表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
15/117

第十五話

「これで無理だとすると、三年の知り合いを連れてくるしか……いえ、先生たちに手伝って貰わないと駄目ね」


 エレイン先輩が加入し指示を出したことで、先輩たちの動きはさらに良くなったが、それでも魔法が使えないという縛りがある中では先程までとあまり変わりがなかった。


「まあ、こうなるのは当然ね……ジーク、次はフランベルジュさんと組んで戦ってみなさい」


 エンドラさんの指示に、俺たち(エリカや先輩たちも)はそれだとさっきよりも勝負にならないのでは? と思ったが、


「ただし、カレトヴルッフさんたちは全滅が敗北条件で、ジークたちはフランベルジュさんの戦闘不能が敗北条件よ」


 条件を聞いて、確かにそれならいい勝負になるかもしれないと思った。

 この六人を強さ順で並べた時、俺が頭二つ三つ抜けていて、それからエレイン先輩に三人の先輩と続き、最後にエリカになる。エリカはエレイン先輩に完敗してしまったが、戦い次第ではもっと善戦出来ると思うので、三人の先輩に大きく劣るということは無い。だが、俺たちの勝利条件がこれまでと変わらないのに対し、先輩たちの勝利条件がエリカの戦闘不能に変更されたということは、先輩たちは俺を無視してでもエリカの撃破に全力を注いでくるというわけだ。


「つまり俺は、エリカを戦力と数えつつも守らなければならない……ある種の護衛任務みたいなものか?」

「明らかに私が穴だからこその条件だけど……この六人の中じゃあ、一番弱いと言われても仕方がないわね。だけど、ジークに守られながら後ろでこそこそしているのは性に合わないわ」


 エリカの気性を考えると、そうなるのは当たり前だよな……一番簡単な方法は、エリカを後方に置いて常に先輩たちから距離を取らせ、その間に俺が先輩たちを撃破すると言うものだが、エリカが前に出るとなると難易度がグッと上がってしまうだろう。しかし、相棒であるエリカがやる気なら仕方ないし、俺が頑張ればなんとかなるだろう。

 そう思っていたが、


「ジーク、ごめん……」


「それまで、カレトヴルッフ組の勝利!」


 結果は俺たちの敗北……いや、惨敗だった。


 俺とエリカの予想では、俺に三人の先輩が向かってきて、エリカにはエレイン先輩が向かうと考えていたが、実際はその逆で、エリカの方に三人の先輩が包囲する形で向かって行き、俺にエレイン先輩が真っ向から迫ってきたのだ。

 さらに言うとエリカに向かった先輩のうち、必ず一人がエリカと対峙しながらも俺の背後を取ろうとしていたせいで、変則的ではあるが一対三(エリカ対三人の先輩)と一対二(俺対エレイン先輩とエリカに向かった先輩のうちの一人)のような形が出来上がってしまった。

 そのせいで俺はエレイン先輩だけでなく背後にも対応しなければならなくなり、その間にエリカは先輩たちに無力化されてしまったのだった。おまけに、


「そろそろ、訓練を終了しましょうか? いつもとは違うやり方では疲れがたまりやすいですし、昼前に終わったとは言え、明日も午前中は授業がありますからね」


 俺たちが負けたタイミングでエンドラさんがもっともらしい理由を付けて訓練を終了させたので、俺とエリカは不完全燃焼で訓練場をあとにすることになったのだった。


「やっぱり、ジークが前に出て、私は後ろに控えていた方がよかったのかしら?」

「正直言えば、確かにそれなら勝てたとは思うけど……多分エンドラさんは、それをやったらやったで怒りそう気がするんだよな。それに、エリカを後ろに下げて俺が戦うのなら、エリカと組ませなくてもいいし」

「それもそうよね……それに、ジークと組ませてエレイン先輩たちと戦わせるのなら、ジークとではなくて私のパーティーを指名した方が、数の上では互角なのだし……」

 

