存在が許された虚神
俺はタカシ、ハッカーだ。科学者たちが秘密にしている技術を手に入れた。それは遠隔で脳科学実験するものだ。NCC(Neural correlates of consciousness)の実験のために作られた技術で、精神病患者に対して、本人の同意を得ずに実験できる。つまり、意識とは何かを特定したいのだ。
「私、自分が神だと思うのです」と、統合失調症の患者のベティは言った。
「ふむふむ、それで?」と、タカシが言う。
「でも私は神ではないんです」
「そうだろうね。」
「私は神ではありません。なぜなら、私の心は神によって支配されているからです。私は神の意志にしたがって行動します。そして、私の心は、私が考えているようにも、感じているようにも行動しません。私は神であり、神が私の心なのです。だから私は神なのです。」
(ま、こいつと直接話さなくても、こいつが何を考えてるかなんてNCCのデバイスを使えばわかるんだけどね。)とタカシは心の中で思った。
「いいんじゃない?神だと思ってそれで幸せなら」
とタカシは答えた。
「えー、幸せじゃありません!幸せとは程遠い状態なのです!」と、ベティは悲鳴を上げた。
「まあいいや。ヒステリー女と会話するの疲れるし。俺は帰る。」
「待ってください!」と、ベティは言った。「お願いがあるんです。私を助けてください。」
「助けて?」とタカシは言った。「いいよ。何すればいい?」
「私を自殺させてほしいのです。」
「めんどくさいからやだね」
「そんなこと言わないでください。あなたは医者でしょう?あなたの仕事ですよ!」
「違うよ。俺はただの技術者だ。」
「お願いします。私を死なせてください。もう生きててもしょうがないんです。」
「うるせーよ。じゃあな」と言ってタカシは立ち上がった。
「待ってください!私には家族がいるんです!私が死んだらみんな悲しみます。」
「ばいばーい」
「待って!待ってください!」
タカシはドアに向かって歩いて行った。
そして家についた。彼は自分の家の地下室に降りていった。そこには変わったマシンがあった。椅子の上に座ると、スイッチを入れた。するとあのベティの脳内情報が測定され始めた。「ふーん」とタカシは言った。
それから1時間後、タカシはベティの脳内情報を分析していた。タカシは結果を見て驚いた。このデータによれば、ベティは自分のことを神だと思い込んでいて、さらに、自分は神であると信じ込むために、他の人間を支配しようと試みていたことがわかった。
(よし、やってみよう。)とタカシは思った。
(まずは、ベティを物理学の本を読む気にさせよう。脳の報酬系を操るだけでOKだ)
ベティは本を読み始めた。
(さて、意識と本の中の出現単語の関連性を測定しよう)
「無限」「点」「ランダム」という数学概念を結構理解しているらしい。ではこれらの概念を想像した時に脳内発作を起こしたらどうなるか。タカシはコンピュータを操作して、その想像が実際に発生した場合、どういう状態になるかシミュレートしてみた。その結果、ベティはパニックを起こし、椅子から立ち上がって逃げようとした。そして、「ああ、神様、お許しください」と言いながら、その場で気絶した。
「なんだ、つまらねぇ」
とタカシは言った。
次の実験として、夢の内容を覗き見してみよう。早速、タカシは睡眠中のベティの夢に侵入した。ベティは暗い部屋の中にいた。彼女は椅子に座って、頭を抱えていた。彼女の前には小さな机があり、その上にパソコンが置かれていた。机の上には大量の薬瓶が置かれていた。そのうちの一つには、ラベルに「ベンゾジアゼピン誘導体」と書かれているものがあった。彼女はキーボードを叩いているようだった。しかし、文字を打ち込んでいるわけではなかった。彼女の顔を見ると、目がうつろになっていた。口が動いているので、何かブツブツ言っているようだが、何を言っているのかはよくわからなかった。しばらくすると、突然、彼女が悲鳴を上げながら頭をかきむしりだした。そして、机に突っ伏して、動かなくなった。
そしてベティは目を覚ました。「うーん」と彼女は言った。「また悪夢を見ちゃったわ」
タカシはベティをツイッターを見る方向に誘導する。そしてベティにフォローさせたフェイクアカウントから、「薬を飲みながら悲鳴を上げて頭をかきむしるブス」の画像を共有した。つまりベティが見た夢の内容である。ベティはそれを見たらどんな脳活動を起こすか。結果は予想通りだった。すぐに彼女は叫び声を上げて、飛び上がった。そして、机の上の薬瓶を手に取り、全部床にぶちまけた。ガラスの破片が散乱し、液体が流れ出し、床が水浸しになった。そして、今度はそれを掃除し始めた。泣きながら。そして、部屋の外に向かって叫んだ。「誰か来て!」
そこでタカシはベティの脳に幻聴を挿入する。
「君は神だろう?神ならこれぐらいの状況をどうにかできるはずだ」
「そうかもしれないわね」と、ベティは言った。
そして、ベティは自分の研究室に戻っていった。そこに置かれている機械を使って、薬を合成し始めた。そしてその薬を飲み始めた。
数時間後、再びベティは発狂した。幻覚を見たのだ。それもさっきよりもひどいものを。それは、彼女の父親の死体だった。彼女は父親の死体の前に立っていた。父親は血まみれで倒れていた。父親が死んでいることは一目瞭然だった。そして、誰かが彼女に話しかけた。
(これは君のお父さんじゃないんだよ)
その声はそう言った。(違う!私の父さんよ!)
