第五話
「今代の雷の案内をしていたのはロウという男で、ジークがスタッツに来る少し前に流れてきた冒険者だ。歳は二十三の独り身だが、恋人がいる。犯罪歴は無いとされているが、スタッツに来る前のことは不明だ。冒険者としての評価は低い方だな」
受けた依頼の失敗が多いというわけではないそうだが雑なところが多く、特に採集系の依頼は品質が最低の評価を付けられることも珍しくないそうで、いいカッコしいのお調子者で人付き合いは悪くないそうだが、人に迷惑をかけることも多々あるので嫌いだという者の方が多いらしい。
「そいつは今何をしている?」
「女のところに逃げ込んだそうだ。一応見張りを付けているが、このままだと逃亡するだろうな……それで、どうする?」
俺が直接捕まえてもいいが……貴族として処罰を求めている以上、連れてこさせた方がいいだろうな。
「ギルドまで連れてきてくれ。他の冒険者や職員が見ている前で裁いた方がいいだろう」
「分かった。俺が責任をもって捕まえてくる」
おっさんが直接動くとのことだが、それならほぼ確実にここに連れてこられるだろう。
流石におっさんが評価の低い冒険者に後れを取ることは無いだろうし、他の仲間もおっさんを敵に回してまで助けようとはしないはずだ。ただ、
「他の奴にそいつが殺されないようにな」
「分かっている。見張りにはチーをはじめとした信用のできる奴にさせているから、殺すことも逃がすこともしないはずだ」
口封じで殺される心配があったので忠告したが、おっさんはすでに手を打っているとのことだった。
そして程なくして、
「こいつだ。暴れたから気絶させたが、死んではいない」
おっさんの手で意識のない男がギルドへと運び込まれ、床に転がされた。そしてついでとばかりに、
「おっさん……俺は確かに男は連れてこいと言ったが、女に関しては何も言っていないぞ」
男の隣に恋人だという女もいた。
「誘拐ですか……そういえば、フレイヤが熱心に読んでいた本にこんな展開、ふが?」
床に転がる男と女を見て、クレアが顎に手をやりながらそんなことを言っていると、背後から顔を真っ赤にしたフレイヤによって口を塞がれていた。
「流石に女の方は好きにしていいぞとかいう許可は出せないから、元居たところに戻してきてくれ」
「いや、俺はそんなつもりで連れてきたわけじゃねぇ! この女も今回の件に関係しているのか、ロウと一緒に逃げる準備をしていたから念の為捕まえてきただけだ!」
本当か? ……と疑ってみたものの、おっさんがこんな大変な時にふざけるとも思えなかったので、一応おっさんを信じてみることにした。
「ディンドラン、この女の身体調査をしてくれ。チー、ギルドの代表としてその様子を監視し、こちらに不正がないことを証明する役目を頼む」
「了解しました」
「分かったわ」
ディンドランさんなら例え女が途中で気が付いて襲ってきたとしても遅れは取らないだろうし、チーはスタッツの冒険者ギルドで一番信頼できる女性だ。
そう思って二人を指名したのだが、
「ちょっと待て! こんなところで脱がそうとするな!」
ディンドランさんがいきなり皆の見ている前で女を裸にしようとしたので、慌てて止めて違う部屋に行くように命令することになった。その際、
「フレイヤ、済まないがこちらが問題行動を起こさなかったという証明の為、見張りについてくれ」
今回の件において第三者であるフレイヤにも頼む羽目になってしまった。
「ジーク様、あの女、服の下に金目の物を隠していました。恐らくは逃走中の資金にしようと考えてのことだと思われます」
ディンドランさんたちが女を連れて隣の部屋に移動してからしばらくして、女に不審な点があることを発見したディンドランさんが報告に戻ってきた。
その時にチーとフレイヤに視線を向けたが、二人は黙って頷いていたので間違いないということだろう。
「そうなると、直接的か間接的かは分からないが、この女も今回の件に関係している可能性が高いということか。ギルド長、この女の情報は分かるか?」
「すでに調べさせました。女の名前はジュリ、商業組合の受付です」
「はぁ~……ばあさんの方の管轄か……マイク、すぐにばあさん……ベラドンナさんのところに行って事情を説明し、ここに来るように伝えてきてくれ」
「了解しました」
ばあさんの管轄なら勝手に手を出すと後が怖いので、呼んで話をしておこうと思ったところ、
