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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
22/117

第二十二話

本日二本投稿予定

二話目

「どういう状況か分からないけれど、かなり面倒臭いことになっているようだな」


 腕と脚に嵌められた枷は魔法を阻害する効果があるようで、マジックボックスが上手く使えなかった。

 一応、使おうと思えば使えるようだが、かなり集中した上でいつも以上の魔力を使わないといけないので割に合わないし、今使わなければならないというわけではないので無理に試す必要はない。


(今、俺がどこにいるかも知りたいが……恐らくは学園内のどこかだと思うけど、ソウルイーターのどさくさに紛れて学外のどこかに連れて行かれたというのも考えられるか……まあ、あの場にはエレイン先輩やエリカもいたから、学外というのは考えにくい。なら、やっぱり学園内という可能性が一番高いか。そうだとすると、誰が俺をここに居れたかだけど……まあ、エンドラさんがいない状況でこんなことが出来るのはバッケラーゲとアコニタムといったところだろうな)


 そう考えると同時に、これからどうなるのだろうかと思っていると、


(誰か来たな……気配からすると二人か)


 敵か味方か分からないのでいつでも動けるように心がけながら、牢屋の端の方で寝たふりをしていると、


「やれ」


 牢屋の前に着いてすぐに、そんな言葉と共に俺目掛けて矢が飛んできた。


「やっぱり敵だったか」


 命令した方は普通に歩いていたがもう一人の方はほとんど足音がしなかったので、恐らく敵だろうと思っていたら案の定だった。ただまあ、いきなり矢を放たれるとは思っていなかったけど、矢を発射したのが小型のクロスボウで通常のものより威力が低かったので、手に嵌められた枷を盾にすることで防ぐことが出来た。


「あの化け物を殺せるような奴に、こんなものは通用しないか」


 クロスボウを撃ったのはソウルイーターとの戦いの時に邪魔をしてきたやつで、指示を出したもう一人は貴族と思われる偉そうな奴だった。


「お前が今回の件……いや、ソウルイーターの絡んだ事件の黒幕か」


「誰に口をきいている。私は本来お前が口を聞けるような……」

「アコニタムの親玉だろ? そっちの男は、アコニタム兄妹の執事とか言って何度か潜り込んでいたな」


 遠目から見ただけだが、アコニタムの関係者であり執事にしてはやけに目つきの鋭い男だと思って覚えていたのだ。


「そこまで分かっているのだ。十分死ぬ理由になるな。もっとも、理由が無くても殺すがな」


「例え俺が死んだとしても、エレイン先輩のカレトヴルッフ公爵家がお前らの悪事を調べ上げているところだ。お前らに先は無い」


 そう言うと二人は笑い出し、


「学園にいる私の敵対者は全て殺すのだよ。それが教師だろうと生徒だろうと関係なくな。そしてその犯人は、お前だ。()()()ソウルイーター」


 男はそのまま、この後の筋書きについて勝手に話し始めた。それによると、俺とチューベローズは同じような化け物であり、互いに学園を餌場として縄張りにしようとしたところ鉢合わせてしまったせいで殺し合いになり、生き残った俺を学園の地下にある牢屋に収容したものの脱走して学園にいる教師や生徒を手当たり次第に殺害、その後アコニタム家に討伐されたと言うものだった。

