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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【怪異の掃除人二次創作】狂神の葬花

作者: 神宅 真言



この作品は長埜恵様の「怪異の掃除人」シリーズの二次創作です。

内容的には「続・怪異の掃除人」ミートイーター編の失敗ルート後のifストーリーとなります。

BL的と取れる表現、グロテスクな描写などが含まれておりますので、苦手な方はご注意下さい。


【怪異の掃除人シリーズ】

「怪異の掃除人」

https://ncode.syosetu.com/n2626fi/

「怪異の掃除人は日常を満喫する」

https://ncode.syosetu.com/n8793fm/

「続・怪異の掃除人」

https://ncode.syosetu.com/n0497fn/

「続々・怪異の掃除人」

https://ncode.syosetu.com/n2834hd/





  *


 あの日以来、阿蘇は変わってしまった。


 ──俺が意識を取り戻した時には、全てが手遅れとなっていた。曽根崎さん達は存在の痕跡すら消え失せ、関係者達は右往左往するばかりでもう手立ては残されていなかった。怪事件が頻発し、絶望が日常を塗り潰してゆく、そんな不穏な空気が街を覆ってゆくのを肌で感じた。


 脳を損傷した所為か幾ばくかの後遺症は残ったものの、俺は比較的元気だった。少なくとも命に別状は無い。些かの手の痺れや足の不自由さはあったものの、日常生活を送れる程度には身体は回復していた。


 阿蘇が必死に瀕死の俺を治したのだと、烏丸先生は皮肉げに、疲れたような笑顔で言った。──そう、死ぬ筈だった運命を捻じ曲げてまで、阿蘇が俺を治したのだ、呪文を使って。


 正気と、引き換えに。


  *


 俺は阿蘇を引き取って、二人で暮らし始めた。とは言え、俺は食事の調達以外に部屋を出る事は無かった。全ての日常を辞め、阿蘇と共に在り続けた。


 指の隙間から零れ落ちる砂のように、阿蘇の正気は不意にちらりと現れてはすぐさま溶けて消えてゆく。瞳に光を取り戻した次の瞬間にはもう、阿蘇の自我は霧散し闇に沈んで行く。


 そんな阿蘇を俺はただひたむきに、愛した。それはまさに崇拝だった。俺は俺だけのものとなったただ独りの神を崇め、献身的に世話をした。


 阿蘇は無表情で俺を虐げた。俺を殴り、裂き、千切り、折り、毟り、潰し、引き抜き、捻り、剥ぎ、刺し、貫き、抉り、砕いた。そしておぞましい呪文で俺を癒し、元通りに治し、──何度も何度も、繰り返した。


 ──そう、俺は狂った神の生け贄だった。


 俺の皮膚が裂け、肉が爆ぜ、飛び散る血が阿蘇を彩る。それは神を飾る紅い花、神に捧げられた装花。


 ああ、俺の血はまだ紅いのだと、穢れてはいないのだと、神に相応しいのだと安堵した。その悦びが苦痛を凌駕し、俺は──微笑み続ける事が出来る。


 俺は尚も跪き、こうべを垂れる。


「愛してる、阿蘇」


 呟く言葉が阿蘇に届かない事を、俺は知っている。それでも俺は、繰り返し続ける。きっと終わりが訪れるその瞬間まで、俺はこの言葉を発する事を止めないだろう。


 虚しいその音色は、祈りにも似て──。


  *


 眠っていても阿蘇の瞳は薄く開いていて、閉じる事は無い。ベッドに横たわりぼんやりと瞳を彷徨わせ続ける阿蘇の手にくちづけを落とすと、俺は身を清め、食事を摂る。


 義務でしか無い生活の営みは苦痛で、しかし俺には阿蘇を見届ける責任があるのだと、そっと溜息をつく。


 ──あれから阿蘇は一切、食事を口にしていない。狂ってしまった所為だろうか、何も食べずとも阿蘇は生きながらえている。阿蘇が飲み下すのは俺が口移しで与える飲み物、それから傷口から啜る俺の血だけだった。


