第十五話
「バン、さっさと領地に戻ったらどうですか?」
「残念ながら、俺の目的地は王都だ。カラード様への報告もあるしな」
ようやく王都に戻ることが出来るというのに、ディンドランさんとバンさんの間には不穏な空気が流れていた。まあ、それは主にディンドランさんからバンさんに向けられているものだけど。
「伝令です。フランベルジュ伯爵家の一部に遅れが生じている為、この先の平原で待機してほしいとのことです」
「伯爵に了解したと伝えてくれ」
今回の戦争は、伯爵が後のことをカレトヴルッフ公爵家に任せたことで連合軍は解散となった。
これに関しては、微妙な反応をする家もあったものの、最終的にはこのままでは赤字になるだけだという判断をしたところが多かったこともあり、連合軍に参加した貴族の内、カルナディオ家を除いたすべての家が戻る選択をした。
もっとも、確かに金銭面に限って言えば損をした家の方が多かっただろうが、その分他の利益……つまり連合軍に参加して戦争に勝利したという『名誉』は得ることが出来たので、今後それを活かすことが出来れば金銭的な面でも利益を出すことは可能だろう。
「それにしても、美味しいところを公爵家に持っていかれたような気もするわね。うちや伯爵家はそうでないにしても、他のところはそんな風に考えているかもしれないわ」
ディンドランさんも俺と同じようなことを考えていたのだろう。
確かに公爵家は大した苦労もせずに、有利な状況で引き継いだようにも見えるが、それはそう見えるだけの話だ。
「ディンドラン、そんなわけないだろ? むしろ、俺には公爵家は貧乏くじを引いたようにも思えるぞ。何しろ、連合軍以上の規模の軍を長期間あそこに置いておくことになるのだ。連合軍にかかった費用の全てを足しても届かないくらいの金が必要になるはずだ。そうして苦労しても、得られるものは非常に少ない。まあ、敵対派閥へのけん制くらいにはなるだろうがな」
「それくらい、私にも分かっているわよ! ただ、一般的な話として……」
バンさんの指摘にディンドランさんが反論していたが、うるさくなりそうだったので俺はそっと二人から距離を取った。
確かにディンドランさんの言う通りなのだが、バンさんの言うこともまた正解だと思う。
少なくとも、利益の出ないことに戦力を出すのはどうかとも思うが、誰かがやらなければファブールはもう一度侵略してくるだろう。
本来なら、爵位的に一応連合軍と同じように前線に出ていた侯爵家がその任を負う立場にあると思うのだが、侯爵家はあろうことか連合軍よりも先に領地へと帰還したのだ。
表向きには、最前線でファブールと戦った結果、軍を維持できない状態に追い込まれた為とのことだったが……あいつら、一体何しに来たんだ? というのが、連合軍内での共通の感想である。
実際に侯爵家がやったことと言えば、連合軍が正式に任命された任務に対し、強引に横やりを入れてファブールの警戒を強めた上、独断専行で突撃して返り討ちに会い自滅し、勝手に帰っていっただけなので、王国よりもファブールの味方なのではないかと言うくらい邪魔な存在だった。
「今後、侯爵家がしゃしゃり出てくることは予測されているし、その対策の為に敵対派閥のカレトヴルッフ家が尻拭いをしている。向こうが何を言おうが、世間的にも公式的にも、連合軍とカレトヴルッフ家の主張が通るだろうな」
もしも本気で侯爵家が連合軍に協力していたのなら、多少の敗戦は許されただろうが、最初から最後まで邪魔な存在であり続けた以上、俺たちに容赦するという選択肢はない。
今回の件で完全に侯爵家を潰すことは不可能だろうが、最低でも十年くらいは笑い話にされる程度まで堕ちてほしいところだ。
「こういうのをなんていうんだったかな? え~っと……黒……確か、黒歴史とかだったか? まあ、それはそれで俺の歴史みたいで嫌な言い方だけどな」
なんだか、今代の黒の歴史みたいで嫌ではあるが、まあ、この世界では広がるはずのない言葉だから大丈夫だろう。
それにしても、前の世界のことも、この世界に気が付いた時よりも思い出せるようにはなってきたが、未だに自分自身のことはほぼ思い出せていない。もっとも、今ではジーク・ヴァレンシュタインという感覚の方が強いので、無理に思い出そうとは考えていないが……前の世界で、自分がどんなところでどんな風に暮らしていたのかは少し気になる、特に家族のこととか。
「ジーク! そんなところでボーっとしていないで、今のうちに食事でもしておきましょう! まだ伯爵家が揃うまでは時間がかかるそうよ!」
言い争いは終わったのか、ディンドランさんが俺を呼びに来た。
まあ、食事に関しては温かいものは基本的に俺の担当なので、俺が居ないと食べられないものが多いからだろうが……少しは自分で用意するくらいはしてもいいのにと、いつも思ってしまう。
なお、ディンドランさんはバンさんに対し、自分を騙している間俺の用意する食事を食べることが出来なかったとマウントを取ろうとしていたが、実際は俺がこっそりとバンさんのところに食事を置いて行っていたので、基本的に食べていたものは同じだったと知ったディンドランさんが少し荒れるという事態が起こったりした。
