第四話
三話投稿の一話目です。
「何故そう思う?」
王都を出た時、ただでさえ名前を変えていないのに黒髪黒目のままでは足が付きやすいと思い、薬で髪を灰色に、目を青緑に変えたのだ。
これまでは色を変えていることがバレた感じは無かったので、二度顔を合わせただけで指摘されるとは思わなかった。
「え? 何となくですけど……そうですね。しいていうなら、色を変えている人を多く見てきたからでしょうか? 教会に来る人の中にはそれまでの生活を捨てるという意味で、髪を剃ったり短くしたり、ジークさんのように髪や目の色を変える人もいますから、本当に何となく分かったというだけです」
そう言った事情のある人を見てきたから分かったということは、ばあさんやモニカさんは俺が色を変えていることに気が付いているのかもしれない。まあ、本当に分かっていたとしたら、それを指摘しないだけ、聖女よりも人生経験を積んでいるという証拠だろう。
「確かに変えているが、それは理由があってしていることだ。これを誰かに言いふらすなよ」
「ええ、分かっております。教会でも、自分で話さない以上は他人が言いふらすのを禁止していますから」
だったら俺に対しても指摘するなと言いたかったが、言っても無駄な気がしたので口に出さなかった。
「それで、この街のスラムを見て回りたいのですが……」
クレアがスラムを行き先として指定しようとした時、
「せ……クレア様!」
「時間切れだな。それじゃあ、ここで」
「親衛隊長……」
クレアの迎えが来たので、俺はこの場から去ることにした。
迎えに来たのは前に会った親衛隊長だ。あいつなら少なくともトラブルを起こすようなこともしないだろうし、クレアの手綱もしっかり握ることが出来ると思う(と言うか、握ってもらわないと困る)ので、俺はお役目終了ということでさっさと消えることにした。
「あっ! ジークさん!」
クレアの引き留めるような声を無視し、俺は親衛隊長から逃げるようにして人ごみに紛れてその場を離れた。
「正直、今日は狩りに行く気が失せたんだけど……このまま街にいると、またクレアに捕まりそうだしな……」
少し悩んで、結局予定通り森に向かうことにした。その前に一度娼館に戻り、ばあさんにクレアに絡まれたことを話し、ついでにこの後森に行くが、もしここにクレアが来たとしてもどこに行ったか言わないでくれと頼んだ。でないと、なんだかんだ理由を付けて追いかけてきそうだし……
「はぁ……落ち着くなぁ……」
俺は森の中をしばらく歩き回り、その途中で見つけた沢にせり出していた岩に腰かけてお茶を飲んでいた。ちなみにそんな俺の足元には、血抜き中のイノシシが三頭沈んでいるので、下流に向かって赤い帯が広がっているように見えるが、大分赤色が薄まってきているのでそろそろ引き上げてもいいだろう。
「本当は一晩くらい沈めておくのがいいとか言うけど、この世界でそれをやったら、間違いなく肉食の魔物が寄ってくるからな……とか言ってるうちに……」
そろそろイノシシを回収しようかと思っていたところに、血の臭いに引かれて一頭の熊が現れた。
「ゴブリンよりはましだけど、食ってもあまり美味そうじゃないな……まあ、肉には違いないか」
あまりいい印象の無い熊肉だけど、街に持っていけば誰かが食えるように調理してくれるだろう。
そう判断し、立ち上がった熊の懐に飛び込んでダインスレイヴを喉に突き立てた。
「こいつは血抜きに時間がかかりそうだから、ダインスレイヴで吸い取るか」
熊はあまり解体したことが無いので、ギルドに持ち込んで解体してもらうことにして、必要な部分以外はそのまま引き取ってもらうことにしよう。多分、肉はあまり値が付かないと思うから、皮と骨や内臓で解体費用はお釣りがくるだろう。それに、熊の胆のうは薬の材料として有名だから、それだけでも結構な値段になるかもしれない。
「それならいっそのこと、熊の胆のうだけはばあさんの土産にしてもいいかもしれないな」
クレアの件で借りを作ってしまいそうなので、そのお返しにしてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、血抜きの終わったイノシシと熊をマジックボックスに入れて、岩に置きっぱなしにしていたお茶の残りを飲み干した。
「それにしても、少し動物が多くないか?」
沢で熊と遭遇して以降、しばらくその沢の近くをうろうろしていたのだが、その間にもシカやイノシシの姿を何度も見かけ、そのうちの何頭かを狩ることが出来ていた。
この森にはスタッツの街に住み着いてから何度もやってきているのだが、こんな大量に狩ることが出来たのは初めてだった。
