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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第二章
37/117

第十四話

「この道はかなり登りやすいですね」


 クレアを回収後、改めて横穴を進んでいるが、この横穴は入り口こそ少し狭かったものの、その後は並んで歩けるくらいの広さの道が続いていた。しかも、基本的に緩やかな坂道が続き、たまに腰の高さの段差がある程度なので、あの崖に比べれば楽過ぎると言ってもいいくらいだった。


「でも、ちょっと寒いですね……ジークさん、何か暖かい飲み物無いですか?」


「無いな。湯を沸かす時間も惜しいから、少し我慢していろ」


 横穴に入って気になったのが、クレアも言っているこの『寒さ』だ。

 デカいゴーレムと戦っていた時は気が付かなかったのだが、今いる場所がかなり深いところにあるせいで、上の方から冷やされた空気が降りてきているようだ。まあ、寒いことは寒いが、俺は我慢できないと言う程ではないし、上に行くにつれてマシになっていくだろうから、こんなところで足を止めるよりは、少しでも速くおっさんたちとの合流を目指した方がいいだろう。あのデカいゴーレムのような敵が他にいないとは限らないしな。


 その後も、クレアの愚痴を聞き流しつつ、体感でニ~三kmは歩いたかというところで、ようやく()()()()()にたどり着いた。


「……ジークさん、行き止まりですよ?」


 ここまで歩かせておいて、どういうことなんだ? とでも言いたげなクレアを無視し、その行き止まりの周辺を調べてみると、


「やっぱり、この上に何らかの空間があるみたいだな」


 それが通路なのか部屋なのかは分からないが、明らかに行き止まりの天井部分は他と比べて滑らかになっているし、その付近から冷気が降りてきているのを感じた。多分あの場所が、俺たちがはまった罠のように開くのだろう。

 ただ、こちらから開けようにも、天井は押しても引いてもびくともしないし、試しに土属性の魔法で穴をあけることができないかやっても見たが、その場所だけ魔法が効かなかった。多分、あの罠のある場所だけ、何らかの細工がなされているのだろう。

 それなら、クレアの馬鹿力で破壊できるのではないかと思いやらせようとしたが、クレアだと天井まで登る手段がないし、馬鹿力を発揮できるほど踏ん張れる場所もない。ここはいよいよダインスレイヴの出番かと思ったその時、

 

「「あっ!」」


 いきなり天井が開いた。

 そして、目の前にゴブリンが一匹落ちてきた。


 想定外の出来事に驚き、反射的に剣を取り出してゴブリンの首を切り飛ばしたが……


「ヤバい、閉まる! くそっ!」


 天井から罠が元に戻る音が聞こえてきたので、とっさにゴブリンの胴体を上に投げた。

 胴体が挟まって隙間が出来ればと思ってやったことだった。だが、その思いもむなしく、投げた胴体は挟まることなく罠が閉まる前に上の空間へと通り過ぎてしまった。

 やらかした! ……と思ったその時、


「また空いた!? 今度こそ!」


 何故かもう一度天井が開いてゴブリンの胴体が落ちてきたので、今度こそ閉まる前に飛び上がり脱出し、クレアに向かってシャドウ・ストリングを放ち、


「クレア! 思いっきり飛び上がれ!」


「はいっ!」


 ジャンプに合わせ、絡ませたシャドウ・ストリングを思いっきり引っ張った。


「届きま……した……」


 クレアの勢いはよかったものの、少し届かないといった感じだったが、俺がクレアの伸ばした手を掴んでもう一度引っ張ったので、何とか上まで来ることができた。


「今度こそ閉まったみたいだな」


 クレアの腕を掴んだまま数m下がると、今度こそ罠は開かなくなった。


「ギリギリでしたね……でも、何で一度閉まったはずの罠が開いたんでしょうか?」


「多分、俺がゴブリンの胴体を上に投げたせいで、罠が落としたはずの獲物が戻って来たと誤認して、もう一度開いたんだと思う。もしあれが完全に閉まった後だったらどうなっていたかは分からないが、閉まり切る前だったから開きやすくなっていたのかもしれない」


