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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第八章
136/142

第五話

「ジーク!」


 俺は、後ろに吹き飛んだピールにとどめを刺そうと腰に手をやったが……いつも腰に下げているはずのアルゴノーツは、城の中に入る前にマジックボックスに収納していたので空振りしてしまった。

 仕方がないので、そのまま飛び掛かって首の骨でも折ってやろうかと思ったところで、エリカが大きな声で俺の名前を呼んだのでその場に留まったのだった。

 そんな俺の隣では、怒りで顔を真っ赤にしたガウェインがランスローさんに羽交い絞めにされていたが、そのランスローさんも怒りの表情を浮かべてピールを睨んでいる。

 そんな状況で、


「ジークも団長も副団長も、一旦落ち着きましょう。ジュディッチ伯爵、お怪我は?」


 ディンドランさんはまるで他人事のように冷静で、俺たちに声を掛けた後で伯爵の心配をしていた。


「あ、いや、その……私は無事だ。怪我もしていない」


 伯爵は机が弾け飛んだ時に椅子から転げ落ちていたが、見たところ大きな怪我はないようだ……と言うか、恐らくこの場で怪我をしているのは二人だけだろう。

 一人は俺が殴り飛ばしたピールだが、もう一人はというと、


「ジーク、血が滲んでいるわよ。これで拭いなさい」


 弾け飛んだ机の破片で顔に傷を負った俺だけだ。まあ、このくらいならすぐに血は止まるだろうし、俺の回復魔法でも治る程度の傷なので問題は無い。

 実際に、ディンドランさんが差し出してくれたハンカチを傷口に当てたが、すでに血は止まっているし、傷も塞がりかけていた。

 ちなみに、机を壊したのはガウェインだ。

 あの言葉がピールの口から出た瞬間にガウェインが机を殴りつけて破壊し、その破片が飛び散っている中に俺が突っ込んだ為、破片で怪我をしてしまったのだった。


 それにしても……俺は殺すつもりで殴ったはずなのに、ピールは大怪我はしているもののまだ生きているので、もしかすると無意識のうちに殺してはまずいと手加減をしてしまったのかもしれない。もしくは、ピールがただ単純に俺の想像以上に頑丈だったかだ。


 ディンドランさんが間に入ってくれたおかげで、少しは落ち着くことの出来た俺たちだったが、


「何事だ!」

「応援を呼べ!」


 王城の警備を担っている騎士たちが駆け付けてきたせいで、かなりの大事になってしまったようだ。


「めんどくせぇな……」


 騎士たちは破壊されたテーブルと顔から血を流して倒れている同僚(ピール)を見て、すぐに俺たちを取り囲んできたのだが、そのせいで落ち着きかけていた怒りが膨れ上がってきた。

 特にガウェインは、未だにランスローさんに羽交い絞めにされてはいるものの、いつそれを振り払って暴れ始めてもおかしくないくらいキレている。

 そんなところに、


「騎士たちは下がれ! ヴァレンシュタイン子爵たちから離れるのだ!」


 カレトヴルッフ公爵が、息を切らしながらやってきた。

 流石にあれだけの騒ぎになれば、誰かしらお偉いさんが飛んでくると思ってはいたが、一番に来たのが公爵だったのは少し意外だ。

 まあ、もしかするとこういった可能性も考えて、怪しい流れになったらすぐに連絡が来るようにしていたのかもしれない。


「ジーク、何があった!?」


 公爵に少し遅れてやってきたのはアーサーで、部屋に入るのを止めようとしていた護衛を振り切って俺のところにやってくると、周囲を見回してからピールが倒れているのに気が付いてため息をついていた。


