第十四話
「え~っと……それじゃあ、ランスローさんとディンドランさんで」
「何でだよ!」
フランベルジュ伯爵家との合同訓練で、こちらは騎士団から三十人を連れて行くことになったのだが……その際、ヴァレンシュタイン子爵家の三枚看板をどうするかという話になった。
三人の内、誰かを連れて行くのは確定だったのだが、それが一人なのか二人なのか、それとも三人共連れて行くのかという話になり、流石に三人も連れて行くと何かあった時の初動に問題が出る可能性が高いということで、二人までにしようとなったのだ。
それでガウェインたち三人で話し合った結果、初めてのことなので全員が参加したいと言うことになった。
正直、こういった場合はランスローさんが他の二人に譲ってしまうのではないかと思っていたのだが、意外なことにランスローさんはかなり乗り気だった。
まあ、前に俺を迎えに来る時に外されていたし、俺が今代の雷に襲われた時もディンドランさんだけだと思ったら、予想外のトラブルによって途中までガウェインまで合流したので、三人の中では息抜きの時が少なかったというのも関係しているのかもしれない。
そう言った理由から、合同訓練に誰が参加するのか決まらなかったので、カラードさんによって今回の責任者である俺が決めるように言われたのだ。
なので、即決でガウェインを外すことにした。
「当然だ」
「当然ね」
納得がいかないと騒ぐガウェインをよそに、二人は選ばれて当然と言った感じで頷いている。
「一応説明しておくけど、今回は子爵家にとって初の試みらしいから、今後のことを考えてヴァレンシュタイン騎士団の中でも実力者と言われている人はなるべく連れて行きたい」
伯爵家と子爵家で爵位に差があるものの、武力に関してはこちらが上と言われているし、実際にそうだと思う。
それに、伯爵としてもそれを見込んで今回のことを計画している節があったから、こちらとしては代表的な戦力である三人の内、出来る限り多く連れて行きたい。
そうなると連れて行くのは二人で、その内ディンドランさんは向こうにもエリカの他にも女性騎士が居るとのことなので確定だ。
そうすると後はガウェインかランスローさんのどちらかということになるが……今回は初の試みと言っているように、出来る限りの情報を収集して今後に生かさなければならない。
それに、一応カラードさんもついてくることになっているが、訓練中の騎士団への指示は俺が出すことになっているので、俺の未熟な部分を補うという意味でも、二択となればガウェインよりも確実に情報管理と指揮の補佐に優れているランスローさんを選ぶしかないのだ。
「ぐぬぬ……そう言われると言い返せないが……俺でも、やろうと思えば情報管理も指揮の補佐も出来るんだからな!」
俺の説明を聞いたガウェインは、一応納得したようなことを言った後で、悔しそうに負け惜しみみたいなことを言った。しかし、
「ほう……ガウェインは、私に変われるくらい情報管理に自信があると……それなら、普段の私に回ってくる仕事をもっと回しても問題ないな?」
などとランスローさんに言われ、すぐに後悔していた。
「まあ、ガウェインは放っておいて……ジーク、連れて行く団員はどう選ぶつもりだ?」
「まあ、一応参加したいと言う人から選ぶけど……」
「それだと全員手を上げるわね」
「だよね。だから、公平にくじか何かで選ぼうかと。ただし、男性二十に女性十くらいの枠を作って」
事前に聞いた話では、フランベルジュ家は王都の邸宅に騎士が百五十くらいいるそうで、今回はその内の五十が参加予定だそうだ。ただし、状況によっては出来る限り他の騎士も参加させたいと言っていたので、予定より増えることは確実だと思っていた方がいいだろう。
そしてその中で、女性騎士は見習いも含めて四十人程いるらしいので、どれくらいが参加するか分からないものの、こちらも三分の一程度は女性にした方がいいだろう。
