第九話
「今日が休みとかいうことは聞いていないけど……いや、中に人はいるみたいだな」
ドアには鍵がかかっているが、中から人の気配はしていた。まさか泥棒と言うことは無いみたいだが、何かしらの理由があって閉めているのだろう。
「もしかすると休憩しているだけかもしれないから、窓の方から呼んでみるか」
そう言うとおっさんは、人の気配がする部屋の窓に近づいて声をかけた。すると中からガタイのいい男が姿を現して、
「何のようだ? 鍵がかかっていたはずだが?」
と、少し不機嫌そうに聞いてきた。まあ、休憩中だったとしたら、不機嫌になったとしてもおかしくは無いが……それでも、客の可能性がある来訪者に対してその態度は無いような気がする。
「商業組合で紹介状を書いてもらったんだが、その時に休みだとは聞かなかったんでな」
そう言って紹介状を見せると、そこに書かれていたアキノの名前を見て幾分気配が和らいだ。
「ああ、そうだったのか。すまんな。ちょっと訳ありで、今日は船があまり出せなくて……って、お前もしかして、ダイカイギュウを助けた冒険者か?」
冒険者ギルドでの事件のせいで、つい変装するのを忘れていたことに気が付いたが、今更誤魔化すことは出来ないので頷いたのだが……男は窓から身を乗り出してきて、
「丁度良かった! 悪いけど、少し付き合ってくれ!」
そう言うと男は、窓から飛び出してきて俺の腕を掴んだが……
「ちょっと待て! うちの若いもんに何する気だ? 変なことを考えているつもりなら……マジでお前の身が危ないから、さっさと謝っておけ。悪いことは言わないから」
おっさんがすぐに男の肩を掴んで男を止めた。おっさんの少し後ろでは、フリックが男の進路を塞ぐ位置に立っている。
「おっさん、今のは俺とそいつのどちらを助けたつもりだったんだ?」
「もちろん、この男……なわけないだろ! ジークを助けようとしたさ! 当然だろ!」
本音を言いかけたというのに、無かったことにして誤魔化そうとしたおっさんをフリックだけでなく、おっさんに肩を掴まれている男も呆れた顔で見ていた。
「まあ、確かに急すぎた。すまん。実は、お前が助けたダイカイギュウが、港の中に居座っているんだ。しかも、そのダイカイギュウを心配していた仲間も一緒にな」
「つまり、そいつらが邪魔だから、俺が行けば釣られて移動するんじゃないか……ということか」
「まあ、そう言うわけだが……確かに、ダイカイギュウたちが港にいると仕事が出来ないのは確かだが、それ以上に潮の満ち引きによっては、ダイカイギュウが桟橋にぶつかったり浅瀬に乗り上げたりする恐れがあるからな。かと言って俺たちだと、舟で誘導しようにもまともに言うことを聞いてくれないし、逆に舟にぶつかって怪我させてしまうかもしれないからよ」
つまり、ダイカイギュウが友好的な行動を見せた俺ならば、安全に港から移動させることが出来るのではないかと考えたということらしい。
「まあ、ダイカイギュウに関しては乗り掛かった舟だから、協力するのは別にかまわない。だけど、俺が漁業を訪ねたのは、魚やその加工品を買う為だったんだが、手伝う代わりに代金は勉強してもらえると思っていいんだよな?」
どれだけの仕事になるか分からないのに、漁業組合と全く関係のない俺を手伝わせるということは、それ相応の報酬があってしかるべきだろう。
「あ~……多分大丈夫だと思う。俺は下っ端だから、確実に安くなるとは言えないが、商業組合の紹介状もあるし大丈夫だろう。まあ、もしも渋られたら、後でアキノにでもチクればいいと思うぞ。組合長は、アキノに口で勝てたためしがないからな。だけど、これを教えたのは俺だとか、絶対に誰にも言うなよ」
とのことなので、ただ働きになるという可能性は低そうだ。
そうして男に連れられて、ダイカイギュウがいるというところへと向かうと、
