第六話
「それで、俺たちに話というのは何でしょうか?」
ジュディッチ伯爵を先に帰してまでする話に、俺は嫌な予感を覚えながら尋ねると、
「ファブールから手紙が届いた。内容は今回の戦争について、和解がしたいとのことだ」
何だ、そんなことか……と最初は思ったが、
「謝罪ではなく、和解ですか?」
すぐにバルムンク王国に侵略して街を占拠していたくせに、向こうから和解と言うのはおかしな話ではないかと感じた。
「ああ、手紙には、不幸な行き違いにより手違いがあったが、和解してこれまで通りの付き合いに戻りたい……と、要約するとそんなことが書かれていた」
それは何とも厚かましく恥知らずなことが書かれていたものだ。
まあ、外交ではそれくらいの厚顔無恥さが必要ではあるのだろうが……攻め込んできた国が……ましてや、敗戦国が言い出すような条件ではない。
「確かに俺たちは戦争に参加し、それなりの手柄を上げましたが……かといって、その手紙の内容を話す意図がいまいちわからないのですが?」
ヴァレンシュタイン家にしろフランベルジュ家にしろ、国家の政に関わるような家ではない。
まあ、ファブールとの戦争に関しては無関係ではないので、公爵が俺にその話をするのが理解できないというわけではないのだが……俺やエリカの前に、それぞれの家の当主に話すのが筋ではないかと思う。
「ヴァレンシュタイン子爵が困惑するのも分かるし、後でヴァレンシュタイン伯爵とフランベルジュ伯爵にも話すつもりではあるが、この手紙に限って言えば、両伯爵よりもヴァレンシュタイン子爵とフランベルジュ名誉男爵の方が重要なのだ」
「俺と……」
「私がですか?」
思わず声を揃えてしまった俺とエリカだが、俺たちの方がカラードさんたちよりも重要と言われて、余計に意味が分からなくなってしまった。
「その手紙によれば、和解する際に今後のことについて話し合いたいから、一度使節団が我が国を訪問するとあった」
まるで和解することがすでに決まっているような内容だが……それは条件によるだろう。
ファブールが自分たちの罪を認め、こちらの条件を全て飲むのなら和解する意味もある。
「そしてここから本題になるのだが……」
公爵はそこで言葉を切るとアーサーと目配せをして、
「その使節団に、何故かカドゥケウス聖国の一団が同行するらしい。表向きは調停役でとのことだが、これを機に天聖教を我が国の国教にしたい、もしくは将来的にするための布石を打ちに来るのではないかと我々は睨んでいる。その聖国の一団に、聖国の聖女が入っているそうなのだ」
「クレアが?」
バルムンク王国とカドゥケウス聖国は、過去に聖国の勢力拡大を嫌った王国が活動を制限したことで仲が悪くなっていたはずだが……ここにきて修復に動くつもりなのだろうか?
