第三話
「それにしても、山道が使えなくなるとはな……まあ、予定していた町と同じような距離に別の村があったのは不幸中の幸いと言ったところか」
あの岩場で仕入れた情報によると、目的地まで続く道にある途中の山道が大雨によるものと思われる崩落で塞がってしまい、完全に通行できない状態になっているらしく、それが原因でその山の手前にあった岩場に人が集中していたのだそうだ。
これがもし道が狭くなっているだけなら、馬車を俺のマジックボックスに入れて馬を引いて歩いて通れば予定通りの道がと変えたのだが、それも出来ない状況だという情報が手に入ったので、早めに道を変更したのだ。
そしてつい先程、道を変更して半日進んだところにあった村に到着したわけなのだが……この村にも数組の旅人たちが滞在していた。その結果、
「何とか二部屋だけ確保できたが、俺たちは馬車で寝泊まりか。まあ、食堂や風呂は使わせてもらえるから、野宿よりはよっぽど楽だわな」
村にあった唯一の宿屋に人が集まり、部屋は女性陣の分しかとることが出来なかったのだった。
もっとも、それでも俺たちはまだましな方で、後から村に来た奴らは一部屋も取ることが出来ずに村の外で野宿しているのだ。
それに比べれば、連れが宿を借りているということで馬車置き場での寝泊まりが許され、さらには料金は取られるものの、宿の食堂と風呂が使えるのはありがたいことだった。
なお、チーは護衛として双子と一緒の部屋に泊っているが……あの双子はかなり賑やかなので、今頃チーは疲れ果てているかもしれない。
「まあ、流石に小さいとはいえ村の中で襲って来る奴がいるとは考えにくいから、三交代でいいな。最初はジーク、次が俺、最後がフリックでいいよな?」
おっさんが勝手に決めたが、さり気に一番負担が大きくなりそうな真ん中に自分をいれているので、俺とフリックが文句を言うことは無かった。ただ、
「だけど、夜中に馬車から離れる時は気を付けろよ。宿にいる奴らからすれば、逆に俺たちの方が何かを起こそうとしていると勘違いされる可能性もあるからな」
などと言う、ちょっと笑えないこともおっさんは言っていたが……十分にあり得る話なので、疑われても仕方がないような行動は極力避けることにした。
それが功を奏したのかは分からないが、村の中での野営は何一つ問題なく過ごすことが出来たが……
「眠い……」
宿の部屋で寝泊まりしたはずのチーは、明らかに俺たちよりも疲れた様子で翌朝姿を見せたのだった。
もしかすると、宿の中での護衛が一人だったということで気を張っていたのかと思ったのだが、話を聞いてみるとそうではないらしく、単に同室の双子が原因だったそうだ。
双子は暇だからと、他の女性たちの部屋にチーを連れて遊びに行き、女性たちも男性陣がいないことで開放的になったらしく夜遅くまではしゃいでいたのだそうだが、それに付き合わされたチーは冒険者としての生活がなががったせいでそう言った女性らしい付き合いは苦手な方だったらしく、結果として疲れが取れなかったとのことだった。しかも、護衛であるので他の女性たちをほったらかしにして、一人だけ先に眠ることが出来なかったのも原因の一つのようだ。
そんなチーに同情しながらも、俺たちは予定通り朝食を終えてすぐに村を出発したのだが……
「はぁ! こっちの道も使えないだと⁉」
予定を変更して選んだ道も、土砂崩れによって使えないということが分かった。
頭を抱えているおっさんと、次の道を考えているチーたちには悪いが、俺はこの辺りの地理に疎いのでおっさんたちの仲間には入らず、周辺の警戒に集中することにした。
まあ、警戒とは言っても、周辺にいるのは俺たちと同じように次の進路を考えている数組の商人ばかりで、見た感じではこちらにちょっかいをかけようという様子はなかった。むしろ、
「ジーク、お前の意見も聞きたい。こっちに来てくれ」
商人の代表者たちとおっさんが相談事をするくらいには、危険度は低いようだ。
「意見と言っても、俺はこの辺りのことなんかまったく知らないぞ」
「いや、そんなことじゃない」
少し面倒くさかったが、大声で俺の名前を呼んだせいで集まっている商人たちだけでなく、周辺にいた人たちからも注目されていしまったので、軽い口調で返事をしながら向かったが……おっさんたちはかなり真剣な表情で地図を睨んでいた。
「いいか、ここが俺たちが今いるところで、その先に続いているのが使えないと分かった道だ。そして、その少し上に描かれているのが最初に使おうと思っていた道だが……」
