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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第三章
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第十一話

「おっさん、客が来たみたいだぞ」


「そんじゃあ、準備するか」


「私はローズさんに知らせてきます」


「俺はこの店の用心棒たちと、裏口付近で待ち構えます」


 歓迎会も進み、参加していた店の女性が何人かが酔い潰れ始めたところで、俺は店に近づいてくる集団の気配を感じ取った。それをおっさんたちに知らせると、すぐにチーとフリックは事前に決められていた場所に向かった。

 そしておっさんは、入り口に向かうローズさんとその護衛役のチーの背後で気配を消して万が一に備え、俺は一人で屋上に向かった。


(バレてないと思って、油断しているな……)


 屋上には、外壁を登って来たと思われる冒険者()の男が三人いた。まあ、一見すると冒険者に見えるというだけで、恐らくは裏社会で暗殺を請け負うような輩だろう。


(だとしても、二流以下みたいだな……ドレイン)


 もしこれが一流の暗殺者なら、待機中とはいえ対象の懐の中とも言える場所で油断するなどありえない話だ。

 現に、男たちの背後に()()()俺に気付く素振りなど全く見せておらず、のんきにあくびなどしている。

 そのあくびをしていたぼ床に手を伸ばし、俺はあまり使いたくはない魔法で男を昏倒させた。


「おい、どうした? 居眠りか?」

「これから仕事だぞ。その後はお楽しみの時間なんだから、寝るには早いぞ」


 急に倒れ込んだ男に対し、残りの二人は警戒するどころかそんなのんきなことを言っている。

 そんなのんきな二人に対し、俺は陰に潜って二人の背後に回り、最初の男と同じようにドレインで意識を奪った。


「何とか死んでいないみたいだな。あまり使いたくない魔法だが、少しくらいは練習しておかないといざという時に手加減が出来ないな」


 三人は、ドレインによって急速に魔力が吸い取られたことで、低血圧で意識を失ったような状態に陥ったのだ。ただ、慣れない魔法だったので手加減を間違ってしまい、三人共死ぬ一歩手前まで衰弱してしまった。まあ、非合法な組織に属しているなら死ぬ覚悟もしていただろうし、暗殺者に見える冒険者だったとしても、危害を加える目的で侵入してきたのだから自業自得だろう。


 とりあえず俺は死なずに済んだ三人を裸にした上で紐で縛り、少し離れた裏路地で吊るしておいた。(男たちの陰部が当たりそうで)運ぶのは大変だったが、裏路地とは言え大通りからさほど離れていない為、朝になれば人の往来が多くなるので死ぬ前には誰かに発見されるだろう。


「やっぱり、殺す気満々で侵入してきているな。それ以外にも、女性に対して使うようなものが多かったし」


 男たちを裸にしている時に持ち物を調べてみたが、建物内でも取り回しがしやすい武器に投擲用のナイフ、そして毒が入っている小瓶が数種類発見された。

 毒の小瓶には名前が書かれているものもあったので読んでみると、痺れ薬や媚薬と書かれているものがあったので、これらは男たちの言うお楽しみの時間に使うものだったのだろう。まあ、それらは男たちを縛った時についでに使ってみたので、発見された時には大変なことになっているかもしれない。


「裏口はまだ侵入されていないみたいだな。もしかすると、おっさんたちのところが合図になっているのかもしれないな……合図が出る前に、なるべく数を減らすか」


 まずは裏口の近くに隠れている五人を屋上と同じ方法で襲撃し昏倒させると、ドアの向こうで待機しているフリックたちに知らせて五人を回収してもらった。その際、俺を敵と勘違いしたフリックたちが飛び出して来たが、何とかすぐに誤解を解いたのでけが人は出なかった。

