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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第二章
30/117

第七話

「その前に……君は()()()()()と言うものについて、どこまで知っている? それと、ダンジョンに挑戦したことは?」


 落ち着きを取り戻したギルド長がそう聞いてきたので、俺は少し考えてから、


「書物と話に聞いたくらいで、実際に挑戦したことは無い」


「何故それほどの強さを持っているのに、ダンジョンに挑戦しなかったのだ?」


「それは……」


 ただ単に、ダンジョンのある近くを通らなかったからなのだが、そのことを言う前に、


「ジーク、答えなくていい。今の質問だけでも、ジークの隠していることが分かったりもするからね……例えば、どの方角からこの街に来たとか、出身国をある程度絞れたりね」


 ばあさんが俺とギルド長の間に割って入って来た。

 なるほど、確かにそう言うこともあり得るのか……そう思って口をつぐみ、俺がギルド長を睨むと……ギルド長は、おっさんに拳骨を頭に落とされていた。


「ジュノー……降参しておいて、それは()()だろ? 流石の兄ちゃんも、いい加減ブチ切れるぞ?」


 おっさんは口調こそいつも通りだが、別人と入れ替わったのかと思うくらい冷たい目をしている。もしかすると、これがおっさんの本性なのかもしれない。

 もしそうなら、俺はおっさんの演技に騙されていたということだ。過小評価していたつもりはなかったが、おっさんの実力を低く見過ぎていたのは間違いない。もし今のおっさんと本気で戦ったなら、ばあさんとモニカさんの両方を守るのは難しいだろう。


「いいかジーク、この際だから教えておくが、この国のダンジョンで確認されているものは場所がある程度固まっている。それらのダンジョンがあるのは、この街から見て北の方だな。つまり、今のジークの発言から、ジークはこの街には南側からきて、出身はダンジョンが少ない国という可能性が高くなった。まあ、ジークが嘘をついていないことが前提の話ではあるが、下手に答えるとそう言うことが分かる奴もいるということだ。そしてジュノーは、そう言うことが分かる側の人間でもある。まあ、俺も多少は分かるつもりだけどな」


「ちなみに私も職業柄、ある程度は分かるつもりだよ」

「私もね」


 つまり、今の質問でこの場にいる四人に、俺はある程度の情報を与えてしまったことになる。まあ、致命的なものではないと思うので、別に知られても困ることではないが……今後は気を付けた方がいいだろう。


 そもそも、ダンジョンに関してはかなり興味があったのでそれなりに調べてはいる。

 ただ、本当にこれまで寄る機会が無かったので挑戦はしていないが、もしここにくるまでの道中に会ったのなら、間違いなく挑んでいたはずだ。


 ダンジョンとは、この世界に存在する不可思議な現象が起こる場所の総称であり、外見からは想像出来ないくらい広い空間になっているものや、逆に小さくなっているものに外見通りの広さのもの、場所も岩山だったり森の中だったり、普通の家だったり城だったりと様々なものが存在し、この世界に存在する全ての場所が、ダンジョンになる可能性があるとされている。

 ただ、今のところ水中のダンジョンと言うものは確認されていないが、学者の中には必ずあると確信して捜索する者もおり、毎年のように捜索中に犠牲になる者が出ていたりもする。


 そして最大の特徴として、ダンジョンの中には魔物が存在するのだ。しかも、倒しても時間が経てばどこからか生まれてくる。

 それらの魔物は多少の差異はあるものの、外に存在している魔物と同種のものばかりであり、しかも不思議なことに生物的な特徴も同じなのだ。つまり、ダンジョンの魔物も外の魔物と同じような方法で殺すことが出来るし、外と中の魔物で繁殖も可能なのだ。


 そんな不可思議な存在であるダンジョンだが、意外にも破壊することが可能なのだ。

 例えば建物が変化したダンジョンなら、その建物自体を破壊すればダンジョンは消えるし、森や山、洞窟のようなものが変化したダンジョンは、ダンジョンのどこかにあるというダンジョン核と言われるものを破壊すれば、ダンジョンとしての機能を失うのだ。まあ、ダンジョンは資源の宝庫と言われ、そのほとんどがその国の管理下に置かれている為、基本的にはダンジョン核を破壊することは禁止とされているが……そのダンジョンのある国と敵対している国や組織は、その国の資源を断つ目的で積極的に破壊しようとするので、中に入るにはかなり厳しい審査を受ける必要もあるのだ。