おっさんは一度言葉を切ってから、指で二つの道を断ち切るようになぞり、
「こういった感じで、道が使えなくなっているそうだ」
と言った。
「あれだけ雨が降り続いたんだから、二つの道が同時に崖崩れなんかで使えなくなってもおかしいことではないと思うぞ。まあ、珍しいかもしれないけど」
「確かにそうだが……この二つの道以外に、他の細い道も軒並み使えなくなっているとしたらどうだ? しかも、どれも同じような感じの壊れ方で」
おっさんの話で初めて知ったが、俺たちが使おうとしていた道は二つとも馬車が余裕で通れる幅のある道だったそうで、その二つ以外にも人か馬が通れる程度の道が数本あったそうだ。そして、それらの道が全て使えなくなっていることが、おっさんたちを悩ませている問題とのことだった。
「確かにそれはおかしいな……長雨の中、同時に大規模な地震でも起こったと言うのなら、山越えの道が軒並み使えなくなると言うのもありえない話ではないけど、そんな地震なら俺たちが感じないわけがないし……そうなると人為的、もしくは人以外の何かが道を使えなくしたと考える方が自然か?」
「やっぱりそうなるか……」
おっさんが頷くと、同席していた商人たちは落胆したような顔をした。ただ、すぐにそのほとんどが俺を興味深そうな顔で見ていたので、おっさんが俺に関する何かしらの話を商人たちにしていたのかもしれない。
「俺としては、人為的というのは考えにくいと思う。それよりは、正体は不明だが、大型の魔物か魔物の群れが移動したせいで道が使えなくなった可能性の方が高いと思う。それを踏まえると、山を越えるのではなく、迂回する道を通った方が安全だ。少なくとも俺のところは、時間はかかるが山を迂回する道を選ぶ。それじゃ、俺とジークは仲間たちに知らせないといけないから、これで失礼するな」
おっさんはこれで話は終わったと言った感じで商人たちに挨拶をし、俺の背を押しながらその場から離れて行った。
「……なあジーク、仮に大型の魔物が原因で道が潰れたとした場合、その大型の魔物と言うのはどういった奴だと思う?」
そして、商人たちから十分離れたところで、おっさんは小声でそんなことを聞いてきた。
「魔物の種類に詳しいわけじゃないけど、二足歩行の魔物ではないと思う。二足歩行の魔物が山道を移動するには今の山の状態は悪すぎるだろうから、わざわざ通りにくいところを進むよりも、山を下りて移動する方が自然だ。そして、鳥のように空を飛べる魔物は論外だな。そうなると、四足歩行かヘビのように足の無い魔物だけど……牛や馬のような形ではないように思える。そもそもそれらの魔物は、山よりも草原を縄張りにすることが多いからな。あと、シカのような魔物なら、道を壊すような移動はしないだろう」
おっさんの質問に対し、俺は前を向いたまま小声で考え付いたことを答えた。
「ああ、俺もそう思う」
おっさんは俺と同じようなことを考えていたようで、俺に聞いたのは自分の考えをまとめる為だったのかもしれない。
「それで、それらのことから可能性として考えられるのはどんな魔物だ?」
そんなおっさんに対し、逆に質問してみると、
「いくつか考えられるが、ありそうなのはトカゲの魔物、大型のヘビの魔物、イノシシの魔物……だな。まあ、いずれも中型から大型の個体の群れということになるだろうが、群れであってもまだマシな方だ。最悪なのは……ドラゴンだった場合だな。山道を潰しながら移動しているということから、それなりに大きな個体だと考えられるし、それなり止まりだったとしてもドラゴンは四つ星五つ星の冒険者がパーティーを組んでも死者が出るかもしれないからな。ちなみに、俺が倒した奴はそれなりかそれを少し超える個体だったが、単独で倒せたのは奇跡に近いからな」
おっさん曰く、自分は大打撃を与える術に乏しいからドラゴンとの相性は悪いとのことだったが……それでも倒せたと自慢していると取っていいのだろうか? ……などと考えていると、
「もしそんな存在だったとして、そいつが俺たちの目の前に現れた場合、前衛はジークに任せるからな。多分、ジークじゃないと攻撃はほとんど通じない」
万が一の場合、一番危険なところを押し付けられることが決まってしまった。まあ、実際にそうなった場合は俺が前に出ないといけないだろうが、それでも被害を出さずに勝てるという保証は無いので、当たり前のことだが出来る限り遭遇を回避する方向で移動することになるだろう。
