第五話
「この歳になって叱られるのは、なかなか貴重な体験ね。まあ、次は遠慮したいけど」
流石に事故とはいえ勝手に地形を変えたのはやりすぎだったらしく、俺とエンドラさんはウーゼルさんから別室で叱られてしまった。
もっとも、叱られたというよりは、多少の注意とたっぷりの嫌味を言われたという感じだ。
ただ、ウーゼルさん的にエンドラさんよりも俺の方が言いやすかったらしく、割合的には俺の方が嫌味を言われた量は多かった気がするので、俺はエンドラさん程気楽な気持ちではなかった。
「それはそうとして、ジークが同年代の女の子に自分からあいさつするのは珍しいわね」
「マリのことですか? 彼女とは中等部の時に実習でパーティーを何度か組んだことがありますし、その後でエリカに紹介したので接点があったんですよ。パーティーでも会いましたし」
まあ、紹介したのと顔を覚えていたのは本当だが、卒業パーティーの時まで名前を忘れていたというのは言わなくてもいいだろう。
「成程ね、フランベルジュさんがらみというわけね。ただ、そうだとしても彼女の重要度は一つ上がったでしょうね。そして、将来的にはもっと跳ね上がるわね」
「俺やエリカと知り合いだからですか?」
「そうよ。正確には、『今代の黒のジーク』と個人的に知り合いだと周囲に知られた時ね」
「確かに、エリカはともかくとして、俺は同年代どころか個人的な知り合いが少ないですからね」
自分で言ってむなしくなるが、それは事実なので仕方がないだろう。そもそも、学園に在籍中は上手く周囲と打ち解けることが出来なかったし、エリカを除いた同年代よりも、エレイン先輩やシドウ先輩たちとの方が親しかったと言えるくらいだ。
そう考えると、エリカを挟んでいるとはいえ親しいとギリギリ言えるくらいのマリは、周囲からすると貴重な俺とのパイプとなりえる人物に見えるのかもしれない。もっとも、今はまだウーゼルさんに目を掛けられている男爵程度の認識だろうけど。
「私の時も大変だったわ。いきなり、学生時代の友人だったとか言い出したのが、雑草みたいにあちこちから生えてきたわ」
確かに、俺も男爵位を得たというだけであれだけ言い寄られたのだから、さらにその上の……それこそ、金があっても実績があっても得ることの出来ない『今代』の称号となれば、すり寄ってくる奴はそこら辺から現れるだろう。まあ、将来のことを考えると他人ごとではないが、今からその対策と覚悟をする時間があるだけマシだろう。
「それにしても、叱られはしたけれど、訓練を今日やって正解だったわね。五日以内には向こうに到着してほしいだなんて、陛下も無理を言うわね。まあ、それだけファブールの動きが無視できなかったというわけでしょうけど」
両国がけん制しつつ水面下で戦力を集めていた状況だったのが、ここにきて急にファブールが軍を一気に派遣する動きを見せたと、ファブールに潜入しているスパイから報告があったそうだ。
しかも、ファブールはこちらの予想を上回る軍の派遣をもくろんでいるようで、向こうが戦力を揃える前に何とか占領されている街を取り戻して、ファブールを追い出してほしいとのことだ。
流石にウーゼルさんも無茶を言っている自覚はあるそうで、場合によってはエンドラさんにも派遣要請したいとのことだった。
「私としては参加してもいいのだけど、そうするとジークの目的である今代の雷を仕留めるのが難しくなるわね」
「そうですね。俺たちだけか、もう一軍くらい増えるだけなら今代の雷はとどまる可能性がありますが、エンドラさんが出てくるとなると、すぐに逃げ出すでしょうね」
今のところ、今代の雷が占領している街から出て行ったという報告は来ていないそうなので、まだ残っている可能性が高い。
ただ、そこにエンドラさんが動くという話が伝われば、あいつのことだから危険は冒さずに街を去るだろう。
何せ、俺に致命傷になりかねない傷を負わせながらも、危険があると判断すれば一目散に逃げるような奴だ。あの時以上の危険が迫るとなれば、いつまでも占領した街に残るはずがない。
「だから、私が動くのはジークが失敗して連合軍が危険な状況にさらされた時か、ファブールの援軍が送られたときね。ただ、陛下も言っていたけど、何故急に強気な態度になったのかが気になるのよね」
エンドラさんは、腑に落ちないと言った表情をしているが、それは単にファブールが今代の雷を得たからではないかと俺は答えたのだが、