 それに関しては多分だけど、エンドラさんは俺の為にエリカと組ませたのだろう。これまで俺は、誰かを守るような戦いはしたことがない。近いようなことなら、ヴァレンシュタイン騎士団の訓練の一環で少数対大勢で戦うことはあったが、それはあくまでも俺と同等に近い実力を持つ騎士が仲間だったので、俺が未熟なところは常にカバーしてくれていた。だが、エリカではそう言うことが出来なかった上に、これまでエリカとは何度も戦いはしたが二人だけで組んだことは無かったので、上手く息を合わせることも出来なかったのだ。


「まだ戦いようがあったはずだけど……多分、初手で動きを間違えたのが一番の敗因だろうな」

「そして、何が間違いだったのが分からないのが、一番の問題ということね」


 俺とエリカは自分たちの実力に自信があったせいで、ぶっつけ本番でもなんとかなると思ってしまったのも間違いだろう。そしてそれまで一人ででも連勝出来ていたせいで、俺が先輩たちを甘く見てしまったのも。


「負けた後なら、あれがやってはいけなかった戦法だと言うのは分かるんだけどな」

「それはそうよ。何せ、間違っていたから負けたんだし」


 それはそうだと、エリカの言葉に苦笑しながら更衣室の手前で分かれ、汗を軽く流してから着替えていると、


「おう、お疲れさん」


「お疲れさまでした」


 先程まで一緒に訓練していた先輩たちが更衣室に入ってきた。


「カレトヴルッフから聞いていたが、本当に強いんだな。あいつが前々から自分より強いとは言ってはいたが、正直大げさに言っているのか相性の差だと思っていた。流石にヴァレンシュタイン騎士団に鍛えられていただけはあるな。おっと、早く着替えないと風邪をひくかもしれんな。それに、汗臭いし」


 そう言って先輩は、笑いながら汗を流しに行った。


(エレイン先輩のおかげか、先輩たちは俺に悪感情があるわけではなさそうだな)


 エレイン先輩の説明とヴァレンシュタイン騎士団の名前がいい方へと働いたんだろう。そう思いながら更衣室を出ると、


「ちっ、学園長のコネ野郎が、俺よりも先に訓練場を使うとはな」


 この学園のコネ野郎代表であるムスカ・アコニタム及びその取り巻きたちと鉢合わせてしまった。


「コネと言うのは否定しないが、この学園にはコネだけで無理やりBクラスに入ったくせに、その成績はCクラス以下と言う奴もいるそうだから、そいつよりはましだけどな。俺なら恥ずかしくて寮に引きこもってしまいそうだ。お前もそう思うだろ、アコニタム?」


 挑発に挑発で返すと、ムスカは顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。これくらいで腹を立てるのなら、挑発などしない方がいいのに。そもそも、そんな挑発はヴァレンシュタイン騎士団では日常茶飯事なので、俺を怒らせたいのならもっと頭をひねらないと……と言うか、あいつの頭の出来だとあれ以上の語彙は無いのかもしれない。


「ヴァレンシュタイン、それ以上私の生徒への侮辱は止めてもらおうか!」


 今年から中等部三年Bクラスの担任となったカースホアが、偉そうにムスカの後ろから現れたが、


「あれ? 俺、アコニタムがCクラス以下の成績を取っているとは一言も言っていませんが……今のをBクラスの担任であるカースホア先生がアコニタムへの侮辱だと言うのなら、コネでBクラスに入った奴はアコニタムということなのでしょうか?」


 と言うと、カースホアも顔を真っ赤にしていた。

 そして、顔を真っ赤にしたカースホアが何か叫ぼうとした瞬間、


「すまんなヴァレンシュタイン、遅くなった」


 と、俺と入れ替わりで更衣室に入ってきた先輩たちが出てきた。別に先輩たちを待っていたわけではないのだが、多分そう言った方がこの状況でも話に入りやすいと判断したのだろう。


