第十三話
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「うるさいな……だけど」
馬鹿が騒いだおかげで、デカいゴーレムの注意は俺から逸れた。しかも何を思ったのか、デカいゴーレムは馬鹿の方へと移動を始めたのだ。何の意味があっての行動なのか分からないが、案外あの馬鹿の騒ぎ声がゴーレムの癇に障ったから排除しに行くのかもしれない。
何はともあれ、ゴーレムが背を向けているのは俺とクレアにとってはかなりのチャンスだ。
「シャドウ・ストリング!」
俺はデカいゴーレムの脚……の近くにいた小さなゴーレムを引っかけて、デカいゴーレムの足元に転がした。
小さなゴーレムとは言え、その体は岩で出来ているのでかなりの重さがあったが、クレアほどでないにしろそれなりに力はある方だし、何より不意打ちで視覚外から仕掛けたので割と簡単に引き倒すことができ、転がったゴーレムは上手いことデカいゴーレムに踏まれてバランスを崩させたのだった。そこに、
「クレア!」
「はいは~い!」
俺の合図を待っていたクレアの一撃が、ゴーレムの頭部に直撃した。しかし、
「やっぱり硬いです! 退避!」
ゴーレムの頭部は脚よりも硬かったらしく、クレアは顔をしかめながらゴーレムの傍から離れていった。
(ダインスレイヴの銃形態の方なら、もしかすると効果があるかもしれないが……こんなところで使えば、生き埋めになる可能性があるな)
クレアのあの攻撃を脚と頭部に受けても、デカいゴーレムは何事もなかったかのように動いているので、物理的な攻撃に強いタイプの魔物なのかもしれない。
だからこそ、銃形態のダインスレイヴなら効果があるかもしれないと思ったのだが……あのゴーレムを倒すにはどれだけの威力が必要か分からないし、下手をするとデカいゴーレムを倒すのに必要な最低限の威力で、洞窟が崩壊してしまうことも有り得る。
それなら、今のところはクレアの攻撃で少しずつだが削れているので、このまま続けてみるのがいいだろう。まあ、最悪の場合は銃形態を使うし、もしそれでこの空間が崩壊しそうになったとしても、俺一人なら逃げられないことも無いだろう。
そんなことを考えながら、次の攻撃を仕掛ける隙を伺っていると、
「あの馬鹿、何考えているんだ?」
何故かデカいゴーレムに怯えて腰を抜かしかけていた馬鹿が、急に剣を抜いて走り出した。これがデカいゴーレムから離れていくのなら分かるが、馬鹿は真っすぐに正面から近づいているのだ。
もしかすると、クレアの攻撃で体の欠けたのを見てゴーレムを侮り、このままでは手柄を立てることができないと考えたのかもしれない。それか一撃でも攻撃を当てて、クレアが倒した後で倒せたのは自分のおかげだったと主張する気かもしれない。しかし、
「あっ!」
馬鹿は正面から向かって行った結果、デカいゴーレムに捕まり、
「ひぇっ!」
デカいゴーレムに喰われてしまった。
「あいつ……胴体に口があるのか? いや、そもそもあれは、本当に口なのか?」
鉱石で出来たゴーレムが、生き物と同じような方法で栄養を摂取するとは思えないので、あの馬鹿を取り込んだのは別の意味があるのかもしれないが……そんなのは、あいつを倒した後でゆっくりと考えればいいことだ。
「ふっ!」
あの胴体の口? からならば、ダインスレイヴを突き刺すことができればもしかすると効率的に魔力を吸うことができるのではないかと思い、背後から近づいて先程と同じように仕掛けると見せかけてから、脇をすり抜けて正面の口が出現した辺りを狙ったのだが、
「なっ!?」
それまでよりも速い動きで、デカいゴーレムはダインスレイヴを腕で受け止めた。しかもそれだけでなく、反対の腕で攻撃の為に動き出していたクレアをけん制までしたのだ。明らかにこれまでのゴーレムとは違う動きだったせいで一瞬反応が遅れはしたものの、速くなったとはいえまだゴブリンよりも遅い動きなので、かわすこと自体は余裕だった。だが、
「力も上がっているみたいだな」
先程まで俺がいたところの地面は、デカいゴーレムの一撃によって小さなクレーターのようなものが出来ていた。威力だけなら、クレアよりも上かもしれない。
(速度と力だけでなく、判断力も上がっている……あの馬鹿を喰らって、全体的に能力が上がった感じか?)
