第十一話
「重ね重ね、ごめんなさい」
俺たちが居眠りしているファムを見つけるとほぼ同時に現れた先輩は、目の前の光景を見て無言でファムに近づき、思いっきり頭を叩いていた。
それからの謝罪だったのだが、今回はシャーリーの他にアンドレもいたので、ファムに突き刺さる呆れたような視線が増えていたのだ。
「これがヴァレンシュタイン子爵宛の手紙ね」
「ええ、中に俺とディンドランさんの分の報告書が入っています。それと……無いとは思いますが、封を開けたりするとカラードさんたちにすぐに分かる仕掛けが施されています。この方法はウーゼルさんも知っているので、くれぐれも取り扱いには気を付けてください」
そう忠告すると、先輩は顔を引きつらせながら頷いていた。多分、俺の言いたいことが分かったのだろう。
「そ、そうね……その話は、しっかりと、確実に、関係者に伝わるようにしておきます」
先輩がそう約束してくれると、その空気を変えるかのようにファムがお茶を皆の前に配り始めたが……俺の前に置こうとした時に、
「あっ!」
手を滑らせて、カップを落としかけた。
幸いなことに、俺が落ちかけた瞬間に反射的にカップを掴んだので、大惨事と言うことにはならなかったが……カップを直接触ったところと中身がかかった部分に軽いやけどを負うこととなってしまった。
「ジーク大丈夫! 急いで冷やさないと! ファム、早く水を……何をしているの!」
これに慌てた先輩が、すぐにファムに水を用意するように指示を出したのだが、何を思ったのか慌てたファムは、俺の指をくわえようとしていた。
もっとも、指が口に入る寸前でディンドランさんがファムの頭を押さえて止めていたけれど……俺が指をやけどした時は何事もなかったかのように反応しなかったのに、こういう時はめちゃくちゃ動きが早いんだなと、変に感心してしまった。
まあ、実際に指をくわえられていたら俺としても反応に困っていただろうし、外に漏れることは無いだろうが外聞はかなり悪いので、あの反応は正しかったはずだ。ただ、やけどした時に多少なりとも心配する素振りくらいは見せてほしいとは思ってしまったが。
「本当に、ほんっとうに、ごめんなさい!」
「いえ、いいですから、頭を上げてください」
何度目かになるか分からないが、部下のせいでまたも頭を下げて謝罪する羽目になった先輩に同情しつつ、やけどした部分に回復魔法をかけていると、
「えっ! ジークって、回復魔法使えたの?」
頭を上げて俺の顔を見ようとしていた先輩が、俺の使っている回復魔法を見て驚いていた。
「ええ……あまり上手くはありませんけど、軽いやけどくらいなら治すことは出来ます」
学園にいる時に見せたことがなかったかな? と一瞬考え、あの頃はまだ使えなかったし、ソウルイーターの時はダインスレイヴを使っていたので回復したのは知られないようにしていたんだったと思いなおし、軽く答えたのだが……
「え……黒に火、水……他にもあったはずで、さらには白まで……」
と俺にぎりぎり聞こえるくらいの声で、俺の使える属性について考えていた。
その後、我に返った先輩が、改めて謝罪の言葉を口にし、ファムにも頭を下げさせていたが、俺の使える属性に関しては何も聞いてくることは無かった。
「それじゃあ、この手紙も一緒に王都に届けるわ。ただ、今すぐに送ったとしても、王都に就くのは早くても二日後、返事を待つなら四日から五日はかかるわ」
「報告する時に当事者の俺も一緒にいた方がいいでしょうし、その報告もなるべく早い方がいいでしょうから、俺たちは予定通り明日には出発します」
通常ならこの街から王都まで七日程度かかると思うが、飛ばせば五日もかからないだろう。
早く着けばそれだけ今代の雷に対しての対策が取りやすくなるはずだ。もっとも、俺への対応を考える時間が減ることになる公爵には嫌がられるだろうが……違う考え方をすれば、公爵も他の貴族よりも早く動けるということだ。感謝してくれとは思わないが、共闘相手として受け入れてほしい。
「そ、そう……道中、何があるか分からないから気を付けてね。それと、もしかすると何らかのトラブルでこちらからの情報が遅れるかもしれないから、念の為報告書の写しを持っていくといいわ。ただ……」
「もちろん、中は見ませんし、王都に着いたら俺が直接カレトヴルッフ公爵に報告書の写しを渡しましょう」