「殿下、まだ状況が分かっていませんので、念の為お下がりください。騎士たちも下がるのだ!」


 公爵はアーサーに声を掛けて自分の後ろに下がらせると、改めて騎士たちに命令を出した。

 その命令を聞いて、ようやく俺たちを取り囲んでいた騎士たちは下がっていったが……いつでも剣を抜けるように構えているので、完全に警戒を解いたわけではなさそうだ。


「ラヴィン、何があった?」


 公爵は騎士たちが下がったのを確認した後で、部屋の隅まで避難していたラヴィンに声を掛けると、


「内容は伏せますが、ピール・ジュディッチ男爵がジーク・ヴァレンシュタイン子爵とヴァレンシュタイン伯爵家に一方的に喧嘩を売りました。これはその結果です」


 ラヴィンはディンドランさんのことに触れないようにする為か簡潔に説明すると、


「ジュディッチ伯爵?」


「身内として恥ずかしい話ですが、()()それだけのことをしでかしました。殺されてもおかしくはなかったかと……ヴァレンシュタイン子爵、護衛のお三方、誠に申し訳ございませんでした」


 公爵はジュディッチ伯爵にも尋ね、伯爵もピールの非を認めて俺たちに謝罪した。


「いえ、あれは男爵()()の暴走でしょう。伯爵は立場を弁えるようにと忠告していましたが、それを聞きいれなかったのは男爵本人です」


 もう少し伯爵が強く止めていたらこんな騒ぎにはならなかったと思いはするが、謝罪もされたしディンドランさんが何も言わないので、伯爵に対してはこれで終わらせた方がいいだろう。


「成程、全面的にピール・ジュディッチ男爵に非があったというのは理解できた。ただ、この部屋を荒らしたのはヴァレンシュタイン子爵で間違いはないのだな? その件に関しては子爵に非があるとし、罰は与えねばならない」


 そう言ったところでガウェインの気配が怪しくなったが、公爵は無視して、


「殿下、この部屋の修繕費を子爵に支払わせることを罰とするのがよろしいかと思われますが、いかがいたしましょう?」


「ああ、まあ……それくらいが妥当であろうな」


 アーサーは少し思うところがあるようだが、金銭で済むだけならさほどの問題ではないだろうと判断したのか、公爵の裁定に頷いた。


「そしてジュディッチ男爵……はまだ気を失っておるようだな。代わりとして、ジュディッチ伯爵に男爵への罰を言い渡す。ピール・ジュディッチ男爵は、この騒動の原因であるゆえに、ヴァレンシュタイン子爵が支払う倍の金額を、慰謝料としてヴァレンシュタイン子爵とヴァレンシュタイン伯爵家に支払うように。ジュディッチ伯爵、今言い渡した罰を間違うことなくジュディッチ男爵に伝えよ。両名とも、分かったな?」


「はっ! 了解いたしました! 伯爵家の名に懸けて、必ずや男爵には、ヴァレンシュタイン子爵とヴァレンシュタイン伯爵家への賠償をさせることを誓います!」


「了解いたしました」


 これなら、俺に対しての罰はあってないようなものなので、一時的に身銭を切ることがあったとしても損をすることは無い。まあ、この部屋の修繕費がどれくらいになるのか分からないし、その金額をピールが払えるとは思えないのだが……ジュディッチ伯爵が公爵に誓った以上、肩代わりをしてでも支払いはされるだろう。


 ただ気になるのは、流れで公爵が俺と伯爵を裁いたことになっているが、アーサーを抜きにして進めて大丈夫なのだろうか……と思ったが、俺への罰に関してはアーサーに確認を取っているので問題は無いし、ピールに対しては自分の派閥の末端だろうから、派閥の長としての罰と言うことなのかもしれない。

 ただそうなると、俺だけが王家から罰を与えられたということになるので、片手落ちの裁定になってしまう。


「もしかして、ピールには王家から別に罰が与えられるのか?」


 ついそんなことを呟いてしまったが、俺の声が聞こえていたらしい伯爵と公爵は小さな反応をしただけで何も言わなかったので、俺の考えはどうやら正解だったようだ。


 確かに考えてみれば、俺の時はアーサーに確認を取ったのに、ピールの時はアーサーを抜きにして話を進め、伯爵も公爵に対して言葉を返していた。

 今は気を失っていて何も知らないピールだが、もしこのことを知れば、その場でショック死してしまうかもしれないな。そうでなかったとしても横領などの罪もあるので、最悪死刑もあり得るかもだけど。