「仕事が出来なくても、楽しそうだからこのままでいいんじゃないか?」
日に焼けた男たちが、ダイカイギュウを見ながら酒盛りをしている。
「うわっ! 流石にこれは……組合長! 組合長! 組合……おやっさん!」
俺を連れてきた男はその場の光景を目にして、慌てて騒ぎの中心にいた男性に駆け寄った。
そして、男性に何かを耳打ちすると、男性は引きつった顔をして酒が入っていると思われるジョッキをテーブルに置いた。
「お前ら、早くかたずけろ! これがうちのにバレたら……ヤバいことになるぞ!」
そして、他の男たちに叫ぶと、男たちも慌ててかたずけを始めたのだが……その時、背後に何か視線を感じたので振り向くと、何人かの女性がこちらを見ていたので、すでに手遅れなのかもしれない。
「この分だと、何とかなりそうだな……それで、こいつがダイカイギュウを助けた冒険者なのか?」
「そうですよ。おやっさんも、あの時見ていたでしょ?」
「いや、俺はネイサンの奴とそりが合わんから、隠れていたせいであまり見えなかった」
おやっさんと男に呼ばれた組合長は、バツの悪そうな顔をして男に答えていたが……
「ネイサン?」
俺たちにはネイサンと言う人物に心当たりがなかったので、三人で顔を見合わせていると、
「おやっさん、ローズって言わないと、また喧嘩になりますよ。皆もう慣れてそう呼んでいるんですから、おやっさんもそう呼べばいいじゃないですか」
「あいつがガキの頃から俺はネイサンって呼んでいるんだ。今更そう言われても、あいつの顔を見たらついネイサンって言っちまうんだよ。仕方がないだろ」
などと、二人が勝手に説明してくれたので助かった。
まあ、ローズさんの名前を聞いた時に偽名とまではいかないけれど、源氏名のような感じがしたのは思い違いではなかったのだろう。
それと、どうやらローズさんは元のネイサンという名前を嫌っているようなので、俺がオネエさんと言ってしまったのを聞き間違えたのかもしれない。それならば、ローズさんやその近くにいた男たちが俺を睨んでいた理由も理解できる。
「そんなことより、こいつ……おい、なんていう名前だ?」
「えっ? あ、いや、そう言えば……」
組合長は、いつまでも俺をこいつと呼ぶわけにはいかないと思ったのか、俺を連れてきた男に聞いていたが、男は俺の名前を知らなかった(紹介状をよく読んでいなかったらしい)みたいで、困った顔をして俺の方を見てきたので自己紹介をした。
「それでジーク、ダイカイギュウをどうにか……」
組合長が、「出来るのか」と言いかけた時、
「おやっさん! ダイカイギュウが動き出しました!」
宴会場となっていた場所をかたずけていた男たちが騒ぎ出した。
「何だ! って、本当に何だ、これ?」
組合長が男たちの指差す方に視線を向けると、五頭のダイカイギュウが俺の方を見ながら一斉にお腹を叩いていた。
「やっぱり、ジークはダイカイギュウに仲間だと思われているみたいだな」
「二度も続くとなると、あながち間違っていないのかもしれませんね」
おっさんとフリックは面白そうに笑っているが、組合長たちはひどく驚いた顔をしていた。しかし、
「おい、ジーク! ダイカイギュウたちを誘導できるのなら、早く移動させてくれ! あの様子だと、湾外にいる他の仲間も集まってくるかもしれん! 誰か小舟を出して、ジークを乗せてダイカイギュウたちを移動させろ!」
すぐに組合長が指示を出すと、俺を連れてきた男が近くに繋いであった小舟に乗り込んだ。
完全に俺の意思を無視して進められていたが、手伝うつもりで来ていたのでそのまま小舟に乗り込んだのだが……小舟を少し進ませたところで、急にダイカイギュウたちが動き出して俺たちを取り囲んだので、身動きが出来ない状態になってしまったのだった。
