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蒼『蒼き刀』

夜は深く―― 甘く香る――

青光の輝きが照らす血の赤

一日目



 銀色の髪をツインテールにして、青いレザーブルゾンの下には黒のキャミソールが一枚。黒のレザーショートパンツから伸びた両足には、レザーの黒ニーハイブーツ。恰好には違和感が無い。ただ、『蒼き刀』を譲り受けた記憶が曖昧で、自分の名前に至っては覚えていない。便宜上、『蒼』と名乗っている。私は一体何をすればいいんだろうか―――?


 時間軸がズレた『青月市』から来たのは分かる。何故だか分からないが。そして、私は既に死んでいる。肉体が活動停止しているのに、若干成長した姿になっている事が理解出来ない。


 どうすればいい? 私に『蒼き刀』を渡した男から言われた言葉に従うしかないのか? 

『櫛鬼』という女性を探す、顔も分からない人間を。

この世界で人の繋がりを作るしかない――

そう考えながら『青月市』の『影の部分』から一歩踏み出そうとした時、ある少女の顔が脳裏を過る。


 この子――― 何でも話し合える仲だった。ただ、最後に見せた顔が残酷だった。更に二人の少女の顔が過る。

 その二人が私を影の中に落とした。情報が処理出来ない。混乱しているが此処を出て、誰かと繋がりを持たなければ――― ふらつく両足を無理矢理進めながら影から出ていく。


 

 僅かな所持金で『青月繁華街』のラブホテルに泊まり、一日目の夜がもう少しで終わりそうだった。時間を確認したわけではないが、感覚で分かる。この世界の特殊な住人となれば自然と分かるようになるはず。ただ、この世界にどれだけいる事になるのか分からないので、二日目の夜で終わってしまえば分からないまま。


 ――誰のために考えているのか分からない。

不安定な精神を落ち着かせるためにも熱いシャワーを浴びたかった。肌身離さず持っていた方が良い『蒼き刀』をどうすればいいかと悩んでいると、私の意思に反応し、青い光を放ちながら形を崩していき、右腕に吸い込まれていった。突然起きた事に焦ってしまう。しかし、右腕に刀の存在を感じる。吸収した腕を見つめながら、出てこい。と呼ぶ。


 放出した光が手に集まり、『蒼き刀』が現れる。


 ――これなら、相手に刀の存在を気づかれないし、何かあった時に瞬時に刀を取り出すことが出来る。便利だなと思い、服を脱いでいく。全てを適当に洗面所あたりに置いていく。


 ホテル自体は少し古めかしいが浴室が綺麗だった。それだけでも嬉しい。浴室に入るとバスタブに溜めたお湯から湯気が立ち、室内は丁度良い温度になった。

 シャワーヘッドを取り、お湯を出す。適当に身体を流し終え、ボディソープで洗っていく。泡を流し、お湯を止め、ゆっくりとバスタブに入る。広がっていく熱の気持ち良さに思わず目を瞑ってしまう。暗闇の中で稲妻の様に現れた映像。目の奥で激痛が起きるが瞼を開く事が出来ない。右手で頭を押さえ、痛みに堪える中、曖昧だった映像が鮮明になっていく。豪快でありながら正確に敵を斬り倒す、以前の『蒼の刀』の持ち主の姿だった。刀を振るっている相手、それは『櫛鬼』という女性。


 二人は会話をしながら戦いを続けている。周囲の廃ビルの壁が斬撃と、それを返した事で出来た奇妙な傷跡が増えていく。互いが手の内を完全に見せていない戦いだったが、そのレベルは高く、少しで巻き込まれれば死へ直結する嵐の様だった。会話の内容を聞き取ろうと耳を澄ませるが何も聞こえない。ただ、攻撃によって破壊される周囲の物が崩れ、歩いている人が斬られ、粘着質な音を立てて落ちる音だけが鮮明に聞こえる。


 声が聞こえないのなら口の動きを読んで―――


 今度は『櫛鬼』が彼の身体に重なり見えなくする。この過去は私に関係する事だ。彼女は他人の過去にも干渉することが出来るのか――

 恐怖が全身に広がり、更には彼女の攻撃がまるで自分の身体を傷つけているように感じ始めた。男が受ける傷と同じ場所に生まれる痛みと熱。それは瞬時に消えるが、自分が彼女と戦っているようだった。男が刀を振る度に収縮する筋肉。同時に次はどの様に刀を振るうか、どの部分に力を込め、更には次の手に向けての体重移動など、様々な事が身体で起きる。繰り返される攻撃。強制的に体感していた事に少しずつ慣れ、あと少しで追いつく――から、追いついた――。そして、過去を書き換えるだけの速度を手に入れた私は。『蒼の刀』で『櫛鬼』を斬った。


 斬られた本人は一瞬意外そうな表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべ、消えていく。

 野太い声で囁かれる。「それでいい。お前はもう俺を越えた」


 次の瞬間、強制的に瞼が開き、私は荒くなった呼吸を整えながら身体を見る。筋肉量が増えていた。この刀の持ち主は、私に自分の技術を体得してもらいたくてこの仕組みを作っていたのか――?


