第十話
「エイジ、ここが間違っているぞ」
「そんなはずは……あっ!」
卒業試験の勉強の時にやらされた中等部の復習問題集があったのでエイジに解かせてみたところ、エイジは少し前まで勉強していたところで間違いを連発していた。
「この最初のところで間違えているな。これとこれもだ」
エイジは細かいところで取りこぼしが多く、それがなかったら中等部の卒業試験で総合一位を取れていたかもしれない。
そんなことを、俺の指摘したところを計算し直しているエイジを見て少し残念に思ったが……それ以上に、素直に俺の言うことを聞くようになったのが何気に嬉しい。余程伯爵とエリカの教育が骨身にしみたのだろう。
ここまで態度が軟化すると逆に怪しいものだが、よくよく考えてみればエリカも初めは俺に対して一方的に突っかかってきていたが、いつの間にかは知らないが気安い仲にまでなっていたので、もしかすると伯爵の血筋は一度殴り合うと仲良くなれるのかもしれない。
まあ、伯爵とはそう言ったことは無かったが、俺たちと違い大人だし、伯爵の前でドラゴンを倒しているのとエリカからの話を聞いていたとかで、そんなことが起きなかったのだろう。
最初、暇だから勉強を教えると言った時、エイジは何故戦場に来てまで勉強をしなければならないのかと拒否しようとしたが、伯爵からの命令だと言うと渋々従っていた。
まあ、伯爵の命令に加え、エリカも同意していたと言ったのが大きかったようだが。
エイジに言うことを聞かせようとすれば、伯爵よりもエリカが言っていたと言った方が速そうだな……などと考えていると、こちらに近づいてくる足音に気が付いたエイジが机の下に隠れた。
「ジーク、会議は終わったわよ……多分」
「エイジ、出てきていいぞ」
現れたのはディンドランさんだったのでエイジに机の下から出てくるように言うと、エイジはディンドランさんの後ろを何度か見ていた。多分、エリカも戻ってきたと思って確認したのだろう。
「ディンドランさん、エリカは?」
エイジではディンドランさんに聞けないだろうと思い、俺が代わりに聞くと、
「エリカならもう少ししたら来ると思うわよ。私は先に会議を抜けてきたから」
などと言われた。
そこで、何故一人だけ先に戻ってきたのかと聞くと……まあ、早い話がバンと一緒に居たくなかったからだそうだ。
会議が終わりに近づき、後は最終確認のみとなったところで、俺の体調が心配だから先に戻ると言って強引に抜けてきたそうだ。
「それとジーク、バンから伝言よ……『若いんだから、気合でさっさと治せ』だってさ。他の代表が集まっているところでこれ見よがしに大声で言うなんて、あまりにも馬鹿にし過ぎているわ!」
ディンドランさんはその時のことを思い出したのか、怒りをあらわにして大声を出している。
「まあ、確かにバンと違って、けがや病気の治りは若い分だけ早いかもしれないけどね」
俺は直接言われたわけではないので、ディンドランさんと違って怒りなどは湧かず、言い方がランスローさんではなくガウェインに似ているな……などと、逆に感心したくらいだ。
「ん? 確かにそう考えると、バンはジークの若さに嫉妬しているみたいに思えるわね。次に会ったら、バンと違って若いジークの回復は早かったわ……って言ってやりましょうかしらね?」
俺の言い方が気に入ったのか、ディンドランさんの怒りはすぐに収まったようで、逆に次にやり返した時のことを想像して悪い顔をしていた。
「そんなことは後回しにして、会議ではどういったことが決まった?」
これ以上バンの話が続くと、ディンドランさんが今すぐにでもバンのところに嫌味を言いに行きそうだったので肝心な会議の内容を聞くと、
「ああ、それならあまり大したことは決まらなかったわね。一応、議題の中心は侯爵軍が先走りした場合、恐らくは敗走することになるでしょうから、その時の対処はどうするのかと言うのと、逆にこちらから攻める場合は誰から行くのかと言ったところね。ちなみに、うちは今纏まっているとは言えない状況だから陣で待機でも構わないって、バンが勝手に言っていたわ……一体、誰のせいで纏まっていないと思っているのかしらね?」