「それにしても、少し強引すぎる気がするのよね。ジークは知らなかっただろうけど、あの国は長年我が国の属国扱いだったのよ。まあ、向こうから戦争を仕掛けてきて負けたのだから、滅ぼされなかっただけありがたく思いなさいと言ったところだけど……もっとも、表向きは友好国みたいに表現していたけど、それくらい力の差があったのよ。それが急にこんなことになって……今代の雷一人の登場で、ファブールが戦争を起こそうとするのは違和感があってね。私が国の王なら、まずは今代の雷をちらつかせて、次に立場の向上を求めるわね。それで駄目なら、戦争を起こそうとするかもしれないけれど」
確かにそう言われると、ファブールの動きは性急な気がする。
個々の力量を考えた時、今代の雷よりもエンドラさんの方が経験や戦闘力が上だと思うが、今代とつくだけで無視できるものでは無く、エンドラさんにぶつけなければ王国にそれなりのダメージを与えることが可能なはずだ。
それこそ、王国の地理、特に王都に詳しいものを仲間に引き込んで、城を少人数で襲撃するなどのやり方がある。
なので、交渉をすっ飛ばして戦争に直結するようなことを始めた理由で考えれれることと言えば、
「王国以上か同等の戦力が後ろ盾に着いたということですかね?」
王国を敵に回しても勝てる可能性を手に入れたということだ。
「そうね。そう考えるのがしっくりくるわ。その場合、東の隣国『イーデン』は古くからの同盟国で、過去に何度か王室が婚姻関係を結んでいるから考えにくく、北の『キューリー』はイーデンと同じく同盟を組んでいて、王女がアーサー王太子殿下の婚約者として内定しているから、こちらも考えにくいわね。後は、西の端にある聖国だけど……こちらは王国との仲が微妙だけど、直接動くことは無いはずよ。そんなことをすれば、バルムンク、キューリー、イーデンにいる信者が離れる可能性があるからね。そうなると……残るは東の『クラレント帝国』ね。これが後ろ盾になっていると思うわ」
クラレント帝国は、バルムンク王国よりも歴史は浅いものの、ここ数十年で王国以上の国土と軍事力を手に入れた国だ。しかも、属国として支配している国と地域が複数あるので、それらを合わせると国土は王国の三倍近くまでなる。
その為、バルムンク王国は、二十年ほど前から北のキューリー王国と西のイーデン王国との同盟を強めていて、アーサーがキューリーの王女と婚約しているのも同盟強化の一環だろう。
ちなみに、俺が初めてウーゼルさんたちと出会った時、ウーゼルさんたちは丁度キューリーへ訪問した帰りだったそうだ……と言うか、
「俺、アーサーがキューリーの王女と婚約しているって、初めて聞いた気がするんですけど?」
アーサーに関する初耳情報に驚いたせいで、ファブールの話が頭から飛んでいきそうになってしまった。
「あ~……もしかすると、内定したのは最近の話だから、正式に決まるまで外部に話が漏れないようにしていたのかもね。それか、本決まりになる前に殿下はジークに伝えるつもりだったかもしれないけれど、丁度ジークが国を出ていたか、男爵への叙爵から今回の戦争でバタバタしていたせいで、伝えそびれたのかもしれないわね」
エンドラさんはそんな風に言っているが、口ぶりから婚約の話は事前に知らされていたみたいで、少し慌てながらアーサーをフォローするようなことを言っているが……もしかしたら、俺相手でも話してはいけないことをつい漏らしてしまったのかもしれない。
「……今からアーサーを問い詰めに行ってきてもいいですか?」
「やめてちょうだい!」
少し鎌をかけるつもりで、アーサーに突撃しに行くふりをしたところ、エンドラさんが慌てて俺の肩を掴んで止めてきたので、やはり漏らしてはいけない話だったようだ。
その後、口止め料としてエンドラさんに少しお高い店の料理を心行くまでごちそうしてもらい屋敷に帰ったところ……城からの報告を受けて待ち構えていたカラードさんとサマンサさんに帰りが遅いとしこたま怒られたのだった。
「それではジーク、気を付けてな。バンにはこの手紙を渡してくれ。ディンドランも、頼むぞ」
「「了解しました」」
ウーゼルさんから叱られた二日後、俺たちはファブールとの戦争の為に移動することになった。