「食事の用意は、当主代理がする仕事じゃない気がするけどな」
「確かにそうかもしれないが、士気向上の為と思えば仕事の内とも言えるだろう。現に、王都の奴らはジークを慕っているみたいだし、中でもディンドランは特にジークに懐いているようだしな……昔から実の娘のようにかわいがっていたというのに、今では目の敵にされているんだぞ、俺は」
俺の呟きを聞いていたバンさんがそれらしいことを言っているが……その言い方だと、士気向上というよりは餌付けのようだなと思ってしまった。それと、ディンドランさんに嫌われたのは、気にしていないように見えて、実はかなりこたえていたんだなとも。
まあ、実際のところ、食事に関して俺が担当しているのは簡単なスープや煮込み料理が多いので、夜の時間のある時に用意すればそこまで大変なものでは無い。
それに、俺が用意しなかったらその日の食事は本当に簡単なものばかりになってしまい味気ないので、それくらいなら自分がやった方がましだと言うのもある。
ただ、流石に五百人を超える量を作るのは面倒臭いけれど……俺に対して遠慮のない王都組と違い、領地組は多少味付けに失敗してしまったとしても文句を言わないので、そう言った意味では割と楽な仕事とも言える。
そんなこんなで野菜多めのスープの入った数個の鍋を置くと、それぞれ自分で勝手によそっていき、自分の食事を済ませた後で空の鍋を回収すれば、子爵軍の食事は終了となる。
とても簡単で早い食事風景だったが、連合軍の拠点にいる時に他のところを覗いてみると、魔法が使えないと水を沸かすのにも苦労していたので、食事ともなると本来はこんな簡単なものでは無いと実感してしまう。
それをディンドランさんたちにはよく知ってもらいたいのだが……口先だけの感謝しか言わないか、出来る人がやった方が効率的だとか言いそうなので、俺も口には出していない。だが、これだと俺が居ないと大変なことにもなりそうなので、カラードさんに報告する時は料理などに関することも伝えた方がいいだろう。
丁度、フランベルジュ伯爵も戦場での料理などに興味を持っていたみたいなので、そちらでも協力関係を結ぶことが出来るかもしれないし。
その後も、大所帯だった為に度々遅れが発生し、その都度足止めを食らうことがあったものの、代わりに野党や魔物が襲ってくることは無かったので王都まで安全な道中ではあった。まあ、子爵家だけで移動するよりも、三倍近い時間がかかったけれど。
「流石に数は大分減ったけれど、これだけの人数が王都に入るのは珍しいみたいだな」
最初は数千人での移動だったものの、王都に来るまでの間に参加していた貴族たちが、領地の近くでそれぞれの軍を解散して帰らせたので、最終的にはそれぞれの護衛か元から王都に滞在していた者しかいなくなった。
ただ、それでも一度に数百人規模の軍が王都に来るのは珍しいようで、大通りは見物人であふれており、ファブールとの戦争で勝利したというのも相まって、大きな祭りでも開催されているのかというくらい騒がしかった。
「ジーク、王城に着いたら、昨日の打ち合わせ通りにな」
王都に入る際は隊列を組んだ方が見栄えがするということで、一度王都の外で並び直したのだが、その時に何故か俺はディンドランさんと共に、連合軍の先頭にいる伯爵のそばに並ばされたのだった。
伯爵が言うには、俺は連合軍の中で一番の功績を上げたのだから目立つ場所にいるべきだとのことだが……変に悪目立ちしないか心配ではある。
実際に、ディンドランさんがヴァレンシュタイン子爵家の旗を掲げているせいで、フランベルジュ伯爵家の旗の中に一本だけ違うの目立つ場所に混ざっているのだ。
よく事情を知らない観衆からすれば、何があったのかと好奇の目を向けられている可能性が非常に高い。
ただまあ、今のところは好意的な雰囲気ばかりなので、悪いことにはなりそうにないので安心していいだろうとは思う。
「そろそろだな」
王城に着くと、俺たちは待合室のような広い部屋に通されて、担当の役人からこの後の説明を受けた。
それの説明によると、ウーゼルさんに謁見する広間にはすでに多くの貴族が集まっているそうで、俺たちが来るのを待っているとのことだ。
俺たちがその部屋に入ると中央に並ばされて、片膝をついて頭を下げた状態でウーゼルさんとアーサーを待つとのことだ。
それからウーゼルさんの合図で頭を上げて立ち上がり、伯爵が戦果の報告をしてお褒めの言葉を貰うとのことだった。
その後で論功行賞が行われるとのことだったが……詳しいことは何もわかっていないので、何か貰ったら素直に受け取っておけとのことだった。
「連合軍の皆様のご入場です」
その言葉と共に開かれた扉をくぐると、その先には見たことのない顔ぶれが俺たちに注目していた。
(好意的なのが三……いや、四くらいで、複雑そうなのが三、敵意を隠しているのが二で、隠してないのが一かな?)