「それとだが、今後は商人たちにも気を付けろよ。あいつら、俺とジークのことを知っていたから、多分同じ方向に行くからという理由で後をついてくるぞ」
護衛を雇わない商人や旅人が、力のある者たちの後をついてくることはよくあることらしく、それ自体はグレー行為ではあるが明確な違反ではないらしい。だが、今回は少し話が違って来る。
何せ相手は、自分で護衛を雇っている商人たちなのだ。違反ではないが質の悪いグレー行為であり、道中彼らに何かあった場合、下手をすると何かしらのいちゃもんを付けてくることも考えられる。
だからこそおっさんは、先に山越えではなく迂回する進路を取ると明言したのだ。そうすれば、本当に進路が同じ方向だったとしても、彼らが後だしで進路を決めたという疑惑は残るし、何よりも遠回りするということはそれだけ金がかかるのだ。それだけでも、商人としては躊躇う理由になる。
「それと、念を入れて迂回は国境をまたぐルートを進む」
他国を抜けるとなると、国境で入国料を取られてしまうし怪しいと判断されれば取り調べを受けることもあるが、周辺国の入国料はあまり高いものではないし、今回は山道が潰れている上に魔物が絡んでいる可能性もある上、こちらの護衛対象が女性ばかりなので安全を優先させたとなれば理由は十分すぎる。
そんな俺たちに対し、商人たちはそうもいかない。何せ、積み荷を乗せている以上、それらに対しても税金はかかるし、正直に俺たちの後をついてきたと答えることは出来ないのだ。それをすれば、自分たちの安全の為に女性たちを利用したともとられかねないし、何よりも商人としての信用を損ねてしまう。
「あいつらは俺たちと違って、商人という肩書が邪魔になるからな」
などとおっさんは悪い顔をしているが、
「なあ、おっさん。俺も一応、商人の肩書を持っているんだが?」
と言うと、
「んなもん、黙っていれば問題ない。それに今回は、冒険者として護衛任務に就いているのは間違いないんだからな。聞かれたら言わないといけないが、聞かれなかったら冒険者の肩書で通せばいい。それにバレたとしても、見るからに駆け出しの年齢のジークは、そこまで厳しく追及されることは無い……はずだ」
そこは自信を持って言い切ってくれと思うが……まあ、実際にバレたとしても、聞かれなかったからで通すことは出来るみたいだし、こちら側で引っ掛かりそうなのは俺一人なので、どうあっても人数差でこちらの方が速く終わるだろう。
「最悪、俺だけ別口で入ればいいか。それじゃあ、次の行き先は隣のマーノ国だな」
山は複数の国の国境線と被っており、山の終わりは隣国の国境線の中ほどだったはずなので、当然その辺りを迂回するのだと思ったのだが……
「いや、さらに隣の『バルムンク王国』まで入ってから迂回する」
おっさんは確実に商人を巻く為に、二つ隣の王国まで行くつもりのようだ。まあ、マーノ国よりもバルムンク王国の方が山から離れているので、これまでのドラゴンと思われる魔物の移動距離を考えると、王国まで行った方が安全と言うのは分かるのだが……
「バルムンク王国か……」
俺としては、今はまだ近寄りたいと思えるところではない。
「まあ、バルムンク王国に行くとは言っても、端の端を少し通り抜けるだけだから気にするな」
「ああ……まあ、依頼人の安全が一番だな」
そう答えると、おっさんが急に笑い出したのでまだこちらの様子を窺っていたらしい商人たちの視線が集まったが、
「あっ! ジークがいじめられてる!」
俺たちの馬車に近いところだったのと、アリスが大げさに反応したおかげでチーとフリックも集まってきたので、わざわざ近寄ってまで確かめようとする商人はいなかった。
「やっぱり、あいつらもバルムンクまではついてこれないみたいだな。まあ、損するのは分かり切っているからな」
マーノ国に入ってから、着かず離れずの距離を保ってついて来ていた商人たちは、俺たちがバルムント王国に向かう道を進み始めた辺りで諦めたようだ。まあ、向こうにしてみても、ここまで何もなかったのだからこれから先は安全よりも最短で迂回して、少しでも利益が減るのを押さえた方がいいと判断したのだろう。
「まあ、今度はこちらが逆に商人たちの後をついて行って、露払いを任せるという選択肢もあるが……もしも相手がドラゴンだった場合、あいつらだと囮になるかすら怪しいし、下手すると血肉を喰らって興奮したのが襲いかかって来るということになりかねんしな」
