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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第七章
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第七話

「俺たちは一番端の方か……動きやすくていいな」

「まあ確かにそうだけど……敵から一番近い場所(さいぜんれつ)だから、襲撃されたら最初に襲われるというのを除けばね」


 連合軍の陣へと到着した子爵軍は、陣地の一番前に配置させられた。まあ、この場所で戦うわけではないので、奇襲を受けない限りは前だろうが後ろだろうがあまり変わりがないはずだが、中央やや後ろ辺りに配置しているフランベルジュ伯爵軍まで少し距離があるので、会議などで移動する時は少々面倒臭い。


「まあ、この場所は大分前から決まっていたはずだから、伯爵に嫌われたとかいう理由じゃないのは確かだな。多分」

「もし団長がこの場に居たら、一番に突っ込めるとか言って喜びそうね。絶対に」


 などとディンドランさんと話しながら、一部の伯爵家の兵が先行して建ててくれたという俺のテントへ向かっていると、


「ん? 誰だ?」

「方角的に伯爵家の騎士みたいだけど……何か急用かしら?」


 俺たち目掛けて馬を走らせてくる騎士の姿が見えた。

 伯爵家のいる方から走ってきたみたいなのでそう思ったが……近づいてくるにつれて、それが見覚えのある顔だということに気が付いた。


「何でここにいるんだ?」


 そう俺が漏らすと、ディンドランさんも驚いた表情で頷いている。


「ジーク!」

「よう、()()()。とりあえず最初に聞いておくが、何でここにいるんだ?」


 エリカが来るとは聞いていなかったし、道中でもそんな話は一言も聞かなかった。まあ、その道中は伯爵と距離が出来ていたせいで、話すどころか顔を合わせる機会すらほとんどなかったんだけどな。

 そんな俺の疑問に対しエリカは、


「珍しい連合軍で、なおかつ表向きはフランベルジュ家が旗振り役となっているのに、お父様ったら伯爵家からは自分一人だけで出るとか言ってエイジすら連れて行かなかったのよ。おかしいでしょ? だから私の出番というわけよ」


 などと言っているが……あまり説明になっていない気がする。

 そもそもの話、その旗振り役に近い立ち位置にいるヴァレンシュタイン子爵家からは、当主であるカラードさんでは無く代理という形で俺が出ているので、エリカの言う通りならこちらもかなりおかしいことになる。


 そんなことを俺が考えているとは気が付いていないエリカは、「立ち話もあれだから」などと言って、俺の為に用意されていたテントを指さした。丁度その時、


「ヴァレンシュタイン男爵、テントの準備は終わっております」


 と言って、テントの中から女性が二人出てきた。まあ、フランベルジュ伯爵の用意した世話係兼連絡係のような人たちだろうけど。

 そんな二人を怪訝そうに見ていたエリカだが、更にその後ろにいたもう一人を見つけて、


「あなたたち、少し気になることがあるから、お父様……フランベルジュ伯爵に時間を作るように話を通してきて」


 と言って、先に出てきた女性を強引に伯爵の元へと向かわせた。

 その際、その後ろにいたもう一人も女性たちについて行こうとしたが……エリカが首根っこを掴んでテントへと引っ張っていった。

 そしてそのテントの中で、


()()()、なんであなたがここにいるのか教えてくれるかしら?」


 男が被っていたフードを乱暴にめくり正体を暴いた上で、少し見上げるような形でエイジを正面から睨みつけた。


「じ、実は、父上からヴァレンシュタイン家の陣に潜りこんでおけと言われまして……だ、男爵! 男爵も聞いていますよね⁉」


 エリカに詰め寄られて怯えていたエイジは、俺の存在を思い出したかのように助けを求めてきて、それに釣られてエリカとディンドランさんも、どういうことなのか? と言った顔を俺に向けてきた。


「知らん……いや、知っているから、エイジの首を絞めるな!」


 少し悪戯をしてやろうと軽い嘘をつこうとしたところ、エリカがエイジの首を鷲掴みにして握りつぶそうとしたので慌てて止めた。


「これは作戦上秘密にしなければならない話だが、前もって伯爵に俺が単独で敵陣に忍び込むと伝えたところ、その間の替え玉を伯爵家で用意すると言われてな。俺も誰かは知らなかったが、それがエイジということなんだろう……多分」


「成程、つまりお父様は、ジークに協力することで多少の恩を売りつつ、作戦の重要そうな部分に一枚噛もうとしたというわけね。そこで伯爵家の嫡男を出す辺り、かなり危険な賭け……なわけないわね。ヴァレンシュタイン騎士団の中心部に居れば、下手をすると伯爵家の陣内にいるよりは安全だわ。そう考えると、かなりずるいわ」


