第五話
「あ~……ジークが倒したドラゴンの素材の一部を買い取りたいとのことですけど、その目的を教えて貰えますかね?」
ドラゴンの素材の値段や貴族との交渉などしたことが無いのでおっさんを頼ることにしたが……おっさんは伯爵相手でもいつもと変わらず、面倒臭そうな様子を隠そうとはしなかった。
そんな様子が伯爵の部下の気に障ったのか、場の空気が少し悪くなったように感じたが、伯爵自身は気にしていないようだ。
「そうだな……牙や爪と言ったものではなく、ドラゴンを倒すかそれに近い状態にしないと手に入らないような部位が欲しいな。目的だが、今回の騒動に関係した各所に、ドラゴンが倒された証拠だと見せる為だ。間違っても、ジークの手柄を横取りする為ではない。信用できないのなら、目的を記した契約書を作成しよう」
「そこまで言うなら、まあ……それで、ジークはどの部位なら構わないと思っている?」
伯爵の言葉を全て信用したわけではないだろうが、それならかまわないだろうとおっさんが俺に聞いてきたが……おっさんとしては、自分の態度に伯爵が腹を立てて交渉が無かったことにならないかとでも思っていたのかもしれない。俺としては、どちらでもいいけれど。
しかし、倒したという証拠にするなら、それなりに大きなものか生き物にとって重要な部分になるが……腕や脚丸ごとだと大きさは十分だけど、ドラゴンなら腕や脚の一本失ったとしても死なないと思うし、心臓や魔石は証明するのに十分すぎるだろうが、それはドラゴンの死体から抜き取ったという証拠が必要になるかもしれない。そうなると、
「ドラゴンの頭だな。それが一番分かりやすいはずだ」
もったいなくはあるけれど、頭部は頭蓋骨が大半なので食べるところは少ないらしいし、高値が付く部位ではあるもののそのほとんどが観賞用や研究用としてなので、使い勝手はあまりよくなさそうだ。ただ、
「牙に関しては使い道があるから、それらは抜かせてもらいたいけど……その状態でいいなら、ドラゴンの頭を伯爵に売ってもいいと思っている」
牙は長いもので四十cm以上あるので、埋まっている根の部分と合わせればナイフの素材として十分使えるはずだ。武器を使い潰すことの多い俺としては、頑丈な武器は素材の状態であったとしても確保しておきたい。
「値段に関してはよく分からないから、おっさんに頼むしかないけれど……って、どうした?」
例によって、面倒臭そうなことをおっさんに押し付けようとしたら、何故かおっさんは驚いた表情で固まっていた……と言うか、おっさんだけでなく、聞き耳を立てていたらしい伯爵も同じように固まっている。
「おっさん? おい、おっさん⁉」
「うおっ! ……やべぇ、いきなり馬鹿みたいな発言を聞いたせいで、意識が飛びかけてたわ……ジーク、マジで驚かせるな!」
おっさんを何度か小突くと、無事に意識を取り戻したものの、何故か俺が責められることになった。
「ジーク、ちょっとこっちに来い! ……いいか、ジーク? ドラゴンの頭と言えば、討伐の証明のようなものだ。間違っても、正式な手順を踏まずに手放していいものじゃない。あの伯爵がその気になれば、契約書をあらゆる手段で無かったことにして、ドラゴン退治の手柄をすべて持っていかれるぞ。それどころか、全力でお前を消しに……って、それが出来ないのが分かっているからの提案かよ……」
「いや、出来る出来ないなら、多分出来るとは思うけど、ドラゴンの頭を売るのは、単に邪魔だからだぞ。あんなの持っていても、自慢するも飾るところもないし、武器に使えそうな牙を取ったら使いどころがないだろ?」
もし仮に、俺が今でもヴァレンシュタイン家に世話になっている身だったなら、お土産として持って帰って役に立ててもらうかもしれないが、それが出来ない以上は売れる時に売った方がいい。