とのことだったらしく、ディンドランさんの声にまたも怒りが滲み始めていた。
「それは何と言うか……色々と顰蹙を買ったかもしれないな」
確かに纏まっていない軍が前の方で出てしまえば、下手をすると侯爵軍の二の舞となり余計に混乱を大きくしてしまうかもしれない。
ただ、例えそれが本当のことだったとしても、先に他の軍を向かわせて危険を押し付け、自分たちは美味しいところだけを狙っていると思われても仕方がない。
しかもそれが、精強で知られているヴァレンシュタイン子爵軍ならなおのことだろう。
(まあ、子爵軍が美味しいとこ取りを狙っているというのは、あながち間違いとは言えないけどな)
戦場でになるかは分からないが、一部の知り合い以外には内緒で、俺一人で今代の雷を始末しようとしているのだ。
俺個人で成したことも、傍から見れば子爵軍の功績であると見られるだろう。まあ逆に言えば、失敗すれば子爵軍の失敗と言われるわけではあるが……今失敗した時のことを考えても仕方がないので、その時になってから考えよう。
「まあ、何かあればバンの首を差し出しましょう。むしろ、先手を打って首をはねておいてもいいかもしれないわ」
「いや、それは流石にまずいから。いくらバンが気に食わないからと言って、余程のことがなければカラードさんの部下を俺が勝手に罰することは出来ないし、それが同じ部下の立場のディンドランさんならなおさらだから」
今のディンドランさんは何かあった時に反射的に動きそうなので、ちゃんと釘を刺しておかないと後々大変なことになるかもしれない。
「カラード様の代理であるジークをないがしろにしている時点で、余程のことだと私は思うけどね……まあ、ジークがそう言うのなら、今は我慢しておきましょうか」
……本当に大変なことになりそうなので、その時は俺が体を張るしかないかもしれない。
それにしても……バンは嫌われたな。まあ、貴族から指揮権を簒奪したようなものなので、仕方がないと言えばそれまでだな。
「そう言えばディンドランさん、もしも俺が居ない時に侯爵軍が勝手に動いた場合、子爵軍王都組の指揮をお願いね。連合軍が守りを固めるとなった時はこの場で待機、もしくはエリカを通して伯爵の指示に従うようにして。もしも打って出るとなった時は……この村を占拠して」
「この村……ああ、あの女の村ね。了解したわ。でも、どういった意味があるの?」
地図をのぞき込んだディンドランさんは、すぐにあのスパイの女の暮らしている村だと気が付いた。
「この村、他の裏切っている町や村の中で一番ファブール軍に近いところにあるんだよ。つまり、もしもファブール軍が連合軍の裏を突こうとした場合、ここを利用する可能性が高い。現に、数名ではあるけど兵士を待機させているみたいだし、この村から森を突っ切れば、今いる連合軍の陣の近くまで来ることが出来る」
「この村を経由して他の町や村に兵を送りこめば、簡易的な包囲網を作ることが出来るかもしれないというわけね。まあ、大した数の兵を送りこむことは無理でしょうけど、奇襲や混乱目的なら十分効果が見込めるでしょうね」
「そう言うこと。ただ、無理はせずに、危ない状況になる前に離脱してほしい。命を懸けてこの村を死守しなくても、連合軍が包囲網の可能性に気が付いていると思わせるだけでも敵の動きを鈍らせることが出来るだろうから」
仮にディンドランさんたちが撤退した後で包囲網を作られたとしても、連合軍の陣まで攻めることの出来る道は限られているし、そのほとんどが山道や獣道だ。おまけに一度に大群で攻め寄せることが出来ないので、守りを固めて冷静に対処すれば、陣に残っている部隊で返り討ちに出来るだろう。
「確かに、少数精鋭の私たちにおあつらえ向きの作戦ね」
もしその時が来れば、ディンドランさんのストレス発散にもなって一石二鳥になるだろう。
