第十一話
「ジークの性格の悪さが、いい方に出たわね」
「ええ、カレトヴルッフのお嬢さんには頭を下げさせてしまって申し訳なかったですけれど、これでしばらくは公爵家寄りの貴族も大人しくなるでしょう」
二人は笑いながらお茶を飲んでいるが、エリカはそんな二人を見て不思議そうな顔をして、
「ジーク、あなた先輩に何を仕掛けたの?」
疑いの眼差しを向けながら俺に直接聞いてきた。
「いや、別に? 俺はただ、謝罪に来た公爵家を寛大な態度で許し、逆にお土産を持たせて帰しただけだ」
「え? ん? ……ああ、なるほど。つまりジークは、格上の公爵家の要望と謝罪を受け取ってあげたというわけね。そして先輩は、そんなジークの態度を受け入れざるを得なかった……と」
「まあ、そんなところだ。もっとも、エンドラさんの援護があったから、先輩はすべて受け入れたというのもあるだろうけどな」
先輩としては俺が公爵家の要望と謝罪を受け入れるにしても、それは形だけでも公爵家の力をちらつかせたうえで納得させたという形に持っていきたかったはずだ。
そうなっていれば公爵家側の貴族や他の貴族に対して、ヴァレンシュタイン家が一部でも自分たちの出した条件を呑ませたといった感じで公爵家の影響力の強さを見せつけたかったのだろうが、俺がその思惑に乗らなかったのとエンドラさんの援護のおかげで、結果としては逆に許してもらったともとれる終わり方になってしまったのだ。
この結果に対して公爵家は、多少自分たちのいいように改変するかもしれないが、あまりやり過ぎるとエンドラさんの不興を買ってしまうかもしれないので、せいぜい言い方を間違えたくらいにしか変えることが出来ないはずだ。
完全にエンドラさんの威を借りた状態ではあるが、いくら公爵家と言えどもヴァレンシュタイン家に肩入れするエンドラさんを非難することは難しいだろうし、計画が崩れたからと言って致命的という程でもないので、これ以上この話がこじれる前に終わらせたいと受け入れるしかない。
まあ、一応俺は分かりやすく先輩と公爵家の嫡男に対して有効的な姿勢を見せているので、現時点でエンドラさんが敵に回るようなことは無いと判断するだろうから、それを利用して馬鹿な発言をした貴族を大人しくさせるだろう。
もっとも、それで大人しくならないようなら、多分俺に丸投げするかもしれないけれど……それはそれで、こちらの力を見せつけるいい機会にはなるだろう。
「それにしても、一つ気になることがあるんですけど……何で先輩は、ここにサマンサさんとエンドラさんがいることを知らなかったんですかね? 普通に考えると、公爵家の方が上に立った形で謝罪するとなると二人……特にエンドラさんは邪魔になるはずだから、見張りくらいは付けるはずですよね?」
二人がエリカの様子を見に来たことはすでに知っていたはずだし、二人の性格から複数回見舞いに来るのは予想していただろうから、策をめぐらせるならいない時を狙うのが定石だ。
俺がそう聞くと、エリカも不思議そうな顔で二人を見た。
「あら、気になる? 教えてあげてもいいけれど……」
「簡単に言うと、見張りを付けている貴族がいることは分かっていたから、隠れてフランベルジュ家まで来たのよ。これでも今代の黒候補と言われていたから、ジーク程でないにしろ気配を消す魔法は使えるからね」
もったいぶろうとしたエンドラさんを無視して、サマンサさんが得意げに答えた。
まあ、学生であるエルハルト殿下も城を抜け出す程度には気配を消すことが出来ていたから、サマンサさんならよほど実力のある騎士や魔法使いでなければ気が付かれることは無いのだろう。
「ちょっとサマンサ、簡単にばらしたら面白くないじゃない」
「師匠、気配を消す魔法はジークの得意技なんですから、すぐに気が付くに決まっているじゃないですか。もったいぶっている間に気が付かれる方が格好悪いですよ」