好意的なのも複雑そうなのも、多分ウーゼルさんの派閥か友好的な派閥に属している貴族だろう。それで、敵意があるのが敵対派閥だな。
注意しなければならないのがすぐに分かるのはありがたい。
「ジーク、よそ見をするな」
どういった貴族がいるのかを確かめていると、隣にいるカラードさんに、肘で軽くつつかれた。
基本的には、この場に並ぶのは連合軍に参加した者だけだと思っていたのだが、どうやらヴァレンシュタイン家だけは何か特別な事情があるようで、カラードさんも並ぶようにとウーゼルさんから直接指名されたそうだ。
一応、そのことは広間に集まっている時にカラードさんが合流すると同時に他の皆にも伝えられたので、一緒に並ぶ貴族たちは気にならないふりをしているものの、集まっている貴族のほとんどは知らなかったようで、カラードさんに気が付くと驚いた表情を見せていた。
ちなみにこの場にいるのは、連合軍に参加した家からそれぞれ三名までとされているのだが、三人揃っているのはヴァレンシュタイン家とフランベルジュ家だけで、他は一人か二人だった。
なお、ヴァレンシュタイン家は俺とカラードさんにディンドランさんで、フランベルジュ家は伯爵にエリカとエイジだ。
エリカとエイジは、一緒に並ばされることを数日前から聞かされていたそうで、今日は朝から王城に呼び出されて待機していたそうだ。
二人共かなり緊張しているみたいだが、エリカの方は俺から何度かウーゼルさんの話を聞いていてアーサーにも直接会って会話をしているからかまだましだが、エイジの方は許されているとはいえ以前のやらかしがあるせいか、見ていて可哀そうになるくらい固まっている。
この様子では、もしもウーゼルさんから声を掛けられでもしたらどうなってしまうのだろう? などと思っていると、
(あぶねっ!)
エイジが足をもつれさせて転びそうになった。
何か失敗しそうだなと思い、横目で見ていたおかげでバランスを崩したのがすぐに分かったので、とっさにシャドウ・ストリングを影伝いにエイジまで伸ばして手助けしたのだが……流石に大勢の人が見ている前で宙吊りにするわけにはいかなかったので、エイジは転びこそしなかったものの、数歩よろけるような形で先頭の伯爵を追い越してしまった。
このエイジの失敗には、それまで何もできない状況の中、敵意を持って俺たちを睨むしかできない派閥の奴らがいい獲物を見つけたとばかりにエイジに視線を向けていたのだが、
「おっと、失礼しました」
俺がわざと腰に下げていた剣を落とすとすぐにこちらに視線を向けてきて、やらかしたのが俺だと分かると視線を逸らしていた。
まあ、まだ学生で伯爵家とはいえ嫡男でしかないエイジと違い、れっきとした爵位持ちの貴族であり、個人で今代の雷を撃退した俺を標的にすれば、その武力が自分たちに向けられるかもしれないということが理解できたようだ。
ただ、エイジを助ける為とは言え、普通ならエイジの失敗とは比較にならないくらいのあり得ない失態である為、
「このような場でのあり得ない失態、誠に申し訳ありません!」
カラードさんが皆の前で頭を下げた。
続けて俺とディンドランさんも頭を下げたところで、
「何やら騒がしいな……何があった?」
少し慌てた様子のウーゼルさんが、顔をしかめながら現れた。
まあ、自分の出番まで待機しながら部屋の様子を窺っていたところに、俺が面白そうなことをし始めたので自分も参加しようと言った感じなのだろう。
ウーゼルさんの後に続く形でアーサーも入ってきたが、すぐに用意されていた場所に移動して静かに様子を見ている。
「陛下、息子のジークが、あろうことかこのめでたい場で、腰に下げていた剣を落とすという失態を犯してしまいました。このような失態を犯す我々には、この場に参加する資格がございません。誠に勝手ながら一度この場を下がり、陛下からの沙汰を待ちたいと存じます」
ウーゼルさんの登場に、カラードさんがここぞとばかりに芝居がかった口調で話すと、
「ほう……確かにそれは失態ではあるが……ヴァレンシュタイン男爵、何故そのようなことになったのだ?」
ウーゼルさんも乗っかって、俺に回してきた。
