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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第三章
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第八話

「いきなりだな、おっさん。俺は犯罪に巻き込まれそうになっただけだぞ。被害者だ、被害者」


 目が合った瞬間、俺のせいだと断言したおっさんに蹴りでもくれてやろうかと思ったが、おっさんは何かを察したのか俺が一歩踏み出す前に大きく後ろに跳んだ。そして、


「うわっ!」


 フリックに思いっきりぶつかった。

 当たり屋の被害に遭ったフリックはそのまま床に転んだが、おっさんはフリックにぶつかった反動を利用して転倒を回避し……俺の間合いに戻って来た。


「これはフリックの分!」

「ぬおっ!」


 思いがけず戻って来たおっさんに対し、まずは左のローキックでおっさんを転ばせて、


「これが俺の分!」

「それは洒落にならねぇ!」


 止めにおっさんの股間をかかとで踏み抜こうとしたが、残念ながらその一撃は回避されてしまった。


「くそっ! 次っ!」

「やめろ! ちょっとからかっただけの代償がそれとか、マジでおかし過ぎるだろ!」


 かわされて悔しかったので、もう一度足を上げた瞬間、おっさんは床をゴロゴロと転がり、距離を取りながら叫んだ。そのせいで職員たちに詰め寄っていた数名の冒険者がこちらを振り向き、


「バルトロさんじゃないですか! お久しぶりです!」


 その中でもひと際大柄なスキンヘッドの男……グランドが大声を出しながらこちらに向かって走って来た。


「おっ? ……おおっ! グランドじゃないか! 久しぶりだな! 何年ぶりだ?」


「マーノであった時ぶりなので、五年くらいですかね? ……と言うか、何で床に寝転がっているんですか? それと、そこの坊主とは知り合いで?」


 グランドはおっさんに手を差し伸べながら聞くと、


「まあ、なんだ……ちょっとじゃれ合っているうちに転んでしまってな……」


 おっさんはその手を取りながら苦笑いをしていた。


「はぁ……」

「こいつはジークって言ってな。スタッツの冒険者で一応後輩なんだが……まあ、そう言った理由もあって、今回一緒に依頼を受けてジモンまで来たんだよ……それで、何でこんなに騒がしいんだ?」


 そして話を逸らすかのようにギルドの騒ぎについて聞くと、グランドは今回の事件のことを話し始めた。


「まあ、ジークから盗み取ろうとした罰だな。あまり言いたくないんだが……うちのギルドもジュノーがジークにちょっかいをかけようとして危ないところだった」

「えっと……それはどういうことで?」


 グランドはおっさんの言っている意味が出来ないようで、聞き返していたが、


「ジークはこう見えて、ジュノー以外のスタッツの有力者と仲が良くてな。そこに目を付けたジュノーが、冒険者ギルドの権力を拡大する為にジークを引き込もうとしたんだが……強引に進めようとしたせいでジークに嫌われてな。逆にスタッツの商業組合とスラムの連中から攻撃を受けそうになったんだよ。その間に立たされた俺としては、弟は見捨てられないし、ジークは敵に回したくないしで、めちゃくちゃ苦労したというわけよ。ちなみに、ジークは俺より強いからな」


「えっ! それ、マジで言っているんですか⁉」


「マジだ、マジ……それと、今の話は秘密にな。下手にこの話が広まると、俺がジークに怒られちまうからな」


 おっさんに隅の方に連れて行かれてそんなことを言われていた……と言うか、わざわざ隅に連れて行くのなら、せめて俺に聞こえないように声を小さくして欲しい。

 それにしても、おっさんがそこまで勝手に俺のことを話すということは、グランドはそれ相応に信用できるということなのだろう。まあ、それはそれとして、後でおっさんには人の情報を勝手にばらしたということで、今日中に一撃食らわせてやろう。おっさんも心のどこかでそれを望んでいるみたいだしな。


 そんな話を聞かされたグランドはと言うと、「ほ~……坊主、やっぱり強かったんだな」と言っていたので感心しているように見えたが、半分以上はおっさんが大げさに言っているのだとも思っているのかもしれない。


