第五話
三話投稿の二話目です。
コボルトの群れを狩り、肉を孤児院に持っていった次の日、ここ最近は何故か外に出るとトラブルに遭遇することが多かったので、今日はのんびりと過ごそうと思い部屋に籠り武器の手入れをしていた。ちなみに、思った通りモニカさんはコボルトを見ても「寄付ありがとう」としか言わなかったが、子供たちは喜んでいたので目論見は成功したというところだろう。
後、メリッサとメアリーにベーコンの話をしたところ引き受けて貰えたので、ちゃんとモニカさんに寄付ではないと言ってからイノシシ肉の塊を十kgくらい渡した。ただ、燻製はやり始めたばかりなので失敗する可能性もあると言われたが、失敗したらしたで使い道はあるし、元々そう言うこともあり得ると想定した上で頼んでいるので、半分くらい食べられるのなら御の字だと思っている。
ちなみに、失敗した分も渡すように言ってある。これは二人を信用していないというのではなく、モニカさんが何かと理由を付けて持っていくのを防ぐためだ。一応、報酬の前払いという形で、ベーコンに使う分以外の肉を二人に渡しているので、モニカさんでも口を出すことは出来ないはずだ。
「いくつか買い換えないといけないものがあるな……刃が欠けたくらいなら問題ないけど、流石に刀身にひびが入っているのは使わない方がいいな」
戦闘の幅を広げる為に、投擲用でないナイフも投げて使うことが多い為、いくつかのナイフは刀身にひびが入ってしまい、実戦で役に立たないと思われるものがあった。まあ、やり方によっては対人戦でも使えないことも無いが、この街はスラムがあるにもかかわらずそこまで治安が悪くないし、街の周辺に盗賊などの犯罪者が出ることがほとんどないので、この街に来てから人を相手にする機会はほとんどない。
「いつもの店に持っていくか。またかって呆れられそうだけど」
どうしようもなくなったナイフなどは、よく行っている武器屋に持ち込んで引き取ってもらうのだが、元々が質の良いとは言えない鉄を使ったものなので、子供の小遣い程度にしかならない。
それに、再利用できるとは言え、普通ならナイフの数本程度を引き取ってくれるということは無いのだが、そこの店の主人が元スラムの出身であり、現在でもスラムへの炊き出しなどに協力している縁で顔見知りなので、愚痴りながらも引き取ってもらえているのだ。
「溜めたら溜めたで文句を言うし、少なくても文句を言う……あの人も結構面倒臭いんだよな……まあ、あそこくらいしか引き取ってくれないし、俺も文句は言えない立場なんだけど」
俺はこの街に来て長いというわけではないし、ギルドに登録したばかりの若造と見られることも多い為、ちゃんとした武器を扱っている店からの信用は無いに等しいというのが現状なので、数本程度のナイフなどただでも引き取ってもらえないこともあるのだ。
まあ、最近では買い物に行っても売ってもらえないということは無くなったが、それでも侮られているのが丸わかりなので、不愉快な思いをするくらいなら愚痴を言われたとしてもちゃんと対応してくれる店で買い物した方が数百倍マシなのだ。それに、適正価格で取引してもらえるし。
「まあ、この分なら、新しく買い足さなくてもいいな」
この間の朝市でナイフは追加したばかりなので数自体は足りているし、欠けた部分があるナイフもそこを重点的に研げばしばらくは持つだろう。
そう思いながら、魔法で水を出してナイフを研いでいると、
「ジーク、すぐにギルドに来いって、出頭命令が来ているよ」
ばあさんがやってきてそう告げた。
俺には出頭命令が出されるようなことに心当たりがなかったので、
「面倒くさいから、出かけていて聞いていなかったということでよくない? その間に、俺は森にでも数日潜んでいるから」
聞いていなかったということにしたかった。しかし、
「残念ながら、あちらさんはジークが街を出ていないことを知っていたみたいだね。ギルドの職員に、いるのは分かっているからちゃんと伝えろ! ……って言われたよ」
実際には、このばあさんに対してそんな口を利ける職員がいるとは思えないので、あくまでもそんなニュアンスと言ったところだろうが、バレているとなると行かないという選択肢は選べないということだ。
「ばあさん……場合によっては、もうここに戻ってこないかもしれないけど、心配はするなよ?」