幸いにしてフランベルジュ伯爵家は平民からの評判はいいし、エリカもいるのでドラゴンの頭を悪用するようなことはしないだろう。
もしもここで売らず、この先金に困るなどして売りに出そうにも、ろくでもないことに巻き込まれる可能性が高い。それならばいっそのこと、ここで伯爵に売った方が面倒事は少なく済むはずだ。
「はぁ~……お前はそう言う奴だったよな。伯爵には、そのまま伝えるぞ。多分向こうは、ジークが何を言っているのか理解できていないし、逆に怪しんでいるだろうからな。ああ、値段に関して何か要望はあるか?」
「そう言われても、どれくらいの価値があるのか分からん。だから、おっさんの時の奴を参考にしてくれ」
「そう言われてもな……正直言って、ジークの倒したドラゴンは俺の奴よりも格上だし、状態が段違いに良すぎる。多分、あれだけの状態のドラゴンの素材は、王国どころかこの大陸でも数える程しか出てないはずだぞ。まあ、参考にするのが俺の奴しかないから、何とかやってみるがな」
そう言うとおっさんは、交渉前から疲れた顔をして伯爵の方へ向かって行った。
そして、交渉の結果、
「ジーク、伯爵は金貨三百五十枚で買い取りたいそうだ」
(三百五十……頭だけで? 貰い過ぎ……ではないみたいだな)
牙を抜いたとはいえ、頭だけでその値段なら残りはどれだけの金額になるのか分からないけれど……それだけあれば十分だろう。
「それで頼む」
「ああ、それで、これは別口で伯爵個人の頼みとのことだが、ドラゴンの歯をいくつか売って欲しいそうだ。一本につき金貨五枚までなら出すそうだが、どうする?」
「売ってもいいけど……そもそもドラゴンの牙って、簡単に抜けるのか?」
今更になって気が付いたのだが、人の歯ですら抜くのは難しいのに、ドラゴンの牙はどうなのだろうか……と思っていると、
「ドラゴンの牙は割と生え変わるからな、それに死ぬと生きている時よりも抜けやすくなるから、ジークの神具を使えば何とかなるんじゃないか?」
そうおっさんが言うので、何とかなるかもしれない……と言うか、よくよく考えれば、ドラゴンの首にダインスレイヴを突き刺した時に、一発で皮と肉を突き抜けて首の骨を断ち切っていたので、出来ないということは無いだろう。
「それじゃあ、下顎の分を売るということを伝えてくれ」
「ああ、分かった。それでだな……俺にも歯を二~三本売ってくれないか? 出来れば、伯爵と同じくらいの値段で」
と、もじもじしながらおっさんが言うので、思わず断りそうになってしまったが……その姿に目を瞑れば断る理由は無かったので了承すると、めちゃくちゃ喜びながら伯爵のところに向かって行った。
ちなみに、ドラゴンの歯は細かいのも入れると下顎だけで三十本近くあった為、流石に予算が足りなくなるからということでその中から十五本を選んで売ることになった。なお、最初は十本だけということだったが、おまけで五本つけると言うと伯爵はものすごく喜び、代わりに伯爵家のサインが入った身元の証明書を書いてくれた。これでこの国から出るまでの間、関所や国境はより通過しやすくなることだろう。
ドラゴンの売買に関する交渉は全て終わり、ほとんど俺の要望通りに進んだので大成功といえるのだが……ただ一つ問題があった。それは、
「ドラゴンの暴れた……いや、実際には瞬殺だったから現れただけど、そんなところで野営をすることになるとはな。貴重な経験どころではないな」
ドラゴンの首を完全に切り離して、牙を全て抜く作業をしなければならなかったので、今日は橋の手前で野営することになったのだった。しかも、伯爵たちと共に。まあ、流石にダインスレイヴを見せるつもりはなかったので、馬車からは離れたところで過ごしてもらうことにしたが……俺が気が付かない程遠くからドラゴンとの戦いを見ていた奴がいるので、解体はダーク・ミストを展開しながら行うことになった。そのせいでおっさんをこき使うことが出来なかったが、ダインスレイヴだと簡単に皮や肉、それに骨を切り裂くことが出来たので、思ったよりも時間はかからなかった。
