第十六話
「ははっ! 黒の魔法は元々正面切っての戦い方を得意とするものではないんだ! 黒の真価は搦手にある! 特に日が落ちてからのな! 今日のところは引いてやる! だが、今後どこに居ようがお前に安息の場所は無いと思え! 例え仲間といようが飯を食っていようが、女と寝ていようがな!」
カロンは魔法で生み出した黒い霧を隠れ蓑にこの場から逃走するようで、声高々に笑いながら俺がいる方へ走って来た。
「おい、前を見ないと危ないぞ」
「へ? ……ぐぼっ!」
闘争方向に俺が先回りしているとは全く思っていなかったらしいカロンは、俺が突き出していた右手に顔面をぶつけ、鼻血を大量に噴き出して倒れた。
カロンが倒れると同時に黒い霧は晴れたのだが……カロンは魔法を使う前にいた場所から五十mも離れていないところで倒れている。つまりカロンの逃走劇は、距離にして五十m、時間にして数秒で終わったということだ。
(ダーク・ミストか……俺と相性がいい魔法だな。少し調べてみるか)
俺が影に潜る時に役立ちそうだし、何より魔法の範囲内ならどこにでも移動が出来る。これ程までに俺の移動に相性がいい魔法は見たことが無かった。
「おっと、その前に……ふっ!」
「ぎゃっ!」
俺は、半分意識を飛ばして足元に倒れているカロンの両脚の膝関節を踏み抜き、ついでに焦げていない方の腕の骨を強引に外し、これ以上逃げ出すことが出来ないようにした。本当はここで殺した方が魔法を使われる心配もなくなって楽なのだが、それをすると聖国が自分たちの都合の良いように主張するのは目に見えていたので、抵抗されない程度に痛めつけておくことにしたのだ。
膝関節を壊したところでカロンは痛みで気を失ったが、念の為猿ぐつわをして舌を噛まれないようにもした。
「お~い、ジーク! そいつはこいつらから離れたところに置いてくれ! それと、チーは大丈夫みたいだ!」
俺がカロンを引きずって運んでいると、おっさんが遠くから置き場所を指示してきた。多分、近くに置き過ぎると同時に始末される可能性があるからだろう。
おっさんの指示通り、カロンを騎士たちから離れたところに運んで転がすと、その衝撃でカロンは気が付いたみたいだが、同時に痛みが襲ってきたようでもだえ苦しんでいた。
「おっさん、フリックはどうだった?」
「チーに探させている」
まだ発見できていないようだが、生きていたとしたら返事くらいするだろうから、見つかっていないということはすでに死んでいるか、返事が出来ないくらいに弱っているということだろう。
「おい、カロン。フリックを襲ったのはどの辺りだ?」
一応カロンに聞いてみるが、カロンは答えずに俺を睨んでいるだけだった。別に痛みで答える余裕がないというわけではないようなので、答えないのはカロンの意思ということだ。なので、
「んんっ! んーーー!」
焦げている方の腕を切り飛ばした。
切り口から血が流れているので、魔法で切り離したということは無いだろう。
「カロン、勘違いするなよ。俺はお願いしているんじゃないんだ。命令しているんだよ。さっさと答えないと、次は反対の腕だ。それでも答えないようなら、足の指を一本ずつ切り落としていくぞ」
俺はそう脅してから、カロンの残っている腕を頭の方に伸ばし、剣を少しずつ押し付けていった。
「もう一度聞くが、フリックをどこで襲った? 答える気があるのなら首を縦に振れ。それ以外の動きは答える気がないとみなす……分かったか?」
カロンの表情が怒りから怯えに変わり、剣先が服を貫通し血が滲み始めたところで、カロンは何度も首を縦に振った。
「それじゃあ聞くが、フリックを襲ったのはこっちの方角か?」
カロンの後襟を引っ張って首を持ち上げて方角を指で示しながら聞くと、フリックを襲ったのはチーが向かったのとは違う場所だと言うのが分かった。続いて距離を五十m刻みで聞くと、大体百五十~二百m辺りとのことだった。
「おっさん!」
「おう! チー! 戻ってこい!」
俺の尋問を見ていたおっさんは、すぐにチーを呼び戻してフリックが襲われたという場所を伝えた。ただ、フリックが移動している可能性があるので、襲われた場所を特定できたとしてもそこにいるとは限らないし、生きているかどうかも分からないのでどうなるのかと心配していたが、