「何やらコネだどうだと言い争っている声が中まで聞こえていたが……カースホア先生、まさかカレトヴルッフ以上の才能を持つと言われているヴァレンシュタインが、コネで中等部の一年から今までトップを取り続けていると、本気で思っているのですか?」


 何それ? 初耳なんだけど? ……と、先輩の言葉に驚いていると、


「そうは言うが、平民が座学も実技もトップを取り続けるなど、どう考えてもおかしな話だろう? それに彼は、入学試験を受けずにいきなりAクラスに入っている。これがコネでなくて、何と言うのだ」


「まあ、確かに入学試験に関してはコネとしか言いようがないでしょう……が!」


 先輩が自分に同意した様子を見て満足そうに頷くカースホアだったが、


「いかさまで入試を突破したのだとしたら、その後もヴァレンシュタインがトップを取り続けていることの方が、余程おかしなことでしょう。それに、入学試験の()()()()と、その後の成績における()()()()では、話の趣旨がずれています。ついでに言えば、入試はともかくとして試験はランダムに選ばれた教師が監督をすることになっております。それは先生が一番分かっていると思われますが……ああそう言えば、先生はここ二年程、何故か今の中等部三年のあるクラスを受け持つことが多かったのでしたね。多分、そのせいで試験監督の仕組みを忘れてしまったのかもしれませんね」


 先輩がそう言うと他の先輩たちも大笑いし、カースホアはますます顔を真っ赤にしていた。


「それこそ話の趣旨がずれているだろう! 試験監督はくじにより決まり、過去にも同じクラスを連続で担当した教師はいたのだ! それに、そいつは学園長の孫弟子なのだ! 学園長があとで採点をいじくることも出来るし、実技にしろ座学にしろ、不正行為を行わなければおかしな点数を取っているではないか!」


「それは、カースホア先生が監督したクラスにも言えることでは? それまでの成績からは考えられないくらい点を落とした生徒や、逆に点を上げた生徒がカースホア先生の監督したクラスから現れたという噂があります。ご存じですよね?」


「私が不正を行ったとでも言うのか!」


「いえいえ、ただの噂だと、()()()()()()思っていますよ。この学園の教師であるカースホア先生が、まさか生徒の不正を見落としたり、見逃したりするとは思えませんし……しかしながら、それは他の先生方にも言えることではないのですか? ヴァレンシュタインがテスト中に不正をしたということになれば、それはその不正に気が付かなかった監督者の責任となります。今のカースホア先生の話を聞けば、他の先生方も先程のカースホア先生のように顔を真っ赤にされるのではないですか?」


 これは勝負あったな。先輩を相手にするには、カースホアでは役者不足だったようだ……と言うか、カースホアは一応教師であるはずなのに、何故自分の子供と言っていいくらいの年齢の学生にああも簡単に論破されているのだろう。エンドラさんやウーゼルさんは、いっそのことカースホアをクビにして、この先輩を新たな教師として迎え入れた方が学園と国の将来の為になる気がする。


「それに、座学は流石に確認できていませんが、実力に関して言えば不正などありえないでしょう。彼が実技において不正をしたというのなら、この学園のほとんどの生徒が不正して今の成績を取っているはずです。何せ、私たちとカレトヴルッフを一人で同時に相手をして、余裕で勝利するくらいの実力者なのですから」


「なっ!」


 続けて先輩から発せられた言葉に、カースホアだけでなくムスカたちも言葉を失っていた。


「そう言うわけで、座学はこれまで彼のクラスを担当した全ての教師から不正をしたという報告はなく、実力に関しても高等部二年のトップ……いえ、高等部トップとの評価を受けた私たちのパーティーを軽くあしらえる実力があり、彼が原因と言われるトラブルも起こしてはいない……カースホア先生、あなたはヴァレンシュタインの何を見て不正だと騒いでいるのでしょうか? 仮に彼が不正をしていたとしたら、他にも同じような手口で不正をしていない生徒がいないか、全ての生徒を調査しなければなりません。その覚悟はおありですか?」


