第三話
「朝……いや、もう昼か。少し寝過ごしたか?」
毎日ギルドで依頼を受けているわけではないし、基本的にばあさんからの依頼がない限りは朝早くから起きることが無いのでいつも通りの時間だが、今日は予定があったのでこの分だと遅れてしまうかもしれない。もっとも、相手方とは正確な時間の約束はしていないので、別に遅くなっても問題は無いと言えばないのだが……相手方の保護者はちょっとくせの強い人物なので、あまり遅くなるとネチネチと難癖を付けられてしまうかもしれない。
「あのおばさんも、結構厄介な人だからな……」
これから会いに行く相手方の保護者というのは、この街のスラムの顔役とも言える人物なのだ。
スラムに住んでいるのはこの街の人口の十分の一もおらず、その半数が未成年だと言われているのだがその団結力は強く、スラムを抜けて人並みの生活を送れるようになった者も、そのおばさんの為なら力になるだろうと言われているくらいなのだ。
おまけにばあさんと仲がいい(ばあさん曰く妹分のようなものらしい)ので、どちらかを敵に回すとこの街の四分の一近くが敵になる可能性があると言われている。
だからこそ、娼館の片隅に住んでいる俺の安全に繋がっているとも言えるのだが、その分その二人の力になる義務も発生するというわけである。まあ、今回は義務と言うよりは取引のようなものだが。
「ん? なんだ?」
目的地の近くまで来ると、何故か周囲に緊張感が増しているように感じた。原因が分からないままだったが、とりあえず俺はそのまま周囲を警戒しながら目的地……元教会の建物へと向かうと、その教会が原因の場所となっていた。
「誰だ、こんなところに……邪魔くさいな」
いつもは裏口の方が娼館から近いのでそこから敷地に入っていたが、念の為正門の方に回ってみたところ、正門前の通路に馬車が止められていて、その馬車が通路の半分近くを塞いでいた。
「止まれ! この教会に用事があるのなら後にしろ!」
正門に近づくと、俺に気が付いた騎士が道を塞いだが、
「この建物に用事はあるが、この場所は教会ではないぞ。それに、お前らに何の権限があって、一部とはいえ他国の街を占拠しているんだ? ことと次第によっては、国際問題に発展しかねないが、それを分かった上でやっているのか?」
そう言うと騎士たちが怯んだので、その間に俺は壁を飛び越えて敷地内に入った。すると、
「メリッサ、メアリー、ジョン、肉を取りに来たぞ。案内してくれ」
見知った三人の子供がいたので声をかけた。そのすぐ近くに、数人の騎士と知らない女、それに厄介な保護者がいて何やら険悪な雰囲気を醸し出していた。だが、そちらに関わると面倒臭そうだったので子供にだけ声をかけ、いつも肉が置いてある台所に向かおうとしたが、
「おお、よく来たよく来た。待っていたぞ、ジーク。では、聖女様、我々はかねてよりの約束があるので、これでお引き取り頂けますか? それと、今後もあなた方と相いれることは無いと思われますので、金輪際関わらないでいただけるとありがたいですね」
「貴様!」
明らかな悪意を込めた厄介払いに、聖女と呼ばれた女の傍に控えていた女の騎士が剣を抜いて保護者に向けたが、
「馬鹿か、お前は」
騎士が次の行動を起こす前に俺が剣を奪い取って蹴りを入れたので、騎士は数m程後ろに転がって行った。
「いつの間に!?」
「皆、来い! 敵だ!」
騎士たちは転がって行った女騎士も含めて反応が遅く、ようやく応援を呼んでいたが俺はそれを無視して、
「ここはまず俺がやるから、しばらくは様子見だ! 分かったな!」
騎士たちが居る方とは別の方に向かって、大きな声で指示を出した。
「お前ら、この人がどんな人なのか分かった上で剣を向けるんだな。分かってないなら教えてやるが、この人に傷一つでも付けたら、このスラムに住む住人が死に物狂いで向かって来るぞ。そうだな……この時間だと仕事に出ている奴もいるだろうから……それでも、すぐに数百人は集まるだろうな」
