第二話
「アリス、広いんだからくっつかないで。酔いそう」
「え~別にいいじゃん、アリアのけち!」
「フリック、そろそろ休憩にしようや。チー、この辺りに休憩できそうな場所はあるか?」
「それなら、このまま道なりにもう少し進めば休憩できる広場がありますけど、もしかすると昨日の雨で使えないかもしれません。その場合は、さらにその先の草原まで進まないと場所がありません」
チーは、記憶と地図を頼りに休憩場所を探したが、第一候補の広場までは三十分くらいかかり、第二候補の草原までは二時間近くかかるとのことだった。
「草原の先となるとどこかあるか? 今日はもう降らないと思うが、早めに場所を確保した方がいいかもしれないからな」
「そうなると、草原のさらに先に岩場がありますけど、草原からは二時間ちょっと……道の状態次第では、もしかすると三時間以上かかるかもしれません。そこなら雨は無理ですけど、横風は大分防げるはずです」
俺としては草原のど真ん中でもいいとは思うが、この辺りは時折強い風が吹くこともあるそうなので、少しでも防ぐものがある場所の方が野営はしやすいだろう。
「予定なら、今日の夕方には次の村に就く予定だったが、半日近い遅れが出てるな。まあ、あれだけの雨が続いたから、仕方が無いか……よし、次の広場は飛ばして草原で休憩、そして岩場で野営だ。ただ、もし体調の悪い者がいたら次の広場でも少し休憩しようと思うが……大丈夫みたいだな。フリック、御者を交代しよう。休んでくれ」
「分かりました。お願いします」
フリックがおっさんと御者を交代して俺の隣にやって来たが、やはり整備されていない道での馬車の操作は神経を使うようで疲れた顔をしていた。
今回の移動では、御者は俺を除く三人でやることになっている。それに関しては申し訳ないが、流石に今回のような護衛の依頼では、御者の未経験者を練習がてらやらせることは出来ないのだ。その分、俺は三人よりも周囲の警戒を多くやることになっているし、道中の食料調達も引き受けているので、そちらでバランスをとるようにしている。
「思った通り、広場は水浸しで使えないな。下手に馬車を進ませたら、車輪がぬかるみで動かなくなりそうだな」
今のところ整備されていない道を進んでいるとは言え、通行人によって踏み固められているおかげで馬車が動かなくなるほどのぬかるみは無かったが、それでも何度か車輪が穴にはまりかけて危ないことはあった。それにこの先もここまでと同じように進めるとは限らないので、万が一の時は一度皆を下ろしてから馬車を押すか、馬も外して一度俺のマジックボックスに馬車を収納して脱出すると話し合って決めている。
なので、馬車自体が壊れない限りは何とかなりそうではあるが、それでも余計なトラブルは避けるに越したことは無い。そして、それは夜を明かす場所にも言えることだ。
何せこちらは、十一人中八人が若い女性である。しかも、全員そろって見た目がかなりいい。一応、ここまでは誰もいないところを探して野営をしてきたが、それがこの後も続くとは限らないし、中にはすれ違った際によこしまな視線を向けてくる者や、ひどい時には俺たちがそばにいるにもかかわらず強引に近づこうとする奴もいた。
もっとも、そのような強引な手段を取る輩に対しては、こちらも強引な手段で黙らせることができるし、今のところは俺たちよりも弱い相手ばかりだったので問題は起こっていないが、夜中などに数で攻められるような状況になれば完全に守り切ることは難しいかもしれない。
なので、明るいうちの休憩ならともかく、夜の野営地選びにはかなり気を配らないといけないのだ。それに、敵は俺たちと同じ旅人だけでなく、野生動物や魔物、それに盗賊と言った存在もいることだし。
おっさんの言う通り広場の状態はかなり悪かったので、そこで休憩している奴らはいなかった。この調子だと、もしかすると草原や岩場の方に人が集まっている可能性があるので、ここから先は気を引き締めないといけないだろう……というわけで、俺は草原に着くまで寝ることにした。
寝始めてすぐに双子の片割れが話しかけてきたが、気が付かなかったふりをしているともう片方に注意されて大人しくなったが……