「誰がするかい! くだらないことを言ってないで、さっさと行っておいで!」
せっかく真面目な話をしたというのに、俺はばあさんに尻を叩かれるような勢いで娼館を追い出された。その様子を目撃した黒服の男性からは同情の目を向けられたが……ばあさんと目が合いそうになると、慌てて見て見ぬふりをしていた。
「さてと……ちょっとモニカのところに行って、ギルドがジークに対して動きを見せた。もしギルドがジークに害をなすようなら私は動くよ……って、伝えておくれ」
「了解しました!」
スラムは基本的に外部とは関わりたくないと言う者も多く、下手するとモニカのところまで通してもらえない可能性もあるが、あの子は元スラムの出身だからそこら辺は上手くやるだろうし、まだスラムに住んでいる知り合いもいるはずだ。伝言に関してはほぼ確実にモニカに伝わると思っていいだろう。
「それにしても、ジュノーがジークを呼び出した理由は何なのかね? ジークは実力を隠しているつもりみたいだし、実際に大半の奴はごまかされているみたいだけど、確実にジュノーは気が付いているだろう。それこそ、自分の切り札でもある実兄のバルトロよりも強い可能性があるということに……」
バルトロは面倒臭がり屋で昼行燈を装ってはいるが、間違いなくこの街……いや、この地方では一番強い冒険者と言えるだろう。けど、私の見立てでは、間違いなくジークはあの若さでバルトロと同格の強さを持っている。まあ、ジークがどこまで実力を隠しているか分からないから、あくまでも推測でしかないので、実際のところはバルトロの足元にも及ばないくらい弱いかもしれないし、もしかするとすでに超えているかもしれない。もっとも、流石に年齢を十も二十も誤魔化しているとは思えないから、冒険者としての経験では確実にバルトロの方が上だろう。
「この地方一の冒険者が、年齢による経験でしか確実に勝っているとは言えないのが、ジークの怖いところでもあるんだけどね」
バルトロ自身、ジークの怖さが分かっているからこそ、最低限の警戒はしつつもジークを可愛い後輩という形で目をかけているんだろうね。ジュノーもそうであったら何も問題は無いけれど……もし仮に、ジュノーがジークを自分の手駒にしようとして、無理難題でもふかっけたもんなら……
「最低でも、ジュノーかバルトロのどちらかは再起不能になるだろうね」
そうなれば、今の平和なこの街は終わってしまうかもしれない。
この街は昔から、表社会代表の冒険者ギルド、裏社会の組合の代表(今は私)、スラム街代表の教会が三すくみの形でバランスを取ることで均衡を保ち、外部に対しては力を合わせることで独立性を守ってきた。それは、各国に対して中立を掲げているこの国でも珍しいことだ。
しかし、その三すくみもここ十年から二十年の間にかなり変わってしまった。
まず二十年ほど前に、当時まだ二十代半ばの若造だったジュノーがギルド長に就任したこと。これは他の国ではどうだか知らないが、この国では初となる二十代でのギルト長の誕生だった。ジュノーはその若さでこの街のギルドのトップに上り詰めた程の才能をいかんなく発揮し、それまでまとまりがあったとは言えない冒険者たちを上手く操り、前よりも強い勢力とした。
そして十数年前、微々たるものだが聖国の支援を受けていた教会が切り捨てられてしまい、その廃れた教会に元聖国のシスターであったモニカが住み込んで孤児院を再開させたこと。当初はスラムの反発が強かったが、モニカは見事に冒険者以上のくせ者揃いであるスラムの住人の信頼をアッという間に勝ち取り、それまでとは別物と言っていい勢力を築き上げた。
最後に、モニカがスラムをまとめ上げてからすぐに、私が裏社会の代表に祭り上げられてしまったこと。裏社会と言われてはいるものの、昔から冒険者が多いせいかこの街では他の街に比べて荒くれ者の集団は規模も小さく多くも無いので、実際のところは夜の仕事をしている私たちのような者(に加え、一部の商人)が半数以上を占めているが、その中で私が代表に選ばれたのは、個人的にモニカと付き合いがあったからだ。
最初はモニカがスラムの代表になるとは思っていなかったので、孤児院の子の就職を世話したのが切っ掛けで気安く話す仲になり、酒の勢いもあって義姉妹のような契りも結んでしまった。