「……まあ、直接手渡せるかは私にも分からないけれど、私からの手紙も一緒に渡すから、門前払いは無いはずよ」
先輩は、俺が直接公爵に渡しに行ったら面倒臭いことが起こりそうだとでも言いたそうな顔をしながらも、万が一にも情報の行き違いになることは避けたいようで、こめかみに手を添えながらシャーリーに紙の用意などの指示を出していた。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
公爵家宛の手紙と報告書を受け取った俺たちは、門のところまで先輩たちに見送られて帰路に就いた。
「流石は公爵家だけあって、兵たちの練度は高いようね。フランベルジュ伯爵家の時も思ったけれど、同等程度の数同士ならまず負けることは無いでしょうけど、全面的にやりあったら負ける可能性が高いわね」
ヴァレンシュタイン家は子爵家の割に騎士が多く精強で知られているものの、伯爵家や公爵家とは兵の数に大きな差があるので、数で攻められると負けるというのがディンドランさんの考えだ。ただ、
「もっとも、それもジークが居なければの話だけれどね。それに、もしも不当な理由でヴァレンシュタイン家を攻めようとするものが居たら陛下が止めに入るだろうし、何よりもエンドラ様が黙っていないでしょうね」
相手の兵はエンドラさんが一掃し、その間に俺が敵の大将の首を取る……うん、完璧だな。少なくとも、その戦法を王国内で防ぐことのできる貴族は居ないだろう。
「だけど、同じ王国の貴族同士、争いがないのが一番だけどね……王国の貴族同士は……」
例え気に食わない奴がいたとしても、バルムンク王国の貴族同士なら話し合いでの解決もありだと思う。しかし、今代の雷相手ではそうもいかない。奴が貴族かどうかは置いておくとしても、先に手を出してきた以上、それなりの報いは受けさせないと気が済まないし、あんな性格の奴を放っておくのは危険すぎる。
「確かにそうだけど……ジーク、また殺気が漏れているわよ。街中は気を付けなさい。それはそうと、お腹がすいたわね。あそこで少し遅めのご飯にしましょう」
ディンドランさんは、俺に注意しながら周囲を見回して、少し高級そうな店を指さしながら俺を引っ張っていった。多分、ここからディンドランさんが不正してまでして護衛を引き受けた目的を果たすつもりなのだろう。
普段ならもっと安くて量の多そうな場所を選ぶというのに、おごらせるつもりなので遠慮はしないと言った感じらしい。
その後、予想通り少しお高目なレストランで満足のいくまで食事をしたディンドランさんは、帰りの屋台でおやつ兼非常食という名の夜食になりそうなものを買い集め、必要経費だからと言って全てを俺に支払わせ、満足そうに宿に帰ったところで……ケイトたちに見つかって詰め寄られていたのだった。
ちなみに、食事は仕方ないにしても、屋台で買ったものは非常食という名目を使っていたので、ケイトとキャスカで三分割させられたそうだ。
そして次の日、非常食を分けてもらえなかったロッドとマルクの発案で、出発時間を少し遅らせて買い物をすることになったのだが、その途中で冒険者ギルドに立ち寄った際に、
「緊急依頼だ! 三頭のワイバーンが近づいてきている! 遠距離攻撃が出来るものは率先して参加して貰いたい!」
と、数人の騎士が叫びながら飛び込んできた。その内の一人が俺に気が付くと、
「ヴァレンシュタイン男爵、エレイン様より参加の要請が出されています」
目当ての人物を見つけたとばかりに詰め寄ってきた。それほど緊急事態なのだろうが、一応男爵相手なのだからもう少し落ち着いてほしい。
それに、公爵家から名指しされれば、実質要請ではなく強制だよな……と思いながらも、空を飛んでいるという以外はドラゴンよりも大分格下の魔物なのでその場で了承し、ワイバーンが向かってきているという方角を聞いてそちらに向かうことにした。
「それにしても、公爵領は熊の魔物にワイバーンと、大物が連続で出没しているわね」
「方角的には北の方から来たみたいだから、大方冬になって獲物が手に入りにくくなったから、慌てて南下してきたとかじゃないかな?」
今年は本格的な冬の訪れが遅れているようで、いつもより雪が少ない。その為、普段なら冬眠するか別の暖かい場所へと移動するのが遅れて、慌てて行動を起こしたとも考えられる。
