表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
23/117

第二十三話

「先輩、あれからジークの行方はつかめましたか?」

「いいえ、どこに居るのか、カレトヴルッフ家の騎士団でも掴めていないわ。恐らく、もうこの国にはいないのでしょうね」


 十日前にソウルイーターを倒したジークは、何故か教頭の指示で隔離されることとなり、その日のうちに姿を消した。

 そしてジークが姿を消したのが分かるのと同時に、アコニタム侯爵と学園に出入りしていたアコニタム家の執事、さらには二百を超える騎士の格好をした者の死体が見つかり、それら全てがジークの仕業とされた。

 そのことをアコニタム家を中心とした派閥が、揃ってジークの後見となっているヴァレンシュタイン家を責めた。しかし、今回のことは学生である私から見てもおかしなところだらけで、すぐに反撃を食らうことになった。


 まず、王国騎士団でも成しえなかったソウルイーターの正体を暴き、さらには単独で倒したジークを罪人のように牢屋へと入れたのは何故なのか?

 学園と直接関係のないアコニタム家の当主と執事が、深夜に……しかも、学園の地下にある牢屋に侵入したのは何故なのか?

 学園の四つの門の付近に、学園の知らない騎士たちの死体があったのは何故なのか?


 その三点に加え、ソウルイーターの正体が学園教師のチューベローズだったということで即座に王国騎士団が調査に乗り出し、ほんの数時間でジークは巻き込まれただけだの可能性が非常に高いという報告を出した。


 まずアコニタム侯爵とその執事の殺害に関しては、魔法を阻害させる拘束具(これについても過剰な措置だとされた)を着けられているジークに対して殺害を企てた疑い(侯爵と執事が暗殺用と思われる武器を所持していた)が出た為、自己防衛の為にジークが反撃した可能性が高いので詳しい結果が出るまで罪状は保留となり、四つの門で見つかった死体に関しては短時間で行われた可能性が高い為、ジークが単独で行ったという確証はない(その後、ヴァレンシュタイン騎士団の証言によって、ジークが単独で行ったとされた)上に、そもそもの話、相手は不許可で学園に侵入していた、もしくはしようとしていた武装集団ということだったので、本当にジークが行ったことならばそれは犯行ではなく、多数の生徒の命を救った功績だったということになった。


 そして次の日、事態はさらに動くことになった。

 ジークが事件に関わっている上に姿を晦ませたということで、ヴァレンシュタイン騎士団から数名の騎士が調査の為に派遣され、その中にディンドラン様がいたのだが……そのディンドラン様が、何とアコニタム兄妹を襲うという事件が発生したのだ。

 もっとも、襲ったと言っても武器は使わずに数回殴りつけただけだったが、兄のムスカは顔の半分が大きく腫れあがり、腕と鎖骨を骨折する大怪我を負い、妹のロベリアはムスカとは反対の顔を殴られて倒れ込んだところを蹴り上げられて、肋骨数本を折られたのだった。

 さらに二人に対して攻撃を仕掛けようとしていたディンドラン様だったけれど、それは一緒に来ていた副団長さんに止められていた。止めるのが少し遅かったように思えたが、副団長さんもアコニタム兄妹を睨んでいたからわざとだったのかもしれない。


 そんな暴挙とも言える行動を起こしたディンドラン様を、調査をしていた王国騎士団が身柄を拘束したのだがすぐに解放され、逆にアコニタム兄妹が拘束されたのだった。

 何故ディンドラン様がアコニタム兄妹を襲ったのかと言うと、ムスカが腰にジークの白い剣を差して、ロベリアが前にジークが見せてくれたネックレスを首にかけていたからとのことだった。

 たったそれだけのことでと、アコニタム家からは当然のように抗議が出たが……それでもディンドラン様は罪に問われることは無かった。それどころか、アコニタム家はさらに追い詰められることになるのだ。