 生徒の中には、ムスカのように不正をして今の位置を維持している者もいるだろう。そしてそれは、ムスカのように内部外部にコネを持つ貴族の子女と言う場合がほとんどだ。学園としても、貴族出身の生徒……特に高位貴族に属する家柄の生徒を下位に置いておくのはまずいので、本来の成績よりも少し上……早い話、その生徒の下に常に影響力の無い家柄の生徒が来るようにしているのだ。まあ、これはあくまでも噂ということになってはいるが、もしこのままカースホアが俺に難癖を付け続けて、全ての生徒の成績を調べなおすということになれば、どれほどの生徒が本来の成績に戻されるか分からず、そうなればカースホアは色々な貴族から恨みを買うことになるだろう。


「わかったのなら、我々は行かせてもらいますね。ああそれと、高等部の生徒会として君たちに注意しておくことがあったな。更衣室に限らず、君たちの使った後の共有スペースが汚いと苦情が来ている。自分の部屋ではないのだから、使ったのなら最低限の掃除と片付けをするように。本来ならば、中等部の生徒会が注意することなのだが、君たちは同級生の話を聞かないようだからな。忠告後も変わらないようならば高等部の生徒会の名で報告するし、そうなれば今後の成績に響くこともあると頭に入れておきなさい」


 ムスカたちは先輩の注意にまた顔を赤くしていたが、流石にここで真っ向から文句を言う度胸は無いようで黙ったいた。


「それじゃあ行くか、ヴァレンシュタイン」


 先輩に背中を押される形でその場を後にしたが、途中で振り返ってみるとムスカたちが俺の方を睨んでいた。だが、俺に釣られて先輩が振り返ると慌ててそっぽを向いていたので、いかにも小物と言った感じで面白かった。


「ありがとうございました。あいつら、いつも絡んできて面倒臭いんですよ」

「アコニタムだったか? まあ、いかにも小物臭のする奴だったし、数年前に卒業したあいつの兄も問題児だったらしいからな。あれはもう血のなせる業だな。それに、ヴァレンシュタインをあの場で援護しなければ、俺が家から叱責されるからな」


 どういうことかと思っていると、先輩は伯爵家の出身で、実家はウーゼルさんの派閥なのだそうだ。そして、ヴァレンシュタイン家はカラードさんがウーゼルさんの親友であり護衛を務めたことからも分かるようにウーゼルさんの派閥で、ヴァレンシュタイン家に世話になっている俺も同じ派閥となるのだそうだ。おまけに俺がウーゼルさんとアーサーを助けたことは派閥内の一部ではあるが知られており、ウーゼルさんの恩人を助けないという判断は先輩には選ぶことが出来ないとのことだ。


「まあ、あれが同じ派閥同士の争いなら様子を見るか仲裁に入るところだが、カースホアを含めてあの場に居たのは敵対派閥と言っていい奴らだからな。それに裏で好き勝手やっているということだし、今回のことが無かったとしても、いずれどこかで陛下の派閥に属する者としてあいつらに釘を刺さす必要があったからな」


 そう言いながら先輩は俺の背中を何度か叩き、ムスカたちから大きく離れたところで急に顔を近づけてきて、


「それで、ヴァレンシュタインに聞きたいことがあるんだが……」


 と声を小さくすると同時に、他の二人の先輩も顔を近づけてきたので何を聞かれるのかと思ったら、


「ヴァレンシュタイン騎士団に居たということは、ディンドランさんと一緒になる機会が多かったということだろう。それで……見たことがあるのか、ディンドランさんの裸を?」