「って! おい、ジーク! どこに行くんだ⁉」


「商業組合だ。ここで売れないなら、そこに持っていくしかないだろ?」


 おっさんたちを置いて冒険者ギルドから出て行こうとしたところ、おっさんに見つかってしまった。なのでここで果たせなかった目的を別の場所で行うというと、おっさんどころかフリックまで引きつった顔で俺を見ていた。


「ここのギルドに世話になっている身からすると、坊主のやろうとすることは止めるべきなんでしょうが……今回の事件のことを考えれば、まあ仕方のないことかと」


 グランドとしても思うところがあるようだが、今回に限っては余所者相手にこの街のギルド職員が詐欺を働こうとしたようなものだし、その犯行はギルド職員が単独で起こしたのではなく、ギルド全体が関わっていた可能性があるので、俺がこのギルドを信じることが出来ないと思ってもおかしくないというか、当然とすら考えているようだ。


 そう言う感じで、グランドから商業組合の場所を聞いていると、


「そういやジーク、細かい金が必要な理由は分かったが、この街で何か買う予定でもあるのか?」


 おっさんが突然そんなことを聞いてきた。


「何か珍しい食料を中心に、香辛料や調味料を仕入れたい。特に香辛料は、個人的に使う分もだが、土産や売り物にするにしても、あまりかさばらないから使い勝手がよさそうだからな」


 商品としてはあまりやり過ぎると面倒くさいことになりそうなので、そちらは組合から資格を取り上げられない程度に留めるつもりだが……土産に関してはばあさんには質を重視して、モニカさんには量を重視ものを選ぶつもりだったのだ。なので、どの道商業組合には一度寄らなければならなかった。

 まあ、そう言った商業組合での当初の予定に、冒険者ギルドで行うはずだったことを追加するだけだ。


「なら、俺たちもついて行くか。フリック……お~い、フリック。どこ行った?」


 勝手についてくることを決めたおっさんは、近くに居たはずのフリックに声をかけたが、その場所にフリックはいなかった。

 そんなフリックがどこに行ったのかと言うと、


「ここのギルド、結構ヤバいですね。ジークを騙した奴と繋がっているのが何人いるのか知りませんが、黒と灰色と言った職員が多そうで、関係のなさそうでまともな職員は少ないみたいですね」


 詰め寄っていた冒険者に交じって、ちゃっかり情報収集に動いていた……こういった抜け目のないところは、俺も見習うべきだろう。フリックは久々に会った顔見知りとじゃれ合っているおっさんよりも、もしかしなくても数倍は頼りになるのかもしれない。


「それと、短時間で終わらせることが出来そうな依頼もいいのがないですね。まあ、あの様子では、もしかすると一か月くらいはまともにギルドとして機能できないかもしれませんけど」


 そう言って笑うフリックは頼もしく見えたが、それに対してグランドの肩に手を回しながら笑っているおっさんはと言うと……まあ、いつも通りだ。いつも通り、酔っぱらっていないのに酔っぱらっているような、ふざけた中年男だ。


「はぁ~……行くか」


「おい、ジーク? 何か失礼なことを……いや、ちょっと待てって! 俺も行くって言っているだろ⁉ フリック、俺はジークについて行くつもりだが、お前はどうする? だから、ちょっと待ってくれって、ジーク!」


「えっ!? まあ、バルトロさんが行くなら、俺も行きますよ」


 おっさんを待っているとまだまだ時間がかかりそうだったので置いて行こうとしたら、おっさんは慌ててフリックに声をかけて走って来た。フリックは訳が分からないといった顔をしていたが、ここに一人残されても仕方がないと思ったのか、何も聞かずにおっさんについてきた。


「あっ! 坊主……じゃなかった、ジーク! もし魚関連で何か欲しいものがあったら、港にある漁業組合に行って俺の名前を出せば、多少は安くしてもらえるはずだ!」


 その後ろから、さらにグランドが小走りに走ってきてそう言ったので、礼を言って俺たちは冒険者ギルドを出て商業組合へと向かった。

 その道中でおっさんはフリックと情報交換をしていたようだが、やはりドラゴンの鱗を子供だましのような方法で奪い取ろうとしたという話を聞いて、あの混乱は当然のことだと呆れていた。