俺の言葉に、騎士たちは半信半疑と言った様子だったが……外で待機していた騎士が慌てた様子で走ってきて何かを告げると、一斉に顔を青くしていた。ただ、聖女と呼ばれていた女だけは何が起こっているのか分かっていないようで、きょとんとした顔をしていた。
(顔は整っているが……かなりの世間知らずみたいだな。まあ、聖女と呼ばれるくらいだから、世俗から隔離されていたとしてもおかしくは無いか)
聖女は、これまで会ってきた女性の中でも間違いなく上位に来るくらいの美少女だが、何となく好きになれそうにない感じがした。
「どうする? このままだと数百人……いや、千人くらいになりそうな相手と戦って、無駄に命を散らすか? まあ、生き残れたとしても、国際問題でどうなるか分からないがな」
目の前の騎士たちは俺の知っている騎士たちと比べ物にならないくらい弱いだろうが、それでもそこそこ戦えるはずだ。ぞれこそ、平均すればスラムの人間よりはかなり強いだろうが……それはあくまでも平均すればの話で、このスラムに住んでいる者たちは、病気や大怪我の後遺症で満足に動けないものや子供も数多くいるが、中には荒事が得意過ぎたせいでここでしか住めないというような奴もかなりの数いる。
荒事が得意な者の全てが騎士よりも強いというわけではないが、中には元傭兵だったり裏社会で活躍していたりという者もいるので、場合によっては一般的な騎士を相手にするよりも厄介かもしれない。
「ちなみに言っておくが、俺はスラムの人間に命令できる程の権力があるわけじゃないから、今すぐ態度を改めないとどうなるか分からんぞ」
今のところ集まったスラムの住人が騎士たちに襲い掛からないのは、俺がある程度強くてたまに食料を持ってきているのが知られているのと、ばあさんやおばさんと親しい仲だと思われているからだ。いわば、虎の威を借る狐状態ではあるものの、とりあえず虎の顔を立てておこうと判断されているからに過ぎない。
「皆、お客様のお帰りだよ。道を空けてやりな!」
おばさんがそう言うと、正門付近に集まっていたスラムの住人たちが一斉に道を空けた。ただ、それでも聖女は何が起こっているのか分かっていないようだったし、騎士も迷っているようだったので、
「今なら客人として帰してやると言っているんだ。それとも何か? ここに居る数百人のスラムの住人を相手にした上で、国際問題に発展させたいのか?」
そこまで言うと、騎士たちはまだ状況が理解できていないような顔をしている聖女を馬車に押し込んで、急いでスラムを去って行った。
「皆、わざわざありがとう。もう大丈夫だから、戻ってもらっていいよ。このお礼は、いずれするからね!」
おばさんがそう言うと、集まっていたスラムの住人たちは三々五々に帰って行った。
「じゃあ俺も、肉を貰ったら帰りますね。ギルドにも依頼の品を提出しないといけませんし」
そう言っておばさん……モニカさんの前から逃げようとしたが、
「まあまあ、ちょっと待ちなって……ジークも、少しはあいつらのことが気になっているだろ? 気になっているよな? 教えてやるから、ついて来なさい。その間にお肉の解体は終わると思うから」
面倒臭そうなのでついて行きたくはなかったが、あの聖女たちのせいでばあさんが預けておいたイノシシの解体がまだ終わっていないそうだ。
それなら先にギルドに行ってこようとしたが、
「あんたは一時的にとはいえ、スラムの連中に命令を出したんだ。自分の意志で介入したんだから、少しは事情を知っておきな」
と言われてしまい、モニカさんから逃げることが出来なかった。
「だから、あの聖女様とやらに言ってやったんだけどね。すでにこの街の教会はあんたらの国に斬り捨てられて十年以上が経っているのに、今更関わろうとするな! って……でもあの聖女ときたらとんだ世間知らずで、それでも子供たちのことを考えたら、私たちと一緒に来た方がいいに決まっていますぅ~……って、馬鹿みたいなことを本気で言うんだよ。まいっちまうね。何でこの街の教会と孤児院が聖国から捨てられたのかも理解していないし、聖国が救済という名目で何をやっているのかも知らないみたいなんだよ。それを教えてやろうとすれば、あの金魚の糞みたいな騎士たちが妨害するし……ジークが来てくれなかったら、本当に国際問題に発展する事態になっていたかもしれないね」
