第十二話
「ふっ……バレてしまっちゃあ、仕方がない……いかにも、この一連の事件の犯人は、このジーク……」
「おっさん」
「ういっす! すんません!」
アキノの質問に対し、俺が答えるよりも先におっさんがふざけたことを言いだしたので、少し語気を強めて呼ぶと、おっさんはあっさりと大人しくなって席に座り、俺を犯人扱いしたアキノは顔を青くしながら固まっていた。
そして、一言もしゃべらなかったフリックは、
「なあジーク、フリックはどこに行った?」
「おっさんがふざける少し前に、部屋から出て行ったぞ」
正確に言うと、アキノが俺を犯人扱いした時だが……まあ、そこからおっさんがふざけるのを予測して、巻き込まれないように避難したというところだろう。
「それでアキノ」
「はいっ!」
「今朝の騒動だが、裸の……変態的な格好をした男たちが、朝方発見されたということで間違いないか?」
そう聞くとアキノは、すごい勢いで何度も首を縦に振った。
「確かにそいつらの中には俺が担当した奴らもいるが……俺は三人を裸にして路地裏に吊るしただけだ。後は俺じゃない」
屋上の奴らのことなら俺が犯人で間違いないが、他の奴らはローズさんたちがしたことなので関係はない。
「いえ、それもありますが、領主の館の方でも何か事件が起こったそうで、未確認ではありますが領主代理の身に何かあったのではと噂になっております」
「ああ、そっちの方は俺が犯人で間違いないな」
別にアキノに対して秘密にするようなことではないので、領主の館でやったことと隠してあった書類などを全て話すと、
「何ということを……」
アキノは俺の話を聞くと、顔を覆って震えだした。
「ジーク、泣かしたな」
などと、おっさんが先程のことを忘れたかのようにからかってきたが……
「まことに、ありがとうございます! これさえあれば、あの無能どもを抑え込むことが出来ます!」
アキノは悲しかったわけではなく、嬉しさで震えていただけだった。
「それらはやっぱり非合法な取引の書類で間違いないのか?」
「ええ、非合法のものばかりではないのですが、かなり悪質な取引ばかりです。例えばこれなどは、人身売買の取引の書類ですね。ただ、人身売買自体が完全に違法と言うわけではなく、国から認可された専門の商会を通したものなら問題は無いのですが……これらの書類には、その認可を受けた商会のサインが入っておりません。それに、奴隷として販売する際には、どういった理由で奴隷となったのかなどの説明が必ず必要となるのですが、これには全くと言っていい程書かれておりません。もしこれをこの国の上層部が知ればよくて爵位の格下げで、悪ければ……と言うか、その可能性が高いのですが、伯爵画の取り潰しで、関係していた者は奴隷に落とされればましな方で、ほとんどが死罪となるでしょう」
まあ、評判の良くない貴族が真っ向から上層部に逆らえば、その結果がどうなるのかは想像に難くない。
「そう言うわけなので、この書類の半分はジーク様が保管していてください」
「何がそう言うわけなのか分からないんだが?」
笑顔で書類を渡してくるアキノを睨んだものの、
「まさか、私をここまで巻き込んでおいて、自分はさようなら……は無いですよね? これを一か所に置いていると伯爵家にバレた場合、内容を知っている私がどうなるのか簡単に分かると思うのですが?」
と、最後まで共犯のままでいろと逆に圧をかけて来た。
「まあ、そうだな。少し情報を集めただけで、好色やら女好きといった言葉が上位に来るような奴が、自分の弱みを握っている女を見逃すわけはないわな。ジーク、無責任なのは男として最低だぜ!」
おっさんがまた調子に乗り始めた時、入り口からフリックが一瞬だけ顔を覗かせたが、またどこかへと姿を晦ませていた。
「例え俺が書類を持っていたとしても、奪われないという保証はないと思うが?」
床で頭を押さえて悶えているおっさんを無視し、俺は改めてアキノと話を進めるが、
「もしもあいつらにジーク様から書類を奪い取る力があったとすれば、今よりももっと上の地位に上り詰めているはずです。現に、昨日はジーク様一人に壊滅状態に追い込まれているのですから、領主代理たちが書類を奪おうとするのは夢のまた夢と言ったところです」
アキノは何をいまさらとでも言いたそうな表情で、領主代理たちのことを嗤っていた。
「それに、余程の馬鹿……ではありますが、誰が不正の書類を持っているか分からない状況では、あいつらも手の出しようはありませんし、出せば自分たちの立場を悪くするだけということくらいは理解できるはずです。出来なければ、教えてあげればいいだけです。向こうが私たちに手を出さず、今後大人しくするというのなら、今の暮らし……よりは多少落ちますが、少なくとも罪人として裁かれることは無くなると……まあ、その前にやることはやって貰いますけど」