「もしかすると査定やら交渉やらで時間がかかるかもしれないけど、おっさんとフリックはどうする?」


 商業組合は冒険者ギルドから三十分程歩いたところにあり、建物自体は冒険者ギルドよりも大きいが、人の出入りは半分以下と言った感じだった。

 俺は建物の前で二人にどうするのかを聞くと、二人は交渉の場についてくると言った。多分、フリックは冒険者ギルドと同じようなことが起こらないか心配してのことだろうが、おっさんは冒険者ギルドと同じことが起こるのか面白がっている節があった。


「まあ、いいか。じゃあ、行くぞ」


 ジモンの商業組合は、大まかな構造はスタッツの組合の建物と似ていたので、迷うということは無かったし、人も少なかったので入ってすぐに受付で対応してもらえることになった。

 その時に、冒険者ギルドの時と同じようにドラゴンの鱗を売りに来たと言うと、受付は怪訝な顔をしたものの、一度席を離れてどこかへ行き、戻ってきたと思ったら奥の部屋へと連れて行かれた。


「お手数をおかけして申し訳ありません。私はこの商業組合の組合長補佐をしている、アキノと申します。何でも、ドラゴンの鱗の買取りを希望とのことで、受付での対応が難しいと思いましたので、担当を変更させていただきます」


 そう言うとアキノと名乗った女性は頭を下げた。

 まだ俺のことを疑っているみたいだが、ここまでは冒険者ギルドと比べると比べるのが失礼と思える程まともだ。


「これが売りたいと()()()()()ドラゴンの鱗だ」


 俺は冒険者ギルドで出した物と同じ鱗を五枚出すと、


「確認させていただきます……これは……一枚、銀貨五枚でどうでしょうか?」


 と、すぐに値を付けた。

 単純計算で冒険者ギルドの十倍以上の値段だが……それに待ったの声を上げたのは、おっさんだった。


「それは少し足元を見すぎだろ? 実際に売りに出せば、金貨一枚はつくはずだ。銀貨八枚くらい付けてもいいだろ?」


 と交渉するがアキノは、


「確かに、ドラゴンの鱗ならあなたの言う通り、銀貨八枚が妥当でしょうが……それは背中側の鱗だった場合です。対してこれは、色合いからして恐らくは喉の辺りの鱗でしょう。背中と喉の鱗では厚さに違いがあり、それが硬さの差となります。その分だけ値が下がるのは当然のことです」


 おっさんを真正面から見据えた上で、きっぱりと銀貨五枚が適正なものだと言い切った。だが、


「それでも安く付けているんだろ。多分、俺が一見さんだからな」


 俺が指摘すると、アキノは驚いた顔をした。さらに、


「多分、差別とかではなく、信用の問題だろうな。いくらいい品を持ってきたとしても、初見の奴だとどこから仕入れたのか……それこそ、盗んだものと言う可能性もあるから、その分割り引いているんだろう? 違うか?」


 そう指摘するとアキノは表情を戻し、


「ええ、その通りです」


 と言った。まあ、商売に置いて信用と言うのは大切なものだし、どこの誰とも分からない奴がドラゴンの鱗を売りにくれば、警戒するのは当然だろう。

 だが、俺には十分アキノを信用させるであろうものを持っている。それは、


「これはバルムンク王国のフランベルジュ伯爵と、ドラゴンの素材を売買した時に交わした契約書です。中を見せることは出来ませんが……後で伯爵に確認を取りますか?」


 フランベルジュ伯爵の名前と家紋の入った契約書だ。流石に別の契約にこの中身を見せるのはどうかと思うので確認はさせないが、裏面に書かれているフランベルジュ家の家紋だけでも効果はあるだろう。

 まあ、俺としては一枚当たり銀貨五枚でも構わないのだが、疑われたままでは腹立たしいのでちょっとした意趣返しというところだ。流石に他国の伯爵家に確認をするのは嫌だろうし。