「バルトロさん、フリックがいた! 意識がないけど生きてる!」
チーがすぐに戻って来た。
「他にも、同じようにやられていた騎士を六人見つけたよ! ただ、騎士の方はすでに死んでいるのが四人、意識があるのが一人で、もう一人は意識がない。ありったけの回復薬をかけてきたから、意識のある騎士はどうにかなりそうだけど、フリックともう一人の騎士は分からない」
流石に一人では三人を運べないということで一度戻って来たそうだが、こちらも見張りで手一杯なので手助けにはいけそうにない。そう思っていると、
「ジーク、チーと見張りを交代してフリックたちを連れて来てくれ」
おっさんが、俺とチーに役割を交代するように指示を出した。確かに俺ならチーよりも腕力があるので、森の中でもフリックたちを運べるだろうが、それでも最低二往復はしないといけないだろう。
「分かった。チー、一応動けないようにはしているがこいつは悪あがきが得意みたいだから、十分に気を付けろよ。何かおかしいと思ったら、すぐに距離を取った方がいい。例えそれで逃げられたとしても、また捕まえるから大丈夫だ」
「わ、分かった。十分気を付けるよ」
チーは、俺の話を聞いて顔色が少し悪くなったようだが、忠告通りカロンからは少し距離を取っていた。
「フリック、聞こえているか? 聞こえているなら何かしらの合図を出せ」
森の中でフリックを見つけた俺は、まず意識の有無を確認してから、軽く状態を確かめた。
(血のほとんどは腹の刺し傷と背中の切り傷のものからだな。ただ、どちらも致命傷と言う程ではないみたいだな。そうなると、動けないのは毒を使われたからか……)
背中よりも腹の傷の方が深いものの、致命的なほど臓器を傷付けたとは思えないので、先に毒をどうにかした方がいいだろう。
(見た感じだと麻痺毒みたいだけど、他にも遅効性の毒を使われている可能性もあるか……効くかは分からないが、やらないよりはましなはずだ)
手持ちの中で、麻痺に効果のある薬と効果は少ないものの幅広い毒に対応している薬をフリックと生きている騎士に飲ませた。
どちらも副作用はほとんどなく、同時に使っても問題はないとされている薬なので、薬が原因で死ぬという可能性は低いだろうが、念の為おっさんには報告しないといけないだろう。
「それにしても、この状態だと一人ずつ運んだ方がよさそうだな」
出来れば比較的状態の言い二人を同時に運んで二往復で済ませたかったが、三人の様子からすると一人一人運ばないと危ないかもしれない。
そう判断して、まずはフリックを運ぼうとした時、
「また地震? しかもこっちの方が大きくないか?」
先程のよりも大きそうな地震がまた起こった。
今いるところなら崖崩れや土砂などの心配はしなくていいだろうが、倒木の可能性があるので万が一に備えてフリックを庇えるように身構えていたが、幸いなことにそんな心配は無用だった。しかし、突然おっさんたちのいる方角から何かが爆発するような音が聞こえてきた。
「ジーク、敵だ! 気を付けろ!」
そしてすぐ後で、おっさんの声が聞こえた。
急いで原因を探りに行きたかったが、敵が現れたという以上、このまま動けないフリックを置いて行くのはどうなのか? と迷っていると、
「行けと言うのか? 今の状態で襲われたら、確実に死ぬぞ?」
意識を取り戻していたフリックが、首をおっさんの方に向けて小さく動かした。
確認の為に聞くと今度は首を縦に小さく振ったので、フリックと生きている騎士を目に入った中で一番太い木の陰に運んでからおっさんのところへ戻ることにした。
運ぶのに数十秒使ったし、おまけに木の陰では気休め程度にしかならないだろうが、それが動けないフリックたちの命を守ることに繋がることもあるだろう。
「あいつは……おっさん、あれは罠の先で俺とクレアが戦ったゴーレムだ!」
おっさんとチーが睨み合っていた敵は、ダンジョンの下の空間でクレアが倒したと思っていたゴーレムだった。
「やっぱりか、そうだと思った」