確かに、その一団にクレアが入っているのなら、顔見知りである俺とエリカに話が来たのは理解できる。
「王国側は過去のいきさつから聖国の情報が入ってきにくく、特に聖女に関しては聖国が入念に情報統制をしているせいか、信頼性の高い情報はほとんどない。そこで、その同行する聖女とやらが本物かどうか確かめる方法は、実際に接触しているヴァレンシュタイン子爵とフランベルジュ名誉男爵が確認するしかないのだ」
確かに、そのやって来るという聖女が本物かどうかは、顔を知っている俺たちが確かめるのが確実だろう。
「つまり、俺とエリカがその一団と会う場に居れば聖女が本物かすぐに分かり、それによって向こうの本気具合にある程度の目星がつけられるというわけですね?」
「そう言うことだ。それと、ヴァレンシュタイン子爵は向こうの目当ての人物の一人でもあるだろうからな。それに、今代の雷を退けたという情報はすでに共有しているはずだ。そんな人物を下手に隠しておけば、警戒心を強めてしまうだろう」
なるほど、聖国がファブールと組んだ理由は、天聖教の勢力拡大とクレアとも顔見知りである俺の確認と言った可能性もあるのか。
「了解しました。正式には義父と話し合ってからになりますが、反対されることは無いと思います」
ウーゼルさんの命令であれば断ることは出来ないだろうが、今はまだ公爵からの要請の範囲内なので、断る可能性があることを示唆しておいた方がいいだろう。
横を見ればエリカも頷いているので、この返答で問題は無いようだ。
「まあ、いいだろう」
公爵も自分ではそれ以上強く言うことが出来ないと分かっているようで、渋々と言った感じで納得している。
「公爵、今日のところはジークたちを帰してもいいのではないか? 父上もまだ情報の整理が出来ていないだろうし、その話し合いにジークたちを呼ぶわけにもいくまい? それと……そろそろガウェイン卿が戻ってくるだろうしな」
話が一区切りついたところでアーサーが口を開くと、最後の言葉で公爵の表情は苦々しいものに変わった。
だが、これ以上ここにいても話は進まないのは確かだし、公爵としても嫌いな奴と同席したくないという思いはあるようで、
「確かにその通り、ですな……殿下、私は一足先に陛下のところに行ってまいります」
公爵はガウェインが戻ってくる前に部屋を出て行った。
そして公爵が出て行ってすぐに、
「あ~……すっきりしたな!」
ガウェインが戻ってきた。
その「すっきりした」は、出すものを出したからなのか公爵がいなくなったからなのか分からないが……多分、両方の意味でだろう。
「下品ですね」
「仕方がないだろ? 心も体も楽になったら、口から勝手に出た言葉なんだからよ」
そんなガウェインの言葉に、一緒に戻ってきたランスローさんは呆れた顔をして、ディンドランさんは黙ってエリカの隣に移動した。
「全く、あれではピールと大差ないわ。エリカもそう思わない?」
「えっ? あ、はい、そうかもしれませんけど……その……」
ガウェインの悪口に同意するよう求められて言葉を濁していたエリカだが……それ以上に気になることがあるようで、ディンドランさんの顔をちらちらと見ていた。
「ん? 何か……ああ、あの話ね」
ディンドランさんはエリカの視線に気が付くと、すぐに何が気になっているのか思い当たったようで、
「ピールの言ったことは本当よ。私は学生の時の怪我がもとで病気にかかり、子供が産めないと言われてしまったわ……」
エリカに自分の秘密を話した。
これに関しては、ヴァレンシュタイン家で働く多くの者が知っているし、ディンドランさんと近い年齢の学園の卒業生の中にも知っているかもしれない話だ。
しかし、いくらピールが勝手に話した内容だとしても、改めてエリカに話すのは辛いことなのではないか……と思っていたら、
「まあ、怪我や病気は昔の話だし、結婚したいとか子供が欲しいとか思ったことがないから、エリカが気にすることではないわ」
と笑っていた。
「確かに、あいつに馬鹿にされたのは腹が立ったけど、爵位を持っているのに性格が酷すぎて未だに結婚の話が来ていない奴に言われても、私にはただの負け惜しみにしか聞こえなかったし、何よりも私の為に本気で怒る男が三人もいたのよ。それだけで私の圧勝だわ。モテる女は辛いわね!」