 あれだけの技術を持っていながらも『櫛鬼』を倒せなかった。そして、私は『櫛鬼』が何をしようとしているのか分からない。だた、彼女の存在はこの世界で良いモノではないという事と考えなければ、私の存在の意味は分からない。早く会って話をするべきだ。


 あなたは何者だ? そして、私は何をするために此処にいるのかを知らないと――

 再び目を瞑り、バスタブに潜る。今度は何も起こらなかった。聞きなれた水の音だけが響く。



 二日目


 昨日の夜、風呂から上がると強烈な眠気に襲われベッドに倒れ込む様に寝てしまった。目が覚めると不思議な事に服を全て着ていた。この状況は非常にイライラした。誰が服を着せた? 着せるという事は裸を見ていることになる――


 右腕に意思を込めると刀が現れる。左手で鞘を握り、抜刀する。素早く刀を戻し、再び抜刀。

 空間に青い残光。

 高速二連撃によってベッドが崩壊。そのまま交差した斬撃が壁を破壊。刀を収めると同時に崩落。生暖かい夜気を含んだ風が銀髪を揺らす。


冷たく照らす青い月光が見えた。勢いよくその穴から飛び出した。しばらくの浮遊感から重力に引かれて着地。居酒屋の屋根に足跡を付けた後、そこから跳躍。道路に立つと、先程の居酒屋から人が出て来る。何が起きたのか不思議そうに空や周囲を見ている。人影が立体的になった姿の中心には青い光があった。その輝き方は『ダークムーン』の光と同じだった。その人達を見ていると、不意に強烈な頭痛に襲われる。記憶が蘇る。


 ――私が、誰かに何かを聞いている。


「ねえ、その人達を間違って斬ってしまったらどうなるの?」その時の私の気持ちを正確に知ることは不可能だが、再生された声には単純な疑問程度しか含まれていないと思った。


 男の深い溜息。

「この世界で殺されたら、表の世界『水面市』で死ぬ。原因不明の死に方でな。死が続けば大量死亡事故などで処理される。だから、この人影を簡単に傷つけるな。決して命が無い存在ではないのだから」


 頭痛に耐えるために閉じていた目を開き、振り返る。通りには多くの人が歩いている。私はぶつからない様に歩いていく。


 この『青月市』の状態を知りたい。一体どれだけの広さがあり、何処に何があるのかを。併せて『櫛鬼』の情報があれば収集していく。足早になり、そのまま跳躍。低い建物の屋根に着地、そのまま更に高い建物に向けて飛躍。繰り返しながら移動していく。

 


 最初に居た場所、『青月繁華街』そこから『月栄地区』『青月駅』と移動。そのまま西へ向かい『月の刃公園』と『月見廃墟地区』に来た。地名を知ることが出来たのは、周辺を歩いていた影の人に触れ、記憶を覗き見したから。歩行者を避けようとした時、偶然に触れたことで分かことが出来た。こんな力まであると思ってもいなかった。

今、立つ『月見廃墟地区』から北に見える大きな影。それは境界線でも有るかの様にしっかりと切り分けられている。奥は全く見えないが、私は此処を知っている。その気持ちが次第に強くなると、意識だけが引き抜かれ、その闇に飲まれた。


 世界は今よりも青い光に照らされていた。『ダークムーン』の光が強い。私の周囲には笑みを浮かべた男女が立っている。互いが信頼を抱いている表情だった。それを見上げる私の顔は全く動いていない。


 ――相変わらずの無表情だな。


まあ、それでも可愛らしい顔をしているからいいじゃないか――


 それってセクハラじゃない?


 おいおい、そんな程度でセクハラ扱いかよ?


 なんとかこの世界から『水面市』に戻れたら、このメンバーで会おうじゃないか。


 そうだな――


 いいね。


 希望に満ちた顔が唐突に苦悶に変わる。血まみれの中で倒れている姿。絶命している顔。その顔すら剝ぎ取られて無くなっている人もいる。残酷な光景に思考が一時停止、後頭部に受けた衝撃で思考が強制的に戻り、私は絶叫した。


 影から意識が戻り、先程の絶叫が続きそうになった瞬間、少女の叫び声が響く。

 開いていた咽と口が止まり、そのまま咳き込む。呼吸を整えながら声が聞こえた方向を見ると、二つの影が交差し、再びぶつかり合う姿が見えた。遠目でも分かった力の差。私は、戦いが続いている方向へ向けて飛翔する。


 

『仮面を付けた男』と少女が戦っている。

 気配を殺して路地に着地。そのままビルに隠れながら移動。戦っている二人を見上げる位置で足を止める。


『仮面を付けた男』その仮面が異様だった。人間の目の写真を紙にコピーした物を細かく貼り付け、顔中に目が有る状態。その中で動く目が男の物だろう。目から感じるのは仮面から受ける印象とは真逆だった。何かに怯えている?


