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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
18/117

第十八話

本日二話更新

その2

 鼻血も止まったし頬も何とかごまかせるくらいにはなった。精神的には、まだざわついている感じが残っているので完ぺきではないけれど、クラスメイトの前で爆発することは無いだろう。

 そう思ってトイレから出ると、


「ふんっ! こんなところに隠れていたのか、この人殺しが!」


 よりにもよってアコニタムと鉢合わせてしまった……いや、今の口ぶりからすると、たまたま鉢合わせたのではなく、俺を探していた可能性が高いな。それにしても、何でこいつは事件のことを知っているんだ? まあ、大体の予想は付くが。

 大方、バッケラーゲの手下がこいつに教えたのだろう。でなければ、こんな短時間で俺が疑いをかけられたことが知れ渡るはずはない。もっとも、調査官に俺の事件への関与の可能性は低いと判断されたので、嘘の情報を信じて騒ぎ立てると後で恥ずかしい思いをするのはムスカ自身だろう。


 イラつきを覚えながらも、まだ気持ちに余裕があったので無視してムスカたちの横を通り過ぎようとすると、


「平民の癖に、貴族に対して生意気すぎるんじゃないの?」


 ムスカによく似た女が俺の前を塞いだ。確か、


「ロベリア・アコニタム……だったか? エレイン先輩にいちゃもん付けて逆に怒りを買って漏らしたことがあるそうだが、今日は大丈夫なのか?」


 ムスカの双子の姉か妹のロベリアとか言う名前だったはずだ。漏らしたとか言うのは今思いついた嘘だが、エレイン先輩の怒りを買って怯えたというのは本当のことだろう。何せ、すぐそばで見ていたエリカたちに聞いた話だし、その後のこいつの態度を見ていれば嘘ではないと確信できる。


「だ、黙りなさい!」


 どうやら、俺の考えた嘘も本当のことだったようだ。ロベリアは顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげ、先程よりも腰が引けていた。


「お前たちにかまっている余裕は無いんだ。邪魔をするな」


 馬鹿を相手にして精神を削られるのは嫌なので、早々に立ち去ろうとしたのだが、馬鹿たちに俺の考えなど伝わるはずもなく、


「だろうな。お前のせいで死人が出たんだしな。もうそろそろ、お前を捕まえる騎士たちが押し寄せてくるかもな!」


 ムスカとロベリア、それにその取り巻きたちは、学園長室で聞いたもののと同じような不快な声で笑い出した。

 馬鹿たちの声がでかいせいで、何事かと遠くからこちらを窺っている生徒もいるようだ。まあ、騒いでいるのが学園一・二と言っていいくらいの問題児であり権力者の息子と娘なので、わざわざ近づいてこようとはしなかったが。

 そんな中、まだ大丈夫、まだ感情を抑えることが出来ている……そう自分に言い聞かせるようにして、ムスカたちの存在を俺の中から消そうとしたのだが、


「逃げるのか? 流石に恩のある上級生を殺すだけだけあって、最低の卑怯者だな! さぞ()()()()()()も無念だっただろうな! まあでも、死んだのは自業自得でもあるな! 俺に刃向かって人殺しを可愛がるような奴だ。見る目の無い、愚かな奴だったんだからな!」


 流石にシドウ先輩を馬鹿にするのだけは許せなかった。

 俺に向けられた悪意なら、ハエがブンブン飛び回ってうるさいだけだとまだ我慢できたが、シドウ先輩への悪意は無視できなかった。


「黙れ、屑どもが……殺すぞ」


 それでも警告だけに留めることが出来たのは、学園長室でのことがあったからだろう。もし先程のことが無ければ、多分俺はムスカの顔面に拳を叩き込んでいたと思う。

 ただその代わり、殺意までは抑えることが出来ず、ぶっ殺してやるという感情をあいつらに向けてしまった。


「ひっ……」


 その結果、ムスカとロベリアとその取り巻きのうち、誰が漏らした声かは分からないが奴らは怯えた声と同時に下からも漏らしてしまったようで、全員で力を合わせて水溜まりを作っていた。俺の殺気に耐えられなかったのだろう。