ただ、子爵軍の本隊ともいえる領地から軍とは道中で落ち合い、その後でフランベルジュ家と合流する予定になっている。他の連合軍に参加する者たちとは、戦場となるであろう場所から十数km離れた街で合流し、そのまま作戦会議の予定だ。
「それじゃあ、出発!」
俺の号令で、王都の子爵邸から参加する騎士五十人が移動を開始した。
本来なら、連合軍に参加する家で王都から出発するところは一緒に移動した方が安全で効率がいいのだろうけど、大半が王都から離れた領地にいる兵と合流してから目的地を目指すことを選択した為、領地が近く比較的仲の良い家以外は、王都を出るタイミングがそれぞれバラバラになってしまったのだ。
多分だが、少数で参加する家は、他のところと一緒に行動することで、人数や爵位などによる上下関係が道中でできてしまうのを嫌がったのだと思われる。
ただ、ヴァレンシュタイン家はあの合同訓練でフランベルジュ家とそれなりに親しくなり、互いに爵位の差をあまり気にしていなかったので、出来るなら目的地まで一緒に向かいたかったのだが、それぞれの本隊が領地から呼び寄せる関係上、同時に出発しても途中で別れることになってしまうので、それなら一緒に移動するのは互いに本隊と合流してからにしようとなったのだ。
「バンさんたちとの合流地点までは、余程のトラブルがない限り今日中に着けるな」
「普通なら二日かけるところだけど、そこはジークのおかげね」
王都から合流地点まで、普通に行けば一日半はかかるところだが、それは通常の馬車に荷物を載せて移動した場合だ。
荷物は、食料や水なら行く先々で調達することも可能で、薬なども不安はあるものの同様に買い集めるという選択も出来る。だが、武具に関してはそうもいかない。
ヴァレンシュタイン家は貴族である以上、その軍が寄せ集めの武具をまとって戦に参加することは許されないのだ。
百歩譲って武器に関しては仕方がないとしても、それはあくまでも武器が壊れたなどの不測の事態の場合であり、所属を示す防具はそろいのものでないと、他の貴族の笑いものになってしまう。まあ、それも不測の事態が起これば仕方がないのかもしれないが、最低でも開始時は揃えておかなければならないだろう。しかも、その不測の事態をなるべく回避しようとすれば、それなりの数の予備を持っていかなければならない。
その為、一番荷物の中で重くて負担になるのは武器と防具である。
だが、それも俺のマジックボックスなら、道中は最低限の装備を身に付けるだけで済む。まあ、それでも馬への負担はあるのだが、予備の武具や道具、それに食料や薬を馬に負担を掛けずに運べるのは、かなりの移動速度の向上につながる。
なので、一日もあれば到着できるというわけだ。ただ、それでも予想外の出来事が起こった時の為に、合流には一日の余裕を見ているが、それでもフランベルジュ家との合流予定日には余裕があるはずだ。
「とりあえず確認だけど、馬の休憩以外は基本的に移動に充てて、何かしらのトラブルで遅れる場合は、その組は後から合流ということで間違いないね」
事前に五十人を五人一組に振り分けて、一人が何かしらのトラブルで遅れるようなことがあれば、残りの四人と対処するという風に決めたのだ。
これならよほどのことがない限り、バンさんとの合流地点に全員で遅れるということにはならないだろう。
「あそこが目的の町だけど……遅れているのは?」
予定通り、俺たちはその日の内にバンさんたちとの合流地点までやってくることが出来た。ただ、全員が揃って問いわけではなく、何組かが仕方のない理由で遅れている。
「マルクの班とキャスカの班、それにケイトの……班は、今追いついたみたいね」
「把握している班のみ遅れているということか……なら問題ないな。ケイトたちみたいに、もう少ししたら追いつくだろうし」
実はここに来る途中で、俺たちは一度盗賊と交戦している。
もっとも、盗賊たちに遭遇したというよりは、向こうが商人の一団を襲っているところを見つけたので、こちらから襲い掛かったというところなのだが、運の悪いことにそれなりに有名な盗賊たちだったらしく、こちらの馬が三頭程やられてしまったのだ。
しかし被害は馬だけで済み、十分ちょっとくらいの時間で二十人程いた敵のせん滅に成功したのだが、助けた商人たちが王家と繋がりのある商会に所属していた為、流石にそのままにしていくことが出来ずに、マルクとキャスカの班を護衛に付けて近くの街まで送り届けることにしたのだ。そのついでに、その街の警備隊に盗賊たちの報告と主だった者たちの首(これは襲われていた商人に確かめて選んだ)の提出も頼んだ。