「おっさん! 左右から魔物だ!」
「了解! ……確認した! 狼の魔物だ! チーとフリックは左、ジークは右!」
魔物の報告をしてすぐに俺たちは馬車を飛び出し、おっさんの指示に従ってそれぞれ迎撃に向かった。ただ、チーとフリックの方の魔物が四匹だったのに対し、俺の方は倍の八匹いたのは何故なのかを問い質したいが……とりあえず文句を言う前に、自分に割り当てられた分は先に倒しておかないといけない。まあ、群れると厄介な魔物ではあるが八匹程度ならそこまで脅威ではないので、近づかれる前に半分を魔法で倒し、残りは怯んだすきにシャドウ・ストリングで拘束してから首を切り落とした。
「他は……いないな。チーたちの方も終わっているし、素材はちゃんと回収しておくか」
魔法で倒した方は胴体に大きな穴が開いてしまっているので毛皮の価値がかなり下がってしまうだろうが、残りの半分は一太刀で首を落としているので損傷は最小限に抑えられただろう。
「狼か……毛皮はそこそこの値が付くけど、肉は臭みが強いんだよな……まあ、それがいいとか言う人もいるけど……おっさん、他はいないみたいだ」
「おう、ご苦労さん。取り決め通り半分は皆で分けるから、ちゃんと分けておけよ」
おっさんに狼の退治と他に魔物はいないことを報告すると、丁度チーとフリックも戻って来た。ただ、何故かチーが悔しそうな顔をしていたのが気になったが……おっさんが面白そうにニヤニヤしていたのはもっと気になった。なので、
「なあ、チー、フリック……このままだと、おっさんだけ取り分が少なくなるから、次があったらおっさん一人に押し付け……譲ってやらないか? なんか、体力が有り余ってそうだしな」
と提案すると、
「賛成!」
「そうだな」
チーが真っ先に手を上げて賛同し、フリックもそんなチーを見た後で同意した。
「いや! もし複数来たらどうすんだよ! 俺一人だと守り切れるとは限らんぞ!」
過半数の賛成で決まったというのに、おっさんはもっともらしいことを言って拒否しようとしたが……
「まあ、万が一の時は手伝うけど、スタッツ唯一の五つ星の冒険者様が、この辺りの魔物に苦戦するとは思えないから大丈夫だろ。最悪、おっさんが魔物を引き付けている間に、俺たちだけで安全圏まで避難するから、護衛対象の心配するな」
「いや、俺の心配もしろよ!」
などと叫んでいたおっさんだったが、そんなおっさんを俺たちは無視して馬車に乗り込み、
「おっさん、さっさと進ませろよ。いつまでもここに居たら、血の臭いに釣られてまた魔物が来るかもしれないだろ?」
「くそっ! ……ジーク、お前、数の多い方に向かわせたの、かなり根に持ってやがるな」
「当たり前だろうが」
そう言いながら席に座るとおっさんはようやく馬車を進ませ始めたが、
「ジーク、さっきの狼のお肉、今日の晩御飯に使っていい?」
今度は双子の片割れ……妹のアリスが、俺の方へ近寄って来た。
「好きにしろ。だけど、狼の肉は臭みがあってあまり美味しくないと聞くぞ」
「大丈夫! 私たちの地元では、結構食べられる食材だから! 臭みの消し方も知ってるし!」
アリスは自信満々に言っていたがいまいち信用できなかったので、姉のアリアに視線を送ると、
「本当に大丈夫だよ。私も食べたこともあるし、料理に使ったこともある。ただ、臭み消しに使う香辛料が少ないから、もしかすると口に合わないかもしれないけど……食べられないことは無いと思うよ。好き嫌いはあるだろうけど」
という言葉が返って来た。
妹と違い姉の方は少し自信なさげではあるが、肉の臭みを取り除く(もしくは誤魔化す)調理法があるのは確かなようなので、後で血抜きして渡すと言うと喜んでいた。これで美味しいものが出来れば、その料理法は臭みのある肉全般に応用できるかもしれないが、もし口に合わないものだったら……今日の晩の食事は寂しいものになってしまうかもしれない。
(俺だけなら我慢できるかもしれないけれど……まあ、なるようになるか)
そう思うことにし、しばらくの間馬車に揺られながらうとうとしていると、
「そろそろ草原に着くぞ。周囲に人影や危険な生き物は見当たらないが、外に出るなら気を付けろよ」