その為、勢力を伸ばしていたジュノーたちに対抗する為に、スラムの代表であるモニカと親しい仲の私が裏社会の代表に選ばれたのだ。
(今でも一応は三すくみの形を崩してはいないけれど、ジュノーにしてみればそれは本当に形だけのことであり、実際は二大勢力とでも思っているだろうね。しかもこっちは、多種多様な人員が夜のほとんどと昼の一部の経済を握っている……)
例えジュノーが三つの勢力に属していない者たち(主に中立の商人や職人たち)を取り込んだとしても、かなりの差があるだろう。ここ数年のジュノーは、私たちに相当な警戒をして居たはずだ。
そんなところに、私とモニカ……二つの勢力の中心人物に影響力のあるジークが現れた。しかも都合のいいことに、ジークは冒険者としてギルドに登録もしている。
「もし私なら、間違いなくジークを取り込もうとするだろうね。それも、どんな手を使ってでも……ただし、ジークの性格を知らなければの話だけどね」
ジークは一見ぶっきらぼうで気難しく、自分の身が一番大事だという感じに見える。多分、無意識のうちにそう言う風に見せているんだろうけど、実際はああ見えて情に厚いところがあり、少し寂しがり屋だ。そして、他人や本人が思っているよりも優しい。
(とても歪な人間だけど、だからこそ私もモニカも……そしてバルトロも、ジークを気にかけているんだろうね)
ジークの本質は、多分大切な人の為なら命を懸けることの出来る人間だろう。そして、その大切な人の敵になるのなら、容赦をしないところもあるように思える。でなければ、聖国の代表でもある聖女の前に立ちふさがらないだろう。もっとも、そんなジークも、聖女の世間知らずさには驚いていたようだけど。
「とにかく、今現在私のところにいる以上、ジークは店の娘たちと同様に私の子だよ。ジュノーが何を考えているのかは知らないけれど、ジークに害をなすというのならそれ相応に痛い目に合う覚悟をしてもらわないとね」
差し当たって、まずはお茶会の準備でもしようかね。モニカなら今回のことを知れば、間違いなくここに遊びに来る。
わざわざここに職員を寄越してまでジークを呼び出したということは、ジュノーの息のかかった奴がどこかで私やモニカがどう動くのかを見ているはずだから、ここでモニカとお茶を飲んでいるだけでもけん制にはなるだろう。賢いジュノーなら、それがどういった意味を持つのかすぐに理解できるはずだ。
さて、ジュノーはどう動くのかねぇ……
「ギルド長、二つ星冒険者のジーク・レヴァンティンを連れてきました」
「入れ」
ギルドに来て早々に職員に捕まり、俺はこれまで一度も来たことのない部屋へと連れて行かれた。
「失礼します」
ギルド職員がドアを開けると、中には気難しそうな四十代の男性と……ギルドでよく見かける、いつも酔っぱらっているが、今日は珍しく酔っぱらっていないおっさんが居た。
ここまで案内してきた職員から中に入るように促されたので進むと、俺が入るとすぐにドアが閉められた。
「そこに掛けるといい」
そう言ってギルド長は、おっさんが座っている近くの椅子を指差したが、
「いえ、このまま用件だけ手短にお願いします」
俺はそれを断り、さっさと要件を言えと伝えた。
「少し込み入った話になるから、椅子に座ったほうがいいと思うのだけれどもね?」
「それでも、このままで、手短にお願いします。俺としては安心できない場所にいる時は、何かが起こった時に素早い対応が出来た方がいいですから」
そう言って睨みつけると、ギルド長は少し鋭い目つきになったがそれ以上は椅子を勧めなかった。
「ああ、そう言えばこの機会に確認しておきたいことがあったんですけど……最近、何故かストーカー被害に悩まされているんですよね。しかもどうやら、それで得た情報を使って俺に対して嫌がらせをしているみたいで……この場合、俺はそのストーカー野郎……女もいましたけど、そいつらに対して二度とふざけたことが出来ないように、実力を行使しても問題は無かったですよね? 一応、犯罪行為にあたると、ばあさん……俺が世話になっている、娼館オーナーのベラドンナさんには確認していますし、俺みたいな前科持ちでも何でもない奴を付け回すような奴は、その上司も含めてろくでもない奴と言うのは簡単に想像がつきますから、一般人に被害が出る前に始末するのは、別にギルドでも禁止はされていませんでしたよね?」
そう言ってギルド長を睨むと、
