表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
5/109

第五話

本日五話目で、今日の投稿は終了です。

応援、よろしくお願いします。

 翌朝、俺は昨日案内をしてくれたメイドに起こされて、朝食をとることになった。場所は昨日食べた食堂で、何故かこの屋敷の主である二人と一緒にテーブルを囲んでいる。

 

「ジーク、食べ終わったら教会へ行くわよ。詳しいことは馬車の中で話すから、すぐに身支度を整えて玄関に来なさい」


 お飾りのように静かにしている男性(カラード)を無視しながら、女性(サマンサ)は食事が終わったばかりの俺を急き立てて、自分もいそいそと自室に戻っていった。その間も、男性(カラード)は静かに食事をしていた。余りにも静かなので、昨日あれだけ吠え立てていたベラスも不思議そうに見ている。


「今から行く教会で、あなたの適性を調べてもらうわ。異界人のあなたには馴染みがないかもしれないけれど、この世界には魔法というものが存在するのよ」


 女性(サマンサ)によると、異界人の多くは魔法が存在しない世界からやってくるそうで、今では異界人たちの住む世界には、魔法というものが存在しないというのが学者たちの中で通説になっているそうだ。もっとも、異界人と認定された者はそう多くない(保護される前に命を落とす者が多いと思われる)ため、確実ではないらしい。


「教会……と言っても色々宗派があるのだけど、今から行くのはこの世界で一番有名な天聖教という宗派ね」


 天聖教とは、聖なるものは天に帰るという考えから生まれたと言われる宗教で、良い行いをした者は報われる、といった教義があるそうだ。ただ、中にはその教義を都合のいいように解釈し、やりたい放題する者もいるとのことだが、これから行く教会は古くからの教義を守っているらしく、女性(サマンサ)が言うには、「自分が知っている中で、一番信用できるシスターが代表をしているわ」なのだそうだ。

 

「着いたわ。シスターは忙しい人だから、早くしないとどこかへ出かけてしまうわ」


 そう言いながら、女性(サマンサ)は馬車を降りた。馬車が止まったのは、お世辞にも綺麗とは言えない外見の教会だが、手入れは行き届いているようで、教会の庭には色とりどりの花が咲いていた。


「あら? 誰かと思えばサマンサじゃない。どうしたの急に?」


 馬車が止まった音で様子を見に来たのか、修道服に身を包んだ初老の女性が教会の裏から現れた。


「急に訪ねてきて申し訳ありません、シスターマルゲリータ。今日はどうしても見てもらいたい子がおりまして……」


 女性(サマンサ)はシスターに理由を説明していたが、そんなことより俺が気になったのは……


「マルゲリータ?」


 シスターの名前だった。なんだか美味しそうな名前をしている。

 俺のつぶやきが聞こえたのか、シスターは俺の方を見て一言、


「もしかして、異界人かしら?」 


 マルゲリータと呼ばれたシスターは、俺の正体を何故か一発で見抜いた。そのことに俺は驚かなかった(なんとも思っていなかった)が、女性(サマンサ)といつの間にか御者としてついてきていた男性(カラード)は、ひどく驚いていた。


「安心しなさい。別にその子が異界人だからといって、どうのこうのするつもりはこれっぽちもないわ」


 二人の様子を見て、シスターは可笑しそうに笑いながらそう言った。


「まあ、他の人たちならそうそう気が付くことはないでしょう。私がわかったのは、昔異界人の男性にあったことがあるからよ」


 シスターは見習いだった子供の頃と修道女としての修業中に、二度もそれぞれ別の異界人に会ったことがあるそうだ。一度目は見習いになりたてのころに老年の男性と、二度目はこことは違う土地の教会での修業中に、同い年くらいの男性と。

 髪の色や肌の色が違っていたということなので、それぞれ出身国は違ったようだが、何故か言葉は通じたらしい。

 最初の男性はシスターの名前を聞いて、自分の妹と同じ名前だと言って可愛がってくれたそうで、何故か薄く切ったパンにトマトとチーズと香草を乗せたものを何度か食べさせてくれたそうだ。

 二人目の男性は修業中に滞在していた土地の貴族に雇われていたらしく、その貴族が教会を保護していた縁もあって知り合ったそうで、異界人とわかったのは知り合ってからだいぶ経ってからだったらしい。その男性が異界人とわかった時に、最初の男性が食べさせてくれたパンのことを話すと、笑いながら自分の世界にそういった名前の食べ物が存在するのだと教えてくれたらしく、そのことを覚えていたので俺が異界人だとわかったのだそうだ。ちなみに、ピザの存在を教えた男性の話をするときのシスターの頬が赤く染まっていたのは見なかったことにした。話がそれるのは確実だからだ。