おっさんの声で起こされてしまった。正確には、おっさんが声をかけてきそうな気配を感じて目が覚めたのだが……もしかすると、俺の中ではおっさんもあの狼みたいに、知らないうちに敵のようなものと認識されているのかもしれない。
馬車から顔を出して周囲を見回すと、おっさんの言う通り人影や魔物の姿は無いが、少し離れたところに森が見えるので、あまり強い臭いや大きな音を出すと魔物や獣が出てくる可能性がある。
「おっさん、ちょっとあの森の様子を見てくる」
「おう、気を付けろよ。もしかすると何かしらの獣や魔物の縄張りになっているかもしれないから、いたら追い払っておいてくれ」
という返事があったので馬車を降りると、
「ジーク、俺も行こう。大丈夫だとは思うが、俺もこの目で確認しておきたいからな」
と言って、フリックも降りてきた。
流石に護衛が一時的にとはいえ半分になるのはどうかと思ったが、おっさんが居れば大抵の敵は対処可能だろう。少なくとも、俺とフリックが戻るまでは大丈夫なはずだ。
「やっぱりいたな……よっと!」
森の手前の茂みに生き物の気配を感じたので、そこに向かってシャドウ・ストリングを放つと、
「ぴっ!」
角の生えたウサギを絡めとることができた。
「流石だな。息を殺して隠れているウサギを見つけるなんて」
ウサギを引き寄せて血抜きをしていると、フリックが感心した様子で話しかけてきた。
「それに、魔法で瀕死状態にしてから血を抜いているし……これなら肉の品質も落ちることはないな」
そう言いながらフリックは地面に穴を掘り、その上に棒を組み始めた。そして、
「ジーク、血が抜けるまで持ちっぱなしというわけにはいかないだろ? これに吊るしておいて、後で回収すればいい」
とのことだったので、遠慮なく使わせてもらうことにした。確かに、ウサギの首にナイフを入れたのはいいが、完全に死ぬまではマジックボックスに入れることができないのでどうしようかと思っていたところだったのだ。
「悪いな」
礼を言ってウサギの後ろ脚を縛って棒に逆さ吊りにしていると、
「気にするな。どうせこの肉は、あの娘たちに食べさせるためのものだろ? 狼の肉だと、口に合わないかもしれないからな」
フリックはそう言って笑っていた。
どうやらフリックには、俺が森に行こうとしていた理由が分かっていたようだ。この感じだと、チーは分からないがおっさんも気が付いているだろう。もっとも、狼以外の肉の確保は彼女たちの為でもあるが、俺の口にも合わない可能性があるので、これは自分の為でもあるのだ。
「おっ! ジーク、あそこにもウサギがいるぞ。多分、仲間がやられたのに気が付いて、隠れるよりも逃げ出すことにしたんだな」
フリックの指差す方に、先程狩ったのと同じくらいの大きさのウサギが数匹逃げていたので、その中で後ろの方にいた二匹を捕まえて、最初の奴と同じように血抜きして吊るすことにした。
「これだけあれば、明日の分も大丈夫だな。それじゃあジーク、森の方を確認するか」
「ああ、そうだな」
思ったよりもすんなりと肉を確保することができたので、俺とフリックは当初の予定通り森の確認に向かった。すると、
「隠れているけど、何かいるな……」
「みたいだが……俺にはよく分からんな。まあ、木の上に隠れているみたいだから、普通の小動物か小さな魔物というところか」
隠れているのはそこまで強い生き物ではないみたいだが、これが魔物だった場合、俺たちをやり過ごす為ではなく隙を伺っている可能性もあるので念の為、
「フリック、少し……ウサギのところくらいまで下がってくれ。少し、脅しをかける」
「ああ、分かった」
フリックが森の外まで下がったのを確認してから、
「ふっ!」
木の上にいる生き物に向かって、『テラー』を使った。
これを使うと獲物まで逃げてしまう可能性があるのであまり使用することは無いが、ダンジョンの一件以来、格下相手へのけん制に効果的だと思ったので覚えたのだ。そして、効果は抜群だった。
「猿……いや、猿の魔物か。結構デカいな」
俺がテラーを使うと、木の上に隠れていた五匹の猿の魔物が大慌てで逃げて行った。その内の一匹は驚き過ぎて木から落ちてきたので、その姿をしっかりと確認することができた。