そう言った少し間抜けな個体は、焦りと苛立ちから通常よりも狂暴化していることが多いので、その分だけ被害が大きくなる場合も多々あるのだ。
「ワイバーンね……降りてきてくれるのなら話は早いけど、空を飛ばれると攻撃手段が限られるから苦手なのよね」
ドラゴンよりも格下と言っても、ワイバーンはそこら辺にいるような魔物よりも強い個体が多い。分かりやすく比較すると、行きがけに俺とガウェインが倒した熊の魔物と同等かそれ以上の強さを持っていると言った感じだ。
そんなのが空から襲い掛かってくるのだ。群れられたら一種の災害だと言っても過言ではない。
ただまあ、空を飛ぶ為にドラゴンよりも鱗は薄く全体的に軽い為、強度的には熊の魔物よりも弱い部分は多いはずだ。そこを突けば、ディンドランさんくらいの攻撃力があれば簡単に倒せるだろう……攻撃の届く位置に居ればの話だが。
「そういうわけだから、落とすのは任せるわ。もしくは、何とかして下までおびき寄せてね」
走りながらディンドランさんが言うが、俺を囮にするのはどうなのだろう? ……と思ったが、今回の面子の中で空中のワイバーンにまともなダメージを与えられそうなのは俺だけなので、先頭に立つのは仕方がないと思うことにしよう。
「え~っと……あそこだね」
「確かに三頭いるわね」
街の外に出てワイバーンがいるという方角を見ると、空に豆粒ほどの大きさの黒いものが向かってきているのが見えた。ただ、俺とディンドランさんはすぐに気が付いたのに対し、ロッドたちはまだ発見できていないみたいで、目を細めたりして空を睨んでいた。
「ジーク! 来てくれたのね」
そこに武装したエレイン先輩たちが俺たちを見つけて駆け寄ってきたが、流石にファムは置いてきたようで、そばにはシャーリーとアンドレの二人しかいなかった。
「一応、こちらも戦えそうな騎士たちを連れてきたけれど、空中への攻撃はちょっと自信がないわね」
先輩の方は何人かが遠距離攻撃が出来る魔法が使えるようだが、通用するかまでは分からないらしい。
「それなら、下手に攻撃しないように言って、なるべく一か所に固めてください」
「それはいいけれど……どうするの?」
俺の提案に心配そうに聞いてくる先輩に対して、
「囮にします」
「何っ!」
というと、アンドレが怒りの声を上げた。
「男爵、説明を」
「下手に分散した状態で攻撃をされると、三頭がバラバラになってしまうかもしれません。それよりも、一塊になっていた方がまとまって向かってくる可能性が高いし、仮に攻撃されたとしても少人数のところを襲われるよりは対処がしやすいはずです」
憤るアンドレを無視してそう説明すると、先輩は少し考えて、
「ジークがそういうということは、十分な勝算があるということね?」
「ええ、上手くいけば三頭まとめて地面に落とすことが出来るかもしれないので、逆に固まってもらっていた方が俺としても落とす際に場所を選びやすいです」
そう言うと、アンドレはいまいち納得がいっていないようだったが、先輩は俺がソウルイーターに使ったダインスレイヴのことを思い出したのか納得した様子だった。
「それじゃあ行ってきますけど、仮に俺たちだけで倒した場合、ワイバーンの素材はこちらの総取りで構いませんよね?」
「ええ……買取交渉はさせて貰いますけど……ね」
先輩は熊の魔物のことを思い出したのか少し顔色を悪くしていたが、自分が要請した以上、そうなることは覚悟していたようだ。まあ、俺としても前回のように足元を見るつもりはないので、そこは安心してほしいのだが……まあ、今言うことではないだろう。そういった話をするのは、無事に終わってからでいいか。
俺たちが前に出ると、すぐに先輩の指示が飛んで散らばっていた騎士たちが一か所に集まり始めた。
俺はその騎士たちから大分離れたところまで進んで立ち止まり、
「ジーク、ダインスレイヴじゃなくて、弓を使うの?」
マジックボックスから弓と矢を取り出した。
「ダインスレイヴだと、威力が高すぎて素材を駄目にしちゃうからね。それに、ちょっと試してみたいことがあるし」
そう言って俺は屋に少し細工をして、ワイバーンが近づいてくるのを待った。
そして待つこと数分で、
「向こうも俺たちを認識したみたいね。移動速度が上がったわ」
ウィバーンは俺たちに気が付いて、速度を上げて接近してきた。ただ、まだ少し距離があるので、ワイバーンの狙いが俺たちか後ろの騎士たちなのか分からないが、どちらにしろ低い位置まで下がってきているので、このままの調子で進んでくれば射程圏内に入りそうだ。
