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葉月リュウ『ゴミの様な巻物』

一日目


 自分に自信が持てる人は羨ましい。この気持ちが次第に歪んでいき、僕は一体どこで狂ったのか、それすら分からなくなっていた。感情から伝わってくる変化。視界に映る物が歪み、ありえない姿になる。その光景は恐怖でしかなかった。どのタイミングで、その変化が襲ってくるのかが分からない。怯えながら送る生活に耐えられるほどの精神力があるのなら、僕に歪みは生まれない。

自分は、自分をよく知っている。それは全てブチ壊したくなるほど分かる。なら死ぬか? それは嫌だ。何も残していない、残せないで死ぬのは嫌だ。嫌すぎる。痛んだ髪を掴み、頭を掻きむしりながら自室の真ん中で座り込む。


 どうすればいい―――? 僕はこのまま苦しみながら生き続けなければならないのか。

 涙が零れる。腕捲りをした白シャツ、肌に感じる熱が妙だった。なんというか、いつもと感覚が違うような。でも、そんな事ぐらいで現実が変わる訳もない。


 絶望しかない溜息をつき、家族に気づかれないように家を出る。時間は深夜に近い。自宅は『水面市』一丁目に在る住宅街―― 次に続く言葉が脳内で歪む。一瞬、気を失った。

考えていた言葉が蘇るが、違和感がある。――気にする必要は無いな、と思う。

近隣に在る『青月駅』、『青月繁華街』と同じく歴史はある。ただ、住宅街が新しくなる事は少なく、古くなる一方。住民の年齢も高くなっている。古臭く、変わらない事が美徳と考える人が多くなる中、僕はなんとも言えない閉塞感を感じていた。四丁目の方まで足を伸ばし、周囲を見ていると、奇妙な店を見つけた。

『古びた本屋』店名がふざけている。見た目が古いからそう決めたのかもしれないが、もう少し考えても良いのではと思う。店名が青く光り、その光を見ていると妙に落ち着いた。なんというか夜一人で月を見ている様な感覚に近い。


 入口の前で足が止まり、中が気になり覗く。汚れたガラスによって店内は見えない。汚れの隙間から見えるものではよく分からない。しばらくの間、身体を何度も傾けながら見ていたが結局分からない。不思議だった、どうしてこんなに気になるのかと――


 いつもの自分ならここで諦める。気持ちを押し殺してこの場を立ち去る。ただ、それは間違っていないと思う。今までの生き方だ。嫌悪の気持ちがあるが、心に折り合いをつければ問題が無い事だ。

 手が伸び、ドアをスライドさせる。見た目以上に重く感じたそれは、開くことで、僕の不安までも消し去った。


 店内は暖色系の灯りで照らされていたのが、青色の光へゆっくり変化する。奥の方がまるで深海の様な色。経験した事がない光景に自然と歩を進めてしまう。好奇心が抑えきれず、店内を歩き回り、様々な背表紙を持つ本を見つめながら、気になる本を手に取り、開き、ページをめくり、閉じて元に戻す行為を繰り返した。外から感じるイメージよりも店内は広く、結構歩いて入口に戻って来た。

 ―――そういえば、店員は何処にいるんだ? 広いからすれ違って会えなかっただけかもしれないが。


「いらっしゃいませ。そして、一度も間違うことなく選び抜くとは。貴方が次の方なのですね」冷静な女性の声で話し掛けられた。


「うわああっ!!」叫びながら振り向く。立っていたのはメイド服を着た女性だった。青と銀色が混ざった髪が肩に落ち、金色の瞳が僕を見ている。陳腐な表現だが、すごく美人。すれ違えば誰でも振り返ってしまうぐらいに。


「驚かないでください。貴方の方が素晴らしいです」

 ――言葉と感情が比例していないような。でも、それが女性の魅力の一つと感じてしまう。


「えっと……間違っていないって、僕は何かしたのですか?」


「考えなくてもいいです。貴方は権利を得て、その力で自分の願望を叶えれば良いです。さあ、これを受け取ってください」差し出された物を見て、僕は更に困惑する。


 古びた紙の束。本のページを無理矢理むしり取り、それをクリップで止めてある。読めない文字が青く光っている。「これを受け取って、僕は何をすれば……」右手で受け取って紙の束が、言葉を吸い込んだのか、少し重くなった様な気がする。


「使い方も既に分かっていますね。素晴らしい。貴方はただ素直になればいいだけです。欲しいものを、欲しい景色、欲しい状況、それを邪魔する者には罰を。壊れたら、また考える。貴方の世界が盤石になるように」


「さあ、もう此処には用はありません。出ていってください」


 理解が追い付かない状況で僕は外に出された。同時に施錠され、灯りも消えた。

 普段なら不安で吐きそうになる。今回は違った。僕が望む世界はどんなモノだろうか――と、移動しながら考えていた。


 サイズが合っていない白いシャツ。青を基調とした制服のスラックス。ベルトできつく締めないと落ちるぐらいにサイズが合っていない。足元はサンダル。


 これからどうしよう―― そんな事を思っていた時、非常に危険な男を見つけてしまう。『千寿智』アイツに興味を抱かれる事は死に直結すると誰もが知っている。まあ、僕になんて興味を抱くはずはないから、極力目立たない様に行動すれば―― と、不意に向けた視線が彼と合う。時間にしては数秒もない。そんな短い時間で何が出来るのかと考えたが、僕の想像を超えた言葉が返ってきた。


 この状況に僕はどう対応すればいい。訳も分からない状態で先程出会ったメイドに言われた通り、空間に穴の様なモノを作る。此処に逃げ込めば助かる―― 救いを求める様に目を閉じて入った。開けた時、メイドが近くに居て欲しいと願った。しかし、その願いは叶わなかった。目を開くと見えたのは『月見廃墟地区』だった。『水面市』とは違う『青月市』の廃墟地区。綺麗なメイドと話した後、この場所に来る際、此処が『青月市』だと知った。そして、自分には特殊な力があるという事も。

 それなら―― あの『千寿智』を撃退することも可能。急に湧き上がった自信とあのメイドに再び会うにはどうすれば―― と、考えながらも『月見廃墟地区』を自分のエリアにしていった。



 二日目


 恐怖しかない。何だ何だアイツは―― 常識外れもいいところだ。今回は上手く逃げれたが、次はどうすればいい――



 三日目


 あはははははは―― 声が出せない。恐怖で出せない。いや、違う。少しでも僕の存在を知られてはならない。『千寿智』が来る。どうすればいい? 何をすればいい? 繰り返せばその内諦めるのか? 絶対に無い。無いに決まってる。

 笑うしかない。心の中で。誰か、この永遠の逃走を止めてくれ――


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