 ちなみに裏口付近に潜んでいた五人も、屋上にいた奴らと同じようなものを持っていたので、店の護衛たちによって縛り上げたうえで媚薬の入った小瓶を口に突っ込まれていた。

 なお、そんな光景を見たフリックは護衛たちの行動に引いていたが、後で俺のやったことを知って護衛たちの時以上に引いた上で俺から距離を取っていた。


「次は近くの裏路地で待機している奴らだな」


 こちらは十七人が五か所に隠れているが、それぞれが離れているし連絡を取り合っているようには見えないので俺にとってはやりやすかった。



「これで、残るのは入り口に向かった五人か……こいつらを縛り上げるのは、入り口側の奴らを無力化してからだな」


 入り口に向かった奴らは対応に当たったローズさんと何か言い争いをしているものの、まだ手は出していないようだ。もしかすると、合図を出すのは裏口か屋上にいた奴らの役目だったのかもしれない。


 そう思いながら、俺は入り口にいた奴らの背後に忍び寄り、すぐに四人を昏倒させた。

 残りの一人はこれまでの練習で大分加減が分かってきたので、ギリギリ話せるくらいまで弱らせることに成功した。


「おっさん、情報収集を頼む。それと、近くにこいつらの仲間と思われる奴らが十七人似たが、そいつらは行動不能にしただけでほったらかしにしているから、縛り上げておいてくれ。俺は手筈通り、領主代理のところに行って来る」


「はいよ。気を付けて行ってきな」


 アキノに聞いた話通りなら、一回目で敵の戦力のほとんどが来たと言ってもいいかもしれないが、もしも俺が襲う側だったら、ラヴィアンローズを襲撃する為の第二陣と、その後で商業組合と漁業組合を押さえるかけん制する為に同じくらいの数を揃える。つまり、後百人くらいいてもおかしくはない……と言うか、ここまであからさまに襲撃するのなら、最低でもいないといけないはずだ。

 そうでないと、明日にはラヴィアンローズが襲撃されたという情報が街中を駆け巡るだろうから、商業組合と漁業組合が連携して抵抗し、その間に外部に領主代理の非道さが漏れてしまい、領主どころか貴族としての立場も危うくなる可能性が大いにあり得る……はずなのだが、


「見た感じ、さほど警戒しているようには見えないな……護衛の気配も十人くらいしかいないみたいだ」


 領主の館には、明らかに警備していますと言った奴は十人程度で、他の気配は一か所を除いてバラバラになっている。

 そして、唯一複数の気配が集まっている部屋はと言うと……


(こんな時でも女遊びか……肝が太いというよりは、性欲を我慢できないと言った感じだな)


 気配が集まっていた部屋に侵入し、中の光景を見て呆れていた。

 一応、陰に潜っている状態だが、この様子だと気配を殺して部屋の隅にでもいれば気が付かれないのではないかと思うくらい、領主代理とその愛人たちは男女の情事に熱中していた。


(まあ、俺にとってはこの状況は好都合だな……さて、やるか)


 俺は情事にふける領主代理の頭をベッドの下から掴み、ドレインを使った。

 頭を掴んだ瞬間、領主代理は違和感を覚えて起き上がろうとしていたみたいだが、その前にドレインによって意識を失った。

 そのついでに、周りにいた女たちもドレインで意識を飛ばしたので、俺は安心して部屋に出ることが出来たのだが……


「くさっ!」


 部屋の中は色々な臭いが充満していて、とてもではないが居たいと思えるところではなかった。だがしかし、このままこいつらを置いて行くわけにもいかなかったので、窓を開け放ちバレないように風魔法で部屋の中の空気を入れ替えると、何とか鼻をつままなくても我慢できる程度の臭いになった。ただ、


「やっぱり、バレるよな……」


 部屋の中から声が聞こえなくなったのに、窓が開いて臭いが外に流れてくれば、護衛は中で何かあったと判断するのは当然のことだった。まあ、駆けつけてきた連中は順番にドレインで意識を飛ばしていき、最終的にはこの屋敷の全員が昏倒することになってしまったが……この方が色々と動きやすいのは間違いないので、終わり良ければ総て良しというところだ。