「ああそれと、出来るなら村人に被害は出さないでほしいけど、なるべくなら出いいよ。同情するところはあるとはいえ、あの村は戦争に敵側として参加しているようなものだからね。もしも抵抗するようなら、力で抑え込んでも構わない。でも、一応はこちらに協力するのなら、俺の方から伯爵に助命を頼んでもいいくらいは言っておいて。それで駄目なら国家反逆罪が適応されると思うから」
情けをかけたというところを見せておかなければ、戦争が終わった後でうるさく言ってくる輩が出てくるだろう。
それに、いくら裏切っているとはいえ今はまだ王国の民なのだ。今後のことも考えて、貴族としての経験の一つとして許す選択肢も作ってもいいだろう。
「そうね、その村がどういった結末を迎えるにしろ、選択肢を奪うのは危険ね。ジークの言う通りにしましょう。それと、この話はあの女にも教えて構わないわね?」
「いいよ。出来るなら残りのスパイもファブールと手を切らせたいから、許されたという前例の一つになるかもしれないからね」
許されるかもしれないと分かれば、こちらに寝返る町や村が出てくるかもしれない。
問題はそれを大っぴらに知らせるわけにはいかないというところだが……伯爵もスパイを探しているみたいだし、スパイが分かった時に「あの村は許された」と聞かせれば、無駄な抵抗をされる心配は少なくなるだろう。
「ディンドランさん、あの女のところに行く前に、ちゃんと伯爵にもこの話を通しておいてね。反対されることは無いだろうけど、伯爵と連係出来れば効果は上がるだろうから」
「当然ね。それに、あの女と接触しようとすれば、伯爵に一言通しておかないと無理だわ」
と言って、ディンドランさんはテントを出て行こうとしたが……
「あっと、その前に、小腹がすいたから食事にしようと思ったんだけど……いらないなら」
「いるわ」
食事を提案すると、ディンドランさんは俺の言葉を遮って返事をし、そのままテーブルや椅子の準備を始めたのだった。
ちなみに、メニューはドラゴンの肉を使ったスープとサラダにパンだ。
これらは全て事前に作っておいたものだが、スープとパンは出来立てをすぐにマジックボックスに入れて保存していたので温かいままだし、サラダも鮮度は抜群だ。
一応王都組だけでなく、エリカやエイジの分を入れても余るくらいはあるので、足りないということは無いだろう。それに、子爵軍用の食料の配布もあるので、食べ過ぎの心配はしても腹が減って力が出ないという事態にはならないはずだ。
そう言うわけで、外で待機している王都組を交代で中に入らせて食事を始めることにした。
食事の開始前に、ディンドランさんがドラゴンの肉を多めに持っていこうとしていたことが発覚して少々もめてしまったが、中立に近い立場のエイジが配膳することでどうにか収まったが……その分、エイジに余計な負担を掛けさせてしまったのは申し訳なかった。
まあ、エイジも疲れた様子を見せてはいたものの、途中で合流したエリカが少し褒めると途端に元気になっていたので問題はなさそうだったけどな。
なお、何故俺が配膳役に選ばれなかったのかというと、皆からは俺はどちらかというとディンドランさんに甘いという印象を持たれているのと、食事が終わるとまたファブール軍のところに潜入する予定だったので、公平性が保てないというのが主な原因だった。
そんなことはさておき、予定通りファブール軍を目指し、昨日戻ってきた道を辿るようにして森の中を進んでいると、複数の人の気配がしたので慎重に近づいてみることにした。すると、
「やはり確かめに来たか……」
俺が偽装した近くの場所を調べている男たちを発見した。
格好こそ村人を装っているものの、俺がファブール軍から拝借したものと同じ剣を腰に下げているので、まず間違いなくファブール軍の関係者だろう。
男たちは周辺を調べながら小声で話していたので、影に潜って近づき茂みの中で顔だけ出して内容を盗み聞きすると、やはり戻ってこなかったことを怪しんで調査に来たみたいだった。
そして俺が昨日ばら撒いた動物の内臓を見て、何かの理由で動けなくなったところをゴブリンや他の獣に食い荒らされたと判断しているところだったようだ。