ただ、その街が俺たちの進行方向とは逆になる為、二班は大きく遅れることになったのだった。
そしてケイトの班はというと、殺した盗賊たちの死体の処理係として残してきた。あのまま放っておけば魔物や獣が集まってくるだろうし、万が一疫病が発生しようものなら、未処理のまま離れたことが知られるとヴァレンシュタイン子爵家の責任問題になりかねない。
面倒臭い役回りだが、くじ引きで決めたので全ては当たりを引いてしまったケイトの責任だし、穴を掘って死体を放り込み、油を撒いて火をつけるだけなので、いつもの訓練よりは楽だろう。
まあ、その代わり護衛の報酬として、商人にやられた馬の代わりを用意してもらえることになったし、盗賊を退治したことで得られるであろう報酬を、遅れてくる三班に少し多めに分配することにしたのだ。
「それじゃあせっかくだし、ケイトの班を待ってから隊列を組みなおして町に入ろうか」
「了解……総員、整列! ケイト、そのまま後ろに並びなさい!」
ディンドランさんの号令で、それまで笑顔で談笑していた騎士たちが一瞬で真顔になり、馬を巧みに操って三列に並んだ。
こういった場合、一番もたつくのが俺なのだが、皆が俺の後ろに並ぶ形だったので急ぐ必要がなかった為、全員が並び終わってからゆっくりと馬を歩かせた。
「ディンドランさん、先に町に行って事情の説明をしてきて。多分事前に話は伝わっているとは思うけど、念の為にね」
「分かったわ」
指示を出すと、ディンドランさんはすぐに馬を走らせて町へと向かっていった。
正式に決まっているわけではないが、ディンドランさんは俺たちの部隊では副隊長のような役割を担っている立場になるのだが、こういった時はある程度立場が上で、なおかつ相手が一般人の場合はなるべく怯えさせないように女性が先ぶれになった方がいいと思い頼んだが……実際のところは、俺たちの部隊どころか王国全体でも上から数えた方が早いと言われるくらいの実力者なので、正体が知られていれば逆効果になることもあり得るかもしれない。
ただまあ……俺としてはディンドランさんが一番頼みやすいので、これからも正体がバレないことを祈りつつ、今後もこう言った役目を担ってもらいたいものだ……その分、色々とねだられるのは仕方がないとしても。
その後、戻ってきたディンドランさんが言うには、町に連絡は行っているもののバンさんたちはまだ到着しておらず、最低でも予定日である明日まで待機することになった。
ただ、滞在中の食料などはこちらで用意していたものを使おうと思っていたのだ。だが、雰囲気的にどうも町にお金を落として行ってほしいらしく、各々で町の食堂などを利用することにしたが……必要経費だとディンドランさんが言い出したことで、一時的にとはいえ俺の財布から代金を支払う羽目になってしまった。
まあ、田舎の方にある町なので物価は安いし、王都で見るような高級な店や娼館のように別の代金がかかるところはないので安心していたら……あいつら、ここぞとばかりに腹がはちきれるまで飲み食いしやがった。
ということで、俺はその恨みを忘れないように夜に報告書にまとめ、帰ったらカラードさんに提出してやろうと思う。
子爵軍の必要経費と言われた以上、俺が個人で手出しするのはおかしな話なので、子爵様に報告する義務があるはずだ。
なお、その可能性に気が付いていた一部の騎士たちは常識の範囲内で飲み食いしていた為、個人的にやり過ぎだと思う騎士の名を数名報告書に載せておくことにした。ちなみに、その筆頭は俺のおごりだと勘違いした言い出しっぺのディンドランさんである。
「ばれない……無くさないようにマジックボックスに入れてっと……さて、寝るか」
バンさんたちがいつ来るか分からないが、場合によっては夜中に到着し朝早く町を出る羽目になるかもしれないので、今日は夜更かしなどせずに寝るのがいいだろう。
そう考えて、いつもより早い時間に寝たのだが……俺の予想は大当たりし、寝てから数時間後の夜中に到着したバンさんに叩き起こされた上にそのまま着任の挨拶と軽い打ち合わせをさせられたせいで、その日のディンドランさんは完全に寝不足状態で疲れた表情をしていたのだった。