 まあ、エリカの言う通りずるいと言えばずるいが、いくらヴァレンシュタイン騎士団が周りにいるとはいえ安全が保障されているというわけではないので、それなりにリスクのある賭けなのは間違いないし、エイジは俺と背格好が近いし秘密を漏らす心配がないので、下手に俺の連れてきたヴァレンシュタイン家の騎士を替え玉にして人数を減らすよりはいいという考え方も出来る。本来ならバンの連れてきた騎士で穴埋めをするか数をごまかすつもりだったので、手柄目当てでも伯爵がエイジを寄越してくれたのは今となってはありがたい。


「ディンドランさん、俺の警護はどうなってる?」

「一応、私を含めた王都組で固めているわ。本来ならバンの連れてきた騎士たちも組み込むつもりだったけど、あの様子じゃ信用できないからね。基本的に、テントの中と外を同時に複数人で見張るようにしているわよ」


 こちらにもバンのせいで計画が狂ったみたいだが、エイジが俺の替え玉になるのなら決められた少ない人数で周りを固めていた方が情報の漏洩を防ぎやすくなるだろう。


「エイジがここにいるのを知っているのは、伯爵を含めてどれくらいいるんだ?」

「え~っと……多分片手で数えられるくらいで、多くても十もいないと思……います」


 一瞬敬語が崩れかけたエイジだったが、エリカが睨んでいることに気が付いてすぐに立て直していた。

 それにしても、仮にエイジの存在を知っているのが十程度だとすれば、王都組のヴァレンシュタイン騎士団と合わせても六十くらいになるので、味方の連合軍に対しても替え玉の存在を隠し通すことは可能だろう……エイジの情報が正しければの話だが。


(まあそれでも、最悪敵にバレなければ問題は無いな)


「そう言えばエリカ、強引に参戦してきた侯爵軍やファブールの軍の情報は何かあるか?」


「ああ、そう言えばそれを教えようと思っていたんだったわ。お父様やエイジの件ですっかり忘れていたわね」


 エリカは最初、俺が到着したと聞いて愚痴をこぼすついでに周辺の情報を持っていこうと考えていたそうだが、伯爵から俺と合流してからここに来るまでの話を聞いて驚き、更に真相を確かめようと俺のところまで走ってきたところに居ないはずのエイジを見つけてしまい、当初の予定をすっかり忘れていたそうだ。


「まず、()()味方となっている侯爵軍は、私たちのいるところから一kmくらい先のところに陣取っているわ。多分、連合軍より少しでも早く仕掛ける為ね。そして、ファブールが占領している街は私たちのところから五~六kmくらい先ね。ただ、軍はその街と街の一km程前に陣を張っているそうよ。数は大体街に二千、外に四千と言った感じね」


「想定よりも多いな。全部で四千程度だと思っていたが、もしかしてファブールの援軍が到着していたのか?」


 多くても五千には届かないと思っていたので、想像よりも大分多かったので驚いていると、


「敵も戦争に向けて、少しずつ兵を受け入れていたみたいね。多分、こちらに気が付かれないように、商人や旅人でも変装させていたのかもね」


「それでそのまま街に紛れさせておいて、いざ戦争というこの時に一気に投入したのか。ただ、流石に怪しまれないように少数ずつ増やしていったせいで、あの数で迎え撃つことになったのか……いやまあ、今代の雷がいることを考えれば六千もいれば防衛には十分だろうし、ファブールからの援軍が来るまでなら問題は無い数だけどな。普通ならの話だけど」


「こっちにはジークもいるし、連合軍と侯爵軍を合わせれば一万は余裕で越える。ただ問題は、その侯爵軍が足を引っ張らないことだけど……初めからいないものと考えれば、やりようはあるわね」


 侯爵軍に関してはほぼ確実にこちらと足並みを合わせる気は無いだろうけど、それならそれで相手を消耗させる為の捨て駒だと考えればいい。

 ただ、それすらも相手が読んでいる可能性があるし、下手に戦闘を長引かせてしまうとファブールの援軍が到着して、逆にこちらが不利な状況に追い込まれてしまうかもしれない。


「思っていたよりも時間に余裕はないみたいだから、俺は今日の夜から動くことにする。エイジ、悪いがいつでも俺の替え玉になれるように、今後はこのテントで待機してくれ。ディンドランさんは、俺が離れていいる間、常に子爵軍の王都組で警戒態勢を敷いて、誰が来ても入れないようにしておいて」


