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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
19/117

第十九話

本日二話投稿

一話目

 シドウ先輩が殺されてから数日後、俺は学園から停学を言い渡されて寮に引きこもる生活をしていた。

 その理由はムスカたちへの暴行ということになっている。ただ、最初は退学という話も出たそうだ。しかし、暴力を受けたという証言はムスカたちからしか出ておらず、おまけに暴力を振るわれた痕跡もなく、また他の生徒はムスカたちが急に座り込んだようにしか見えなかったので、暴力を受けたかどうかは分からないと証言した為、停学ということで落ち着いたとのことだ。

 これに関して、エリカやAクラスのクラスメイトたち、それにエレイン先輩たち生徒会も反発したのだが、被害に遭ったとされるのが侯爵家のアコニタムだったということと、俺がシドウ先輩殺害の容疑者になっていたという悪条件が重なり、とりあえず停学という普通ならありえないような話が通ったのだった。

 これに関して、俺はシドウ先輩殺害の犯人をおびき出すのにちょうどいいと思って大人しく自室に引きこもっているのだが、そんな俺の意志とは関係なく学園全体の問題に発展しかけている。

 具体的に言うと、エンドラさんやエレイン先輩を中心とした俺の擁護派と、バッケラーゲやアコニタム兄妹を中心とした追放派、そしてその他という形で分かれたのだ。今のところ、比率は擁護派が四、排斥派が二、その他が四というところだ。

 これは元々ウーゼルさんの派閥が多いことから擁護派が多く、今のところは排斥派と差がついている状況だが、日和見状態の派閥が四割近くもいるので、それら取り込みと相手派閥の切り崩しで学園の雰囲気が悪くなってきているのだ。


「相変わらず、アコニタムたちはジークの悪口を言いふらしているわね。まあ、こっちもこっちであいつらを嫌ってる生徒が向こうの悪口を言いふらしているんだけど……」


 それが学園の雰囲気の悪化につながっているので、今の状況をエリカはあまりよく思っていないようだ。


「なあ、これ以上この状態が続けば、もっと上の……ウーゼルさん辺りが手を打つ可能性はないのか?」


「それは十分あり得るわ。この学園は王立だから、学園の情報は陛下の元へ届けられているはずだし、最悪の場合、今回の原因となったジークとアコニタムたち、それに学園長は何らかの罰を受けることになるかもしれないわね」


 俺が罰を受けるというのは理不尽にも思えるが、ウーゼルさんとしてもアコニタムたちだけを罰するというわけにはいかないだろう。エンドラさんは……学園の最高責任者だから仕方がないかもしれないが、完全にとばっちりだな。


「それでエレイン先輩からの伝言だけど、頼まれていたことはもう少し時間がかかるらしいわ。ただ、今回の件で早速怪しいところが見つかったわ。シドウ先輩の殺害現場の目撃者だけど、死体で見つかったそうよ。死体には血が残っていなくて噛み跡があったことから、犯人はソウルイーターと言われているらしいわ」


「消された……というところかな?」


「公爵家もそう考えているみたいね。報告では犠牲になったのが偶然かどうかはまだ分からないとのことらしいけど、十中八九狙われたのでしょうね」


 偽の証言をさせた後は用済みとなったので消したか、もしくは後になって目撃者がいたことに気が付いたのかははっきりしないが、前者であると考えていた方がいいと思う。仮に後者だったとしても、犯人に繋がる者が近くにいる可能性は残っているので、警戒するに越したことは無いだろう。


「エリカも、周りには十分注意してくれよ。目撃者がソウルイーターに殺されたんだとすれば、もしかすると犯人側はなりふり構わなくなっているかもしれないぞ」


「ええ、分かっているわ。それに、学園側も……と言うか学園長は、シドウ先輩の一件から学園内でも危険がある可能性があるということで、臨時で警備員を増やすとのことよ。会議をせずに独断で決めたそうだから、明らかに犯人側を警戒してのことでしょうね。それと夏季休暇を少し早めて、なるべく多くの生徒を実家や領地に戻らせることになったらしいわ。それに伴い、各実家の関係者が学園に来ることになるから、ジークも気を付けるのよ」