俺がおっさんに伝えた下の空間にいたゴーレムの特徴として一番分かりやすいのは、ゴーレムが食べた騎士の顔が股間に出てきたと言うものだったが、目の前にいるゴーレムの股間にも、壊れてはいるものの顔と思われるものがあるのだ。その他にも大きさや雰囲気が似ているので、あの時のゴーレムと見て間違いないだろう。
「それで、こいつはどこから現れたんだ?」
「ああ、奴は俺たちが使っていた入り口の十mくらい横にあった岩を破壊して出てきた……多分、元々その岩の後ろに通路みたいなのがあったか、さっきの二回の地震で出来たものだろう」
下の方まで続く通路があったとすれば、単に見落としていたというだけで済まされるが、もしもあの地震で出来たのだとすれば、あのゴーレムはダンジョンを自分の都合の良いように作り変えることが出来る存在、もしくは作り変えられる存在の支配下にあると見ていいだろう。
「それで、ジーク……あいつは騎士を喰って強くなったということだが……すまん、一人喰われた」
話を聞くと、あのゴーレムは出てくる時に岩を破壊したそうで(その破壊音が俺が爆発と感じた音だった)、その時におっさんはとっさに回避行動に移し、ゴーレムはその隙に騎士の一人を捕食したそうだ。
二人目は喰われる前に何とか確保できたそうだが、それでも岩の破片で重傷とのことだ
最初の時と違い、ゴーレムの体に騎士の顔は浮き出ていないが、もしかすると一人目で攻撃を躊躇させることが出来なかったので、二回目は無駄なことはしていないのかもしれない。
俺が到着してから数十秒程ゴーレムは動かずに、互いに睨み合いが続いていたが……急に動き出した。しかも、二人目を捕食したからなのか、動きが速くなっている。まあ、速くなったと言ってもゴブリン並みというところだが……それでも、ゴブリン数百匹分はありそうな重量を持つゴーレムは、ゴブリン並みの速度でも規格外の破壊力を持っているだろう。
そんなゴーレムが向かう先には、
「チー、逃げろ! あいつの狙いは、お前かカロンだ!」
「えっ? あっ! ……えっ?」
チーは、突然の状況に混乱しているのか、おっさんの指示を聞いても動くことが出来ていなかった。
「くそっ!」
俺は、完全に逃げ遅れたチーに向かって走り、
「ボケっとするな! カロンを持って逃げろ!」
カロンの服を掴んで力任せに投げ、チーを担いでゴーレムの前から飛びのいた。
ゴーレムの前から飛びのいた次の瞬間に、ゴーレムの拳がチーのいたところに直撃し地面が爆ぜ、それを見たチーの顔が青くなっていたが……逆にそれで思考がはっきりしたようで、俺の言う通りにカロンを回収して森の中に逃げ込んだ。ただ、
「それでもチーを狙うのか!」
ゴーレムは森に逃げ込んだチーを追いかける方がいいと判断したようで、俺を無視して森の方へと足を向けた。しかし、
「えいっ!」
間の抜けた声と同時にゴーレムの背後から岩が飛んできて、ゴーレムの頭部に直撃した。
「やっぱり硬いですね!」
ゴーレムの頭部に直撃した岩は、俺と同じかそれ以上の重さがありそうなものだったが、それでもゴーレムにダメージを与えたとは思えない。まあ、チーから注意を逸らすことは出来たようなので、上出来というところだろう。
「これはどういうことだ?」
クレアの背後から現れた親衛隊長が、おっさんに向かって状況の説明を求めていたが……親衛隊長は両脇に騎士を二人抱えていたので、おっさんはおっさんで親衛隊長に話を聞きたそうにしていた。まあ、さらにその後ろには、女性騎士が最後の一人を背負っていたので、恐らくはその騎士が二人の騎士に襲われて、親衛隊長がその二人を倒したという感じなのだろう。
「あのゴーレム、私とジークさんを襲った奴です! 倒したと思っていたのに、生きていたんですね!」
「そのゴーレムがいきなり現れて、襲ってきたがった! すまんがその時に、あんたらのお仲間が一人犠牲になっちまったよ!」
クレアの言葉に続けて、おっさんが簡単に状況説明をした。その中で、喰われたのはカロンと共にフリックを襲った俺たちの敵だと皮肉を込めて言ったみたいだが……
「かまわん、どうせ親衛隊の面汚しだろう。死んでも問題ない」
親衛隊長の方も大体の状況を察したようで、すでに自分たちとは関係のない存在だと切り捨てた。まあ、残りの一人とカロンは犯行理由を吐かせないといけないので、一人くらいならばと意味も込められているのかもしれない。
