表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第七章
122/124

第九話

 俺は周囲に人がいないのを再度確認してから、


「そこの女は裏切者……いや、スパイかな? で、こいつはファブールの兵」


 それに対して、ディンドランさんとエリカは驚いた表情で女から少し距離を取り、女は怯えた表情でその場から一歩下がった……が、


「余計な動きはするな。変な動きをすれば、切り捨てなければならなくなる」


 と脅すと、それ以上下がりはしなかったものの、足に力が入らなくなったのかその場にへたり込んでしまった。


「ディンドランさん、そこの女は一応見張っといて。エリカ、俺は時間稼ぎの細工をしてくるから、こいつを伯爵のところに連れて行ってくれ」


 そう言って俺は、急いで森の中へと戻った。

 後ろの方でエリカが俺を呼び止める声が聞こえたが、急いでいたのでそのまま振り返らずに進んだ。



「この辺りでいいかな?」


 俺は森の中を走り続け、連合軍の陣地と村からの中間点辺りで足を止めた。

 この場所なら茂みが深くて視界が悪いので、()()()()()が起こり、獣の痕跡もあるので()()()()()()な目に会ってもおかしくは無いだろう。


「まずは、この崖を人が滑り落ちたように偽装して……」


 そう呟きながら、俺は崖の縁を崩してから下まで滑り降りた。


「あそこから落ちるとすればこの辺りで止まるかな?」


 そして降りた辺りに、マジックボックスから取り出した壺の中身を撒き、その近くに男から拝借した靴や弓などを放り投げた。

 これでファブールの兵が探しに来ても、崖から滑落してから肉食の獣に持っていかれたと思ってくれるかもしれない。

 まあ、詳しく調べられでもしたら、簡単に偽装だとバレるかもしれないが、そんな余裕は向こうにもないはずなので、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


「これで二日三日の時間が稼げればいいが……」


 逆に言うと、俺の思う通りになったとしてもその程度の時間しかないと思わないといけないので、今日のように様子見というのが難しくなるということだ。


「それにしても臭いな……獣の気配もしてきたし、念の為もう少し撒いておくか」


 近くでこちらの様子を窺っている動物の気配がするので、俺が去るのを待っているのだと思われる。

 今のところ数は少ないが、こちらを窺っている獣が騒ぎ出せば他の獣も寄ってくると思うので、少しサービスしてやろうと思い、もう一度壺を取り出して中身をばらまいた。

 ちなみに、この壺の中身は狩った動物の血や不要な内臓をまとめたものである。


 こういった感じで獣や魔物をおびき寄せるのにも使えるので、多少は廃棄せずに確保するようにしているのだ。まあ、あまり使う機会がないので、今日がこれまででこの壺が一番活躍した日になるかもしれない。


「気配を消して様子を見てみるか」


 ただ、本当にうまくいくのか分からなかったので、気配を消して影の中に潜り、近くの木の上に移動してみることにした。

 すると、突然消えた俺に多少の警戒はしたみたいだが、少しすると近くの茂みの中から狼が現れて、血と一緒に撒き散らされた動物の内臓を食べ始めた。

 その際、仲間内で肉の取り合いになり、その音で他の獣も寄ってきて、最終的には数体のゴブリンまで現れたので、辺りはかなり騒がしいことになってしまった。

 もっとも、俺としてはこの方が都合がいいので、邪魔をしないように静かにその場を離れ、エリカたちのところに戻ることにした。


 連合軍の陣に近づいたところで、なるべく俺が伯爵と会っているのを見られないようにした方がいいかもしれないと思い影に潜って陣の中を移動したが、やはりファブールの兵とは違い、連合軍の兵や騎士たちはどこか気が抜けているようだ。

 もしも今ファブールがスパイの情報を基に奇襲を仕掛けてきたとしたら、かなりの被害が出てしまうかもしれない。


 そんなことを思いながら伯爵のテントに近づくと、周辺に護衛が何人か立っているのが見えたので、そのまま影を伝って中に入り、ディンドランさんの足を軽く叩いて来たことを知らせた……が、ディンドランさんはなかなか気が付かず、何度か試してみてようやく俺の存在に気が付いたのだった。