あの馬鹿にそんな効果があったのか……とか思っていると、
「あの……誰だったか忘れましたけど、食べると強くなる効果があったんですね。食べたくないですけど……びっくりですね」
クレアも同じことを考えていたようだ。
それに先程の発言とこれまでのこと、さらにさっきの馬鹿にしても親衛隊の一員だったのに名前も覚えていないし悲しんでもいないところを見ると、クレアは見た目と肩書に反した性格で間違いないようだ。まあ、それに加えてかなり抜けていて世間知らずなところがあるようだが……ただ、あの馬鹿は自業自得だし、俺も似たようなもの(あの馬鹿に対して同じような感想を持ったところが)なので、とやかく言う筋合いはないだろう。
「全体的に能力が上がっているみたいだが、やることは変わらない。俺がひきつけてクレアが一撃を食らわせる。ただし、少し賢くなっているせいで予想外のことが起こるかもしれないから、その時は臨機応変に行くぞ」
「は~い」
ゴーレムが強くなったとはいえ戦い方を変える必要はないだろうし、それで不都合があったらその時に考えればいい。それに、あの口のように中の方までダインスレイヴを突き刺せる箇所が他にもあるかもしれないので、ゴーレムがあの馬鹿を喰ったのは逆に自分の弱点を無駄に見せただけになるかもしれない。ただ、あの馬鹿ではっきりと分かるくらい強化されたのだから、もしクレアが喰われでもしたら馬鹿の時とは比べ物にならないくらい強くなるかもしれないし、その流れで俺まで喰われてしまったら、どんな化物になってしまうか分からない。
(これは銃形態をぶっ放す可能性が現実味を帯びてきたな)
そんなことを考えながらゴーレムに接近すると、
「おっと!」
デカいゴーレムは俺に向かって小さいゴーレムを投げつけてきた。
ただ、物を投げるということに慣れていないのか、動きが大きくて簡単に避けることができたし、投げられた小さなゴーレムは俺からかなり外れたところに落ちて壊れている。これなら集中していれば当たることは無いだろうが……今の動きはかなり人間に近いものだったように見えたのが気になった。
(心なしか……いや、明らかに姿勢が人間に近いものになってきているな。そうなると、あいつは喰ったものの性質が反映されるのかもしれないな)
これまで、あいつがどれほどの数の生き物を喰ってきたのか知らないが、このまま喰らい続けたら本当に手の付けられない化け物になってしまうかもしれない。
「クレア! まずはあいつの動きを鈍らせるぞ! 攻撃は脚に集中だ!」
「りょ~かい、で~す!」
気の抜けた返事をしながら、クレアはゴーレムに接近し、
「はいっ! ……硬い! 退避っ!」
と、ゴーレムに一撃を加えてすぐに離れていった。そんなクレアを追いかけるように、ゴーレムが体の向きを変えて一歩踏み出そうとしたところに、
「ピットホール!」
土魔法で穴を掘った。
俺とゴーレムに距離があったからか、想定していたよりも浅い穴になってしまったが、それでも足の着地点が急に数十cmとは言え下がったせいでゴーレムはバランスを崩し、大きな音を立てて倒れた。そこに、
「チャンス! そいやっ!」
クレアが引き返して攻撃を加えた。ただ、流石に脚の方まで回る暇はなかったようで、攻撃はゴーレムの手に向かって行っていたが、脚よりは細いので一撃で数本の指が壊れていた。
それに気をよくしたクレアは欲張ってもう一度武器を振りかぶったが……何故か急に動きが鈍った。その隙を突いて、ゴーレムは攻撃されなかった方の手でクレアを叩き潰そうとし、クレアがその攻撃に気が付いた時には、避けるのが難しいタイミングになってしまい……
「あの馬鹿が! シャドウ・ストリング!」
あと少しで潰されるというところで、何とか俺の魔法が間に合って攻撃を喰らわずに済んでいた。
ただ、クレア本体は俺の近くまで引き寄せることができたものの、武器の方は途中でクレアの手から離れてしまい、俺とデカいゴーレムの中間辺りの地面に突き刺さっている。
「何やってんだ!」
「申し訳ないです! 助かりました! でも、あれ! あそこ! あのゴーレムの股間のところを見てください!」
戻って来たクレアを怒鳴ったが、クレアは申し訳なさそうな顔をしながらも、訳の分からないことを言いながらゴーレムを指差した。
俺は、反省していないな、こいつ……と思いながら、立ち上がったゴーレムの股間の部分に目をやると……
「いや、まあ……確かにあれは驚くが、だからと言って動きを止めていいわけじゃないぞ……」
