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黒のジーク 《書籍版発売中》  作者: ケンイチ
第一章
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第十二話

「ヴァレンシュタイン……あなた、手を抜いていたでしょ?」


 着替え終わって教室に戻ると、俺からだいぶ遅れて戻ってきたエリカが俺に詰め寄ってきた。どうやら、俺が本気を出していないことに腹が立っているようだ。


「手加減はしていないぞ。ただ、力は抑えたけどな」

「同じでしょ! それじゃあ、約束が!」


「厳しいことを言わせてもらうが、今のフランベルジュに全力を出せということは、()()()()()()()にしろというのと同じだぞ。だから俺は、俺自身でいくつかのルールを作って、そのルール内で手加減をせずに戦ったんだ」


「ルール?」


「あの時は、全力で攻撃しない、手数を意識する、急所を狙わない、相手のバランスを崩すことを意識する……と言ったところだな」


 最初に言った通り、先手を取って全力で攻撃すれば、エリカを戦闘不能にすることは簡単だった。それをしなかったのは、武器の強度がエリカのものよりも弱かったのと、それをすると俺にとってもエリカにとっても模擬戦をする意味が無いからだ。模擬戦を受けて置いてこう言うのは何だが、俺とエリカでは力の差があり過ぎる。もしかすると俺と同じように、学園に入る前から騎士団で揉まれていたという可能性はあったが、あの武器を選んだ上に使いこなせていない以上、その可能性は低いと判断したのだ。


「ヴァレンシュタインの相手をするのに、私では役者不足だったということなのね……」


「今はな。後ニ~三年しっかりと訓練すれば、ディンドランさんが本気で相手してくれるくらいにはなるんじゃないか?」


 まあ、訓練がどの程度かにもよるとは思うけど、今代の赤を目指していると公言するにふさわしいくらいの素質はあるように感じた。まあ、しっかりとが学園で行うレベルの訓練では、今代の赤どころかディンドランさんが本気になるくらいまで行ける気はしないけれどな。


「そう……分かったわ」


 エリカは気落ちした様子で自分の席に戻ろうとしたが、


「ああ、それと、おせっかいかもしれないけれど、フランベルジュに両手剣は合わないと思うぞ。使うにしても、もう少し細身で軽い奴の方がいい。まあ、それでもディンドランさんに届くとは思えないけどな」


 そう言う感じで挑発気味に忠告すると、先程まで落ち込んでいたエリカの目に闘志……と言うか、怒りが見えた。


「フランベルジュが両手剣を使うのは、もしかするとディンドランさんに憧れてのことかもしれないけど、フランベルジュの体格には合っていない。あの大きさの両手剣を使いたいなら、体重か筋肉を倍近く増やした方がいいぞ。もっとも、それをするとバランスが崩れて今よりも弱くなるだろうけどな」


 今日模擬戦をやってみて一番思ったことは、武器がエリカに合っていないということだ。

 エリカは見かけによらず筋肉の密度が高いようで、現時点で平均的な男子生徒を凌駕する筋力を持っていると思うが、同い年の女子と比べても体格が小柄なせいで、どうしても武器に振り回されがちなのだ。

 今のままでも経験の浅い同級生を相手にするのなら問題なく勝てそうではあるが、それより上の世代には通用しないかもしれない。多分、俺と模擬戦をした二年の先輩より身体能力は上回っていそうだが、戦ってみると互角か、いいとこ少し上という結果になるだろう。まあ、それでも一年の女子と考えればすごいことだろうけど。


「……参考にさせてもらうわ」


 エリカも言いたいことはあったのだろうが、実際に俺に全く歯が立っていない以上、その以上の強さを持つディンドランさんにはどうやっても届かないと理解しているのだろう。それと、俺に言われなくても、両手剣が自分に合っていないのではないかと薄々気が付いていたのかもしれない。