 しかもその内の一回は、気が付かないどころか足を叩こうとした俺の手を踏み抜こうとしてきたのだ。

 あと少し反応が遅れていたら影の中に引っ込めるのが間に合わずに、手の甲が陥没していたかもしれない。


「フランベルジュ伯爵、男爵が戻ってきたようです」

「ん? そうか。中に入ってもらってくれ」


 ディンドランさんの報告に、伯爵は首をかしげながら入り口の方へと視線を向けていたが、


「いえ、そちらではなく、ここにおります」


 と言って、ディンドランさんは自分の影を指さした。

 そのタイミングで、


「こんなところから失礼します」


 俺は影から出て伯爵に頭を下げた。


「お、おう、それは構わないが……本当に影から出入り可能なんだな。話には聞いていたが、ここまでとは……」


 伯爵が驚いた表情で俺とディンドランさんの影を交互に見ていたが、あまり見過ぎたせいかエリカに咳払いで注意されていた。


「ごほん……それで、この男がファブールの兵と言うのは間違いないのだな?」


「十中八九町以外ありません。たとえ間違っていたとしても、スパイを軍の中に仕込んで情報を得ようとする奴など敵とみて間違いないと思います」


 俺の言葉に伯爵は「確かにそうだな」と頷き、続いてディンドランさんの近くで立たされている女に目を向けた。


「エリカから聞いたと思いますが、この女はファブールのスパイです。俺がファブールの軍に侵入した帰りに、近くの村の様子を見ておこうと思い向かったところ、丁度この男が森の中に入っていくのを発見しました。ただ、この男の雰囲気が猟師や村人の者とは違ったように思いましたので後をつけると、侯爵軍の陣からあまり離れていない森でその女と落ち合おうとしているのを見て男と女を無力化しました。ただ、この男がその女の情報を持って帰るのを知っている仲間が、男が戻ってこないことに気付いた場合、開戦が早められる可能性があった為、男の死を偽装する為に森へと戻っていました」


 と答え、森の中で行った細工を伯爵に話した。


「確かに何もしないよりはましだが……それでも、開戦が早められる可能性が高くなったと見るべきだろうな。それに、練度では負けていないだろうが、心構えで負けているのはまずい。早急に責任者を集め、気を引き締めるように伝えるべきだろうな」


 伯爵は難しい顔でそう言うが、確かにどこにスパイが紛れ込んでいるか分からない以上、うかつに理由を話すわけにはいかず、そのせいで命令が行き届かないか、下手をするとファブール軍を刺激してしまう恐れもあるのだ。


「なので、俺の方も行動を早めようと思います。出来るなら今代の雷の情報を十分に集めた上で、仕掛ける機会を窺うつもりでしたが、下手にこちらの動きがバレると今代の雷は現在の場所から移動しかねません」


 それで孤立してくれるのならありがたいが、軍のど真ん中にでも移動されれば難易度が上がってしまう。

 相打ちでいいのならそれほど難しさは変わらないだろうが、生きて戻るとなると襲撃した後のことも考えないといけないのだ。


(まあ、今代の雷以外なら、いくら集まっていようと逃げるだけなら難しくは無いだろうが……)


 感知能力が高い今代の雷相手だと、集中的に物量作戦を実行されると万が一があり得るし、そこに今代の雷自身が攻撃に加わるとすれば死ぬ可能性が一気に高くなってしまう。


「無理はするなと言いたいところだが、今代の雷に対抗できそうなのがジークしかいない以上、無理してでもどうにかしてくれと言わなければいけない立場なのがつらいところだな」


 伯爵は、周りに余計な人物がいないせいか、ここまでの道中よりも態度が柔らかい……と言うか、いつもと同じものに戻っている。

 恐らくは、部下の前では不穏分子と化した俺と距離を取らないとまずいことになると考えてのことだったのだろうが、本格的に嫌われたわけではないと分かりホッとしたというのが本音だ。


「それで、この女の素性はどういったものなのでしょうか? 伯爵が事前に用意していたと聞いていたので、あまり深くは考えなかったのですが?」


「それに関しては申し訳ないことをした。最初は我が家の関係者で固めようと思っていたのだが、流石に手が足りそうになくてな。それと、現地で交渉する時に役に立つだろうと、身元を調べた上で近隣の町や村から臨時で何人か雇ったのだ。確かその女は……ああ、これだな。近くの村の村長の孫娘とのことだ」


 伯爵は俺の質問を事前に想定していたようで、雇う際にその人物の特徴と経歴を書いていた紙の束を取り出し、その中の一枚を俺に手渡してきた。


「確かに、村長の孫ならその村との交渉する際に役立つでしょうが……逆にそこをファブールに狙われたというわけですね。その村がいつからファブールの支配下に置かれているのかは分かりませんが、それを事前に考えていたのだとすれば、他の町や村から雇った奴らも怪しいということですね」