「前の二頭は私たちを狙ってそうね。後ろのは、前の二頭に譲って後ろに狙いを変えたみたい」
三頭のワイバーンの内、前の二頭はそのまま俺たちに向かってくるみたいだが、後ろの一頭は俺たちよりも後ろを狙った方がいいと判断したらしく、首の向きを変えて高度を少し上げようとしていた。なので、
「少し遠いけど……いけっ!」
予定よりも数十m早く矢を放った。
放たれた矢は、風切り音を鳴らしながら加速し、一頭目のワイバーンの皮膜を突き破り、勢いを殺さずにそのまま二頭目の口に飛び込んだ。
「ふっ!」
そして、口に飛び込んだ矢はそこで止まらずに、二頭目の首の裏から飛び出して、最後のワイバーンに襲い掛かり……
「そこだ!」
翼に絡みついた後で爆発した。
「よし、狙い通り! あとは……逃げろ!」
驚いた表情のディンドランさんたちに声をかけると、皆こちらに向かって落ちてくるワイバーンの落下点から慌てて離れて行った。
そして、矢が爆発してから数秒後に……
「な、何が起こったのか知らないけれど、絶好の好機ね!」
三頭のワイバーンは大きな音を出して地面に激突した。
そんな隙を見逃さず、ディンドランさんたちは武器を構えて突進していったけれど……
「ジーク、終わっていたわよよ」
すぐに残念そうな顔で戻ってきた。どうやらワイバーンたちは、落下の衝撃で天に召されていたようだ。
「ここまで上手くいくとは思わなかったけど、この方法は使えるな」
俺は回収の為に、ディンドランさんと共にワイバーンに近づくと、そこには思った以上に悲惨な光景が広がっていた。
「上手くいったと思ったけど、下敷きになった一頭目はちょっとひどい状態だな。まあ、二頭目と三頭目に押しつぶされた形だから、仕方がないと言えば仕方がないか」
道具を回収しながらワイバーンに近づくにつれて、濃厚な血の臭いが漂ってきたが、それは当然のことだろう。何せ、他の二頭に押しつぶされたワイバーンが、内臓と大量の血をまき散らしているのだ。
「まあ、考えようによっては潰された奴のおかげで、他の二頭の被害が少なくなったとも言えるか」
とりあえず三頭共マジックボックスに入れて死んだことを確認した後で、飛び散った一頭目の肉片の中に使えるものがないか皆で探していると、
「ジーク! 何をしたの⁉」
エレイン先輩たちが駆け付けてきた。
「紐をくくった矢に魔法をかけて飛ばし、動きを阻害して落としただけですよ。まあ、三頭揃って地面に落ちただけで死ぬとは思いませんでしたけど」
風の魔法をまとわせた矢に芋虫の糸をより合わせた紐を結び付けたのだが、そのおかげでワイバーンをまとめて落とすことが出来たのだ。
「風の魔法で矢の速度と威力に貫通力を高め、紐にシャドウストリングをまとわせることで放った後でも操作を可能にします。その状態で三頭をつないで動きを邪魔すれば落下してくるので、そこでとどめを……さすつもりでした」
ワイバーンと言えども、高所から落下すれば致命傷を負うとは思っていたが、あそこまで上手くいくとは思ってはいなかった。恐らくだがそれぞれの死因は、一番下の奴は他の二頭の下敷きになったからで二頭目は矢が口から入ったことで頭から落下し、三頭目は単に打ち所が悪かったからだと思われる。
「それにしても、いくら動きを阻害されたとはいえ、あんな簡単に落ちるものなのかしら? いや、落とすのが簡単と言っているわけではないのよ。ただ、三頭もいれば、どれかは落ちる前に体勢を立て直せるのではないかと思っただけで……」
先輩は慌てて弁解していたが、確かに二頭目はともかくとして、一頭目と三頭目は皮膜に穴が開いたくらいなので、落ちる前にもう少し踏ん張れたんじゃないかと思うのはおかしいことではない。
「それにはちゃんとした理由があるんですよ。ワイバーンのように大型の魔物が空を飛ぶ時は、翼の力に加えて魔法を使っているというのは知っていると思いますが、その魔法も実は二種類使用しているんです」
そう言うとエレイン先輩は驚いた表情を見せたが、目がその続きを聞きたがっていたのでそのまま続けて、
「一つ目は空中に浮かぶ魔法で、二つ目が推力と抗力の魔法です。もともと持っている飛行能力に補助としてこの二つの魔法を使うことで、ワイバーンのような大型の魔物でも自由自在に空を飛ぶことが可能となっています」