「うわっ! どういうつもりだ、一体!?」
男は慌てて組合長のいる方に顔を向けていたが、組合長も何が起こっているのか分からないと言った顔をしていた。その隣では、おっさんが大爆笑している。
何が起こっているのかは俺にも分からないが、敵意のようなものは感じないので小舟の前の方に立って手を叩いてみると、俺が助けたダイカイギュウが水面から顔を出したので、
「ここに居ると邪魔になるらしいから、移動するぞ」
と身振り手振りを交えて話しかけると、ダイカイギュウは一度首をかしげるような仕草をした後で、
「おお! 動き出した! あれについて行けばいいんだな?」
ダイカイギュウたちが動き出した。
俺の助けたダイカイギュウが先頭を泳いでいるし他の個体よりも大きいので、多分あいつがこの群れのボスなのだろう。
そのまま順調にダイカイギュウたちは移動を続け、港への入り口をしばらく過ぎたところで、
「ここから先は流れが速くなるから、この舟では危ない。ここらへんで引き返すぞ」
男がそう言うので戻ることにした。
確かに流れが速くなってきているし波も高くなっているので、このままこの小舟で進めば転覆する可能性が高いだろう。
そうして引き返そうと小舟の向きを変えると、
「お前たちはついてくるなよ。これからは湾内にはいっても、あまり長居はするんじゃないぞ」
ダイカイギュウたちも向きを変えたので注意した。
どこまで俺の言っていることを理解しているのかは不明だが、人の言っていることを何となく理解できるくらいには知能は高い(その割には抜けているところはあるが)ようで、ついて来ていたダイカイギュウは全頭が湾内への入り口の手前で止まった。
そのままダイカイギュウに見送られながらおっさんたちのところに戻ると……そこには、女性たちに怒られている組合長たちが居た。やはりあの時こちらを見ていた女性たちは、組合長たちの身内だったようだ。
そして小舟を操っていた男も、組合長を締め上げている女性に手招きされて顔が強張っていた。まあ、すぐに解放されていたが、短時間にも拘らずめちゃくちゃ汗をかいていたので、あの女性が漁業組合で一番怖い存在ということなのかもしれない。
そんな感じの組合長たちを眺めながら、俺たちは騒ぎが治まるのを待っていると、
「おい、ジーク! またダイカイギュウがやって来たぞ!」
おっさんが数頭のダイカイギュウがこちらに向かって泳いできているのに気が付いた。
その言葉を聞いて、説教をしていた女性たちも怒られていた男性たちも、何事かと海の方に注目していた。
流石に言っただけでは伝わらなかったかと思っていると、
「何か、黒いもんが引っ付いてないか?」
ダイカイギュウたちは、何か黒い布のようなものをくわえたり体に巻き付けたりしながら泳いでいた。
こちらに向かってきているダイカイギュウは俺が助けた奴を含めて五頭で、それぞれが長さ十m以上はありそうな布のようなものを二~三本運んでいる。
「あれは……昆布じゃないか?」
その黒い布のようなものの正体に気が付いたのは組合長だった。
確かに昆布と言われればそんな感じだ。だが、俺の記憶にある昆布は帯状のもので、ダイカイギュウが運んでいる物は横幅がかなりあって、帯と言うよりは楕円形をしているように見える。なので、あれが知っている昆布であるのかまでは分からない。
「とにかく、何でダイカイギュウがあんなものを運んでいるかは分からないけど、もう一度行った方がいいかもな」
そう思って、先程舟を操っていた男に視線を向けると、男も丁度俺を見ていたので、すぐに小舟に移ってダイカイギュウの元へと向かった。
ダイカイギュウたちは、俺が向かってきていることに気が付くと泳ぐのを止めてその場に浮かび、またお腹を叩いていた。