このモニカさん、元は聖国のシスターだったらしいが、若い頃に聖国のやり方に疑問を持ってしまったことで中枢に近い奴らに疎まれて色々な嫌がらせを受けてきたらしく、それならいっそのこと聖国との関係を断って自分で出来ることをやろうとこの街に来たそうだ。
そしてこの街の教会と孤児院は、聖国への献金と言う名の上納金を収めることが出来ずに、十年以上も前に聖国から破門という形で見捨てられたのだ。
その時期に一人でやってきて、当時のスラムの住人たちの反発を受けながら孤児院の立て直しをしたモニカさんからすれば、聖国は例え聖女と呼ばれる人物であろうとも信用できる存在ではないということらしい。
「実際に、あの聖女様とやら、本当の世間知らずだよ。それこそ、貴族の箱入り娘でも、あそこまで酷いのはいないというくらいの……ある意味あれも聖国の犠牲者なのかもしれないけれど、だからといって誰からも教えられないのと自分で考えられないは違うからね」
状況はかなり違うだろうが、実際にモニカさんは自分で考えて行動し、自力で今の信頼を勝ち取っているのだ。色々と面倒くさいところのある人だけど、そこは素直に尊敬できる。
「それで、だ。ジークにちょっと頼みがあるんだよ……聞いてくれるよね?」
本当に、これさえなければもっといい人だと言えるのに……
結局、俺はモニカさんの頼みで、スラムの住人への炊き出しに使う肉を森でとって来ることになったのだった。肉は量があれば何でもいいということだし次の炊き出しは七日後なので、急いで森に行く必要がないのは助かる。
「とりあえず、今日はギルドに依頼の品を納品して、後は……部屋に戻って寝るか」
精神的に疲れたので、さっさとギルドでやることを済ませて休もう! ……と思ったが、
「ジ~ク~……変な騒ぎは起こすなよ~……おっちゃんもそのせいで駆り出されたんだぞ~……まあ、ギルドに来たらもう終わったからいいって、弟に言われたんだけどな~」
またもおっさんに絡まれてしまった。
毎度毎度思うのだがこのおっさん、いつも酔っぱらっているくせに、不思議なくらいとても耳が早い。
今回のスラムでの話は、規模が大きくなってしまったのでおっさんが知っていても不思議ではないが、まだ一時間も経っていないのだ。しかも、それに俺が関わっていて、その対策におっさんが呼ばれたということは、かなり初めの方で知らされていた上で、かなりの情報を教えられているということだ。
つまりこの酔っぱらいのおっさんは、このギルドの上層部と強いコネを持っているということになる。まあ、そのコネはおっさんが言った弟とやらが関係しているのだろう。
(つまり、俺か聖女のどちらか、もしくは両方がギルドの上層部にマークされていて、おっさんもそっち側の人間ということか……)
「ジ~ク~……そんな怖い顔するなって。おっちゃん、怖くて夜しか眠れなくなるだろうが~」
「夜眠れるんなら十分だろうが」
このおっさんへの警戒を、もう少し上げた方がいいみたいだなと思いながら、俺は依頼の品を提出する為に受付に並んだ。
「あちゃ~……変に警戒されたみたいだな? まったく、ジュノーの立場を考えればジークを警戒するのは分かるが、万が一敵対されたらどうする気だ? 俺を含めて、このギルドの奴らを集めたとしても、勝つのは至難の業だぞ」
多分だが、少し前に別の街で噂されたアラクネの群れを襲った犯人はジークだろう。こんなことを言ってもジュノーには笑われてしまうだろうが、俺の勘がそう言っている。
初めて馬車で見た時からヤバい奴だとは思っていたが、こちらから敵対する意思を見せなければ見境なく襲ってくるような奴ではないし、例え敵対することになったとしても話し合いの余地のある相手だとも思っている。
「あれ? ちょっと待てよ……さっきジークに警戒されたのは、もしかしてジュノーは関係ない……のか?」
よくよく考えてみれば、俺がジークに愚痴をこぼさなければ、ジークはいつも通り俺が酔っぱらっているとしか思わなかったんじゃないか?