ちなみに、うちの場合は基本的に全体の百に対して女性が二十前後になるらしく、その内の半分程という意味でも十人くらいが妥当な数だ。
「もっと女性枠を増やしてもいいと思うけど、うちの女性騎士に負ける向こうの男性騎士が可哀そうだしね」
と、ディンドランさんは向こうの騎士が聞いたら怒りそうなことを言っているが、実際に戦った場合、うちの女性騎士が向こうの男性騎士を負かす可能性はかなり高い。
何故ならうちの女性騎士たちは、魔法中心ではあるがサマンサさんが相当な実力者というのと、ディンドランさんが男性騎士に交じっても王国内でトップクラスの強さを持っているという影響からか、自然と女性騎士の実力も他所と比べ物にならないのだ。
それこそ他の騎士団のトップより、うちの女性騎士の方が強いということもあり得るくらいに。
まあ、全員がそうだとは言わないし、そもそもの話、魔法という概念があるこの世界において、性別の違いが個人の強さにあまり関係ないとも言える。
(そう考えると、女性騎士が少ないのは、単純に男よりもなり手が少ないからだろうな)
などと考えながら、俺たち三人はいじけるガウェインを無視して、他の団員たちにこのことの説明に向かったのだった。
なお、念の為挙手制にしてみたところ、ディンドランさんの言う通り全員が手を挙げた。そして、ガウェインがこっそりと混ざって挙手するという、悪あがきを見せていた。
「それじゃあ、そろそろ出発するか。ジーク、出発の号令を」
「全員、よく聞け! もし忘れ物などしたら、戻ってきた後で罰を与える。もしあったら、この後で取りに行け! ただし、忘れ物をした者以外は先に出発する。置いて行かれた者は、伯爵家に着くまでは猶予をやる。罰を回避するには、誰よりも先に伯爵家に到着しなければならない。つまり、仮に忘れ物をしたものが二人いた場合、最低でもその内の一人は罰を受けるということだ。なお、その罰は……訓練が終わって戻ってきた後で、あそこで俺たちを睨んでいるガウェインとの追加訓練だ。確認開始!」
カラードさんに号令を出すように言われた俺は、とっさに思いついたことを言ってみた。
それを聞いたカラードさんは驚いた表情をした後で呆れた顔をしていただけだが、他の団員たち(ランスローさんとディンドランさんを除く)は、驚いた顔をした後で俺の指さす先にいたガウェインを見て、顔を青くしていた。そのタイミングで、
「では、出発!」
俺は先陣を切って屋敷の門をくぐった。
今回の訓練は、伯爵家で行うことになっている。
八十人を超える騎士が訓練するには少し狭いが、一度に全員が動くわけではないので、物は試しと言う感じだ。
それに、割と急に決まったので、場所の確保が出来なかったというのもあるし、下手に外でやると他の貴族が偵察に来る可能性が高い為、不都合なことが起こるのを前提でやってみることになったのだ。
初めてのことだらけなので当然だが、それにしても雑な計画だな……と思っていると、
「ジーク、忘れ物で戻ったものが三名だ」
早歩きの俺に追いついてきたランスローさんが、そんな報告をしてきた。
急に決まった訓練だけど、準備する時間は十分にあったし何よりも騎士が忘れ物はだけだろう……と言うことで、
「総員、三列縦隊! そのまま駆け足! ランスローさん、前の方にいる十人連れて先行して、この先の曲がり角なんかに一人ずつ配置させて、本隊が目の前を通り過ぎるタイミングで一番後ろに合流するようにさせてください」
「分かった」
「ディンドランさんは本隊よりも先行し、何かトラブルになりそうなことがないかを見てください、無いようなら後ろのことは気にせずに、そのまま伯爵家を目指して構いません」
「了解よ!」
そう二人に指示を出すと、ランスローさんは三列になった騎士たちに簡単な説明をして、十人連れて走っていた。
なお、ディンドランさんは俺の指示を聞いたすぐ後に、笑顔を見せてからすごい勢いで走っていき、ランスローさんたちが俺を追い越していく頃にはもう姿が見えなくなっていた。