ディンドランさんはあまり気にしていないみたいで、笑顔でエリカに話しかけていたが……そう言われても俺たちが本気で怒ったのは事実だし、俺の方から余計なことは言わない方がいいと思いながらランスローさんを見ると、俺と目が合った瞬間に軽く頷いていた。
「そうそう、あの馬鹿が私のことをジークの愛人みたいなことを言っていたけれど……安心しなさい。そっち方面の意味で、私がジークに手を出したことは無いからね!」
などと言いながら、笑顔でエリカに向かって親指を立てていた。
「は、はあ……そうですか……いや、そう言った心配はしていないですけど……」
エリカは半分くらいしか納得できていないようだが、ディンドランさんがそう言っている以上は何も言わない方がいいと思ったのか口を閉ざしかけていたが、
「ぶっ! 確かにそうだな! ジークとディンドランなら、間違いなくディンドランの方が手を出す側だよな!」
と笑い出した馬鹿が現れたので、俺とランスローさんはすぐにその場から離れ、エリカも何かを察したのか、俺のところに移動してきた。
「でも、ジークからすれば歳が離れているし、自分の目の前を酒を飲みながら下着姿でうろつくような女に欲情する程飢えて……ぶなっ!」
「ちっ!」
ガウェインは、俺たちが移動したことに気が付かずに、更にディンドランさんをからかおうとして殴り掛かられたが、拳が顔面を捉える寸前で回避しやがった。
「おまっ! あぶ……なっ! ちょっと……待て!」
ガウェインは、こういう時だけ無駄に高い身体能力と野生の勘を駆使して回避し続けているが、流石に反撃まではしようとはせず、取り押さえようともしなかった。馬鹿なりに空気は読めると言ったところだろう。
「くそっ! ……副団長!」
「仕方がないですね……ジークもいきますよ」
「はい」
神がかり的な回避を続けるガウェインにしびれを切らしたディンドランさんは、ランスローさんに手助けを求め、ランスローさんは俺にも協力するように促してきたので、
「よいしょ!」
俺はわざと大きな声を出しながら手で地面を叩いた。
「何度もそれに引っかかる……あれ?」
ガウェインは俺の行動を見て、シャドウ・ストリングで足を絡められると予想したのか、軽く飛び跳ねて躱そうとしたが……足元から何も出てこなかったので、一瞬気を抜いてしまった。そこに、
「はい、確保」
ランスローさんが背後に回って羽交い絞めにし、
「覚悟!」
ディンドランさんに往復ビンタをくらわされた。
ちなみに、ディンドランさんは手のひらと甲で二往復した後、最後は拳で殴りつけた上、ランスローさんがタイミングを合わせて飛びのいたので、ガウェインは椅子や置物を巻き込みながら盛大に部屋の隅まで転がっていった。
「あ~……何と言うか……ジーク、これで壊れた分も、部屋の修理費に加えていいからな」
転がりついた先でも調度品を壊したガウェインを見たアーサーは、笑いをこらえながら俺にそんなことを言うので、
「ありがとな……まあ、やったのはディンドランさんで原因はガウェインだが……その大元を辿ればピールに行きつく……ということで、アーサーからもウーゼルさんに報告してくれ」
俺も無理やりピールの責任になるような屁理屈を考えた。
「ねえ、ジーク……これって、私にも責任が……」
「ない。すべてはピールが悪い……ことになったからな!」
「え、あ、まあ……うん、そう……ね?」
エリカはこの惨状を見て少し心を痛めてしまったようだが、全てはピールに原因があるということになったので、言葉は最後まで続けさせなかった。
「まあ、聞いて面白いような話ではないけれど、エリカが婚約しても騎士として前線に出るつもりなら、こういったことも起こりえると知っておいた方がいいかもしれないわね」
ガウェインを殴り飛ばして気の晴れたディンドランさんが、まだ困惑しているエリカに無事だった椅子
を勧め、自分のその隣に椅子を引っ張ってきて座り、自身の怪我と病気について話を始めた。