 もし学園内に犯人がいるとすれば、関係者を装った学園内への侵入が容易になるということだ。まあ、生徒の関係者が学園内に入るには事前の許可がいるそうだし、学園内に入れる時間と行動できる範囲は決まっているそうなので、そう言ったところに警備員を重点的に配置するらしい。


「ああ、分かった。エレイン先輩にも気を付けるように伝えてくれ」


 本来なら二週間後に開始されるはずだった夏季休暇を一週間前倒しするとのことなので、動きがあるとすればこの一週間が濃厚だが、果たしてこの数年間その正体を掴ませなかったソウルイーターが危険を冒してまで動くのか疑問が残るのだ。


「最悪なのは、エレイン先輩かエリカが狙われることだな……」


 擁護派のトップはエンドラさんだが、生徒たちの中心になっているのは間違いなくエレイン先輩とエリカなので、そのどちらかが狙われるだけでも士気はかなり落ちるだろう。そうでなくとも、ウーゼルさんの派閥にも悪い影響が出るかもしれない。


「出来ればエンドラさんを最初に狙ってくれるのが一番いいけど……流石にそれは無いな」


 犯人の強さがどれほどのものか分からないが、エンドラさんなら負けるということは無いだろう。俺を狙ってきた場合、大抵の相手なら最低でも援軍が来るまで持たせる自信はあるが、仮にヴァレンシュタイン騎士団クラスの猛者だった場合、かなり不利になるかもしれない。

 正直、ヴァレンシュタイン騎士団での俺の強さはかなり上の方に来ると思っているが、ヴァレンシュタイン騎士団とソウルイーターに比べると、俺が大きく劣っているところがある。それは、


「実戦経験……いや、殺し合いの経験の少なさは致命的だな」


 平時では決して褒められるどころか非難されるようなものではあるが、有事の際にその経験の差はとても大きなものになる。一応、俺も人を殺した経験はあるが、それはウーゼルさんたちが襲われている時まで遡らなければならず、しかも一方的に相手の間合いの外からダインスレイヴで力任せに蹴散らしただけに過ぎない。


「相手の強さは不明でも、少なくとも殺し合いの経験では大きく劣っている……」


 それがどういった結果に繋がるのか分からないが、どうあがいても埋められない差である以上、その時が来たらそれを理解した上で、俺の全てを使ってでも倒すべき相手なのは間違いない。


「こうなってくると、俺を停学にした追放派には感謝しないといけないかもしれないな」


 ソウルイーターが相手だった場合、これまでの記録から真昼間に襲ってくるということは考えにくい。少なくとも、日が暮れるのを待ってから動き出すだろう。しかも、今の時期なら日暮れは遅く夜明けは早い。


「警戒は必要だけど、体を休めることの出来る時間があるのはありがたいな」


 向こうが行動を起こすのを待っている時点で、俺はすでに後手に回っているのだ。強さも正体も不明で対人戦の経験が豊富な相手に対して、さらに体調も整っていないという最悪の状況だけは避けることが出来たと思うしかない。



「ヴァレンシュタイン君、起きてる? 学園長が呼んでいるそうで、学園長室まで来て欲しいそうよ」


 あと四日で夏季休暇に入るという日の昼過ぎ、自室の椅子に座って仮眠を取っていると、部屋に誰かが近づいてきているのに気が付いたので少し警戒したが、やって来たのは寮母さんでエンドラさんが呼んでいると伝えに来ただけだった。


「分かりました。すぐに向かいます」


 そう返事をして、念の為マジックボックスに武器が入っているのを確認し、制服に着替えてから学園長室へと向かった。校舎に入るのは久々で、すれ違う生徒が俺を見て不思議そうな顔をしていたが声をかけてくる者はおらず、俺は知り合いに会うことなく学園長室まで到着した。