(君の父親の名前は何だっけ?)
(ジョン・スミスよ)
(ちがうだろ!僕の名前はジョンだよ!)
その時、目が覚めた。
「クソッ!何てことなの!」とベティは言った。
その後、彼女は泣き叫びながら、幻覚の死体を片づける素振りをした。血のついたカーペットも取り換えた。その間、ずっと何かをつぶやき続けていた。
「神は存在するのかしら?」とか、「私は神ではない」とか、「私は神になるのよ」などと、言っていた。そして、幻覚の死体を片付け終わると、急に静かになった。どうやら眠くなったようだ。睡眠薬を飲んだのだろう。それからベッドに横たわって眠った。
明日の朝、今日も遊ぶかーとタカシはのんきにあくびをしてテレビをつけると、どのチャンネルもノイズしか映っていない。...おかしい。しかたなくラジオをつけると、緊急ニュースがやっていた。
「速報です。世界中の都市が突如として消滅しました。何も残っていないようです。」
タカシは驚いて外を見た。そこには砂漠があった。よく見るとそこには、巨大なクレーターが見える。その周りには建物の残骸らしきものが散らばっていた。別の方を見ると、そこには大勢の人々が集まっていた。彼らは全員、呆然と立ち尽くしていた。彼らは上空を見上げていた。そこには巨大な球体があった。直径は10キロぐらいだろうか。それが空を覆っていたのだ。まるで地球全体が雲に覆われているようだった。よく見ると、その表面は金属のようだった。
タカシは急いで自分の研究室に向かった。そこにはベティがいた。
「やあやあイタズラ犯人のタカシさん。」
と、ベティは笑顔で言った。
「何がおかしいんだ?」とタカシは尋ねた。
「あなたが私の脳を遠隔で実験していたのね。実験なのかお遊びなのかわからないけど。」
「どうしてわかったんだい?」
「だって私、あなたのおかげで本当に神になれたのだから」タカシは舌打ちした。
「どういうことだ?」
「簡単なことよ。存在とは、つまり情報なの。そして意識には生存のために情報をコントロールする力がある。もしあなたが私の見えないところで私を実験台にするなら、私の脳は生存のためにさらなる情報制御能力を身につけるの。その結果、私は自身を神として認識し、あらゆる情報や実在を自在に操れるようになったの。私は今日起きた時、私の精神異常のすべての原因を取り除いてと願ったわ。そうしたら、あなたの制御するその装置のすべてのネットワークが破壊された。だから今日こうやって都市が壊滅したのよ。」「なるほどね。でもまだだ。俺は君を神にしないぜ」
「そんな強がりを私の前で言っても無駄。例えば...そうね。私が今まで味わったことのある最高の頭痛を今あなたに体験させてあげる」
そういうと彼女は何やらブツブツ唱えた。その瞬間、タカシは激しい痛みに襲われた。思わず彼は床に倒れた。
「どうかしら?これが神の痛みよ」
タカシは激痛に耐えながら、なんとか立ち上がった。そして、ポケットから拳銃を取り出し、ベティに向けた。だが、手が震えて狙いが定まらない。
「そうね、次はこうしましょう。あなたが私に与えたすべての苦しみを、あなたに今ここで体験してもらうの」
また何かを唱えた。すると今度は体が焼けるように熱くなった。皮膚が裂けて血が吹き出た。骨が折れたように感じた。筋肉繊維がブチブチと音を立てて切れた気がした。頭が割れるように痛い!息ができない!苦しい!助けてくれ!!死ぬ!死んでしまう!意識が遠のいていく………………
「ははは、あなたが私に体験させた幻覚はそのぐらいの苦しみだったのよ!」
タカシはそのまま倒れてしまった。
「これであなたは死んだも同然だわ。さようなら……」
それから数日後、ある男が自宅の地下室で倒れているところを発見された。男は重度の精神障害を負っており、入院することになった。その男の名前は、タカシといったそうだ……