「その必要はないよ。こっちから来たからね」
と言ってギルドのドアが開き、数名の黒服引き連れたばあさんが登場した。その後ろには、何故かモニカさんもいる。
「呼ばれるだろうと思って、ロウとジュリを連れてくる時にベラドンナにも声をかけてくるように指示を出しておきました。まあ、私としても、何故モニカがいるのかまでは分かりませんが」
と、ギルド長が説明し、ばあさんたちが入る場所を開けるように冒険者たちに指示を出していた。
「久々に来たけれど、相変わらず薄汚れているね。受付付近は組合の顔なんだから、もっと綺麗にするべきだね」
などと文句を言いながらばあさんは前に出てきて、
「まず言っておくが、この場でジュリに処罰を与えるようなマネはさせないよ。こっちにも面子というものがあるのは分かっているね? 罪が確定するまでは、ジュリは商業組合の身内だよ。勝手な手出しはさせないからね」
俺に対して正面から言い切った。その迫力に、様子を見守っていた冒険者の何人かが気おされていたみたいだが、初めから想定していたことなので了承し、ひとまずジュリの身柄をばあさんに預けることにした。
その際、先にこちらで身体調査をし金目の物を隠し持っていたこと、傷つけたり尊厳を無視するような行為はしておらず、証人として聖国のフレイヤを付けていたことを話した。
ばあさんはそのことを確認すると安堵のため息をついたが、同時にジュリにやましいところがあった可能性が高いことも理解し、難しい顔になっていた。
「バルトロ、そいつが意識を取り戻す前に、舌をかまれないように猿轡をさせてくれ。ベラドンナ、その女にも同様の処置を求める」
ここからはそれぞれの立場が違ってくるので、はっきりさせるために強めの口調で命令すると、おっさんは黙って頷き、ばあさんは「分かった」と短く返事した後で黒服に指示を出していた。
なお、猿轡をさせる際に、男は意識を失ったままだったが、女の方はすでに気が付いていたらしく少し抵抗したようだが、黒服の力にはかなわずにされるがままだった。
「バルトロ、そいつを起こしてくれ。ベラドンナ、女に変な気を起こさないように言い聞かせてくれよ。本人は騙していたつもりみたいだが、寝たふりをしていたことはお前の意識が戻った時点でとっくに気が付いていたし、その上で処分されなかったことの意味を理解しておけってな」
本当なら問答無用で殺されていてもおかしくなかったくらいの事件だが、俺がそうしなかったのはばあさんに配慮したのと、まだ男と女には利用価値があったからだ。
「ヴァレンシュタイン男爵、ロウが意識を取り戻しました」
猿轡を嚙ませてからすぐに男が気が付き、状況が理解できずにもがいていたが、手足が縛られているので体をくねらせることしかできていなかった。
「煩い、黙れ。これから俺が質問するが、首だけ動かして余計な動きはするな。それが出来なければ、首を落とす」
もがく男にテラーを放って首に剣を添えると、震えながら静かになったので剣で軽くほほを撫でてからおっさんに男の上体を起こさせた。
「まず、お前はロウで間違いないな? そして、俺の情報を今代の雷に売って、俺のところまで案内した」
男は最初の質問には素直に頷いたが、次の質問には戸惑った様子を見せたので、
「んーー!」
指の骨を折ってみた。
ギルド内なので俺の言ったことは脅しだったとでも思っていたのか、男は痛みと驚きで暴れ出したがおっさんにすぐに取り押さえられた。
その様子を見ていた冒険者たちの中には、躊躇なく指の骨を折った俺に驚いているみたいだが、俺としては、俺がこれまで盗賊や同じような輩を相手にしてきたことは一部ではあるもののギルドに報告しているので、何をいまさら驚いているのかと言ったところだった。
ただ、そんな俺でも、次に起こったことは正直言って少し引いた。それは、
「ちょっとうるさいですね……はい、治しましたよ。これで痛みはなくなったはずです。まあ、骨は曲がったままなので、今度ちゃんと治療を受けてくださいね」
クレアが折れた骨をそのままにした状態で直したことだ。これだと次に治療する時は複雑になり過ぎて、ロウ程度の稼ぎでは治療しようにも金が出せずに門前払いを受ける可能性が高いし、そもそもそんな高度なことが出来る奴はそうそう居ないはずだ。