 少なくとも、シドウ先輩やエレイン先輩、それにエリカなら怯えはしてもあんな無様な格好は晒さないはずだ。そんな奴らが、よくシドウ先輩を馬鹿に出来たものだ。


「これくらいで漏らすなら、調子に乗って挑発なんかしてくるんじゃねぇよ……くそ野郎どもが」


 自分たちの作った水溜まりにへたりこんでいるムスカたちをそのままにして、俺は教室に戻ることにした。殺気をぶつけた時に、よく同時に手を出さなかったと自分でも思っているが、あと一度でもシドウ先輩を馬鹿にするようなことをムスカたちが言ってしまった場合、自分で自分を抑える自信がなかったのだ。


 せっかく気持ちを落ち着けることが出来ていたのに、ムスカたちのせいで台無しだと思いながら教室に入ると……それまでざわついていたクラスメイトたちが一斉に静かになった。それは誰かが教室に入ってきたからというよりは、何かに怯えているような感じだ。


「ジーク、ちょっと来なさい!」


 そんな中、エリカが走って近づいてきて、教室に入って来たばかりの俺の腕を掴んで外へと連れ出した。


「あんた、何で殺気をまき散らしながら歩いているのよ! クラスでそう言うことに疎い人でも気が付いていたくらいよ!」


 エリカが言うには、教室に入る前にクラスメイトがざわついていたのは俺の殺気のせいとのことだった。

 殺気を感じることが苦手なクラスメイトが気が付くくらいの殺気をまき散らす、得体のしれないものが教室に近づいてくるものだから、皆混乱していたのだそうだ。

 そんな中、エリカが真っ先に俺のところへやって来たのは、その殺気の持ち主の正体が俺だと分かっていたからではなく、何かあった時にすぐに対処できるようにする為に立って待ち構えていたかららしい。


「それで、一体何があったの? これまで怒気を放つことはあっても、殺意をむき出しにしたことなんてなかったでしょ?」


 一瞬、シドウ先輩のことを話してもいいのかと迷ったが、エリカからは興味本位といった感じではなく、本心から俺を心配しているというのが感じ取れたので思わず、


「シドウ先輩が……昨日何者かに襲われて亡くなった……」


 と言ってしまった。後でエンドラさんから何か言われるかもしれないが、今の俺には後のことを考えるよりも少しでも吐き出してしまいたかった。


「どういうことよ、それ? 詳しく話しなさい……いえ、ここではまずいわね、場所を変えましょう」


 エリカは冷静な声で詳しい話を聞いてきたが、すぐに廊下で話すようなことではないと言って、場所を変えようと歩き出した……そんなエリカを、俺は一瞬だけ冷たい奴だと思ってしまった。シドウ先輩に世話になったのはエリカも同じなのに、何故そこまで冷静になれるのかと。

 しかし、それは俺の思い違いだった。俺の先を歩くエリカの拳は強く握られていて、赤くなっていたのだ。俺はそんなエリカの姿に、気持ちを抑えることが出来なかった俺よりも立派だと思った。



「そう……それでジークが呼ばれたのね。例えジークと同じような魔法を使ったとしても、ジークにシドウ先輩を殺す程の動機なんてあるわけないじゃない」


 エリカは俺の話をすべて聞いてからそう言った。


「目撃者の証言で俺に行きついたと言っているけど、その証言者がどこまで犯人を見ることが出来たのかも不明だしな」


 エリカに話しているうちに俺も大分冷静になることが出来て、今考えるといくつか引っ掛かるところがあることに気が付いた。


「そもそも、バッケラーゲの言う通りなら犯人はシドウ先輩に何もさせずに殺害したということになる。そんな奴が、目撃者に気が付かないものなのか? それに、その犯人と俺が似ていると言った学園関係者は誰だ?」