そして、俺たちがすぐ傍まで近づくと、ダイカイギュウたちは昆布を差し出すかのように小舟の近くまで寄せてきた。
「くれるのか?」
俺が助けたダイカイギュウに向かって聞くと、ダイカイギュウは鳴き声を上げながらお腹を何度も叩いていた。
なので、遠慮なく貰うことにしたが……一枚一枚が大きすぎて小舟には載せられなかったので、直接マジックボックスに入れて回収することにした。
その際に昆布を間近で見たが、やはり長さは十m以上あって、中心辺りの横幅は俺の身長以上にあった。しかも、一番厚いところで三cmはあったので、一枚だけでもかなりの重さがあるだろう。
「ありがとな」
全部を回収して礼を言うと、ダイカイギュウは満足したようにひと鳴きして、湾の外へと泳いで行った。
「なあ、これって食えるのか?」
昆布なら食べられないということは無いだろうが美味しくないかもしれないし、それ以前に毒があって食べることが出来ない可能性もある。
そんな心配とは裏腹に、男は驚いた顔をして、
「これは大王昆布と言って、超が付くほどの高級品だ。これが生えているのは流れが速い深場で、採取にはかなりの危険が伴う。しかも、それほどの危険を冒したとしても、これほど状態の良いものはなかなか手に入れることは出来ない」
と言った。しかも、これほど状態のいい大王昆布を漁業組合が買い取るとすれば、一枚辺り最低でも金貨三枚、売るとすれば金貨五枚くらいはするだろうとのことだった。
なお、調理法は俺の知っている物とはちょっと違っていて、表と裏の硬い部分は剥がして乾燥させることで乾燥昆布と同じように使えて、剥いだ後の中心部はワカメと同じような使い方が出来るらしい。
「あ~……これはおやっさんが売ってくれってうるさく言うだろうな。正確には、おかみさんに尻を叩かれ……お願いされてな。大王昆布の中心部は肌にいいからな」
確かに海の近くに住んでいれば、肌荒れが気になる人も多いだろう。それにしても、組合長がどうしても欲しいということになるとすれば……こちらに有利な条件で取引できそうだな。
この男の言った昆布の価値が正しいものなのかは判断できないが、その辺りは商業組合を間に入れれば問題ないだろう。そのついでに、魚などの商品を多めに買えるように交渉すれば一石二鳥だ。
そう考えながらおっさんたちのところに戻ると……男の言う通り、組合長が大王昆布を買い取りたいと迫って来た。その背後には、男がおかみさんと呼んでいた女性が俺を見ている。
念の為、価値が分からないふりをして買取り金額を聞くと、組合長は一枚辺り金貨三枚と言ってきた。ここまでは男の言う通りだったが、やはり正確な金額が分からないことと冒険者ギルドで詐欺にあいかけたことを理由に、商業組合のアキナに間に入ってもらいたいと伝えると、組合長は男の言った通りアキノが苦手なのか渋い顔をしたが、それがだめなら買取り交渉に応じないというと渋々納得していた。
女性の方はこの場で決まらなかったことを残念そうにはしていたが、間に入るのが自分の娘と知ったからか何も言わなかったが、俺が冒険者ギルドであいかけた詐欺については気になったらしく、二人共知りたいというのが顔に出ていた。
俺としては、その詐欺に漁業組合が被害に遭った可能性があると思ったので、商業組合に売ったものと同じくらいの大きさのドラゴンの鱗を見せた上で、冒険者ギルドで起こったことを全て話した。すると、
「マジか! あいつら、前々から評判が悪いところがあったが、やっぱりそんなことをしてやがったのか! おい誰か、すぐに事務所に戻って、冒険者ギルドとの取引の記録を見直せ! 多少安く買いたたかれたり高値を付けられたくらいなら、その場で見抜けなかったこちらに非があるが……それがあまりにも酷いようなら、組合としても一言忠告くらいはしてやらなきゃならん!」
と言って、全ての組合員を事務所に走らせた。
