終えて宿に戻っている途中で、おっさんがそんなことを言いだした。
「別に内陸の出身だと言った記憶はないぞ」
「いや、確かにそうだけど、ジークは基本的に自分のことを話さないが、話した時はいつも森や山でのことが多いからな……と言うか、その言い方だと海の近くの出身なのか?」
「さあ、どうだろうな」
この世界に来る前は、割と海に近いところで暮らしていたみたいな記憶があるが、それが本当なのかは分からないし、俺が異界人だというのは秘密にしているのではぐらかしたが……わざとらしかったので変に思われただろう。もっとも、おっさん自身は俺の出自が気になっても深く探るつもりはないようで、それ以上は何も聞かなかった。代わりに、塩辛をどうやって食べるつもりなのかと聞かれたので、パスタの具材や酒のつまみにすると答えると、少し興味が出てきたようだ。
そんな感じで歩いていると、
「何だ、バルトロさんとジークだったのか」
何故かこっちに向かって走ってきていたグランドに声をかけられた。まあ、顔見知りだから声をかけるのは普通だろうが、あれは俺とおっさんを探していたような感じだ。
「何か用事でもあったのかグランド?」
おっさんもグランドの不自然さに気が付いたようで少し警戒していたが、
「いえ、まあ、用事と言えば用事ですが……ちょっとこっちに来てください」
グランドは言葉を濁すと、辺りを気にしながら手招きをした。どうやら俺とおっさんをどこかに誘導したいようだ。
俺とおっさんは、このままグランドについて行っていいのかと一瞬目を合わせたが、グランドから特に嫌な感じはしなかったので言われた通りについて行くことにした。
グランドは俺とおっさんがついてくるのが分かると、近くの酒場のような建物の扉を開けたが、入り口には準備中の看板が掛けられていたので、またも怪しさ満点だった。まあ、建物の中に待ち構えていると思われるような気配は無かったので、グランドの行動の意味も知りたかったので、引き返さずに中に入ったのだが……
グランドが入ろうとした瞬間、中から怒鳴り声が聞こえたので少し焦った。
「どうする、ジーク?」
「まあ、大丈夫じゃないか? 敵意じゃなくて、単にグランドが怒られているだけみたいだからな」
怒鳴り声が聞こえた瞬間、グランドがドアを閉めて中の人物と何か話していたのでその間外で待っていたが、どうやら中の人物は準備中にもかかわらず客が入ってきたと思ったら顔見知りだったので、怒鳴りつけたという感じだった。
しばらくしてグランドと中の人物の話が途切れると、
「済みません、もう入って大丈夫です」
中からグランドが姿を現してそう言ったので、半信半疑だったが俺たちも中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい。あいにく準備中何で出せるものは無いよ」
俺とおっさんが中に入ると、酒場の店主と思われるいかつい顔の男性が迎え入れてくれたが……お世辞にも愛想がいいとは言えなかった。まあ、準備中に客じゃない奴らが勝手に入って来たんだから、それも仕方のないことだろう。
「ここの親父は信用できますから、この場でのことが外に漏れることは無いはずです……それで、漁業組合やその周辺で、何を探っていたんですか?」
グランドは席に着いていきなり、おっさんを睨みながらそう言い出した。それに対しておっさんは、
「全てはジークがやったことだ。俺は知らん」
すぐに俺を売った……まあ、俺が勝手にやっていたことなので、おっさんの言っていることは正しいのだけども。
「じゃあジーク、どういうことだ?」
おっさんに言われて、グランドは俺に方に顔を向き直して問い質してきたが……
「何故俺が、それをグランドに答えなければならないんだ?」
と、逆に聞いてみた。するとグランドは一瞬きょとんとした顔をした後で、すぐに顔を真っ赤にして俺を睨み始めた。傍からすると、今のグランドはこの数秒後には俺につかみかかるのではないかという感じに見えるだろう。それくらい、頭に来ているというのが分かる。
グランドをここまで怒らせたのは俺だが、これだけの怒気を当てられて黙っているほど大人しい性格はしていないので、グランドを睨み返しながらいつでも動けるように構えていると、
「俺の店で何する気だ! 暴れるつもりなら、さっさと出て行け!」
と、カウンターの方から水が飛んできた。
「おぶっ!」
「冷てっ!」
身構えていた俺は何かが飛んでくると分かった瞬間に後ろに跳んだので逃れることが出来たが、おっさんとグランドはかなりの量の水を被っていた。どうやら店主は、コップではなくバケツで水をぶちまけたようだ。
「頭は冷えたか? まあ、一人は上手くかわしたようだがな」
店主はそう言って笑うと、雑巾を数枚投げて来た。
今度はおっさんとグランドも何かが投げられたことに気が付き、それが雑巾だと分かったので受け取っていたが……数枚では水は拭きとれないだろう。
そう思っていると、
「おい坊主!」
店主は俺に向かってバケツを投げて渡してきた。
「騒いだ罰として、全体の床も綺麗にしておいてくれ」
そう言って店主は、奥の方へと引っ込んでしまった。
「俺、巻き込まれただけなんだけどな……」
などと言いながら、おっさんは渡された雑巾で頭を拭いていたが、顔を拭こうとしたところでそれが使い古しで汚れていたことに気が付いて、慌てて自前の手ぬぐいに変えていた。
「それでジーク、本当にどういうつもりだ?」
床磨きをしていると、またもグランドが聞いてきたので、