「やべぇ……もしもジュノーにこのことを知られたら……」
とか思っていたら……何人かの職員が俺を見ていた。しかも、揃って手招きしている……
「ギルド長室に行けってか? ああ、バレてら……」
あの様子だと、ジークが入って来た時点で隠れてみていたか、職員が聞き耳を立てていたな。
「はぁ~……仕方がない、怒られてくるか……」
これはしばらくの間ジュノーにこき使われるな……酒を飲める程度の稼ぎは保証してくれるといいけど……無理かな?
「くあぁ……眠い……流石にこの時間に起きるのはきついな……」
学園にいた頃なら日が昇るくらいの時間に起きるのは珍しくなかったけれど、今は夜に行動することも多いせいで、自然と起きるのが遅くなってしまっているのだ。なのでこの時間に起きて外に出ると、
「あれ? 寝坊してしまったのかね? 誰か、時計が狂ってないか確かめとくれ」
このようにたまたま鉢合わせたばあさんに驚かれ、ついでにからかわれてしまうのだ。
「狂ってない。少しやることがあって早起きしただけだ」
今日は、昼くらいからモニカさんに頼まれた肉の調達の為に森へ向かうつもりで、その前に狩りに必要な道具や食料などを朝市で買おうと思い早起きしたのだ。
本当はもう少し遅い時間でもいいのだが、どうせならまだ人の少ない時間から行って面白いものが無いか見て回り、ついでに屋台で売っているものを朝食にしようとも思っている。
その後、ばあさんの後で会った店の従業員に驚かれ、店の掃除をしていた子に驚かれ、さらには店の警護をしている黒服の男にも驚かれるのだった。
「やっぱり、朝早い方が質のいいものが多いな。でも、朝食になりそうなのは意外と少ないな」
特に食材はいいものから売れていくので、早く来た分いつもより美味しそうなものが多かった。ただ、食事を売っている屋台はまだ準備が終わっていないか作り始めたところも多かったので、買えるところが限られているのは想定外だった。まあ、そう言った屋台は人が多い方が商売するには効率がいいので、もう少し遅い時間からが本番なのかもしれない。
「数日分の保存食に甘味に調味料、罠用のロープに罠用のエサ、後は使い捨ての武器……こんなところか」
朝食は一旦後回しにして、目的のものを先に見て回ることにした俺は、予定していたものを買い集めることが出来た。
攻撃手段は魔法もあるし、武器に関しても基本的にダインスレイヴがあれば事足りるのだが、それとは別に、獲物の解体や野草の回収、それに戦いの際のけん制などの為に、気兼ねなく使い捨てることの出来るナイフなどがあると便利なのだ。
それとついでに、もし仮に何かの理由で森に数日滞在することになったとしても大丈夫なように、手軽に食べることが出来て日持ちする携帯食も購入した。
「やっぱり朝市だと、職人見習いが小遣い稼ぎで安いのを売っているから、数を集めるのが楽だな」
今日買った本数を普通の店で集めようとすると、倍近い値段になってもおかしくはない。それに、店によっては見習いのものは置かないという方針のところも多いので、いくつもの店を回らないといけなかったりする。
流石に一級品と言えるものではないし、かなり出来の悪いものも並んでいたりするが、使い捨てる前提でそこそこの品質のものを求めている俺にとっては、むしろ一級品よりは二級品以下の出来の方がありがたかったりする。
「それじゃあ腹も減ったし、何か……ん?」
食べ物の屋台も増えてきていい具合に腹も減ったので、何か美味しそうなものは無いかと捜し歩いていると、何やら屋台でトラブルが起きているようだった。
朝市ではスラム出身で孤児院とかかわりのある奴が屋台をやっていたりするので、一応知っている奴かどうかを確認する為に近づいてみると、
「何やってんだ、あの馬鹿……」
トラブルを起こしていたのは知り合いではないが、俺と全く関りが無いとも言えないような奴だった。ただ、間に入る義理は無いので、そのまま無視して離れた場所で屋台を探そうと思った瞬間、