 とにかく、あれも罠の一つだったとすれば、それを通り抜けたということはあのデカいゴーレムがいた空間から脱出したと思っていいはずだ。後は上を目指して進めば、地上に出ることができるだろう。


「クレア、もし何か見つけたとしても、あの時みたいに勝手なことはするなよ。もしも罠にまたはまったとしても、助けないからな」


「えぇ~……ジークさん、冷たくないですか?」


 ぶつくさと文句を言うクレアを無視し、俺たちは上に続いていると思われる道を歩き続けた。

 途中、何度か分かれ道があったものの、その大半は下り坂になっていたのでそれらの道は選ばず、迷った時は勘に頼って進んだ。その結果、


「ジークさん、またゴブリンの群れです」


「これで五度目か? くじ運が無いな」


「……呪われているんじゃないですか? お祈りしておきましょうか?」


「いらん。お前に祈られると、もっと悪くなりそうだ」


 俺は勘は全く機能せず、俺たちはまたしてもゴブリンの巣となっている場所へとたどり着いた。クレアではないが、本当に呪われているのではないかと思えるくらいの外しようだ。


「まあ、ゴブリンなら例え百匹現れようが大した脅威じゃないんだけどな」


 このダンジョンのゴブリンは、個体差なのかそう言った血筋なのかは分からないが、外で見かけるのと比べて少し小さいのだ。その分力も弱く動きも遅いので俺とクレアの敵ではなく、おまけに偶然ではある者の俺たちが攻め込んだ形になっているので、ゴブリンは一方向からしか攻めることが出来ないでいた。


「ジークさん、今回も耳を切り取らなくていいんですね」


「ああ、数がいるからゴブリンでもそれなりの金額になるだろうが、下手に踏み込んで罠があったらたまったもんじゃないし、切り取っていたらその分だけおっさんたちとの合流が遅れるからな。目先の金よりも、安全第一だ」


 本音を言えば、五十以上のゴブリンを倒しているので()()()()()()()を捨てていくのはもったいないと思っているが……それを回収している間に、クレアが何かやらかしそうで怖いので、安全策として捨てていくしかないのだ。


 そんなこんなで先を進み、ゴブリンの巣に入り込んだら殲滅し、引き返しては別の道を進み、また入り込んだら殲滅……を繰り返したところ、


「前から何か来る! 速いぞ、気を付けろ!」


 向こうも俺に気が付いたのか、速度がさらに上がった。そして、


「ぐっ! 持たな……おっさん!?」

「ジークか!」


 曲がり角から急に現れ、俺に向けて剣を振るってきたのはおっさんだった。

 初撃は防いだものの、もしあのまま互いに気が付くのが一秒でも遅れていたら、俺の剣は真っ二つになっていただろう……


「へいやっ!」

「ダインスレイヴ!」


 とか思っていたら、おっさんの動きが止まったところに、クレアの一撃が襲い掛かっていた。

 おっさんも回避行動に移ろうとはしていたが、俺に驚いて動きが鈍ってしまっていたので、あのままだったら直撃していただろうが、俺がとっさにダインスレイヴでクレアの武器を突き刺して軌道を逸らしたおかげで大事にはならなかった。


「クレア、待て! おっさんだ!」


 おっさんは、クレアが地面を叩いて作った穴を見て顔を青くしていて、クレアはおっさんと気付かずに攻撃したことで気まずそうにしていた。そこに、


「クレア様!」


 親衛隊長が遅れてやってきた。

 親衛隊長は剣を抜き身の状態で駆け寄ってきていたが、クレアの姿を見るとすぐに鞘に納めていた。多分、おっさんが急に走り出したからか、もしくはクレアが地面を叩いた音を聞いて、いつでも攻撃態勢に移れるようにしていたのだろう。