「今のところ、イノシシが五頭にシカが二頭、熊が一頭か……これは何かに追いやられてきた可能性もあるな」
シカやイノシシは熊に追われて……ということも考えられるが、それなら熊が現れた沢の近くにシカとイノシシが居たのは少しおかしいし、何よりも俺が狩った熊は二m程の大きさなので、シカやイノシシがここまで追いやられるほどの個体とは思えなかった。
「そうなると、何かしらの魔物……それも大型の肉食か群れが出たのかもしれないな」
どうするか考えて、一人で対処できる程度の魔物なら追い払うか殺すかして、数が多いか厄介な魔物ならギルドに報告して対処してもらえるようにしよう。
このまま森の変化を無視して街に戻るという選択肢もあるが、この森を利用する人は同業者だけでなく街の一般人も含まれているので、この件を報告しなくて後からバレた場合、同業者がどうなろうと自己責任ではあるものの、一般人に被害が出た時には責任問題になるので、最低限ギルドへの報告は必須で、出来たらその正体を見極めるまでしておいた方が後々俺の為にもなる。何よりも、このまま放っておくと、この森を一番利用していると言っても過言ではない俺の活動に支障が出ることになりかねない。
「まあ、前にアラクネの群れを無傷で全滅することも出来たし、大概の魔物は何とかなるだろう……出来ないとなると、逆にどんな魔物か気になるな」
アラクネの危険度は、単体ならギルドの五段階評価で上から二番目に危険といったところらしいので、アラクネの群れとなると一番目になるだろう。もっとも、危険度はあくまで目安であり、中にはその目安から外れる特級とも呼ばれるさらに危険度の高い魔物もいるので、アラクネの群れを全滅させたからと言って、俺にとって全ての魔物が安心できるレベルとは言えない。それに、危険度は低くても厄介な魔物はいるし相性もあるので、魔物の正体が分かるまでは油断することは出来ない。
(イノシシやシカ、それに熊は、大体同じ方角から来ていたみたいだな……つまり、そっちの方に何かあるということか)
ある程度原因があると思われる方向に目星をつけて、気配を殺しながら慎重に進んでいくと、
(コボルトか……見える範囲では一匹だけしかいないけど、あいつらは繁殖期でもない限り単体行動はしないから、もっといると考えた方がいいな)
コボルトは見た目が二足歩行の犬だからか、繁殖期は基本的に春と秋の二回と言われている。そして今は、春はとっくに過ぎて秋と言うにはまだ早い季節なので、エサの有無や周辺の警戒に出ている個体という可能性が高い。もっとも、ただ単に群れからはぐれただけの個体という可能性もあるので、まずはそれを確かめた方がいいだろう。
「エアカッター」
コボルトに気が付かれないギリギリのところまで近づき、風の魔法を放ってコボルトを切り裂いた。
その後で木に登り、血をまき散らして絶命しているコボルトの死体を観察していると、
「やっぱり仲間がいたか」
しばらくして仲間と思われるコボルトが数匹集まって来た。
集まったコボルトは五匹いたが、周囲の臭いを嗅いだ後で仲間同士で相談するかのように顔を突き合わせると、死体の横に落ちていた棍棒を拾ってどこかへ走って行った。
(そっちの方角にまだ仲間がいるみたいだな……さて、案内してもらうとするか)
俺は影の中に潜り、コボルトに気が付かれないように距離を取りながら追いかけていくと、
(あそこか……見えるだけで大人のコボルトが二十はいるな。隠れているのと狩りに言っている個体がいるとすれば、もしかするとその倍の群れかもしれないな)
コボルト自体は単体で危険度が一番下に格付けされている魔物だが、そのグループでは上位に来る魔物だし、個体によってはその一つ上に入ってもおかしくない強さを持つのもいたりする。
一応、強さとしては同じ大きさの犬と同じくらいと言われている者の、コボルトは犬とは違い武器が使えるので、そんなのが四十もいるとなると危険度は二つくらい上がるかもしれない。
(でかいので一m半くらいあるかな? コボルトとしては少し大きな個体だけど、大して違いは無いはずだ)
俺が追いかけて来た個体が群れに合流し一番大きな個体と接触すると、その大きな個体がすぐに遠吠えをし始めた。そのまま様子を見ていると、続々とコボルトか集まって来たので、あれは仲間を集める為の合図だったのだろう。
(姿が見えるのだけで……三十八か。こうしてみると、コボルトの群れとは言えそれなりの迫力があるな……シャドウ・ストリング)
一番大きな個体……群れのボスと思われるコボルトが、群れのコボルトたちを近くに集めたところで、離れたところからシャドウ・ストリングを使って一網打尽にした。