「今はもう無くなったと聞いているけれど、私の頃まではいくつかの班に分かれて、王都から少し離れた森や草原で泊まり込みの演習をしていたのよ。その演習で私の班が向かわされたのは、その時に選ばれていた場所の中で一番遠くて難易度が高いと言われていた森だったわ。まあ、高いと言っても学生が演習に行くようなところだから、命の危険がある場所ではなかったわ……その日以外わね」
そこまで行って言葉を区切ると、いきなり俺の方を見て、
「ジーク、お茶」
などと言ってきた。
これには俺だけでなく、エリカも驚いて椅子から滑り落ちそうになっていたし、ランスローさんは眉間に寄った皺をもみほぐしながら静かに怒っていた。
「一応、ディンドランさんは俺の護衛だからね、主の代理みたいな人に使う言葉じゃないよ」
などと言いながらも、ディンドランさんなりに緊張をほぐそうとしたのだろうと解釈して、とりあえず二人の前に無事だったテーブルを配置し、言われた通りにお茶とついでにお菓子を用意した。
「ありがと。それでその演習の日だけど、運悪くその数日前から雨が降り続いていたせいで、視界が悪く足元もぬかるんでいて、環境だけでも学生の演習の難易度を越えていたのよ。まあ、それでも延期は出来ないからって、無理やりやらされたのよね。もっとも、それでも私たちの班は将来的にそう言った状況に陥る時もあるだろうからって、文句も言わずに演習を開始したわけよ。初めの方こそ空が晴れるのを期待して雨を耐え忍んでいたのだけど、いくら待っても雨がやみそうにないから、諦めて雨の中で演習の課題をこなそうと切り替えたわけ」
その時の課題は、指定された条件を満たすものを現地で採集し、周辺の調査をしながら決められた日数をその地で過ごすことと、後日そのレポートを作成すると言うものだったらしい。
日数は到着日から数えて三日目の昼まで、採集物はその地で確認された魔物や植物の一部とのことだ。
ディンドランさんたちは初日の昼に森に到着し、様子見で二時間程待機していたので、日が暮れる前に周辺の状況の確認と拠点を作った方がいいということで班を二つに分け、ディンドランさんは拠点づくりの方を担当するになったそうだ。
「今思えば、その時に私が周囲の確認をすればよかったのかもしれないわね」
そう言いながらディンドランさんは自分のお腹をさすりながら、
「熱っ!」
お茶を飲んで口の中をやけどした。
「え~あ~……ごほん……その周辺の確認を行った生徒だけど、別に手を抜いたというわけではなかったの。ただ、運がなかっただけ。まさか、森に入った時から私たちを狙っていた敵がいるとは思わなかったのよ」
「敵……ですか? 魔物ではなく?」
ディンドランさんの言葉に驚いたエリカだったが、
「いえ、魔物……であることは間違いないわ」
「それはどういう……」
ディンドランさんの言い方に違和感を覚えたらしいエリカは、俺たちの方にも視線を向けてきたが…
…その話を知っている俺たちでも、あまり思い出したくはない話だ。
「もしかすると、ものすごいショックを受けることになるかもしれないけれど……いいのね?」
念を入れて確認を取ったディンドランさんは、エリカが頷いたのを見て、
「私たちを狙っていたのは、人間の血を引く魔物よ」
魔物の正体を話した。
「正確には、人間の血を引いている可能性の高い魔物だけど、王国の専門家が言うにはまず間違いないとのことよ。その魔物の親かその上の世代に人間の血が入っていたのだろうとのことだったけど、見た目はミノタウロスとオークに、人間の特徴を足したような感じだったわ」
俺も昔ディンドランさんに聞いただけだが、体形はオークのようにずんぐりとした体形で全身が毛深く、顔や手足はオークよりも人間に近くて、頭に二本の不揃いな角が生えていたそうだ。
ミノタウロスに関しては、王国において人間との間に子をなしたという記録は確認できていないものの、オークは他種族との間に子をなす能力があるのは有名な話なので、ミノタウロスとオークの子が人間を襲ったか、オークと人間の子がミノタウロスと交配して生まれたのだろう。
「そんな話、これまで聞いたことがありません。でも……ディンドランさんは、実際に見て……襲われたのですよね?」
「ええ、そうよ」
貴族として歴史のあるフランベルジュ家のエリカも知らなかったとのことだが、この話が一般に広がっていないのには、ある明確な理由がある。