 それが、これまで俺がダンジョンに興味を持っていたのに、積極的に挑戦しようとしなかった理由の一つでもある。


「それでジュノー、ダンジョンがどう関係あるんだい? まさかとは思うが、ここに来て単にジュークに探りを入れる為だけに出した話題じゃないんだろう?」


「ベラドンナ……あなたなら知っていると思うが、もし洞窟型のダンジョンが二つの国を跨いでいた場合、そのダンジョンはどちらの国のものになる?」


「それは……確か、入り口がある方の国だね」


「そうだ。基本的にダンジョンの入り口は、一つのダンジョンに一つしかないと言われている。ただし、これには例外もある。一つは、ダンジョンが大きくなりすぎた為に、別の場所にも入り口が出来てしまうこと。この場合、元の入り口がある方の国側に出来たのなら問題は無いが、もう一つの国に出来た場合は厄介なことになる。その国同士が友好的なら共同で管理するということも有り得るが、実際のところそんなものは片手で数えるくらいしか前例がない」


 それはそうだろうと思う。例え最初は仲良く分け合っていたとしても、もう一つの入り口がいつできたのか分からない以上、もしかすると最初に発見された方が二つ目の入り口なのかもしれないのだ。

 その場合、後から発見された方の入り口を持っている国は、元々自分たちのダンジョンだったのに、それまで利益を奪い取られていたかもしれないのだから、納得できないという者の方が多いかもしれない。


「もう一つは、人工的に二つ目の入り口を作ることだ。ダンジョンがどうやって発生する原因は解明されていないが、建物や洞窟型のダンジョンは例外なく壁などが頑丈になる。しかし、壊せないと言う程ではない。現に、洞窟型のダンジョンでは、鉱石などを探す際に洞窟内の壁や岩を壊すからな。つまり、ダンジョンのある方角が分かれば、掘り進めて侵入することも可能なのだ。まあ、これがバレた場合、確実に戦争になるだろうが……確実な証拠がなければ非難することは出来ないし、人工的に作られたものだとバレてしまったとしても、戦争を起こして勝てば問題ないわけだ。そして、実際にそうして領土を広げている国もある。もっとも、その国はわざと入り口を作ったことをばらして戦争を起こさせ、泣き寝入りした場合は向こうの入り口が後から作られたものだと難癖を付けて侵略したがな」


 最低な行為だがその国はそれだけの力を持っており、今やこの世界で一番の強国と言われている。ただし、その国がそういったことを最後にしたのは二十年近く前のことで、今は複数の国が連合を組むことで対抗しているのだ。


「それで、それが今回のこととどんな関係があるのですか?」


 まあ、正直言うと、薄々気が付いてはいるが……このまま分からないふりをして、うやむやに……は出来ないようだ。


「どこに()()()()()()!?」


 ばあさんが俺の言葉に被せ気味に反応し、モニカさんも驚いた表情で立ち上がっていた。おっさんは座ったままで表情も変わっていないが、緊張した様子でギルド長を見ていた。


「この街から歩いて一日半程の距離にある山の中だ」


「一日半程の山? ……もしかして、国境近くの山か? だとすれば、微妙な位置だな……」


 おっさんはすぐにある程度の場所を特定することが出来たようだが、そこまで地理に明るくない俺やばあさんにモニカさんは、場所が分からないのでおっさんとギルド長の話を待つことになった。


「国境の近くには間違いないが、数kmは離れている。ただ、内部まではどうなっているかは分からないがな」


「分からないってどういうことだ? お前に報告があった以上、すでに偵察は……いや、俺に話が来ていないということは、まだ出していないんだな?」


 そう言うとおっさんは難しい顔をしていたが、すぐに俺たちが話についていけていないことに気が付いた。


「ああ、悪い。ジークたちは分からない話が多かったみたいだな。俺が気になったのは、新しいダンジョンが発見されたということは、ジュノーがすぐに使える人材の中で一番適任なはずの俺が偵察に行かされていないというのがおかしいと思ってな……ジュノー、説明を頼む」


「ああ、この街のギルドに所属している者が私に発見の報告をしたのなら、真っ先にバルトロを派遣しているが……今回そのダンジョンを発見したのは、今この街に来ている聖女たちだ」


 俺はそれを聞いても、新しいダンジョンを報告したのが他の国の人間であることの何が問題なのか? ……と思ったがモニカさんは真っ先に、


「かなり不味いわね」


 と言って真剣な表情になり、その横ではばあさんも頭を抱えていた。おまけに、おっさんも渋い顔をしているので、聖女たちがダンジョンを発見したというのはかなり良くない状況のようだ。