 そう思いながら次の授業の準備を行い、担当の先生を待っていると、


「何だ!?」


 遠くから爆発音が聞こえた。ただ、音はかなり離れたところが発生源のようで気が付いたクラスメイトは少なく、音のした方ではなく大きな声を出した俺の方を驚いてみていた。


「ヴァレンシュタイン、あなたにも聞こえたのね?」

「ああ、何かが爆発するような音だったけど……あれは第二訓練場のある方角からだったと思う」


 エリカにはあの爆発音がちゃんと聞こえていたようで、唯一明確に反応した俺のところに確認しに来た。


「皆、事故にしろ事件にしろ、何か起こったのは確かなようだから、しばらくすれば先生が何があったか知らせに来るはずよ。余程のことでない限り、教室で待っていた方が安全だわ。先生が来るまで大人しく待っていましょう」


 エリカが俺のところに来て爆発音があったことを確認したせいで、音に気が付かなかったクラスメイトたちが何か不測の事態があったのだと慌てだしたが、エリカが落ち着くように言い聞かせて教室で待機することに決まった。

 クラスの中心人物となっているエリカが指示を出したことで、皆大人しく従ってはいたが、外が慌ただしくなるにつれて、また少しずつ落ち着きを無くし始めていた。そんな時、


「全員そろっているな」


 ようやくブラントン先生が教室にやって来た。


「外の様子で気が付いていると思うが、第二訓練場で魔法の訓練中に事故が起こった。原因は威力の高い魔法を使おうとして失敗し、暴発させてしまったからだ。今回の事件で、魔法を行使しようとした生徒以外にも怪我人が出ている。皆も、無理して魔法を使おうとはするな。今回のは運よく怪我人で済んだが、一つ間違えれば死人が多数出ていてもおかしくはない規模だったからな」


 外の慌ただしさから、もしかすると犠牲者が出たのではないかと思っていたが、今回は怪我人だけで済んだようだ。まあ、先生はどの程度の怪我だったのかまでは言っていないので詳しくは分からないが、死人が出ていないだけでそれなりに酷い怪我人は出たのだろう。


「今回の事故により、当面の間第二訓練場は使用禁止となった。その為、今日の午後に行われる予定だった魔法の訓練は中止となる」


 通常は戦闘術と魔法の実戦訓練は別々の日に行うものなのだが、それぞれ初日ということで雰囲気だけ味わうという理由で特別に同じ日に行うことになっていたのだ。

 初日なので俺は魔法の訓練も楽しみにしていたが、クラスメイトの大半は戦闘術の訓練で疲れているのでほっとしているかもしれない。


「先生、それでは午後の空いた時間は何をするんですか?」


 エリカが皆を代表する形で聞くと、


「自習だ。本来ならこういった場合は時間の空いている教師が来て代わりの授業をするのだが、事故の後処理でそれどころではなくてな。学園から出なければ好きにしていいと学園長から言われている。ただし、あくまでも自習だからな。後で何をしていたか、それぞれ報告してもらう」


 そんな答えが返ってきた。ただ、自習をしようにも、それほど授業が進んでいるわけではない(中にはまだ受けていない教科もある)ので、特にやっておきたいと言うものがない。なので、


「先生、質問いいですか?」

「なんだ、ヴァレンシュタイン?」


「学園内なら動き回っても大丈夫ですか?」

「何だ、学園見学でもするつもりか? 迷惑にならなければ構わないぞ。ただし、どこを見学したか教えてもらうがな」


 と先生が笑うと、クラスメイトたちから、「その手があったか!」といった声が聞こえてきたが、


「いえ、見学ではなくて、走ろうかと思います。入学してから、満足な運動が出来ていないので」


 と言ったところで「またやってしまった!」と、思わずエリカを見てしまった。案の定エリカは、俺を鋭い目つきで睨んでいた。


「まあ、いいだろう。それでも、どこでどういった運動をしたのかの報告はしろよ」


 と、先生は俺の失言に気が付いて呆れた顔をしながら許可を出してくれた。


 そして昼の休憩時間の半ばで着替えて更衣室から出たところで、


「待ちなさい、ヴァレンシュタイン! 私()()も、あなたの運動とやらに付き合わせてもらうわ!」


 エリカに捕まってしまった。しかも、(話そうとしたことはあるが)話したことの無い三人のクラスメイトが、運動着に着替えてエリカの後ろに立っていた。


(確か……入学式の時に、エリカの近くに座っていた三人だったな。名前は……知らね)