「ご無事なようで安心しました。ところで……バジカはどこに?」


「バジカ?」


 親衛隊長はクレアを見て安心したような表情をすると、すぐに引き締めて質問をしていたが……クレアは首をかしげながら俺の方を見た。

 それに釣られて親衛隊長も俺の方を見たが……俺にも何のことだか分からなかった。


「クレア様と一緒に落ちたと聞いたのですが?」


「ああ、はいはい、確かそんな名前でしたね! 彼はえ~っと……食べられちゃいました。下にいた大きなゴーレムに」


 一緒に落ちたと聞いて、俺もクレアもようやくそれがあの馬鹿の名前だったということに気が付いた。


「どういうことですか?」


 と親衛隊長はクレアに聞いていたが、視線は俺の方に向いていた。多分、クレアではあまり正確な話が聞けないのではないかと思ったのだろう。

 だが、俺はそんな親衛隊長の視線を一旦無視し、クレアと親衛隊長の様子を見ていたおっさんに報告という形でその場から少し離れた場所に移動した。



「つまり、ジークが落ちた先にデカいゴーレムが待ち受けていて、そいつに襲われたが何とか撃破した。その戦闘の最中に、バジカとか言う馬鹿が暴走した挙句、不用意に近づいてあっさりと喰われてしまった……と……」


「さらに言うと、馬鹿を喰ったゴーレムは、それまでとは動き方に変化が表れて、より人間に近い歩き方をしていた。おまけに、股間には馬鹿の顔が浮き出ていたな。クレアに思いっきりぶっ叩かれていたけどな」


「そんなゴーレムがいるなんて、これまで聞いたことが無いな……まあ、新種か突然変異というところだろうな。報告すれば、いくらかの報酬が出るかもしれないが……今回の依頼の内容からすると、金銭くらいだろうな」


 本来なら、新種や変異種を発見すれば金銭以外にも、発見者として名前が記録に残るが、その為にはどこで発見したかなどの記録も残さなければならないので、名前が残ることは無いだろうとおっさんは言った。

 まあ、俺としても名など残さなくてもいいので、別で金が貰えるかもしれないといった程度で構わないのだが……親衛隊の方がどういった報告をするのか分からないので、そのことについても話し合わなければならないだろうとギルド長と打ち合わせをしなければならないそうだ。


「それで、ジーク……ダンジョン核はあったのか?」

「いや、かなり下の方まで落ちたけど、そう言った気配は感じられなかった。まあ、上に戻ることを優先したから気が付かなかっただけどいうことも有り得るが……」


 そもそも、俺自身ダンジョン核と言うものを見たことがないので、気配を感じ取れというのは無理がある気もするが、ダンジョン核があるとすればあのデカいゴーレムが居たところが一番怪しいのは間違いない。


「まあ、まだ一回目だし、予想外のことが起こった以上、合流を優先させるのは当然のことだな。かなり無理をしたが、ここまでの道のりが分かっただけでもよしとするか」


 おっさんは俺の背中を叩きながらそんなことを言っているが……これは、俺に向けて言っているというよりは、親衛隊長とクレアにわざと聞かせる意味合いの方が強いように思える。


「とにかく、無事に合流出来たんだから、一度外に出た方がいいだろうな。ジーク、ここからお前たちが落ちた場所までの道は分かっているな?」


「ああ、分かれ道に出るたびに、印を付けていたからな。行く時は壁に丸が刻まれている道を進んで、戻る時は三角か四角、もしくは星形の印の中で、バツで消されていない方を進めば、少なくともここまで戻って来れるはずだ」


 もしかするとゴブリンに消されているかもしれないが、奥にいたゴブリンの大半は倒したはずなので、ゴブリンたちにそんなことをする余裕は無いはずだ。今頃は逃げる機会を窺っているか、生き延びたゴブリン同士で勢力の拡大の為に殺し合いをしているかだろう。