「あ~シスター。思い出に浸っているところ済まないが、ジークの鑑定を頼む」


 男性(カラード)が言った鑑定とは、その人物の属性を調べることをいう。

 この世界において、ほとんどの人は属性というものを持ち、その属性にあった魔法を使うことができる。この属性は魔物(森で戦ったゴリラなどのこと)も持っており、魔物の中には人と同じように魔法を使うものもいる。

 属性は基本的なもので、火・土・風・水が存在し、この四つを四大属性と呼ぶ。他にも白(光)・黒(闇)・雷・氷・無といった属性もあり、白と黒を四大属性に加えて六大属性などと呼ぶこともある。なお、雷と氷は風と水から派生する属性であり、人や本によっては雷を風属性、氷を水属性と呼ぶこともあるため、基準があやふやな属性も存在する。

 最後に無属性だが、これは誰しもが持つ属性であり、一番影の薄い属性であるらしいが、一番大事な属性でもあるそうだ。

 無属性とは純粋な魔力を操る属性のことで、無属性を鍛えると他の属性の魔法を使う際に、魔法の威力が上がったり、魔力(ゲームでいうところのMPのようなもの)の消費量が少なくなったりといったことがあるらしい。いわば、魔法をサポートするための属性なのだそうだ。

 ちなみに、属性は訓練次第で強くも弱くもなるそうだが、滅多なことでは適性のない属性を使えるようになることはないとのことだ。ちなみに、無属性を除いてひとりの人間が複数の属性を持つことは珍しくはあるものの、いないということは無いらしい。ただ、いくら複数の適性があったとしても、それらを使いこなせるかは別の話だそうで、複数の適性を持っていたとしても、その中でも得意なものを集中的に練習し、その他は余裕があったら初歩程度まで使えるようにするのが一般的だそうだ。


 話がそれたが、本来鑑定というものは基本的に生まれてからすぐか子供のころには済ませるものだそうで、俺のように大人になってから行う者はほとんどいないそうだ(いても孤児や金銭的な問題でできなかった者くらい)。


「それじゃあ、私についてきなさい」


 鑑定には特殊な道具が必要だそうで、俺はシスターに教会の奥の部屋へと連れて行かれた。基本的に鑑定ときは、鑑定する者とされる者のみで行うのが理想なのだそうだ。赤ん坊を鑑定するときでも、最小限の人数のみ(両親のうちどちらか一方など)が同席するらしい。最小限の人数で行うわけは、なるべく鑑定結果を正確にするためらしく、複数の人数が道具の前にいる場合、希に複数人分の鑑定結果が混ざることがあるらしい。

 そのことは二人とも知っており、鑑定を行う部屋の前で別れ、部屋には俺とシスターだけが入ることになった。部屋は四畳半くらいの石造りで窓はなく、飾りなども置かれていなかった。そんな部屋にあるのは一つの机と二脚の椅子で、机の上には六角形の石版が置かれていた。


「そこの椅子に座って待っていてね。少し準備しないといけないから」


 シスターは俺を椅子に座らせると、壁の四隅にある燭台に手をかざした。すると、燭台にあったロウソクに火がつき、部屋の中は少し明るくなった。狭く暗い部屋でロウソクの火が揺らめいているのは少し不気味な感じだが、シスターはなれているのか少しも気にしていないようだ。それよりも、シスターは火をつける道具などを使ったようには見えなかったから、恐らく魔法を使ったのだろう。初めて見る魔法が生活感丸出しの使い方だったので少しがっかりしてしまったが、魔法が当たり前の世界ではこれが当たり前のことなのだろう。他にもシスターは石版をいじったり、石版の下に何かを置いたりしていた。


「できたわ。そこの石版の中心に手をついてちょうだい」


 言われた通りに石版に手を置くと、そのままの姿勢で五分近くじっとさせられた。こんなふうにじっとしていないといけないならば、赤ん坊や小さな子供にとっては苦痛だろうなと思っていたら、本来は数秒から数十秒で終わるらしく、これだけ長いのは鑑定の経験が豊富なシスターでも初めてのことなのだそうだ。

 その五分間で、石版には中心から光の線が六本伸びていた。そのうちの目立つのは三本ある。一つは端の方まで伸びており、その反対にある線は半分辺りまで、残りの一本も半分辺りまで伸びていて、他の三本は一分目まであるかないかの辺りで光が途切れている。