「その場合、ドラゴンの素材は当然として、商人たちの持ち物の所有権はこちら側になるのか?」
などとおっさんが楽しそうに言うので、俺はついつい笑いながら答えてしまったのだが……何故かアリアやアリスたちから引かれてしまった。ついでに、俺たち側だと思っていたフリックとチーも、微妙そうな顔で俺を見ている。
「ジーク、お前……まあ、いいか。ジークだしな」
そしてなぜか、話題をふって来たおっさんも呆れたような顔をしている。
「何を呆れているか知らないが、おっさんも俺と同類だろうが」
「いや、一緒にするなよ……と言うか、理由が分かっていない時点で呆れられて当然だろうよ。まあ、そんなジークは置いておいて、今回は長めに……そうだな、三日くらいどこかの街で休憩するか。各々の疲労もそうだが、何よりも馬に予定の倍以上の負担をかけているからな」
俺を無視したおっさんは、この辺りで一度しっかりとした休憩をとらないと、女性陣よりも先に馬が倒れてしまうからと言って連泊することを提案すると、誰からも反対されるどころか歓迎された為、急遽女性陣によって宿泊地の見直しが行われた。その結果、
「確かにこの街はいいところだと思うけど……馬の負担は増えてなかったか?」
宿泊できそうな街が中途半端に遠かったせいで、馬の負担が増えたように思えたのだった。
まあ、その分休憩の回数を増やして、街の門が閉まる時間ギリギリに到着するように配慮はしたので、見た感じでは馬の状態はいつもとあまり変わらないように見えたが、あまり無理をさせると馬を休ませるという前提の連泊の意味がなくなってしまう気がした。
そして街を出発してから二日後、今日の野営は国境の手前か超えてからにするかという話をしている最中、
「バルトロさん! 前方に鎧姿で馬に乗った一団が居ます!」
御者をしていたチーが怪しげな集団を見つけて叫んだ。
「チー、一度馬車を停めろ! フリックは俺と外で待機! ジークは馬車の中で万が一に備えろ!」
おっさんはチーの報告を受けてすぐに指示を出し、フリックと共に武器を持って外に出た。
俺は、怯える女性たちを馬車の中央に集まらせて身を低くするように指示を出し、身を隠しながらその集団がいるという方向に目をやると、
「おっさん、あいつらはこの国の騎士のようだぞ」
「ああ、そうみたいだな。だが、正規の騎士とは限らんから、ジークはそのまま身を隠していろ。チー、念の為馬車の方向転換させて、いつでも離れることが出来るように準備だ」
騎士のような一団とはまだかなり離れているが、もしもあいつらが騎士の格好をしているだけのならず者の集団だった場合、確実に追いつかれるだろう。まあ、相手は十数人しかいないので、俺とおっさんだけでも勝てるとは思うが、護衛対象を危険にさらすわけにはいかないので、戦力を隠した上で逃げる準備をするのは当然のことだ。
そうして警戒していたのだが、向こうも俺たちに気が付いたみたいで少しの間距離が離れたままで睨み合いのような状態が続いたが、
「ジーク、向こうから数人向かってきた。万が一に備えろ」
しびれを切らしたのか向こうから接近してきた。それに対して警戒を強める俺たちだったが、
「こちらはマーノ国騎士団である」
向こうが名乗りを上げたので、おっさんが代表して一人で向かうことになった。
おっさんが向こうの騎士と何かを話している間、他の騎士たちは俺たちを警戒していたものの近づいてこようとはしなかったので、騎士と言うのは本当のことのみたいだ。
そして、話が終わったらしいおっさんがこちらに戻って来ると同時に、騎士たちも元の場所へと戻って行った。
「どうやらあの集団はこの国の騎士団で間違いないようだ。もっとも、一応騎士団の紋章を確認させてもらったものの、俺だと本物かどうかは判断付かなかったけどな。まあ、それは置いておいて……どうやらこの先で事故があったらしい。それで騎士団が調査に来たらしいが、まだ調査の途中であるから、この先に用があるならあの騎士たちが居る辺りを大きく迂回して欲しいとのことだ」
そう言うと女性たちは安堵のため息をついていたが……俺には事故の調査に騎士が十数人で来ているということが少し引っかかった。それはフリックとチーも同じようだったが、その疑問を口にする前におっさんが女性たちに気が付かれないように手招きしたので、迂回路の話し合いということでチーだけを残して馬車から少し離れた。