「それもそうよね。もし仮に私が犯人だとしたら目撃者は始末しようとするだろうし、自分を連想させるようなことは極力しないと思うわ。それと、確かにジークだと言った学園関係者も誰なのか気になるわね。学園には生徒に関する守秘義務があるはずだから、ジークが呼ばれるにしては早過ぎると思うのよね」


 俺が呼ばれるまでの時間が早いのかどうなのかはそう言った経験は……無い為、普通はどれくらいの時間がかかるのかは分からないが、似ていると言われたあの技を人の前で使ったのは一度しかないので、すぐに俺を連想したのも気になる。それに、


「なあ、エリカ、他にも気になることがあるんだけど、エリカの実家の伝手を使って事件を調べることは可能か?」


「フランベルジュ家の伝手を使って? ……ちょっと無理かもしれないわね。私の家は武に特化したとまではいかないけれどそっち寄りの家系だし、私のところに頼むよりもヴァレンシュタイン家の伝手を頼った方がいいと思うわよ。何せご当主様は国王陛下の親友で、奥様は王妃様の親類に当たるお方だし」


 サマンサさんが王妃様の縁者と言うのは初めて聞いたが、


「今の俺は多分マークされているからな。容疑者ではないとは言われたけれど、まだ候補として名前が残っているだろうしな。もし仮に犯人の関係者に貴族がいた場合、先手を打たれる可能性が高い」


 そう言った理由で、カラードさんたちを頼るのは避けた方がいいと思ったのだ。


「ちょっと待って! つまりジークは貴族に……それも学園の関係者の中に犯人と繋がっている奴がいると思っているの?」


「可能性の話だけど、そうだとすればシドウ先輩が狙われて、その犯人の容疑者として俺の名前が出たのも説明が付く。もしもの話だけど、犯人とその関係者がウーゼル……陛下の派閥と敵対している貴族だとすれば、その派閥に属している将来有望な伯爵家の次男と、陛下が信頼している貴族の関係者で次代の重要戦力……になるかもしれない俺を潰して得するのは誰だということだ。考えすぎかもしれないけれど、実際にシドウ先輩は殺されて、俺も犯人に仕立て上げられそうになったしな」


「ジークの予想通りだとすると、これで味を占めた犯人一味が今後も陛下の派閥に攻撃を仕掛ける可能性があるわけよね……そう言うことなら、エレイン先輩にお願いしてみましょう」


 エレイン先輩の実家はウーゼルさんの派閥の筆頭で公爵家だから、ウーゼルさんの派閥に危険が迫っているかもしれないとなれば調べてくれるかもしれない。


「エリカの方から先輩に声をかけてくれるか? 俺が動けば目立つだろうしな」


「そうね。それじゃあ、ジークはこのまま寮に帰りなさい。先生には、ジークの情緒が不安定で教室にいると何が起こるか分からないから、私の判断で寮に戻らせたって言っておくわ。ジークは私が行くまで部屋で待機していなさい」


 実際にブラントン先生たちの前ではブチ切れてしまったし、多分その後でムスカたちとのいざこざも伝わっているだろうから、勝手に帰ってもさほど問題にはされないだろう。


「分かった。もしかすると寝ているかもしれないから、返事が無かったら勝手に入ってきてくれ」


「あなたの言う通りだとすると、あなた自身も標的なのかもしれないのよ? 鍵くらいはかけておきなさい!」


「むしろ、狙いに来てくれた方が好都合だろう? そうなれば、少なくとも俺は犯人ではないと証明できるだろうし、何よりも先輩の(かたき)を討つ絶好の機会じゃないか」


 そう言うとエリカは驚いたような顔をしていたが、


「分かったわ、そこまで言うなら仕方がないわね。でも、危ないと思ったら、すぐに逃げるのよ。死んだらシドウ先輩の敵討ちどころじゃないんだからね」


 すぐに納得したようだった。確かにエリカの言う通り死んだら終わりだが、すでに俺は巻き込まれているのだし、出来るのなら俺の手で先輩の仇を取りたい。もっとも、相手もこれまで捕まらないどころか正体すら判明していないのだ。俺が一人になったからと言って、わざわざ警戒されているところにのこのこと現れるような真似はしないだろう。