すねるエンドラさんをサマンサさんが窘めているが……この二人、相変わらず仲がいいな。師弟関係というよりは、親……本当の姉妹のようだ。
もし仮に、二人を『親子』だと表現した場合、サマンサさんの養子である俺からするとエンドラさんは『祖母』になってしまうので、それは色々とまずいことになる……俺の身の安全的な意味で。
幸いなことに、エンドラさんはサマンサさんの方に気を取られていて気が付かなかったようだが、今後も二人の関係を表す時は『師弟』か『姉妹』の二択であると肝に銘じておこう。
今日は運がよかったが、次も無事に済むとは限らないしな。
「それにしても、俺の周りにはやたら勘のいい人が集まっているな……」
「ジーク、何か言った?」
「いや何も……それよりも二人共、大分回復したと言ってもエリカはまだ体調がすぐれないんだから、見舞いに来たのに騒いでどうするの?」
つい口からこぼれた言葉をエリカに拾われて少し焦ったが、すぐに誤魔化して話題を変えることにした。
「あっと、そうだったわね」
「ごめんなさいね、うちの師匠がうるさくて」
また火種になりそうなことをサマンサさんが口にしたが、エンドラさんはこらえることが出来たようだ。
まあ、ここを離れたらまたひと悶着あるだろうけど。
「話を戻すけど、二人はカレトヴルッフ公爵家が来ると予測していたわけ?」
「いえ、確実とは思っていなかったわよ。まあ、第一候補であったことは間違いなかったけれど」
それでも、二人はその可能性を考えて行動していたということだ。
サマンサさんの言う通り、先輩には多少申し訳なかったという気持ちはあるものの、公爵家の上を行ったという事実は今後の貴族生活において大きな意味を持つだろう。
まあ、その評価の大半がエンドラさんの力を借りたと言うものになるだろうが、言いようによってはエンドラさんを動かすことが出来るとも言えるので、表立ってヴァレンシュタイン家を軽く見る者は少なくなるはずだ。
その後、先輩以外に見舞いに来たのはマリだけで、そのマリもエンドラさんとサマンサさんがいたせいで居心地が悪かったらしく早々に帰ってしまった。
マリが帰った後、サマンサさんはこれ以上客は来ないだろうと判断してエンドラさんを置いて帰り、残されたエンドラさんは今帰ると家の近くで学園の教員が待ち構えている可能性があるからと、ギリギリまでエリカのところでサボると言い出し、最終的にはフランベルジュ家で夕食までごちそうになっていた。
なお、ただサボるだけだとうるさく説教してくる教員がいるからと言って、エリカの治療法をレポートにまとめていた。
このレポートに関しては、今後エリカと似たような症状が出た時の治療に役立ちそうだったので、俺とエリカも出来る範囲で協力した。
もっとも、この治療法はダインスレイヴの能力によるところが大きいので、どれだけ有効的な治療法だと認められるか疑問が残るが……今後ダインスレイヴに似たような能力の神具を持つ者が現れるかもしれないし、危険はあるかもしれないがドレインでも似たようなことは出来ると思うので、特別な方法であっても書き残す意味はあるのかもしれない。
「自由に体を動かせるって、素晴らしいことだったのね」
エリカが体調を崩してから七日程経つが、ようやく体力が回復したようだ。
ただまあ、油断はできないので、今日までは安静に過ごすようにと、伯爵に強く言い含められたエリカは、そのことを思い出したのか体を動かすのを止めて椅子に腰かけた。
「それで、ダインスレイヴで魔力を吸うのを止めて一時間くらいになるけど、どんな感じだ?」
体調に合わせて魔力を数量を変えてきたが、今日の朝くらいから多少のだるさを感じると言い出したので、完全に吸うのを止めてみたのだが、見た感じでは問題ないどころか、朝よりも調子がよさそうだ。
「ん~……問題は……なさそうね。ダインスレイヴを使っている時よりも体が軽い気がするし、魔力も安定しているみたいだから、前みたいに体の奥から熱が噴出してくるような感じはしない無いわ。ただ、まだ完全に感覚は戻っていないみたいで、少しふわふわ? している気がするわね」