「誰か、そこで倒れている奴を医務室に運ぶのだ。治療は最低限でいい。治療が終わり次第、牢屋へ入れておくように」


 そう言われた騎士たちは戸惑っていたが、公爵が咳ばらいをすると慌ててピールを運んでいった。


「残っている者たちも、下がってよい……いや、そこの者とそこの者は、部屋の前で待機していろ。殿下の護衛は、部屋の隅にて待機でよろしいですかな?」


「ああ、それで構わない」


 流石にこんな騒ぎの後で騎士全員を下げさせるのはまずいと思ったのか、公爵は一番近くにいた二人を指名して扉の前に立っているように命令した。

 一応、アーサーの護衛とは顔見知りなのだが、状況が分からないところが多い為か、いつもとは違い俺たちを警戒しているようだった。


「外の騎士は嫌そうにしていたけど、まあ運がなかったと思うしかないだろうな。もっとも、こっちにも嫌そうにしているのがいるけど」


 あの二人は騎士としては真面目な方ではないのだろうが、公爵の命令を無視するほど馬鹿ではないようで、一礼をしてから部屋を出て行っていた。

 そして、こっちの嫌そうにしている奴は……いまだにランスローさんに羽交い絞めにされている。多分、このまま公爵がこの場に留まることに不満を覚えているのが顔に出ていたので、ランスローさんが念の為に身動き出来ないようにしているのだろう。

 まあ、いくらガウェインでも、嫌だからという理由だけで公爵に襲い掛かることは無いとは思うが……暴言を吐く可能性はかなり高いので、ランスローさんはその対策も兼ねているのだと思われる。


「アーサー殿下。予定とは違いますが、いかがいたしましょうか?」


「そうだな……まあ、多少予定が狂ってしまったが、下水道の調査について話をしようか? ……と、その前に見習い騎士のマリ、君はもう下がっていい。ただし、この部屋で見聞きしたことは他言しないように。もししつこく聞いてくるような者がいたら、私からの命令だと言っていい。分かったね?」

「は、はい! 失礼します!」


 そう言ってマリを退出させたアーサーは、部屋を出る前に自分が座っていた席に着いた。

 それに続いて公爵もアーサーの隣の椅子に腰かけたが……ガウェインが机を壊してしまったせいで二人共落ち着かなかったようで、アーサーは外の騎士たちに違う部屋からテーブルを運んでくるように命令した。

 ただ、同じような大きさのテーブルを二人だけで運ぶのは難しそうなので、壊した責任ということで俺の方からガウェインに手伝ってくるように言うと、珍しく文句も言わずに、二つ返事で騎士たちを追いかけて行った。余程公爵と同じ部屋にいるのが嫌だったようだ。



「それで下水道の調査報告だが、子爵の出した改善点を次から取り入れることにした。それと、冒険者に対しての報酬もだな。通常の報酬だけでなく、内容によっても追加で出るとなれば冒険者を集めやすくなるだろう。だが、その分だけ悪質な者が依頼を受ける可能性も高くなる。そこで、子爵がしたように、この依頼に関してはギルドの推薦が必要ということにしたい。それと子爵は今回、一つ星でも三つ星以上の冒険者が同行し責任を持つのであれば参加が可能としていたが、それを三つ星でなくともギルドが責任を請け負うのなら、一つ星の冒険者でも二つ星と同じように依頼を受けられるようにするという条件を足そうと思うのだが、どうだろうか?」


 確かにそうした方が冒険者の集まりはいいだろうし、一つ星は依頼料が少ないという条件を変えなければ、もう少し数を増やせるかもしれない。それに評価は一つ星でも、実際にはそれ以上の実力を持つ冒険者がいることはよくあるので、そう言ったあまり知られていない実力者をいち早く知るというメリットはある。