「エンドラさん、ジークです」


 学園長室の扉の前で、俺はノックしながら名前を告げて返事を待ったが、一向にエンドラさんからの許可は出なかった。それどころか、中に誰かいる気配すらない。

 念の為ノックしてからドアノブを捻ったが、鍵がかかっているようでドアは開かなかった。その時、


「ジーク、学園長室の前で何をしているんだ?」


 俺の目撃情報を聞いたらしいブラントン先生が、息を切らしてやって来た。


「いえ、自室に引きこもっていたら、寮母さんがエンドラさんが呼んでいるから学園長室まで来てくれとの伝言を預かったと言われてここまで来たんですけど……」


 と言うとブラントン先生は、


「どういうことだ? 学園長は、今王都にはいないぞ。王都から少し離れた村でソウルイーターと思わしき者が出入しているとの知らせを受けて、騎士団と共に今朝出て行ったが……ジークがそんな嘘をつくとは思えんし、一体どうなっているんだ? そもそも、寮母にその伝言を伝えたのは誰だ?」


 確かに、寮を出る前に誰が伝えに来たのかだけでも聞いておけばよかった。そう思いながら、先生と首をひねっていると、


「エリカとエレイン先輩は今どこに居ますか!?」


「エリカとカレトヴルッフ? カレトヴルッフのことは知らんが……いや、確かエリカはカレトヴルッフが呼んでいるとかで、教室から出て行っていたな」


 ホームルームが終わってから少しして、先生が教室出て歩いていると廊下で他のクラスの生徒から声をかけられ、エリカにエレイン先輩からの伝言を預かってきたがまだいるのかと聞かれたのでいるはずだと答えたそうだ。


「ジークの件と言い、嫌な予感がするな……俺は警備員に声をかけて外を探す、ジークはカレトヴルッフの教室に行って、二人が居なければ思い当たるところを探せ!」


 嫌な予感がするのは俺も一緒で、その予感が外れていればいいと思いながら先生の指示通りにエレイン先輩の教室へと向かったが……教室には誰も残っておらず、近くを歩いていた先輩に聞いても二人は見ていないとのことだった。


「寮に戻っていればいいけど」


 急いで寮に戻ったものの、エリカの部屋のあるところへは男子禁制となっているので、寮母さんに二人が来ていないか聞くと、


「フランベルジュさん? ……ああ、ヴァレンシュタイン君が寮を出て行った後でカレトヴルッフさんと一緒に戻って来たわよ。ただ、その後すぐに二人で出て行ったみたいだから、どこにいるのかまでは知らないわ」


 と言われたので急いで外に出てみたものの、二人がどこにいるのか分からないので闇雲に走りながら手当たり次第にすれ違った人に聞くしか方法が思いつかなかった。


「こっちの方角に歩いていったということは……訓練場か?」


 すれ違う生徒に話しかけ、十人近くに聞いてようやく二人を目撃したという生徒を見つけることが出来た。

 その目撃情報によると、二人が歩いていったという方角にあるものと言えば、第二訓練場くらいなものだ。もしかすると、その近くの茂みという可能性もあるが、それよりは訓練場の中にいる方が可能性は高いかもしれない。

 そう考えて、急いで第二訓練場へと向かったが、


「鍵がかかってる? ここしばらくは、基本的に自由に使えるようになっていたはずだけど……まさか!?」


 嫌な予感がするので、緊急事態ということで扉を蹴破ろうとしたが無理だったので、アルゴノーツを抜いて切り付けると、アルゴノーツはいとも簡単に扉を切り裂いた。久々に本気で振るったが、金属製の鍵ごと分厚い木で出来た扉を切り裂くアルゴノーツの切れ味はすさまじかった。