「これは……なんと言うか、すごいことになったわね……」


 この石版の結果は、シスターにとって驚くべきことだったみたいだが、俺には何が驚きのポイントなのかわからない。だが、シスターは驚いたあと、興奮したように俺の手を引いて、他の部屋で待つ二人のもとへと走っていった。部屋を出る前に、石版の下に置いた木の板を持ち出していたが、その木の板はとても大切なものなのか、大事そうに胸に抱えていた。


「二人とも、この子すごいわよ!」


 息を弾ませながら、シスターは興奮冷めやらぬ様子で二人の待っていた部屋に突撃した。

 二人は、乱暴に開けられたドアに驚いたようではあったが、それ以上に興奮しているシスターに驚いたようだった。


「シスター少し落ち着いてください。私たちには、何がすごいのかわからないのですから」


「そ、そうね。ふ~、ふ~……とにかく、この子すごいのよ!」 


 深呼吸して落ち着いたように見えたシスターだったが、深呼吸だけでは無理だったようだ。その後、なんとかシスターを落ち着かせたのだが、あまりにこの部屋が騒がしかったため、この日教会を訪れていた信者の人たちや手伝いの人たちが集まってきてしまい、二人は色々と誤魔化すのに必死だった。


「ごめんなさいね、年甲斐もなく興奮してしまって……取り敢えず、これを見てちょうだい」


 そう言ってシスターが二人に渡したのは、石版の下に置いてあった木の板だった。

 その木の板を見た二人は、ひどく驚いた様子で何度も木の板と俺の顔を交互に見ていた。そして、そっと差し出された木の板を受け取って、書かれている内容を見てみると……


『ジーク(10) L8

 黒 L10  

 白 L5

 水 L5

 火 L1

 土 L1

 風 L1       』

 

 とあった。何故か日本語とアルファベットとアラビア数字で書かれているが、最初に出た感想が、「読める字でラッキー」だったので、今は深く考えないことにした。

 それにしても、この『L』がレベルを表しているとするならば、名前の横に書かれている(10)の意味がわからない。それに、このレベルがどのくらいのものなのかもわからないので、ただ渡されただけでは同反応していいのか困ってしまうのだ。

 なので、詳しい説明をしてもらおうと二人に聞こうとしたら……


「子供なのは分かっていたけど、まさかジークが十歳だったとは……」


 俺が聞く前に、男性(カラード)が(10)の意味をつぶやいていた……というか、誰が十歳だって?

 男性(カラード)のつぶやきを聞いて、自分の中にある高校生活の記憶を思い出してみたが、ところどころかけていることに気がついた。例えば、入学の時の記憶がないのに新入生歓迎会の記憶があったり、制服を着た誰かと話した記憶はあるのにその誰かの顔や名前が思い出せなかったり……といった具合だ。これでは、本当に俺が高校生だったのかという確証がない。そう思っていると、部屋の隅に鏡台があるのに気がついた。


(自分の顔は思い出せないけど、見れば思い出すかも知れない!)


 そう考えて、俺は椅子を倒しながら鏡台へと走った。そして、鏡に映った顔をみて愕然とした。 


「誰……だ、これは……」


 そこに映っていたのは、明らかに高校生の顔ではなく、まだ声変わりも始まっていないような少年……いや、子供といっていいくらいの幼さの残る顔が映っていた。しかし、自分で誰だと言いながらも、不思議なことに心のどこかでこれは自分の顔なのだと理解している自分が居る気がする。


「どうした、ジーク!」


 三人が、急に鏡を覗き込んで愕然としている俺を心配してすぐ後ろまで来ていたが、俺は頭の中が混乱して、何がなんだかわからなくなっていた。


「胡蝶の夢……」


 そんな言葉が自然と口から出ていた。

 胡蝶の夢とは、ある男が夢の中で蝶となって飛び回り、夢から覚めた時に、はたして自分が見ていたのは本当に夢だったのだろうか? もしかしたら今の自分は、蝶が人間になっている夢を見ている最中なのではないか? と悩む話だったと思うが、それは今の自分にぴったりと当てはまる話だと思った。自分が覚えている断片的な高校生の記憶は、この世界の名のない子供が見ていた夢ではないのか、と……

 そこで俺の意識は途絶えた。次に気がついたのは、教会のベッドの上だ。


「気がついたか、ジーク」


 目の覚めた俺に真っ先に声をかけたのは男性(カラード)だった。どうやらここは教会の休憩室のようで、俺の寝ているベッドの他に、いくつか同じ形にベッドが並んでいた。他の二人は席を外しているみたいで部屋の中にはいない。