 敵陣に忍び込んで今代の雷を奇襲できればいいが、無理そうなら情報収集や妨害行為に変更するつもりなので、帰りの時間も計算しなければならない。

 奇襲出来るまで居続けた方がいいだろうし俺もそうしたいのだが、指揮権はバンに奪われたと言っても一応子爵軍の責任者なので、ずっと離れているというわけにもいかないのだ。

 それに、行きか帰りのついでに近くにあるという村の様子も確かめておきたいので、多少遠回りする分の時間を計算しなければならないし、本音を言えば今すぐにでも敵陣に向かいたいところなのだが、恐らくはこの後で連合軍内の話し合いが行われるはずだ。

 出発するのはその後になる。流石に初日から話し合いの場に出席しないというわけにはいかないしな。


「それは分かったけど、誰も近づかせないようにするには人数が足りないわよ。出来ないことは無いけれど、各自の負担が大きくなる上に、あまり目立ちすぎるとバンが怪しんで強引に中に入ろうとするはずよ。私がいれば力づくで防ぐことも可能だろうけど、複数人で押し掛けられると突破されるかもしれないわ」


 まあ、向こうが押し入ろうとすれば、ディンドランさんをバンが引き付けて、その隙に数の暴力で突破する方法を取るだろう。

 数がこちらの一番大きな弱点である以上、そこを突かれたらどうしようかとディンドランさんが頭を悩ませていると、


「話には聞いていたけれど、本当に子爵軍は危ない状況なのね……ねえジーク、もしも人数が足りないというのなら、私の連れてきた騎士を貸しましょうか? 最終的な判断はお父様はすることになるけれど、聞くだけ聞いてみる?」


「ディンドランさん、どうする?」


「そうね、確かに力を貸してもらえるならありがたいわ。それに、私たちだけならともかく、フランベルジュ家の騎士もいるとなると、流石のバンでも強硬策に出ることは無いはずよ」


 他家よりも信用されていないとは……このわずかな期間で、ディンドランさんのバンへの好感度はゼロどころかマイナスに突入したのかもしれない。


「そう言うわけで、エリカから伯爵に頼んでみてくれ」


「分かったわ。こちらとしても、エイジが関わっている以上、手勢を出すのはおかしな話ではないわ。ただ……周りがどう見るかよね? ヴァレンシュタイン家の騎士ではなく、フランベルジュ家の騎士を護衛としておくことは、どこからどう見ても不自然だもの」


 一番の問題は、エリカの言う通りその不自然さだ。

 もしこれがバンたちを含めても数が足りないというのなら、親交のあるフランベルジュ家に協力を求めたという感じで通せるが、今回は護衛だけならヴァレンシュタイン家の騎士だけで十分なのだ。

 

「確かにそうだけど……ディンドランさんはどう思う?」


「う~ん……多分大丈夫じゃない? 護衛の数は子爵家だけで賄えるはずと言っても、数が多いことに越したことは無いし、傍から見るとジークは今回が初陣で指揮能力に心配があるということになっているわ。しかも、ヴァレンシュタイン家はジークも含めて陛下からの信頼が厚く、伯爵家としては最前列に配置したものの、ジークに何かあれば陛下からの心証を悪くしてしまう可能性が高い。そう言う噂を流しておけば、何かあった時の為にフランベルジュ家から護衛を借りても誤魔化せると思うわ」


 まあ、そう言い張るしかないし、今のヴァレンシュタイン子爵軍が二つに分かれていて、しかも俺の方が不利な状況にあるというのはすぐに連合軍全体に広がるはずだ。信ぴょう性に関しては、まず疑われることは無いだろう。


「ついでに、俺があまり表に出なくても、若造が指揮権を奪われて不貞腐れているだけ……とでも思ってくれたらいいんだけどな」


「そう思われるとは思うけど、今回の戦争には私たちと同じ世代や学園生を子や兄弟に持つ騎士も多く参加しているわ。そこからジークの性格と戦績を知っていれば、もしかするとジークが指揮権を奪われて泣き寝入りするようなことはしないはずと考える者もいるとは思うわ。まあ、基本的には少数派でしょうから、そう考える者が余程上の階級に集まっていない限り、わざわざ確かめようとは思わないはずよ。もし仮に本当にジークが不貞腐れていた場合、下手につついてやる気を出されると、自分たちの手柄が減ると考えるかもしれないからね」


 なるほどと頷きながら、現時点で勝ちが確定しているかのように手柄のことを考える奴がいるのか? と思ったが、侯爵軍を合わせると王国側はファブールの倍近い数がいることになるので、楽観視している奴がいてもおかしくはないかと思い直した。