「血の臭い!? ここからなら、二階の観客席からの方が速いな!」


 どこから漂ってきているのかまでは分からないが、訓練場の建物の中に入った瞬間にかなり濃い血の臭いを感じ、俺はすぐ近くにあった階段から中心日ある闘技場を目指した。


 アルゴノーツを掴んだまま二階へと続く階段を駆け上がり、観客席に飛び出した俺が見たのは、


「先生!?」


 血を流して膝をついているブラントン先生の姿だった。その後ろにはエレイン先輩とエリカもいたが、二人に怪我はないようだ。

 ただ、他にも闘技場には血を流して倒れている警備員たちの姿もあり、そのほとんどはすでに絶命しているようだった。訓練場に入ってすぐに感じた臭いは、彼らが流した血の臭いだったのだろう。

 そして闘技場の中央に居たのは、この惨劇を生み出したと思われる全身を黒いマントで包んだ、男か女かも分からない奴だった。

 それがソウルイーターなのかは分からないが、少なくともブラントン先生たちの味方ということは無いだろう。

 そんな奴が先生たちに近づいていたので、


「そこを……離れろ!」


 俺は二階から勢いを付けて飛び出し、犯人目掛けて思いっきりアルゴノーツを振るった。

 観客席から飛び出すと同時に魔法を使ったので、普通では考えられないくらいの速度が出ていたが、犯人は簡単に躱した上に、俺に向かってナイフを投げつけてきた。


「ちっ! ……毒か?」


 ナイフ自体は簡単に弾くことが出来たのだが、弾くと同時にナイフについていた液体が俺の顔にかかった。その飛び散ったうちの一滴が口の中に入ったので、すぐに毒だと気が付くことが出来たのだ。


「これは……多分、遅効性の毒だな」


 俺は黒魔法の適性が高いおかげか、これくらいの毒で死ぬようなことは無いのだが、念の為用意していた解毒剤を取り出して飲んだ。この毒に効く薬なのかは分からないが、様々な毒に効果のある薬と言われている物を用意しておいたので、多少なりでも効果があればいいという感じだ。


「先生、大丈夫ですか? これ、傷薬と解毒剤です。効くかは分かりませんが、飲まないよりはましです」


 俺は犯人から目を離さずに先生の近くまで移動して、薬の入った小瓶を数本渡した。


「すまん、しくじった。少しでも回復すれば、自分で魔法が使えるから何とかなるが、ジークは大丈夫なのか?」


「元々俺は毒への耐性が高いですし、その訓練もしているので今は平気です。それに、薬も飲みましたし……エリカ、エレイン先輩! 武器は!?」


 二人に対して声をかけたものの、それに対しての返事は無かった。飛び出すときに見た感じでは怪我をしているようには見えなかったので、もしかすると恐怖で動けないのかもしれない。


「あいつは俺が相手をするので、先生はエリカと先輩を頼みます」


「わかった、無理はするな。情けない話だが、この怪我では援護どころか足手まといにしかならない……死ぬなよ、ジーク」


 先生と話している間も奴は俺の隙を窺っていたが、逃げるそぶりは見せなかったのでこのまま戦うつもりのようだ。まあ、あいつにしてみれば先生たちを背にしている俺は全力を出せないとでも思っているのかもしれないが……この手の状況は、今年に入ってからエンドラさんに同じような条件の訓練をさんざんやらされてきたので、全くの素人というわけではない。

 その経験をこんなにも早く実戦で活用することになるとは思わなかったけれど、訓練だけであったとしてもやったことがあるというのは気持ちに余裕が生まれる。


(体格的にはエレイン先輩と同じくらいか? それだけだと男か女か分からないな……)


「一つ……いや、二つ聞くぞ? お前はシドウ先輩を殺した犯人か?」


(顔は……仮面で隠しているな)


 俺の質問を聞いて犯人は少し顔を上げたが、その顔には全体を隠す仮面をつけていたので、表情は見えなかった。ただ、少し笑ったような感じがしたので、肯定したとみていいだろう。


「二つ目は……お前がソウルイーターで間違いないな?」


 今度の質問に、犯人は……いやソウルイーターは、肯定代わりに襲い掛かってきた。


「後ろにはいかせない!」


 ソウルイーターの動きは速いが、小柄な分一撃は軽い。ただ、その攻撃はいやらしく、確実に急所を狙って来るし、隙を見ては俺の後方にいる先生たちに攻撃を飛ばそうとしていた。しかも、攻撃を受け流すのも上手い。


(くそっ! 間違いなくヴァレンシュタイン騎士団でもトップクラスに近い強さだ!)