 攻撃を受けた黒髪の少女を追って男が跳躍する。

 私も急いで追う。ようやく見つけた私と同じ存在。更なる情報と繋がりを作るには少女に加担した方が良い。


 その場で両膝を曲げ、力を込める。斜めに跳躍し、右腕から呼び出した刀を壁に突き刺す。その場一回転し、刀を足場にして跳躍。足場だった物は同時に右腕に戻る。

 勢いがついた後は、建物のみを足場に近づいていく。

 低く、加速した飛翔。右手に刀を握り、そのまま斬撃を放つ。少女が咽から伸ばした青黒い光の帯が『仮面を付けた男』の首元に向かって伸びる。その攻撃に合わせた私の斬撃が男の身体を斬り裂くはずだった。

 青い月と同じ光を持つ大きなナイフに斬り落とされ、少女の攻撃は頭を奇妙な方向へ曲げることで回避。


 仮面だけが異様で、あとは普通の人間と同じ形をしていたから予想が出来なかった。この世界に来ている時点で普通では無いことを失念していた。

 ただ、相手の武器が分かっただけでも幸運。ナイフの長さと刀では近接戦闘では相手が有利。なら、回避不可能な状態、もしくは長さを生かした攻撃―― 刀を収め、抜刀しようとした時、視線の先の男が立ち止まる。


 仮面の位置を元に戻し、「ありがとう……経験が身体に満ちていく」


 私達よりも少し高い廃ビルの上に立ち、見下ろす形で少女の方を見る。

 少女が光の帯を握りしめ、その先を男へ向ける。


 しばらくその姿を見ていた男が、今度は私の方へ顔を向けた。

 来るのか―――? 抜刀の構えで相手に殺気を向ける。


「また、お願いしてもいいか?」


「何をだ?」


「経験させてくれ。俺が俺を納得するまで……」言い終わると、轟音と共に廃ビルの一部破壊される。それは男が凄まじい脚力でこの場から飛び出し、逃げたという事だった。


 周囲に広がっていた緊張感は消え、私は構えを解く。

 物音に気付き、そちらを見ると、少女が逃げようとしていた。

「待って! 私は敵じゃない。少し聞きたい事があるんだ。あなたに危害を加えるつもりはない。だから少し話を」


 少女は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 何も答えてくれない少女に私は困ってしまう。と、視線が私の刀に向けられていることに気づき、元に戻す。そのまま両腕を上げ、何も武器を持っていない事をアピールする。


 数秒間、私の事を見ていた少女も握っていた青黒い光の帯を咽へ戻した。

 私は、少女の姿を見ていた。それが次第に妙な雰囲気になっていく

 何か話題を作って話し掛けないと―― ストレートにこの世界には来たのはいつだと聞くのもいいが、それだとどうにも失礼になる。これから少女の様な存在に出会える可能性があるのか分からない。会えたとしても瞬時に戦いになるかもしれない。先程の『仮面を付けた男』の様に。


 何か話さないと―――


「助けてくれてありがとうございます」

 イメージ通りに可愛らしい声でお礼を言われた。その声に聞き惚れてしまい、また聞きたいと思ってしまう。その感情に引かれ、意識が朦朧としてくる。両足が身体を支えていられなくなり、膝を付きそうになった時、意識の関係無く現れた刀の切先が右手を刺す。痛みで意識がしっかりとする。

 何だ? 今の―― これが少女の力?


「えっと……」


 私は慌てて空いている手を振る「何も無い。ただ少し眩暈がしただけ。大丈夫」


「あの、良かった少し座って休みませんか?」


「構わないが」少女のからの提案に対し、少しぶっきらぼうに答えてしまった事を後悔して言い直す。


「済まない。せっかく誘ってくれたのに、乱暴な言い方をしてしまって。好意はとても嬉しい。ありがとうございます」早口で言い終え、頭を下げる。


 可愛い笑い声の後に、「大丈夫です。気にしていませんから。謝る必要は無いと思っていましたが、貴方の丁寧な対応がとても嬉しくて良い出来事になりました。小さくても心が温まる思い出が一つ」


 言い終わった後の少女の笑み。全てが私の身体に染み込み、少女に対する警戒は完全に消えていた。


「お名前をお伺いしても宜しいですか?」


「あ、すみません。私は『蒼』と言います」


「『蒼』さんですか? 苗字ですか? それともお名前ですか?」

 少女の問いが心に突き刺さる。しかし、これは受け入れた事だ。聞かれる度に気にしていられない。


「名前です。すみませんが苗字は答えられません」答えられないという嘘で通す。


「分かりました。私は『氷解黒花』です。『黒花』と呼んでもらえると嬉しいです」


「分かりました。『黒花』さん、宜しくお願いします」


「『蒼』さん、私は呼び捨てで構いません。私はさん付けで呼ぶのが好きなので、蒼さんで宜しくお願いします」

 さん付けと、その優しい笑みは反則だ。何もかも許してしまう。


 一つ咳払いをして、「分かりました。早速で申し訳無いのですが、先程争っていた『仮面の男』は誰ですか? 突然襲われたとかですか?」


 軽く頷いた後、夜風が『黒花』の身体を撫でる。青を基調としたブレザー、チェックスカートとハイソックス。制服が広がるのを手で押さえた少女のセミロングの黒髪。風が弱くなる。『黒花』が髪を手で梳かす。青い粒子が舞った。

 その光景を見て、一度は警戒するが、視界から消える青い光が儚く、切ないモノに感じてしまい、私は『黒花』を抱きしめたい気持ちになった。

 

 

 黒花と『仮面を付けた男』の関連を聞いてみたが、少女は何も知らないと答えた。この『月見廃墟地区』にたまたま来たら、彼が居て、短い会話をした後、争いが始まったと。その会話の内容も聞いてみたが、特別変わった内容ではなかった。私が、『黒花』に抱いた感情と同じで、初めて自分と同じ様に存在に出会えた事、その喜びと、この世界の情報を共有だった。