「ジーク、どうやら嫌な予感が当たったらっしいぞ。騎士たちが調査に来た理由は、ドラゴン絡みだかららしい」
「ド……」
「静かにしろ、フリック。聞かれたらどうする」
ドラゴンと言う言葉に、フリックが大声を出しかけたが、おっさんがすぐに口を塞いで静かにさせた。声の大きさによっては馬車まで丸聞こえになるような一なので、女性たちを混乱させないように配慮したのだろう。
「とにかく、騎士から聞いた話では、襲われたのはこの国の商人で、ドラゴンに襲われて全滅。ドラゴンは行方不明だが、この辺りから移動した。少なくとも、俺たちの進路方向とは違う方に向かったと思われる」
反対に向かったと言うのは騎士たちの推測だそうだが、残された足跡の向きからそう判断したそうだ。本当にそうであってほしい。ドラゴンの素材は惜しいが、護衛対象を危険にさらして依頼失敗と言うのは出来るだけ避けたいからな。
「だから、俺たちはこのまま予定通りバルムンク王国へと向かう。まあ、迂回しないといけないけどな」
幸いなことに、この先はほとんど草原とのことなので、迂回しても方角さえ間違えなければバルムンク王国との国境線に到着できる。ただ、
「流石にドラゴンが出たと聞いた後で、まともに夜を越せ……そうなのはジークくらいか」
「人を化物みたいに言うな」
夜は国境線を超えることが出来ず、しかも近くに村や町もなかった為、これまで通り野営を行うことになったのだが、俺が夜の警戒を担当する番だというのにフリックとチーは眠らずに……と言うより眠れないみたいで、馬車の車輪を背もたれにして座って静かにしていた。
「自分の番だというのに、うとうと眠りかけている奴が何を言うか! ……まあ、今はその余裕がありがたいけどな。ジーク、せっかくだからそのまま寝ていろ。あの二人もだが、俺もまだ眠れそうにないからな。このまま四人で起きているよりは、誰か一人でも寝ていたほうがいい。何かあれば起こすから、遠慮するな」
確かにおっさんの言う通り護衛が四人も起きていると、この後で何かあった時に対応が遅れる可能性があるので、遠慮なく眠らせてもらうことにした。とは言っても、あの二人が起きている状況で横になるのもどうかと思うので、座ったままの状態で眠ることにしたのだが……その後、俺が起こされることは無く、気が付くと日が昇る直前だった。
「おっさん……」
「すまん、ジーク……眠れなかった……そして、そろそろ限界みたいだ……」
起こさなかったおっさんに文句を言おうとしたが、おっさんは俺が声をかけると返事をしてすぐに、気を失うかのように眠りについた……まあ、途中で俺の目が覚めなかったということは何もなかったということだろうし……と言うか、俺の目が覚めたのはもしかするとおっさんの異変を感じ取ったからかもしれない。
「……フリックとチーもギリギリまで眠れなかったみたいだな」
二人は、俺たちから少し離れたところで座ったままの状態で肩を寄せ合って眠っていた。もしかすると時間になって警戒しようとしたものの途中で力尽きてしまい、そのせいでおっさんの負担が増えたのかもしれない。
「少し出発を後らせた方がいいかもしれないな。アリアたちには、夜に魔物が出たせいで三人が眠れなかったとでも言えば、多少は誤魔化せるだろう」
どの道、俺一人だと馬車を動かすのは危険なので、三人のうち誰か一人でも動けるようになるまではここで待機しなければならない。
「誰かが起きるまで、武器の手入れでもしておくか」
俺の場合、武器はほとんど手入れせずに使い潰すのだが、流石に暇だったので復習がてら手入れをやってみることにした。まあ、三日滞在した街でも新たに仕入れたので予備は十分過ぎる程にあるので、万が一失敗して使い物にならなくなったとしても、手持ちの武器から投擲用の武器に変わるだけだ……と思って練習台にしたら、
「見事に失敗したな……投擲に使えるように、先っぽだけ尖らせておくか」
案の定失敗し、投擲用の武器が一つ増えたのだった。
補足として、ジークに話題をふったバルトロ(おっさん)が呆れたのは、バルトロがドラゴンが相手だと複数の護衛を連れた商人は囮にすらならないと言ったのに対し、ジークは戦う前からすでにドラゴンを素材としか見ていないからです。
そしてそれをおかしいと思わないジークに呆れはしたものの、ジークが今代の黒だということを思い出したので、「ジークなら出来るわな」と言った感じで自己完結しました。