アキノは完全に領主代理たちの弱みを握った状態で利用する気満々のようだ。
まあ、アキノにとって……と言うか商業組合にしてみると、次に来る領主がどんな奴か分からない以上は、ある程度コントロールしやすそうな領主代理たちの方が都合がいいということだろう。
ちなみに、やることをやってからと言うのは、人身売買の被害に遭った人たちの安否確認と、出来る限り元の生活に戻せるようにさせるということらしい。
「アキノのやりたいことは分かったが……それだと、アキノとジモンの利益になったとしても、俺にとっては一文の……小銭稼ぎにすらならないよな?」
ただ、それでは商業組合とジモンの利益は出ても、俺はいつ敵に襲われるか分からないというリスクが付きまとうだけというのは納得がいかなかった。まあ、あの程度の敵なら大した問題は無いだろうし、面倒臭くなったらこっそりとジモンまで来て、厄介ごとの大本を再起不能にすればいいだけの話ではある。
しかしアキノは、そんな俺の反論は織り込み済みだったらしく、
「納得していただけるのなら、ジモンでとれる食材や調味料などを定期的にお送りするというのはどうでしょうか? 今なら海産物もお付けします。こう言っては何ですが、内陸部にあるスタッツだと、海産物はかなりの高級品なのではないですか?」
などと言う、俺にとってかなり旨味のある提案をしてきたのだった。
「それの期間はいつまでだ?」
「ジーク様が書類を持っている限り……と言いたいところですが、流石にそれは難しいので、今の領主が別の貴族になるか、領主と領主代理が死ぬまでということでどうでしょうか? ただ、それだと一年……家、半年持たずに契約が切れる可能性もありますので、最低五年は年三回スタッツに届けるということでお願いします」
確かに最低保証期間があるのなら俺にとって不利益は起こりにくいし、もし今日にでも敵が襲い掛かってきて反撃で壊滅させてしまったとしても、その条件を飲んでいれば五年は海産物が届くということになる。それなら、
「その条件でいいぞ。俺にも十分利益がある」
その後は細かな条件のすり合わせを行い、なかなか戻ってこなかったフリックを待ち、座ったまま寝ていたおっさんを置いて商業組合を後に……しようとしたが、肝心の漁業組合との取り引きのことを思い出したのでアキノに尋ねると、
「漁業組合は色々と忙しいとのことで、取り引きは中止にして、その分を商業組合に回して欲しいとのでした」
などと言っていたが……
「嘘だな。組合長だけならともかく、本当に昆布が欲しい人物が諦めるわけないだろ? それを一番分かっているのは、アキノ自身だと思うんだけどな」
組合長の奥さん……つまり、アキノの母親のことなのだから、組合長がこの話をなかったことにするわけはないのだ。まあ、その奥さんがアキノから確実にもらえるということになっているとしたら
ありえる話ではあるが……アキノの様子からして、それはないようだ。
「これは一度、漁業組合長に確認を取らないといけないな……まあ、もしかすると組合長は忙しくて対応できないかもしれないから、その代理と話し合わないといけないかもしれないけどな」
そう言うと、アキノの目が明らかに泳ぎ始めた。
これはアキノの嘘で確定だ。そして、アキノも父親は大したことは無くても、母親は恐ろしい存在らしい。
「申し訳ありません。こちらの思い違いだったようです。連絡を受け取った職員に確認を取って参りますので、少々お待ちください」
などと言って、アキノは部屋から出て行った。
そしてすぐに戻って来たアキノは、明らかに高級品と思われる紅茶とお茶菓子を持ってきて、
「申し訳ありませんでした。漁業組合からの連絡にこちらの勘違いと少々の願望が入ってしまったようです。これ、お詫びのお茶とお菓子です」
多分、色々と忙しいというのが本当のことで、取り引きの中止が勘違い、商業組合に回すというのが願望なのだろう。まあ、取り引きの中止も願望だろうから、少々ではなく大部分がアキノの願望なはずだ。そしてそれを、母親にはばらさないでくれと言う意味のお茶とお茶菓子だろう。
アキノの持ってきたお茶とお茶菓子は、流石アキノが口止めに選んだというくらい美味しかったので、何度かお代わりをしてしまった上に、厚かましくもお土産にとねだってしまったが……アキノは快く多めに持たせてくれた。
その後はお茶を楽しんでいる間に戻って来たフリックと共に商業組合を後にしたが、わざわざアキノは外まで見送ってくれたのだった。
宿に戻る途中、街中のいたるところで今朝の変態たちの話題を聞いたので、情報収集がてら買い物(フリックも知りたいとのことだったので一緒に行動した)をしたところ、