 私は会話をしている最中に抱いた疑問を口にする。

「『黒花』はこの世界に来る前は何処に居たんだ?」


「場所は『水面市』です。最近、嫌なことばかりあって気持ちが落ち込んでいた時、強烈な眠気に襲われて、目を覚ましたらいつもの世界じゃなかった。寝ている時に見た奇妙な夢の続きかと思いましたが、カーテンを開けて外を見たら、間違っていませんでした。その後はベッドで座り、ぼんやりとしていたら妙な気持ちが溢れて来て、『この世界は私の願いが叶う場所に違いない』願いを叶えるためには、どんな行動を取らなくてはいけないかが、頭の中で映像が流れました。終わると同時に咽付近が痛くなり、鏡で見てみたら三日月が左右に並ぶタトゥーが出来ていました」


 白いシャツをずらし、私の方へ見せる。そこには話した通りに三日月があった。そこからは『蒼の刀』と同じ力を微かに感じる。つい先程の出来事を思い出し、口を開く。


「『黒花』はそのタトゥーから青黒い光の帯を出して戦うのか?」と、質問してから後悔に襲われる。会って間もない人間に対し、そこまで自分の事を話す必要は無い。発言内容よっては、そこから推測し、弱点を見つけられる可能性だってある。


「そんなに慌てた表情をしなくても大丈夫です。『蒼』さんが、殺したいのなら、私は殺されてもいいです。そんなに価値がある人間ではないですから」


「なっ、何でそんなに軽々しく言うんだ! 死んでしまったら全てが終わる。その瞬間に後悔が無いのならそれでもいいが、私はそんな人はいないと思う!」


「価値を見出すのは難しいですよ。相手が持つ期待に応えられるだけの人なら良いです。それに向かって努力出来る人も素敵です。どちらでもなく、ただ期待だけされ、生かされ、簡単に命を差し出し助けられるだけの存在に、価値はありません」


 鼓膜を揺らした音が次第に咽を締め付け息苦しくなる。

声が意思を持った様に気道を塞いで来る―― 

「暗い話をしていても仕方ありませんよね。『蒼』さんに、出会えた日が台無しになってしまいます」 

 明るい声に戻ると同時に息苦しさからも解放される。少し呼吸がしづらいが、少女に気づかれない方が良いと判断し、咳払いで誤魔化す。

「『黒花』が良ければいいのだが、私と手を組まないか? 『黒花』がこの世界で何をしたいのかは分からないが、私に出来ることなら全力でやる。だからどうだろう?」


「……それは嬉しいですけど、私の願いは……」

 沈黙が二人の間に生まれる。その無言は、心の奥底に仕舞いこんだ思いを口にする為に必要な時間の様にも感じる。

『黒花』が深呼吸をする。そして――

「私は罪人です。生きている価値が無い存在です。『蒼』さんの、願いが叶ったら、その時は私を殺して下さい」


 罪人という言葉が脳内で駆け回る。私が反応出来ていないと、少女は話を続ける。

「『仮面の人』以外にも、私は出会っている人がいます。会話だけでしたが、名前は『白浜梨露』彼女は危険です。あの人……何でも漂白します」


「漂白?」


「はい。その人が大切にしているものは真っ白に。新しくに何か染めるための準備みたいな事を」

『黒花』の話を聞いて背筋が寒くなった。何だ、その存在は―― ソイツと出会ってしまい、相手が漂白すると考えてしまえば、その後どうなるかは容易に想像出来る。

 今度は私が心中を吐露する番だ。少女の気持ちを裏切る訳にはいかない。だから、過去を―― 残っている記憶の中で拾上げたモノを――


「私は決断が出来ない。周りにいた人達が全て決めてくれた。年上で、常に先の事を考えて生きていた。幸せな未来を手に入れられるために。私は後をついて行けば良かっただけだった。だから……決めることが出来ない。逃げたい気持ちが強くなる。安易な気持ちで『黒花』の手伝いをしたいと言ってはいない。ただ、『黒花』を殺す約束は簡単に出来ない。ごめん……。あなたの一番の願いなのに」零れそうになる涙を堪える。


 視界の端で動く二本の腕。遅れて柔らかい『黒花』の身体に抱き締められる。

「『蒼』さんは、本当に優しい。羨ましいな、『蒼』さんが、心地良く感じてしまう先輩方。私も欲しかった。お願いの続きですが、『蒼』さんの、自由にして下さい。それで構いません。その代わり、私と一緒に居て下さい。常に、どんな時でも」

 弛緩していた両腕に力を入れ、私は『黒花』を抱き締める。耳元で囁く「分かった」

 私達はしばらくそのままで居た。

 遠くから感じていた殺気を無視して――




 三日目

 

 目を覚ますと隣に『黒花』が寝ていた。その姿を見て安心した。二日目の夜、抱き合っていた最中に強烈な眠気に襲われて、そのまま意識を失った。次に目覚める場所で離れ離れになっていたらという不安があった。『黒花』の顔を見ている。私の視線に反応したかの様に目が開き、視線が合う。黒花が微笑み、「おはようございます」と言った。