 エリカと別れた俺は、寮に戻ると寮母さんに訳を話し(体調不良の為戻ってきたとごまかしたが、実際に顔色が悪かったようで疑われるようなことは無かった)部屋に引きこもると、念の為武器の手入れを行った。

 暇のある時や使った後は出来る限りの手入れを行ってきていたので、『アルゴノーツ』の白銀の刀身には濁り一つない状態だ。これならまず武器で負けることは無いだろう。

 後は投擲用のナイフや傷薬に解毒薬といったものを取り出し、確認が終わった後はいつ敵が現れてもいいように動きやすい服装に着替えて待機することにした。



「ジーク、入るわよ?」


 しかしと言うかやはりと言うか、エリカが来るまで誰かが俺の部屋に近づく気配はなく、別れてから一時間程でエリカはエレイン先輩を連れて俺の部屋へとやってきた。


「早かったな。もしかして、授業が早めに切り上げられたのか?」


「ええ、生徒が犠牲になるのは二人目というのともうすぐ夏季休暇ということもあって、教師陣で緊急の会議が開かれることになったのよ。生徒会でも会議が開かれることになったけれど、会議の結果を待ってからの方がいいということになって、私も来れたのよ」


 エリカの代わりに答えたのはエレイン先輩だ。正直、エレイン先輩はシドウ先輩のことで来ることが出来ないかもしれない思っていたが、教師陣の結論待ちということで時間が出来たそうだ。

 そんなエレイン先輩の負担になるかもしれないが、俺としては直接先輩に説明する時間が出来て運が良かった。


「今回のシドウ先輩の事件はすでに聞いているんですよね?」


「ええ、今朝のホームルーム前に担任から知らされたわ。口外しないようにと言われているけど、ジークとエリカなら大丈夫でしょう。ただ、恐らくだけどジークよりも私が知っていることは少ないと思うわ」


「それじゃあ、まずは情報の共有から始めましょうか」


 そう言うことで、俺が聞かされた話をエレイン先輩とエリカに聞かせたが、先輩はシドウ先輩が何者かに殺害されたことと、目撃者の証言から俺が容疑者にされていて連れて行かれたということしか知らなかった。


「ジークが疑われたのは、犯人が学園の制服を着ていて、その背格好がジークに近く、ジークと同じような魔法を使ったからということね」


「魔法はともかくとして、制服は学園生なら簡単に手に入りますし、学園外でも手に入れようと思えば難しくありません。背格好にしても、似た体格の生徒は何十人もいますし、それこそ変装技術があれば簡単に似た体型に近づけることは可能です」


「つまり、前提条件の三分の二があやふやな状態ということよね? よくそれでジークを犯人に仕立てようとしたもんだわ」


 先輩に説明していると、エリカが呆れたという感じで口を挿んできた。


「確かにそうよね。それで、ジークは今回の事件で何か引っかかることがあるという話だったわね? カレトヴルッフ家が全面的に協力するとは言い切ることが出来ないけれど、出来る限りのことをしてもらえるようにお父様に話してみるわ。それで、ジークは何を調べて欲しいの?」


「まず一つ目は、今回の事件の目撃者の素性です。学園長室では誰が目撃したのか分かりませんでしたけど、普通なら誰かが誰かを殺そうとしている場面に出くわしたら、逃げるか隠れるか、もしくは声を上げますよね? それをせずにシドウ先輩が殺されるまで犯行を見ていたにもかかわらず、犯人に気が付かれなかったというのが気になります」


