第三話
本日三話目です。
三頭のゴリラを倒してから数日の間、ひたすらに森の中を歩き回っているとようやく木々の密度が薄くなってきた。空を見上げながらそろそろ森が終わるのかと思っていると、先の方から争うような音が聞こえてきた。
「獣同士の争い……じゃないな」
この数日の間で何度も獣同士の争いを目撃し、双方が弱るタイミングを見計らって乱入して黒剣で葬ってきたので、すぐに獣の争いではないと気がついた。それに今回の争いの中では、金属同士がぶつかり合う音や人の声が聞こえくるのだ。
「取り敢えず様子を見てみるか」
人でなかった場合は、いつも通り漁夫の利を狙うつもりだ。
気付かれないように木々に隠れながら音のする方へと近づいてみると、思った通り人同士が争う音だった。
片方の見た目はならず者の集団といった感じで、もう片方は見るからに身分の高そうな人とその護衛といった感じだった。
ならず者たちはおよそ三十人で、身分の高そうな人の方は四十人いる。数の上では身分の高そう……めんどいから、盗賊団と貴族軍(仮)でいいか。数では貴族軍(仮)が優っているが、馬車を守るように戦っていて受身になっており、さらに山賊団の連携がうまい具合に取れているので、貴族軍(仮)の方がやや押され気味だ。それに、盗賊団にはまだ隠れている団員がいるようで、盗賊団の後方にある茂みから十人以上の気配がしている。
「そこに隠れている奴が居るぞ!」
観察するのに集中しすぎたせいで、盗賊の一人に見つかてしまった。仕方がないので隠れていた木から出ると、両陣営から警戒するような視線にさらされてしまった。
どちらかに組みした方がいいのかなと考えていたら、盗賊の一人から斧を投げつけられてしまった。
飛んでくる斧は、ゴリラが投げる石と比べるとだいぶ遅く感じたので、黒剣で簡単に叩き落とすことができた。
「お前らが俺の敵な」
先に攻撃を仕掛けてきた盗賊側を敵認定し、勝手に貴族軍(仮)に味方することにした俺は黒剣を黒銃に変えて、盗賊めがけて引き金を引いた。
黒銃を向けた瞬間こそ、盗賊団は「それで何ができるんだ?」といった感じで貴族軍(仮)に対しても攻撃を再開しようとしていたが、黒銃から放たれた一発の弾丸で、味方が数人まとめて吹き飛ばされたのを見て驚いて動きを止めていた。止まったのは盗賊団だけでなく貴族軍(仮)も同じだったが、そちらの方はすぐに馬車を守るように陣形を固めていた。
「狙いやすくなったなっと!」
貴族軍(仮)が盗賊団から距離をとったので、今のうちに盗賊の数を削ることにした。もっとも、盗賊団は最初の一撃が余程衝撃的だったのか、撃たれた仲間の死体を見て固まって居たので、簡単に数を減らすことができた。
(やべぇ……ゴリラを殺したときよりも気持ちいい)
盗賊たちがゴリラより強いのかそれとも人は特別なのかわからないが、盗賊たちは森で遭遇したどの獣よりも俺を満たしてくれた。
「逃げられると思うなよ!」
盗賊の一部が、この場から逃げ出そうとしていたが、俺は後ろを向けて駆け出す盗賊を容赦なく撃ち殺した。どうも黒銃(黒剣)を使っていると気が荒くなるようだ。気をつけなければ、快楽殺人者になってしまうかもしれない。
「こんなもんか?」
立っている盗賊がいなくなったところで、俺は黒銃を消した。それと同時に、倦怠感が襲ってきたが、貴族軍(仮)にバレないように余裕のある振りをした。何故なら、敵の敵は味方だとは限らないからだ。実は貴族軍(仮)の方が悪者で、盗賊団の方が正義の味方だった可能性もある。まあ、ほぼほぼそんな事はないと思ってはいるが……
貴族軍(仮)は突然現れた俺のことをかなり警戒しているようで動く気配はない。
敵になるか分からない以上、動き出すのはせめて倦怠感が消えるまではそのままでいて欲しい。幸いなことに、盗賊団の後ろに隠れていた団員は流れ弾で死んだのか逃げたのかは分からないが、一人の気配もしないのでこのまま貴族軍(仮)と向き合っていても問題は無いだろう。
しばらくの間、俺と貴族軍(仮)はにらみ合いを続けていたが、このままではらちがあかないと思ったのか、貴族軍(仮)の中から一人の男性が近づいてきた。
「ひとつ尋ねるが、私たちに危害を加える気があるか?」
「そちらの出方次第だが、今のところはない」
男性の問いに即座にそう答えると、男性の体から少しだけ力が抜けたのがわかった。
「私たちの正体を知った上で助けてもらった、と考えていいのか?」