なお、そのついでに首の肉を少し切り取り、薄切りにして食事に使ってみたが……ドラゴンの肉はおっさんの言う通り、かなり美味かった。それはもう、匂いだけで伯爵たちがうらやむほどに。
「野営中の警戒だけど、休憩は三人で回してくれ。この後、少しでもドラゴンの解体をしておきたいし、多分今日は眠れないだろうからな」
今日に限って言えば、一番警戒するべきはフランベルジュ伯爵の一団だが、本性が余程噂と乖離していない限りは大丈夫だろう。
そう言うつもりでおっさんたちに言うと、最初は揃って怪訝そうな顔をしたものの、すぐに納得して休憩の順番を決めていた。ちなみに、最初の見張りはチーで、次がフリック、最後がおっさんだった。
なお、チーとフリックはそれぞれの見張りの時間中におっさんと同じようにドラゴンの牙の買取り交渉をしてきたので、おっさんよりも割安で売ることにした。そのことを後で知ったおっさんだったが、流石に一度決まった金額から値引き交渉をしようとはしなかったが……三人の中で最初に牙を選ぶ役は譲らなかった。
「それでは、我々は一度戻って金を取って来る。ジークたちがこの道を通って国境を超えるのなら、その手前の街で待っていて欲しい。伯爵領ではないがよく知る子爵の街だから、フランベルジュ伯爵家の名を使えば多少の融通が利くはずだ。その街の宿屋で待っていてくれ。もちろん、その間の宿代はこちらで持つ。多分、一日二日で付くはずだ。ただ、もしも何らかの理由でその道を外れるか、先を急ぐ場合は、その街の冒険者ギルドか国境の砦で伝言を残してくれ。ジークたちの目的地まで、こちらの手の者が取りに行く」
「分かった。……なるべくその街で待つようにしよう」
おっさんの方を見ると頷いていたので、余程のことがない限りは指定された街で待つことになりそうだ。
「我々から何名か同行させなくてもよろしかったのですか? あれ程状態のいいドラゴンの頭となると、確実に金貨三百五十枚以上の価値があります。途中であの者が惜しくなって、行方をくらますということも考えられますが……」
「まあ、普通の奴が……あのバルトロと言う奴なら、それくらいのことをやるかもしれないが、ジークに限ってはそれは無いだろう。そもそもそんなことを少しでも考えるような奴なら、初めからドラゴンの頭は出してこないだろう」
もっとも、俺たちのことがよっぽど気に入らなかったとなれば、それくらいのことはやりそうだが……話に聞いていた通りの性格だとすれば、そこまで腹芸に長けた奴ではないだろう。そもそも、
「あの様子だと、欲しくなったらまた狩ればいいかくらいに思っていそうだしな」
「確かに、あんなにあっさりと倒せるのなら、それくらいのことは考えそうですが……」
部下の中には、まだ納得できないという感じの者が多いが、確かにジークのことを何も知らないとそう考えるのが普通だろう。
もっとも、俺もエリカから聞いただけではあるし、もしかするとエリカの話していたジークがドラゴンを倒したあのジークと同一人物とは限らないが……その時はその時だ。反故にされたら元から手に入るものではなかったのだと諦め、もう一頭のドラゴンの素材で満足していればいい。
「とにかく、急いで金をとりに行くぞ。俺たちは向こうが約束を守ると信じた上で動くしかないからな」
勝手に大金を動かしたのがバレれば色々と怒られそうだが、この機会を逃したとなればそれはそれでまずいだろう。
(それに、あいつがエリカの言っていたジークでなかったとしても、ドラゴンを倒せる者と繋がりを持つのは、今後のことを考えると大きな利益につながる可能性が高いからな)
ということを強調すれば、妻に対する言い訳は十分……だといいな。とにかく急ごう。妻に知られる前に金を用意して、ドラゴンの頭と牙を手に入れておこう。