 かなり無理のある話だが、俺とソウルイーターの戦闘を目撃した者を全て殺せば、後は侯爵家の力で何とでもなると思っているらしい。


「その準備も全て整っている。お前を殺した後で、私の兵が学園になだれ込む算段となっているのだ!」


「いかれているな。まあ、頭がおかしくなければ、こんな穴だらけの作戦なんて実行しようと思うわけは無いか」


「おかしいのはこの国の方だ! 私が支配しない国に、価値などない!」


 どこからどう見ても聞いても、こいつの考え方の方がおかしい。それに、感情の起伏が激し過ぎるし、まるで何かに操られているかのようにも思える。


「旦那様、そろそろ」

「ああ、そうだったな。早くこいつを始末しろ。これから邪魔な奴らを排除しなくてはならんのだ。時間は限られているぞ」


 アコニタムの父親がそう言うと、もう一人がクロスボウを俺に向けたが、


「遅い、ダインスレイヴ」


 俺が武器を持っていないと油断したことが災いし、銃形態のダインスレイヴの弾丸を正面から受けてしまい、胸に穴をあけて絶命した。


「あれほど厄介な相手だったのに、あっけないもんだな……」


 倒れた男は、間違いなくかなりの実力を持っていたはずだ。でなければ自分の居場所を特定させずに先回りし続け、化け物じみた動きをしていたソウルイーターの援護など出来るはずがない。

 アコニタムの父親は、自分が連れてきた護衛のような男に何が起こったのか理解できずに、ただ固まっているだけだった。その間にダインスレイヴを剣へと変化させ、俺の腕と脚に嵌められていた枷を壊して牢屋から出た。そして、


「おい、お前の兵はどれくらいいて、どこにいる?」

「は? ぎぁっ、ぎゃぁあああーーー!」


 目の前まで近づいてもアコニタムの父親に動きが無く茫然としたままだったので、ダインスレイヴの先を足に突き刺してやった。

 突き刺したのはほんの一瞬だったので傷は深くはないけれど、アコニタムの父親は大げさに驚き、悲鳴を上げて床に倒れこんだ。


「早く言え。お前の兵は何人で、どこにいる? 言わないと……」


 ダインスレイヴを尻餅をついているアコニタムの父親の首に向けると、


「言う、言うから止めてくれ! 数は二百、場所は学園の北門、南門、西門、東門の近くで待機している!」


「そうか……じゃあな」


「ふぇ……ごふっ!」


 知りたかった情報は聞けたので、用済みになったこいつは始末することにした。ついでに、


「二百人を殺すには、体力が心もとないな……それなら」


 ダインスレイヴを出したままで牢屋の中や通路を歩き回ると、


「ここが一番()()みたいだな」


 ひと際魔力を吸い集める量が多い場所を見つけた。そこにダインスレイヴを思いっきり突き刺して、


「吸い上げろ、ダインスレイヴ」


 ダインスレイヴの能力を全開にした。

 ダインスレイヴを突き刺した先……正確にはその先に繋がっているものが俺の探していたもので、そこにはこの世界で電気代わりの魔力を溜めている装置があるのだ。

 詳しくは知らないが、恐らく俺のやろうとしていることはかなり重い犯罪行為になるだろうが、そんなことを言っている場合ではない。それに……まあ、今はいいか。そんなことよりも、


「く……やっぱり多いな……体が弾けそうだ……けど」


 体にすごい勢いで魔力が流れ込んできている。それこそ、体の内側から溢れ出しそうなほどだったが、すぐに流れ込んできたすべてが自分の力になっていくような感覚に代わった。


「は……はは……これはソウルイーターのことを化け物だとか言えないな……俺の方が、ソウルイーター以上の化け物かもしれないな」


 目で見える範囲や触って確かめた感じでは外見に変化は無いみたいだが、内面はかなり変わったようで、今ならソウルイーターを簡単に倒せるのではないかと思えるくらいに力が漲っている。そしてダインスレイヴも、細い刀身だったのが太くなり、その雰囲気に禍々しさが増している。


「やるか……狩りの時間だ」


 相手は二百人とのことだが……相手にソウルイーターやこの男以上の強さを持つ奴はいない気がするし、いても数人だろう。正直言って、その程度の戦力では今の俺に敵うとは思えない。慢心かもしれないが、それくらいの力が漲っていた。


「今なら、()()()()が使えそうな気がするな……」


 マジックボックスから予備の武器として入れておいた大振りのナイフを取り出して、外へと向かった。


「牢屋は学園長室のある建物の地下にあったのか……ここからだと、北門が近いか」


 そう呟きながら俺は、近くの影に()()()()()