「ああ、その通りだ。この報告を受けて、すぐにその者たちに見張りを付けることにしたが……今日までに、どれだけの情報が流されたのか分からないのが痛い話だ」


 例えその全員をスパイ容疑で投獄したとしても、流された情報が戻ってくるわけではないし、この話が近隣に知れると、それらすべてが完全に敵になってしまう恐れがある。

 戦力的には数個の町や村の住人が敵になったとしても、増えるのはせいぜい数百人と言ったところで、個人の戦闘力も大したことは無いだろうが、形だけとはいえ連合軍が囲まれるのは戦略的に避けたい。

 それに、ファブールの兵と思われるこの男が村から出てきたように、すでに何人もの兵や騎士が送り込まれている可能性を考えると、一つ一つの規模は小さくとも、それなりの痛手を負ってしまうかもしれないのだ。そうでなくても足止めやけん制に専念されれば、正面にいるファブールの軍と今代の雷にいいようにやられてしまうかもしれない。


「せめて、侯爵軍が少しでもこちらに協力的なら話は変わるのだが……無理だろうな。いっそのこと、全ての指揮官にこの話をした上で、連合軍をいくつかに分けてみるか?」


 伯爵も、そうすると肝心なファブールの軍にぶつける戦力が少なくなってしまうのを恐れているようだが、俺にはそれを回避する方法がを一つ思いついていた……というよりも、どうにかしてこの策を実行させることが出来ないか、ここに来るずっと前から考えていたのだ。


「伯爵、あまり褒められた方法ではないかもしれませんが、やってみたいことが一つあります」


 そう言うと伯爵は、俺からそんな言葉が出るとは思っていなかったのか、少し驚いた表情を見せたが、すぐに「聞かせてくれ」と椅子に座りなおした。


「まず、このままほとんどのスパイは自由にさせておき、数人だけ誰にも知られないように捕縛した後、こちらに寝返らせます。まあ、寝返らせる方法は脅迫などになるでしょうが」


 変に気の強く仲間思いの奴だと逆効果かもしれないが、ファブールがやったこととおなじだと考えれば、こちらに寝返る奴は出てくるだろう。


「そしてその者たちに、嘘の情報を流させます。それと同時に、侯爵軍に対しても噂を流します」


 ファブールに対しては、連合軍は連携やヴァレンシュタイン家が不穏なことから全体の士気が下がっており、戦闘行為に対して慎重になり過ぎていて動こうとする気配がない。

 侯爵軍に対しては、動く気配を見せないのは侯爵軍を出し抜く為であり、すでに攻撃の準備を終えている状態で機会を今か今かと窺っている……と言った感じのものだ。


 これが上手くいけば、ファブール軍は連合軍に対しての警戒度を多少下げるだろうし、侯爵軍は逆に連合軍を出し抜こうと、多少無理をしてでも行動を起こそうとするだろう。

 そうなれば自然と、侯爵軍対ファブール軍という風向きが強まるはずだ。まあ、早い話、


「つまりジークは、侯爵軍を囮として使い、捨て駒としてぶつけるつもりなのか?」


 という感じの作戦だ。

 伯爵もその方法を考えなかったわけではないだろうが、薄いながらも同じ王国の貴族同士という仲間意識があり、なるべくその方法を意識しないようにしていたのかもしれない。


「まず考えないといけないのは王国の勝利で、次は連合軍の勝利。最後に連合軍の被害を押さえることだと思いますが、違いますか?」


 そもそも、侯爵軍がこちらに非協力的なのがいけないのだ。

 こちらの利益を奪おうとするのなら、こちらはそれを守らないといけない。

 それに、このままだと侯爵軍と足並みを揃えるのは無理な話で、第一に考えないといけない王国の勝利すら怪しくなってしまう。

 俺の作戦は、王国にとっても連合軍にとっても悪くない話だ。侯爵軍に関しては……まあ、強引に参戦してきて場を乱そうとした罰だな。


「俺の考えが甘かったようだな。確かにあいつらに情けをかけてやる必要はない。むしろここは、敵を一掃できる好機だと攻める時だ」


 伯爵がその気になったことで、俺の作戦は決行されることになった。まあ、俺の作戦と言っても、全て伯爵に任せるしかないのだが……それと、


「侯爵軍とファブール軍はそれでいいとして、問題はファブールに協力している町や村をどうするかと言うことだが……男爵、その件に関してはどう思う?」


 伯爵が女を睨んだ後で俺に聞いてきたので、


「侯爵軍とファブール軍がやりあっている間に、一気に滅ぼすのが得策でしょうね」


 と答えた。

 裏切りの程度がどのくらいかは知らないが、王国の敵となった以上は攻め滅ぼされても文句は言えないだろう。まあ、言われたところでお前らが悪いんだろ? で済む話だが……当事者の女はそうはいかないようで、