それは、この世界ではミノタウロスもオークも、その肉が食材として流通しているからだ。
もしもこの話が広がれば、人と魔物との間で産まれてきた生き物は、果たして魔物として討伐していい存在なのか、ましてやその可能性がある生き物を食べるのは倫理的にどうなのかという議論が巻き起こるからである。
ただ、専門家の間では人と魔物との間には人間は生まれないと昔から言われているし、人語を介さず人に仇をなす生き物は、例え人の特徴を持っていてもそれは人間ではないと定められているので、討伐することも食材として扱うことも問題とはされているそうだ。
まあ、そんな生き物を食べたいとは思わないけれど。
とにかく、そう言った理由からこの話は昔から一部の者しか知らない話だし、色々と混乱や不都合を起こす話題なので、むやみに広げようとする者がいないのだ。
「そいつは人の血を引いているからか、一般的なミノタウロスやオークよりも知能が高く、身体能力もそれらを凌駕するような魔物で、私たちが完全に油断する時を息を殺して待っていたのよ」
そう言ってディンドランさんはお茶を……慎重に飲み干し、一息入れてから話を続けた。
「私たちが狙われたのは三日目の朝方。丁度食事を終えた時だったわ。お腹を満たし終え、あと数時間で演習が終わるという、一番油断しやすい時間よ。今ならそんな状況でも誰かが周囲に気を配っているだろうから、全員が揃って敵の接近に気が付かないということは無いと思うけど、その時の私たちは経験の浅い学生で、そんな生き物がいるなんてこれっぽっちも思っていなかったわ。それに、全員が学年で上から数えた方が早いような成績の集まりだったから、調子に乗っていたというのもあったわね」
終わりが見えてきて油断したというのはよく聞く話だし、俺でも同じように気を抜いてしまうかもしれない状況だ。
「さあ、そろそろ帰る準備でもしましょうかね? ……なんて笑っていたところに、奴は突っ込んできたのよ。初めは目の前で笑っていた男子が吹き飛ばされても何が起こったか分からなかったわ。反応できたのは、その次に女子が奴に殴られた時ね。それでようやく私たちは襲われているのだと気が付いて、それぞれ武器を取ろうとしたけれど、馬鹿なことに手元から離れたところに置いてあったのよ。慌てながら剣を抜いて構えた時には、三人目がやられていたわ」
一人目は魔物の持っていたこん棒で殴られて即死、二人目と三人目は素手で殴られたことで死にはしなかったけれど瀕死の状態だったそうで、ディンドランさんたちの戦力は、瞬く間に半減させられてしまったそうだ。
「ただ、流石に三人もやられている時間があったから、私を含めた残りの三人は態勢を整えることが出来たのだけど、敵の体格は二m半ばで体重は数百kgだったけれど、動きは決して鈍いと言ったことは無かったわ。そんな相手にまだ子供と言って差し支えないくらいの私たちの攻撃が、まともに通用すると思う?」
ディンドランさんがそう聞くと、エリカは少し考えてから首を横に振った。
「まあ、かろうじて私の攻撃は通用していたし、残りの二人は魔法が使えたから、初めの方はそれなりに戦えていたわ。ただ、こちらの攻撃に慣れてきた魔物は、私の攻撃よりも魔法が厄介だと気が付いたようで、落ちている石や土を掴んで投げつけてきたのよ。例え土であっても、人間を超える……まあ、団長みたいな馬鹿力で投げつけたら、並みの魔法を越える威力が出るわ。それを直撃してしまった一人が倒れて、そのカバーに入ろうとした私は……魔物の角で串刺しにされたの」
刺された辺りは下腹部に近い位置だったそうで、ディンドランさんは角に串刺しにされた状態で持ち上げられたそうだ。
「魔物は私がその時点で死んだと思ったのか、私を持ち上げたままの状態で最後の一人を始末しようとしたのよ。ただ、その状態でも私は剣を手放さなかったし、その時はまだ意識もはっきりしていたから、自力で角から抜け出して、油断していた魔物のわきに剣を突き立ててやったというわけよ。頑丈な皮膚と硬い筋肉を持っていても、流石にわきや関節はそこまで硬くはなかったから、突き刺した剣はわきを通って魔物の首の骨まで達してね。そのままこう、ぐりぐりってやったら、白目をむいて倒れたわ」