「あいつらか……アコニタムの兵とは思えない程には訓練されているみたいだな。まあ、厄介なのは数だけのようだな」


 俺が敵を量る時の基準はヴァレンシュタイン騎士団になるのだが、彼らと比べるとあいつらは騎士のような訓練を受けただけの新人のようなものに見える。何せ、


「油断しすぎだ」


 殺す相手が生徒ばかりだと思って油断しているのか、作戦開始時間が近づいているはずなのに、のんびりと地面に座ったり飯を食ったり、ひどい奴になると酒を飲んでいた。

 その為、()()()()()()()()()仲間が殺されているのに気が付かずに、次々と命を落としているのだからな。

 この程度の実力なら、ヴァレンシュタイン騎士団で一番弱いとされている人(後方支援専門の女性)でも勝てるだろう。


「五十人程を殺すのにかかったのが十分くらいか……この程度の敵だと自慢できないな」


 次はもっと早く終わらせようと決めて、北門に来る時と同じように影の中に潜った。


「この魔法は便利だな。地上を走るよりは早く移動できるし、敵に気が付かれずに接近できる。ただ、潜っている最中は息が出来ないし、影がないと移動できないのが難点だけど……日が暮れてからだと、暗殺にはもってこいだ」


 今使っている魔法は、ヴァレンシュタイン家で勉強をしている時にサマンサさんから渡された本に書かれていたもので、大昔に有名な魔法使いが考えた魔法とのことだが、その考えた本人ですら完全に実現することが出来ず(その場で潜ることは出来たらしいが、移動することは出来なかったらしい)、その魔法使いの死後、何人も挑戦したが成功した者はいないというものだった。

 サマンサさんによると、大前提として黒の適性が高くなければならず、なおかつその魔法と相性が良くなければならないのだそうだが、俺はそれに加えて保有している魔力量と他の魔法の適性が関係しているのではないかと思っていたのだ。特に、教会で行った鑑定()()()()()()()()と言うものが。

 この話をすると、サマンサさんとエンドラさんは怪訝な顔をしていたが、同じレベルの者が初めて使った魔法でも威力や精度がまちまちなのは、その魔法の適性以外が影響しているのではないか? それこそサマンサさんが言った『魔法の相性』と言うのがそれなのではないか? と言うと、二人にも思い当たる節があったようで、真剣な表情で話し合っていた。もっとも、あの二人でも俺の仮説を証明することが出来なかったので、あくまでもあるかもしれないという話ではあるのだが……俺の感覚としては、知られていない属性はあると思っている。そして、俺はその属性が高いので、これまで誰も成功させることが出来なかった魔法が使えるようになったのだとすれば、俺の考えた仮説は正しかったのかもしれない。


 その後、西門、南門、東門と移動して、隠れていたアコニタムの兵を殺していった。

 アコニタムの兵は北門に居た奴らが特別酷かったようだが強さ自体に大差はなく、多少は()()そうだという奴が何人かいた程度だったので、結果としては北門と同じでどこも短時間で終わらせることが出来た。


「これで一先ずは安心かな? 後は……」


 一仕事を終えた俺は、自分の部屋に戻り……ヴァレンシュタイン家に関するものをマジックボックスから全て取り出して机に置いた。


「結局、サマンサさんに渡されたペンダントの出番は無かったな」


 あの牢屋でアコニタムの父親と対峙した時、俺はあいつらを全て始末した後でこの国を出て行くと決めたのだった。

 正当防衛や事件を未然に防いだと言い張ることも出来ただろうが、腐ってもアコニタム家は侯爵であり、その当主と兵二百人を学園内で殺しているのだ。カラードさんやサマンサさんは味方になってくれるだろうが、どんな理由があろうとも俺が現役の侯爵を殺したという事実は変わらることは無い。