「すまんが、こちらも漁業組合として動かなければならんことが出来た。明日の昆布の交渉には行けると思うが、もし間に合いそうにない場合は交渉を延期してもらえると助かる」
延期に関しては、今後の予定もあるので最大でも三日ということにして、もしもそれに間に合わなければ商業組合から買い取るようにしてくれと言うと、組合長はそれを了承した。俺としては商業組合とだけ交渉した方が楽でいいのだが、そうすると漁業組合から買いたいものが安く手に入らない可能性があるので、出来るなら明日に間に合って欲しい。まあ、漁業組合が明日に間に合ったとしても、商業組合の予定が付かないという可能性もあるのだが……その場合、商業組合はアキノ以外が担当することになるだけだと思う。
一応、泊っている宿を教えてから俺たちは組合長と別れ、もう一度商業組合へと向かったがその途中で、
「おっさん」
「ああ、つけられているな。フリック?」
「少し、寄り道してきます。二人はそのまま進んでください」
俺たちの後をつけ回す奴らがいた。
気配に気が付いたのは漁業組合の建物を過ぎた辺りからなので、恐らく待ち伏せていたのだろう。
「戻りました。これ、美味そうですよ……俺が離れた時に隠れたのが二人で、隠れた奴らと離れていったのが三人です」
「つけてきたのは五人ということか?」
「いや、フリックが合流した時に屋根の上から二人分の視線を感じた」
屋台に寄ったふりをしたフリックが戻ってきて報告すると同時に、屋根の上からこちらを見ている気配を感じたので、俺たちの周りには最低でも七人が潜んでいるということになる。
「商業組合と漁業組合がそんなことをする必要は無いはずだから、残るは冒険者ギルドの手の者ということか……まあ、ギルドではなく、冒険者ギルドでジークが見せたドラゴンの鱗目当ての物取りと言う可能性もあるがな」
「まあ、物取りと見せかけた冒険者ギルドの子飼いと考えた方がいいだろうな。まるで、スタッツの二番煎じだな。なあ、フリック?」
俺がそう言うと、フリックは苦笑いを浮かべながらも、
「似ているのは後を付けたというところまでだ。少なくとも俺たちは、あんな欲深そうな気配をまき散らしてはいなかったはずだぞ?」
などと反論してきた。
「違いないな。すまなかった。確かにそういった点においても、フリックたちの方が気配の消し方は上手かったな。まあ、俺にはバレバレだったけど」
「ジークが珍しく素直に謝ったと思ったら、持ち上げて落とす為の振りだったか……流石だな、ジーク」
それに対して俺は素直に謝り、ついでに場を和ませようと冗談を交えたのだが……おっさんの余計な一言のせいで、フリックはまたも苦笑いを浮かべることになった。
「交渉の仲介の件、確かに承りました。本来なら仲介に関しても料金が発生いたしますが、今回は我々にも大王昆布を買い取らせてくださるということなので無料とさせていただきます。その前に一度、現物を査定させていただくことは出来ますか?」
後をつけ回していた奴らは、流石に商業組合まで巻き込むつもりはないようで、行き先が商業組合だと分かった時点でストーカーたちの人数は徐々に減っていき、組合の建物に入る頃には二人だけになっていた。
再度商業組合を訪れた俺たちに受付は驚いてはいたが、すぐにアキノに連絡が行き漁業組合との仲介の件をしてもらえることになった。
昆布の査定に関しても、漁業組合の示す値段とは別のものが知りたかったので了承し、指定された部屋で昆布を取り出すと、
「ここまで完璧な形をした大王昆布は珍しいですね。年に十枚も出回らないものが、全部で十二枚ですか……状態もいいですし、最低でも金貨四枚……と言いたいところですが、残念なことに昆布の旬がずれていまして、一枚辺り金貨三枚半(金貨三枚と銀貨五枚)と言ったところでしょうか?」