ただ、一本だけでは全部は捕まえられないと思ったので、同時に五本のシャドウ・ストリングを放ったのだが……全部捕まえたかわりに、糸同士が絡まってしまった。
シャドウ・ストリングは芯にアラクネの糸を編んだものを使っているので、そう簡単に切れることは無いが……捕まっているコボルトが暴れているせいで現在進行形で複雑に絡まり続けているので、場合によってはもったいないけれどどこかで切った方が楽かもしれない。
「とにかく、止めを刺していくか」
絡まった糸を解く時のことを考えるのは後回しにして、まずはコボルトたちに止めを刺して行くことにした。
コボルトは弱い魔物ではあるものの皮にはそこそこの値段が付く(その代わり肉はかなり価値が低い)ので、イノシシの時のように喉を一突きして息の根を止めて血を吸い上げることで、なるべく毛皮が汚れないように気を付けた。
「これだけいれば、熊だろうと逃げ出すよな……まだいるな」
最後の一匹が動かなくなったところで、死体をマジックボックスに入れようとしたが……近くにまだ数匹隠れている気配がした。
「そこだな」
気配の主は逃げ出すよりも隠れることを選んだらしく、視線を向けてもその場から動かなかったので、陰に潜って近づき背後を取ると、そこにいたのは、
「まだ子供か……」
今年生まれたばかりと思われる、コボルトの子供たちだった。まあ、後半年もすれば早い個体は繁殖が出来るまでに成長するので、かわいそうだが親たちと同じところに送ることにしたが……やはり魔物とはいえまだ小さいので、罪悪感は少しだけあった。もっとも、そうやって逃がして後々他の人が犠牲になってしまったというのはよく聞く話なので、恨むのなら比較的街に近い場所を住処に選んだ親たちを恨んで欲しいところだ。
「それにしても、これだけあるとギルドに持ち込んでも色々とうるさくなりそうだな……提出するのはボスの他に十匹と子供だけにして、残りは小分けにして処理するか」
何なら、ギルドではなくばあさんやモニカさんに土産として渡してもいいかもしれない。
ただ、解体しなければならないので嫌な顔をされるかもしれないが、コボルトの毛皮は寝具や防寒具にも使えるので、いらないとは言われないはずだ。それに、魔物からとれる魔石は余程小さくなければ基本的に値段が付くので、孤児院では貴重な現金収入につながるはずだ。
(素材を無駄にしない意味でも、孤児院に小分けにして寄付という形にした方が、モニカさんに恩を売れる……分けないか……あの人のことだから、『寄付ありがと』で終わるかもしれないな。まあ、それでもいいか)
モニカさんには小細工が通用しなくても、子供たちやスラムの住人にはいい印象を与えることが出来るだろう。
スラムの住人の団結力はすごいので、敵に回すようなことは出来る限り避けるべきではあるが、かと言ってあからさまに媚びを売ってご機嫌取りをしていると思われてもなめられてしまう。
そう言った意味でも、孤児院への寄付という形での処理は色々と都合がいいだろう。それに、寄付で子供たちの小遣いでも増えるようなら、今後イノシシやシカの処理も頼みやすくなる。
それに、メリッサとメアリーは孤児院を卒院した後のことを考えて料理を覚えている途中で、最近は燻製に手を出しているとのことらしいので、今度ベーコンでも作ってもらいたいところだ。なお、ジョンは男の子らしく、卒院した後は冒険者になって世界中を旅したいそうだ。
「ジーク~なんか珍しいもん、いたか~?」
ギルドにコボルトを提出に来ると、相変わらず飲んだくれてるおっさんに見つかった。
「コボルトが少々」
「そっか~……コボルトは毛皮以外はあんまし値段が付かないからなぁ……もっと肉が美味けりゃ、分けて貰うんだけどなぁ」
などとおっさんが言うと、聞き耳を立てていた冒険者たちが笑っていた。多分、朝から出かけてコボルトしか取れて来ていないと思って馬鹿にしているのだろう。
「それで、どこまで行ってきたんだ~?」
「街道から外れた先にある、いつも行っている森だ」
そう言って受付に向かうと、
「あん?」
後ろからいつもと違った感じの声が聞こえたが、多分酒でむせたんだろう。
「コボルト十数匹分の査定を頼む」
「コボルトですか? それくらいならすぐできるので……いえ、そう言えば今人手が足りていないので、明日以降に来てもらえますか?」
受付でコボルトの査定を頼むと、受付では最初すぐに出来ると言った感じだったのが、急に後日になると言われてしまった。まあ、人がいないのなら仕方がないし、急いでいるわけではないので待つのはかまわない。
そう言うわけで、素材を提出するところにコボルトを持っていき、引換券のようなものを貰って今日のところは帰ることにした。