「色々と噂に尾ひれがついているな」
「まあ、傍から見ると訳の分からない事件だから、話していくうちに個人の解釈や想像が知らないうちに真実のように混ぜられていくんだろう。俺としては、犯人像が俺から遠ざかって行くことは大歓迎だけどな」
聞く相手が変わるたびに、毎回のように新しい情報を知ることが出来るのはかなり面白かった。
始めの内は、屋台の店主相手に買い物客の振りをして何かあったのかを聞いていたのだが、ある場所では酔っぱらった男たちが全裸で抱き合っていたとか言う話だったのが、別の場所では二人の男が一人の男を取り合った末に、路地裏で変態的な行為を三人で楽しんでいたに変わり、また別の場所では二つの変態(露出狂)と変態(女装趣味の露出狂)の派閥が争いが起こり、今朝発見されたのはその抗争に敗れた奴らだった……などと言う話になっていた。
他にも、これは被害者となっていたのが評判の悪い冒険者やならず者ばかりだったので、別の街の同じような奴らが勢力を拡大する為にこの街で暴れたなども聞いた。
「それにしても、話が広がり過ぎてジークに繋がるような話がほとんどないのが笑えるな。まあ、俺も事情を知らなかったら、たった一人が切っ掛けでこんな事件が起きたとは思わないけどな」
フリックの言う通り、面白話ばかりの中には時折、冒険者ギルドで起きた騒ぎと関係があるのではないかと言う話をする者もいたのだが……それを聞いていた別の奴から否定されるというのがニ~三回あった。
否定した奴は、かなりの被害者……と言っていいのか分からないが、何らかの事件に巻き込まれたと思われる奴が短時間で同時に発見されるということは、やった側も相応の人数がいないと不可能とのことだ。しかも、民家のすぐそばで発見されたのもいたのに誰も気が付かなかったということは、そう言ったことになれている集団のはずだと熱く語っていた。
そして、それを聞いていた野次馬たちはそちらの説の方が信憑性が高いと考える奴が多かった為、冒険者ギルドの騒動との関連性は低く、犯人は外部の非合法の組織と言う新たな説がその場にいたやじ馬によって広げられたのだ。
まあ、外部ではないものの、ある意味非合法の組織と言うのは当たっている気もする。何せ、俺たちのやったことは決して褒められるようなことではなく、何なら犯罪と言われても仕方のないことだったからだ。もっとも、それは向こうも同じことだけど。
「もし犯人が俺たちだとバレるとしたら、話題の変態たちがラヴィアンローズを襲撃しようとしていたと暴露した時だろうな。もっとも、それでもあいつらは俺の顔を見ていないはずだから、確実に犯人だと断定できるわけでもないし、むしろ自分で自分の罪を大きくすることになるから話すことは無いと思うけどな」
「それでも誰かに話す可能性はあるし、話さなくても逆恨みで襲って来ることは十分考えられるから、しばらくは気を付けなくてはならないな」
「まあ、その可能性は十分あり得るけど……その時は呼称が変態から行方不明者に変わるだけだな」
フリックの懸念していることも分かるが、その時は後腐れの無いように消すだけだ。俺は、三度までなら許すような広い心は持っていないからな。
「それは……まあ、仕方がないな。殺しに来ながら生きて返してもらったという恩を、あだで返そうとしているんだから、当然と言えば当然だな。だが、あまり周りに迷惑はかけるなよ」
「それは相手次第だな。それに、ゴミ掃除をするんだから、多少騒がしくなるのは仕方がないだろ?」
「それでも、ジークなら最小限に抑えることが出来るだろ?」
と言うような話をしながら宿に戻ると、
「ジーク、フリック! お前ら、ひどすぎないか⁉」
商業組合に置いてきたはずのおっさんが先に戻っていた。
「そう言えば忘れてたな。それじゃあフリック、また夜にな」
「あ……ああ、遅れるなよ」
まあ、戻ったと言っても俺はまだ行くところがあるので、すぐに出て行くのだけど。
「おいジーク、戻って来て早々にどこに行くんだ? と言うか、戻って来る意味があったのか?」
宿にはフリックが戻るというのと目的地の途中だったので少し寄っただけなので、おっさんが勝手に勘違いしているだけだった……と言うのに、
「なんだ、まだ買い物の途中だったのか。なら、ここからは俺がついて行こう」
などと言って、俺の許可も取らずについてきた。
「ついてくるな」
「いいじゃないか。それで、どこに行くんだ?」
拒絶してもついてこようとするので仕方なく、
「詰め所。中年のストーカーにつきまとわれているから、助けを求めに行く」
「いや、待て! まさかその中年のストーカーって、俺のことじゃないよな⁉」
目的地ではなく衛兵のいる詰め所のある方向に歩き出すと、おっさんが慌てだした。