「旬の時期は?」
査定額は組合長のものよりも高かったが、旬がずれて安くなっていたとすれば納得の範囲だった。ただ、昆布の旬が分からなかったので聞き返すと、
「大王昆布の食べ方は知っていますか?」
「ああ、表面をはがしたものは干して、中心部は生でも食べられると聞いた」
「ええ、その通りです。ただ、大王昆布は二通りの食べ方があるせいで旬も年に二回あり、干す方に関しては夏の暑い時期、これは夏に表面の厚さが増して硬くなる為で、中心部は反対に冬の寒い時期となります。もしこれが二か月早いか遅いかであれば、金貨四枚の値段がつき、在庫の具合などによっては金貨五枚が付いた可能性もあります。ご納得いただけましたか?」
「分かった。その値段でいい」
「ただまあ、漁業組合に対しては、金貨三枚と銀貨八枚から始めてみようと思います」
値段に関して、説明の全てが納得できるものだったのでその金額でいいと言ったのだが、アキノは漁業組合に対しては吹っ掛ける気でいるみたいだ。
流石にそれはひどくないかと思ったが、それにはちゃんとした理由があるとのことだった。
「まず、大王昆布を販売する為には、はがした表面を干すという作業が必要になります。その技術に関しては漁業組合が一番優れている為、我々も漁業組合に頼まなければなりません。ちなみにですが、これくらいの大きさの大王昆布を干して販売するとなると、旬が少し過ぎているとはいえ金貨五枚は超えると思われます」
かなりの利益が出るんだなと驚いたが、加工品の値段が技術料によって大きく変わるのは理解しているので、納得できる話だった。
「漁業組合は、それを理解した上で値下げ交渉をしてくると思われますが、値を下げる条件として漁業組合の販売している商品の値下げを交渉します。それも、ジーク様が無償でダイカイギュウに対処した件と合わせて……それにより、ジーク様が買取る量にもよりますが、卸値よりもさらに安く販売させることが可能と思われます」
昆布の値下げに関しても、アキノの出した査定額よりも銀貨一枚上にした上で、最大でも元の査定額までしか値引きしないということだった。
少々あくどくも感じものの、商業組合としてはライバル関係にある漁業組合よりも損をするわけにはいかないし、何よりも俺の利益の為に動いてくれているアキノを責めることはお門違いだ。
「漁業の組合長が、どんな顔をするのか見ものですね」
それが例え、どこからどう見ても悪人のような笑みを浮かべている人物だとしても。
「なあジーク、この姉ちゃんに任せて大丈夫なのか? なんか、色々とヤバい感じがするんだが?」
「……多分、大丈夫だろ。互いに違う組織の人間だけど、一応血の繋がった身内ということだし……一応な」
これが個人間のやり取りなら、もしかするとアキノは相手を徹底的にやり込めるかもしれないが、今回は商業組合という組織の仕事なので、双方の関係に深い傷を残すようなことはしないだろう……と思いたいところだ。まあ、やり過ぎたとしても、俺には関係ない話だと逃れることは可能だろう。
「そう言えばジーク様、少しお耳に入れておきたい話がございます」
あくどい笑みを浮かべる危ない女から、急に字ごとの出来る女の顔に戻ったアキノに俺たちは驚いたものの、仕事の話をしている時以上に真剣な表情だったので、すぐに話を聞く態勢をとった。
「実は先程入って来た情報なのですが、冒険者ギルドの一部とその黒幕が、ジーク様を恨んでいるそうです。その黒幕がこの街のろくでなしどもを雇っているとのことですので、何かしらの行動を起こす可能性が非常に高いと思われます。ですので、早めにこの街を出ることをお勧めします」
アキノは俺たちがまだ知らないと思っての忠告だったようだが、すでにそのことを予期していた俺たちは大して驚くことはなかった。