「そ、それだけは! それだけはご勘弁を!」


 その場で両ひざをついて懇願した。

 それに対して伯爵は、


「男爵、それも確かにいい手ではあるが、まだ完全に裏切ったと決まったわけではないのだ。まずは話を聞いてみるとしようではないか」


 そう言って俺の提案を保留し、女に理由を話すように促した。


「実は私の村にファブールの兵……その時は冒険者を装っていたのですが、現れたのは半年前です。その時は村周辺の森で採集をするので、拠点として活用したいとのことだったのですが、次第に訪れる回数と人数が増えていって……」


「占領されたということか?」


「はい……」


 女の説明で分かったことは、ファブールの兵は計画的に村へ潜入し、村の情報を集めたところで一気に占領して支配下に置いたということだ。

 その際、何人もの村人を人質に取られてしまったせいで、女はファブールの兵の命令を聞かなければならなくなったそうだ。


「お前の村でスパイとして働かされている者は何人だ?」


「私を含めて三人です」


 女の村から出されたのは全て連合軍で働いているそうなので、侯爵軍の情報を集めているのは他の町や村の者とのことだ。


「連合軍の情報はともかく、侯爵軍の情報はどうやって集めたのだ? こちらとあちらでは、今のところ人を貸し借りするような連携は全くと言っていい程していないはずだが?」


 伯爵が俺も気になっていたことを質問すると、女は言いにくそうにして、


「いや、言わなくてもいい。大体察しがついた。申し訳なかったな」


 と何かを察して謝罪していた。まあ、大方体を使ったとかの類だろう。

 俺やディンドランさんは、伯爵と女の態度で何となく察しがついたのだが、エリカはいまいちピンと来ていなかったみたいでディンドランさんに小声で尋ねていたが、ディンドランさんがあとで教えると言うと頷いていた。


「そう言った事情なら、私は裏切らざるをえなかったと思うのだが、男爵はどうだろうか?」

 

 伯爵がわざとらしく聞いてくるので、


「そうですね。そう言った理由なら仕方がなかったのでしょう。逆に、周辺の町や村にはこちらから謝罪しなければならないかもしれません。ただ、それはこちらに協力した場合ではあるでしょうが」


 俺はそう答えた。

 実際に、余程のことがない限りは町や村程度では軍に対抗することなど出来ないだろうし、家族や仲間を人質に取られているのなら従うしか他になかったというのも理解できる。

 ただ、


「しかし、半年前から動いていたということは、偶発的に起こったという小競り合いは、意図的に引き起こされたものとみて間違いないでしょうね」


「だろうな。偶発的で小規模とはいえ、戦争で勝ち取った土地だと向こうは思っているのだろう」


 まともに考えるのなら到底許されることではないし筋も通らない話だが、戦争自体まともではないので『やったもん勝ち』とファブールは考えたのだろう。

 でなければ、都合よく小競り合いが発生して、その小競り合いに都合よく最高戦力の『今代の雷』がいたなど、よくよく考えればおかしな話だ。

 最初から狙ってやったのだとすれば、全てが腑に落ちる。


「そうなると、王国はファブールに一歩どころか二歩三歩は遅れていると見ないといけないな……今代の雷の件もあるし、それで済めばいいのだが」


 確かに、二歩三歩で遅れている程度で済めば挽回は可能だろうが、それ以上だと根本的に作戦を練り直さなければならないかもしれない。


「すぐにでも各責任者を招集したいところだが、こんな時間に呼ぶとなるとスパイに怪しまれるのは間違いない。幸い、ファブールの兵と接触していた女は押さえてあるし、ジークの施した細工もある。数日はファブールの行動を遅延させることが出来るだろう」


 その間にこちらも動くということだろう。


「その為に、君にも協力してもらわなければならないが……引き受けてくれるな?」


「は、はい」


 伯爵はそう言って鋭い視線を送ると、女はすぐに承諾した。まあ、絶対に断ることの出来ない話だ。仮に断れば他の町や村もろとも女の村は壊滅させられ、更には女自身もここで誰にも知られずに命を落とすことになっただろう。だが、再度裏切り連合軍に協力すれば、裏切った事実が全てなくなるかもしれないのだ。