「気分は悪くないか? 少しでも違和感があるなら、正直に言うんだぞ?」


「少し頭が痛い……です」 


 体を起こそうとすると、鈍い痛みが頭に響いた。


「ふむ、それならシスターを呼んでこよう。少し待っていろ」


 男性(カラード)はそう言うと、部屋から出ていった。


「一体どうなっているんだ……」


 気を失っている間に記憶の整理が着いたのか、鏡を見たあとのように混乱することはなかったが、それでもわからないことだらけなのに違いはない。


「ここに来る前の俺は、多分……いや、確かに高校生だったはず……だ。それが何で子供になっている? それに、顔の作りが記憶にある人たちと違う気がする。胡蝶の夢のようなことが起こったのだとすると、この世界に俺は元々いたことになる。だけど、それもなんだか違うような気がするし、やっぱりこの世界に迷い込んできたというのが正解だと思う……けど」


 そんなことを考えているうちにドアが開かれて、シスターと女性(サマンサ)がやってきた。男性(カラード)を押しのけるようにして入ってきたことから、よほど心配してくれていたのだろう。ただ、男性(カラード)が持たされていた桶がひっくり返って、床が水浸しになっているのが気になる。


「頭が痛いとのことだけど……外傷はないようね。おそらくは想定外のことが起こりすぎて、頭が処理できなくなって、一時的に気を失ったのでしょう」


 シスターはそう言って、俺の額に手を置いた。そして、そのままの姿勢で何かをつぶやくと、シスターの手が急にひんやりとしてきた。それと同時に、頭の中がすっきりとしてきた気がする。


「ただ冷やすだけの簡単な魔法だけど、気持ちがいいでしょう?」


 どうやら魔法で治療してくれていたようだ。もっとも、治療というよりも、氷のうを乗せただけのようなものかもしれないが、確かに気持ちが良くて先程よりも楽になった。


「ジーク、そのままでいいから聞きなさい。あなた、色々と規格外すぎるわよ。本来、各属性のL10というのは、人並み外れた才能を持つ者でも到達できない領域なの。それを、たった十歳の子供がその領域に至っているというのは、少し厄介なことになるでしょうね……そこで提案なのだけど、これからもうちで暮らさない?」


「は?」


 正直、なんでそこに行くのかわからなかった。冷静に考えれば、俺を戦力として囲うということなのだろうけど、それなら余計な情報を与えない方がいいはずだ。


「あら? ジークは私たちがあなたを利用するためだけに、我が家へ迎え入れようとしていると思っているのかしら……まあ、あながち外れというわけではないけれどね」


 やけにあっさりと認める女性(サマンサ)を睨んでいると、その横にいた男性(カラード)が俺たちの間に割り込んできた。


「最悪の場合に戦力として数える可能性があるというだけだ。その最悪の場合とは、国家間の戦争において、王都まで敵が攻め込んできた場合のことだ。まあ、今のところ周辺国家とは緊張関係にあるものの、滅多なことでは戦争に突入することはないだろう。それに王都に攻め込まれる前に、他の都市に避難することになるだろうから、ジークが戦争に参加する可能性はゼロではないにしろ、ゼロに近いだろう」


「そういうことよ。万が一の可能性があるけど、その代わりこの世界での常識と生き方を教えるわ。我が家は精鋭ぞろいよ。勉強にしても戦闘にしてもね。どうする?」


「お世話になります」


 俺は即座に頼ることにした。元より行くあても生活のあてもないのだ。与えるものに対して貰うものの価値が釣り合っていないと思うが、それを気にして野垂れ死ぬよりはいいと判断したのだった。


「決断が早いわね……まあ、それなら一つ言っておくことがあるわ。いいジーク、あなたの能力のことは、誰にも言ってはいけないわよ。よからぬことを考える輩は、そこら中に溢れていると思ったほうがいいわ。ただ……そうね、この人と一緒に居たお二人と、私の信頼できる知り合いには話した方がいいかもしれないわね」