「まあ、いいけど……運動と言っても、走り回るくらいしか出来ないと思うぞ」


「それでもいいわ」


 と、全員が了承したので外に向かうと、


「ジーク、ちょっと待ちなさい」


 またも呼び止められてしまった。そして今度の相手は、


「学園長、何でしょうか? これから走りに行くので、話は後にしていただけるとありがたいのですが」


 エンドラさんだった。


「ええ、ブラントン先生より聞いていますので知っています。単刀直入に聞きますが……あなた、自習で外を走るとか言って、事故現場を覗きに行くつもりでしょう?」


 やべぇ、バレてた……とか思っていると、エンドラさんは俺の近くにいたエリカたちを見て、


「エリカ・フランベルジュさんね。あなたも……ではないみたいね。いいですか、学園長として命じます。絶対にジークを第二訓練場付近に近づけてはなりません。もし近づけたら……あなた方の成績にも反映させなければなりません。ジーク、分かりましたね?」


 ずるいやり方だと思うが、エリカたちにまで迷惑が掛かるのなら行くことは出来ない。元々あれだけの爆発がどういった魔法が原因で起きたのか少し気になっただけなので、リスクを負ってまで行うことではないからだ。


「分かりました。学園長の指示に従います。でも、可能性が残っているからと言って、外で運動するなとまでは言いませんよね?」


「ええ、第二訓練場に近づかなければ、どこで何をしようと構いません。でもそうね……走るのなら、この校舎に沿って走るといいわ。それで大体一km程かしらね。でも、お勧めは途中で運動場の外周を回るコースね。それなら起伏もあって訓練に向いているし、距離も二kmと少しくらいよ」


「では、その学園長のお勧めコースにするとしましょう」


「今からだと、二時間無いくらいね。ジーク、十周は走って来るのよ」


 十周となると、大体二十数kmか……下手すると三十kmくらい走ることになるかもしれないな。まあ、いけるかな。


「了解でーす。俺はすぐに走り始めるけど、フランベルジュたちは自分たちのペースで始めて構わないからな」


 そう言って走り始めると、


「ちょっと待ちなさいよ! 学園長、失礼します」


 と言って、エリカも追いかけてきた。それに続くように他の三人も学園長に挨拶してから走り始めたようだが……


「初めから飛ばすと、後がきついぞ」


「余計なおせっかいよ!」


 四人共すぐに俺の横に並んだ。しかし、自分のペースではないみたいなので、どこまで持つかというところだろう。


「一周で十分ちょっとくらいか、あと少しペースを上げても大丈夫かな?」


 今走ったのが二km半といったところなので、もう少し早く走れば十周は余裕だろう。


(と言うか、この年齢で二十数km走るだけでもすごいことだと思うんだけど……それを二時間以内でって、エンドラさんはかなりの鬼畜だよな)


 などと考えながら、二周目に入ったところで少しペースを上げると、


「くっ!」


 エリカもすぐにペースを上げてくらいついてきた。他の三人もだいぶ遅れてはいるが、まだペースは落ちていないようだ。まあ、そんな三人には、三周目に入って少ししたところで追い抜かしてしまったけれど。


 エリカは二周目までは俺の後ろについていたが、三周目に入る頃には半周くらいの差がついていた。そしてそのまま、俺は何度もエリカを追い抜かし、


「十二周目っと……これ以上は時間的に無理だな」


 体力的にはまだいけるが、あと少しで走り始めて二時間が経つので今日はこれまでだ。


「げほっ……げほっ……」


 途中から意地だけで走り続けていたエリカは、俺が走り止める直前で抜かしていたのですぐにスタート兼ゴール地点に戻ってきた。ただ、戻って来ると同時にその場に倒れ込んだ。意識はあるようなので大丈夫そうだが、しばらくは動くことが出来そうにない。まあ、俺のペースに合わせて途中まで走り、遅れ始めてからも出来る限りの速度を出していたようなので、体力がほぼ空の状態なのだろう。おまけに午前中には戦闘術の授業があったので、最後まで走ることが出来たのは素直にすごいと思う。


「他の三人……も駄目そうだな」


 エリカと一緒に参加した三人は、俺たちよりも先にダウンしてとっくにゴール地点で休んでいたが、まだエリカを連れて行くほどの体力は回復していないみたいだった。


(流石に俺が運ぶわけにもいかないし……誰か呼んでくるのがいいかな?)


