第二話
本日二回目の投稿です。
「腹減った……」
猿との戦闘から、一時間くらい過ぎただろうか。あれから俺に襲いかかってくるような獣とは遭遇せずにすんでいるが、緊張が薄れてくると同時に、空腹と喉の渇きに襲われていた。空腹なら一日程度なら我慢もできるが、喉の渇きに関しては、早急に解決する必要がある。汗はそれほどかいてはいないが、それでも確実に体の水分は失われているのだ。このままだと、脱水症状で動くことができなくなるだろう。そうなれば、ゴリラに食べられていた猿のように、肉食動物の餌とされてしまう。
「どうにかしないと……ん?」
どこかに飲み水はないか探していると、前方に何か動いているものがあった。よく見てみると、大きな鹿のような生き物が、何かを咥えているところだった。
「角が三本あるけど……鹿だよな?」
大きさは牛くらいはありそうで、頭に大きく立派な角が三本生えている。そして、鹿の方も俺の存在に気がついているようで、チラチラと俺を見ていた。幸い、好戦的な性格ではないようで、今いる位置から動かなければ俺を襲う気はないらしいので、下手に動かずに鹿の様子を見ることにした。
鹿が先程から咥えているのは、どうやら木に巻き付いてい蔓のようだった。時折、鹿の喉が動いているので、もしかすると水を飲んでいる最中なのかもしれない。
「鹿が咥えているのはこれかな?」
近くの木を探してみると、何本か同じような蔓が見つかった。試しに蔓を一本、剣で切ってみると、ポタポタと水が滴り落ちてきた。
「鹿が飲んでいる水だから、飲めないことはないと思うけど……」
少し戸惑いながら蔓の端を咥えてみると、青臭いところはあるものの、特に変わった味はしなかった。
念の為、少しだけ飲んで様子を見てみることにしたが、しばらくしても体に異変はなかったので、普通の水なのだと判断した。
蔓はいたるところに生えているようなので、これで水分の心配はしなくても良くなったが、それでも早く森を抜けて、ゆっくりとしたいと思っていた……その時、
「ゴァアアア」
突然、森を揺るがすような大きな鳴き声が響いた。それは聞き覚えのある声で、自然と心臓の鼓動が激しくなってきた。
そっと鳴き声のした方を覗いてみると、そこには見たくない生き物がいた。しかも三匹も。
「ゴリラがあんなに!」
慌てて茂みに隠れたが、確かにゴリラがそこにいた。ゴリラたちは、三本角の鹿を三方向から囲むようにしており、鹿は最初の声の時にはすでに攻撃を受けていたようで、角が一本折れていた。
その後、争うような大きな音が聞こえてきたが、すぐに鹿の断末魔とともに静かになった。
「早く逃げないと……」
俺はゴリラたちが鹿に夢中になっている隙に、ここから離れようとしたが、ゴリラたちは俺がいることに気がついていたようで、今度は俺の方へと向かってきた。
すぐに俺は立ち上がって走り出したが、ゴリラたちのスピードは意外な程速く、およそ百mあった距離は、すでに半分近くまで詰められている。
「やるしかないのかよ!」
俺は走りながら剣を出したが、どう考えても複数の猿を相手にした時のような勝つための道筋が見えなかった。だが、この剣で倒せるのは一匹か、余程上手くいって二匹だろう。一匹目を一太刀で切り殺せて、二匹目と無傷で向き合えて、これも一太刀で倒せたとしても、三匹目に組み敷かれるだろう。そうなれば終わりである。最初のゴリラと違い、あいつらは俺が剣を持っているのを見ている以上、何もないところから剣を取り出して奇襲することは難しいし、しかも、それを三回続けて成功させることは不可能だろう。
「せめて、飛び道具でもあれば……」
昔、逃げるふりをして、追いついてきた者から順に切り殺すといった戦法を漫画で見たことがあるが、そもそもその作戦は、一太刀で相手を殺せる、もしくは致命傷を与えることが出来るといった技量を持っていることが前提なのだ。武器は凄いが、素人に毛の生えたような俺には無理である。だが、この剣と同等とまではいかなくとも、ある程度のダメージを与えるくらいの飛び道具があれば、まだやりようはある。
そう考えたとき、
「うっ! 力が……」
急に力が抜けていく感覚に襲われた。
俺の体から抜けた力はまるで黒い霧のように周囲を漂い、虚空に消える前に手に持つ剣へと吸い込まれた。
その霧が全て件に吸い込まれると、剣はその形を別のものへと変化させた。
「これは……ハンドガンか!」
剣を持っていた手には、ハンドガンが握られていた。昔持っていたエアガンに形が似ている気がするが、手にあるのは明らかにエアガンなどといったおもちゃの類ではない。
「とりあえず……くらえ!」
俺は深く考えることはせずに、振り返りざまにその黒い銃の照準を先頭を走っていたゴリラに合わせて引き金を引いた。
ほとんど狙いを付けることができなかったのだが、運良くゴリラの顔を中央に当たり、ゴリラの頭を爆散させた。驚きの威力を見せた銃だがあの剣が変化してできたものなので、あれと同等クラスの武器だと思ったら納得できた。
しかし、それよりも驚きなのはあれだけの威力にも関わらず、ほとんど反動がなかったことだ。弾は実際の銃とは違い実弾ではなく、漆黒の塊を発射していたことも関係しているのかもしれない。
「嬉しい誤算だ……死ね」
先頭のゴリラの悲惨な死に方を見て、残りの二匹は踵を返して逃走しようとしたが、俺はそれを許さずに、追いかけながら銃を連射した。
「逃げるなっ! 惨めに、苦しみながら死んでくれよ!」
引き金を引くたびに、銃に体力が奪われていく感じがするが、体力が減っていくのに比例するように、気分は高揚していった。
そして気が付くと、ゴリラは二匹とも肉塊に変わっていた。ゴリラが死んだ瞬間、体力が回復したようにも感じたが、それでも失った体力の半分も戻ってきていない感じがする。
そして、思った通りやってくる倦怠感。やはり、超回復の前兆なのだろう。だが、ここで休むのはリスクが高いので、ゴリラの死体から離れるように移動した。
その最中、手に持つ銃を調べてみたが、本来の銃のようにスライドはしないし安全装置やマガジンもないなど、素人の俺でも分かる違いが見て取れた。
まるで形だけを真似した玩具のようだが、その性能は凶悪だ。何せ、弾の補充の必要がなく、反動がほぼなしで連射ができ、それなのに破壊力は抜群なのだ。ただ、撃つたびに体力を消費するという欠点もある。まあ、それも弾を節約しながら撃てば抑えることは可能だろう。幸い、俺の意思で剣にも銃にも変えることができるので、近距離やさほど強くない奴は剣、ゴリラや離れている奴は銃といったように、相手によって使い分けるのがいいだろう。
遠近の強力な武器が手に入ったので、しばらくは性能を試すことに決めた。それと、ただ剣や銃と呼ぶのもあれなので、仮の名称として、『黒剣』『黒銃』と呼ぶことにした。
そして、これは夜になって気がついたことなのだが、黒剣や黒銃で止めを刺すと、喉の渇きや空腹が満たされ、さらに睡眠欲が薄れるのだ。ただ、黒銃を使いすぎると、体力や腹が減る速度が満たされる速度を上回ってしまうので、注意が必要だった。