「ああやっていかにも『探ってます』っていうところを見せておけば、あの辺りに潜んでいる敵が俺に向かってくるはずだろ? まだ敵が残っているのなら、この街を出る前に片を付けておきたいからな」
「漁業組合にそんな奴がいると思っているのか!?」
今度は俺のやっていた意味を話した。するとグランドは、驚いているとも怒っているとも取れるような顔で俺を見てきたので、
「逆に聞くが、グラントはそんな奴がいないと思っているのか? 冒険者ギルドであれだけの不正がまかり通っていたんだ。むしろ領主代理以外にも、外部に協力者がいると思うのが自然だろ。そう考えた場合、真っ先に居そうだと思いつくのは商業組合と漁業組合だ」
商業組合はどうかは分からないが、漁業組合が現に冒険者ギルドにやられていた。
組合長は、見抜けなかった方も悪い部分があると思っているようだが、かなり長い間やられていたことに気が付かなかったとなると、見抜けなかったのではなく、内部から見抜かせないようにしていた奴がいる可能性も高い。
今回の件で商業組合も漁業組合も今後の取引はある程度の疑いを持って行うようになるだろうから、冒険者ギルドから不正を働かれるようなことは無くなるかもしれないが、そうなると不正に加担していた奴の懐に入る金が減るということになる。
それを仕方のないことと諦めて大人しくなるのなら問題は無いが、俺が探っていると知ってすぐに行動を起こすようなら、俺が居なくなった後で俺と関わりがあった人たちに対して何か危害を加える危険性がある。
俺が居なくなるまで待つような奴だったなら、各自で身を守ってもらうしかないが、すぐに動くような奴だったなら排除は可能だ。
そうすれば俺が居なくなった後でも、多少は危険性が下がるかもしれない。
「軽い小遣い稼ぎのつもりでやっていた奴なら、今後は不正行為に手を出さなくなるだろうし、馬鹿なら焦って行動に出る。例え俺の推測が的外れだったとしても、グランドみたいに話を聞きつけた正義漢が勝手に目を光らせる。防犯と言う意味では、かなり有効な手だと思うぞ」
まあ、その分頭の良い敵には逃げられるか隠れられるかもしれないという不利益もあるが……そこは今後のジモンの問題だということで、俺が長々と関わる必要はないだろう。
そう言うとグランドは黙ったが……正直、俺はグランドも信用できないと思っている。それはグランドが悪事を働いている側だと思っているからではなく(むしろおっさんの言葉通りなら、人間性はかなり信用できる部類だとは思うし、俺も話していて悪い人物ではないと感じている)、悪事を働いている奴に利用されている可能性があるからだ。現にグランドは、誰から何を聞いたのかは分からないが、俺を探して問い詰めている。あの時酒場の店主が水をぶちまけなければ、かなり高い確率で戦うことになっていただろう。
戦いになったことが広まれば、どちらに非があるとか関係なしに俺の方が悪者とされていた可能性が高い。そうなれば俺はこの街から出て行かなければならなかったはずだ。それは俺の望むところではない。何せ、食料関係でこれからもジモンとの繋がりは保ちたいからな。
床磨きが終わると、店の店主が礼だと言って言って食事を出してくれたが……食事中の空気は、かなり悪かった。何せ、少し前まで一触即発状態だったのだ。俺はあまり気にしていなかったがグランドの方はそうではなかったようで、俺たちは終始無言のまま食事を終えることになった。
そして店を出ると、
「すまなかった」
グランドはそう呟いて、肩を落として俺たちとは逆の方へと歩いていった。
「グランドの奴、かなり気落ちしているようだな。まあ、仕方がないか。それよりもジーク」
「分かっている。しかし今はまだ泳がせるぞ。ようやく姿を見せようとしているんだし、まだ証拠が不十分な状況じゃあ、捕まえてもしらを切られるだけだ」
店から出てグランドを見送っていると、ようやく俺の探していた奴が現れたようだ。しかも、今朝街を騒がせた変態たちよりも気配を消すのが下手みたいなので、捕まえようと思えば簡単に出来るが、もっと明確な証拠がない限りは逆に俺たちが犯罪者にされてしまう。
「とにかく、相手は素人のようだからこのまま宿に帰るぞ。続きは夜になってからだ」
「何か考えがあるみたいだな。後でちゃんと教えろよ」
おっさんと何も気が付いていないふりをしながら歩き出すと、しばらくの間、空いては俺たちの後をつけていたが、宿屋の目の前まで来ると元来た道を引き返していった。
「それじゃあ……寝るか」
「いや、あいつの後をつけるんじゃなかったのか?」
「いや、めんどくさいし、何よりもこの街だとどこで誰が見ているか分からないからな」
影に隠れながら後をつけることは可能だが、ずっと陰に潜りっぱなしと言うわけにはいかないので、定期的に影の外に出なければならない。昼間なので街は人が至る所にいるので、影の外に出た時に誰かに見られる可能性が高い。その場面を見られてしまうと確実に怪しまれてしまうし、相手はこの街の住人な上、わざと目立つように行動していたせいで俺の顔は知れ渡っている為、俺が怪しい行動を取っていたと知られれば噂になる可能性が高く、運悪く見られたのが相手の知り合いだったなら、その人物は俺が付けていた相手にそのことを話すだろう。
「下手すればバレる危険性のあることをするよりは、相手が自分から動いてくれているんだから待っていた方がいいはずだ。相手は撒き餌に寄ってきているし、後は頃合いを計って餌を投入し、獲物が喰いつくのを待つだけだ」
今よりももっといい機会は訪れるはずなので、その時まで焦らずに待つのが獲物を釣り上げるコツだ。もっとも、その獲物は小物かもしれないが。