その際、服や装備が見つからないことが話に出ていたが、最終的にはゴブリンの中には人間の物を利用する奴もいるので、恐らく死体と共に持ち去られたのだろうと結論付けていた。
昨日残した弓もなくなっているので、ゴブリンに持ち去られたのは間違いないだろうが、俺によって偽装されていなくなった兵はすでに伯爵の手の中にあるとは思いもしていないだろう。
まあ、流石にこの状況では詳しく調べる時間がないので、そう結論付けるのも仕方がないだろうが、思い付きでやったことがここまで効果を発揮したのは俺としてはとてもありがたい。
ついでに、この場でこいつらも始末しておきたいところだが……流石にそれは欲張りすぎだろう。
今ここで始末するのは簡単だが、それをすると明らかに狙われていると感付かれてしまい、警戒を強める可能性が高い。
(今日明日で決着をつけるのならそれもありだけど、焦り過ぎると今代の雷まで警戒するかもしれないからな。本命を釣る為に、雑魚は見逃すか)
俺は影に潜りながら移動を開始した男たちの後をつけ、村のどの家に入っていくのかを確かめた。
(あの村で一番大きい家に二人、違う家に一人か……家の中にも別に一人二人いるみたいだな)
その二つの家にだけいるとすれば、この村にはファブールの兵が五~六人潜んでいるということになる。捕らえた奴と合わせれば、小隊一つと言ったところかもしれない。
陣に戻ったらディンドランさんに教えようと思い、次はファブール軍へと向かったが……こちらはあまり機能と変化がなかった。強いて言えば、昨日よりも鎧を着て待機している兵が増えたくらいだ。
もしかすると、そろそろ動きがあると見ているのかもしれない。
そして本命の今代の雷だが……こちらは外から見る限りでは全くと言っていいほど変化はなかった。
余程余裕があるからなのか分からないが、外のファブール軍とは違い、建物の中からは笑い声の方が多く聞こえてくるぐらいだ。まあ、冒険者ギルドの建物なので、ファブールの兵だけではないから当然なのかもしれないが、それでも戦争中のファブール軍の中心人物とも言える奴がいるにしては異常な雰囲気とも言える。
「とりあえず潜入してみるか」
昨日色々と試した結果、完全に影に潜るか顔くらいならなら出していても今代の雷の探知能力に引っかからないようなので、基本的に影に潜ってから物陰で顔だけ出して情報を集めてみることにした。
顔だけとはいえ、誰からも見つからないような場所を探すのはなかなか難しいが、無いようなら床下や天井裏で盗み聞きするだけでも構わない。
もしも影に潜ったままでも外の声がちゃんと聞こえるのなら、スパイ活動をするのに最強な魔法と言えるのだが、現状では水に潜っている時よりは多少聞こえると言った感じなので、大声ではっきりと言った言葉くらいしか正確に聞き取ることが出来ないのだ。
もしかするとシャドウ・ダイブの練度が上がればその辺りも改善されるのかもしれないが、今のところそう言った兆しは見えないので俺の想像でしかない。
などと考えながら、隙を見てテーブルの下や棚の陰で顔を出して周囲の話を聞いていたのだが、流石に冒険者や兵士の中には近くの気配に敏感な者もいるらしく、ちょっとした違和感を感じてなのか俺が顔を出しているところをのぞき込んだり足で探ろうとしてくる奴らがいたので、バレないように行動するのは大変だった。
そう言った苦労の中で得た情報で一番重要なのは、今代の雷がこの街の冒険者どころか住人たちにまで受け入れられつつあるということだ。
途切れ途切れの情報ではあるが、どうやらこの街を占領した当初は反発が強かったようだが、今代の雷が住人の安全を保障し違反者には厳罰を明言、実際に女性に乱暴を働こうとしたファブールの兵を住人の面前で瀕死の重体になるまで痛めつけたらしい。
その後、必要な食料や資材などは正規の値段よりも高値で買い取り、時には炊き出しなどをして交流を図ったことで、今では批判の声は少数になりつつあるとのことだった。
(これ、この街を取り返したとしてもその後の統治が難しくないか?)