「ジーク……確かにストーカーは犯罪で、実際に被害が出ているのなら実力で黙らせてもさほど問題はないが、被害が詳細に証明できないと、逆に罪に問われるのはジークになることもあるから、始末するのはやり過ぎだぞ」
ここでおっさんが口を挟んできた。
「なら、半殺しくらいなら問題は無いか? 何人か見せしめに、手足が使えなくなるくらいのダメージで止めておくくらいなら問題は無いよな?」
「それもやめて欲しいな~……ジークのストーカーをしているのは、単にジークに強い興味を持ってしまった奴だろう。ストーカーをしている奴に心当たりがあるから止めるように強く言っておくんで、今回は勘弁してくれないか? 頼むからさ?」
「分かった、今回はそれで納得しよう。じゃあ、用はすんだから俺はこれで」
そう言って部屋を出て行こうとしたが、
「戻れ! まだ話は終わっていない!」
ギルド長に止められてしまった。おっさんは俺が帰ろうとした時に軽く手をあげていたので、このまま誤魔化せるかと思ったが、流石にそうはいかなかった。
ただ、ギルド長は俺の態度とおっさんの対応に少しイラついているようで、部屋に入った時に見せていた余裕は無くなりかけているようだ。
「それで、俺が呼ばれた理由は何ですか? 俺には心当たりがないので、早く教えてください」
勝手に帰ろうとしたことは棚に上げて、俺がはyく理由を教えろとせっつくと、ギルド長は机の上に置いていた拳に力を入れたが、
「ジュノー、落ち着け。ジークはわざと挑発して主導権を得ようとしているだけだ。まあ、ジークの言っていることも分かるがな……ジーク、これでもジュノーはこのギルドのトップなんだ。あまりからかうな。からかい過ぎれば、ジークにとってもいいことは無いぞ」
少しやり過ぎたようで、おっさんに注意されてしまった。ただ、おっさんは完全に俺の行動を否定する気はないようで、今のところどっちつかずと言った態度を取っている。
俺としてはてっきりおっさんはギルド長の味方としていると思っていたので、こうなってくると何故このおっさんがここに居るのか分からなくなってくる。
「……ジーク、単刀直入に聞くが、お前は力を隠しているな? でなければ、犯罪まがいのことをしてコボルトリーダーの素材を得てギルドに持ち込んだと判断せねばならない」
「力を隠すのは当然でしょう。むしろ、俺に言わせれば、自分の力をひけらかしている奴の気が知れませんね。それで、コボルト……リーダー? でしたっけ? どんな奴ですか?」
コボルトの素材を持ち込んだのはこの間が初めてなので、あの時に出した一番大きな個体のことだとは思うが……リーダーが付く程苦労はしなかったので、今話を聞くまで単に大きいだけのコボルトだと思っていたのだ。
「ジークが提出した中で一番大きかった奴のことだ。あれは普通のコボルトよりも格段に強い種類だから、普通はジークのような二つ星の冒険者が単独で倒すような奴じゃないぞ」
「へ~……そうだったのか。それを俺が倒したと言ってギルドに出したから、俺は犯罪に手を染めて素材を入手したと思われて、ギルド長からストーカー被害を受けていたのか……別に星の数が少ないからと言って、一般的に強いと言われている魔物を倒す術が無いわけではないし、過去には一つ星や二つ星の冒険者が、単独で危険度の高い魔物を倒したという例はいくつもあったはずだが……そう言った人たちも、犯罪者として疑われたということなのか……大した組織だな」
そう皮肉を込めて言うとギルド長の怒りは頂点に達したようで、拳を乗せていた机が大きな音を立てて粉々になった。
「どうせ俺が罪を犯したという証拠は無いんでしょ? もし出てきたとしても、それは確実に冤罪でしょうし、何なら俺の冒険者としての資格を取り消して貰っても構いませんよ。別にこの街で取り消されたとしても、他の国での再登録は可能ですし、冒険者でなければ食っていけないということもありませんからね」
ギルド長は俺の態度が頭にきているようだが、俺としてもギルド長には怒りを覚えているのだ。
何せ、この街に来てから何度もストーカーを送られて見張られているし、少し珍しい魔物を提出したら犯罪者扱いされたのだ。
このギルド長はこの街のギルドが始まって以来の傑物だという噂だったが、所詮噂は噂だったようだ。こんなことなら、俺の方から資格を返上した方がいいのかもしれない。