猿の魔物は立ち上がると一mも無いのに、腕は広げると身長の倍以上もあって、大型のテナガザルの仲間と言った感じだが……狂暴そうな顔つきで、口からは鋭くとがった牙が覗いていたので、多分肉食性の強い種類だったのだろう。
「ジーク、今のはテナガみたいだったが?」
「確かに手は長かったが、そんな名前なのか、あの猿?」
「いや、テナガは俗称だ。正式にはハイドモンキーと言って、基本的に森の奥の方に住んでいる魔物だ。俺もこんな草原の近くで見るのは初めてだが、そこまで珍しいと言う程でもない……が、少し気にはなるな」
珍しい種類ではないが、この辺りで見かけるような魔物ではないというところが、フリックは気になるようだ。
俺も、そんな話を聞けば気になってしまうが……あの猿が普段いないような場所に現れた原因を調べる暇は無いので、おっさんに報告して気を付けるくらいしかするしか出来ることは無い。
「ついでに、ここでウサギの解体をしてしまおう。向こうに戻ってから解体するのは、慣れない人間には辛いものがあるだろうからな」
チーは当然として、アリアとアリスも大丈夫だと思うが、他の女性陣は基本的に生き物の解体など見る機会は無いと思うので、血の処理なども含めてここで解体した方が無難なのは間違いない。
普通のウサギと比べると魔物である角ウサギは体が大きく、今解体しているウサギも小型犬から中型犬くらいの大きさがあるので、その分血も内臓の量も多い。確かにこれなら、いらない部位はここで埋めておいた方が、肉食の獣や魔物に対する囮になって、接近に気が付きやすくなるだろう。
「本来なら、内臓も処理すればほとんどの部位が食べられるが……今回はその暇が無いから捨てていいよな?」
「ああ、構わない。内臓は……今回は心臓と肝臓と魔石を除いて、後は全部捨てることにしよう。頭は俺のマジックボックスに放り込んでおけばいいだろ」
角ウサギは弱いとはいえ一応魔物なので、頭に生えている角をギルドに提出すれば多少ではあるものの褒賞金が出る……まあ、本当に貰える金は微々たるもので、一匹のウサギの角がパン一つに変わる程度である。
少々けち臭い気もするが、マジックボックスにはかなりの余裕があるので捨てる理由は無いし、頭部にはまだ食べられるところが残っているので、角についてはおまけのようなものだ。
ウサギの解体に関しては俺よりもフリックの方が上手く、俺が一匹解体し終える前にフリックは二匹目に取り掛かっていたので、フリックの二匹目の間に俺は心臓と肝臓の処理をすることにした。まあ、処理と言っても、心臓と胆のうを取り除いた肝臓を半分に切ってから、それらを水の入った桶に入れるくらいのものだ。これである程度は血抜き出来るだろうが、あまり効果は期待しない方がいいかもしれない。
「こっちも終わったぞ。肉はジークが保管していてくれ」
肉は大まかにしか切り分けていないが、ここまでくれば店でもよく見かける状態だし、後は料理の時に好きな大きさにするだけなので特に問題は無いだろう。
ただ、流石にそのままマジックボックスに入れるのは衛生面に問題がある気がするので、血抜きした心臓と肝臓の入っている桶に一緒にしておくことにした。
「ジーク、森で何があった?」
馬車のところへ戻る途中で、おっさんがわざわざ近づいてきて森でのことを聞いてきた。どうやら、俺がテナガを威嚇する為に放ったテラーが、俺とフリックが何者かと交戦した時のものだと思っていたらしく、チーに様子を見に行かせようとしたところで俺たちが戻って来るのが見えたので、ギリギリまで待っていたらしい。なお、何故おっさんが俺たちを待たずに近づいてきたかというと、下手に護衛対象のいるところで話を聞くと不安にさせる恐れがあったからで、俺とフリックの様子からおっさんが馬車の傍から離れても問題は無いだろうと判断したからだそうだ。
「なるほどな、あれは木の上に隠れていたテナガに向けて使った奴だったのか……ジークたちが予想よりも戻って来るのが遅かったんで、森の方を意識を向けたらわずかに殺気のようなものを感じたし、そのすぐ後で何かが暴れるような音が聞こえたからな。てっきり、魔物と戦っていたのかと思ったぞ」
