下月上弦『三日月鎌』
夜の数は関係無い。そこでしか存在出来ないから。従順な傀儡。傀儡は傀儡らしく、主を喜ばせることしかしない。
記憶。嵐の様な音。鼓膜と全身に感じる暴力によって身体は自由を失い、浮遊感の中で意識が何度か途切れる。その中で見えたのは青い三日月。
私は多く裏切り、都合良い結果を得ようとした。しかし、それは失敗に終わった。
だから今、偽りの仲間から殴られ、刺され、蹴られている。鈍器で頭が割られ、ナイフが腹部に刺さる。死んでもおかしくない傷。
私の身体は死を許さない。凄まじい速度で再生する肉体。その現象を何とか止めて、殺そうとする人達。怒声と絶叫。全てが重なり合い、更なる嵐が起きる。
私は本当に害悪な存在だ―― でも、その存在で居られる事に興奮を覚える。
害ある存在には、相応に異常な価値観を持っている。再生した身体が握っていたのは三日月の鎌。二本の鎌を振り回し、偽りの仲間を傷つけていく。驚愕の表情を見て興奮し、狂いながら笑う。振り終えた鎌に続く様に飛ばされる手足。痛みによる絶叫が所々で上がる。
それぐらいの痛みで叫ぶ? 私の痛みに比べれば大したことはない。拾って付ければ再生するはず。
溜息を一つ。もう飽きてきた。全員動けなくなるまで切り刻めば終わる。後はどうなっても関係無い。
頭の上から下半身に向けて衝撃。「え?」思わず間抜けな声が出てしまった。
遅れてきた感覚。先程の暴力であまり感じなかった痛みと違い、激痛が全身に伝わる。痛みで絶叫するが、声が上手く出せない。途中から空気が抜けるような音。――それよりも痛い。ただ痛い。痛くて死にそうだ。意識が数回飛ぶ。痛みで再び意識が戻る。飛ぶ。
暗い。何も見えない。音だけがなんとか聞きとれる。
「さすがにこれで死ぬだろう……」
「刀で頭を割られて生きていたらもう出来ることはない。何度も心臓をナイフで刺してもすぐに再生する化け物だ」
「見た目で騙されたよ……」
「これで『ダークムーン』に変化が無ければ俺達は八方塞がりだ」
聞き取れたのはここまでだった。意識を完全に失う前に見た風景。今の場所を俯瞰した風景。
崩壊が始まっている廃ビルの屋上。周囲のビルよりも大分高い。その中心、頭を割られ、脳漿と血を流している少女。フリルが付いたミニのワンピースを着ている。服は汚れていて、それも垢などの不潔な汚れ方。
死ぬんだ―― もう、どうでもいいか――。 そんな風に考えられればいいんだけど、駄目だな。ああああああああああああ、殺してやる。殺してやる。何で私が不幸にならなければならない。もっと綺麗な格好がしたい。好きに生きたい。あんなブス共に殺されてたまるか!
少女の頭部が青く光る。それを隠す様に『ダークムーン』の影が覆っていく。光は闇に飲まれ、再生する。純粋に『ダークムーン』の意思を実行する存在として。
妖しい美しさと力を手に入れた傀儡の少女は一度消える。
そして現在、力を手に入れた少女は大きな一つの意思と、小さく残された意思に従って行動している。