 ソウルイーターの戦い方は、ランスロ―さんに近いものかもしれない。そして俺は、ランスロ―さんに一度も勝てたことがない。

 ソウルイーターよりはランスロ―さんの方が強いと思うが、俺が苦手なタイプであるのは間違いないようだ。


(俺が今のところ勝っているところは……腕力くらいか? いや、それもあいつが力を見せていないだけという可能性がある。後は、ダインスレイヴだけど……ここで使ったら、毒で弱っている先生が耐えることが出来ないかもしれない)


 もう少しダインスレイヴの制御が出来たのなら、ソウルイーターだけにダインスレイヴの力を向けることも可能なのかもしれないけれど、学園に入ってからダインスレイヴを隠してきたせいで、ろくに制御の訓練を積むことが出来なかったのだ。


「先輩、エリカ! 先生を連れて逃げろ! 早く!」


 これ以上後ろに気を配りながらソウルイーターと戦っていると、いずれ守り切ることが出来なくなりそうだったので声をかけたが、二人の反応は鈍かった。


「ジーク、大丈夫だ。薬が効いてきたから、これなら自力で何とか逃げることが出来る。エリカ、カレトヴルッフ、いつまでも呆けているな! ここに居たら邪魔になる、逃げるぞ!」


 二人の代わりに先生が反応し、二人の頬を叩いて正気に戻してから出口へと向かった。

 ソウルイーターは出口に近づく先生たちを気にしていたが、先生たちよりも先に俺を排除することにしたようで、さっきよりも攻撃の速度と威力が上がった。


「やっぱり手を抜いていたのかよ……だけど!」


 俺としては、正面から力押しで来てくれる方がありがたかった。ランスロ―さんには勝てたことが無いが、ガウェインやディンドランさんとなら何度かいい勝負になったことがあるのだ。それに模擬戦の回数も、ランスロ―さんよりは力押しの好きな二人とやったことの方が多いのだ。


(二人よりもやりやすい)


 ソウルイーターは俺を仕留めようとしているせいか、細かな技が減って急所への強い攻撃が増えてきた。そっちの方が俺としてはやりやかった。何せ、この国でもトップクラスの騎士と何度もやりやってきた経験があるのだ。まあ、勝敗は自慢できるものではないが、あの二人よりも弱いと言える奴が二人と同じ戦法で向かってきているのだ。ガウェインたちよりもやりやすいと感じるのは当然だろう。しかし、


「うっ!」


 時間が経つにつれ、なんだか体の調子がおかしくなってきたように感じる。

 始めはいつもより一瞬だけ体の反応が遅れると言ったもので、疲労から来る誤差のようなものだと思っていたが、すぐに手足にしびれを感じて吐き気が襲ってきた。


(しまった、毒か!)


 体の異変をはっきりと感じられるように連れて、気を抜くと意識が飛びそうになるまで悪化してしまった。

 うかつだった。最初のうちにソウルイーターが毒を使っているのが分かったのに、自分の耐性の高さに任せてそっち方面の警戒を怠ってしまっていた。


(俺が気が付かない程度の毒を使い続けていたのか? どちらにしろ、このままだとやられる!)


 毒に侵された状態ではソウルイーターの攻撃について行くことが出来ず、致命傷を避けるだけで精一杯になり死を意識し始めた瞬間、ソウルイーターの攻撃が急に止まった。そして、


(俺より先に、先生たちを殺す気か!)


 ソウルイーターは俺を跳び越して、訓練場の外へと向かっているであろう先生たちの方へ向かおうとしていた。


(何か方法は……一つあるな。だけど……いや、やるしかないか!)