 その理由は、ジークの使っていたあの白い剣は陛下からヴァレンシュタイン子爵に直接下賜されたものであり、それをジークが譲り受けたというものだったからだそうだ。

 ジークがヴァレンシュタイン子爵から白い剣を譲り受ける際に子爵は陛下に許可を取っていた上、ジークが姿を晦ます前にヴァレンシュタイン子爵に宛てた手紙に、『白い剣を返したいがソウルイーターの死体と共に持って行かれたようで手元に無い』と書かれ、同じく子爵夫人宛ての手紙には渡されたネックレスも返却すると書かれていたそうだ。

 しかし、ジークの部屋にあるはずのネックレスは無く(それと一緒に置いてあると書かれていたものの一部も見つからなかったそうだ)、白い剣に関しても王国騎士団や学園は保管していないと言われたところに、その二つを持っているアコニタム兄妹を見つけたので取り返したとのことだった。


 これに関して二人は、ジークからこれまでのお詫びとして渡されたものだと反論したものの、白い剣が陛下からヴァレンシュタイン家に下賜されたもので、あのネックレスは婚約者に渡す為のものだと知っているジークが間違ってもあの兄妹にだけは渡すはずがない……という、私とエレイン先輩の証言の方が信憑性が高いとされた上に、何よりもジークがアコニタム兄妹を嫌っているというのは学園の多くが知っていた事実であることも決め手となった。

 そして調査を進めると、ムスカがソウルイーターの近くに落ちていた白い剣(らしき物)を持ち去るのを見たという生徒や、ロベリアとその取り巻きが自分たちには関係のないはずのAクラス寮の近くをうろついていたのを見たという生徒が複数現れた為、非はアコニタム兄妹にあるとなったのだ。ただ、ディンドラン様も多少やり過ぎだったということで、ヴァレンシュタイン子爵の責任で罰を与える(数日間の自宅謹慎)ということになったそうだ。


 そう言ったことからジークの擁護派が増え始めたところに、エレイン先輩(カレトヴルッフ公爵家)がジークの要請で調べていたことが止めとなり、全ての元凶はアコニタム侯爵家であるとされた。

 カレトヴルッフ家の調査によると、これまでソウルイーターに殺された者の多くに共通点として、アコニタム家とその派閥の者と何らかの諍いを起こしていた、もしくは不利益な人物だったという結果が出た。ただ、それ以外に全く関係のない者も犠牲になっていたが……これはソウルイーターの食事の為か気まぐれで殺された可能性が高いということだった。

 その食事か気まぐれで殺された中にはアコニタム家の派閥に属する貴族が含まれていたせいで、これまではアコニタム家とソウルイーターが繋がっていると思われなかったのだけど、双方の関係が明らかになった今では、その殺されたアコニタムの派閥に属する貴族は生贄として選ばれたのではないかと見られているようだ。


 この結果を持って、アコニタム侯爵家は取り潰しとなり、一族は財産没収の上で国外追放(連座でないのは当主以外が直接事件に関わっていたという確証が無かったことに加え、これまでの侯爵家としての功績と相殺という形にした為)となり、ジークの罪に関しては侯爵殺しと言うことになったものの、正当防衛であったことが認められた上に、アコニタム侯爵がソウルイーターの事件に関わっていたことで、殺された時点でのアコニタム家は侯爵としての権利を喪失していたという判断がされた。

 ただし、完全に無罪とするには元とは言え侯爵の名は大きすぎるということで、表向きはソウルイーターや武装集団から学園を守った功績と相殺ということになり、おまけに混乱を防ぐためにアコニタム家とジークの関係については箝口令が敷かれることになった。


 この判断に一番腹を立てていたのはブラントン先生で、「ソウルイーターから学園を守っただけでなく、国家転覆を企てていたと言われてもおかしくはないアコニタムの計画を阻止したことは、即座に爵位を授けられてもおかしくはないどころか当然と言う程の功績だ!」と憤っていたけれど、学園長にあまりこのことを大ぴっらにすると方々から警戒されて、ジークがこの国に戻りにくくなる。そんな功績は、ジークが戻ってきた後で公表すればいいことだと言われて説得されたようだ。