寝込む前から調子を崩していたのだとすると、その状態に慣れてしまっていたせいで元の感覚がずれてしまっているのかもしれない。
それは魔法では治すことが出来ないので、明日伯爵に体を動かす許可を取ってから、徐々に確かめていくしかない。
「とにかく今日一日は安静にして、明日からリハビリと言った感じだな……安心したら眠たくなってきたな」
「そう言えば、ジークはほとんど起きていたのよね? 大丈夫なの?」
ずっとというわけではないが、ダインスレイヴの出力をエリカの状況に合わせて変化させていたので、ここに来てからまともに寝ていないのは確かだ。
まあ、熟睡は出来ていないもののディンドランさんやメイドたちもいたので、何か小さな変化であっても異変があればすぐに知らせるように言っておいたので、短時間ではあるが仮眠自体は日に何度か出来ていたし、一人旅をしている時にほとんど寝ずに数日過ごすようなことも経験しているので、その時よりはかなりマシだ。
もっとも、マシなだけで疲れていないわけではないけれど。
「すぐに部屋を用意させるから、ジークはしっかりと寝た方がいいわよ。でないと、今度はジークが倒れてしまうわ」
そう言ってメイドを呼ぼうとしたエリカだが、
「その前に風呂に入りたいな。体は拭いていたけど、それだけだとすっきりしないからな」
寝るなら風呂に入ってからの方がより熟睡できる気がする。
臭いには気を付けていたが、この部屋はエリカから発せられていた熱でかなり暑かったこともあり、それなりに汗をかいてしまったのだ。
「確かにそれもそうね。それじゃあ、部屋を準備させている間に、お風呂の……」
と言いかけたところで、エリカは俺から少し距離を取るような仕草を見せて、自分の服の臭いを嗅いでいた。
別に変な臭いがしているわけではないので心配する必要はないと思うのだが……それを言っても意味がないのは分かっているつもりなので気が付かなかったふりをして、自分でメイドに風呂と部屋の用意を頼んだ。
「ふ~……昼から風呂に入るのもいいものだな。まあ、風呂から上がればすぐに職務に戻らなければならないのだが」
風呂の準備が出来たというので脱衣所に行くと、そこにはすでに裸になっていた伯爵がいた。どうやらメイドが風呂の準備をしていることに気が付き、職務の息抜きにやってきたようだ。
ちなみに、一応メイドは俺が入る為の準備だと伝えたそうだが、入るのが俺なら別に一緒でも構わないだろうとのことだった。
「今回は助かった。俺たちだけでは、原因が分かる前にもっと被害を出していただろう。それがフランベルジュ家の屋敷だけで済めばいいが、もし仮に周囲の家々にまで延焼していれば、最悪伯爵位を返上する事態になったかもしれない。後日改めてヴァレンシュタイン伯爵家に出向いき、ジークだけでなく伯爵と夫人にも礼をさせて貰う」
「いえ、礼は受け取りますが、そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ。カラードさんとサマンサさんも、そう言うと思いますし、エリカは俺の婚約者ですから他人ごとではありませんでしたから」
俺としては婚約者の為に動くのは当たり前だと思っていたし、俺が好きでやったので気にしなくてもいいというつもりだったのだが、
「それは駄目だ。確かにジークはエリカの婚約者だが、逆に言うとそれだけの関係なのだ。エリカやジークはそう思っていないみたいだが、本来貴族の婚約と言うのは、ちょっとした理由で破棄や解消されることも珍しくない。それに今回はジーク個人だけでなく、ヴァレンシュタイン伯爵家にも助けてもらっている。もしここでフランベルジュ家が相応の礼をせずに済ませ、仮にエリカとジークの婚約が破談となった場合、フランベルジュ家は常識を欠いていたという事実が残ってしまい、下手をするとそれを利用する輩が出てくるかもしれない。そう言った事情もあるし、人としても世話になった方々にちゃんとした礼をする必要があるのだ」