「とにかく、そう言った筋書きで行けそうなら、強引にでもそこに持っていくしかないな。エリカ、伯爵に話すついでに、どうせ会議か何かあるだろうから今から行くか?」


 伯爵にも詳しく話さない方がいいかもしれないが、理由を聞かれると訳を話さないわけにはいかないので、なるべく早くて人が集まっていない時がいいだろう。

 そう思い、すぐにエリカとディンドランさんを連れて伯爵の元へと向かったのだが……


「バン、あなたは来なくていいですよ。むしろ付いてくるな! 男爵も許可を出していないですし、大人しく待っていなさい!」


 テントを出てすぐのところでバンに見つかり、半ば強引についてこられた。


「ディンドラン、目上の者に使う言葉ではないぞ。それに俺は子爵軍の指揮官だからな。正式に伯爵に挨拶くらいはしないといけないからな。ついでに、そろそろ会議もあるだろうしな」


 ディンドランさんはバンに向かって敵意むき出しでけん制しているが、当のバンは特に気にした様子を見せずに涼しい顔で軽く流している。


 そのまま険悪は雰囲気で伯爵のいるテントの前まで来て、エリカを通して入室の許可をもらったのだが……


「ディンドラン、バン、二人はここで待機だ」


 流石に私的な理由で伯爵のテントに入る許可が出たのは俺だけだったのでそう告げると、バンは仕方がないと言った感じだったが、ディンドランさんはバンと一緒にされたのが嫌だったのか不満そうにしていて、納得した後もバンから離れてから待機していた。


「男爵、何か用か?」


 伯爵は外を気にしながら口を開いたので答えようとしたところ、


「お父様、その前に人払いをお願いします」


 エリカがテントの中にいた護衛を見ながら口を挟んできた。

 それに対して護衛たちは拒否しようとしたものの、伯爵が少し意外そうな顔をしながらも外で待機するように命令したので、すぐにテントの中yは俺と伯爵とエリカの三人だけになった。


「エリカが言うのは意外だったな。それでジーク、改めて聞くが何の用だ?」


 護衛が出て行くと、先程と違って口調が少し柔らかいものに変わり、俺への呼び方も男爵からジークに変わった。

 それで少し安心したのだが、またも俺が口を開く前に、


「お父様、私が連れてきた騎士をジークに貸してもいいかしら?」


 エリカが代わりに答えてしまった。

 まあ、元々エリカの方から伯爵に話してくれと言っていたので、おかしなことではないのだが……なんか、全部エリカに任せているようで少し情けない気がしてきた。


「エリカの連れてきた騎士をか? まあ、エリカがそれでいいのなら俺は構わないが……どういった理由でだ?」


 流石にエリカの指揮下にあるとはいえ、他家に騎士を貸し出すとなれば理由を聞かないというわけにはいかないのだろう。

 それに対してエリカは、


「表向きには、内部分裂している子爵家に対し、伯爵家としても心配がある為と言う理由で、実際はジークの替え玉になっているエイジの安全の為と、ジークから指揮権を奪ったバン前騎士団長が信用できないからです」


 エリカのはっきりとした物言いに、伯爵は「成程」と頷き、


「許可しよう。ただし、貸し出したとはいえフランベルジュ伯爵家の指揮下を離れるものでは無いということと、何かあればすぐに連絡が取れるように、エリカも護衛に加わること。まあ、現場指揮官と言った形だが、爵位のこともある。護衛に立つというよりは、ジークの相談役という形で出向するように。男爵も、それで構わないな?」


「ありがとうございます」


 ようやく俺の口から出た言葉がそれだけなのはどうかと思うが、これで今後動きやすくなるのは確かだ。


「エリカも、万が一のことがある。十分気を付けるように。それと男爵、そろそろ会議を開こうとしていたところだ。他の者が集まるのにもうしばらく時間がかかるが、子爵家の陣まで戻る時間もないだろうから、会議用に用意したテントの中かその近くで待っていてくれ」


 と言われたので、伯爵のテントから出てディンドランさんとバンにそう伝え、俺とディンドランさんはテントの近くで、バンはテントの中で待つことになった。


 その後、しばらくして開始された会議では、俺はほとんど発言することは無く、代わりにバンが受け答えをすることになった。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 今の所バンが本当に味方の足を引っ張ってるノイズにしかなってないのが何とも…。 この後読者が見直すシーンがあるのか、何かやらかして戦犯と化すか、はてさて?
何で敵への攻撃手段や戦術を相談する以前に、味方であるはずの者たちへの防諜や機密保持を気にしなければならないのでしょうね……。 最悪の場合、裏切り者が出て ジークさんなどの要人を戦場の混乱の中で後ろから…
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