ただ、帰る際におっさんの近くを通ったというのに、いつもみたいに声をかけてこないことに気が付き何となく目をやると、おっさんは何故か険しい顔をしていたが……多分、飲み過ぎて気分が悪くなったか金が足りなくなりそうかのどちらかだろう。
「次は、孤児院だな」
頼まれていた肉を渡しに行って、ついでにメリッサとメアリーにベコンをつくれるかどうか聞こうと思い、スラムに向かって歩き出した。
「バルトロさん、いきなりなんですか? コボルトなら、私でも査定できるくらいの小物ですよ? まあ、資格が無いのでやりたくてもやれませんけど」
「ん? ああ、それはすまんかったが、ジークが持ってきたコボルトを確認して、すぐにジュノーのところに行くぞ」
ジークがよく行っているという森は熊などの肉食獣が出るので、新人なら森の浅いところで薬草などを探し、中堅以上は少し奥まで行って獣を狩ると言った感じのところだ。
ただ、ベテランになると金銭的な意味であまり旨味を感じなくなるので、さらに遠くにあるもっと大きな森や山に行って魔物を狙うという感じなのだ。
何故ベテランがその森に行かなくなるのかと言うと、あの森は周囲を草原で囲まれており、おまけに人通りが多いせいか魔物が近づきにくく、いてもゴブリンやスライムくらいだと言われている。
ただ、ゴブリンやスライムだと、繁殖する前に熊のような肉食獣の餌になる為、イノシシやシカの方がはるかに多いのだ。
そんなところにコボルトがいたというのはこれまで聞いたことが無いが、ジークがそんな嘘をつく必要も無いので、念の為ジュノーに相談してみようと思い、ジークに気が付かれないように受付嬢にジェスチャーで後回しにするように伝えたのだが……それは正解だったようだ。
「このデカいのは、ただのコボルトじゃないぞ」
ジークが提出したコボルトの中で他の個体よりも明らかに大きな奴は、間違いなくコボルトリーダーだ。
ハイコボルトとも言われるこいつは他のコボルトよりも危険度が高く、ギルドでは危険度は下から二番目だがその中でも確実に上の方で、大きさによっては三番目の下くらいまでくる魔物だ。
大きさは平均して一m半と言ったところだが、その毛は熊の倍以上は頑丈で、普通のコボルトよりもはるかに素早くて強く、倍くらい大きな熊でも簡単に噛み殺してしまうのだ。
「こいつは平均より少し大きいといった程度だから、危険度は下から二番目の個体と言ったところだと思うが……コボルトリーダーの率いる群れは、普通のコボルトの倍以上の数になることが多いからな……」
「ちなみに、普通のコボルトだと、どれくらいの数が平均ですか?」
ギルドの受付なら、それくらいは基礎知識として知っておけよと思ったが……今の若いもんは、そこら辺のことはあまり気にしないのかもしれないな。ジークも知らなかったっぽいし……
「ボスになっている個体にもよるが大体十辺りで、繁殖期だと普段ははぐれている奴が合流して二十以上にになることもあるな。それがコボルトリーダーだと、二十から三十くらいにはなるな。ただ、コボルトリーダーであってもなりたての若い個体だと十前後の群れもの場合もあるし、もっと強い何かに襲われて数が少なくなることもあるから、一概には言えないがな」
本当に、群れの数に関しては当てにはならない。何せ、倍以上ということは、五十や百になることもあるんだからな。まあ、流石にそこまでの数ではないだろうが、ジークはここに出した以上の群れを狩ったのは間違いない。何せ、ここにあるコボルトの死体は、未成熟な子供を除けば全て雄だからな。
コボルトの群れは基本的に雌の数の方が多いから、ジークは提出した数と同じかそれ以上のコボルトを隠している可能性が高い。
(何か理由があるのか? 例えギルドを通していない依頼でコボルトが必要だったとしても、報告の時に全て見せて素材を売らなければ、それだけで多少の金にはなるのに……もしかして、目立つのを嫌がったとか? 今更?)
ジークなら目立つのを嫌がってわざと出さなかったというのもありえそうだが、あいつが世話になっている娼館のオーナーのベラドンナは当然知っているだろうし、孤児院のモニカもだろう。それに、ある程度の実力者は勘付いているはずで、ジークがこの街に来てすぐの時に俺が要注意人物としてジュノーに報告したから、ギルドの職員の多くはそれとなく教えられているはずだ……目の前のこいつは知らない可能性がありそうだが……とにかく、ジークがかなりの実力者だと知っている奴はかなり多い。
「知らぬは本人のみ……ってことか」
さて、さっさとジュノーに報告に行くか。
あいつがどういった判断を下すか分からないが、少なくともジークを敵に回すようなことにはならないはずだ。まあ、ジークに対する警戒度は上がるかもしれないが……