「おはよう」私も笑みを浮かべた。


 身体を起こした黒花と窓から差し込む青い光。ダークムーンの光が部屋を照らしている。

「『黒花』、最初に情報の共有をしようと思う」

 起き上がった『黒花』が、「そうですね。それを行ってから今日の動きを決めましょう」

 私は『櫛鬼』という人物を探している。その人物から話を聞けば、私の過去は分かる。そして、何をするべきか。

『黒花』の方は突然奇妙な事を言った。私は死んでいる。その言葉に意味が分からず、再度聞いてしまう。


「死んでるって……? 昨日は私に殺してほしいと言ったじゃないか?」


 明らかに雰囲気がおかしい。目を見開き、何処を見ているのか分からない感じだ。先程までは普通だった。だとすれば、この部屋に変化の原因となるモノがあるはず――


 辺りを見渡し、一番関係していそうな青い光をまずどうにかしようと思った。しかし、カーテンが無い。何か光を遮る物がないかと探すが、それらしい物は無い。あるとしたら、二人で使っていた布団ぐらい。

「『黒花』、少し動いてくれ」と言っても動く気配が無いので、座っている布団を引っ張る。そのまま布団を羽織って抱き着く。簡易的に作った闇の中でしばらく過ごす。青い光が私の背中に当たる様にして、『黒花』を守る。


 どれぐらい時間が過ぎただろうか。長い時間の後、小さな声で礼を言われる。

「『蒼』さん……ありがとうございます。もう、大丈夫です」


「本当か? 無理してないか?」


「大丈夫です。あと……死んでいるって話ですが、私、姉に殺されています。罪人のまま、死んでいるなんて……」


「ちょっと落ち着いてくれ。死んでいるのに何故『黒花』は普通にしていられるんだ」


「それは私が聞きたいわ」この場に存在しない声。


 左腕で『黒花』を抱き締め、右手には『蒼の刀』を呼び出す。既に抜刀状態。横薙ぎに一閃。

 斬り裂かれた布団が吹き飛ぶ。手応えが無い。そのままベッドを蹴り、壁に向かって飛ぶ。『黒花』を包み、私の背中で壁を破壊。とにかく距離を作る必要がある。そうしなければ、相手がどんなヤツなのかも分からない。圧倒的に不利な条件を無くさなければ――


 体勢を整えている最中、銃声。私の肩を掠める銃弾。

 マズイ、遮蔽物を利用してこの場から逃げなければ。


 破壊した壁の穴から見えたのは、『黒花』に似た顔をした女性だった。セミロングの黒髪。パンツスーツ。両手で握っているのはリボルバータイプの銃。シリンダー部に青黒い光が漏れている。銃声が響く。高い射撃能力で、私だけを狙ってくる。しかし、それは都合が良かった。刀を振り、銃弾を斬り落としていく。


 目を閉じていた『黒花』が現状を見て恐怖する。そして、「どうしてお姉ちゃんが此処に……?」

 次から次へと起こる事態に私も混乱し始めていた。何とかして逃げないと――


 強烈な頭痛。フラッシュバックの様に見た映像の中で、混乱した中で身体に突き刺さる刃物の感覚。命の炎が消えていく感覚を思い出した――



 二人で落下し、少し早く着地した私が『黒花』を受け止める。悠長にこの場に立ち止まると上空から射撃される――

『黒花』を抱き締め、走り出そうとした時、強烈で全身が硬直しそうな殺気に貫かれる。


 嘘だろ――!? あの距離をどうやって無くした! クソッ、身体動けぇ!! 


 上半身と下半身をくの字にへし折り、紙一重で『黒花』の姉の攻撃を避ける。それを想定していた彼女が素早く下段蹴りを放つ。だが、それは私も予想していた。軽い跳躍から回し蹴りを放つ。防御出来なかった相手はそのまま吹き飛ばされ、壁に激突。派手な音を周囲に響かせたが、相手の動きを止めるだけのダメージを与えていない事は分かった。素早く刀を呼び出し、廃墟の建物を斬り、逃走。出来上がった空間に飛び込もうとした瞬間、不意に横へ動かした視線が捉えたのは、瓦礫によって出来た埃を突き抜けて来る姿だった。


 何だ、アイツは――!? 今の状況を素早く整理しなくてはならない。それには『黒花』から目覚めてもらい、話を聞かないと事が進まない――


「『黒花』! 起きてくれッ!」私の呼びかけに反応はするが、目を覚ます様子は無い。その間にも追って来た女が銃を撃ってくる。正確無比でありながら、私の動きも想定し、二撃目には動いた先を射撃してくる。


 回避から刀での撃ち落とし。更には撃ち落としから再び撃ち落としの回避。足場が悪い所へ誘導され射撃。廃墟を貫く形で移動するため、壁を斬り、併せて銃弾を斬り落とす。

 青黒い光を引く銃弾と青い光を放つ斬撃が激突し、消滅を繰り返してく。光で照らされる空間が『青月市』の『影の部分』に向かって移動していく。


 どうにかして今の状況を変えなければ『影の部分』に入ってしまう。私はおそらく大丈夫だ。ただ、『黒花』がどうなるか分からない。何か悪い影響が出るのだけは絶対に避けたい。

 何故、私には影響が出ないと自信を持って言えるのかは分からない。今、考える必要が無いのなら考えない。無駄な事に思考を回せる余裕は一切無い。


「起きてくれ! 『黒花』!!」耳元で叫ぶ。

 ようやく反応してくれた少女の目が開き、視線が合う。


「時間が無い。『黒花』、後ろから追って来るヤツは誰だ!?」


「私の姉。『月田みのり』です。『蒼』さん、私を置いて逃げて。あの人の目的は私だから」


「馬鹿な事言っている暇は無いはずだ。しっかり身体に捕まっていてくれ。そうすれば本気で刀が振るえる」


「え?」


「抱き締めろ、『黒花』ッ!!」

 叫ぶと同時に身体を回転。左手には鞘。素早く刀が戻され、一時の溜め。そこから空間までも切断してしまう程の速度で刀が抜き出る。一瞬の遅れ無く青い色の斬撃が横一閃に空間に生まれ、『月田みのり』は避けることが出来ずに斬撃を受ける。そのまま吹き飛ばされた。