侵略者がここまで受け入れられている理由が、余程以前の統治者の人気がなかったか、以前よりも待遇や環境がよくなったからだとすれば、取り返しても今代の雷以上のことをしないと、今度はこの街の住人自らがファブールの統治を望み招き入れる事態になりかねない。
まあ、だからと言ってこの街があるのはバルムンク王国なので、住人が望んだからと言って許されることではないのは確かだ。
(街は住人のものではあるが、それ以前に国のものだからな……これは終わった後でもひと悶着起こりそうだな)
俺には関係のない土地の話ではあるが、王国側の人間としては少し複雑ではある。
もっとも、そんな心配をするには少し早いのだが。
(次は、いよいよ今代の雷のところだな)
そう思い、今代の雷のいる部屋へと向かったのだが……その部屋まであと少しというところまで近づいた時、
「がぁあああーーー!」
今代の雷のものと思われる、怒鳴り声とも叫び声とも取れそうな声が聞こえると同時に、何かを壊すような大きな音が聞こえてきた。
最初は俺が潜入していることに気づかれたのかと思い警戒したが、どうやらそうではないようだ。
「アレックス様!」
「おい、薬だ! 早く薬を飲ませるんだ!」
声と音に気が付いた数名の兵が部屋に駆け付けたので、俺もそいつらの影に隠れて部屋へと侵入した。
部屋の中では、今代の雷がひっくり返したと思われる椅子とテーブルが倒れており、テーブルの上にあったと思われる者が床に散らばっていた。
今代の雷はひどく苦しそうな表情で頭を抱えており、恐らくはクレアが言っていた薬の禁断症状が出たのだろう。
それに気が付いた兵の一人が床に落ちていた薬と水を飲ませると、しばらくして今代の雷の表情はやわらぎ、椅子の背もたれに体を預けながら駆け付けてきた兵に謝罪をしていた。
(今ならやれるか?)
今が好機だと思い、兵士の影から飛び出そうとした時、
「何かいるぞ!」
影から指一本も出ていない状況で、今代の雷は兵士を押しのけて正確に俺の位置いる位置に剣を突きつけた。
その言葉を聞いた兵たちは、困惑した表情を浮かべながらも今代の雷を守るように武器を構えて囲み、笛を鳴らした。
「「「アレックス様!」」」
すると、すぐに数人の兵が押し寄せ、部屋の四隅と廊下に陣取った。そして最初からいた兵の一人が今代の雷が指さしたところの床板をはがし、その中を覗き込んでいる。
(建物の外にも、いつの間にか兵が集まってきているな……いくら集まっても脅威と言える程ではないだろうが……少しでも動きを止めたら、そこを今代の雷に狙い撃ちされる恐れがあるな)
見たところ、外に集まってきている兵を合わせても付近には百人もいないので恐れるほどではないが、そいつらが俺の動きを止める為に動けば、今代の雷の魔法の的になってしまうかもしれない。
かといってそいつらを無視して今代の雷を狙ったとしても、いるだけで邪魔になって満足な攻撃を当てることが出来るかも分からない。
(今日も引いた方がいいな……)
ここまで来てという思いはあるが、万全の状態でも勝てるか分からない相手と不安要素を残したまま戦うのは得策ではない。
俺の目的は何が何でも今代の雷を殺すのではなく、今代の雷を殺した上で無事に生還することなのだ。
それに、新たにいくつかの重要な情報を仕入れることが出来た。
今日はそれで満足するとしよう。
そう判断して、俺は影に潜ったまま部屋を出て建物を離れたが、今代の雷や兵たちが追ってくる様子はなかった。どうやら今代の雷は影の中にいる俺の気配に気が付いたというよりは、俺が影から出ようとした瞬間に漏れた殺気に反応したようだ。
そうでないとしたら、離脱しようとした俺に何かしらの攻撃をするか追いかけてこようとするはずだ。
「シャドウ・ダイブ自体が見破られたわけではないから、まだチャンスはあるはずだ」
もしかすると今回のことで、今代の雷は寝床を変えるかもしれないが、この街から大きく離れることは無いだろう。
まあ、その時はまた一から探さなければならないのが面倒ではあるが。
とにかく今は警戒が強まっているだろうから、この街を離れて一度陣に戻り、今回の件を伯爵に報告するとしよう。
冒険者ギルドの建物から離れた路地裏で呼吸を整えた俺は、一度仕切り直しをすることを決めて陣に戻ろうと街を出たが……ファブール軍の近くを通ったところで、
「王国軍が攻めてきたぞ!」
という叫び声を聞いて足を止めた。