 まあ、逆にギルドがそれを悪用し、自分たちにとって都合のいいものや手駒を送り込んで同行する騎士に近付けさせようとすることは十分に考えられるが……それは責任を持つのが三つ星の冒険者でもありえることなので、デメリットに関しては俺が考えたのとあまり大差がないだろう。


「いいと思います。ただ、今後は同行する騎士は、しっかりと選ぶ必要はあるかと思います」


「確かに子爵の言う通りだ。殿下、今後のことを考えれば、王城で働く全ての者に対して素行調査をする必要があるかと思われます。慎重に進めないといけない為、かなり時間のかかる作業になると思われますが、国難の際にそういった者のせいで王国が窮地に追い込まれないとも限りません」


 まあ、スパイ対策は大切だしな。

 一応、王城に務める際に素行や素性の調査はしているだろうが、務める前と今では状況や性格が変わっている可能性もあるし、ピールのようにコネで入った者は調査が無かったか緩かった可能性が高い。

 手間と時間と金はかかるが、やっておいた方が安心ではある。


「確かにそうだが……それは私が決められる範疇を越えているな。このことは私と公爵から父上に報告するのがいいだろう。他は……」


 アーサーが他に何かあったかと考えていると、


「殿下、少々よろしいでしょうか?」


 ジュディッチ伯爵がアーサーに発言を求めた。


「伯爵から何かあるか? 構わない、言ってくれ」


 そのことに対し、公爵は鋭い視線を伯爵に向けたが、アーサーは気にせずに発言を許した。


「予定外のことが起こった為、ピール・ジュディッチ男爵の罪をヴァレンシュタイン子爵にまだ報告できておりません。本人がいない状況ではありますが、話をさせていただけませんでしょうか?」


「ああ、そうだったのか……確かに、ヴァレンシュタイン子爵にも説明しなければならないことだな。では頼む」


 伯爵は申し訳なさそうにアーサーに話すと、公爵の視線がより一層鋭くなった。多分、最初はアーサーの言葉を遮ったからで、次はまだ俺に話していなかったのかと言った感じなのだろう。

 確かに、伯爵が話し始める前にピールが暴走して中断する羽目になったので、ピールが何をしたのか詳しく知らないし、俺も言われるまで忘れていたくらい興味が無くなっていた。

 だが、ピールがどういった不正を働いていて、今後どういった罰を受けるかもしれないくらいは知っておかないと、好きかってやって面倒臭いことはアーサーたちに押し付けた無責任な奴と言われてしまうかもしれない。


「畏まりました。ヴァレンシュタイン子爵、この度は我が伯爵家ゆかりの者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ディンドラン卿も、学園時代に続き迷惑をかけてしまい、誠に申し訳ない」


 まず伯爵は、俺とディンドランさんに頭を下げて謝罪した。

 俺とディンドランさんで言葉遣いが違うのは、貴族と騎士の違いがあるので仕方がないのだろう。


「ピールの罪に関しては、まずは横領罪。これは下水道の調査のみならず、これまでにもいくつかの仕事において与えられた予算を着服していることが確認されている。最初こそは小遣い程度の微々たるものだったようだが、徐々にその金額が大きくなっている」


 どうやら、前々からおかしいところがあったようではあるが、伯爵の言った通り最初の方は銀貨一枚以下ばかりだったので、誰も気が付かなかったそうだ。

 まあ、それもどうかとは思うが、計算間違いや予定外の出費、もしくは仕事で必要な公に出来ない費用……民間人や関係者への()()()といったものも存在するので、もしかすると気が付いてもあえて見逃していたということも考えられる。


「そして今回と前回の下水道調査では、合計で二十枚近い金貨の横領が認められた。ちなみにだが、下水道の調査にかかる費用は一回に付き金貨三十枚なので、二回の調査で三分の一も着服したことになる」