実際は戦う一歩手前だったが追い払っただけなので、また近づいてくる可能性はあるのだが、複数いたとはいえテナガは森から離れていれば特に怖い魔物ではないので、おっさんとしては護衛任務の障害にはならないと判断したようだ。ちなみに、テナガは木の多いところで群れと遭遇するとなかなか面倒な魔物らしいが、草原のような場所だとゴブリンとどっこいどっこいの難易度とのことだった。
ただ、それでも細身の割に力は強いらしく、掴まれたり殴られたりすると大怪我を負うこともあるそうだ。そんな魔物が何故ゴブリンとどっこいどっこいの難易度なのかというと、テナガは木の上で生活することに特化した体をしているので、地上だと木の上のような身軽さは発揮できず、ゴブリンよりも動きが鈍くなってしまうそうだ。なので、地上においてはゴブリンと同等くらいの難易度になるらしい。
「だが、フリックの言う通り、テナガがこんなところまで来ているのは少し気になるな。この先、森の中をそばを通ることもあるから、十分注意しないといけないな。場合によっては、極力森から離れる道に変更しなければならないかもしれない」
そう言うわけで、もしかすると目的地への到着予定日が伸びる可能性が出てきた為、一度双子たちと相談することになった。まあ、それで依頼料に変化があるわけではないし、双子としても危険を避ける為に予定が伸びるのは想定内とのことなので、あっさりと了解は取れた。
なお、狼の肉で料理を始めていた双子だったが、やはり他の女性陣(チー以外)からは不安がられていたらしく、ウサギ肉は大変喜ばれた。
そして、俺たちは休憩を終えた後は予定通り岩場に向かい、チーの予測通り三時間で到着したが……
「おっさん、人が多くないか?」
「ああ……道が悪くなっているせいで、先客がいるかもしれないとは思っていたが……こんなにいるのは予想外だな」
俺も、悪路のせいで一組二組、もしかするとその倍くらいは岩場で夜を明かす者たちが居るかもしれないとは思っていたが、実際にいたのは倍の四組どころか、そのまたさらに倍以上の十組程度が野営の準備をしていた。
「こりゃぁ、場所選びが大変だな……下手な所を選ぶと、夜が危ないな。まあ、そんなことを考えている奴が居たら、場所は関係ないかもしれないけどな」
おっさんの言う通り、岩場にいる半数くらいは商人や一般の旅人という感じだが、残りは冒険者や傭兵と言った感じの者たちだった。
冒険者や傭兵みたいな奴らの中には商人や旅人の護衛もいるだろうが、全てがそうだとは限らず、またそうであったとしても、旅の途中であった見知らぬ奴を信用するなど出来るはずもない。
「ジーク、フリック、チー……今日はここで夜を明かすつもりだが、絶対に護衛対象から目を離すなよ。それと、不用意にそばを離れさせるな。どうしてもという時は、相手が嫌がっても強引について行け」
若い女性が多いということもあって、俺たちが岩場に着くと先にいた奴らの視線がすぐに集まった。その内の大半が、後から来た俺たちに対する警戒と言った感じだったが、途中から明らかに良からぬことを考えていそうな顔になった奴もいた。
「おっさん、一応聞いておくが、あいつらが良からぬことを実行しようとした時、例え殺したとしても問題は無いよな?」
「まあ、無いことは無いが……明らかに向こう側に非があると証明できる状況でないと、やった方も罰せられることがあるから気を付けろよ」
つまり、非があると証明できなければやった俺の方が悪いとされることもあるが、逆に言えばバレなければ罪にならないということだ。そしてそれは、俺の得意分野でもある。
しかも、もし馬鹿が良からぬことを実行しようとすれば、それは夜の闇に紛れてということになるだろう。つまり、犯行が起こる可能性が高いのは、俺に有利な時間帯である。
「ジーク、言い間違えた。気を付けろではなく、やり過ぎるなだった」
知らないうちに悪い顔にでもなってしまっていたのか、おっさんが呆れながら忠告してきたが……それは向こう側の出方次第と言うやつだ。
そう言った感じで、不安のある中で岩場で夜を過ごすことになったのだが……翌朝、一組の冒険者パーティーが荷物を残したまま忽然と姿を消したとして、ちょっとした騒ぎになったのだった。