ゴーレムの股間には、何と先程喰われた騎士の顔が浮かび上がっていたのだった。
「ジークさんも驚いているじゃないですか!」
「ここならゴーレムの拳は迫ってこないし、石を投げられても簡単に躱せる距離だからな。予想外のことが起こったなら、まずは距離を取らないと……」
などと言って見たものの、正直あんなものを不意打ちで見てしまったら、俺でも足を止めてしまうかもしれない。
「まあ、そうかもしれませんけど……とにかく、あれ何なんですかね?」
「さぁ……あそこを叩かれるとヤバいから、一緒に落ちて来た奴の顔を付けておけば攻撃されないとでも思ったんじゃないか?」
「特に仲間ってわけじゃないのに、馬鹿ですね~」
さらりとクレアが毒を吐いたが、俺も同じ感想なので気にはならなかった。
「とりあえず弱点かもしれませんから、攻撃してみますね」
そう言うとクレアは、俺の返事を聞く前に地面に突き刺さっている自分の武器へと走って行った。
ゴーレムも同じくクレアの武器を狙っていたみたいで、クレアよりも早く動き出してはいたものの、出遅れたとはいえクレアの方が圧倒的に速かった為、武器まで半分と言った辺りまで進んだところでクレアに武器を取られてそのまま、
「えいやっ!」
すれ違いざまにクレアの一撃を股間に受け、バランスを崩して倒れてた。
やはりあの場所が弱点だったのか、股間への一撃で倒れたゴーレムの体には無数のひびが入り、そのまま動かなくなったのだった。
「やりました~! もう動きませんよ!」
クレアは横たわるデカいゴーレムを何度か叩いて動かないことを確認すると、勝ち鬨を上げるかのように喜びながら武器を掲げた。
(あれだけ頑丈だったのに、股間への一撃であっさりか……)
ゴーレムに性別は無いだろうが、そのやられ方は男として思うところもあるで多少同情してしまう。だが、これで背後を気にすることなく脱出することができるはずだ。
「クレア、さっさとここから出ておっさんたちと合流するぞ」
「でも、パッと見た感じだと、出入口みたいのはありませんよ?」
クレアの言う通り、見える範囲では上に続いてそうな穴は無い。もしかすると、詳しく調べれば見つかるかもしれないが、俺にはかなりの確率で出入り口になりそうな穴があるかもしれないところに心当たりがあった。
「俺たちが落ちて来た穴を調べるぞ。あそこを登れば、他に出入りできる穴が見つかるかもしれない」
俺たちが罠にかかった部屋は、落ちた時の感覚だと今いる場所からかなり上の方にあるので、その途中にいくつか同じような罠のある部屋があってもおかしくはなく、しっかりとした足場さえ確保できたのなら、クレアの馬鹿力で破壊することができるかもしれない。
「かもしれませんけど、どうやって登るんですか? 壁や崖みたいなものですよ?」
クレアの言う通り、落ちて来た穴を登るのは専門的でかなり高い技術が必要だろうが、洞窟のような薄暗いところなら、俺が移動できないところの方が少ないくらいだ。
俺は不思議そうに質問してきたクレアに返事せずに、影に潜って目星を付けていた場所へと移動した。
影の中で上に移動しようとすると、直線的に移動するよりも抵抗を感じるものの、落ちて怪我をすると言う心配が無いので楽ではある。ただ、
「おっと!」
外に出た時に足場が思っていたのとは違うということがよくあるので、その時に落ちそうになってしまうのはよくあることだ。
「あれ? ジークさん? どこですか~? トイレですか~? 急にいなくなるなんて、そんなに我慢できなかったんですか~?」
俺が魔法で崖の途中に移動したことに気が付いていないクレアは、何故か岩をひっくり返して俺を探していた。
(あれがおっさんなら、お望み通りここで用を足してやるところだが……クレア相手だと色々と洒落にならないからな……)
「クレア、上だ!」
そんな自分でも馬鹿なことを考えているなと思いながら、下で今度は俺が消えた辺りにあった岩を叩き割ろうとしているクレアに声をかけると、
「あひゃっ!?」
という奇妙な声を出して尻餅をついていた。
「今俺がいるところをよく覚えておけよ! 次に俺が移動して準備が済めば、クレアを引っ張り上げるから今俺がいるこの場所がクレアの足場になるからな! それを続けて崖を登るぞ!」
「そんなことは先に言ってから行ってください! ……とか言った端から、消えないでください! どうやって引き上げるのか、教えてください!」
クレアはそんなことを叫んでいたが、俺はかまわずに次の足場へと向かった。