「ダインスレイヴ!」


 もしもまだダインスレイヴの範囲内に先生がいた場合、先生の体力が持つか分からないが、このままでは確実にソウルイーターに殺されてしまう。それなら、使った方がいいに決まっている。

 

「短時間で決めれば、問題ないはずだ!」


 ダインスレイヴを使った瞬間から、身体能力と共に毒への耐性も上がったらしく、体の痺れもだるさも吐き気も消えたのが分かった。


「死ね……」


 一足飛びにソウルイーターに飛び掛かると、ちょうどいい具合にソウルイーターは俺に背を向けていたので、そのままアルゴノーツを振り下ろした。


「逃げるな!」


 しかし、ソウルイーターはアルゴノーツの一撃を当たる寸前で体を捻って躱したので、今度は反対の手に持っていたダインスレイヴを横に薙いだ。


「ちっ! 浅い!」


 ダインスレイヴの一撃は腕を掠っただけに終わり、ソウルイーターは大きく距離を取っていたが、掠った方の腕に持っていた武器は俺のすぐ近くに落としていった。


「刃に溝が彫られているな……ここに毒をしみ込ませていたのか」


 ソウルイータの使っていた武器は大型のナイフといった感じのものだが、外見には特に目立つ特徴が無くて市販されている量産品のようにも見えるが、刃の側面にはいくつもの細かい溝が付けられているので、武器の見た目から正体を特定されるのを防ぐ為にわざとそんな造りにしたのかもしれない。

 それと、唯一の特徴とも言える溝は、切り傷を付けた際に傷口を荒くすることで毒をしみ込ませる役目も持っているようにも思えた。

 そんな武器の特性に気が付かなかった俺は、あいつの攻撃が掠るなどした際に毒を貰ってしまったのだろう。


(何の毒かは分からないけど、少しの量で俺に効くんだからそれなりに強い毒みたいだな)


 毒への耐性に関しては体質に加えて騎士団でも訓練をしていたのでかなり自信があるのだが、そんな俺に効くということは普通の人相手なら猛毒に分類されるものかもしれない。


(生かした状態で捕まえたいけど、先生のことも気になるしそうは言っていられないか)


 後々のことを考えれば、ソウルイーターの背後関係や横のつながりを知る為にも生け捕りが一番いいのだろうが、いくら手負いとは言えあれほどの実力者を生け捕りにするのはかなり難しいだろう。


(とりあえず、殺す気で行く。それで生きていたら捕獲で、死んでいたら仕方なし!)


 あいつの腕はダインスレイヴに切られたせいで動かせなくなっているらしく、攻めるなら今しかない。

 そう決めてソウルイーターに向かって走り出そうとした瞬間、ソウルイーターが()()を俺に投げつけてきた。

 かなりの速度だったので飛んできているのが何か分からなかったが、あいつの武器のこともあるので念の為武器で弾かずに避けてやり過ごすことにした。しかし、


「何っ!?」


 すれ違いざまにその何かの正体がソウルイーターの()だと気が付いた瞬間、その腕が空中で爆発した。

 魔法なのか何かの道具が仕掛けられていたのかは分からないが、幸いなことに爆発自体はあまり大きなものではなく、さらに間一髪のところで黒い帯……『シャドウ・ストリング(紐というにはまだ太い)』を俺とあいつの腕の間に展開することが出来たので、被害を抑えることが出来たのだ。

 ただ、爆発の規模が小さく魔法で被害を抑えることが出来たとはいえ、至近距離でのことだったのでダメージまでは小さいと言えるものではななく、爆発の衝撃で一時的かどうかは分からないが俺の右目は見えなくなり、思わず突き出してしまった右腕の骨は砕けてしまった。それ以外のところにも打ち身や火傷をしているので、()()()()このまま戦闘不能になってしまってもおかしくはない程の傷だ。


 そんな俺を見て、ソウルイーターは当然のように襲い掛かってくる。右手がなくなったとは言え、俺よりは軽傷なのだから当然の判断だろう。

 もっとも、怪我を負ったのが()()()()()だった場合の話だが。

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