 そう考えて、教室に行って誰か呼んでこようかとしたところ、


「お疲れ様、ジーク」


「お疲れ様です、先輩」


 校舎からエレイン先輩が声をかけてきた。ゴールした時に先輩の気配は感じなかったから、俺たちがゴールするのをどこか離れたところから見ていたのだろう。


「エリカは私が運ぶわ。だから、ジークは先に教室に戻りなさい」


「分かりました。お願いします」


 先輩には申し訳ないが、女性のことは女性に任せるのが一番ということで、先輩の言葉に甘えて俺は先着替えて教室に戻ることにした。


「ヴァレンシュタイン……あなた、化け物じみた体力をしているのね」


 体力の限界まで絞り出したエリカは、終礼が終わるギリギリになってようやく教室に戻ってきた(先生には先に戻ってきた三人が理由を説明していた)が、放課後になって先生が居なくなると、脚を震わせながら俺の方へとやって来た。


「ヴァレンシュタイン騎士団では、週に何度かあれ以上の距離を強制的に走るぞ。それで、終わったら筋肉の疲労だけを魔法で回復させられて、別のトレーニングだな」


 魔法では筋肉のダメージしか回復することが出来ないので、体力がない状態で次の訓練に移らなければならないのだ。しかも、その時は自分より弱い相手をした方が楽なので、最初の頃はよく俺が標的にされていたのだ……今思うと、肉体年齢が子供にするような訓練ではないよな。最初のランニングだけでも虐待にあたる気がする。


(まあ俺の場合、ヤバい時はダインスレイヴで体力を回復させるという裏技があったけど……あれの性能が皆にバレてからは、使用後はガウェインかディンドランさんにぶっ倒れるまで相手をさせられていたからな)


 あんな生活を成長期に入る前から続けていれば、嫌でも化け物じみた体力が付くだろう。


「つまり、それくらいのことをやれば、私にもあなたくらいの体力が付く可能性があると?」


「まあ、個人差はあるだろうけど、やらないよりはやった方がいいに決まっているな。もっとも、俺と同じ方法はお勧めしないし、したくても出来ないと思うけど」


 あの方法は自前で体力回復の手段があることが大前提なので、やれる人間はかなり限られる。ちなみに、普通の回復魔法では、怪我の回復と肉体疲労を取り除くことは出来ても体力はほとんど回復しない。


(最初は肉体疲労が無くなれば同時に体力が回復するはずだと思っていたけど、よくよく考えれば、機械を完璧に整備をしても燃料がなかったら動かないよな)


 ただ、例外的に体力を回復させる方法もあって、それがダインスレイヴのような道具の効果だったり、相手の生命力を奪い取るような魔法や種族的な特徴だったりするものだ。

 道具は『精神具現化武具』の場合がほとんどだが、ごく一握りではあるが職人の中には特殊な方法でそう言った効果を持つものを作れる者もいるそうだ。

 魔法に関してはダインスレイヴとは少し違い、種類が少ない上に直接触れなければならないものばかりなので使い勝手が悪いらしいが、使いこなすことが出来ればダインスレイヴを使った時の俺のように、休憩なしで長時間の活動が可能になるらしい。

 種族的な特徴に関しては、主に吸血鬼のような魔物のことを指すのだが、中には魔法の失敗や薬物といった外道な方法で身に付いた人間も含まれるそうだ。


「とにかく、あなたと同じように動くことが出来れば、ディンドラン様に近づくことになるのね」

 

 ディンドランさんはガウェインと同じような規格外の人間なので、俺と同じように動くことが出来たからと言って、ディンドランさんに近づいたことになるのかは分からないが、エリカに目標が出来たのはいいことなのだろう。


「これからも、あなたの訓練に付き合わせてもらうわ!」


 俺が巻き込まれることが決まったのを除けば……

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