「ジークさん……私、こういうの工事現場で見た記憶があるんですけど……」
「俺もあるな。その時は人じゃなくて、建築資材が吊り上げられていたけどな」
クレアは今、俺のシャドウ・ストリングで宙吊りとなって足場へと移動中だ。
ただ、流石にクレアに絡ませてそのまま引き上げようとすれば、クレアが崖に何度もぶつかって危ないし、途中で引っ掛かって引き上げることができなくなる可能性が高いので、何か所かに剣などを深く打ち込み、その持ち手などにシャドウ・ストリングを引っかけて、滑車の要領で引き上げることにしたのだ。
まあ、計算などせずに適当に打ち込む場所を決めたので、思った通りの効果は発揮されているとは思えないし、足場側にだけ剣を打ち込んでも意味が無い。
その為、反対側や極端に出っ張っているところも選ぶ必要があり、そう言ったことに関する苦労はあったものの、今のところは何とかうまく言っているので、一時間程で俺とクレアは地面からあと少しで五十mと言ったところまで上がることができた。ちなみに、クレアが吊り上げられるのは二回目で、一回目の時は十m程まで一気に上げてしまったせいでクレアが驚き暴れ、そのはずみで地面に落ちかけるという事故が起こりかけてしまった。
そういったこともあり、今回のクレアは大人しく吊り上げられているのだ。まあ、暴れていないだけでさっきから愚痴ばかりだけれども。
「ジークさん、少し止まってください。岩にぶつかりそうです」
そう言うとクレアは棒を使って体の向きを変え、俺にゆっくりと上げるように指示を出して岩を回避した。
「ふぅ……やっぱり、地面に足が着くと安心しますね」
「そうか……それじゃあ、俺は次のところに行くからな」
額の汗を袖で拭うふりをしているクレアをしり目に、俺は次の場所を目指して陰に潜った。
潜る寸前にクレアが何か言っていたみたいだが、どうせ大したことではないので後で聞けばいいだろう。
「ここなら大丈夫そうだな。次はどこに……ん?」
次の足場に着いた俺は、足場の広さと地盤の固さを確認してから剣を突き刺せる場所を探そうと周囲を確認したところ、反対側の少し上の方に横穴らしきものが隠れていることに気が付いた。
「あそこなら、一気に行けそうだな……クレア、怪しいところがあったから見てくる。もう少しそこで待っていてくれ」
「は~い」
クレアは間の抜けたような返事をするとその場に腰を下ろし、バッグからお菓子を取り出して口に放り込んでいた。
今俺のいる位置からその横穴までは、おおよそ五m程上になるが、反対側までは十m近く離れている。しかも、潜って移動できるような影が無いので、それ以外の方法で移動しなければならない。
(とにかく、同じくらいの高さまで登ってみるか)
そう思って、とりあえず横穴と同じくらいの高さまで来たのはいいけれど、少しだけ距離が近くなったくらいにしか感じなかった。こうなったらいっそのこと、もっと上まで登って飛び移ってみるかと考えたが、もしも届かず、さらには潜れるような影にさえ触れることができなかったら目も当てられないと断念するしかなかった。
「そうなると、他には……」
それで考え付いたのが、
「こわ……クレアじゃないけど、ほとんど足が着いていないようなものだな」
綱渡りの要領で渡ることだった。
まず、俺の居た場所の足場に剣を数本突き立て、さらに少し上にも同じように剣を何本か突き立てた。それに引っかけるようにして、シャドウ・ストリングを反対側に飛ばして岩に絡ませたのだ。
足元に二か所、胸の高さに左右二か所の四か所のシャドウ・ストリングを使って反対側に移動しようと考えたわけだが、正直言って綱渡りの経験など無いので飛び移るよりは可能性が高いという感じだと思う。まあ、他に方法が思いつかなかったので仕方がないが……これであの横穴がはずれだったら、泣きそうになるかもしれない。
そうして何とか反対側に渡った(半分を過ぎた辺りで右手で掴んでいたシャドウ・ストリングの剣が抜けてしまい、冷や汗をかいてしまった)俺だったが、
「どうやら、当たりみたいだな。奥に続いているし、風が流れている」
泣く羽目にならずに済んでホッとしたことで気が緩んでしまい、少しの間クレアの存在を忘れてしまっていた。
その存在を思い出したのは、少し休憩してから先に進もうかとしていたところで、それもクレアがしびれを切らして大きな声で俺を呼んだからだった。
新年早々、食あたりからの体調不良でまともに動けませんでした。
かなり回復したので、ぼちぼち頑張って行こうと思います。