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御影淳二『ウラミ冷雨』

 境界無き夜。数える事が出来ない夜。途切れなく続く夜。『青月市』の別な夜。



 自室の灯りは全て消してある。暗闇の中、逆立ちをしながら目を閉じている。常に日頃、俺は殺されるべき存在だと思っている。その感情は中学生の頃から芽生え、時間共に大きくなっていた。常に暴走しようとする獣の様な感情に合わせて、俺の身体は他人とかけ離れた力を持った。異常な身体能力の高さ。それ故に誰も俺に関わろうとしない。危険な存在として扱われていた。見た目も悪かったかもしれない。プラチナブロンドに染めたショートヘア。身長はそれほど高くはないが、筋肉はしっかりとついている。


 柄が悪く見えて当たり前。ただ、それには理由もあった。繁華街でうろつくチンピラに喧嘩を売ってもらう為。それを見ていた裏社会の組織が絡んでくれば幸運だ。その中なら俺を殺してくれる存在がいるはず。そう考えていたが大きく裏切られた。誰も、俺には勝てなかった。


 全てが短く終わってしまう。俺の意識が、いやそれ以上の何かが瞬時に身体を動かし、一切無駄がない動きで相手を破壊する。肉、内臓、骨、関節が嫌な音を立てて壊れる。

 俺の周囲に点々と横たわる人。呻き声を出す者や微動だしない者。激痛が全身を襲う中でも必死に逃げようとする者。俺を中心に全てが遠のいていく感覚。孤独だった。


 殺されたい。殺されたい。殺されれば楽になる。負の感情が煮詰まり、逃げ場を求めて口から吐き出される。咆哮が周囲に響き渡り、夜の繁華街を彩る電飾が揺れる。遠目でこの荒事を見ていた人達が耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。全ての行為が規格外。

 そして、いつも通りに冷たい雨が降り始める。夜空からも拒否された暴風雨。

 俺は叫ぶ。自分の境遇を、この救いが無い人生を。


 その時に感じる奇妙な気配。視界が悪い中で見る相手は、自分とは全く似つかないはずなのに、現実世界との境界の為に存在する身体。その内側で何かが足りないと知る。満たされないではなく、この形は正しくないという考え。

 ゆっくりと身体を冷やす雨は止む。ゆったりとした黒の長袖パーカーの利き腕だけが切り落とされ、むき出しになった左腕には青黒い数珠が太い蛇の様に絡みついている。強烈な熱を発し始めた腕と背中で水分が蒸発して始める。


 何だ、この熱―――? 背中の肩甲骨辺りが、刺される様な痛みと熱が――

 理解出来ない熱に戸惑いながらその場に座り込んでしまう。次の瞬間。脳裏をかすめた映像に身体が止まってしまう。


 背中に何が出来上がったのかが分かった。両肩の肩甲骨部分に、骨だけの翼に三日月が重なったタトゥー。それが証明だということも――― ゆっくりと立ち上がり、それに合わせてパーカーと同色の蛇柄ハーフパンツが元の形に戻る。プラチナブロンドに染まった眉尻が上がり、眉間に皺が寄る。それに合わせて両口角が異常に吊り上がる。


『ダークムーン』、分かった。俺の願いを叶えてくれるんだな―――


 回想を終え、目を開き、逆立ちを止めて着地する。腕の痺れは感じない。血液が下がっていたことによる頭痛など一切無い。ただ、強烈な眠気が襲ってきた。

 背中にタトゥーが出来た時から一日経過した。時間は深夜に近くなっている。立っていられないほど眠気に負けてベッドへと倒れ込む。そのまま意識は途切れた。



 両目が自然と開く。

 あれから何時間寝たのだろうか―――? 身体を起こし、机の上の時計に視線を向ける。強烈な眠気を感じた時から数時間しか経過していない。不快感無く感じていた光にようやく気付く。青い光。光が極力入らないようにしていた部屋。遮る物を無視して勝手に入ってきているように見える。大小様々な光の線が部屋に描かれ綺麗だった。


 以前なら苛立ちをぶつける様に更に塞ぐのだが、そんな事をする方が間違っているかのように心は落ち着いていた。大きすぎる窓に近づき、頑丈に、更には妄執的に光を防いでいる物を力任せに引き剥す。ボロボロになった粘着テープや段ボールが後ろに投げられていく。ようやく現れた窓は埃とカビで汚れていた。ガラスは埃などで曇っていた。それでもあの青い光は綺麗だった。汚れと経年で鍵は大分固くなっていたが、身体に意識を向けることでそれは一瞬で消え、鍵は壊れた。窓を開ける。そこから見えたのは俺が知っている『水面市』と似ているが、本質が違う『青月市』だった。

『青月市』は『ダークムーン』に支配されている。何故、俺がこの世界に選ばれたのかは分からないが、願望は必ず叶うといっていた。


 俺は死ねる。ようやく死ねる。―――いや、違うな。殺戮をしつつ、俺を殺せる相手が来るのを待てばいいだけ。これだけ綺麗な青い光だ。流れる血の色は美しくなるに違いない。