「ジーク、お前はなかなかえぐいことを考えるな……あれでは、遅れてくる三人は罰が決まっているではないか。まあ、自業自得だが」
俺が二人に指示を出すところを黙って聞いていたカラードさんが、二人が居なくなってから後ろに聞こえない程度の声で話しかけてきた。
「まあ、これが子爵家だけの訓練ならいいですけど、伯爵家も関わっていますからね。それくらいは仕方がないかと。それに、忘れ物をした三人は当然として、本来なら駆け足で済んだところを、途中途中ではありますけど、全員が全力疾走しなければいけませんから、連帯責任の意味もありますし……ああ、もしきついようなら、カラードさんはゆっくり来てもいいですよ?」
忘れ物自体は個人の失態だが、集団で動いていた以上、個人の失態は全体の失態という連帯責任が発生する……という建前で、俺は思いついた悪戯をしているのだ。
それに気付いていたらしいカラードさんは、またも呆れたような顔をしていたので、またも俺はちょっとした悪戯心が湧いてきて、少し挑発気味に返してしまったのだ。すると、
「ジーク、あまり俺を年寄り扱いするなよ? 俺も団員たちと同じことをしてやろうじゃないか!」
と、挑発に簡単に乗ってきた。
普段のカラードさんなら、これくらいでむきになることなどないが、参加はしないとはいえ、やはり今回の合同訓練には興奮していたようだ。
その後、ランスローさんが配置した団員が本隊と合流するたびに、前の方にいた者が一番先まで全力で走り、本隊が目の前を通過すれば合流する……というのを繰り返した結果、伯爵家に到着する頃には、俺たちはすでに訓練したかのように汗だくで息を荒げていた。
なお、遅れてきた三人はというと、伯爵家まで半分くらいのところで俺たちに合流することが出来、本隊と同時に伯爵家に到着することが出来た。
その際、三人の内一人が俺の言っていたことを思い出したようで、最後の最後で本隊の先頭に躍り出て一番乗りを果たした……ように見えたが、門の影で待ち構えていたディンドランさんを見た瞬間、膝をついてうなだれていた。
「よく来てくれたヴァレンシュタイン子爵、ヴァレンシュタイン男爵、今日はよろしく頼む……何故皆そろって汗だくなのだ? 今日は雪が降りそうなくらいなのに?」
ディンドランさんん到着から知らせが言っていたのか、伯爵がわざわざ門のところまで出迎えに来てくれた。そして、汗だくの俺たちを見て不思議そうにしていた。
「いや、みっともないところをお見せして申し訳ありません。実は、ジークの悪だくみで年甲斐もなくむきになってしまいまして」
カラードさんは、額の汗をぬぐいながらさらりと俺のせいにしてきた。まあ、間違ってはいないけど。
それを聞いた伯爵は、楽しそうにカラードさんから詳しい話を聞いていたが、その間俺たちは門の前で待機させられていた。もっとも、伯爵家までのランニングで疲れた者にはいい休憩時間だった……が、
「お父様、子爵家の皆様をいつまでも門の外で待たせるのはどうかと思いますが?」
背後から現れたエリカの言葉に、話に夢中になっていた伯爵はハッとした表情になり、急いで俺たちを門の中へと入れて、伯爵家の騎士たちが待っているところへと案内してくれた。
「今日はよろしく頼むな、エリカ」
「……そうね。こちらこそよろしく」
伯爵家の知り合いなど、エリカと伯爵、それにエリカの弟とこの間来ていた騎士しか知らないので、少し迷惑をかけるかもしれないと思いエリカに声をかけると、何故かエリカは不機嫌そうな顔で、そうそっけなく答えた。
「ジーク、あなたエリカに何かしたの?」
「女性には優しくしないといけないよ」
と、少し足早に離れていくエリカを困惑しながら見送っていた俺に、ディンドランさんとランスローさんが小声で声をかけてきた。
「いや、心当たりがないんだけど……」
何かしらないところで怒らせたという可能性はあるが、その何かが本当に心当たりのない俺は、二人にそう答えることしかできなかった。