 ようやく距離を作れた。このまま何処かへ逃げれば体制を整え直せる。

そう考えながら『黒花』を下す。少女は俯いていた。


 何を考えているのか分かる。だからこそ会話を斬り出すタイミングが分からない。しかし、いつまでも此処に居る訳にはいかない。ようやく出来たチャンスを無駄には出来ない。

 あと、此処は『影の部分』近すぎる。今すぐに何かが起きる訳ではないが、『黒花』を早く遠ざけたかった。


「此処からはや……。えっ?」胸元から見えたのは鎌の先端。見覚えがある刃物に苦痛よりも恐怖が上回る。それでも気力を絞り、後ろを見る。


 歪な笑みを浮かべて立っていたのは『下月上弦』と『下弦上月』。

『影の部分』から吐き出された遺物に様に。そして、私もある記憶を思い出した――



 胸の傷は不思議な事に致命傷に至らなかった。

 未だに意識がはっきりしない『黒花』を抱き締め、力が抜けそうな右腕を何とか支え、刀の切先を二人に向ける。


 このままだともう一度死ぬことになる。何故、私が生きているのかは分からないが、今はそれを考えている時じゃない――


 金属が擦れる嫌な音を立てながら車椅子が向かって来る。乗っているのは『下月上弦』青色に銀色が混ざっているセミロングストレート。前髪は切り揃えられており、夜風で舞う度に青い光が生まれる。十二歳ぐらいの少女はフリルとリボンで装飾された黒のミニワンピースを着て、荘厳に装飾された車椅子に乗っている。その車輪が金色の三日月になっている。


 胸から突き出たのはコイツの鎌だったか――


「何か言いたそうね。汚らしい視線を向けないでくれる。目障りなんだけど」高圧的な口調に似合わないぎこちない動きで車輪を手持ちの鎌に変化させる。


 向けられた鎌を叩き落して逃げるか―― だが、傍観者の様に存在している『下弦上月』の動きが予測出来ない。安易な判断が二人の終わりに直結する――


 ピンク色に銀色が混ざったロングヘア―が綺麗に巻かれ、ふわりと動く度に青い光が生まれる。十五歳ぐらいの少女は白のワンピース。リボンとフリルで可愛らしく装飾されている。可愛らしい白の椅子に座り、夜空を見上げている。それだけ見れば個性的な少女。しかし、月光で伸びる影は空に伸び、黒い鎌を作っていた。メトロームの様に揺れている凶器は私達を攻撃するタイミングを計っているよう。


 少女が見る。眼球が微かな青い光を明滅させる三日月だった。その影の部分で何かが蠢いているが、この位置からは見えない。

「ねえ? アナタ、『櫛鬼』を知っているでしょ? 彼女は何処にいるの? すぐ殺したいんだけど?」見た目と真逆な、興奮した口調で話す。


「貴方達も『櫛鬼』を探しているの? 奇遇ね、私も探しているの。同じ人を探す仲間として、この場は仕切り直ししない。あまり今の状況は良くないと思うのよね? どう? 私の提案」

 頭に浮かんだ言葉を適当に繋げて話す。少しでも時間を作って、『黒花』が目を覚まさせないと――


 少女らが顔を見合わせる。不思議なそうな表情を浮かべ、同時に少女ら使役する鎌が動く。

 駄目か―― 舌打ちと共に上下から迫っていた鎌を刀で叩き落す。そのまま軌道を変えていくる刃を叩き落し、一旦距離を取るが、それを無視して伸びる。


 腕と足に鎌の先が突き刺さる。痛みよりも『黒花』を守る方が重要。気を失っている『黒花』を呼ぶ、「起きて! お願い!」強く呼んでも反応が無い。それでも諦めるわけにはいかない。距離を無視するのなら、懐に入って攻撃速度で勝負するしかない。それも長く続かないはず。数撃で動きを止めないと――


 再度距離を作る為に後方へ跳躍。私の動きに合わせて伸びて来る二本の鎌から視線を外さない。そして、着地と同時に両足に力を込める。先程とは真逆の力で相手に向かっていく。通り過ぎる二本の柄を視界の端で見ながら、最速の一撃を放とうとした瞬間、「そのまま。私が隙を作るから」

 目を覚ましていた『黒花』の咽のタトゥーから伸びる青黒い光の帯。その先端が『下月上弦』と『下弦上月』の目を攻撃。想定外の攻撃により、動きが一瞬止まる。時間にして短すぎるが、私には十分過ぎる。腕から離れた『黒花』はコンクリートの床を転がる。立ち止まった私の上半身が捻られる。下半身から生み出すエネルギーが伝わり、増大した全ての力が刀を握る腕に伝わる。即死の一撃が放たれた。あまりの速さに少女らは呆けた顔をする。その顔が驚愕するまでに一秒も掛からなかった。意思に反して重力に負けて落ちていく身体の一部。


 少女らの身体は四つになった。車椅子も椅子も数を増やした。

 振り抜いた刀を戻し、『黒花』の方を急いで見る。左手を弱々しく上げ、手は親指を上げていた。黒花には似合わないポーズだったので思わず笑みを作ってしまう。


 えっ―――?