「それで、ジーク。一つ聞きたいが、俺とお前、それに聖女に親衛隊長の四人で戦った場合、勝率はどれくらいだ?」
「まあ、ほぼ十割じゃないか? もっとも、二人目を喰ってどれくらい強くなったかによるだろうけどな」
この四人であれば、まず間違いなく負けるということは無いだろう。それを聞いたおっさんは、
「それじゃあ、こっちと向こうで手柄の取り合いになるのかねぇ?」
実に冒険者らしい考えをしながら笑っていた。だが、
「いや、手柄は俺一人がもらう。おっさんには悪いけど、ちょっと気が立っているから、あいつは譲ってもらうぞ?」
森に運び込まれたカロンが見ているみたいなので、ちょっと現実を見せてやることにした。
正直、ここまで隠してきた力を大っぴらに見せるのはもったいない気もするが、親衛隊の中にも俺のことを下に見ている奴らがいるので、見せるなら今が一番効果が高いはずだ。
「ん~……まあ、ジークがやりたいなら別にかまわないが……少しくらい分け前は寄越せよ?」
「ああ、いいよ……親衛隊に告ぐ! こいつは先に遭遇した俺の獲物だ! 手出しは無用!」
そう大声で伝えると、
「は? 何を言っている! ここは確実に……」
「いいですよ~! 頑張ってくださいね~!」
親衛隊長は拒否しようとしたが、言い切る前にクレアが了解した。
一応、向こうのトップであるクレアが納得したので、俺が負けない限りは親衛隊長が割り込んでくることは無いだろう。
「よしっ!」
ゴーレムも四人の中では俺を一番低く評価しているのか、俺が単独で接近してきたのを見て他の三人の行動を確認するような動きをしていたが、動く気配がないのを理解したのか俺を正面から見据えて腕を振り上げた。
(実に人間……いや、生き物みたいな動きだな。流石に騎士を二人も喰っただけのことはあるということか?)
もしかしたら二人以上喰っているかもしれないが、騎士一人目よりも二人目を喰った後の方が動きが良くなっているのは間違いない。もっとも、
「それで俺に通用するかは別の話だけど……なっ!」
俺はゴーレムの攻撃を急停止で回避し、目の前で地面にめり込んだ腕を駆け上がって頭部に剣を思いっきり叩きつけた……が、
「やっぱり、これじゃ話にならないか」
俺が持ってきた中でも一番頑丈で重量がある剣だったが、ゴーレムの頭頂部を小さく欠けさせただけで終わった。しかも、ゴーレムへのダメージに対して、こちらの剣はそれ以上に欠けている。
「手持ちの武器じゃ、これが限界かもな……それなら、『ファイア』」
剣が通用しなかったのを見た親衛隊長が一瞬動きそうになったが、俺がすぐに攻撃方法を変えたのを見て思いとどまっていた。
今使っている『ファイア』は火魔法の基本的なもので、至近距離に火を放つ魔法だ。某格ゲーキャラが口から噴き出す技に似ているかもしれない。まあ、初歩的な魔法だけあって、基本的に威力は低めであるが、基本的な魔法だけあって使い手によっては威力や火を放つ継続時間が変わってくる。今俺が火炎放射器を真似て使用しているように。
「流石に俺じゃ溶かすまではいかないか……だけど」
火を浴びせられ続けてもゴーレムは俺を排除しようと腕を振るっているので、これだけで倒そうとすればまだまだ時間がかかりそうだが、火に対して完全な耐性を持っていないみたいなので、表面の色が徐々に変化してきた。そのタイミングで、
「『ウォーターボール』」
ゴーレムが隠れるくらいの大きさの水の塊をぶつけた。この魔法も水の基本的な魔法で、『ファイア』同様に使い手次第で威力などが変化する。
かなりの大きさなので打撃力もその分強いが、それでもゴーレムを吹き飛ばす程のものではない。しかし、『ウォーターボール』がゴーレムに当たった瞬間、爆発したかのような大きな音が周囲に響き、同時に大量の水蒸気が辺りを覆い視界を遮った。
そして、水蒸気がおさまるとその中心部には、
「まだ形が残っているのか……なかなかしぶといな」
まだ動けているのが奇跡ではないかと思えるくらい、ボロボロになったゴーレムがいた。
そんなゴーレムの胴体の中央には、金属のような塊が露出していた。