これには俺も乗っかるしかないと思い、
「申し訳ございません、陛下。久々に陛下に会えるかと思うと、緊張のあまりこのような失態を犯してしまいました!」
その場に膝をついて、思いっきり頭を下げてウーゼルさんに謝罪した。
「成程な……これは愉快なことだ! 今代の雷すら恐れぬ男爵をそれほど緊張させるとは、余も捨てたものでは無いな! フランベルジュ伯爵、そうは思わぬか?」
するとウーゼルさんは大声で笑った後で、伯爵に問いかけた。
「おっしゃる通りかと存じます。あれほどの活躍を見せた男爵も、陛下の前では年相応の青年と言うことなのでしょう。先程、我が息子も失態を犯しかけましたが、男爵ですらそうであるならば、息子が緊張してしまうのは当然かと」
ウーゼルさんに話しかけながらも、伯爵は一瞬だけ俺の方を見てからエイジに視線を向けた。
「伯爵の息子はまだ学生であろう? それならば仕方のないことだ。まあ、この場には学生が少し失敗したからと言って、笑いものにするような者はおらぬから安心するといい。そうであろう?」
ウーゼルさんもエイジに視線を向けて声を掛けた後で、笑いながら周囲の貴族に同意を求めた。そして、
「そして伯爵の息子と同じように、男爵も学園を卒業してまだ日が経っていないのだ。まあ、男爵の活躍が目立つせいで、皆忘れているのかもしれぬが……多少の失敗に対しては、大人として寛容なところを見せるべきではないか? それに、そんなことで下がらせる程、今回の男爵と子爵家の活躍は小さなものでは無い。むしろ、いてもらわなければならないのだ。ゆえにヴァレンシュタイン子爵、下がることは許さん」
「陛下のご恩情に感謝いたします」
カラードさんの言葉と同時に、周囲から拍手が巻き起こったが……一部の貴族は、渋々と言った感じで手を叩いていた。
まあ、この芝居がどういった目的で行われたのか、嫌でも理解しているからなのだろう。
「うむ、ちょっとしたハプニングはあったものの、皆揃っているようだな? それでは始めるとするか。少し予定と違ってしまうが、まずはフランベルジュ伯爵家を始めとした連合軍の皆のおかげで、ファブールより占領されていた我が王国の地を取り返すことが出来た。心より感謝する」
ウーゼルさんが頭を下げると、部屋は驚きの声で包まれた。
何せ、ウーゼルさんは立ったまま頭を下げたのだ。椅子に座った状態でならともかく、立った状態で頭を下げたところを見たことがある者は数えるほどしかいないはずだ。それが他国の要人にならともかく、自国の貴族相手ならなおのことだろう。
ウーゼルさんは本心から頭を下げたのだろうが、多少は演出を意識してはいるだろう。
そのおかげか、頭を下げられた連合軍の貴族の中には涙を流しそうなくらい感動している者もいた。
「ごほん……これより、今回の戦争における論功行賞を行う。皆が活躍したことがファブールを追い返した要因であることは明白であるが、今回はその中でも特に目立った者たちに限らせてもらう」
これなら呼ばれない貴族も功績がなかったわけではないと記録に残すことが出来るので、納得できるだろう。
「それではまず第一功、ヴァレンシュタイン男爵とヴァレンシュタイン子爵家。第二功、フランベルジュ伯爵家とエリカ・フランベルジュ。第三功、カルナディオ伯爵家とカレトヴルッフ公爵家」
これに関しては大方の予想通りだった。第三功にカレトヴルッフ公爵家が入っているのは、公爵家に配慮してのことだろうから、単独ではなくカルナディオ家と一緒にしたのだと思われる。ただそれよりも、
(伯爵じゃなくて、エリカの名前が呼ばれた⁉)
エリカの名前が出たことで、思わず横目で見てしまったのだが……エリカ自身知らされていなかったようで、一番驚いた顔をして固まっていた。
ただ、エリカの前にいる伯爵は知っていたようで一切驚いた様子はなく、何故かカラードさんも驚いていない……と言うか、ここにいるほとんどの貴族が驚いているので、ウーゼルさんなりのサプライズだったのだろう。ただ……アーサーも俺たちと同じように驚いていたので、アーサーに関しては意図的にはぶられたのだと思われる。