「それだけやれてれば上出来だ。大抵の奴はあんな状況に陥ったら、脱出することに集中しすぎてそんな基本的なことを忘れてしまうからな。覚えているから大丈夫とか言っている連中にも見習わせたいくらいだ」


 ここでも俺の実力を低く見せる為に、おっさんは親衛隊長とクレアにも聞こえるくらいの声で言っているが……親衛隊長は最初から俺のことも警戒しているようだし、クレアに至っては俺が戦うところを実際に見せてしまっているので、おっさんが言っていることをそのまま信じてはいないと思う。


「一応、チーには遅れたら上に向かうように言っておいたが、もしかすると戻るよりは進む方が安全と判断しているかもしれないから、ジークも途中ですれ違わないか気を付けておいてくれ」


 どこではぐれたかは不明だが、親衛隊が信用できるとは言えない状況なのでチーがこちらに向かってきていてもおかしくはないということだろう。むしろ、同じ状況だったら俺でもそう考えて、親衛隊とはぐれたふりをして、どこか適当な場所でおっさんが戻って来るまで身を隠しているかもしれない。


「隠れていた場合、もしかすると俺のように罠にかかっているかもしれないぞ?」


「まあ、その可能性はあるが、あいつは警戒心が強い方だからな。ジークが落ちたのは知っているから、そう簡単に罠にはかからないだろう……多分」 


 おっさんは、言っている途中で自信がなくなったらしく、最後の方は声が小さくなっていた。


「とにかく、上に戻るぞ。そのデカいゴーレムとかいうのが居た場所は、二回目以降に調べればいい」


 そう言っておっさんは、親衛隊長の同意も得ずに歩き出した。まあ、こうなったのは親衛隊の騎士のせいだから、親衛隊長に決定権は無いと考えているのだろう。それに、この先は降りることはどうにかできたとしても、戻るのは俺が居なければ難しいと思うので、この場において親衛隊長はおっさんに従わないという選択肢はない。

 それに関しては親衛隊長も分かっているようで、何も言わずに俺とおっさんの後についてきたが……クレアは喉が渇いただの腹が減っただのと愚痴をこぼしまくっていた。


「なあ、ジーク。何か喰わせた方がいいんじゃないか?」

「そう思うなら、おっさんの分をやればいいんじゃないか?」

「まあ、そうかもしれないが……俺も自分の分でギリギリだからな」

「俺も同じようなもんだ」


 おっさんはクレアに同情したのかそんなことを言っていたが、自前のバッグの容量の関係上、食料は何かあった時の為の非常食しか持ってきていないそうで、分け与えることは難しいようだ。

 俺の方はおっさんにああ言ったものの、実際には俺一人ならニ~三週間、節約すれば一か月は持つくらいの食料を常に隠し持っている。だが、それは何かあった時の為のもの……万が一の場合、離れた街や国に逃走する時用の食料という意味もあるので、ダンジョン探索の初回から無駄遣いはしたくないのだ。

 一応、おっさんたちの食料も預かってはいるものの、それはあくまでも依頼を受けたスタッツの冒険者用の食料なので、非常事態でもない時に今回の騒動の元凶である親衛隊の一員に分け与えていいものではない。

 そう言うとおっさんは納得して何も言わなくなったが、やはり気にはなるようだ。まあ、クレアは見た目だけなら普通の女の子と言った感じだから、一時的にとは言え行方不明になった状況も合わせて気になるのかもしれない。

 そんなクレアは、親衛隊長が持っていた非常食を食べてはいたものの、満足できるものではなかったようで、親衛隊長が紅茶用にと用意していた氷砂糖のようなものをなめていた。