 それを聞いたアキノは、


「ふぅ~……分かりました。一枚辺り、銀貨六枚で買い取りましょう。これが本来の適正価格です。どうでしょうか?」


 と、諦めた感じで一枚当たりの単価を上げた。

 欲を言えば銀貨七枚くらいにならないかと思っていたが、この街でコネの無い状態でこれなら十分だろう。ただ、


「買い取りは、五枚で足りますか?」


 銀貨はもう少し持っておきたいので、俺は懐から数枚の鱗をアキノに向けてちらつかせた。


「……出来れば、まとまった枚数をお売りくださると幸いです」


 するとアキノは、すぐに諦めた表情で新たな書類を用意し始めた。

 アキノからすれば、一度五枚で売った後でまとまった数の交渉に入り、その時に値段を上げて恩を着せる(もしくは値段を上げずに、通常よりも安く買う)つもりだったのかもしれないが、おっさんの介入とフランベルジュ伯爵の書状のせいで、計画が完全に崩れたようだ。


 その後の交渉で、俺が商業組合に売る鱗は全部で百枚。これだけあれば、全身鎧が数個分作れる(鱗を砕いたものを金属と一緒に溶かして使うらしい)そうだ。


 値段は五枚の時と変わらずに一枚辺り銀貨六枚で、銀貨六百枚で金貨だと六十枚になる。

 流石に全てを銀貨で払うのは無理とのことなので、その半分の三百枚と最初の三十五枚を銀貨、残りを金貨で払ってもらうことになった。これで数年は銀貨に困ることは無いだろう。


「今回のお取引、ありがとうございました」

「ええ、損はしませんでしたが……まあ、言っても仕方がありませんね。せめて、私たちのところでいくらか買い物をしていただけるとありがたいのですが?」


 ということなので、遠慮なく買い物をさせてもらうことにした。その結果、


「ジーク、これは流石に買い過ぎじゃないか?」

「どうやって運ぶ……いや、マジックボックスがあるか」


 おっさんとフリックは呆れ、アキノは声が出ないくらい顔が引きつっていた。まあ、フランベルジュ伯爵から得た金貨も使って、組合に保管されていた塩や香辛料を全体のそれぞれ三分の一程買い占めたのだから、今後の計画に支障が出てもおかしくないだろう。俺には関係ないけど。

 ちなみに、減った分の金貨はまたドラゴンの鱗(今度は五十枚で金貨三十枚)を売ったことで補充した。商業組合としても、今後はドラゴンの鱗を販売計画の中心に変更することで、儲けを出すことにしたようだ。



「こちらが漁業組合への紹介状です。あそこは気難しい者ばかりなので、グランドの名前を出したくらいではまともに取り合ってもらえない可能性がありますので……まあ、少しは痛い目を見ればいいような馬鹿が多いですけど」


 商業組合で取引が終わった後、アキノから次の予定を聞かれたので漁業組合に行くと答えると、アキノはすぐに商業組合名義の紹介状を書いてくれた。

 これでいきなり行っても無碍にされることはないらしいが……何故そこまで漁業組合とついでにグランドに厳しい態度を取るのかというと、何と漁業組合の組合長とグランドはアキノの身内だからだそうだ。

 ちなみに、アキノにとって漁業の組合長は実の父親で、グランドは妹の旦那(義弟)ということらしい。そして、漁業の組合員のほとんどはアキノの顔見知り(父親関連の知り合いや幼馴染)がほとんどとのことだ。


「って言うかグランドの奴、結婚してやがったのか。俺に一言くらいあってもよかったんじゃないかって思うんだが、ジークとフリックはどう思う?」


 そして港へ行くまでの間、俺とフリックはおっさんに絡まれることになったのだった。まあ、


「おっさんが思っているほど、親しい間柄と言うわけでもなかったということだろ。嫉妬は見苦しいぞ、おっさん」


 と言ったら、絡まれるのはフリックだけになったので、途中からは俺だけ解放されることになった。


 そんなこんなで到着した港にある漁業組合は……閉まっていた。

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