「確かにそうね。シドウ君は学生とは言ってもかなりの実力者だし、襲うとなれば犯人もそれなりに警戒はしていたはず。少なくとも人気のないところで襲うくらいには、周囲に気を配っていたはずだから、目撃者を見逃すのはちょっと腑に落ちないわね」


「二つ目は、これまでのソウルイーターの被害者の素性です。それが貴族に関係する人物だった場合、その人の派閥と交友関係、それと被害に遭う前に何か変わったことが無かったか……例えば、誰かトラブルになったとか、そのトラブルになった相手の素性なんかもお願いします」


「それも出来ないことは無いと思うけど、かなり時間が経っているから被害者の素性は探れても、事件の前にトラブルがあったとかその相手とかまでは分からないかもしれないわよ」


「それでもかまいません。犠牲者の素性だけでも分かれば、何か共通点が浮かび上がるかもしれませんし」


 そういったことはすでに調べられている可能性もあるが、俺が知りたい最後の一つを調べることが出来たら、もしかすると新たな共通点が見つかるかもしれないのだ。


「それで最後に……」


 少し言いにくいことだったので自然と声が小さくなってしまったが、先輩とエリカはその話を聞いて声にならないくらい驚いていた。


「ジークの言っていることが本当だった場合、王国全体に衝撃が走ることになるわ。それに、このまま放っておけば、もっと多くの犠牲者が出てしまうかもしれない……分かりました。この話は、私が責任を持ってお父様……カレトヴルッフ公爵家の当主に要請します。それとジーク、要請するにあたって、あなたの名前も出しますから、そのつもりでいてください」


 何故ヴァレンシュタイン子爵家の関係者でしかない俺の名前を出すのかと疑問に思ったが、ウーゼルさんの命の恩人という肩書は、ウーゼルさんの派閥に属する者からすれば無視できないものらしい。

 それに、俺の頼みごとにはそれなりのリスクはあるものの、リスク以上のリターンも存在しているのだ。そう言ったことを考えれば、調べてみるだけの価値はあると判断される可能性は十分にあるということだった。


「私はこれからすぐにお父様に手紙を書くつもりだけど……間違っても自分一人で動こうとはしないでね……あら?」


 エレイン先輩は、俺の机の上に置かれていたアルゴノーツとその他の武器を見て心配そうに言った。そして、アルゴノーツの横に置かれていたものを見て、何故か首をかしげていた。


「ねえジーク、その白い剣の横に置かれているものって……」


「ん? ああ、これですか、これは昨日ヴァレンシュタイン家に戻った時にサマンサさんに渡されたものです。女性ものなので付けようとは思わないんですが、箱の金具の動きが悪かったんで、武器の手入れのついでに油を差したんですよ」


 エレイン先輩が見ていたのは、俺がサマンサさんに渡されたペンダントだった。そういった良し悪しは俺には分からないが、サマンサさんがそれなりにいいものだと言っていたので、()()()いいものなのだと思っている。


「ちょっと近くで見てもいい? ……やっぱりこれ、数年前に流行ったペンダントね。最近は新しいのが出ていないけど、これは……もしかして新作かしら?」


 先輩は興奮しながら「少し持ってみてもいいかしら?」というので頷くと、


「やっぱり、新作だわ! それも()()()()()の方の!」

「本当ですか先輩! ジーク、私にも見せて!」


 何故そこまで二人が興奮しているか分からないが、あのペンダントはかなりいいものではなく、()()()()()()いいものだったようだ。


「本当、裏に()()()()()って彫ってある……偽物……ではないですよね?」

「ええ、お母様が持っているものとの共通点が見られるし……ジーク、ちょっと箱も見せて! ……やっぱり、王家の印が刻まれているわ」


 箱の中を見てさらに興奮する二人に、


「そんなにいいものなんですか?」


 と聞くと、二人は同時に俺の方を見て、信じられないといった顔をした……と言うか実際に、


「いいものよ!」

「いいに決まっているじゃない! それも、伯爵家レベルでは手が出せないくらいのものよ!」


 と言われた。


「……本当に知らないみたいね」

「信じられないけど、そうみたいですね」


 驚く俺の顔を見た二人は顔を見合わせて少し話し合い、


「このシリーズは数年前に作者不明で発表されたものでね。大きく分けて二通りあるの。一つが量産されているもので、こっちの方は裏側にSSとだけ掘られているのだけど、もう一つの方はSSOと数字が彫られた、一点物になっているのよ」