それこそ、もう一度同じところを折ってから治療した方が安くて速いくらいだろう。
クレアの狂気的な行動に驚いているのは俺だけでなく、この場に居るほとんどの者がクレアを信じられないといった目で見ていたが……当のクレアはというと、
「フレイヤの読んでいた小説の真似をしてみました! どうでしたか?」
などと、無邪気に笑っていた。そのせいで余計に不気味さを感じたが……今はクレアを相手にするよりも男を尋問する方が先だと思い、今の出来事は顔を赤くしているフレイヤの姿と共に一旦忘れることにした。
「もしもう一度すぐに答えなかったら、次は反対の指だからな」
この時点で男は何度も頷いていたが、俺の背後からクレアの声が聞こえた瞬間、その速度が倍以上になったので余程トラウマになったのだろう。
「今代の雷に俺の情報を売ったのはお前だな?」
もう一度同じ質問をすると今度はすぐに頷いたので、
「お前の他に、俺の情報を売った奴は居るか?」
次の質問をすると、またも男は頷いた。そして、
「それは、お前と一緒にいた女か?」
ばあさんにとって今一番気になることを聞いてみると、
「うー! うー!」
男は必死の形相で首を横に振った。
それまで険しい顔をしていたばあさんの顔は、男の反応を見てようやく和らいだが、
「なら、何故女は金目の物を隠し持っていた?」
更に突っこんだ質問をすると、また元の表情に戻っていた。
流石に質問が複雑になってくると首を上下左右に動かすだけでは答えられなくなるので、おっさんに男の口を解放するように指示を出した。その際、
「今からお前がしゃべれるように轡を外すが、もしも自殺などしようとした場合、あの女を代わりに殺す。その際、クレアにお前の治療は頼むが女は放置させる。分かったな?」
万が一に備えて保険をかけておくのを忘れなかった。あそこまで必死になって否定していたのだから、こう脅せば自分だけ楽になろうとはしないはずだ。
まあ、その代わりばあさんの俺を見る目がかなり厳しいものになっているが、襲撃に関わっていなかったとしてもあの女はこの男の仲間であるのは間違いないので、死罪でもおかしくない状況なのだ。男が自死を選んだ場合、女にとって最悪の結果が多少早くなる程度と思ってもらうしかない。
ちなみに、俺が女を殺すと言った瞬間、黒服たちが俺の背後を取ろうとしたが、その前にディンドランさんたちが剣をいつでも抜けるようにしながら俺の背後に回り、それと同時に他の数名の冒険者たちが黒服やばあさんを囲んだので、すぐにばあさんが黒服たちを元の位置に戻るように指示を出した。
「では聞くが、お前とそこの女の他に仲間は居るか?」
「お、俺と同じように、ジー……男爵……様……の、情報を売った奴はいるらしい……ですが、誰かは知ら……りません……」
男がおどおどしながら話すので、聞き取りにくいところはあるものの、嘘は言っていないように思える。ちなみに、途中途中で言葉を途切れさせているのは、口調が貴族に対して使うものでは無くなりそうな時におっさんが男の背中を軽く蹴っていたからだ。
流石に俺の味方に回ると決めているだけあって、おっさんは少しの無礼も許す気はないようだ。まあ、おっさんにしてみれば、下手に俺の機嫌を損ねてしまえば、今代の雷の前に俺がギルドを破壊するとでも思っているのだろう。慎重になるのは当然のことだ。
「お前は、あいつらと連絡を取る手段を持っているのか?」
俺が現れたら連絡しろとでも命令されていたとすれば、今代の雷が俺がスタッツに来たタイミングで現れたのも理解できるが……
「い、いえ、持っていません!」
男はそれを否定した。
「なら、どうやって今代の雷と落ち合った?」
「その……男爵様が来る数日前に今代の雷の護衛だという男が現れまして、男爵様の情報を教えろと言われました。その時は男爵様のことをよく知らなかったのであまり教えることが出来ませんでした。ただ、その男はまた来ると言っていたので数日かけて情報を集めていたら……」
「俺がスタッツに来たというわけか?」
「は、はい! なので、その男がもし来ていたら金が貰えると思い探していると、今代の雷と名乗る奴を連れた男を発見したので情報を渡し、連れて行きました」
男は呼吸を荒くしながらその時の状況を話したが、たまたま来ていたにしては都合がよすぎる。まあ、男が嘘をついているとは思えないが、接触してきた男だけでなく、俺がいるかどうか不確定な状態で今代の雷まで来たというのは、どうも腑に落ちない。