「それでは、今からフランベルジュ伯爵家とヴァレンシュタイン子爵家、およびヴァレンシュタイン男爵家の合同訓練を行う」
伯爵がそう宣言すると、歓声の代わりに大きな拍手が起こった。
一応、伯爵家の中心辺りにある大きな広場で訓練をするのだが、この人数で同時に声を出すと流石に近所迷惑になるので拍手のみと事前に決められていたからだ。
なお、本来なら俺は子爵家の一員という形で数えられるはずなのだが、伯爵の厚意で名前が呼ばれたのだろう。ただ……そうすると数の上で伯爵家五十、子爵家二十九に対し、男爵家は俺一人という、もしも対抗戦のようなものが行われた場合、圧倒的に不利どころの話じゃないことになりそうだが……まあ、その時は全力で逃げるしかないな。
伯爵による宣言の後は、カラードさんがこの後の流れを軽く説明して訓練が開始されるのだが、予定では準備運動がてら軽いランニングを行うことになっていた。ただ、
「うちの奴らは張り切り過ぎてすでに体は温まっているし、そちらも同じならランニングは無しでいいんじゃないか? それに、どうせ全員が同時に動くことも出来ない以上、余る奴は当然出る。だから、動ける奴らからどんどんやらせていって、まだという奴は端で準備をさせる……という感じで、最初から実戦形式の訓練でいいと思うぞ」
という伯爵の提案で、早々に実戦形式の訓練に入ることにした。その結果、
「流石連チャンはきついな……今の出半分を超えたか?」
何故か俺のところには集中的に相手が集まり、連続で折り返しくらいの人数を相手にするハメになった。なお、基本的に今回の訓練では、子爵家は伯爵家の騎士と、伯爵家は相手が埋まっている場合以外は子爵家の騎士を相手にすると決めていたので、今のところは俺に向かってくるヴァレンシュタイン騎士団の連中は居ない。あくまでも、今のところは……だが。
「それで、次は……お?」
「よ、よろしくお願いします」
次の相手として俺の目に立ち塞がったのは、エリカではなくその弟のエイジだった。
エリカのことだから、そろそろ来るかと思っていたのだが、先を越されたのかそれともディンドランさんの方に行っているのか知らないが、俺としてはかなり意外だった。
何せ、エイジは前の卒業試験の時に俺にひどい目に合わされているし、その後も伯爵やエリカだけでなく、知り合いや派閥の貴族たちに睨まれていただろうから、ある種のトラウマになっていてもおかしくないからだ。
まあ、かすかにふるえているところを見る限りでは、自分の意志というよりは誰かに言われたか場の雰囲気で来てしまったかと言ったところかもしれない。
「よし、来い!」
「は、はい!」
エイジは初めて会った時と比べると、全くの別人ではないかというくらい素直で大人しかった。しかも、武器も大剣から片手剣に変えているので、マジで双子なのではないかと一瞬思ったくらいだ。
「まあ、前よりもマシになったか。これだったら、高等部でもトップクラスを守れるかもな」
前にやった時とは違い、今回は大振りはせずに小さく鋭く剣を振り、かなり慎重な立ち回りを心がけているようだ。ただ、そのせいで一撃が軽い。
武器が軽くなって大振りもしていない分、速度はかなり上がっているようだが、それで攻撃力が落ちてしまえばあまり意味は無い。まあ、今は自分に合ったやり方を試行錯誤している段階なのかもしれないから、それもまた勉強ということだろう。
このままの速度を保ちながらもう少し威力を上げるか、もしくは関節や鎧の隙間を狙えるくらい精度を上げることが出来ればな……と思っていると、連続で剣を振るっていたエイジの動きが見る見るうちに鈍ってきた。
「限界か? それなら」
「いっ! おわっ!」
エイジが剣を振り下ろしたタイミングで、俺はエイジの手首を剣で叩き武器を手放させた後で、前のめりになったエイジの奥襟をつかんで振り回した。