 よくこれで今までバレなかったな。今回ではなく、前回でバレていてもおかしくはないと思うのだが……もしかすると、


「横領には仲間がいたということですか?」

「その通りだ。ピールが医務室に運ばれると同時に、その仲間たちも捕縛している」


 まあ、単独でやるには額が大きすぎるし、短期間とはいえバレなかったのは、ピールの報告書や関連する書類を改ざんしていた仲間がいたからだろう。


「そしてさらに、ファブールとの戦争に備えていたカレトヴルッフ公爵軍、およびジュディッチ伯爵軍に協力する振りをして、物資の横流しをやっていたことが分かっている。これは横領罪と、敵に利する行為をしたとして国家反逆罪が適用される」


 ファブール軍の今代の雷とやりあった身としては、とても腹立たしいことではあるが……それ以上に、公爵は腹が煮えたぎっていることだろう。

 何せ、ファブールとの戦争……今は国境近くで警戒している状況だが、この戦争は公爵家にとってあまりうまみのないものだなのだ。

 なので出来るだけ出費を抑え、少しでも赤字を小さくする為に苦労しているはずなのに、それを配下の……さらに配下の貴族に無駄にされていたのだから、怒りは俺以上に大きいはずだ。


「そして最後に、上位貴族に対する侮辱罪。これはヴァレンシュタイン子爵にだけでなく、ヴァレンシュタイン伯爵家に属するディンドラン卿を侮辱したことで、伯爵家そのものも侮辱したも同然という考えだ」


 俺はともかくディンドランさんに関してはかなり強引だし、前の二つと比べると一気に罪がしょぼくなった気もするが……まあ、そこまで罪を重ねている上に、国家反逆罪が決定しているのなら、死刑はほぼ確実だろう。


「そして、国家反逆罪に伴い、ピール・ジュディッチの持つ男爵位は、陛下に返上することが決まった。刑が執行される時には、ピール・ジュディッチは男爵ではなく、無位無官の犯罪者として裁かれることとなる」


 本来、ピールの持つ男爵位はジュディッチ伯爵家のものだったから、それを伯爵家ではなくウーゼルさんに返上するということは、かなりの痛手だろう。出来るならピールよりもはるかに出来のいいという弟の方に継がせたかっただろうし。

 ただ、逆に考えれば、爵位の返還先が伯爵家ではなくウーゼルさんにということは、ピールは伯爵家とは関係のない男だったからと言えるようになる……のかは不明だが、伯爵家を守る一手にはなると考えてのことだろう。

 爵位を一つ失うということは大きな痛手であることは間違いないし、今回の件での伯爵家への監督不行届の罰としては妥当なところだと判断されたのかもしれない。

 まあ、男爵位を犠牲にすることで伯爵家が守られるのならマシと言えるだろう。


「何か質問は?」


「一つだけいいですか? ……今回のみならず、これまでのピールの悪行の中で、騎士の中にも迷惑をこうむった者がいると思われるのですが、そう言った者への対応はどうなっていますか?」


 マリ以外の被害者を俺は知らないが、マリの場合は見習い騎士という弱い立場のせいで無理難題を押し付けられていたが、もし俺たちと出会わなければ失敗は確実だったし、その失敗を全て押し付けられていた可能性が高い。

 マリはたまたま難を逃れはしたが、他に被害者がいた場合、何もできずに失敗を押し付けられて泣き寝入りした者もいたかもしれない。

 そのことを聞くと、伯爵は難しい顔をした。


「ヴァレンシュタイン子爵、そのことに関しては私の方から話そう」


 伯爵が口を開くのを待っていると、公爵が代わりに答えると言ってきた。

 もしかすると、ピールの罪と罰の話から逸れたので、伯爵では答えにくい質問だったのかもしれない。


「まず、ピール・ジュディッチによる被害者への補償だが、正直に言うと難しい。難しいというのは、補償する予算ややる気がないというわけではなく、誰がどのくらいの被害を受けたのかが、現時点では特定できていないからだ。これがあの見習い騎士のように、初期の段階でどういった被害を受けたと証明できるのならいいのだが、他の件に関してはそうもいかず、またピールが自身の男爵位と実家の伯爵家の名を利用していた場合、下位の貴族に騎士やそれ以下の地位の者は、伯爵家の名を恐れて口を閉ざしているだろう」