「何かしらの情報網を持っていると考えるのが自然な気がするが……それにしては来るのが早いな」
今代の雷のように目立つ奴がスタッツに来ていたとしたら、ギルド長やばあさんの耳に入らないはずがないし、今代の雷みたいなやつが、俺が現れるまでスタッツの外で隠れていたとは思えない。
そうなると、スタッツから一番近い町で待機していたということが考えられるが、それだと俺が来たこと知ってから現れるまでが早すぎる。道中で移動する俺を見つけたのだとしても、あの時点では今代の雷は俺の顔を知らなかったので、後を追いかけてきたとは考えられない。
「分からないことが多いが、そのからくりを解き明かす必要は今のところないな。他に、何か話すことはあるか?」
「他に? 他に……あっ! そう言えば、俺が今代の雷を発見して案内している間に、俺たちに近づいてこようとした奴が居……ました! 俺が案内しているのを見て悔しそうな顔をしていたんで、多分俺と同じようにあの男を探していたんだと思います!」
「ほぅ……どんな奴だ?」
新しい有力情報が出てきたので、つい身を乗り出してしまったが……そんな俺に男は恐怖を感じてしまったらしく、慌てて後ろに下がろうとして背後にいたおっさんにぶつかっていた。
「……で、どんな奴だった?」
舌打ちしたい気分だったが、したらまた余計に時間を食いそうだったので、椅子に座りなおしてもう一度聞くと、
「え、えっと……か、顔は覚えていません……けど、確か制服みたいなのを着ていたような……あっ! 両方男でした!」
どうやら、少なくとも容疑者は二人いるようだ。それにしても、制服みたいな恰好をしていたとなると……
「ば……ベラドンナ」
「なんだい?」
「商業組合は確か仕事中は制服の着用義務があったな?」
「確かにそうだけど……まさか、組合の者を疑っているのかい?」
俺の質問を聞いたばあさんの視線がより厳しいものになったが、
「当たり前だ。制服みたいなのを着ていたという情報が出た以上、制服を着ていそうな奴らは全て容疑者だ」
俺は構わずにそう答えた。
「全く……言いたいことは分かったよ。ちょうど予備の服を何着か持っているから、見てみるといいさ!」
そう言うとばあさんは、マジックボックスから長袖のシャツと、その上に着る茶色のベストを取り出した。そして、それを見た男が、
「それだ! 俺が見たのはそ……れです」
叫んだのを見て、ばあさんはがっくりと肩を落としてしまった。
「これで、片方は商業組合に所属している可能性が高くなったというわけか、残るは……ギルド長、せっかくだから、冒険者ギルドの制服も持ってきてくれ」
そう言うと、ギルド長は仕方がないと言った感じで他の職員に制服を持ってこさせた。するとまたも、
「これだ! もう一人は、こ……れを着ていました!」
男が叫んだのだった。
その瞬間、なんでこの男は冒険者でありながら冒険者ギルドの制服を知らないのかと思ったが……多分、女ばかり見ていて男に興味がなかったとかそういうところだろう。
「ジュノー!」
「職員は全てここに集まれ!」
男の叫びを聞いた瞬間、おっさんがギルド長の名を呼ぶと同時に、ギルド長はギルド全体に聞こえるくらいの大声で職員に対して集合をかけた。
俺は、集まってくる職員を横目に見ながら、
「まあ、これで大体の情報は聞けたかな? 他にできそうなのは、その二人を見つけることだが……それは任せればいいか。クレア、ちょっと」
「はいは~い、何ですか?」
俺はクレアを呼んで耳打ちをし、
「分かりました。合図が出るまで待ってます!」
クレアに俺の近くで待機しているように頼んだ。
そして、
「おい」
「は、はい……ぎゃあああ!」
男に声をかけてから、左の手首を切り落とした。
「なっ!」
いきなりのことにおっさんや近くにいた冒険者に職員たち、それにばあさんたちも驚いていたが俺は構わずに、
「貴族への暗殺未遂に加担した罰として、左手を切り落とした。命を取らなかったのは、俺の質問に対して有用な情報を話すことが出来たからだ」
と説明した。まあ、男は床に転がりながら痛みでもだえ苦しんでいたので、聞こえていたかは不明だが。
「クレア、頼む」
「はいっ!」