そう思っていると、
「ありゃ? よけられた……」
いつの間にかおっさんが俺のそばに寄ってきていて肩に手を回そうとしていたので、それに気が付いた俺は手が肩に触れる寸前で何とか回避した。
おっさんは俺が避けるとは思っていなかったようで驚いているが、俺の方がおっさんよりも驚いているだろう。何せ、ここまで気が付かれずに接近されたのは久々のことだった。こんなことはヴァレンシュタイン騎士団で揉まれている時以来で、その時よりは強くなっていると自覚している俺としては、このおっさんが初めて不気味な存在に思えてきた。
(聖女のことを世間知らずとか思って馬鹿にしていたが……俺も馬鹿だな。このおっさん、かなり強いぞ)
最初に出会った時からこのおっさんは酔っぱらってばかりで、これまでまともにしているところは見たことがないと言っていいくらいだったが、それでもそれなりに強いとは思っていた。しかし、今の動きを見る限りでは俺の評価は完全に間違いで、それこそアラクネの群れを相手にした方がよっぽど楽だと思わせるような存在だろう。
(下手をすると、ガウェイン並の強者の可能性があるな)
もしおっさんと戦闘になった場合、全力で当たれば負けることは無いかもしれないが、勝つことも出来ないかもしれない。それに加えて、ここは俺にとって敵地とも言える場所だ。ギルド長に関してはおっさんよりと比べると確実に弱いと判断できるが、それでもかなりの実力者と見ていいだろう。
(逃げた方がいいな。少なくとも、この場所で戦うことは出来ない)
そう判断して、この場からの逃走に入ろうとした時、
「よし、場所を変えるぞ! ジーク、ジュノー、着いてこい!」
突然おっさんがそう言い出して、部屋を出て行こうとした。
「バルトロ、どこに行くつもりだ!」
ギルド長がおっさんに怒鳴ると(この時、初めておっさんがバルトロという名前だと知った)、
「こんな場所に呼びつけるから、ジークが警戒するんだろ? それに、呼びつけた後の態度も悪かったしな。それに、第一回戦は俺たちの陣地に引き込んだんだから、次はジークの陣地に乗り込むのが筋ってもんだろ? だからジーク、お前の慣れた場所に移って話を続けようや。それに、このままだと娼館と孤児院の主が、仲間を引き連れてギルドに押しかけてこないとも限らないからな」
「そう言う話では!」
「ああ、そうか! 勝手に俺たちだけで決めても、向こうが迷惑するか! ジーク、悪いが先に娼館の方に戻って、オーナーに話し合いに使う部屋を用意してくれるように頼んでくれないか?」
おっさんの強引な行動にギルド長は苦虫を噛み潰したような顔をしているが、おっさんはかまわずに俺を部屋から出て行かせた。
おっさんがばあさんの名前を出して話し合いをすると言った以上、このままバックレるわけにもいかないので、一度ばあさんのところに戻ってここでのことを話すしかない。
「兄貴! 何故勝手なことをする!」
ジュノーは納得できていないようだが、あのままだとジークはここから逃げ出してしまうだろう。そうなるとギルドは、ベラドンナのばあさんとスラムのモニカを間違いなく敵に回してしまう。
それが一時的なもので、ジークに頼み込んで誤解であったとごまかすことが出来れば問題は無いが、あのジークが素直にベラドンナのばあさんやモニカのところに逃げ込むとは思えない。恐らくはこの街の外へ向かい、そのまま姿を晦ませるだろう。そうなってしまえば、これまでのような三すくみではなく、完全な二大組織によるぶつかり合いに発展しかねない。
しかも、裏社会にしろスラムにしろ、この街でしか暮らせないと言う者たちの仲間意識は非常に強く、おまけに向こうはこの街全ての経済を抑えようと思えば実行できてしまうのだ。
ここのギルドに所属している冒険者たちは、他所の街と比べても仲間意識は高い方だと思う。それは間違いなくジュノーの手腕によるものだろう。しかし、いくら仲間意識があろうとも、冒険者はこの街が住み辛くなったと判断すれば自由に出て行くことが出来るのだ。そして、別の場所でまた新たな仲間を作り、そこで活動を始める。そして、冒険者同士が新たな場所で始めにやることと言えば、情報交換からと相場が決まっている。その話の中で、ここから流れていった冒険者は新たな場所で信用を築くべく、この街で起きたことを詳しく話すことだろう。ギルド長が自分の気に食わない若い冒険者にしたことが切っ掛けで街が割れた……と。