「ちょっと違う。たまたまあいつらが、攻撃をしてきたから殺しただけだ。もし、先に攻撃してきたのがあんたらだったとしたら、俺はあんたらを攻撃していた」
「ふむ……なら、私たちが君に危害を加えない限り、君は私たちに危害を加えないということかな?」
「そうだ」
質問に正直に答えたところ、男性の後ろにいた男たちが武器に手を掛けようとしていた。そのため、俺もいつでも戦えるように距離を取ろうとしたが、男性は何事もなかったかのように話を続けた。
「嘘は言っていないようだな。助けてくれたというのに、不快な思いをさせてしまい申し訳ない」
男性は即答した俺をじっと見ていたが、しばらくして納得したように頭を下げた。後ろの男たちは男性が頭を下げたことに驚いていたが、すぐに男性に続いて頭を下げだした。盗賊団と戦っている時から、身なりからして上位者だと思っていたが間違いではなかったようだ。
向こうが引いてくれて、正直言って俺は助かったのかもしれない。後ろにいる男たちなら、黒剣と黒銃があれば勝てるだろうが、目の前の男性は無理そうだ。明らかに武器の性能だけで勝てるような相手ではないだろう。
盗賊団に押されていたように見えたけれど、もしかすると貴族軍(仮)の態勢が整えば、この男性だけで盗賊団など倒していたかもしれない。
「それで話は変わるが、何故君はこんなところにいるんだ? 見たところ、まだ成人前みたいだが?」
男性の疑問はもっともだが、俺自身説明することができないので困っていた。何故なら、自分が日本人で学生だったことや多分自殺したこと、日本での経験や知識といったものは覚えているのだが、自分の名前などの身元のわかるような個人情報に関しては何故かほとんど覚えていなかった。というか、まるで何かに塗りつぶされた、もしくはポッカリと記憶に穴があいているみたいに思い出せないのだ。
俺の様子をみてただ事ではないと感じたのか、男性は俺に少し待つように言ってから、盗賊団から守っていた馬車へと向かっていった。
馬車の中には誰かが乗っているようで、男性は中の人物と少し話をしたあとで何か指示を受けたのか、俺を手招きして呼んでいた。
男性の行動に、まだ俺を警戒している様子の男たちは驚いてざわついていたが、「旦那様のご判断だ」と男性が言うと静かになった。
「何かあるのか?」
俺は、一応警戒しながら男性と馬車に近づくと、男性から馬車の中に入るように言われた。
「話なら、外で聞く。馬車の中では、何かあった時に対応が遅れるからな」
俺の言葉を聞いた男性は困った顔をしていたが、俺の言い分も理解できるようで、馬車の中の人物に相談していた。
するとすぐに、
「外で話してもいいのだが……それは、君にも不利益をもたらすかも知れない。私は君の今の状況を完璧にとは言えないが、ある程度は説明出来るだけの知識は持っているつもりだ。恩を仇で返すような真似はしないと信じては貰えないか?」
馬車の中から銀髪の男性が姿を現した。銀髪の男性の姿を見て、外にいた男たちは膝をつこうとしていたが、銀髪の男性はそれを止めさせて、周囲を警戒するように指示をだした。
「信頼の証というわけではないが、君の持っているその武器を馬車の中で私に向けているといい。そうすれば、外の者たちがおかしな行動に出ることはないだろう。どうかね?」
「……わかった」
「では、入るといい」
銀髪の男性の言葉には、俺を馬車へと呼んだ男性も驚いていたが、何か言う前に馬車の中に引っ込んでしまったため、諦めたように大きなため息をついてから、俺に馬車の中に入るようにと言った。
馬車の中には銀髪の男性の他に、もう一人少年がいた。銀髪の男性と面影が似ているので、ほぼ間違いなく血縁者だろう。多分俺と同い年か年下くらいだろう。
「そこの席に座るといい。あと、これは私の息子だ。私よりも戦うことは苦手だから、気にしなくても大丈夫だ」
これ扱いされた少年は、苦笑いをしながら軽く頭を下げた。頭を下げるときに、少しぎこちない感じがしたので、頭を下げるということに慣れていないのだろう。
俺は目の前の男性に言われた場所に腰を下ろして、馬車の中を見回した。馬車の中は一見すると質素に見えるが、よく見てみると細かなところまで細工が施されており高級感がある。座席も丈夫な革が張ってあるが、クッションがよく効いていたので座り心地がとてもよく、これまでの疲労感が一気に出てきてしまい、あと少しで銀髪の男性の話を聞く前に寝てしまうところだった。