 当然痩せ続ける阿蘇の身体は無残で、しかし肉の削ぎ落とされた骨格は存在感を増し、その瞳はギラギラと以前にも増して強い光を放っていた。俺をいたぶる力は心の箍が外れた所為かより力強さを増し、容赦の無い責めは猛々しく、俺は圧倒的な冷酷さに歓喜を覚え魂を震わせた。


 昼も夜も無い、閉め切った部屋の中で、阿蘇と俺は永遠を感じていた。


 世界は、閉じていた。


  *


 しかし、いずれ終焉が訪れる事は最初から覚悟していたつもりだった。だというのに、この苦しさは、何だ。


「阿蘇、愛してる」


 幾ら呼び掛けても阿蘇は直ぐには反応を返さなくなった。落ち窪んだ虚ろな目は彷徨い何物にも焦点を合わせる事無く、喉は浅い呼吸を繰り返すのみで、もう俺を殴る事も、見下すような視線で射ることも無くなっていた。


 俺が与える口移しの水分を嚥下するのがやっとで、血塗れのベッドにただ横たわる姿は、整った顔も相まって人形めいて見えた。


「ねえ、阿蘇。愛してる」


 それでも俺は笑う。跪き、あたかも祈るように愛を囁く。


 だって俺は神に捧げられた生け贄だから。あなただけの、子羊だから。狂った神を彩るただひとつの、花だから。


「──け、ほ、ごほっ」


 胸が、頭が痛い。咳き込んで口許を抑えた手の平は、真っ赤に染まっていた。


 阿蘇が乾いて荒れた唇で何かを紡ごうとするも、その音はもう力を持たない。──呪文が使えなくなっているのだ。代償とすべき命が、もう尽きかけている所為だろうか。


「阿蘇、もういい。もう、いいんだ」


 そっと握った阿蘇の手は驚く程に痩せ、冷たかった。枯れた筈の涙が湧きそうになるのを感じ、俺は笑顔を作る。


「阿蘇、愛してる。俺の神、俺の──」


 胸が苦しい。喉が詰まる。言葉が、途切れる。


 無理矢理押し止めた筈の涙が溢れ、頬を伝う。笑顔が崩れる。


 はらり、はらり。──静かに落ちる雫は、まるで降り注ぐ花弁のように。


「忠──」


 呼び掛けようとした声は掠れ、千々に乱れる。空気を震わせただけの吐息はしかし、届く筈の無かった言葉を、伝えたのかも知れない。


 阿蘇の目が、俺の目を捉えた。一瞬光が戻ったかに見えたそれは、何らかの意思を湛えていた。


 ──そしてゆっくりと、静かに阿蘇の瞳が閉じる。眠る時にすら下りなかった目蓋が、──伏せられる。


 握っていた手から、力が、失われる。


 はらり、はらり。花弁めいた雫が落ちる。


「──う、……く、あ、あ、……ぁあああああああああ!」


 そして神を失った俺は、慟哭した。


  *


 はら、はらり。はらり、はらり。


 冷たくなってゆく神の骸に、花弁が散る。彩る色は真紅、鮮やかな血の色。


 全身から血を流し、俺は笑う。生け贄の最後の勤めを果たすべく、俺は血を降らせる。


 そう、神を弔う花を捧げるのだ。


 薄れ始めた意識の中で浮かぶのは、幾つもの阿蘇との思い出。俺の全てを捧げよう、共に逝くよ。


 ──愛してる。


 最後に囁いた言葉すら、雫となって、花弁となって。


 紅く紅く咲いた花は、どこまでも、どこまでも美しく──。


  *





この度は『怪異の掃除人』が書籍化! という事で、お祝いとして二次創作を投稿させて頂きました。

今回はこの作品と、もう一本「賽の河原」を投稿しております。

同じミートイーター編失敗ルート後のifとなりますが、賽の河原は阿蘇視点、狂神の葬花は藤田視点となっております。

併せてお読み頂ければ幸いです。




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