「ああ、ジークは聖国の質の悪さをよく分かっていないのね。あの国はね、確実に今回の件でダンジョンで出る利益の分配に口を出してくるわよ。それが例え他国だったとしても、発見したのは聖国の者……しかも聖女であり、自分たちが見捨てたとはいえ、昔この地方に孤児院を作って()()()のだから、聖国に利益を分配するのが当たり前だ! ……とか、自分勝手でクソみたいなことを平気で言うのが聖国という腐った国なのよ」


 「だから私はあの国を見限ったのよ!」と、モニカさんは血走った目をしながら説明してくれた。


「だから私は、聖国が介入してくる前にこの街を一つにまとめ、最大限の抵抗が出来る状態をつくろうとしたわけだ」


「ああ、それで俺が必要だったわけか。コボルトリーダーを倒すくらいの強さを持っていて、なおかつ使い潰しても自分の懐が痛まないような、他所から来た俺が」


 ギルド長は使い勝手のいい手駒がもう一つ欲しかったところに、俺というおっさんの代わりが出来そうで、引っこ抜ければ敵対していると言っていい二つの組織にダメージを与えることが出来る、都合の良い存在を見つけたので、強引にことを進めようとしたということだ。まあ、そんな計画は失敗し、味方だったはずのおっさんの機嫌も損ねてしまうという結果に終わったが……それは完全に自業自得だ。

 おっさんの機嫌は元に戻るかもしれないが、その分俺やばあさんとモニカさんの信頼は元には戻らないだろう。少なくとも、正直にばあさんとモニカさんに話して協力を要請していればこんなことにはならなかっただろうが、こうなった以上、ことが終わればギルド長の立場はかなり危ういものになるはずだ。


「ばあさん、ダンジョンがすごくいいものだったとしたら、国も黙っていないんじゃないか?」


「だろうね。少なくともこれまでのように市民による自治は認められないだろう。多分、国のお偉いさんの息のかかった奴が派遣されるはずだ。それこそ、隣国が手出しできないように軍隊を置くとかね」


「そうなると、聖国も黙っていないでしょうね。自分たちが第一発見者だということで、強く抗議すると思うわ。最悪の場合、聖国と敵対することになるかもしれないわね」


「そうだね。聖国も聖国で、過去に帝国と同じようなことをやっているしね……これは本格的に、この街を去ることも考えなくちゃならないかもね」


 俺が思っていた以上にヤバい状況になっているようだ。まあ、ばあさんたちが言っているのは最悪の事態のことだと思うが、この街のトップとも言える三人が言うのだからそうなる可能性が高いだろう。


「それなら、おっさんがさっさと偵察に行って、大したことは無かったって報告すればいいんじゃないか?」


「発見がこの街の奴だったらそれも出来ただろうが、聖国の関係者が発見したということは、この街に来る前に少しくらいは調べているだろうな。もしかすると、すでに大部分の探索が終わっているかもしれん」


「後はこの国の奴が確認して、正式に国へ報告するだけって言う可能性があることを考えると、下手に嘘をつくわけにはいかないな~……バレたら死刑、逃げてもこの国と聖国から指名手配だな!」


 聖女たちがどこまで調べているのか分からない以上、下手な抵抗は出来ないということか……あとやれそうなことと言えば、


「街を出た後で、秘密裏に聖女たちを始末する……くらいか?」


 障害物の多いところに誘い込むことが出来れば、聖女についている騎士たちを殺すことは難しいことではないと思う。問題は全員を確実に始末しないといけないので、一人として逃がすことは出来ない。

 しかし、今回のダンジョンがある場所は山の中で、その周辺には森が広がっているということだし、何よりもダンジョンは洞窟型という話だ。奥まで行けば、全員を始末する時間は十分に稼げるだろうし、万が一の場合は入り口付近にギルド長の子飼いを置いておけばいいだろう。

 そんなことを考えていると、


「ジーク……流石にそれは引くぞ……」


 おっさんが……と言うか、全員が俺の発言にドン引きしていた。どうやら俺は考えていることを口に出していたようだ。


「ジークの方法は有効的だと思うがよぅ……流石に物騒過ぎないか? それに、このタイミングで聖女たちを始末したら、確実に俺たちが疑われるだろう?」


「なら、もっと上手い方法を考えないといけないというわけか?」


「いや、そうじゃないからな!」


 こうなった以上、聖女たちを始末するのが一番いい方法だと思うが、他にいい考えがあるのかと聞くと、おっさんは呆れた顔をしてツッコミを入れてきた。


「あんた、時々ぶっ飛んだ考えをするねぇ」

「まあ、確かにそれがバレずに出来れば一番いいとは思うけど、この街に寄った後で行方不明になったというだけで、聖国は出張ってくるわよ。そして証拠が何も出なかったとしても、確実に攻め込んでくるわ」