伯爵に怒られてしまった。
確かにこれがすでに俺とエリカが結婚している状態で、俺一人だけが関わっていたのならこの場での礼だけでも構わなかっただろうが、俺たちはまだ婚約中でありながら付きっきりで看病し、カラードさんたちが火事の騒ぎに駆け付け、サマンサさんもエリカの看病を手伝っている。
ヴァレンシュタイン家側が大したことは無いと言っても、世間からすればそうは見られない可能性があるし、仲がいいと言っても貴族である以上、他家に借りを作っておいて礼を欠く行為は、後々自分の首を絞めることに繋がるということなのだろう。
「申し訳ありませんでした。貴族がらみであるにもかかわらず軽く考えすぎていました」
「分かってくれたならいい。ただ、俺個人としてはそう言って貰えたのは嬉しいことだがな」
俺が謝罪すると、伯爵は上機嫌な様子で笑い声を上げながら背中を何度も叩いて来たが……痛みの前に水しぶきがすごいことになっているのでやめてもらいたい。
「あつぅ……そんなに長湯したつもりはないんだけどな……」
伯爵に絡まれながら風呂に入っていた俺だが、あまり長すぎる今度は眠れなくなるのではないかと思い途中で切り上げたのだが少し遅かったようで、どうやらのぼせてしまったようだ。
「氷を作る魔法があればいいのに……」
一応、水と風の魔法を使えば冷たい水を生み出すことが出来るが、正直言って労力に見合わないし、冷たいと言っても井戸水くらいの温度なのだ。
まあ、真夏には重宝するのだが難易度がかなり高いので、そんなことをするくらいなら冬に氷を作ってマジックボックスで保管する方がよっぽど楽なのだ……が、残念なことに俺がこれまで暮らしたことのある地域は、保管するだけの氷を作ることが出来るほど寒くないところばかりだったのだ。
その為、よく何でも入っていると言われる俺のマジックボックスの中には、氷のひとかけらも存在しない。
「今度誰かに氷の出来る領地を持っている貴族を紹介してもらって、購入できないか交渉してみるかな」
もしくは商業ギルドの伝手を使うかだな……などと考えながらエリカの部屋に向かっていると、
「あら? 意外と早かったのね?」
曲がり角の向こうから、同じく風呂上がりのエリカと遭遇した。
「あまり長く入っていると眠れなくなるかもしれなかったからな。まあ、それでも湯が熱かったからか、少しのぼせ気味だけどな。それはそうと、ディンドランさんは? 一緒に風呂場に向かってなかったか?」
男湯とほぼ同時に女湯の準備も出来たと知らせが来たので、俺と同時にエリカとディンドランさんは風呂に向かったのだが……もしかして、まだ入浴中なのか? まあ、俺とエリカは体調面から早く上がったので、健康体のディンドランさんには物足りなかったのかもしれないが……などと考えていると、
「ディンドランさんなら、私よりも先に上がったわよ。なんでも、お湯につかったらすごく眠くなってきたとか言って」
その言葉を聞いて、ディンドランさんはエリカが入浴中に何かあった時の為について行ったんじゃなかったのか? と思ったが、メイドも一緒に風呂場について行っていたので、大丈夫だと判断してのことかもしれないし、あまりヴァレンシュタイン家の人間がフランベルジュ家を差し置いて、エリカの世話をし過ぎるのはよくないと思ったのかもしれない。
ディンドランさんも色々と考えているんだな……などと考えながら、エリカと共に部屋に入ると、
「やりやがったな……」
エリカの部屋の中にはベッドが三つに増えており、その内の一つはエリカの使っていたベッドにぴったりとくっつけられていて、もう一つは一番遠いところに置かれていた。
そしてその離れたベッドには、
「メイドに気を配ったと思っていたのに、やりたかったのは悪だくみかよ!」
ディンドランさんが横になっていた。




