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9.

 何度も来たことがある文房具屋にいるというのに、わたしはなんだかそわそわしていた。今まではこんなにまじまじと見たことのないショーケースを覗きこむ。いろいろなペンが並んでいて、その横にはびっくりするような値段の書かれた札が置かれている。あくまでペンにしては高い、というだけのことなのだけれど、せいぜい数百円のボールペンしか買ったことのないわたしにとってはどれも、とてつもない高級品だった。

 わたしは、小遣いはやるからバイトはせずに勉学に励め、と言った父の顔を思いだして、少し恨めしく思った。

 ショーケースの中を端から端まで眺めて、また反対側まで視線を戻す。花びらや葉っぱの柄の入った軸のものもあるけれど、なんとなく晴野さんには単色のもののほうが似合うような気がした。

 晴野さんは、何色が好きなんだろう。

 わたしはまた、そんなことさえ知らないのか、と少し落胆する。ふっと、晴野さんに「青が好きなの?」と訊かれたことを思いだした。そして、晴野さんが描いていた青いひまわりを、思いだす。

 透きとおるような——もちろん、実際には透きとおって中が見えているわけではないのだけれど——薄い青い色のペンが、わたしの目を惹いた。隣に置かれている値札には、わたしでも払えないことはないぐらいの値段と「三色ボールペン」という文字が並んでいる。

 これなら……、普段はボールペンを使わない人でも、赤や青のボールペンなら、たまには使うんじゃないだろうか……。

 今日は下見だけのつもりだった。晴野さんの誕生日までは、まだ何ヶ月もある。けれど、わたしは今すぐそれを買わなければいけないような気分になった。

 あたりを見渡す。ちょうど少し離れたところで店員がしゃがんで、商品棚の下の抽斗を閉めようとしている。わたしはそちらへ歩みよった。

「あの、すみません」

「はい、お探し物ですか?」

 その店員はぱっと立ちあがり、優しげな笑みを浮かべて少し首を傾げた。

「あの、そこのケースの中のペンが欲しいんですが……」

「承知しました、どちらのペンですか?」

 そう問いながら店員は右手をエプロンのポケットに入れて、鍵を取りだした。

「その、真ん中あたりの、水色のペンを……」

 店員はガラスのケースを開けて、ペンを取りだして持ちあげてみせた。

「こちらでしょうか?」

「はい、それをお願いします」

 店員はにっこり頷いて、ペンを持ったままレジのほうへと歩きだした。わたしはその後ろを追いかけながら、鞄から財布を取りだす。

「プレゼントですか?」

 レジの向こう側に回りこんだ店員が、カウンターの上にあるラミネートされた紙を指さした。そこには、ギフトラッピングの説明と何種類かの包装紙の写真が載っていた。わたしの目を惹いたのは、紺色の背景に黄色い星座が描かれた包装紙だった。

「これでお願いします」

「承知しました。それでは先にお会計いたしますね」

 わたしがキャッシュトレイの上に札と小銭を乗せると、店員は釣り銭と小さな番号札をこちらへ差しだした。

「ラッピングが終わりましたらお呼びいたしますので、少々お待ちください」

 はい、と答えてわたしは釣り銭と番号札を受けとり、レジの前から離れる。ギフトラッピングを頼んだことなどこれまではなかったから、待っている間どうしていればいいのかわからず、そわそわと近くの商品棚へと目をやった。いかにも高級そうな表紙のノートがあったのでその値札に視線を走らせ、この値段ではもったいなくて使えないだろうな、とぼんやり考える。

 あまりレジから離れてはいけないのだろう、という気がして、その場からは動かずに他の商品棚へと視線を走らせる。いろいろなルーズリーフが並んでいて、晴野さんはノート派だろうか、ルーズリーフ派だろうか、と思いを巡らせた。

「ギフトラッピング三番でお待ちのかた、どうぞ」

 声をかけられて振りむくと、先ほどの店員が包装された小さな箱を手に微笑んでいた。わたしは三番と書かれた番号札を渡してその箱を受けとる。

「ありがとうございます」

 そうだ、高級なペンは安価なペンとは違って、箱に入れられるのだ……、とそんなことを今更に考えて、なんだか少し恥ずかしくなる。礼を言いながらも、足は店の出口のほうへと動きはじめていた。

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