説明が終わり合図を出すと、クレアは男の腕に回復魔法を使って血を止めた。クレアの力なら簡単に手をくっつけることも出来ただろうが、それでは罰にならないので傷だけ塞ぐように頼んでいたのだ。
「ギルド長、今回の件でこの男が俺に対して行った罪は、これで償わせたことにする。分かったな?」
「はい、了解しました」
無くなった左手を見て呆然とする男におっさんが肩を叩いて何か話すと、男は力なく頷いていた。
「ばあさん、もしその女が俺の襲撃に関わっていた場合、この男と同じ罰を与えることを要請する」
「分かったよ。念の為聞いておくが、命は取らないでいいんだね。それと罰を与えた場合、その後の治療はこちらの判断でするよ」
つまりは手を切り落とした後で、すぐにつなげるということなのだろうが、どのみち俺の見ていないところでやるのなら死んだと偽って逃がすことも可能なので、対外的に重い罰を与えたと周囲に周知させれば構わないだろう。
「それと、ギルド長とばあさん、もしこの後で今回の件に関わっているとされる二人を見つけた場合、自己申告で罪を償うというのならこいつと同じ罰を、もしも申告せずに調査によって発覚した場合は……これ以上の罰を与えてくれ」
「了解しました」
「分かったよ」
残りの二人(もしかすると他にもいるかもしれないが)にもしも逃げられてしまった場合、それこそスタッツ全体の問題に発展する可能性もあるだろう。具体的には、バルムンク王国を理由にトーワの中央がスタッツの自治を取り上げられるか、ギルド長やばあさんは今の地位を失うことになりかねない。
それが分かっているからこそ、二人は俺の命令に従うしかないのだ。もっとも、手を失う以上の罰という基準があいまいなので、どういった罰になるのかは二人の考え方次第だが……などと思っていると、
「それで男爵様、これで用事は済んだのですかね?」
ばあさんが不機嫌そうに尋ねてきた。
「そうだな。後はスタッツの問題ということで、それぞれの関係者に任せるとしよう」
「それじゃあ、私は戻らせてもらいますよ。男が心配みたいだけど、あんたも来るんだよ! これから幹部たちの前で取り調べを受けてもらうからね。そこでは自分とあの男の為にも、全て正直に話しな。まあ、嘘が通用すると思うなら、試してみてもいいかもしれないけどね」
と言って、ばあさんは男を心配そうに見ていた女を無理やり立たせて、ギルドから出て行こうとして急に振り返り、
「そうそう、ジークの歓迎会は予定通り行うつもりだから、遅れずに来るんだよ。もし無理そうなら、早めに連絡しな」
と言ってから、商業組合の事務所へと向かっていった。
そんなばあさんの後ろを、モニカさんは静かについて行ったが……あの人、一言も言葉を発しなかったけど、本当に何しに来たんだろうか?
「全くベラドンナは……ロウ、お前は今二つ星だが、冒険者ギルドの規約に則り、今をもって一つ星に降格させる。それと、最低でも一年はこちらの指示した依頼しか受けることを許さない。それが不服ならスタッツから出て行っても構わんが……どうなっても知らんぞ。分かったな?」
「は、はい……」
ギルド長としてはもしかするともっと重い罰、それこそ死刑にでもしたいくらいかもしれないが、俺に釘を刺されているので規約を出したのだろうが、逃げてもいいがどうなるかは知らないと付け加えたのは、逃げれば殺すと言いたいのだろう。そして、多分それがギルド長が望んでいることなのかもしれない。何せ、逃げ出せば死刑にする口実が出来るのだから。
男の方もそれが理解できたようで大人しく従うみたいだが……これからは針の筵状態が続くだろう。何せ、元とはいえ同じギルドの仲間を売ったようなものだし、それが原因でスタッツ全体を危険にさらしてしまったのだからな。
「そういえばおっさん、今代の雷と戦っている間のどさくさに紛れて、向こうの兵士が四人逃げたんだが、そいつらはどうなっているか分かるか?」
「いや、そいつらの報告はまだ入ってきていないはずだが……もしかすると、どこかに潜伏しているかもしれないな。これは急ぎ調べてみる必要があるな」
おっさんもこのまま無視しておくわけにはいかないと思ったらしく、急いでギルド長と相談しようとして、
「ジーク、一から探すよりも、あれに聞いた方が早いわ」
ディンドランさんが隅に転がされていた敵の捕虜を指さした。