疲れて足の踏ん張りが利かなくなっていたエイジは、ろくな抵抗も出来ない状態で振り回され、その途中でバランスを崩して地面に転がった。その際、俺はエイジが地面に転がる寸前で手を離したので、エイジは何度も前転をしながら俺から遠ざかっていき、フランベルジュの騎士を何人か巻き込んで止まった。
「後輩相手に少しやり過ぎたか? ……まあ、訓練だし、あれくらいは許容範囲だよな?」
目を回しているらしいエイジと、その巻き添えを食って立てなくなっている騎士を見て少し心配になったが、エイジに関しては訓練だからあれくらいの怪我は許容範囲で、騎士たちに関しては避けられなかった方が悪いということにしておこう。
流石に訓練とはいえ連戦に次ぐ連戦だったので、この辺りで呼吸を整えないと後がきつい。何せ、まだエリカが残っているし、早めにフランベルジュ家の騎士の番が終わってしまうと、今度はヴァレンシュタイン家の騎士たちが押し寄せてくるのは目に見えているからだ。
そう判断した俺は、周囲がエイジたちに注目している間に端の方へと移動した。
ただ、後がきついとはいえ、あからさまに休んでいる姿を見せてしまえば、即座にディンドランさんやランスローさんが飛んでくる可能性が高いし、下手をすると別の場所で見ているカラードさんが襲い掛かってくることも考えられる。
そうならない為にも、休憩はごく短時間で済ませなければならないのは当然だが、それはそれとして少しでも長い時間を確保したい。
なので俺は、普段の速度と同じくらいの速さで端まで歩き、そこで待機していたフランベルジュ家のメイドに水を貰い、ゆっくりと少しずつ水を飲んだ。傍から見ると、水を飲むのに時間をかけすぎていると思われるかもしれないが、がぶ飲みしてものどの渇きはなくならないし、ゆっくりと飲んだ方が水分が体に吸収されやすいはずだ。
そして飲み終わったコップを礼を言いながらメイドに渡し、少し離れたところで肩を回したり屈伸やアキレス腱を伸ばしたりして息を整えた。
これで三分くらいは稼げただろうし、そろそろ時間稼ぎも限界だろうから訓練を再開しよう。
そう思って元の場所近くまで移動しようとした時、
「えげつなっ!」
模擬専用の剣が俺目掛けて飛んできた。しかも、もしも俺が避けたり下手な弾き方をすれば、その剣がメイドに当たってしまうかもしれない角度と速度だ。
仕方がないので誰もいないところを狙って剣を弾いたが、次の瞬間には俺の目前までエリカが迫ってきていて、愛用のハルバートを模したと思われる模擬専用の武器を振り上げていた。
「おまっ! 後ろに! って、いない⁉」
不意打ちをするにしても、非戦闘員を巻き込むな! ……と叫ぼうとしたが、いつの間にか後ろにいたはずのメイドたちは、水やコップを置いていたテーブルごと消えていた。
一瞬背後に気を取られたせいで、俺はエリカの一撃を受けなければならなくなったが……エリカは俺よりも小柄なくせに腕力は俺を上回っているせいで、受け身に回ってしまうとなかなか逃げ出せない。
しかも、今いる場所は会場の端の方なので、俺の後ろにはほとんど逃げ場がない。
それなのに……と言うか当然のことながら、エリカはそんなことなどお構い無しに、俺をひき肉にする勢いでハルバートを連続で叩きつけてくる。
「あんたがこのタイミングで休憩をとるのはお見通しよ!」
しかも、どうやらエリカは俺がエイジを倒したタイミングで休憩をとるだろうというところまで予測していたらしい……と、言うことは、
「あのメイドたちもグルか!」
「人聞きの悪いこと言わないでよね! 私はただちょっと、ジークが休憩に行ったタイミングで奇襲を仕掛けるから、気をつけなさいと言っておいただけよ!」
ハメられたというよりは、俺が分かりやすかっただけのようだ。
「ふん!」
「うおっ!」
魔法を使えば逆転は簡単だろうが、今回の訓練では緊急時の身体強化と回復魔法以外は禁止となっているのだが……この状況は、絶対に緊急時には含まれない。いやまあ、俺にとってはある意味緊急事態ではあるが、それは認められないだろう。もしここで使ってしまったら……ディンドランさんを始めとしたヴァレンシュタイン騎士団が、面白がって我先にと群がってくるだろう。