『月待ち繁華街』の近く、古びたアパートと昔ながら住宅街の中に在る実家。家には自分しかいない。正確に言えば家族が居ない。俺の異常性で全員が家を出て行ってしまった。生活に困らない程度の仕送りと光熱費の支払い。一人で生きていくには苦労は無かった。しかし、空っぽだ。

 自身の周りを埋めてくれるものが無い。欠けているものを埋める様にした無駄な買い物。箱から出される事もなく埃を積もらせている。動線のみが綺麗に片づけられており、その他は危ういバランスで保たれている。


 肉親でも他人でも、自分以外の匂いなら敏感に感じ取れる鼻は、常に自分の匂いしか嗅げず飢えている。常だった獣の動きはようやく役立ちそうな雰囲気だった。

 先程、脳裏を過った光景の意味。この世界には俺と同じ様な存在いる。また、ソイツらの匂いはとても人間らしく淫らな匂いだと。それを知ったところで俺に何をして欲しいのかと考える。その思考は次第に無駄に感じてしまう。


 別いいじゃないか―― そんなに淫らな匂いなら気が済むまで嗅げばいい。もし、腹を無理矢理引き裂いて、掴み出した内臓が良い匂いなら好きなだけすればいい。一気に気分が良くなった。いいまでの人生が馬鹿らしくなるほどに心が落ち着いている。


 そうだ、別に何も気にすることはない。好きな様に生きればいいんだ。

 過去が煩わしく感じる。本当の俺は最初から此処にいたのでは? そう考えてしまう程に気持ちが良かった。それでも、この世界が『青月市』だと考え直し、周囲の探索を始めた。

  

 一時間程度『月待ち繁華街』の周辺を見て回った。影の様な存在を殺す気にはなれなかった。

今、持っている力がどれだけなのか試したい気持ちはあったが出来なった。その為、早く自分と同じ様な存在に出会いたかった。


「こんばんは、そこの変態さん。この世界の支配者にでもなったつもりかい? それなら止めた方がいいよ。こわ~い人達に殺されるよ」


 振り返ると身長は180cmぐらいある女性が立っていた。群青色のロングヘアー。前髪が眉上で切り揃えられている。その下には好奇心を隠しきれていない両目。身体を包む黒のタイトスーツ。胸元が大きく開いたシャツは青い月の光を閉じ込めた様。スタイルの良い両足は網タイツとハイヒール。右手には古びた本を持っている。少し見えた表紙には青い文字が浮かんでいた。それに気づいた俺に対し、女は本を身体の後ろに隠した。


「その怖い人に、俺がなる可能性は?」言い終わると同時に、数珠を巻き付けた腕に力を入れる。両肩の肩甲骨に出来たタトゥーが熱を持ち始める。


「気が早いな~そんなに生き急いでも疲れないかい? 前の世界で色々とあったからこその解放感は分かるよ。でもね、それに隠れた運命が本当とは限らないよ」


 今の気分に水を差され、苛立ちが一気に膨れ上がる。感情が爆発すると同時に飛び出し、左腕を振り抜く。そのままの姿勢で顔をだけ後ろを向ける。


「いきなり攻撃してくるなんて、君は結構どころか相当に凶暴だね。とりあえず自己紹介をさせてくれないかな。私は『櫛鬼』。この『青月市』で情報屋の様な事をしている。適当に市内をフラフラしているから、出会った時に知りたい事があったら聞いてくれ」


『櫛鬼』の内容に疑問。

「生業している割には連絡先が無いなんて信用ゼロだな」


『櫛鬼』はニヤリと笑い。「そこは相手が望む情報を提供するつもりだよ。そこで納得してもらえないようなら、私からその人を避けるから」

 身体を戻した俺に対して言う。


「忠告。いくら『ダークムーン』が有能でも、受動的すぎると間違った方へ進む。あなたの心が違っていれば結果は変わってくる。気をつけてね、『御影淳二』君」

 言い終わる前に再び攻撃を仕掛ける。左腕に伝わってきた衝撃で一撃を入れられたと確信する。しかし、持っていた古い本によって左拳が受け止められていた。


「呆れる。君みたいに人の話を聞かないヤツは久しぶりだ。この情報で機嫌を直してもらいたい。その内に『仮面を付けた男』と呼ばれる人物と会う。この存在は、君の時間による変化を助けてくれる。強さから弱さ。望んだ姿になるのか、新しい姿を望むのかは君次第だけどね」


 夜の闇が『櫛鬼』に集まり、濃度が高まる。

 唐突に現れた闇の塊に恐怖を覚え、腕を引っ込める。夜風に流される様に闇が薄くなると、女の姿は無かった。


「『仮面を付けた男』か……」

 この男を殺すか、それとも殺されるか。

『櫛鬼』が消える瞬間、囁かれた場所へ向かう。

 


 二つに分かれた魂は互いを求める。しかし、世界が許さなければ途切れなく続く闇に存在する谷に隠れ、見失う。彼は会えない。会えない事を幸運と思うのか、それとも不幸と思うのかは、互いの話を聞かなければならない。魂が語る言葉を。


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