 

「凄い攻撃だった。私でも避ける事は難しいだろな。でも、まあ、何というか。君達は素敵だから『月田みのり』を覚醒させておいたよ。今の彼女はとても強いよ。さて、私はそろそろ退散するかな。『ダークムーン』はもっと残酷な世界を見たいと言っている。祈っているよ。」忘れようとしまえば忘れられ、音が意思を持って変化する。悪意と異様としか言えない声が鼓膜を叩く。


 声の主は近くに立っていた。

 眉上で切り揃えられた前髪の下には好奇心を隠せない目。黒のタイトスーツの下には青い月の光の様なシャツ。胸元が大きく開いている。両足は網タイツとハイヒール。

 記憶の中で曖昧だった姿が明確になり、嫌な記憶まで鮮明になっていく。強烈な頭痛と吐き気が収まると、制御が出来ない殺意に身体から異音が発生する。その音は骨が折れ、再生をするような不気味な音。耳障りな音ぐらいで私の感情は抑えられない。


 私の変化に気づいた『黒花』が振り返ろうとする。

「櫛鬼」は両腕を捲り、上腕に有る二つのタトゥーを繋げる。三日月の中に宝石が描かれた絵が出来ると同時に、そこから古びた本が出て来る。青い光を放つ本が『櫛鬼』を飲み込み、大きな光が起きる。それがゆっくりおさまると、そこには誰も居なかった。


「黒花ァ!!」銃声が二つ。

 右腕に衝撃と痛み。そのまま刀を落としてしまう。声の主は分かっている。


「お姉ちゃん……」


『月田みのり』が銃を構えていた。遠く離れているがアイツが持っている武器から青い光が立ち上り、『櫛鬼』が言っていた事が嫌でも分かる光景だった。


 私は、以前の出来事を正確に思い出す。アイツが持っていた銃はリボルバータイプだ。連射すれば必ず装填する必要がある。それにどれぐらい時間が必要なのかは分からない。ただ、その短いと思う時間を利用して致命傷を与える。そうすればこの場を切り抜けられる。


「ちょっと、痛いじゃない。生意気だネ。もう殺そうか」不気味な音を立てながら身体を再生している『下月上弦』。


 私と『黒花』の視線が合う。最悪の状況だ―――

 攻撃と同時に此処から逃げる。多少の攻撃も私が『黒花』を庇えば何とかなる。いや、何とかする。私の決意が伝わったのか、『黒花』がゆっくり頷き、腕から抜け出る。


 再生中の『下月上弦』に向けて青黒い光の帯の先端が伸びる。地を高速で這う蛇の様に移動させ、攻撃。

 判断をミスした『下月上弦』の足と腕に突き刺さる。叫び声と怒声を放ち、早口で罵詈雑言を言った後、持っていた三日月の鎌を投擲。

『黒花』に当たる瞬間に軌道を変えた。斬り裂かれるはずだった身体は光の帯によって弾かれ夜空に飛ばされる。


「クソガキがぁ!!」消えたはずの鎌が手に戻り、それを杖にぎこちなく身体を起こす。


「あなたと同じぐらい年齢よ。もう少し綺麗な言葉を使った方がいい。あ、ごめんなさい。趣味が悪そうだから、言葉だけ綺麗なんて無理ね」


「その口を閉じろ。お前ごとき、私が本気で攻撃すれば終わる」


「なら、再生している最中で殺されても貴方は負けを認めないわけね。都合が良い考え方。そうやって現実から目を逸らして生きていたから、真実を突きつけられると怒りが抑えられない。クソガキは貴方ね」


『黒花』の作戦が分かった。私に『月田みのり』を殺して欲しい。もう一人は引き受ける、けど長くは続かないから。

 短い期間しか一緒に居なかったが、少女が思っている事は分かるつもりだ。作戦を決めて行動するだけの時間が遅ければ、死へ直結する可能性が高い。

『黒花』が戦っている姿を見て明らかに激高している姉に対し、「お前の相手は、私だ。少しは妹離れしたどうだ? 嫌われているのが更に酷くなるぞ」


 連射。銃弾が私に向かってくる。斬撃、戻された刀が神速の二撃を放ち、全ての銃弾が斬り落とされた。


「ただ連射すれば殺せる相手だと思うな。私の刀が届く位置、そこがお前の死だ」


 廃ビルを足場にして迫って来る彼女に対し、手摺を斬り、右足で蹴り飛ばす。相手の着地を狙っての攻撃。体勢を崩したとこに追い打ちで斬撃を放つ。青い斬撃によって破壊され、瓦礫と埃が舞う中で飛び出してきた『月田みのり』まで距離を詰め、『黒花』から離す目的で蹴り飛ばす。

 油断したところの攻撃は効果的だった。廃ビルの壁に叩きつけられて室内飛び込む。

 跳躍から適当な物を足場にして飛翔。私も穴へ飛び込む。



『黒花』と『下月上弦』の戦いは若干『黒花』が有利に進んでいた。ただ、本人は凄まじい緊張感で限界が近かった。今、優勢にいられるのは再生箇所を狙っているから。それも予想が幸運で当たっているだけ―― このまま続ければいずれ形勢は逆転する。考える――それは無駄だと気づくのは早かった。この力はこの時の為にあったんだ――