「ジークの武器も秘密にしたほうがいいな。ジークは知らないかもしれないが、あれはおそらく『神具』だ」


 初めて聞く言葉に首をかしげていると、『神具』についてシスターが詳しく教えてくれた。

 『神具』とは正式には『精神具現化武具』といい、ものすごくレアな能力らしい。『神具』の特徴は、数千から数万人に一人が持つ力と言われていて、形状と特性は千差万別で、これまでに似ているものはあっても、全く同じというものは見つかっていないらしい。そのことから、『神具』は能力者の心の形をしているとも言われている。ただ、例え『神具』が破壊されたとしても、心が壊れるということではないらしく、時間が経てば元に戻ることから、持ち主の心を写し取ったものを形にしているというのが最近の研究者の見解なのだそうだ。

 もっとも、レアだからといって全ての『神具』が強力というわけではなく、中には家庭用の包丁程度のものもあったらしい。しかし、『神具』の特徴の一つに、好きな時に好きな場所で『神具』を出すことが出来るというものがある。これは、俺が黒剣を自由に出したり消したりしていたのと同じことで、これにより包丁程度の威力しか持たないものだとしても、使い手と使い方次第では立派な暗殺道具に早変わりするそうだ。


「まあ、出したり消したりというのは、他にも方法があるといえばあるんだけれどね」


 シスターはそう言いながら、女性(サマンサ)を見ていた。


これ(・・)のことね。総合的に見たら、これの方が上よね」


 女性(サマンサ)が腕を前に突き出し、手探りで何かを探すような仕草をしたかと思うと、いきなり女性(サマンサ)の手にポットが握られていた。

 何かの手品のようだが、シスターがマジックボックスと言うれっきとした魔法なのだと教えてくれた。ただ、この魔法はかなり高度で習得が難しいらしく、この国で確認されている使い手は五十人程しかいないそうだ(ただし、使えても国に報告しないで隠している者もいると思われているので、実際の数はこの倍以上いると考えられている)。

 その特性は小説でよくあるようなもので、『中に入れたものは劣化しない』・『生き物は入れられない』・『使い手の魔力によって収納量が増える』というものらしい。当然のように自分しか使えないので防犯は完璧で、バッグなどのように重量があるものではないので、いくらものを入れていようとも重くはないそうだ。

 『生き物』に関しても、心臓や脳といったものが存在しないのならば、動いていようが生命活動をしていようが、大抵のものは入れることができるらしい(例として、植物や細菌などは入るが、アリなどの虫は入らない)。ただ、例外的に仮死状態に陥っていると、人間であっても収納することができるそうだ(その後の蘇生の成否は別として)。


「まあ、『神具』とは違って一応魔法ではあるから、魔法を妨害するような仕掛けみたいなものがあると、全く役に立たないこともあるけれどね」


 つまり、マジックボックスは魔法が妨害されているような状況だと、中に入っているものを取り出したり収納したりすることができなくなるが、『神具』は魔法ではないので妨害を受けることなく出すことが出来るということだそうだ。


「まあ、ジークもできるようになると思うから、今度教えてあげるわ」


 マジックボックスは黒魔法に属するそうで、黒魔法の適性が高ければ高いほど取得確率が上がるそうだ。ちなみに女性(サマンサ)の黒魔法のレベルは8だそうで、この国の中でも一二を争うほどの使い手とのことだ。そんな人物からのお墨付きをもらった俺は、目の前の女性(サマンサ)が本当に信用できるのかわかっていないにも関わらず、俺の心臓は嬉しさのあまり高鳴っていた。


「これで失礼しますね、シスター」


「ええ。でも、くれぐれも注意なさい。馬鹿な連中がジークのことを知ったら、絶対によからぬことを考えるからね」


「大丈夫です。今後ジークは、うちの連中に鍛えさせます。あの森で生き抜けるくらいですから、才能は十分にあるはずです」


 三人が言葉を交わしている最中、俺は魔法の基礎が書かれた本を読まされていた。この本は、この世界の学校で使われているものだそうで、その中でも一番簡単なやつだ。最大の問題であった文字に関しては、何故か読める(少なくとも、俺の目には漢字・カタカナ・平仮名で書かれているように見える)ので、三人に教えられなくても大丈夫だった。後日、文字を書く練習の際に、日本語で書いた文章を見せてみたが、ちゃんとこの世界の人にも通用することがわかった。この世界の共通語が日本語なのか、それとも俺の書いた日本語がこの世界の文字に変換されているのかは不明だが、一から覚えなくて済んだのは助かった。


「さて、色々と教えることはあるが、まずはこれからだ。ようこそ我が家へ、私たちは君を歓迎しよう」


「一緒に暮らす以上、私たちは家族も同然よ。困ったことがあったら、気兼ねなく相談して頂戴」


 二人の言葉とともに、俺の異世界での新しい生活がスタートした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