「それじゃあ、始めるか」


 結果的に余裕を持って魔法を使うことが出来るようになったので、俺は領主代理をベッドから降ろして部屋の隅に運び、


「テラー」


 範囲を領主代理の頭部に絞ってテラーを放った。

 テラーは基本的には不安感を増す程度の魔法ではあるが、使うものの力量によって効果が変わるし、状況によっても変わる。つまり今回のように意識を失っている相手に使うと、


「うあっ……あっ、あっ……」


 悪夢を見ることになる。まあ、意識を失うことが寝ている状態に似ているからと言って、確実に悪夢を見るというわけではないし、悪夢を見ることが出来にくらい深い眠りに陥っている場合は効果がないかもしれないが、その時は回復魔法を使った後で刺激を与えて半覚醒状態にして、その後で再度ドレインで意識を失わせて……と言った感じに、悪夢を見て苦しむ様子が現れるまで何度でも繰り返すだけだ。

 その過程で廃人となる可能性はあったが、今回は一回目でかかったので運が良かったのだろう。

 ちなみに、回復魔法とドレインとテラーに使う魔力の大半は、ドレインで吸い取った魔力を使うので、ある意味本人に還元しているみたいなものだ。


「後はこいつが起きないように気を付けながら、他の奴にも軽くやっておくか」


 他の奴らにもドレインからのテラーのコンボを使ったが、成功率は八割と言ったところだった。掛からなかった残りの二割は、運が良かったということでこのままほったらかしにすることに決めたが……失敗したこと自体は少し悔しかったので、失敗した分だけ領主代理にドレインとテラーのコンボを数回食らわせることにした。


「やば、ちょっとやり過ぎたみたいだな……きったねぇな」


 目標は失敗した二割分の成功だったのだが……やはり何度か失敗してしまったので、その分だけ試行回数が増えてしまった。そしてその結果、途中で領主代理が盛大に漏らしてしまうという事件が起こったのだった。しかも、漏らす少し前から領主代理の髪の色が薄くなり、毛もかなりの勢いで抜け始めていた。


「まあ、これくらいでいいか。これ以上、こいつに触るのも嫌だし」


 領主代理への攻撃はこの辺りにして、後は家探しをすることにした。


「こういった奴は、大事なものは絶対自分の部屋に隠しているはずだけど……あったな」


 こう言った時のお約束として、机の一番下の引き出しを外してその裏を見てみると、明らかに重要なものが入っていると思われる封筒が見つかった。

 その中に入っていた書類を読んでみると、


「ただの仕入れ表に見えるけど……商品欄に描かれているのは明らかに人名だな」


 その他にも、性別や年齢と思われる数字に、どこで()()()()()()かなどが書かれていた。


「他にもこういった書類がありそうだな」


 部屋中を片っ端から調べると、明らかに隠していると思われる場所から同じような封筒がいくつも見つかった。

 ただ、これらが本当に非合法な取引のものなのか俺には分からないので、怪しいと思ったものは全て持ち帰ることにして、マジックボックスに片っ端から放り込んだ。


「本当なら金目のものも持って帰りたいけれど……流石にそれはどうかと思うしな。一応、調べるだけにしておくか」


 領主代理がいた部屋の大抵のところは探したので、他の場所にも何かあるかもしれないと思い、それらしい部屋を調べてみたが、領主代理の部屋で見つけた程重要そうなものは見つからなかった。ただ、倉庫の地下に隠し部屋があり、その中に硬貨や貴金属類が大量に置いてあったので、盗みはしなかったが入り口に細工をして、そう簡単に開かないような嫌がらせをしておいた。


(扉は何か所か魔法で溶接したし、中に腐りやすい生ものを放り込んだから、早く開けないと仲が大変なことになるな……食材を嫌がらせに使ったのは罪悪感があるけど、まあ、敵の兵糧に細工をするのは基本だしな)