 などとほんの数分前までとは違い、一気に下世話な話を始めた。


「いや、その……あの……」

「やっぱり、体も綺麗なのか? いや、あんなに綺麗な顔をしているのに、実は実戦や訓練で付いた傷がいくつもあると言うのも、なんだか興奮するな……それで、どうなんだ? 見たのか?」


「そう言った話は、その……あっ!?」


 どうやって先輩の追求を躱そうかと考えていると、いつの間にか先輩たちの後ろに、冷たい目をした青鬼(青い髪の鬼)と赤鬼(赤い髪の鬼)が立っていた。


「少しくらいいいじゃないか。なあ、お前たちもそう思うだ……ろ……」


 先輩が他の先輩たちの同意を得ろうと後ろを振り返って瞬間、自分たちの背後にいた二人の鬼に気が付いたようだ。三人揃って、顔を青くしている。


「男が揃って、何ディンドラン様を汚すようなことを言っているのかしら?」

「先輩、ジーク……最低」


「いや、俺は巻き込まれただけだから……」


 そう言って先輩たちから距離を取ると、先輩たちは揃って裏切者を見るような目を向けてきたが、無視してエレイン先輩とエリカの視線から外れる位置に移動した。まあ、すぐにエレイン先輩に首根っこを掴まれて移動させられたけど。



「話を聞く限りジークは白だけど、この三人は黒ね」

「そうですね。まあ、ジークも完全な白というよりは灰色と言う感じですけど、先輩たちは真っ黒です」


 青鬼と赤鬼にギリギリ見逃された俺は、三人の先輩が怒られているのを見ながらどうしようかと考えて……こっそりと逃げることにした。まあ、これもエレイン先輩にバレてまた捕まってしまったが、それでも寮の手前まで戻ることは出来た。もっとも、寮に戻ったことで追及の場が道端から食堂に代わっただけだが、座れるだけマシだろう。


「エレイン先輩、そろそろいいのではないですか? 結局、先輩たちは俺から下卑た情報を一つも得ることが出来なかったのですから、未遂ということでここはひとつ……」


 食堂に移ってもエレイン先輩の怒りは収まらず、ついに俺は三人の先輩からの何とかしてくれと言うような視線に負けてしまい、口を出してしまったが……何とか先輩の怒りを治めるきっかけを作ることに成功した。


「まあ、ジークがそこまで言うのなら許してあげないことも無いけれど……本当にディンドラン様のマル秘情報を渡してはいないのね?」


 いつの間にか、ディンドランさんの裸に関する情報が重要機密のようにされているが、俺はそれに突っ込まずに何度も頷いた。もうこの人は、ディンドランさんの()()()ではなく、()()なのだと情報を更新するべきだろう。


「ならいいでしょう。私も少し気が立ってたとは言え、きつい口調になっていたようだしね」


「え~っと……何があったんですか?」


 もしかするとこの質問は、エレイン先輩がまた気を荒立てる可能性があったが、同時に話を逸らせる可能性もあったので突っ込んでみたが、


「ちょっと、更衣室を出たところでアコニタム家の長女とその取り巻きと鉢合わせてね。あまりにも失礼な物言いだったから、つい言い負かしたのよ。まあ、それでも気が収まらなくてね」


 どうやら成功したようだ……と言うか、アコニタムは兄妹揃って本物の馬鹿なのだろう。そもそも頭の出来が違い過ぎるのが分かっているはずなのに、あろうことか真っ向から口喧嘩を仕掛けるなんて……その結果、先輩を怒らせてしまったようだが、双方の戦力差を考えれば怒らせることが出来ただけでもムスカよりは善戦したと言っていいのかもしれない。


「まあ、それはそうとして、私としてもディンドラン様について聞きたいことがあるのよ」


 エレイン先輩の言葉に、先程まで怒りを向けられていた先輩たちは「えっ!?」と言うような顔をしたが、エレイン先輩は「お前たちと一緒にするな!」と言うような顔で睨みつけたので先輩たちは震えていた。


