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神倉結弦『愚者の願イ』

 境界無き夜。数える事が出来ない夜。途切れなく続く夜。『青月市』の別な夜。



 物心ついた頃から、時折、何かが足りないと感じる事があった。小学生の高学年、友達と遊んでいる時、伸ばした足が唐突に感覚を失い、そのまま半身の感覚も無くなる。体勢を崩して倒れる。しばらく上手く動かせずにいると、友達が凄く心配してくれた。その時、動かせない側の目に知らない景色が映る。見たことも無い場所。知らない人達の顔が心配そうにこちらを見ている。幼い自分にはとても怖く、言葉が出なかった。この時間が長く続けば恐慌状態になっていた。だが、奇妙な時間は短く、普段通りに戻る。この状態も、何度も続けば慣れてしまい、またか―― みたいな感じになってしまう。友達も同じで、早く治せよ、グラウンドに遅れるとアイツらうるせぇから先に行くぞ。などと、好き勝手に言う。そんな時は、動く身体の方で追い払う様な動きする。笑いながら先に行く友達の姿を見ながら、不意に考えてしまう。俺の景色を見ている方は何を考えているのか―――?


 次の瞬間、動かない身体の方から暴力的な感情。心が潰される感覚。そのまま呼吸がしづらくなる。何だよこれ! やめろ。やめろ。やめろ―――


「お前こそ誰だよ? 人の身体を勝手に弄りやがって。殺すぞ」声からして俺と同じ歳ぐらい。今まで感じた事が無い怒りに全身から冷や汗が出る。そんな状態でも負ける訳にはいかない、という気持ちで言い返す。


「勝手な事を言ってんじゃねぇ! お前こそ殺すぞ!」


「はあ? テメェこそビビってるんじゃねーか? 調子に乗るなよ!」


「勢いばっかりの口だけなヤツは何人も見てるんだよ。お前こそ殺すぞ」


 相手に負ける訳にはいかない。こんな意味の分からない事ばかり起こす奴だけには絶対負けられない。たが、罵詈雑言だけでは決着もつかない。互いが次の言葉を考えている最中に身体が戻った。イライラする出来事も、繰り返されれば慣れてしまう。次第に適当に流すようになっていた。併せて普通に会話をするようになった。それでも警戒する気持ちは無くなっていない。

「っていうか、この状態はいつまで続くだろうな……?」

 不意に相手が口にした言葉に、俺は思わず驚きの声を出しそうになるが、ギリギリのところで止める。


「何だよ……お前何かあったのか?」近道に使っている薄暗い路地の真ん中、大の字で空を見上げながら言う。


「何もねぇーよ。ただ……世の中に意味が無い事は少ないって言うじゃねーか。なら、この状態に何か意味があるんだろうな……と」


「気持ち悪ぃな」


「まあ、その返答が来ると思ってたよ。ただ、お前とこうやって話をしている内に何だか身体の中で安定した気持ちが生まれるんだ……。オイ! 無言になるんじゃねーよ!」


「……いや、気持ち悪すぎだろ? 大体、安定って何だよ。俺は何も感じないぞ」


「それは別にいいんじゃねーか。俺が感じているだけだからさ」


 アイツの言葉に対して少し嘘を付いていた。俺は別にオカルト的な事は信じていないが、それを信じてもいい出来事を何度か経験した。


 俺に良く似た人物と戦う夢。何度も何度も戦っていた。その表情は期待で満ちている。『魂』、身体の奥底。手が届かない、届くはずもない。そして、分かれて存在する事が出来ないモノ。俺とアイツは魂を分けた存在。どちらかが受取り、一つになる。立ち去ろうとする男の顔、月が放つ青い光で見えなかった。逆光の中、僅かに見えた輪郭に拒絶感が全く無かった。ガキの癖に――だ。

 しばらくアイツの言葉が頭に入って来なかった。唐突に会話が終わり、沈黙。


「なあ、いつか俺達は会うのかな……その時は」


「……、おい! その時って何だよ?」言い終わると同時に身体が動く様になる。上半身を起こし、若干強張った身体をほぐす。溜息が出る。


 ――まあ、その内に話すことがあるだろう。その時には俺の夢の話をしてみようか――

それから一度も身体に異変は起きなかった。声も聞くことが無かった。

 


 二十二歳になり、子供の頃とは大分口調が変り、周囲との会話も事務的な会話しかなかった。アイツとの会話が無くなってからしばらくしてこうなった。周囲は最初驚いたが、次第にそれにも馴染んでいき、付き合う人間も変わり、共に友人も減っていった。


 短髪の半分をプラチナブロンドに染め、残った半分は青黒く染めている。青黒い中で何かが蠢いている。ゆったりとした黒の長袖パーカー。利き腕側が切り取られていて、右腕が剥き出し状態。それに青黒い数珠が太い蛇の様に絡みついている。パーカーと同色のヒョウ柄ハーフパンツ。金色の眉毛が少し上がる。


「誰がお前を必要とする? 何も残せず、何も無い。無理に生きてどんな意味がある。問いに対して考えるな。何故、死のうという考えに直結しない。思考まで愚鈍。動きは更に愚鈍。そこまでして何故世界に残ろうとする? 命を捨てることで全てが上手くいく可能性があるのに。言い方を変えれば、可能性は低く上手くいく事も少ない。何だ、その顔は? 当たり前だろ。お前の存在は矮小で無価値だ。経験を得られなければ存在すら危ういモノに何の価値がある。お前が生き残る為に無理矢理経験する事柄でどれだけの人間が迷惑するか、そんな事も考えられない存在が生きている意味があるのか? 本当に間抜けな存在だ。何だ、暴力に出るのか? 俺は対話で事を解決しようとしているのに、それを放棄して暴力に出るのか。度し難いほどの馬鹿で意味の無い存在だ。なあ? ここまでに存在という言葉を何回使ったと思う。数えておけ。その数だけとりあえず世界と人々に謝罪が必要だ。例えば生かしてやる、という助けの言葉に対し、断る回数を覚えておいた方がいいな。俺なら一度も生かしてやるとは言わないが」


 暗い部屋で、俺は窓に向かって話していた。遠くに離れていた意識が戻って来る感覚。四肢から感覚が戻り、いつもの感覚に戻る。視線の先。カーテンが引かれていない窓からは『水面市』の夜景が見える。ここ数年で感じていた此処とは違う世界。そこは『水面市』の裏側、『ダークムーン』が支配する世界『青月市』。


 ――今夜か。


 部屋の空気が数度振動する。空間に透明で液化したモノが現れる。形を少しずつ変える度に青い光が漏れる。その光に手を当て、ゆっくりと中に差し込む。極限まで冷やされた刃で切断されたかの様に腕の感覚が消える。失われた部分を意識し、それを確信に変える。更に身体を前に出し、俺は飲み込まれた。

『水面市』から消えた俺。移動する際に分かった足りないモノ。あの夢の意味。

 俺とアイツは、一つの魂を分けて存在している。それはいつの日か、一つに戻るという事。



 二つに分かれた魂は互いを求める。しかし、世界が許さなければ途切れなく続く闇に存在する谷に隠れ、見失う。彼は会えない。会えない事を幸運と思うのか、それとも不幸と思うのかは、互いの話を聞かなければならない。魂が語る言葉を。


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