「あら? おはようございます」
向こうから声をかけられてしまった。
「ん? ……お前は確か、スラムの孤児院に良く出入りしている奴だよな? この嬢ちゃんの知り合いか? なら、お前でもいいから金を払ってくれ。全く、どこの箱入り娘なんだ? 食ったのに金がないとか……」
知り合いではないので代わりに払う義理も無いのだが、俺が孤児院と関係があると知られているので、ここで断ると孤児院の方に迷惑が掛かってしまうかもしれない。
この店の主人も、相手の所作から一般庶民ではないと判断して強く出ることが出来なかったみたいだが、それは正解だっただろう。
「分かった、俺が代わりに払おう」
屋台の串数本の金額なので大したことは無いのだが……釈然とはしない。ただ、ここで逃げると俺個人や孤児院だけで済むような話ではなくなる可能性もある。
「いくぞ」
「え? あ、はい」
俺は無銭飲食の少女……聖国の聖女の腕を引いて、人気のない路地裏に入った。傍から見るとやましいことを考えているように見えるかもしれないが、特にそう言った目で見ている者はいなかった。
「それで、聖国の聖女様が、何で無銭飲食をしたんだ?」
「いえ、その……食べないかと言われたから頂いたのですが、お金が必要だとは思わなかったもので……てっきり、ご厚意で頂けるものだと思いまして」
聖国では、聖女というだけで向こうから食べてくれと差し出してくるのが普通だったので、あのようなトラブルが起きたということらしい。
「それで、聖国から来たお仲間はどこに居るんだ? 送ってやるから、さっさと合流しろ。これ以上トラブルを起こされたら色々と困るからな」
この聖女を早くお目付け役に引き渡したかったのだが、
「いえ、聖国ではこのような機会を得ることが出来ないので、私はもう少し街の営みをこの目で見てみようと思います」
などと言って頭を下げたと思ったら、どこかへ向かって歩き出した。
「だから、これ以上トラブルを起こされると、下手をすれば国際問題になりかねないと言っているんだ! せめて、親衛隊の誰かを連れて来い!」
下手をするとあいつらもトラブルを起こしかねないが、それでも何人かはまともな奴がいるはずだ。しかし聖女は、あいつらについてこられるのは嫌らしく、困ったような顔をしていた。
「彼らには彼らの事情がありますし、用事もありますから……そうだ! あなたが付いてきてくれませんか? この街に詳しい方が付いてきてくださると助かります!」
名案だと聖女が自画自賛するように手を叩いているが、俺としてはそんな面倒くさいことはしたくない……が、ここで別れたらもっとひどいトラブルが起こるのは目に見えている。
「分かった……すごく嫌だが、案内くらいはしよう。ただし、俺の指示には従えよ? それと勝手なことは絶対にするな! 本当に嫌なんだからな!」
しつこいくらいに念押しをすると、聖女はにこりと微笑んだ。俺の思いが通じたと思いたい。
「それで、ええっと……私はクレア・ホワイトと申しますが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ジーク・レヴァンティンだ」
「それでは、ジークさんと呼ばせていただきます。私もクレアで構いませんので」
確かにいつまでも聖女と呼ぶわけにはいかないし、聖女と呼べば混乱が起きやすくなると思うので、名前で呼ぶのは賛成だが……後で親衛隊の奴らから何か言われないかが心配だ。
「それでジークさん、早速聞きたいことがあるのですが?」
「次に行きたい場所のことか?」
なるべく人気の少ないところの方がいいなと思いながら聞くと、
「いえ、それもありますが、それよりも……何故、目と髪の色を変えているのですか?」
考えていたのとは全く違う質問をされたのだった。