「う~ん……このままでも、かなりの切れ味があるね」
「チー、嬉しいのは分かるが、見張りはちゃんとやれ……まあ、流石にドラゴン以上の魔物が現れることは無いと思うが、ドラゴン以下でも俺たち以上と言うのは他にもいるんだからな」
おっさんが注意すると、チーは慌ててドラゴンの牙を布で巻いて懐にしまい込んだ……が、
「馬鹿! そんなんでドラゴンの牙が防げるか! ただの布切れじゃ、簡単にお前の腹を切り裂くぞ!」
と、おっさんに怒鳴られていた。
まあ、チーの選んだ牙は噛みついた肉を切り裂く為のものらしく、他の牙より薄いがその分研がなくてもナイフ以上の切れ味を持っている。その上で鉄以上の固さを持っているので、おっさんの言う通り、布切れで巻いたくらいで懐に入れたままにすると、何かの拍子に転んだりすれば致命傷を負う可能性があった。
ちなみに、おっさんとフリックは厚みのある牙を選んでおり、スタッツの街に戻ってから、ゆっくりと加工するつもりらしい。
「全く……おっ! 街が見えたぞ! 多分あれが、伯爵の言っていた街だろう」
「伯爵の紹介状があるとはいえ、部屋が空いているかが問題だな」
部屋の空きがあれば、フランベルジュ伯爵かその使いが来るまで待つことになるが、もしもなければ先に進む……のは後々面倒になるから、街の近くで野営をすることになるだろう。まあ、それなりに大きい街みたいなので、教えられた以外にも宿はあるはずだ。その場合は、予定していた宿か冒険者ギルドに伝言を頼めばいい。
などと思っていたのだが……教えられた宿で伯爵の紹介状を出すと、驚くほどの速さで部屋に案内された。しかも、かなりいい部屋だったので、女性陣は大喜びしていた。
「ジークに感謝だね」
「感謝感謝! ありがとね!」
特にアリアとアリスは、高級な宿に泊まるのは初めて(おっさん以外、皆同じである)と言うことで、人一倍はしゃいでいた。
そして、街に入ってから二日後、伯爵が街にやって来た。一応、ドラゴンの警戒中に寄ったという形とのことだが、実際は今いる街の領主のような付近の貴族たちに討伐済みだと報告する為だそうだ。
情報を一般に開示しないのは、未だにマーノ国からの入国者がいる為、今情報を広めてしまうと今度は出国しようとする者たちで国境が溢れてしまう恐れがあるからだそうだ。
なので一度状況が落ち着くのを待ってから、ドラゴンが討伐されたと発表するらしい。
ついでに、バルムンク王国に入って来た怪しい奴を調べて捕まえる時間を確保する意味があるらしい。まあ、それとは別の理由に、入国料と滞在中に落とされる金が目当てというのもあるだろう。
ただ気になるのは、伯爵の頬が赤くなっていたことだ。他にも、顔に切り傷のようなものがあったので、もしかするとここに来るまでの間に、何者かと争ったのかもしれない。
「それでは、俺たちは明日この街を出発することにします。滞在費ありがとうございました」
「うむ、こちらこそ助かった。口だけで討伐されたと言っても、信じられないどころか嘘つき呼ばわりされるのが目に見えていたからな。その点、ドラゴンの頭は誰がどう見ても倒されたと分かるものだからな。それで、本当に名前は公表しなくてもいいのか?」
「必要ありません。なまじドラゴンの素材を持っているかもしれない、持っていなくても金は持っているはずだと思われると、面倒事に巻き込まれるのは目に見えていますから」
いずれバレてしまうかもしれないが、少なくともこの依頼中に知られてしまうわけにはいかない。せめて、スタッツに戻るまでは秘密にしておきたいのだ。
そう言うつもりでの発言だったのだが、
「なるほど、確かに正当な理由があっての殺しであったとしても、多すぎると問題になってしまうからな。いざという時は俺も証言しようとは思うが、他国の貴族であることを理由にどこまで信じられるか分らぬし、何よりドラゴンの素材となると狙うものは三桁は確実に超えるだろうしな」