 ばあさんたちの言葉からも、聖国とはなんとも面倒な国だなと再認識していると、


「いや、面白いかもしれないな」


 意外にもギルド長が俺の意見に賛成するようなことを言いだした。

 流石にばあさんたちも驚いていたがギルド長は、


「言っておくが、流石の私も聖女たちを始末するのはまずいと思っている。それくらいには、まだ冷静な考えが出来る」


 と続けた。そして、


「ジーク、君は条件が揃えば聖女たちを始末することは可能なんだな?」


「多分、出来るんじゃないですかね?」


「そんな感じで実行されるのは困るが……それくらいの実力があるのなら、君にはどうにかしてダンジョン核を発見してもらい、それを事故に見せかけて破壊して欲しい。出来るのなら、聖女たちが原因で破壊しなければならなかったという感じでな」


 ダンジョンがどのくらいの規模なのか分からない上に、ダンジョン核のある場所に法則性は無いのでかなり難しい話だが、やってみる価値はあるだろう。俺としても、好んで聖女を殺したいというわけではないし。


「だけど、ダンジョン核を無事に発見出来て破壊も出来たとして、その責任も聖女たちに押し付けることに成功しても、ダンジョンから産まれる利益は捨てがたいと思うんだけど、そこのところはどうするんだい?」


 ばあさんが言うように、ダンジョンから産まれる利益は莫大なものになる場合がほとんどだ。しかしギルド長は、


「そんなものがなくとも、この街の経済は十分回って来た。確かに不景気な時もあったが、大きな問題は起こらなかった。つまり、ダンジョンの利益は、この街にとって絶対に必要と言うものではないのだ。まあ、あれば確かにありがたいものではあるが、その為に聖国とこの国に介入されるのは気に食わんし、ダンジョンの利益がいい方向に向かうとも限らんのだ。いくら利益が大きかろうともそれを上回る不確定要素があるのなら、いくら冒険者ギルドの長と言えどもそんな危険な冒険をするわけにはいかない」


 と言い切った。

 始めてギルド長と意見の方向性が一致したように感じたが……その前までの印象が悪すぎたせいもあるし、正直言ってあまりうれしくはなかった。


「簡単に言うけど、それはかなり難しいことだからな? ジュノーのことだから分かっているとは思うけど、ダンジョン核を発見するだけでも大変なのに、その責任を聖女たちに負わせるとなると……奇跡がいくつ必要になるのかねぇ~……こういう時は、神様に頼むのが一般的だけど、あいにく俺は無信心とは言わないけれど、かなり薄い方だからな。まあ、冒険者には珍しいことじゃないけどよ」


 おっさんがそう言うと俺とギルド長は頷いたが、ばあさんとモニカさんは違った。


「私は一応商売の神と縁結びの神様を信仰しているね。まあ、熱心にかと言われるとそうではないけれどね」


「聖国とは袂を分かったけれど、昔と同じように主神様を信仰しているわよ。まあ、今の聖国で主流とされている派閥とは解釈が違うから、向こうに言わせると邪道と言われるかもしれないわね」


 俺は詳しく知らないのだが、同じ神様を信仰していても解釈が違うというだけで、複数の派閥に分かれているのだそうだ。そのほとんどは穏健な派閥で、他の派閥と論争することはあっても排除しようとすることは無かったのだが、今の聖国で主流となっている派閥は聖国の歴史上一番の過激派と言われるほどで、同じ宗教に所属していても自分たちと違う考えの派閥を認めていないとのことだ。

 モニカさんはその派閥が嫌になり聖国を捨ててこの街に来たが、今でも自分の信じる主神への祈りは欠かしていないそうだ。


「その主流派の中でも、主神のみが神と呼ばれる存在であり、他は神とは呼べない主神の下僕であると考える者と、神ではあるが主神よりは格が落ちる部下のような存在だと考える者がいるそうね。もっとも、主神を信仰しない者はいてはならないというところは共通しているらしいけどね……そう言う意味では、主神ではなく商売の神と縁結びの神だけを信仰している私は、聖国にとって許されない存在ということだね」


 そう言ってばあさんは笑っているが、実際にばあさんのような存在は聖国では住むことが出来ない、もしくはとても住み辛いのだそうだ。


「聖国がこの街に介入して来たら、これまでのような自由な信仰が出来ないのは分かっているけどよ……成功率は一割も無いどころか、ゼロに近いということが分かって言っているんだよな?」