 ブラントン先生があそこまで憤っていたのは少し驚いたけれど、私がそれよりも意外に思ったのはヴァレンシュタイン家がジークの功績に関して何も言い出さなかったことだ。

 一応、ジークの汚名を晴らす程度には声を上げていたように思えるけれど、陛下に近しい立場にあるヴァレンシュタイン子爵が望めば、国を出たと思われるジークの捜索も出来た筈だ。

 それをしなかったのは何故なのかと不思議に思っていたが……つい先日、運のいいことにディンドラン様に会う機会があったので話を聞くことが出来た。それによると、


「ジークはソウルイーターくらいなら倒せる力を持っていたからそこまで驚くことではないし、あのまま学園を卒業していたら、ジークは自分に合った経験が出来ないかもしれない。今回のことは想定外だったけど、ジークが成長するにはいい機会だから、本人が自分で戻りたくなるまで放っておく……って団長が言っていた」


 とのことだった。

 ヴァレンシュタイン家の騎士団長がそう言っていたということは、恐らくは子爵も同じ考えなのだろう。

 ジークがアコニタム侯爵を殺した罪から逃れる為に姿を晦ましたとすれば、子爵や陛下はジークは無実だと知らせる為に、最低でも事件の詳細をすぐに公表するくらいのことはしたし出来たと思うけれど、そうしなかったのはジークの考えを尊重したのと本人の成長を願ってのことなのかもしれない。

 もし私の考えが当たっているとしたら、陛下にそこまで成長を望まれている者がこの国に何人いるのだろうか? 少なくとも、エレイン先輩はそう思われているかもしれないけれど、()()()()派閥の一貴族の娘程度にしか認識されていないはずだ。

 それに加えて、この国でも指折りの実力者であるディンドラン様にあそこまで言われるジークは、改めて私と比べ物にならないくらいすごいと思う。それと同時に、ディンドラン様が『倒せてもおかしくはない』ではなく、『倒せる力を持っていた』と断言したということは、あの時の私はジークの助太刀に行こうとしたつもりで、逆に足を引っ張ってしまっていたということだ。

 もしかすると、私が余計なことをしなければジークは倒れるまで力を使うことは無く、今も学園に残って国中から賞賛を受けていたのかもしれない。

 そう思うと、とても恥ずかしくてとても悔しかった。


「それと、今回の事件のせいでアーサー様の帰国が早まるそうよ」

「本当ですか?」


 私が知る限りでは、アーサー殿下は新年の少し前に行われる卒業式後(この国と留学先では卒業の時期が違う)に戻って来ると聞いていたけれど、それが数か月早まりそうとのことだ。

 

「あなたにも少し関係のあることだから話すけど、元々アーサー様の留学は、一部の貴族が何か危ないことを企んでいるとの情報を掴んだから決まったことなのよ。陛下と離れた場所にアーサー様を置くことで、万が一の場合に陛下とアーサー様が共倒れにならないようにね」


「そう言った理由が……」


「本来なら、公爵家とは言え娘でしかない私が知るようなことではなかったけれど、最後にあった時に、従妹の前ということでつい漏らしてしまったのよ。その時に、アーサー様から直接ジークのことを頼まれたというわけ」


 分かっていたけれど、ジークってそこら辺の貴族……それこそ、陛下たちの中ではアコニタム家よりも重要な人物だったようね。もしかするとジークは、陛下たちの命の恩人やヴァレンシュタイン家の関係者というだけでなく、他にも何かとてつもない秘密があるのかもしれない……まあ、それは、


「ジークが帰ってきたら、本人の口から聞かないとといけないわね……」


「何か言った?」


「いえ、ジークが帰ってきたら、一発くらいは殴らないと気が済まないなと思って……」


「それはそうね。でも、ジークが帰ってきた時に、一体何人が同じことを考えるのかしらね? 私も含めて」


 そう言って先輩は、面白そうに笑った。

 とっさに口から出た言葉だったけれど……それは私の本心でもあったし、ジークを殴りそうな人がパッと思いつくだけで十人を超えたので、果たしてジークはその時無事でいられるのかしら? 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