「ジュノーのことだから、ジークに不正の疑いがあって冒険者たちの間でも噂になり始めているが、話を聞く限りではそういった可能性は限りなく低い、皆には自分からそう説明して噂を払しょくしてやろう……とか言って恩を売るつもりだったんだろうが、相手がまずかったな。普通の若い冒険者なら、それでも十分通用しただろうが、それはそいつがジュノーより弱かった場合だ。ああ、この場合の弱いは、ジュノー個人の実力だけでなく、持っている全ての権利を含めてということだ」
「つまり兄貴は、俺が持つ全てを使っても、あいつには全く歯が立たないと言いたいのか?」
「逆に聞くが、ジュノーはそれらを使って俺と戦おうと思うか? 思ったとして、勝敗はどうなると思う?」
「……勝てはするだろうが、どれほどの被害が出るか分からん。ただ兄貴のことだから、まっすぐに俺だけを狙って来るだろうから、俺は無傷ではいられないだろう」
「つまり、そう言うことだ。だから、相手が悪かったと言っているんだ」
そう言うとジュノーは、とても驚いた顔をして言葉を失っていた。
「ついでに言うと、俺が一対一でジークと戦ったとしても、勝てる保証は無い。むしろ、俺が負ける可能性の方が高いな。俺も色々と周りに隠していることはあるが、ジークはそれ以上に隠しているものがあるように思える。これは俺の勘でしかないが、正面切って戦えば勝率は四割あるかどうかってところだろうな。まあ、俺の勘なんてあまり当てにはならないが、実際に戦わなければならないとすれば、まず俺の有利な場所に誘い込んだ上で小細工に小細工を重ね、上手くことを運べば勝率が七割くらいかってところじゃないか? そこにジュノーや信頼のおける冒険者を投入すれば、九割くらいの確率で勝てるかな? まあ、ジークの隠し玉によっては、最後の最後でひっくり返される可能性も無きにしも非ずだがな。後、俺やジュノーが冒険者を集めたとすれば、ジークは……と言うより、その後ろにいるベラドンナのばあさんとモニカは、間違いなくジークの為に協力者を集めるだろうな。二人が声をかければ、この間の孤児院以上の人数がすぐに集まるはずだ」
勝とうとすれば、俺がジークを出来る限り弱らせてから、人数頼みで押しつぶすのが一番可能性が高い。しかし、ジーク側も本人の意志とは関係なく、人数を集めてしまいそうなのが二人もいるんだ。
余程のことがない限り、戦うのは避けるべきだな。
「それと、ジークに対してストーカー行為をしたのもまずかったな。あれのせいでジークはジュノーに対して不信感を抱いていたし……と言うか、やるならバレないようにするのが鉄則だろう? ストーカーされていることに気が付いたとしても、何でジークはその主犯がジュノーだと気が付いたんだろうな? 本当に怖い奴だな」
ジュノーがジークの情報収集の為に張り付かせたのは、一流の暗殺者に近い力量を持つ情報収集の専門家の筈だ。彼ら(彼女ら)のおかげで、ジュノーは孤児院での出来事をいち早く知ることが出来たのだ。
俺でもその正体を知らない(まあ、何人か目星を付けているが)というのに、そう言った存在を知らないはずのジークが、何故ジュノーの手駒だと気が付いたのか不気味ではあるが……そう言ったところが、ジークを敵に回したくない理由の一つではある。
「ストーカー行為をせず、最初の態度が無ければ、聖女様のお願いも叶えることは割と楽だっただろうが……かなり難しいことになったな。まっ! それでも、やるだけのことはやってみようかね! ……と言うわけで、そろそろ行くぞ。俺も出来る限りのことはするが、まずはジュノーが頭を下げるのが最初だな」
ジュノーはまだ不満があるようだが、頭を下げなければ始まらないだろう。
強引に話を進めて置いてこういうのも何だが、ジュノーとしてはベラドンナのばあさんとモニカの前で、ジークに頭を下げることは屈辱だろうな。まあ、それをしないと話は進まないし、何よりも二人が納得しないだろう。ジークは……俺が馬鹿を演じときゃ、呆れて二人以上に騒ぐことは無いだろう。面倒くさがりなところがあるしな。
(それでもいずれ、俺の方からも謝っとかないとな。馬鹿な弟がすまん! ……って感じで)
そんなことを考えながらジュノーの方に目をやると……何故か怖い顔で睨まれてしまった。