といった具合に、伯爵の中では犯人の後始末が面倒だからということになっているようだ。まあ、確かに面倒ではあるが、流石に三桁は……と思って、近くにいたおっさんの方を見ると、確かにとでも言いそうな顔で頷いていた。
「まあ、ドラゴンの退治と頭と牙を安く売ってもらった恩があるからな。秘密にしろと言うのなら黙っているが、最低限の者には他国の冒険者がやったことだくらいの説明はするぞ」
「それくらいなら、まあ……」
本当ならそれすらも秘密にしておいて欲しいが、全て黙っていることは不可能なので、本当に最低限の情報ならということで納得することにした……が、何故か伯爵は真剣な表情で黙りこんでいた。そして、
「なあ、今少し思ったのだが……ドラゴンを退治したと表現すると、なんだかドラゴンが弱く感じないか?」
などと言う、同でもいいことを真面目な口調で聞いてきた。まあ、そう言われると俺もそう思うけど。
「とにかく、俺たちも国境線の方に用事があるから、そこまでは同行しよう」
それでは目立ち過ぎるのではないかと思ったが、この後で同じ方向に行く予定のあるものがいるのならついて来ても構わないと、冒険者ギルドや宿屋などに知らせるらしい。
普段ならそういったことはしないが、今回のように強い魔物が現れた後などは特別に行っているそうで、道の整備や土地が開かれていない昔は割と行われていたらしい。そうすることで民に恩を売り、忠誠心を育てる目的だったそうだ。まあ、分かりやすい貴族の人気取りということだな。
そう言うことなので、半日程の道のりではあるが、伯爵たちと共に移動することになった。
別に俺たちなら伯爵と移動しなくても大丈夫だとは思うが、貴族の威光は道中の細かいトラブルに対しては有効ではあるし、何よりも依頼人たちの安心感は増すだろう。
そう言うわけで次の日の朝、俺たちは伯爵たちと街を出発することになった。
俺たちの他に国境方向に行くのは十数人程で、そのほとんどが一般人とのことだ。伯爵と騎士たちが同行するのにそれだけとは少なすぎると思ったが、自前で戦力を揃えられる商人や冒険者はこちら側にあまり来なかった上に、この街にいた数組の商人と冒険者は俺たちよりも先に移動したかららしい。
「先に出発した連中は確かに正しい判断だったが、結果的に損をしたな。もしかすると、伯爵と顔見知りになれたかもしれないのにな」
移動中の馬車の中でおっさんがそう言いながら笑うと、女性たちも釣られて笑っていた。
ドラゴン騒ぎの少し前(山道が使えずに迂回が決まった頃)から女性たちは緊張することが多く、移動や野営の最中はあまり笑うことが無かったのだが、今は伯爵たちが一緒に移動しているおかげで、精神的にかなり余裕が出来たようだ。
「軍としては小規模だが、それでも貴族の名で得られる安心感は大きいみたいだな。俺たちとしては少し複雑だけどな」
などとおっさんは小声で話しかけてくるが、
「俺としてはいてもいなくてもあまり変わらないと思うけどな。まあ、楽できているのは事実だけど、何かあれば貴族は俺たちのことなんか簡単に見捨てるぞ。それも、俺たちを囮に使う形でな。それがフランベルジュ伯爵であったとしてもな」
皮肉や嫌味ではなく、貴族としてそれは当然の選択だと思っている。これが部隊長クラスが率いているのなら、死ぬまで戦うということも有り得るだろうが、当主に何かあると家の存続すら危うくなるので、本人が残ろうとしても周りの部下が無理やりにでも連れて逃げるだろう。
「貴族とはそう言うもんだろ」
そうおっさんに返すと、おっさんが反応するよりも先に、
「それ、俺がいるの分かっていて言っているよな?」
馬車の外から、伯爵が話に割り込んできたのだった。