『下月上弦』に近づき、囁く。

「私には特殊な力があるの。でも、それは、私は好きじゃなかった。でもね、それも乗り越えられる事が来るの。ねぇ、褒めて。私を助けて」


「何を、いッ!! おまッ! やめろ!! 頭に入ってくるな!! 犠牲の心を植え付けるな」


 私の言葉に力がある。過去の事件の原因は分かっていた。だから、使いたくなかった。けど、私は『蒼』を助けたい。


 青黒い光の帯。その先端が苦しむ『下月上弦』の頭に刺さる。私は中を探す。

「素敵な力が有るじゃない。この力、使って……お願い……」命令の言葉を甘い充足感と共に流す。


「やめろぉぉぉぉぉ!!!」



『月田みのり』の攻撃は、最初は戸惑ったが、彼女の攻撃にはパターンがあった。これを多用すると『黒花』に危険が及ぶ。確実に銃弾を斬り落とせる自信が無い時には使えない手。射線上に私と「黒花」が重なる位置。

 私が銃弾を避けて、後ろに向かってしまうと被弾してしまう。その恐怖が、『月田みのり』の攻撃に迷いが生まれる。短いが、互いが必殺の一撃を放つ、もしくはそのチャンスを作ろうとする戦いには十分な時間だった。繰り返される思考。それを読み合いつつ、次の一手に繋がる攻撃を放ち合う。


 辺りの廃ビルは斬撃により切断。銃撃で穴が空いた壁。激突を繰り返し、刀と銃の鍔迫り合いの最中に破壊をされたビル。周囲に立ち上る粉塵の柱。それを斬り裂く青い銃弾を見上げ、追うように私は跳躍する。適当なビルに着地、一回転し、刀を振り抜く。青い斬撃が飛び出し、銃弾と激突。光が一気に大きくなり、爆発音と共に飛散。


 視界に広がる光が消えかけた時、顔を掴まれる。その腕の先には憤怒の顔。

「お前! 何度『黒花』を危険に晒すんだ!!」


「お前みたい奴でも、姉らしい事は出来るんだな。自分の感情だけ押し付ける人間だと思っていたよ」


「ふざけるな!! お前は何だ? 私の『黒花』に近づくな!」


「大きな声を出すな。十分に聞こえる。私は『黒花』から離れない。お前は離すけどな」


 獣の唸り声と罵詈雑言が入り混じった音を出す。

 その時、上空から『黒花』が操る青黒い光の帯が私を助けようと伸びて来た。顔を掴む腕を狙った先端が、超反応の姉によって避けられ、そのまま私の左肩に刺さる。


「ハハハッ、妹からの攻撃はどうだ? 私に当てる風にして、本当はお前を狙っていたんだよ。そうでなければ、そこまで深く刺さらないだろう」揶揄する口調。


「本当にうるさいな。もう、お前と付き合っていられない。『黒花』が悲しむからな」言い終わると同時に『月田みのり』の腕を掴み、全力で夜空へ向かって投げる。


「『黒花』ッ!!」


 屋上、『黒花』と『下月上弦』が居る場所まで『月田みのり』投げ飛ばされる。その高さ、それが発動条件の様に、『下月上弦』の身体が光る。奇妙な状況で空へ向かう存在は、光を宿す存在と視線を合わせてしまう。次の瞬間、絶叫が響く。


「やめろ!! やめろ! 変えるな! あぁあ………」口を開けたまま着地。俯き、ゆっくりと顔が上がる。「ごめんね……『黒花』。お姉ちゃん、あなた事が好きすぎて、ころ……」


「それ以上口を開くな」追ってきた私が刀を振るう。


『月田みのり』の首が刎ねられた。

 嫌な音を一つ。驚愕と怒りが入り混じった表情を作ったまま首が転がる。光っていた『下月上弦』の身体が消えていく。唐突に起きた戦いが終わり、私は安堵でその場に座り込みそうになる。その身体に滑り込む両腕によって身体を支えられる。


『黒花』に抱き締められた。少女の匂いがとても落ち着く。目を閉じ、私も抱き締める。

 沈黙が続く。私は迷っていた。何かから説明すれば良いのか分からない。

 予想が正しければお互いが死んでいる。そして、何故生き返っているのかも分からない。理由を知ったところで変わることはない。ただ、この『青月市』からは出られないだろう。


 あくまでも仮説だが、表の世界と考えられる『水面市』がそれを受け入れるはずがない。

 それでも、私は口にしたい。その言葉に続く言葉が望んでいるものと期待して――


「『黒花』……私は死んでいる。あと、あの青黒い光の帯に刺された時に知ってしまった。『黒花』も死んでいる事を……。私は、『黒花』と一緒にいたい。この『青月市』から出られなく、過去を捨てても」


「……私は、『蒼』さんが、好き。二人ならこの世界は素敵になると思う。昔から夜が好き。好きが二つ有るなんて幸せ過ぎて怖くなりそう」


 身体を少し離して少女の顔を見る。可愛い笑みを浮かべていた。我慢出来なくなり、再び抱き締めてしまう。応えるような腕の力に私は目を閉じてしまう。


 今はこのまま――

 二人ならこの世界で生き方を見つけられる――


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