 確かに、マリのように後ろ盾を持たない平民出身の者や、実家が貴族であっても力を持たない者などは、下手に逆らって伯爵家から睨まれてはたまったものではないと考えて、証拠となるものを何も残さずに口を閉ざしているかもしれない。

 ただ、それでもピールが捕まったことを知り、その上でジュディッチ伯爵が報復などは一切しないと宣言すれば、自分から被害内容を言ってくる者はいるとは思うのだが?

 そんな俺の疑問を感じ取ったのか、


「仮に報復などはないと言えば、被害者だと名乗るものは出てくるだろうが……それがどこまで本当のことなのか、どうやって判断するのだ? 残っている資料と照らし合わせれば、ある程度は分かるだろうが……ある程度で被害者が納得できる補償を出すのは難しい」


 公爵は眉をひそめながらそう言った。

 確かに、同じ被害者と言っても程度の違いは絶対にあるだろうし、それら全てを同じように扱えば、不満に思う者も出てくるのは間違いないだろう。

 それに、名乗り出た者すべてが正直者なら問題ないが、中には実際の被害よりも大げさに言う者もいるだろうし、本人は嘘を言うつもりは無くても、ピールへの嫌悪感から記憶違いしてしまうこともあり得る。


「理解出来ました。ただ、俺はマリに対してピールから予算として与えられた金貨を丸々……と言っても一枚しかなかったのですが、騎士への報酬として渡しています。まさか、報酬があったからと言って、マリへの補償はしなくてもいいということは無いですよね?」


 現状、被害の内容が一番はっきりしているのがマリだが、そのマリは一応報酬は出ている。

 それを理由に、マリが補償を受けられないというのは俺としては受け入れられない。


「その話は聞いている。二日で金貨一枚とのことだが、金額自体は見習いなら妥当だと考えている。ただ、精神的な苦痛などに関しては別に支払うつもりだ。そして我々はそれを、金銭的被害以外の補償の基準の一つにしたいと思っている。それと、ヴァレンシュタイン伯爵家の騎士三人に対しても、こちらから別で報酬を出すことが決まった。ただ、そちらに関してはもう少し待ってほしい。今回の件で少しバタバタしていてやることが多いので、目途がつくまでそちらに集中したいとのことだ」


 確かに、マリは見習いだから一般の騎士と同じ金額というわけにはいかないだろうし、実際に下水道では補助という側面が強かったので、報酬に関してはそんなものだろう。そしてマリのケースを基準の一つにするというのも理解できる。

 まあ、精神的な被害に対してどれくらいの補償が出るかは分からないし、多分あまり多く出ることは無いだろうが、マリが対象から外されるわけではないのなら、俺から言うことは何もない。


「了解しました。こちらから他に聞きたいことはありません」


 一応、他の面々にも視線を向けて確認を取ってみたが……ガウェインだけはそっぽを向きながら手で追い払うようなしぐさをしているものの、ランスローさんとディンドランさん、それにエリカは真面目な顔で頷いているので、皆も他に聞きたいことは無いらしい。


「ふむ……それならこの話はここまででいいだろう」


 ようやくこれで帰ることが出来る……と思っていると、


「ジュディッチ伯爵、ヴァレンシュタイン子爵たちに少し話さなければならないことがある」

「了解いたしました。お先に失礼させていただきます……皆様、今回はご迷惑をおかけしました」


 伯爵だけが先に帰ることになった。

 伯爵は最後に俺たちに向かって丁寧に頭を下げると、そそくさと部屋を出て行った。


 まさか残されるとは思っていなかった俺たちは……すぐにガウェインの状態を確認し、ちょっと危ない状態になりかけていたので、すぐにランスローさんがトイレに連れて行くふりをして公爵から引き離したのだった。

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