まあ、途中で再度方向転換して目的地へ向かうと、いつものように調子に乗り始めたが……少し頭に来ていたので、何度も本当に詰め所に駆け込んでやろうかと思ったくらいだ。
「そんで、本当はどこに行くんだ?」
「漁業組合だ。取引の件とは別に、買い物をしたくてな」
調味料や香辛料は何種類か買ったが海産物はまだ不十分なので、今から日持ちのするものと集め始めようと思っているのだ。領主代理のせいで、いつまでここに居るのか分からないし。
「もし買えなかったとしても、どういったものがあるのか知っておきたいしな」
「ふ~ん……前々から思っていたが、ジークはかなり食べ物にこだわるよな。まあ、どうせなら美味いものを食いたいというのは俺もだが、ジークの場合は食うだけじゃなく作る方もだよな。それと……もう変装はしなくてもいいのか?」
最初こそ、面倒事を避ける為に目や髪の色などを変えていたが、いちいち変えるのも面倒だったし、変態たちの騒ぎのおかげで俺のことは大分忘れられたようなので、今日はいつも通り灰色の髪と緑の目にしているのだ。
「目立ちたくないから変えていたが、こっちの方が色々と都合がいいからな」
「ほぉ……まあ、ジークがそれでいいなら止めないが……なんだかんだ言って、ジークは優しいな」
おっさんが訳の分からないことを言いながらからかって来るので無視をしていると、
「いつもの状態で街中を歩いていれば目立つはずだから、敵が最初に狙うのは自分だとか思ってのことだろ? まあ、確かに敵にとっては優しいとは言えないだろうがな」
さらに楽しそうな声で笑い出した。
「おっさん、うるさいぞ」
ただ、おっさんが笑っている間に俺は先を進んでいたので、傍から見るとおっさんは急に道の真ん中で笑い出した変人に見えるだろう。
「だから、置いて行くなって!」
周りの人たちの視線に気が付いたおっさんが追いかけてきたが……俺はおっさんが速度を上げる前にわき道に入って人ゴミに紛れたので、漁業組合に到着するまでおっさんが俺に追いつくことは無かった。
「おお! 今回はすまんかったな」
漁業組合に行くと、丁度組合長が外にいたので話しかけると、取り引きの話し合いに行けなかったことを謝られた。
だが組合長の後では、組合員たちが怒号を上げながら慌ただしく動いていたので、今回の冒険者ギルドの被害は思った以上に大きかったようだ。
「明日にはもう少し余裕が出来ると思うんだが……いかんせん、こういった作業が苦手な奴ばっかりでな。冒険者ギルドに不正を働かれていたのが多かったというのもあるが、思った以上に進みが遅いんだ。それで悪いんだが、取り引きの話し合いは明後日に延期してもらえないか? 明後日なら俺も動けるようになると思うんだが……それでも間に合わないようだったら、その分を商業組合に回してくれ。俺たちの分はそっちから買うようにするからよ……まあ、儲けは減るが、仕方がない」
いくら昆布を加工して販売するとしても、俺から直接買うのと間に商業組合を挟むのでは利益が大きく変わって来るのは当然だろう。ただ、それでも儲けが出るようだし、昆布の中心部を手に入れるには商業組合から買うしかないというわけだ。特に中心部の入手は組合長の絶対条件でもあるみたいなので、そこはたとえ自腹を切ってでも手に入れようとするかもしれない。
「それで、取り引きの話以外で、何かあったのか?」
「いつ帰るか分からないから、土産物の海産物を集めようかと思って。俺はマジックボックスを使えるから、鮮度はあまり気にしなくていいので」
組合長にここまで来た理由を話すと、組合長は少し申し訳なさそうな顔をして、
「それはありがたいが、今日はこのどたばたのせいでほとんどの奴が舟を出してなくてな。出て行った舟も、あまり芳しくない……まあ、ひどい不漁だったわけだ。そのせいで、今日は売り物になるようなのがなくてな。生け簀で活かしていた魚も、朝のうちに売りに出してしまってな」
最大の目的であった鮮魚は、売り物になるようなものがないということだった。
「だが、加工品でよければ売れるものは沢山あるぞ! まあ、くせの強いものも多いから、ジークの口に合うかは分からんが、話のタネになるのは間違いない。興味があるのなら、あそこに見える大きな建物に行ってみるといい。あそこは加工所で販売はしていないが、どこに何が売っているか教えてくれるはずだ」
組合長に礼を言って教えられた建物に行くと、加工作業は行われていなかったものの何人かの女性が書類の整理をしていた。
「すいません。組合長にここに来れば、販売している加工品のことを教えてもらえるはずだと言われたのですが」
女性たちに声をかけると、全員が動きを止めて同時に顔を上げて俺の方を見た。そして、
「昆布の人?」
「ダイカイギュウ使いの人?」
などと言う呟きが聞こえてきたのだった。