「もう少し戻ったところで、チーの気配を感じなくなったんだが……隠れているとすれば、この辺りかもしれないな」


 そうおっさんが言った時、少し離れたところで何かが動く気配がした。

 その気配に気が付いた瞬間、クレア以外が一斉に武器を構えたが、


「バルトロさんとジークか? 私だ、チーだ」


 と気配のした岩の陰から、チーが現れた。


「無事だったか。それで、この辺りにいるのはチーだけか? 他の親衛隊の奴らは一緒じゃなかったのか?」


「流石に男で信用皆無、しかも敵かもしれない奴らと味方のいない状況で一緒にいるのは勘弁したいから、見方が見えなくなるまで引き離してから隠れていたわ。あいつら、この辺りまでは来ていたけど、隠れている私に気が付くことなく引き返していったわね」


 親衛隊としても、こんなところにチーが隠れてやり過ごすとは思っていなかったのだろう。少し調べれば簡単に見つけることができたはずだ。

 そんなチーの話を聞いて、親衛隊長は複雑そうな顔をしていたが、こんなところで女一人に男数人という状況だったのだから、チーの行動は当然と言えば当然だろう。何せ、あんな罠があった以上、チーに暴行を加えた後で口封じをし、どこか隅の方に埋めてしまえば犯行を隠すことも可能なのだ。


「それで、ジークも無事みたいだし、一度上まで引き返すの?」

「そうだ。ジークが罠に()()()()()()のは想定外だったが、そのおかげでかなり深いところまで行ける道筋が分かったからな。ここは無理をせずに一度戻って、態勢を整えた方がいいだろう」


 そう言うとおっさんは俺とチーに最後尾で警戒するように指示を出し、上に向かって歩き出した。

 俺とチーが指示通りに親衛隊長とクレアの後ろに向かうと、すれ違う時にクレアは何故かにこにこと笑っていたが、親衛隊長は逆に苦い顔をしていた。まあ、必ずしも友好的とは言えない勢力に後ろを取られるのだし、普通なら少数の時にそうなるのは避けたいところだが、元々この配置は親衛隊側が提案という形で半ば強引に認めさせたのだから、不利な状況だからと言って今更反対することは出来ないのだろう。もしもしてしまったら、わざと俺たちの戦力を裂かせて不利な状況にし、何か良からぬことを企んでいたのだと記録されてしまうのは避けたいのだろう。


「なあ、チー。ここから俺が罠に巻き込まれたところまではどれくらいかかりそうだ?」

「ん? ああ、そうだね……あの場所からこの辺りまで、私が一時間くらいはかかったはずだから、大体ニ~三時間くらいじゃないか? なるべく速く走ったつもりだったけど、暗かったせいで走ったつもりでも、実際は速足程度だったかもしれないからね。それに、途中で道に迷いそうになって足を止めたりもしたから、案外そこまで距離は無いかもしれないよ。正直、あんな速度で走り抜けたバルトロさん……と親衛隊長は、正気だったとは思えないよ」


 などと言っていた。

 確かに、こんな暗い洞窟の中を走り抜けるのは正気の沙汰ではないだろう。

 もし仮に魔物の群れとは知らずに突っ込んでしまったとしても、おっさんと親衛隊長なら問題なく切り抜けそうではあるが、それ以上に洞窟内で転んだり壁にぶつかったりしてしまう方が危険なはずだ。

 流石にそうさせたことに対しては負い目を感じてしまうものの……普段のおっさんの態度や、元々こんなことに巻き込んだのはおっさんの身内なので、それで相殺ということにしておこう。まあ、多少は感謝のしるしとして、今回の依頼の間、食事くらいは差を付けないようにしたいと思う。


 そうして歩くこと約二時間、俺たちは罠があったところまで戻ることができた。

 ただ、残ったり引き返したはずの親衛隊は見当たらないので、もっと上の方まで移動しているのだろう。念の為罠のあった部屋も覗いてみたが、流石に中で休憩などしていなかったので、親衛隊長は安堵した様子だった。


「まあ、流石の親衛隊も、そこまで馬鹿ではなかったということだね。これくらいの規模のダンジョンなら、下手に部屋のようになっている場所よりも、通路のど真ん中を陣取って休憩した方が、何かと対処がしやすいだろうからね」