ちなみにこの話を聞いた時、俺は真っ先に浮き輪が頭に思い浮かんだ。
体の持つ浮力に浮き輪の中の空気の力を足して水面に浮かび、足をばたつかせることで推進力を得るというものだ。まあ、正確にはそれだと翼の持つ推進力の分が足りないという話になるが、そこは足ひれでも追加すれば数は合う。
ただ、この世界だと浮き輪は一般的ではないので、人に説明する時は木の板に置き換えるか、もしくは、
「人に例えると、双胴船に乗ってパドルで漕ぐ感じですかね?」
ボートに例えるかだ。
今回の例えに使った双胴船とは、船が二つ横にくっついたような形の船で安定性が高いと言われているものだ。
「今回はその双胴船の片方を打ち抜いたことで全体のバランスを崩し、更には紐で三頭を繋げたことで体勢を立て直すよりも先に落下が始まったという感じだと思います」
更に付け足すならば、皮膜を貫いた矢と紐には魔法がかけられていたので、その魔力が浮力を得るための魔法と翼の機能を阻害したということも理由の一つとしてあげられるはずだ。
ちなみにだが、俺は浮力を得る為の魔法は使えないものの、推力と抗力の魔法は使える。前に公爵領で熊の魔物に接近する時に使った魔法がそれだ。なお、推力と抗力の魔法と言ったが二種類あるわけではなく、実際は同じ魔法を反対方向に使っているだけなので、推抗力の魔法という感じでまとめるのが正しいのかもしれない。
「成程ね。あまり知られていないような話だけど、確かにそれならあの巨体で空を飛べる理由が説明できるわね」
そういう風に聞けば、ワイバーンが空を飛べることにちゃんとした理由があったと理解できるようだが、多くの場合は魔法のある世界で飛べるのだからそんなものなのだと考えるのがほとんどだ。そういう俺も、エンドラさんからこの話を聞くまではそう考えていたし。
その後俺たちは、報酬に関して話し合った結果……潰れたワイバーンを金貨五十枚で買い取ってもらうことにした。
実際のところこの値段は、俺たちをまた雇ったと考えればかなり安いはずだ。
何せ、潰れているとはいえ肉以外の素材のほとんどは利用可能な状態だし、他の二頭と比べて少し小さいものの、このサイズでも実際に買おうと思えば金貨五十枚は安いくらいで、仮に俺がこれを冒険者ギルドに売ったとしてもそれくらいの値段で引き取られるはずである。
「一応確認しておくけど、本当にこの値段でいいのね?」
「ええ、構いません。俺には他にも二頭残っていますし、ギルドに売る値段と同じくらいのはずです。それに、公爵家とは仲良くしておきたいですからね」
もしかすると、この後公爵には俺の為に動いてもらうことになるかもしれないのだ。
そう考えれば、恩は売れるだけ売っておくのがいい。
そう言うと先輩は少し嫌そうな顔をしていたが、俺の突きつける条件が公爵家にとって損するようなものでは無いのは分かっているので、嫌そうな顔をするだけで何も言わなかった。
「それじゃあ、俺たちは馬と馬車を回収したらそのまま出発します」
「えっ⁉ もう?」
「ええ、あまり長居をする、冒険者ギルドがワイバーンを売ってくれと言ってきそうなので、その前に王都に向かいます」
今回も冒険者ギルドは大した働きをしていないので、このまま無視してもいいだろう。それに、形としては冒険者ギルドにいた状態からワイバーンの討伐に向かったので、後付けではあるが先輩に頼んでギルドを通して俺に依頼を出したという形にしてもらうようにしている。
なので、素材が手に入らなかったとしても、あの街の冒険者ギルドは文句を言わないだろう。むしろ、書類上の話とはいえ、楽してワイバーン討伐の実績が手に入って喜んでいるかもしれない。
「確かにね。それじゃあ、今回も助かったわ。このこともお父様に報告しておくわね。王都まで気を付けてね」
今回のことも公爵に伝われば、流石に俺の力になってくれるだろう。
そう思いながら、俺たちは街を出たが……
「ジーク、私たちに臨時報酬は出るのかしら? いえ、出るのよね? 働く必要がなかったとはいえ、一応ジークの指示で出撃したのだから、当然よね?」
と、街を出てすぐにディンドランさんがそんなことを言い出した。なので、
「ええ、当然ですよ。ただ……ワイバーンの肉は処置が必要なので少なくとも二~三日は食べられませんよ」
そう答えると、ディンドランさんは分かりやすく落ち込んでいた。