 生ごみと一緒に放り込んだ魚や生肉には申し訳ないと思いながらも、なかなか開かない上に、空いた時に中に腐った者が散乱しているとしった時の領主代理たちは、一体どんな顔をするのかを想像すると自然と笑いが込み上げてきた。


「まだ夜明けまでには時間があるけど……夜中から仕事を始める人もいるし、おっさんたちに報告もしないといけないからそろそろ帰るか」


 手土産に関してはローズさん……いや、アキノに直接持ち込んだ方がいいだろう。アキノは俺たちの共犯だが、ローズさんは今の時点では被害者なので、余計なことに巻き込むのはよくないだろう。


 そう思いながらラヴィアンローズに戻ると……


「おっさん、これはいったいどういった状況だ?」


 俺が回収を頼んでいた襲撃者たちが店の中に運び込まれ、ローズさんを始めとした店の女性たちに、目をそむけたくなるようないたずらをされていた。


「おっさん、あいつらの全身に塗られていると量みたいなものは何だ?」


「何でも、毛を抜く為の薬品らしいぞ。あれが固まった後で、一気に剥がすそうだ。ちなみに、時間が経てばたつほど剥がしにくくなるらしい」


「なるほど……」


 あの蛍光色の薬品は、本来ならムダ毛処理などに使うものなのだろうが……男たちは、気絶しているのをいいことに、頭髪はもちろんのこと、体のいたる所……それこそ、塗られている部分の方が少ないくらいに薬品まみれにされていた。


「それでおっさん、俺はあれ以外にも気絶させていたと思うんだが、そいつらはどうした?」


「ああ、運のよかった連中か」


 店の中で全身薬品まみれにされているのは、俺が気絶させた奴らの半数以下と言った感じだったので、その他はどうしたのかと思って質問すると……何やら不穏な言葉が返ってきた。いや、運のよかったと言われているだけ、人道的な扱いだったのかもしれないが、


「最初の内は裸に剥かれて化粧させられて、女ものの下着をつけた状態で外に運び出されていっただけだったんだが、だんだんと女性陣が悪乗り……盛り上がってな。あられもない恰好で縛られて体に落書きされたり、男同士で絡ませた状態で固定されたり……あいつらの自業自得だが、女は怖いな」


 どちらかと言うと、全身に脱毛用の薬剤を塗られる方がマシなのではないか(特に後半の二つ)と思いながら、俺たち側唯一の女性であるチーを探すと……楽しそうに薬剤を塗る手伝いをしている姿が目に入ったのだった。


「……報告は後にして、腹も減ったし何か作るか」


 腹が減ったのは本当だが、何かそれらしい理由でこの場から離れようと調理場に向かおうとすると……おっさんも……と言うか、部屋の隅の方で静かにしていた店の(男性の)護衛たちもついてきた。流石に敵とは言え、あんな光景を見ていると自分がやられるところを想像してしまうのだろう。


 女性陣の盛り上がる声を聞きながら料理をしていると、敵を外に置きに行っていたフリックと数人の護衛たちも戻ってきたので厨房は一気に狭くなってしまったが、誰一人として拷問が行われている部屋には戻らなかった。


 ちなみに、料理はドラゴンの肉を使ったシチューを作ってみたが……ほぼ完成したので一度味見をしようとしたところで女性陣に気が付かれてしまい、一人当たりの量が減ってしまったので追加を作る羽目になったのだった。

 なお、ローズさんたちはまさかシチューに使われている肉がドラゴンのものだとは分かっていなかったらしく、後になってアリアとアリスに教えられて驚き、俺との間で代金を払う払わないの押し問答に発展した。


 そして次の日、取り引きの件と今後のことを相談する為に商業組合に行くと、


「ジーク様、今朝街であった騒動の大本はあなたですね」


 俺たちは建物に入って早々に個室に連れて行かれ、アキノに犯人扱いされたのだった。

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