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月田みのり『観測の記録』

私の人生で一番大切なのは妹だ。名前は『黒花』。両親の離婚でお互いの苗字は変わり、住所も変わった。当時の私は中学生。妹は小学生。思春期の中、離婚の出来事よりも妹と離れることが嫌だった。前々から薄く存在していた両親の姿は消えた。私は―― 『黒花』だけ居れば良い。『黒花』が欲しい。視線が合う度に微笑む『黒花』が欲しい。

 


 小さい頃から何をするにも一緒。年齢が上がれば少しずつ出来てしまう距離を予測し、日常の中で妹を第一に考え、優先していた。その努力のお陰で『黒花』と居る時間は減らなかった。


 私は幸せだった。小学校の校門前で待ち、『黒花』を見つけると手を振る。それに反応して小さく振り返してくれる姿はとても可愛かった。家まで送り、私は自分の家に帰る。離婚により住む場所は分かれてしまったが、会うえる機会を極力減らさないようにしていた。でも、週末になると会う機会が少し減ってしまう。なので、週末近くになると私の口数が増えてしまう。


 ちょっと五月蠅かったかな―― 不安に横を歩く『黒花』に視線を落とすと、直ぐに気づき、微笑んでくれる。そして、私が喜ぶ言葉を口にしてくれた。会話中に、週末に予定があると言っていた。不機嫌になるのを押さえ、何とか笑顔を保つ。良い考えが浮かぶ、私がお菓子を作って家に行けば、約束よりも、私と過ごす時間を優先してくれるに違いない。


 だって、私はお姉ちゃんなのだから―― 思い出したくないが、視界から消去した両親を除けば、妹の『黒花』に近い存在は私。『黒花』だって分かるはず――

 

 週末は私の予定通り、二人で楽しくお茶会の真似事をした。

 最近何かあった? 私の他愛も無い質問。毎日聞いているけど、その度に『黒花』の可愛らしい口から出る言葉は何一つ同じものはなく、常に新鮮な状態で鼓膜を刺激する。微笑みもそう。全てが新鮮。私の人生で何より大切で美しい。


 月日が過ぎ、『黒花』に向ける愛情は更に深まった。もっと『黒花』を知りたい。知らない事があるのが許せない。一番に愛しているのは私だから。全てを知りたい。知らなくちゃならない。

 私は監視した。覚悟だけでは生き方を簡単に変えられない、と聞いた事がある。

 確かにそうだ。意思だけで人生を変えられるのなら誰も悩みもしない。望んだ人生を歩んでいる。出来ないからこそ、それを実現出来る人を見ると尊敬するし、そのやり方を真似し

ようとする。

 ただ、私の真似は誰も出来ない。何故なら、私ほど愛が深い存在はいないから。

 あの事件―― 私の心の中で一番憎しみが深い出来事。可愛い『黒花』が危険に晒された。その時の心は表現出来ないほどの怒りで塗り固められ、しばらくの間の記憶が曖昧だった。ひたすら妹の事を考えていた。


 私だけが助けられる―― 私―― 私―― 私だけ――


 現場となった学校に到着した時には事件は収束していた。犯人は逃走。校内に居た複数の生徒、教師一人が、『黒花』だけを助けるように殺されていた。現場を維持している警察の目を盗み、校内に侵入。その最中、まだ警官が発見していない刺殺された女子生徒を見つけるが無視。その腕が何かに向かって伸びているのに気づき、この先に『黒花』がいるに違いない。女子生徒の表情を不意に見てしまう。恍惚な表情を浮かべ、『黒花』の犠牲になれた事に喜びを感じているようだ。


 気に入らない―― 蹴り飛ばす。

 髪を一つ結った少女の死体がリノリウムの床に血の跡を残しながら滑る。


 この先に妹が居る。私が一番に抱き締めないと。強く、この世界であなたを一番に愛しているのは私だと再確認してもらうため―― いや、私が居なければ駄目だと信じさせるためにも。


 走る、走る。汗ばむ身体。両足に張り付くスカートが煩わしい。感じる――感じる。次の角を曲がれば『黒花』が居る。確信の中、視界の端に見えた人影。中庭を挟んで隣の棟。窓ガラス越しに見えた警官らの姿。


 ふざけるなぁ!! 心の中で絶叫。身体を急停止する。両足に激痛が走る。唇を噛み、血の味を感じながらギリギリの所で止まる。角に隠れながら顔だけ出す。


 茫然自失といった状態で座り込んでいる『黒花』に駆け出し、男性警官が周囲に指示を出す。追う様に来ていた女性警官に代わり、毛布で身体を隠す。


 見ている光景が憎い。何でお前が――『黒花』を抱き締める。

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。

 靴を脱ぎ、来た道を戻る。全速力で戻る。何処で間違えた―― 何処で間違えた――?