……なんてことを考えているうちに、俺は壁際まで追い詰められてしまった。
「くそ! 弟の方は小細工はしたものの、正面から向かってきたというのに、姉のお前ときたら……恥ずかしくないのか!」
「全然! というか、どの口がそんなことを言っているのよ! 普段の行いを顧みなさい!」
少しでも隙を作ろうと挑発してみたものの、一瞬で論破されてしまった。まあ、確かに黒の魔法はからめ手が得意だからと、普段から小細工をよくしている自覚はあるが……と、一瞬だけ気を逸らしてしまったところで、
「とった!」
エリカがとどめを刺しに来た。しかし、
「と思うだろ? 残念!」
俺は剣を壁に立てかけて足場にし、壁を駆けあがって一撃を躱しつつエリカの背後を取った。そして、
「はい、俺の勝ち」
エリカの背後から肩に手を置いた。その瞬間、
「ひっ!」
エリカが短い悲鳴をあげた。ついでに、俺の手を振り払おうとでもしたのか、勢いよく腕を振り回した……ハルバートを掴んだままで。
「あぶな!」
終わったと思って油断した俺も悪いが、今の一撃は先程までのものよりも鋭かったせいで、回避するのがギリギリになってしまい、もしも直撃していれば、俺の頭は吹き飛んでしまっていたのではないかというくらい危険なものだった。
なお、振り回されたハルバートは、勢い余ってエリカの手からすっぽ抜けて飛んでいき、あわやエイジに直撃するところだった。
ギリギリのところで近くにいたランスローさんが弾いて難を逃れたエイジだったが、後少し間違っていれば自分の命が姉の手によって刈られていたという最悪の状況は免れたものの、精神的なショックは大きかったようでしばらくの間放心していた。
その後、エリカから離れた俺は、残りのフランベルジュの騎士を相手にし、それでも時間が余ったせいで、ランスローさんと模擬戦をやる羽目になってしまった……訓練ではなく、模擬戦だ。そして、結果から言うと惨敗だった。
何度か惜しい攻撃はあったものの、もしかするとそれすらもランスローさんの思惑通りだったのではないかと言うくらい、いいところなしで終わってしまった。
「皆、ご苦労だった。この後は軽い食事を用意しているから、その前に汗を流してきてくれ」
俺とランスローさんに触発された者の内、体力に余裕のある者だけで模擬戦をやるという予定外のことを挟んだものの、その後は予定通り集団戦を何度か行って本日の訓練は終了となった。
ちなみに、同じ人数だとヴァレンシュタイン騎士団の訓練にならないということで、伯爵の提案で人数にハンデをつけることになったのだが……それでもヴァレンシュタイン騎士団側の全勝だった。なお、ハンデはフランベルジュがヴァレンシュタインの倍の人数。
ただ、全勝ではあったが、圧勝ではない。それは、フランベルジュ騎士団が個人よりも集団戦の方が強かったことと、俺が足を引っ張ったせいだ。
その集団戦では、全ての試合において俺がヴァレンシュタイン騎士団の指揮を執ったのだが、良く言えば無難、悪く言えば個人技のごり押しという感じだった。
前提として、ヴァレンシュタイン騎士団はフランベルジュ騎士団が自分たちの倍いても圧倒するだけの力量差がある。
これは身びいきとかではなく、客観的に見ての話であり、現に伯爵もそう評していた。
なのに圧勝できなかったのは、俺が上手く指示を出せなかったからだ。
一応、負けそうという程押されることは無かったがそれは個々の力量差があったからで、分かりやすく言えば、俺が指示を出さずに好きにやらせていても、同じかそれ以上の結果を出せていただろう。
それこそランスローさんが俺の代わりに指揮を執っていれば、全ての試合でフランベルジュ騎士団に何もさせずに完勝したはずだ。
「慣れていないとはいえ、流石にへこむな」
俺は浴場の隅で水を浴びながら、今日の結果を思い出して凹んでしまったのだった。