ディンドランさんはその時のことを実演するように、剣を突き刺す動作をして腕を動かしていた。
そこだけ見ればふざけているようにも見えるが、その当時は生きるか死ぬかの状況で無我夢中のことだっただろう。
「動かなくなった魔物を見た私は、念の為にもう一度首に剣を突き刺して、何とかして切り落としたのだけど……その後のことはよく覚えていないのよね。気が付いたら迎えに来ていた教師に支えられながら馬車に乗っていたから」
運がいいと言っていいのか分からないが、その時の教師陣はディンドランさんたちの環境を心配して、予定では二人だったところを倍の人数で迎えに行き、馬車も一台ではなく二台使用していたそうだ。
ただ、その中に回復魔法が得意な教師がいなかったせいでその場では満足な治療が出来ず、二人目と三人目の被害者は後遺症が今でも残り、四人目は片目を失ったとのことだ。
そしてディンドランさんは、腹部の傷はその場で消毒し止血もしたものの、血を失い過ぎたことと角が刺さった際に何らかの病原菌が入り込んでしまったらしく、一か月程寝たきりで過ごし、その後は数か月のリハビリ生活が続いたそうだ。
ちなみに、一人だけ無傷で済んだ同級生は、目の前で次々とやられて行く仲間を目撃してしまったせいで心を病んでしまい、学園を自主退学したとのことだった。
それに関して、他の生き残った生徒は全員が学園に残る選択をしていたせいで、無傷で済んだくせに辞めるのかと非難する声もあったそうだが、実戦経験のある教師や関係者からは仕方がないことだという意見が多かったらしい。
「まあそう言うわけで、その時の怪我が原因で病気になって、それがもとで子供は産めないと医者に言われたのよ。当時はそれなりに落ち込んだけど、よくよく考えてみれば特に結婚願望がなかったから、気持ちの切り替えは割と早くできていたわね。ただ……子供が出来ない分、遊び相手としては丁度いいと考える馬鹿が一定数居たせいで、声を掛けられる数は以前と変わらなかったけどね」
ディンドランさんは笑っているが、その話を聞いたエリカは憤っていた。
まあ、まともな神経をしているなら当然の反応だが、同じ男としては恥ずかしいが、そう言った下半身に脳みそが存在している男がいるのは確かだし、特に貴族や平民でも権力を持っている奴程その傾向が多く見られるのも事実だ。
ただし、その話は男だけに限ったものではないが……ここでそれをいう程馬鹿ではないつもりだ。
「まあ、そんな馬鹿は一部を除いた女子生徒から嫌われていたし、情報も共有されていたから今どうなっているのかしらね? もっともその内の一人は、少し前に目の前で人生が破滅したところを見たから知っているけど」
確かに、あのピールがディンドランさんの言う馬鹿の典型例だとすれば、全てとは言わないが同じような道を歩んでいてもおかしくはない。
ただ、ピールに限って言えば、不正を働かずにあの本性を少しでも隠し通せていれば、曲がりなりにも男爵位を持っていたのだから、それなりに裕福な暮らしが出来ていたはずだ。まあ、それが出来ないから馬鹿と言われるのだが。
その後も、ディンドランさんは自分の学生時代の話をエリカに聞かせていたが……女同士でしか話せないようなことを俺たちの前で言うのは止めてほしいと、心の底から思った。
流石にそう言った話の時はエリカも気まずい思いをしていたようだが、男の俺たちにとってはエリカ以上に気まずかった。
まあディンドランさんのことだから、わざと俺の前でそう言った話をしてからかっているつもりなのかもしれないが……流石にアーサーもいる場所でやりすぎだと判断されて、
「ディンドラン、そう言った話はフランベルジュ名誉男爵も反応に困るでしょうから、私たちのいない場所でやりなさい。それとこのことはサマンサ様に報告しますから、覚悟しておきなさい」
ランスローさんに割と本気で注意されていた。
もし忠告したのがアーサーだったらシャレにならないし、俺や寝たふりをしているガウェインだったら特に気にしなかったと思うので、この場にランスローさんがいてくれてよかったと、俺は本気で感謝した……焦るディンドランさんの顔を見ることが出来たのも含めて。