 そうなった場合、俺がヴァレンシュタイン家に留まって庇われ続けるよりも、元関係者が犯罪者になって国から逃げたという方がいいかもしれないと考えたのだ。

 この判断が正しいのかは分からず、留まって罰を受ける方がいいのかもしれないが……もしも今回の事件にアコニタム以外の貴族が関わっていた場合、ソウルイーターとアコニタムの兵二百人を殺した俺の存在が、そいつらの分からないところにいるというのがけん制になる可能性もあるのだ。

 まあ、あいつらを殺した程度で罰を受けたくないという自分勝手な思いも関係しているだろうが、とにかく俺は今からこの国を出ていくのだ。


「アルゴノーツも返さないといけないのに、ソウルイーターと戦った後どこに行ったか分からないからな……」


 多分、ソウルイーターの死体を運ぶ時に持って行かれたのだと思うが、ウーゼルさんを始めアルゴノーツは俺が使っていたものだと知っている人は多いので、いずれヴァレンシュタイン家に返還されるだろう。


 そう思いながら、短いけれどカラードさんとサマンサさんに宛てた手紙を書いて、誰かが来る前に学園から出て行くことにした。その際、


「まだ死体は残っているな……」


 アコニタム家以外の敵が死体を隠蔽していないことを確認し、ダインスレイヴで北門の扉を吹き飛ばした。


(これですぐに騎士団や衛兵に連絡が行くはずだ。余程のことがない限り、敵方の隠蔽工作は間に合わないだろう)


 そして、すぐに王都中に混乱が広がるはずだ。その隙に王都から逃げさせてもらうとするか。

 そう考えながら王都を出る途中でヴァレンシュタイン家に寄ったが、まだここまで騒ぎは届いていないようだ。まあ、それも時間の問題だ。もし、敷地内に一歩でも入ればベラスの兄姉(けいし)たちに気が付かれるだろうし、長くここに留まっていれば騎士団の誰かが見回りに来るかもしれないので、手紙は門のところにでも挟んでおけばいいだろう。そう思っていたが、


「ベラス?」


 門のところに、何故かベラスがいた。すぐに近くにサマンサさんもいるのではないかと警戒したが、いるのはベラスだけのようだ。

 ベラスは騒ぐわけでもなく、ただじっと俺を見ている。


「ベラス、カラードさんかサマンサさんが起きたら、この手紙を渡してくれ。それじゃあ、元気でな」


 ベラスは頭を撫でられても大人しくしていて、俺の差し出した手紙を静かに口に咥えた。

 そうして俺はベラスに見送られ、五年近く過ごしたこの国から逃げ出した。その後のことは、少し離れた国を目指して移動し続けたので詳しくは知らない。ただ、あの国を騒がしたソウルイーターという化け物が死んだということだけは、噂レベルの話として俺の耳に入って来た。

 調べようと思えばもっと詳しい話を知ることも出来ただろうが、それよりも規模の大きい……それこそ世界が混乱に陥るような可能性のある話が噂されるようになったせいで、ソウルイーターの話などは他国で手に入るようなものではなくなってしまった。もしかすると、アコニタム侯爵家が関わっていたせいで、ウーゼルさんが箝口令を敷いたのかもしれないが、世間的には少し聞いたことがあるかもしれないと言った感じの過去の出来事になりつつあった。




「身分証を……『ジーク・レヴァンテイン』で間違いないですね……もしかして、貴族と縁のある方ですか?」


「いや、貴族とは縁も所縁もない、ただの旅人ですよ」


「へぇ~……そうは思えない名前ですね。何か由来でも?」


 こういったやり取りも、初めての街に着くたびに何度もやっているので慣れたものだ。それにしても、覚えている知識の中からヴァレンシュタインに似ているような名前を自分でつけてみたのだが、響きが貴族的な名前に思えるらしく、毎回のようにこういった感じの質問をされるのだ。そのたびに俺は、


「大したものじゃないですよ。何でも、『偽物』とか『まがい物』といった意味らしいですよ」


 「逃げてきた俺に相応しい名前だろ?」とまでは口に出さず、自嘲気味に答えるのだった。

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