「発表されているのは九種類のみで、王妃様が三点、学園長が二点、エレイン先輩のお母様が一点、残りの三点のうち一つが他の公爵家の奥方で、残りの二点が所有者不明となっているんでしたよね?」


「ええ、お母様はかなり運が良かったと言っていたわね。学園長は自分で購入して……それだけでも運がいいのに、もう一つは何かの記念で国王陛下より頂いたと聞いたわね」


「量産品の方でも、今は新しく生産していないなくて中古でも元の値段の倍近くしますから……それに、今後も価値が上がる可能性が高くて手放す人も中々いませんし……」


 そんなすごいものをサマンサさんは俺に渡して来たのか……そう思いながらペンダントを眺めている二人を見ていると、


「もしかして、SSって、サマンサシリーズの略だったりして?」


 ふとそんなことが頭に浮かんだので冗談半分で行ってみたところ、二人は揃って俺の方に顔を向け、


「それよ!」

「それだわ!」


 と納得していた。さらに、


「作者不明ということだけど、王家の印を入れて貰えるということは王家に近しい人かかなり強い伝手のある人ということで、王妃様がオリジナルを三点も持っていらっしゃるのは、作者であるサマンサ様の()()()だから、学園長が競争倍率の激しい中で買えたのは、サマンサ様のお師匠だから、私のお母様が運良く買えたのは国王陛下の()だから、ジークが持っているのは渡したのが作者本人だからと考えれば納得がいくわ!」


「数年ぶりの新作で、おまけに未発表の作品……どれだけの値段が付くのかしら!?」


 ともう一つ興奮のレベルを上げた。そして、


「ねぇ、ジーク……ちょっと着けてみてもいいかしら?」

「あっ! 先輩ずるい! ジーク、私もお願い!」


 そんなことを聞いてきたので、


「ええ、壊さなければ構いませんよ」


 と返すと、二人はどちらが先かじゃんけんで勝負し、その結果、


「えへへ……」


 エリカが最初にペンダントを首にかけることになった。

 エリカに先を越された先輩は悔しそうにしていたが、自分の番になった時にはエリカと同じようなにやけ顔になっていた。

 そんな二人を見ながら、俺はペンダントの入っていた箱の金具の具合を確かめていると、


「ん? 台座の裏側に紙……メッセージカードか、これ? えっと……ぶっ!」


 台座の裏側に挟まっていた二つ折りのカードの中身を読んでみると、そこには思ってもいなかったことが書かれていた。それと同時に、サマンサさんが何故女性もののペンダントを俺に渡した理由も知ることが出来た。


「どうしたのジーク?」


 エレイン先輩がペンダントを俺に渡そうとしたところで俺の異変に気が付き聞いてきたので、少し言いにくいことだったが二人には言っておいた方がいいと思い、


「そのペンダント、俺が結婚したいと思った人と付き合えたらプレゼントしろって、サマンサさんが……」


 そう言うと二人は着けたことを嫌がるかなと思ったが、


「これが貰えるならちょっといいかもと思ってしまったわ……」

「私も……」


 サマンサさんのペンダントの効果で悪いことにはならなかった。

 

 そんなことを言った後で二人は俺の部屋を後にしたが、


「シドウ先輩のこと、すっかり忘れてしまっていたな……」


 一人になってから、ものすごく罪悪感にかられたのだった。

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