「正直なところ、ディンドラン様の強さってどれくらいなのかしら? ああ、先に言っておくけど、これは別にヴァレンシュタイン騎士団の戦力を調べようとかじゃなくて、純粋にディンドラン様の強さがどれくらいなのか、そしてディンドラン様と私の間にはどれくらいの差があるのか知りたいのよ!」


 ああ、なるほど、ディンドランさんの信者らしい考え方だ……と言うことで、俺は少し考えて、


「近接戦闘においては、ディンドランさんとエレイン先輩の間には、大人と子供どころではない差があると思います。ただ、先輩が魔法を主体として挑めば、差は縮まります。もっとも、今のままだと近接戦闘と同様に歯が立たないと思いますが」


「あら、まだジークに私の全てを見せた覚えはないのだけど?」


 先輩は自分の全てをもってしても敵わないと言われたのに、どこか嬉しそうだ。熱心な信者ともなれば、ディンドランさんと比較されることすら嬉しいらしい。


「正確な実力が分からなくても、大体の結果は分かりますよ。何せディンドランさんは、エンドラさんの初撃をかいくぐって攻撃を仕掛けることが出来ますし……まあ、流石に当てるどころか武器が届く位置までは無理でしたけど」


 この王国で最強の魔法使いと言われ、この世界でもトップクラスの実力者と言われるエンドラさんの攻撃をかいくぐることの出来るディンドランさんは、それだけでその実力が並のものではないと言えるのだ。おまけにディンドランさんは、そこまで魔法が得意と言う程ではない。それこそ、魔法で言えばエレイン先輩の方が上だろう。

 つまり先輩がディンドランさんに一泡吹かせようとすれば、エンドラさんに近い威力の魔法を使うしかない。もっとも、エンドラさんに近い威力の魔法と言うだけでも非常に難しく、自身の努力だけでどうにかなることでもないが、それでもエレイン先輩が近接戦闘でディンドランさんとやり合うよりは可能性があると思う。


「ふむふむ、なるほどなるほど……」


 先輩はどこからかペンとメモ帳を取り出して、俺に言われたことを書き留めていた。


「ジーク、私は?」


「エリカの場合は……」


 少し言いにくいことだったので言いよどんでしまった俺だったが、エリカが圧をかけてきたので正直に、


「エレイン先輩よりも勝つ可能性があると思う。ディンドランさんは、腕力と速度で勝負するタイプだから、同じタイプであり魔法の素質がディンドランさんより高いエリカは、将来的にディンドランさんと同じくらいか上回るかもしれない。まあ、あくまでも可能性の話だけどな」


 俺が言いよどんだのは、エリカの方がエレイン先輩よりも可能性があったので、先輩が気を悪くしてしまわないかと思ってのことなのだが……案の定、エレイン先輩はエリカに嫉妬のような感情を向けていた。


「な、なあ、ヴァレンシュタイン、ヴァレンシュタイン騎士団で有名なのはディンドランさんだけでないだろう? 他のお二方はどういった感じの人なんだ?」


 エレイン先輩の嫉妬に恐怖した先輩が、話を強引に変えようとしてきたので、ありがたくそれに乗っかることにした。


「ディンドランさんが腕力と速度で勝負するタイプなら団長であるガウェインは腕力と技で、ランスローさんは速度と技と言った感じですね。もちろん、それぞれ挙げなかった部分も一流と呼ばれる騎士を上回るそうなので、あえて言えばと言った感じですが」


「それほどなのか……それで、もしその三人が戦えば、誰が一番強いんだ?」


 その質問に、それまでエリカに嫉妬の目を向けていたエレイン先輩とエリカ(嫉妬のまなざしを向けられたエリカは、嬉しさのあまり気が付いていなかったようだ)も興味が湧いたらしく、ようやく顔をこちらに向けてきた。