 家族や仲間のことを考えるのなら、元から選択肢は一つしかなかったようなものだ。


「伯爵、この女には明日も同じ場所でファブールの兵と接触してもらうのがいいと思うのですが、かといってそれまで自由にさせるわけにもいきません。そこで、そちらの方で身柄を確保しておいてくれませんか?」


「それはいいが……ジークが発見して捕縛したのだから、そちらの手柄として押さえていた方がいいのではないのか?」


 伯爵の言う通り、女をこちらで押さえて明日作戦会議で俺の考えた作戦を出せば、連合軍内での俺の評価は一気に上がるだろうが……


「あまり興味はありませんね。それに、こちらには女を監視するだけの人員はいないようなものですし、ここで中途半端に目立ってしまうわけにはいきませんからね」


 と答えると、伯爵は苦笑いしていた。まあ、普通に考えれば格下の男爵に伯爵が手柄を譲ってもらったようにも見えるし、小さな功績ではあるものの今後のことを考えるとかなり重要なものへとなりそうなのを、俺が気にしていないというのもあるのだろう。


「ああ、そう言えば、女やファブールの兵を捕まえた時にエリカを呼んだので、エリカがやったことにするのがいいかもしれません……というわけで、俺の代わりに矢面に立ってくれ!」


「え? いやよ」


 もしかすると、他の貴族の兵や騎士が、エリカが走っているところや女とファブールの兵を連れて行くところを目撃しているかもしれないので、俺がやったというよりもエリカがやったとした方が納得するかもしれない。

 それに、連合軍の中心にいる伯爵家のエリカが一番に手柄を上げたというのは、連合軍全体の士気を上げるのに役立つだろう。少なくとも、評判を落としている俺の名前を出すよりも。


 ただ、エリカは俺の手柄を横取りする形になるのは嫌みたいだが、俺の意図を理解したらしい伯爵が、


「エリカ、これは伯爵家当主としての命令だ。引き受けなさい」


 と命令した。そして、


「ただ、エリカだけでなくディンドラン殿もその場に駆け付けたのは事実だ。エリカの名前を出す際に、ディンドラン殿の名前も出させてもらうが、構わないな?」


 と、ディンドランさんも同様に扱うと言った。まあ、あの時はディンドランさんも呼んだので、伯爵の言っていることは当然だ。


「じゃあ、ディンドランさんも頼むね」


「仕方がないわね……まあ、こちらも適当な手柄を立てておかないと、バンが何を言ってくるか分からないし、バンよりも先の手柄は大歓迎よ」


 ディンドランさんはエリカと違い乗り気のようだ。


「仕方がないわね……貸し一つよ」


 エリカもディンドランさんが快く了承したのを見て、渋々ながら伯爵の命令を受け入れた。

 ただ、伯爵からの命令なのに俺の借りなのはどうかと思うが……発案が俺なので当然と言えば当然なのだろう。


「伯爵、明日の会議には俺は参加しません。代わりにバンとディンドランを参加させます。その方が若造が不貞腐れている感が出ていいでしょ?」


「いや、まあ……そうかもしれんが、そうなると俺としても罰を与えなくてはならなくなるぞ」


 命令違反とかに該当するのかもしれないが、その代わりのバンとディンドランさんだ。俺は体調不良で動けないとか言って、代わりに二人を向かわせたと言えば何とかなるはずだ。

 そう言うと伯爵は少しあやんだ様子を見せたが、最終的には俺の言う通りにしようということになった。


「ただ、体調不良とはいえ会議に参加しないのだから、今後は連合軍内の重要な地位には就けないということにする……その方が、ジークにとっては都合がいいだろ?」


「ありがとうございます。お礼と言っては何ですが、会議をサボっている間、エイジに勉強でも教えましょうか?」


「それはありがたいな。エイジには私からの命令だとでも言っておいてくれ」


 幸いなことに、俺のマジックボックスに学園で使っていた勉強道具一式がまだ残されている。

 片付けるのが面倒でほったらかしにしていたのだが、それが役に立つ日が来ることになるとは……などと考えていると、


「ジーク、王都に帰ったら、サマンサ様の立ち合いの元でマジックボックスの中を片付けなさいね」


 などとディンドランさんに言われてしまった。しかも、この様子ではサマンサさんに報告もするのだろう。

 見せて恥ずかしいものは入っていないはずだが……俺自身も何が入っているのか細かいところまでは分からないので、隙を見て一度確認しておいた方がいいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
周囲の村が寝返ったと言っても、敵国からの段取りや仕込みにジークさんたちの側の国や軍がこの事件が起こるまで誰も全く気付いていないという事ですよな。 しかも人質を取られたとしても、国に対する忠誠心や畏れが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