「もちろんだ」


 おっさんの確認するような言葉に、ギルド長ははっきりと頷いた。


「失敗するとその場で命を落とすか、生き延びても聖国に追われる可能性が高いということもか?」


「ああ」


「聖国に追われることになってしまった場合、ジュノーは俺を切り捨てるんだろう?」


「……」


「俺だけじゃなく、ジークもか?」


「すまないとは思っているが、その時は切り捨てる」


 ギルド長がそう答えた瞬間、ばあさんとモニカさんがすごい形相で立ち上がったが、おっさんが手で制した。


「本当に済まないとは思っているが、バルトロだけでは無理だ。最低でも、バルトロを補佐できるくらいの実力者が一人は必要だ」


 ギルド長は、出来るなら大部隊を組んで調査に向かわせたいそうだが、人数が多くなると隣国にバレる可能性が上がるし、何よりも聖国側がギルド側に少人数でと譲らなかったそうだ。そのことからも、聖国がダンジョンの利権に割り込もうとしているのが分かる。

 

「そして都合の良いことに、何故かは分からないが聖女側は道案内としてジークを指名して来た。つまり、ギルドとしては怪しまれずに実力者を送り込めるというわけだ」


 ただし、俺の冒険者としてのランクでは低い為、いくら聖女からの依頼とは言え断る理由として十分なのだ。なので、俺に依頼を受けさせる代わりに、この街で一番の実力者でありギルド長の一番の手駒でもあるおっさんを、堂々と同行させるつもりなのだそうだ。


「ジーク、断っちまいな」

「そうね。ジークがこの依頼を受ける義理は一つもないわ。そもそも、依頼と言うのならその対価が必要になるはずだけど……ジュノーの言う内容だと、どれほどの金額を示せば釣り合うのか想像がつかないわね」


 確かに表向きは道案内なので、依頼の報酬は大したものではないだろうが、ギルド長の言う通りの働きをするとなると、それはこの街を聖国から守れとも取れるような依頼となるので、モニカさんの言う通りどれほどの金額になるのか想像がつかない。


「だからジークを手駒に加えて、命令という形で依頼を受けさせようとしたんだろう。そうすれば、かなり安くすることも出来ただろうからね」


 ばあさんの言葉を聞いて、ギルド長は視線を逸らして気まずそうな顔をしていた。


「バルトロ、あんたをベテランの冒険者と見込んで聞くが、ジュノーの言った通りの内容をこなしたとした場合、どれほどの対価が妥当だと思うかい?」


 ばあさんがおっさんにベテランの冒険者という言葉を強調して聞くと、おっさんは少し考え込んで、


「流石の俺も、それほどの大きな依頼は受けたことが無いから分からんが、俺がこれまで受けた依頼の中で一番依頼額が大きかったのは、中型のドラゴンの番を討伐すると言うものだな。ギルドのランク外の特級に属する依頼だったこともあって、報酬も二頭で二千万になったな。それにプラスして、素材の買取りで三千万程上乗せだったかな? まあ、サポートで雇った冒険者たちへの支払いや補償に道具なんかの経費もあったから、素材の売上金で相殺した感じだ」


 それでも二千万近い儲けになったのか。まあ、ドラゴン二体なら、それくらいはするだろう。これがアラクネだったら、討伐の報酬金は十分の一もいかないだろう。


「あくまでも魔物の討伐依頼だから比較はできないけどよ、俺だったら前金で二千万、成功報酬で一億を提示するかな? もっとも、ダンジョンを初攻略したという名誉だけで億単位の儲けが出ることも珍しくないから、それ以上になるかもしれないがな」


 生涯自慢出来て、死後も歴史に名前が残るような名誉を奪うような依頼内容だから、最低でもそれくらいは払わないといけないだろうとおっさんが言うと、ギルド長は難しい顔をしていた。ギルド長からすれば、俺はこの街の人間ではないので使い潰しがきくというのも手駒にしようとした理由だったはずだが、今回の場合は前金だけを持って俺が逃げる可能性もあるのだ。それだけならまだいいが、もしも前金を貰った後で依頼内容を聖国にリークでもされたら、ギルド長の座を失うどころか自分の命すら危うくなり、さらにはこの街が消える可能性も出てきてしまう。おまけにこの国と聖国の戦争の火種にもなりかねない。

 俺がギルド長を信用してないように、ギルド長も俺を信用していない以上、そんな相手に大金を賭けるのような行為は戸惑って当然だ。

 そもそも、俺とギルド長は敵対派閥に属しているような関係なのだから、互いに信用できない以上、この話はここで終わる……はずだった。

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