 間違えに気づかないと、この過去を変えられない。妹の人生のトラウマになる出来事の中に私が居ないなんて許せない。変えるにはどうすればいい――? どうすればいいのぉ――!!

 唇に歯が食い込み、更に血が溢れる。口元から零れるほどの血で顎を赤く濡らしながら走り続ける。

 渇く咽を潤すために血を飲む。次の瞬間、妙案が浮かぶ。

 あの場を再現して、私が刑事として助ければ全てが変わる。過去を塗り替える。過去を塗り替える。そう、変えてしまえばいい――


 何を犠牲にしても―― どんなに残酷な事をしても――


 見えている景色が唐突に夜の闇に覆われ、ゆっくりと青い光で世界が照らされている。


 何コレ――? 世界が変わった?


 脳内に流れてくる言葉と映像。それら全てが私の願いが叶う事を証明していた。希望が生まれた。

 回想を止め、私は現実に視点を戻す。

 あの事件から数年経っている。私は予定通りに刑事になっていた。

 今、『水面市』から『青月市』に移動している。


「『黒花』、あなたは今どこにいるの? 私から逃げる様に生活していたみたいだけど、全部知っているのよ。私の目から逃げられないの。それに早く気づいて、昔の様に一緒に過ごしましょう。誰にも邪魔されず、二人だけの世界でね……」

  



 一日目


『青月市』で『黒花』を見つけるのが難しかった。もっと簡単に見つけられると思っていたが、そうでもなかった。逢えない時間と、私と『黒花』の距離が狂いそうなほど憎い。

 呼吸が荒くなり、怒声を撒き散らす。冷静になれない。早く、早く、あの過去を変えないと。

 変えるのは一つじゃないのだから――



 二日目


『黒花』を見つけたが、妹が戦っている相手の様相に寒気を覚える。『仮面を付けた男』は明らかに異常だった。その動きに対して反応出来ている『黒花』に絶句する。

 私の犯した罪が原因なの――? 最悪でも改変、最善なら消去を願う罪。咽から伸ばす青黒い光の帯、その姿が更に私の罪を大きくする。

『黒花』、それはお姉ちゃんに対する恨みなの――?

 シリンダーから青黒い光を放つリボルバータイプの銃。構えていた両腕が力無く降りる。

「早くしないと……私の『黒花』が……」



 三日目


 全てが回り始め、私の視界は『黒花』しか捉えない。邪魔が入れば入るほど苛立ちは際限無く積もり、冷静さは失われていく。しかし、攻撃は荒々しくも相手を追い詰めていく。心の中で嫌な笑い声を出してしまう。相手のクソ女を追い詰めていく。『黒花』をしっかりと抱き締めている事が憎らしい。だが、妹の身体を守っているという事で多少は許してやる。

『蒼』が刀を大きく振り、斬撃によって身体が吹き飛ばされた。


 意識が戻ると見た事がない女性に頭を掴まれていた。何だ、コイツ!

「何も答えなくていいよ。私は『櫛鬼』。君の願いを叶える者だ。その力を開放してあげよう」

 言い終わると同時に私の身体に変化が起きた。それを確認するつもりは無い。何故なら感覚で分かる。その場から飛び出し、私は再び『蒼』を戦う。コイツを殺せば、後は全て私の考えた通りになる。とにかく『蒼』を殺す。殺す。

 だが、私の最後は『蒼』に首を刎ねられて終わった。

 罪―― 私は、『黒花』を殺した。愛しているから殺してしまった。

 この罪を消さなければ、私は―― 『黒花』と姉妹に戻れない。純粋な愛に戻れない。

 意識を失う瞬間にでも『黒花』の顔が見たい。

 その願いは叶えられなかった。転がった首の終着点、そこは小さなゴミの山だった。


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