 などと、チーは親衛隊を馬鹿にしたような発言をわざと聞こえるような声で言っていたが……俺たちからすれば、ダンジョンに来るまでとダンジョンに潜ってからの親衛隊の行動はそう判断されてもおかしくないものだったので、普通に納得して同意した。

 しかし、流石に親衛隊を束ねる立場の親衛隊長からすれば納得しにくい評価だったようだが、言われても仕方がないと思っているのか、またも苦い顔をしただけで黙っていた。そしてクレアはというと……特に何も感じなかったのか、眠たそうにあくびをしていただけだった。


「ふむ……この先、特に脅威になるようなのがあるとは思えないが、ここで一度休憩を挟むか? ここからなら、三時間もあれば外に出られるはずだし、この先は少し坂道が続くからな。坂の途中でや登り切ってすぐのところで休憩するよりは、この場所の方が適しているとは思うのだが」


 そうおっさんが提案すると、


「いや、なるべく早く皆と合流して、クレア様の無事を知らせたい」


 親衛隊長がそう言って、ダメならクレアと二人で進むというようなことを言いだしたので、俺たちは仕方なく先へ進むことにした。

 親衛隊長としては、三対二の不利な状況から早く抜け出したいのだろうが、眠たそうにしているクレアや全員の疲労を考えたら、あそこで休憩するのが一番いい選択だったはずだ。


(もしかすると、慣れない環境や疲れで、判断力が鈍っているのかもしれないな)


 そんなことを考えた俺だったが、同時に逆の立場で同じ状況になったとしたら、俺でも同じ選択をするかもしれないので、絶対にありえないという判断ではないようにも思えた。

 なので、反対意見は出さなかったのだが、おっさんも反対しなかったところを見ると、多分同じようなことを考えたのかもしれない。


 そうして一時間ちょっと……坂道を越えて少し歩いたところで、通路のど真ん中で座り込んでいる親衛隊の連中を発見することができた。

 ただ、あれはチーが言ったように何かあった時に対処しやすいようにど通路のど真ん中を陣取っているというよりは、疲労から何も考えずにその場に座り込んで休憩しているといった感じだった。

 しかも、五十m近くまで接近している俺たちに気が付いている様子が無いことから、最低限の警戒もしていないのかもしれない。


「これ、もし俺たちが魔物だったら、あいつら簡単に全滅するんじゃないか?」


「かもしれないね」


「でも、まあ念の為」


 そう言って俺は、足元に落ちていた石を拾うと、振り返ったおっさんと親衛隊長が何か言う前に、座り込んでいる親衛隊の近くに投げつけた。すると、


「敵! 敵だ!」

「どこからだ? どこから来ている!?」

「早く武器を構えろ!」


 などと、石一つで大混乱となっていた。


「ちゃんと、生きているみたいだな。もしあれがゾンビの類だったら、何も言わずに向かってきているはずだからな」


「そうみたいだが、いきなり石を投げるのは止めろよ。可哀そうだろ?」


「わざわざ俺が、大丈夫ですか~……とか声をかける義理は無い。それに、もし仮に俺やチーがあいつらと同じことをしていたら、おっさんも同じことをしたはずだろ?」

「そうだね。それに、もし私ならジークが同じことをしていたら、近くとは言わずに当てるつもりで石を投げるよ。そっちの方がいい勉強になるだろうからね」

「痛い目に合わないと身に付かないと言う奴は多いからな」


 あくまでも悪いのは親衛隊の連中で、俺のやったことは優しい部類に入るやり方だと言うと、それが効いたのか親衛隊長は何も言わなかった。まあ、混乱している親衛隊の連中を見て頭が痛そうにしていた。

 もしかすると文句の一つも言わなかったのは、騎士だろうと傭兵だろうと冒険者だろうと、集団行動中に同じことをすれば、殴られても文句は言えないと理解しているからかもしれない。

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