「状況によって変わりますけど、基本的にはガウェインとランスローさんがほぼ互角で、ディンドランさんが三番手というところですね。でも訓練という形なら、ランスローさんが頭一つ抜けるかもしれません」


 一般的には、ガウェインが一番でランスローさんが二番、ディンドランさんが三番と言うように見られることが多いが、実際にはガウェインとランスローさんの間に差はあまりない。むしろ、何度も戦った上での勝率という話になったら、()()()()ことの多いランスローさんが一番になると俺は思っている。

 あくまでも俺個人の感想ではあるが、これにはディンドランさんの信者であるエレイン先輩も口を挿んでこなかった。そもそも、ガウェインたちとディンドランさんは性別が違うし何よりも年齢が十以上違うので、経験という意味でもあの二人に匹敵する実力を持つこと自体すごいのだ。


「あくまでも俺独自の感想ですけど、ガウェインとディンドランさんは、トランプで言うところのキングかクイーンを四~五枚持って戦っていて、対するランスローさんはキングこそ持っていませんが、ジャックを中心に十枚の手札で戦っている感じです。おまけにその十枚の中にはクイーンも混ざっているので、一点突破で来られると厳しいこともありますが、ランスローさんが自分のペースに持ち込んでしまえば、ガウェインでも何もできずに負けることもありましたね」


 今の例え話だと一体何枚同じ絵札があるんだと言われそうだが、あの三人の場合は規格外なので、俺なら全てが絵札で構成されたトランプだと言われたとしても納得するだろう。


「その例えで言えば、ヴァレンシュタインはどの数字の札を何枚持っていることになるんだ?」


「そうですね……六~八の札を四~五枚持っていればいい方かと」


 魔法とダインスレイヴを使えば、全体的に二段階くらい上がり、さらに手札にジョーカーが一枚増える気がするが、あくまでも先輩たちに見せている力を当てはめるとそれくらいが妥当なところだろう。ちなみに、俺が魔法を使う場合ガウェインたちも同じ条件になるので、向こうも一段階くらい上がるだろうし、ダインスレイヴを使ったとしても勝率が少し上がる程度だろう。


(でも手札か……それをあの訓練に当てはめると……そうか!)


 先輩たちに説明する為にトランプに例えてみたが、それをエリカと組んで負けた訓練に当てはめると、


(キングが俺、十の札がエレイン先輩、九の札がエリカと先輩たち……数では負けていたけど、俺が先輩たちと当たっていればやり方によっては勝機は十分で、負けても惜敗になったかもしれないけれど、俺が十と九に手間取っている間に味方の九が二枚の九に打ち取られた……ガウェインやディンドランさんが、ランスローさんに負けたパターンと同じことをされたわけだ)


「エレイン先輩、近いうちに俺とエリカにリベンジさせてもらえませんか? 条件は今日のと同じで」


「え? ええ、私はいいけど……」


「俺たちもいいぞ。ヴァレンシュタインは何か企んでいるみたいだが、俺としてはそれを見てみたいし、何よりも二人と戦うことは色々と刺激になるからな」


 そう言って先輩たちと約束を取り付けることに成功したが、ふと肝心の人物に許可を取っていなかったと思いエリカの方を見ると……ものすごくやる気になっていた。


「それじゃあ、早速エンドラさんに訓練場の使用許可を取ってくるか!」


「そうね、今からならまだ寮の外に出ていても問題のない時間帯ね。ただ、寄り道しないで帰ってくるのよ」


 エレイン先輩に母親のような言葉をかけられながら食堂を出ると……後ろの方で男性のものと思われる悲鳴が上がったが、多分また鬼でも出たんだろう。

 なお、エンドラさんに許可を取りに行くと許可自体はすぐに下りた(ただし、明日はカースホアに許可を出したので明後日になった)が……その後、訓練の際の不手際を指摘され、寮に戻ったのは時間ギリギリになってしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